小説でわかる幕間の物語   作:ニコ・トスカーニ

39 / 66
2016年のクリスマス復刻をやってて思い付きました。
短いですが、よろしければどうぞ


聖夜の泥酔

「荊軻さん……また飲んでるんですか?」

 

 去年のクリスマスの事だ。

 ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ(通称ジャンタちゃん)をサンタ役に、俺とぐだ子はトナカイ役としてジャンタちゃんに付き添った。

 最初のプレゼント届け先では女子会という名の飲み会が行われていた。

 俺たちが到着した時マタ・ハリは既に泥酔して意識喪失、牛若丸は泥酔して正体不明になり唯一素面のマルタさんが、「タラスクを鍋にしよう」と主張する牛若ちゃんを必死に止めていた。

 

「ぐだ男、ぐだ子、よく来た」

 

 俺たちがやってきたことに気づき、そこに居たもう一人が近づいた来た。

 その英霊、荊軻さん――この中で一番酒癖が悪い――は明らかに泥酔しており、凄まじいアルコールの匂いを垂れ流しにしていた。

 

「今年のサンタか。ずいぶん小型化したな」

 

 荊軻さんは俺たちの前に歩み寄ると今年のサンタ役、ジャンタちゃんの前に屈みこんだ。

 

「こう見えても私は子供好きでな。どれ、飴をあげよう」

 

 そう荊軻さんが口を開けた瞬間、「……プゥーン」という擬音語を幻聴しそうな勢いで酒の匂いが漂ってきた。

 

「うぅ!お酒くさいです!」

 

 ジャンタちゃんは強烈な酒気に表情をゆがめた。

 

「ハハハ!酒臭いのは私もよくわかっている!よし、酔い覚ましにジュースでも飲むか!

君たちもどうだ!」

 

 そう言って荊軻さんはグラスに瓶から何かを注ぎ、ジャンタちゃんに差し出した。

 

「あ、ありがとうございます。……これお酒じゃないですか!」

「何を言っている。これは酒ではない。アルコール入りのブドウジュースだ」

「だからお酒じゃないですか!」

「む!そうだな!そうとも言えるな!ハッハッハ!」

 

 そう言った荊軻さんは心の底から楽しそうに笑った。

 

「トナカイさん……この人、成長した私と違う方向性の駄目な大人です……」

 

 ジャンタちゃんを若干引き気味にさせながら、荊軻さんはさらに酒を飲み始めた。

 駄目だこの人、早くなんとかしないと。

 

「ジャンタちゃん、とりあえずプレゼント渡そうか?マタハリは潰れてるし、牛若ちゃんは正体不明だし、マルタさんは介護で手一杯みたいだから

荊軻さんだけにでも渡しておこう」

 

 ぐだ子がジャンタちゃんを促し、ジャンタちゃんは「論理的です」と言って袋から何かを取り出して荊軻さん差し出した。

 荊軻さんは相変わらず笑いながらジャンタちゃんが差し出したものを検めた。

 

「……『絶対に禁酒に成功する本』か。うむ。絶対に失敗する自信があるが貰えるものはもらっておこう」

 

 荊軻さんの傍若無人すぎる発言に俺はツッこんだ。

 

「荊軻さん……子供の前なんだから、口先だけでも『よし、禁酒しよう』っていうところじゃないんですか、ここは」

「何を言うか。私は酒をやめる気は毛頭ない。君は私に子供の前で嘘をつけと言うのか?」

「いやいや、ここはせめて『努力する』ぐらいは言っておきましょうよ……」

 

 俺がそう言うと、荊軻さんは突然、不敵に微笑んだ。

 

「え?どうしたんですか?急に何かを悟ったような顔して……」

「違う。ぐだ男。私は悟ったのでは無い。……諦めたのだ」

 

 そう言い終わるや否や「オロロロロロロロロ!」と 荊軻さんは勢いよくリバースした。

 

「うわ!荊軻さんがリアルに吐く人に!水!水!」

 

 ぐだ子はマルタさんに水をもらいに走った。

 

「英霊になっても泥酔すると吐くのだな!ハッハッハ!これは良い勉強になった!

お!この吐しゃ物、四川省の形に似ていないか?何?似て無い!?

うむ、確かによく見ると全然似ていないな!ハッハッハ!」

 

 荊軻さんは思いきりリバースしたが、まったく意に介さない様子で意味不明なことを口走っていた。

 そしてひとしきり爆笑するとぐだ子が持ってきた水を一服含み、そして突然真剣な面差しになった。

 

「泥酔すると思い出すのだ。生前の、あの時のことを」

「それって、始皇帝にあと一歩届かなかった時の……」

 

 俺の中で「泥酔」と「暗殺」というキーワードが結びついた。

 

「荊軻さん……まさか」

「ぐだ男、君は勘がいいな。そう、お察しの通りだ。始皇帝の玉座に向かったのあの日だが、私は前の晩しこたま酒を飲んでいてな。

酷い二日酔いで歩くのもおぼつかない状態だったが根性で玉座の前に辿り着いたのだ。

……ところが、玉座手前でリバースしてしまったのだ」

 

 マジですか……あんた、どんだけ酒癖悪いんですか。

 

「始皇帝は私を哀れに思ったのか、自ら玉座から降りて来た。

そして、私の吐しゃ物で思い切り滑って転んだのだ!

だが、私の方はもはや一歩も動けない状態でな。おかげで絶好の機会を逃した。

ハッハッハ!あれは実に惜しかった!」

 

 始皇帝暗殺未遂の残念な真実が明らかになった。

 荊軻さんは思っていた以上に悪質な酔っ払いだった。

 

「成長した私とは違う方向性の駄目な大人です……」

 

 それからというもの、ジャンタちゃんのオルタちゃんへの態度がちょっとだけ丸くなったのだった。




お酒は楽しく、ほどほどに。
ところで最近、こんな活動をしてました。

https://sorekara.wixsite.com/nov19

fate全然関係ないですが後書きついでに書いておきます。
では、また。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。