「ゲオル先生……」
「おや?どうなされました。マスター」
「出たんだ。ヤツが……」
食堂で腹ごしらえをしていた俺は「ヤツ」を目撃してしまった。
カサカサと動く黒光りする「ヤツ」だ。
「ヤツ」を目撃してしまったのだ。よりにもよって食堂で。
俺は食事を途中で切り上げると近くの席で食後の紅茶を楽しんでいた聖人ゲオルギウスに助けを求めた。
俺は「ヤツ」の出現したテーブルの下の一画を呼び指す。
「……これは驚きました」
と言ってドラゴン殺しの聖人は目を見開いた。
「私の知る限りチャバネゴキブリは摂氏0℃以下では生きられないはずですが。
どうやって雪山の中にあるこのカルデアまでやって来たのでしょう?」
「詳しいですね。先生」
「興味深い。一枚撮っておきましょう」
この聖人は現代に召喚されてからカメラを気に入っている。
最初は俺が渡したコンパクトデジタルカメラを使っていたが今ではハイエンドのデジタル一眼レフに望遠、標準、広角とレンズを一通り揃え最近では構図にも凝っているという。
……じゃなかった。
「先生!いいから倒してください」
「おっと!これは失礼しました。汝はG!罪ありき!アスカロン!」
ドラゴン殺しの聖剣がまばゆい光を放ち、「ヤツ」を直撃する。
光に包まれた「ヤツ」は――委細構わずゲオルギウスの顔面めがけて飛び込んで来た。
「……まさか。この私が倒されるとは……。マスター、どうかご無事で」
ゲオルギウスの倒れる音が食堂に響き渡る。
ただ事では無い。その音で判断にしたに違いない。
食堂に居合わせたサーヴァントたちが俺の元に集まって来た。
彼らの視線が一点に向かう。
その視線の先には――黒光りする「ヤツ」がいた。
「どっせい!」
まず真っ先に反応したのは弁慶だった。
マスターである俺を守らんと「ヤツ」の前に立つはだかる。
「ヤツ」は飛翔すると弁慶の顔面に停まった。
弁慶が硬直する。
10秒……20秒……30秒。
弁慶から反応が消えた。
――まさか。
恐る恐る弁慶の顔を見る。
「死んでる……」
「これが……スパルタだぁあ!!」
次に動いたのはレオニダスだった。
レオニダスは俺を守らんと300人のスパルタ兵を召喚し壁を作る。
しかし「ヤツ」は委細構わず突っ込んでくる。
スパルタ兵が1人、また1人と散っていく。
殿のレオニダスが一人奮戦するも敵は強力過ぎた。
「計算違いか……申し訳ありませんごぶぁ…」
「一体何の騒ぎだ」
そう言って厨房からエミヤが現れた。
彼はサーヴァントながらおかん体質で非戦闘時は主に厨房でその腕を揮っている。
エミヤの千里眼が「ヤツ」を捕らえる。
その頬を一筋の汗が伝う。
「マスター……私の心眼が告げている。そいつには勝てない」
ブーンという音と共に奴が飛翔する。
エミヤは回避行動をとったが――間に合わなかった。
「深手を負ったか……」
明らかにただ事ではない。
歴戦の英霊を次々と屠っていくG。
いったいこのG何者なんだ?
「ぐだ夫くん!聞こえるかい?」
切迫した声でドクター・ロマンのアナウンスが聞こえる。
「とんでもないことが分かったぞ!シバがそのGから凄まじい魔力を観測した!
それはただのチャバネゴキブリじゃない!幻想種に転生したチャバネゴキブリだ!
だから雪山の中でも生き延びられたんだ!」
ドクターから告げられたのは恐るべき事実だった。
Gはすでに俺の眼前間近まで迫っている。
1歩……2歩……。
その距離がじりじりと詰まっていく。
サーヴァントを呼ぶにはもう令呪を使うしかない。
そう決意したその瞬間、食堂の扉が開いた。
「何やってるんですか?先輩」
マシュは食堂に横たわるサーヴァントたちの死体の山を不思議そうな顔で見ていたが
やがて俺の眼前に迫った「ヤツ」の存在に気付いた。
彼女は死屍累々の屍の山をまたぐと近くにあった新聞紙を丸め――「ヤツ」に向かって振り下ろした。
「ヤツ」は乾坤一擲の一撃の前に活動を停止した。
「……ありがとう。やっぱり君は最高だよ。マシュ」
マシュはにっこり笑って言った。
「お役に立てて何よりです。先輩」
家でアースレッドをたいたときに思いつきました。
ただそれだけです。