蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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第九章 不自然なマルフォイ

 継承者の次の攻撃は翌週になっても起こらなかった。しかし、それはハーマイオニーにとって全く安心できることではなかった。継承者が壁にメッセージを書いた後、初めて生徒を襲撃するまで1週間がかかったのだ。継承者がせっかちで次々と生徒を襲撃するタイプには思えない。

 

 ダンブルドアの叱咤激励はハーマイオニーの心の中にまだ残り続けていた。だが、ハーマイオニーには何の意味のない言葉に思えていた。ダンブルドアは具体的なことは何も話さなかったのだ。演説の後、まるですべてを解決したかのように振る舞い、ハーマイオニーをオフィスから追い払ったのだ。ダンブルドアは間違いなく何も解決していなかった。

 

 だからハーマイオニーは、自分の身を守るために「自分の計画」に沿って行動することを決めた。しかし、その道は以前よりも困難なものになっていた。最初の襲撃の後、勉強に関しては協力的だったレイブンクローの生徒でさえも、スリザリンの生徒を避けるようになったのだ。そしてパドマも。パドマは自分がモルモットにされるのではないかという疑いを持っているかのようにビクビクとした態度をとっていた。ハーマイオニーは別の解決策を考えなくてはならなかった。

 

 朝食を終えたハーマイオニーは、妖精呪文の教師であるフリットウィックを説得することをようやく決めた。優秀な教師であるフリットウィックに手伝ってもらうのが最も適切な策だとは分かっていたのだが、以前の出来事を思い出すと憚れるものがあったのだ。

 

 ハーマイオニーはフリットウィックに会うために呪文学の教室に向かうことにした。次は魔法薬学の授業であったが、まだ十分な時間があると思われた。大広間を出たところで後ろから歩いて来た男の子が隣に並んできた。ブロンドの髪に青白い顔。マルフォイだ。

 

 「グレンジャー、魔法薬の教室に行くのかい?」とマルフォイは陽気に言った。

 

 「ほっといて、マルフォイ」

 

 「一緒に行ければなと思ってね」

 

 「……何ですって?」

 

 ハーマイオニーは立ち止まった。マルフォイがそんなことを言うなど正気には思えない。

 

 「朝食は済ませたんだ」とマルフォイは笑う。小さな微笑には全く違和感を感じない。

 

 「本気で私と一緒に歩きたいとでも思ってるの?」

 

 「僕は君が光栄に思うだろうって考えてるんだけど」

 

 「あなたは心配じゃないの? 継承者が私を襲撃するときにあなたも巻き添えをくらうかも」とハーマイオニーはあざ笑ってけしかけた。マルフォイは何かを企てていた。もしくは、マルフォイはハーマイオニーが何かを企んでいると思ったのだろう。

 

 「僕はそうは思わないね。グレンジャー、僕は純血なんだ」マルフォイは自信に満ちて見えた。

 

 「それは私の意見を覆すものではないわ。いつもあなたたちが言ってるように、私は純血ではない。継承者は私を襲撃するわ」

 

 「いや、君はスリザリンだ」

 

 マルフォイは純血でないことが全く問題ではないかのように変わらない口調で言った。

 

 「それで?」

 

 「それでって……。帽子が君を我々の寮に入れたんだから、継承者だってそれを認めてるってことだろ。何らかの理由があるんだ。それに僕は継承者がスリザリンを攻撃するなんて絶対にあり得ないと考えている」

 

 ハーマイオニーは目を細めてドラコをじっと見つめた。ちょっとして、マルフォイはため息をついて、ハーマイオニーが返答するのを待つために、壁に背中を預けた。ハーマイオニーはそれでも視線を保ち続けた。

 

 マルフォイは自分の爪が完璧な状態かを熱心に調べていた。きっと純血の家族は5歳のときに爪の世話について教育を受けているのだろう。

 

 「ねえ……」1分後にマルフォイは口を開いた。

 

 「僕たちがこのまま此処に立っていても何の意味もないだろ。両者にとって不利益なだけだ。早く行くことに越したことはない。君もそう思わないか?」

 

 ハーマイオニーは回答を拒否した。マルフォイはため息をついて視線を爪に戻した。

 

 ――ここから逃げた場合、マルフォイが後についてこない可能性はどのぐらいかしら。少しはあるはず。ほんの少しだけ。1パーセントぐらいかしら?

 

 マルフォイはかなりしつこく、それにサティスティックなタイプだ。

 

 ――継承者と一緒に私の血の池でダンスを踊るつもりなんだわ。

 

 もしも本当にマルフォイがそんなことを考えているならば大バカ者であることは間違いなかった。マルフォイは殺人を手助けした罪で、魔法使いの刑務所、アズカバンで残りの人生を過ごすことになるだろう。

 

 ハーマイオニーは1パーセントの可能性に期待して無言でその場を去ることにした。しかしマルフォイは素早く付いてきて笑顔を浮かべたまま「そんなに継承者を恐れてるのかい?」と話しかけてきた。ハーマイオニーは笑顔の裏に悪意が満ち溢れているのを知っていた。

 

 「ついてこないで」

 

 マルフォイはハーマイオニーの隣に並んだ。マルフォイの手持ち無沙汰の右手が指揮者のように空中で弧を描いた後、ポケットへと収納された。

 

 「どうして付いてくるの?」

 

 「僕たちは並んで歩いている。これはついていくというより一緒に歩いているんじゃないか?」

 

 「あなたは気味が悪いわ」

 

 「君は敵対的だ」

 

 ハーマイオニーは魔法薬学の教室の外で立ち止まった。

 

 「あなたは物心がついたばかりの子供だわ」

 

 「君は年中針を立たせているハリネズミだ」

 

 「本当に子供っぽいわね」

 

 「君は学者みたいだ」

 

 「それは全く侮辱じゃないわ!」

 

 ハーマイオニーは苛立ちのあまり叫んだ。しかし、すぐに怒りを抑えて、マルフォイが次の言葉を考えるために休止する間に、教室の中へ入った。そして教室の前方にある自分の席までズカズカと歩いた。

 

 しかし、何故かマルフォイはその後に続いた。ハーマイオニーはこれ以上マルフォイのことを考えたくなかったが、マルフォイの不可思議な行動の原因がわかった気がした。恐らくマルフォイはクィディッチの件で大層父親に怒られたのだろう。それで鬱憤ばらしにハーマイオニーを苦しめているのだ。もちろん、多分ではあるが。

 

 マルフォイがバッグを隣のテーブルに置いたので、ハーマイオニーはマルフォイを睨みつけた。

 

 「いったい何の用かしら。早く退いてちょうだい」

 

 「早く退いてちょうだい、か」マルフォイはニタリ顏をした。「それはちょっと無理な話だ。それに此処に僕が

座るのは君にも利益があると思うんだけどね」

 

 「利益?」ハーマイオニーは訝しんだ。「どんな?」

 

 「教えて欲しいかい?」とマルフォイは悦に入っていた。

 

 「ええ、教えて欲しいわ」

 

 「君は今日から僕と魔法薬でペアを組むことなった」

 

 ハーマイオニーは目を瞬かせた。「そのつもりはないわ」

 

 「さーて、スネイプが何て言うか楽しみに待つことにしよう」

 

 マルフォイは椅子を引いて深々と座った。

 

 「彼は僕の言葉にノーとは言わないだろう」

 

 「そんな事はないわ、マルフォイ。スネイプ先生は私を認めてくださってるもの」

 

 マルフォイは眉を吊り上げた。そして「果たしてそうかな?」と、笑って言った。

 

 「勿論だわ」

 

 マルフォイは微笑を薄く広げるだけだった。

 

 「なに?」

 

 「スネイプは誰も好きじゃないし、誰かを認めたりはしない。特に……汚れた血を。グレンジャー、君はスネイプを何か勘違いしているみたいだ」

 

 「スネイプ先生は去年、トロールの事件の際に加点してくれたわ」と、ハーマイオニーは少し鼻を高くして言った。

 

 「マクゴナガルを困らせるためにな」

 

 ハーマイオニーはよく考えてみた。マルフォイの言葉など信じたくはなかったが、スネイプという人物としては

マルフォイの意見の方が正しく思えた。

 

 「でも、スネイプ先生は私をからかうウィーズリーをいつも罰してくれるわ」

 

 「奴はグリフィンドールだからな。スネイプは理由もなく減点してくれるだろうさ」

 

 「私は魔法薬でいつもあなたより高く評価されてきたわ」

 

 「……努力の問題だ」

 

 ハーマイオニーはまだ思いつくことが出来たが、そのことを話す事は出来なかった。スネイプのオフィスで他の生徒の成績表を見せてもらったなど、どうして話すことが出来るだろうか。しかもマルフォイに。しかし、その時の事を思い出すと、やはりスネイプはスリザリンの生徒としてハーマイオニーを認めていた。

 

 「一体何が望みなの?」

 

 「僕?魔法薬の『O(おおいによろしい)』さ」とマルフォイは肩をすくめた。

 

 「私無しでもあなたは『O』を取れるわ。だから向こうに行って」

 

 「もちろん。でも、より簡単になる」

 

 「ゴイルにでも手伝わせればいいじゃない。簡単なものなら刻めるでしょ」

 

 ドラコはしかめっ面を浮かべた。「簡単なもの? あいつはナイフに鋭い部分と切れない部分があることに気がつかなかったんだぞ」

 

 「ならパンジー。彼女なら喜んで手伝うわ」

 

 マルフォイは小さく唸った。「彼女も時々失敗を……。僕はパートナーのことにまで注意を払いたくない」

 

 「あなたは優秀なんでしょう?頑張ってサポートしなさいよ」

 

 「ぼくは充分に頑張った」

 

 「優秀じゃないから疲れてるって考えた事はない?」

 

 「僕は毎晩ずっとフリントに勉強を教えてもらってるし、家では有名な魔法薬の関係者に勉強を教えてもらって

きた。それに僕がどれだけの本を読んでいるか、君だって知っているだろう」

 

 「あなた、誰かの助けがないとダメなの?」

 

 マルフォイの顔は勢いよく赤くなった。「クィディッチは完全に僕の実力だ!」

 

 「お互いに箒に乗って空を飛びながらボールを投げあう。そんな馬鹿げたことでの才能なんて自慢にならないわ」

 

 「ちょっと待てよ。クィディッチは何百年もの間、魔法界で人気のスポーツだぞ。クィディッチは僕たちの遺産で、文化だ」

 

 「ルールがあやふやで不完全なスポーツなのにね。150点のスノッチを探して2人のプレイヤーが飛び回る中、他の12人のプレイヤーは10点のボールに必死になってる馬鹿げたスポーツよ」

 

 「スノッチじゃない、スニッチだ」

 

 「私、スニッチって言わなかった?」

 

 「いいや、君はスノッチって言った」

 

 「それが一体何だっていうの?」

 

 「一体何、だって? 君は自分が貶しているものの事を全然分かってないじゃないか! 君は……あっ」

 

 「何?」

 

 「君は汚れた血だ」

 

 「マグル生まれね」とハーマイオニーはため息まじりに言った。

 

 「だからだ。君は僕たちの歴史が好きじゃないんだ」

 

 「そんなことはないわ。私はつまり……スポーツが好きじゃないの」

 

 「クィディッチは僕たちの歴史の一部だ」

 

 「欠点のある、取るに足らない部分だわ」

 

 「やっぱり汚れた血だ」

 

 「それしか言えないの?私は漂白剤でも飲めばいいのかしら」

 

 マルフォイは眉をひそめた。「漂白剤って何だ?」

 

 「あなたの純血の血を真っ白にする薬よ」

 

 軽い咳払いが2人の後ろから反響した。スネイプは大股で歩いてきて、2人の机に屈み込んだ。スネイプのローブはコウモリの翼のように腕の上を緩やかに垂れた。ハーマイオニーは教室が生徒でいっぱいなことに今更気がついた。そして誰もがじっと自分たちに視線を向けていた。

 

 「議論を続けなくていいのかね?」

 

 スネイプの声は柔らかで流暢だった。しかし、その声の下にある怒りは隠し切れていなかった。

 

 「いいえ、先生。熱い議論でしたけど」とマルフォイは肩をすくめた。そして「魔法薬……についての」とボソっ

と付け加えた。

 

 「そうであるといいのだが」スネイプは体勢を変えずに話を続けた。

 

 「ミスター・マルフォイ。君には前に話した通り、より良い魔法薬の調合を目指してもらう」

 

 スネイプはすっとハーマイオニーに黒い眼を向けた。

 

 「ミス・グレンジャーは完璧な魔法薬を調合したいと考えているかね?」

 

 「はい、先生」とハーマイオニーは呟いた。

 

 「ならば2人はペアを組みたまえ。ミス・グレンジャーは私の決定に文句をズラズラと述べたいかもしれない

が、我輩は君が我慢というものを習得していると思っている」

 

 後ろの方の席からクスクスと笑い声が上がった。

 

 「授業は既に始まっている。グリフィンドール1点減点」

 

 スネイプはしばらくハーマイオニーを見つめた後、教壇へと歩いて行った。

 

 「今日は諸君らに催眠薬を作ってもらう。これは極めて単純な魔法薬だ。我輩は誰もが完璧なものを調合してく

れると期待している。始めたまえ」

 

 スネイプは杖を動かし、黒板に指示を出した。

 

 マルフォイは材料を集めて席に戻ってきた。しかし、ハーマイオニーは動かずに自分の席に着いたままだった。

 

 「僕は君を助けるつもりはないぞ、グレンジャー」

 

 ハーマイオニーはしばらくの間マルフォイを見上げた。

 

 「あなたは私をどんな人だと思ってる?」

 

 「君はスリザリンの人間だ」マルフォイは微笑んだ。それから思いついたように言葉を付け足した。

 

 「こうしよう。協力的に調合に取り掛かってくれればパンジーが君をからかうのを止めさせてやる」

 

 「パンジーだけ?」ハーマイオニーは冷たく言い放った。

 

 「なに?」

 

 「スリザリンの誰かが私を侮辱するなら、私は魔法薬でわざと失敗することにするわ」

 

 「君は馬鹿か?」マルフォイは眉をひそめた。「僕がスリザリンの全員をコントロール出来るわけがないだろう」

 

 「あなたは優秀で、マルフォイなのよ。その方法を見つけられるはずよ」

 

 マルフォイの顔は楽しさと困惑の混ざった思慮深いものへと変わっていった。

 

 「2、3の方法が思いついたぞ」

 

 ハーマイオニーは期待と馬鹿らしさの混ざった溜息を吐き出した。


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