東方紅転録   作:百合好きなmerrick

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8、「八咫烏退治」

 side Hakurei Reimu

 

 ──地底(とある平屋)

 

「さて、まずは何から話そうかしら」

 

 妖怪は口に巻いた布を外しながら、話を始めた。

 

「まず、私は水橋パルスィ。橋姫よ。地上と地下を繋ぐ入り口の門番をしているわ」

「そう。橋は門ではないけどね。で、あれの原因って一体何なの?」

「せっかく自己紹介してあげたのに......。さっきも言ったけど(あれ)が現れたのは一週間ほど前よ。あの時も、私はいつも通り橋の上にいたわ。だから霧が来るよりも早く異変を察知して対応できた」

 

 一週間......おそらく地底よりも広い幻想郷が一日で黒い雲に覆われたというのに、どうしてそれだけの日数がかかってしまったのだろう。

 この妖怪が嘘をついているようには見えない。ということは、黒幕側で何かあったと思うが、何があったのかは全く分からない。

 

「あれの原因は知らないわ。だから知っていることだけを教えてあげる。あれに触れた妖怪は正気を失ったかのように周りの妖怪を襲い始める。でも、能力も技も何も使わず、ただ力だけを使って襲うみたいよ」

 

 その行動は前にも見たことがある。黒い雲が広がる前だが、その時に襲ってきた鬼がそうだ。

 

 しかし、あの鬼は私だけを狙っているように見えた。もしかしたら、何かが違うのかもしれない。

 

「ふーん。お前もどっかの門番みたいに暇そうだな」

「唐突ね。でも実際暇よ。地上から誰かが来るなんてそうそうないから。でも何故か妬ましいわね、その門番」

「なんでも妬ましく思いすぎじゃない?」

「それくらい幸せに生きてきたのよ、貴女は。私は生まれた時から辛い生活をしてきたから、幸せな貴方達を妬ましく、羨ましく思ってしまう。貴方達はこんな場所に居るべきではないわ。早く帰った方が身のためよ......」

 

 このパルスィとかいう妖怪、妖怪にしては珍しく人間に友好的らしい。普通は人間を心配するなど妖怪には有り得ないことだ。

 神社に集まる一部の妖怪はともかく。

 

「そう。でも異変を解決しに行くわ。あの霧があると色々と困るのよ。洗濯物が乾きにくかったり、日光浴ができなかったり」

「ふっ。霊夢らしいな。もちろん私も行くぜ! 異変解決は人間(私達)の仕事だからな」

「そうですね! 人間様(私達)の仕事ですから私に任せてください!」

「貴女だけニュアンスが違う気がするわ。でも、ここにいる人間の考えることは同じ、異変を解決する、ということよ。

 だから、異変の黒幕について何か知っていたら教えて。どんな些細なことでもいいから」

 

 真っ直ぐと相手の緑色の瞳を見つめて懇願する。

 

「そうねぇ......」

 

 こうして見られることに慣れていないのかパルスィは目を逸らしながらも、話を切り出した。

 

「それくらい覚悟があるなら教えてもいいわ......。霧がどこから発生しているのかは今でも分からない。だけど、霧が今でも無い場所なら知っているわよ......」

「霧が無い場所? 確かにそれは怪しいわね。それって何処なの?」

「旧都の中心部に位置する西洋風の建物、地霊殿。そこだけ霧が無いらしいわ。その建物を囲むように霧は出ているけど」

「ふーん。で、誰も行ってないの? そこへは」

 

 普通、そんなに怪しい場所なら誰か一人くらいは話を聞くなり、犯人だと思って襲撃するだろう。ここは、そういう妖怪が多く存在する場所なのだから。

 

「私は知らないわ......。でも、そこを守っている妖怪が居るとか。そこだけ霧が濃くて近付くだけで正気を失うという話よ」

「なるほど。何も分かってないのね」

「これは行ってみるしかないですね! 霊夢さん、魔理沙さん。行きましょう!」

「そうだな。これは行ってみるしかないぜ」

「そうねぇ......」

 

 乗り気な二人とは別で、私は少し不安を感じていた。

 

 この妖怪が嘘をついているとは思えないが、どうして霧の無い場所のことを知っているのだろうか。この妖怪は門番と言っていた。なら、なかなか中心部など行かないはずだ。そして、例え行っていたとしても地霊殿に霧がないことを知っていて、どうして地霊殿に入れないか知らないはずがない。行っているなら、その地霊殿の近状を目にするはずだ。

 

「もしかして......その霧の話、誰かから聞いた話だったりする?」

 

 ──話の最中、「らしい」や「という話」など、まるで誰かから聞いたかのように話していた。ということは、誰かに聞いた話である可能性がある。

 

 もしも本当にそうだとすれば、有耶無耶なことをパルスィに言っているそいつも怪しくなる。地霊殿へ私達の目を向けさしたいのか、地霊殿へ誰も近付けたくないのかは分からないが。

 

「よく分かったわね。そうよ、私も聞いた話なのよ。地霊殿のことは」

「やっぱり......」

「おい霊夢。どういうことだ? 私達にも分かるように言ってくれよ」

「簡単に言えば、そのパルスィに言った奴も怪しいってことよ」

「怪しくても、異変の黒幕側では無いと思うわよ......」

 

 話を遮るように、パルスィが割って入る。

 

「その人、私を正気を失った鬼から守ってくれたのよ。見ず知らずの私を......。

 そんな人が黒幕側だとは思えないわ。はぁー、あの強さが妬ましい」

 

 自分を助けてくれた人を疑いたくないのだろう。だが、それでも怪しいことは変わらない。

 

「助けておいて実は敵だった、みたいなパターンはよくあるぜ。前にフランから借りた漫画にもあったぞ」

「それ、二つの意味でよくないわよ。魔理沙の言う通りかもしれないわね。貴女は門番なのでしょう? なら私達と会う可能性は高いから、その情報を流すために守ったのかもしれないわ」

 

 善意で守っていたら失礼な話だが、その可能性も無い訳では無いのだ。

 情報が少ない中、少しでも手がかりを見つけ出す必要がある。

 

「......出来過ぎた話ね。でも、そう思うなら一度会ってみるといいわ。

 その人の特徴は蒼い髪と目。外見年齢は十歳ほどで、背中には大きな蝙蝠のような翼が生えている。あぁ。あと名前はルネと言っていたわ」

「ルネねぇ。知らない奴だわ。狂ってたとは言え鬼を倒すくらいだから、強いのは分かるけど」

「なぁ。そいつ吸血鬼じゃないか? 要はレミリアみたいな奴だろ?」

「......あぁ、確かに言われてみれば似ているわね。特徴が」

 

 髪や目の色は違うが、外見年齢が若くて背中に大きな翼が生えているというのは、特徴がレミリアと一致している。

 しかし、もし吸血鬼ならば尚更怪しくなる。

 

 あの地上にできた雲は弱点である陽の光から身を守るためであり、地上へ侵攻するために作ったのではないか、という動機が出来てしまう。

 

 ──先に、そいつと一度会うのもいいわね。

 

「......私はそいつと会ってみたいと思うわ」

「おいおい。先に地霊殿に行かないか?」

「地霊殿のことはそっちに頼むわ。貴女もアリスを通して縁から通信できる人形を貰っているんでしょう? なら連絡は大丈夫よ」

「それはそうだけど......」

「要約すると、私達を信頼してくれているんですね! 分かりました。私達はその期待に答えてみせます!」

 

 間違ってはいないが、早苗は少し過大解釈しているようだ。

 だが、そのやる気が良いことは素直に尊敬できる。

 

「......はぁー。分かった。早苗も乗り気みたいだし、二人で何とかしてみるぜ」

「ありがとうね、魔理沙。パルスィはここで待っていてくれていいわよ。多分、危険になるから」

「私は門番よ。だから橋で見張りをしているわ。鬼が来てもさっきみたいにすぐに気付くから大丈夫よ」

 

 この妖怪、意外とチャレンジャーらしい。

 だが、巫女である私の優先事項は異変解決であって、本人も大丈夫と言っているなら私にはどうすることもできない。

 

「......少しでも危ないと思ったら、逃げなさいよ?」

「えぇ、もちろんそうするわ」

「では、善は急げですね! 行きましょう!」

「急ぎすぎるのもっ! はぁ。霊夢。私達は先に行ってるからなー!」

「霧を吸わないようにしなさいよ!」

 

 先に急いだ早苗を追って、大慌てで魔理沙が外へと出ていった。

 

 ──少し心配だけど、あれでも巫女。ここぞという時にはやってくれる......よね?

 

「......そう言えば、貴女はどうするの? ルネが今何処にいるかなんて、私にも分からないわよ」

「えぇ、そうでしょうね。知ってたらビックリするわ」

「なら、どうするつもり? どうやって探すの?」

「そんなの決まってるわ。勘よ」

 

 首を傾げるパルスィを残し、私は先の見えない霧の中へと入っていった────

 

 

 

 

 

 side Renata Scarlet

 

 ──地霊殿(灼熱地獄跡)

 

 さとりと一緒に、地霊殿の中庭から地下へと降りていく。

 

 地下へと近付いていくほど暑く感じる。それどころか、身に付けている金属の紅いネックレスや指輪が触れるのも辛くなるほど熱い。

 しかしフラン達から貰った物や魔法の補助道具をそう簡単に外せないため、熱いのを我慢して付けている。

 

 ──吸血鬼の身体でもこれだけ熱いなんて......。さとりは大丈夫かな......。

 

「......ご心配なさらずに。私は平気ですよ。暑いのは暑いですが。

 それよりも、貴女の方が心配です。下まで行くともっと暑いですから......」

「こ、ここより暑いのですね......。あっ、ま、魔法を使えば......」

「......暑いの、苦手なんですね......」

 

 暑さで意識が朦朧とする中、簡単な冷却魔法の詠唱を唱えた。

 

 すぐに周りが冷たい風に覆われ、朦朧としていた意識もハッキリしてくる。

 

「ふぅー......。暑かった......。あっ、さとりにも今かけますね!」

「え? あ、ありがとうございます。......おぉぉ、涼しいですね」

「魔法って便利ですよね。それにしても意外と深いですね」

「はい。ですが、もうそろそろで着きますよ。......ほら、見えてきましたよ」

 

 そこは、荒々しく揺れる炎の床に、それに照らされる黒く暗い天井が広がる場所だった。まるで灼熱地獄にでも居るような異様な暑さに、冷却魔法を使っているはずの私も汗を流す。

 

 ──確かに、元は灼熱地獄だったらしいけど、ここまで暑いとは思ってなかった。おそらくは、ここでお空が......。

 

「あー。誰か来たー。風のうわさで聞いた地上の人ー?」

 

 灼熱地獄跡の中心、そこには宇宙空間のようなマントを付けた高身長の女性が居た。

 電子が絡みついた足に、多角柱の制御棒が付いた右腕。そして、胸には大きな紅い目。これらの摩訶不思議な物を身に付けた女性は、私達を見て話しかけていた。

 

「お空。私です、主のさとりですよ」

「え? さとり様ー? でも、こんな場所に居るわけないし......」

「貴女のことを聞いてここまで来たのですよ。お空。その姿は一体......」

「でもー......この力をくれた人が誰か来るなら地上の人って言ってたし、きっとさとり様に化けた人なんだねー。

 さとり様の姿を真似るなんて小癪なー」

「えっ!? い、いえ、私は......!」

「もんどーむよーっ! 私の新しい力を見せてあげる!」

 

 さとりの話も聞かずにお空は制御棒をこちらへと向ける。

 ──さとり、ペットに疑われるなんて......。

 

「そ、そんな可哀想な人を見る目で見ないでくださいっ!」

「いくよ!『爆符「ギガフレア」』 ッ!」

「最初からギガですか!?」

 

 止める間もなく、お空がスペルカードを宣言した。

 

 それと同時に制御棒が赤く光り、みるみるうちにその光が大きくなっていく。

 

「えっ!? ちょっと──!?」

「っ! さとり!」

「ハァァァァ!」

 

 お空の狙いがさとりだと気付いた時には、既に制御棒から光の束が発射された後だった。

 

 急いでさとりの手を取り、光から逃れるように引き寄せる。

 

「間に合わないっ! 来い! 『魔剣「ガラディン」』!」

 

 ──避けれない。

 

 そう判断した私は魔剣を召喚し、それを空いている左手で力強く握る。

 

「さとり。私の後ろへ! せい──へっ!?」

 

 さとりを後方へと下がらせ、両手に持ち替えた勢いよく剣を振ると、魔剣から通常の三倍ほどもある弾幕の特大ビームが放たれた。

 

 多少驚くも、魔剣のビームがお空の弾幕と当たると同時に、我に返される。

 

「つっよ!? ソロモンの指輪っ! 補助、威力強化!」

 

 魔力の補助を受け、威力が上がるも魔剣を握る手が震え痺れる。

 

「っ......はぁっ!」

「おー。どっか行っちゃったー」

 

 弾幕の威力が想像以上に強く、軌道を逸らすことでしか避けることができなかった。

 ──吸血鬼の私が押し負けるなんて......。

 

「はぁ、はぁ......さとり。ちょっと無理です、お空の相手は」

「は、はい......。いえ、大丈夫ですよ。そう落ち込まなくても......。それよりも、以前のお空はあれほど強くも異形な物も......え? 八咫烏の力? ......なるほど。通りで強いわけです」

「本当に会話要らずですね。......さとり。お空を無力化してもいいですか?」

「......はい、お願いします。本来、私の仕事なんでしょうけど私じゃ......え? 友達なんだから気にしないで? そうなんですか? ......ふふっ。ありがとうございます」

「お礼を言うのはこちらの方ですよ。さて......」

 

 さとりからの許可を得ると、すぐさまお空を見やる。

 

 お空は既に次の準備を始めているらしく、制御棒には赤い光が集まっていた。

 

「あ、お空を無力化した後のケアは任せます。......たまには、お姉様みたくカッコつけてもいいですよね。

 こんなに空が暗いから本気で行きますよ」

 

 姉を真似、姉がいつもやっている胸の前に両手を置くというポーズをとる。

 

 正直、どうしてこのようなポーズをとっているのか分かっていない。そして、内心少しずつ羞恥心が芽生え始めていた。

 

「......ほ、ほら、吸血鬼って夜の帝王ですし」

「......内面恥ずかしがっているのは分かりました」

「べ、別に私は......!」

 

 誰にともなく慌てて言い訳するも、それを指摘されてさらに恥ずかしくなってしまった。

 顔が触らなくとも赤く、熱くなっていくのが分かる。

 

「......はぁー。もういいです。あ、さとり。狙われないように、透明化の魔法を」

「あっ。ありがとうございます」

 

 そう言ってさとりに魔法をかけ、改めてお空と向かい合った。

 

 制御棒は先ほどよりも大きく、眩しい光が集まっている。

 どうやら八咫烏の力も相まって太陽の力もあるらしい。少し肌がピリピリと痛む。

 

「お待たせしましたね。......今から私は認識されず、ただ有耶無耶に。......今思えば、これも割と......」

 

 言葉を濁しながらも自分という存在を有耶無耶にし、有耶無耶にした弾幕をゆっくりとお空の周りに配置される。

 

 そして、弾幕が渦のように回り始め、逃げ道を無くす。

 

「......あれ? どこいったんだろ?」

 

 もちろん気付かないお空は首を傾げ、見えないさとりをキョロキョロと探す。

 

 無防備な相手に攻撃するのも気が引けるが、時間もあるか分からない状況でそうも言ってられない。

 ──ごめんね、お空。

 

「聞こえもしないでしょうが、行きますよ。『輪廻転生「ウロボロス」』」

 

 静かに唱えると見えない渦状の弾幕から、お空がいる中心へと弾幕が散りばめられる。

 

 そして次第に渦が小さくなっていき、最終的に全ての弾幕がお空へ衝突した────




見えない弾幕ほど怖いものはない()

一つの異変は終わりへと近づき、もう一つの異変は......。

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