蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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第六章 出生と寮への差別―1年編

 〈1991年‐9月〉

 

 「スリザリンの1年生は僕についてきてくれ」

 

 大広間を出たところで、監督生のジョニファーが叫んだ。

 

 「スリザリンの談話室は地下にある」レイブンクローとグリフィンドールがいなくなるのを見届けるとジェニファーは歩きはじめた。

 

 「合言葉は勿論だが、寮の場所を他寮の生徒に話してはならない。これは肝に銘じておいてくれ。合言葉は毎週変わり、月曜日に談話室の掲示板に張り出される。それから学校生活における注意点だが、なるべく寮の点数を落とすな。上級生たちは助力を惜しまないが、あまりにも酷い場合には見限ることがあるかもしれない……」

 

 1年生が顔を青くするのを見て、ジョニファーは嬉しそうに笑う。まるで失点してくれた方が嬉しいとでも言いたげな様子だ。

 

 階段を降りて、しばらく廊下を歩くと、ジョニファーは細い横道を曲がり、何の変哲もない壁の前で立ち止まる。

 

 「ここがそうだ。もう一度忠告しておくけど、この場所と合言葉は絶対に漏らすんじゃないぞ。ああ、それからこの道を右に曲がると魔法薬学の教室に着く」

 

 ジェニファーは灰色の少し薄汚れた壁を向くと、「ネメシス」と呟いた。すると壁は溶けるようにして消え、一瞬で通路へと変化した。

 

 ジョニファーに続いて通路を抜けると、そこは大きな円形の談話室だった。細長い天井の低い地下室で、壁と天井は荒削りの石造り。部屋の中心には彫刻入りの椅子や黒革のソファーが置かれ、壮大な彫刻が施された暖炉の火をうっすらと反射している。

 

 「君たちの寄宿舎はその階段を下ったところにある。右が女子。左が男子だ。女子寮に行くときは注意しろ。許可が無いのに入ろうとすると、攻撃される上にサイレンが鳴り響くからね。

 明日の朝食、それから最初の授業は僕が案内する。7時半にここに集合だ。それじゃあ、寮監のスネイプ先生がいらっしゃるまでここでくつろいでおいてくれ」

 

 ジョニファーが話を終えると、マルフォイとノットとパーキンソンは近くのソファーに腰かけ、ノットとゴイルはボディーガードのようにそのソファーの両極に立った。トレイシーとダフネは暖炉の近くの椅子へと移動し、静かに話を始めた。

 

 ハーマイオニーはどこかに座ろうと談話室を見渡してみるが、残りの大部分は上級生によって使われていた。スリザリンの談話室にはスリザリン生が全員座れるほどの椅子は用意されていないようだ。部屋の隅には空いた椅子があるが、先生が部屋の隅で話を聞くような生徒を良く思うはずがなかったので、ハーマイオニーはミリセントの横に黙って立っていることにした。

 

 しばらくして、組み分けの時にチラリと見た黒髪の先生が小さな階段を大股で降りながらやって来た。スネイプは1年生の元にやってくると威圧的な声で「黙れ」と告げたが、その必要は全くなかった。談話室の生徒たちは異様なほどにスネイプに注意を払っていたからだ。

 

 「スネイプだ」と柔らかく、それでいて脅迫的な口調でスネイプは話し始めた。

 

 「スリザリンには毎年最高の成績を取ることを期待している。将来、諸君の中の一人はOWL、あるいはイモリにおいてもっともすばらしい成績を取ってくれるだろう。そしてその他の生徒に関しても、寮対抗杯において多大な貢献をしてくれると期待している」

 

 スネイプは冷淡な視線で1年生を見渡す。

 

 「スリザリンは我輩の家だ。我輩はこの寮に7年間いた。そして10年の間寮監をしてきた。ここにいる誰よりもスリザリンと関わっているのは疑いの余地もない事だろう。スリザリンに栄光をもたらす生徒を歓迎しよう。しかし……我輩の家の名を汚すならば、我輩は迷いなく縁を切るだろう」

 

 ふむ、とスネイプは重々しく頷いた。

 

 「我輩は寮の外でスリザリン生とスリザリン生が対立することを望んでいない。諸君らは家族だ。この寮の外には敵が待ち受けている。例を一つ上げるとすれば、グリフィンドール。奴らはスリザリンを侮辱する。例え前の晩にスリザリンに良い顔をしてきたとしても、次の日になれば嘲笑い、背中を蹴り飛ばしてくる。

 しかし、心配することは無い。この寮の外では我々の意見の相違を一時的に置いておけばよいのだ。寮の外では我々は固まり、強固で強大な陣形を築けばいい」

 

 スネイプは話を止め、マルフォイの顔を見た。スネイプがマルフォイを贔屓しているのが何となく感じられる。

 

 「奴らは必ず攻撃してくるだろう。だが、我々は固まればいい。例え、1人が退こうと次が前に出ればいい。一への攻撃は全体への攻撃を意味する。貴重な1を見捨てるな。利益をもたらす限り、我々の家族だ。諸君、理解したか?」

 

 1年生たちはモゴモゴと返事をした。スネイプはそれから長い間生徒達を見渡すと、さっさと寮から出て行った。

 

 

 寄宿舎は談話室と同じような装飾が施された円形の部屋だった。エメラルドのビロードのカーテンが掛かった四本柱の天蓋付きベッドが5つあり、それぞれのベッドの傍に、机と小さな革の椅子、それからドレッサー。ハーマイオニーのトランクは既にベッドの近くに置かれている。

 

 「家のベッドよりも小さいわ。私達ってこんなので寝なくちゃいけないの?」とパンジーがベッドを見て騒ぎ立てた。

 

 「そんなに悪くないわよ」とダフネのベッドの上に寝っ転がっているトレイシーがなだめるような口調で言う。

 

 ダフネはトランクから写真立てを幾つか取り出し、机の上に並べていた。そのうちの1つにはソファーに一緒に座っている、両親とダフネとダフネによく似た妹が写っていた。そしてその写真は奇妙なことに動いていた。妹は笑ってダフネに抱き着き、ダフネはそれを冷静な様子で対処し、それを両親が柔らかな表情で見つめているのだ。

 

 写真から目を移すと、本物のダフネはベッドに寝るトレイシーを無視して、優雅にベッドに横になっていた。

 

 パンジーはダフネのベッドに歩み寄ると、ベッドに腰かけた。

 

 「でも、問題よ。この部屋も小さすぎると思わない? 1年も過ごすのよ?」

 

 「僅か9カ月よ」

 

 ダフネは無関心な様子で返事する。会話よりも自分の爪が完全な状態かを確かめる方が重要なようだった。

 

 「楽しい9カ月になれるといいわね」とトレイシーはダフネに抱き着いて小さく笑い声を上げる。

 

 「そうなるといいわね」ミリセントはダフネのベッドの周りをうろつきながら同意の声をあげた。

 

 気が付くと、ダフネはハーマイオニーを見上げていた。「貴方はこの部屋をどう思う?」

 

 ハーマイオニーは肩をすくめた。「ベッドは自宅の物よりも素晴らしいわ。家のはもっと古いもの」

 

 ダフネはじーっとハーマイオニーを見つめ、それからパンジーと目を合わせて眉をひそめた。

 

 「ごめんなさい、貴方の両親がどういった仕事をしていたか忘れてしまったわ。もう一度教えて貰えるかしら?」

 

 「ああ、まだ話してないわよ。両親は歯科医よ。つまり医者」

 

 「えっと……それは、つまり……マグルの医者ってことかしら? その……歯の医者ってこと?」

 

 「マグル……医者? 歯の?」パンジーは力なく呟いた。

 

 「ええ……」

 

 「貴方フランスに家族がいるって言わなかった?」とミリセントは切羽詰まった様子で聞いた。

 

 「ええ、言ったわ……」

 

 「もしかして魔法使いの家族ではないの?」トレイシーは眉をひそめて尋ねたが、ハーマイオニーは肩をすくめることしか出来なかった。「じゃあ、つまり、貴方は……」

 

 「穢れた血なのね!」パンジーはキーキー声で叫んだ。

 

 「えっ、なに?」ハーマイオニーは言葉の意味は分からなかったが、侮辱されたことは理解できた。

 

 「マグル生まれなの?」

 

 ハーマイオニーはミリセントの質問に頷いて返事した。「ええ、両親はどちらともマグルよ」

 

 パンジーが何かを言おうと口を開いたが、そのままの状態で動きを止めた。

 

 「スリザリンなのに?」トレイシーがダフネの横顔を見ながら言った。

 

 「何か問題があるの?」ハーマイオニーは彼女らと友達になれる可能性が急速に低くなっていくのを感じ取った。

 

 「穢れた血?」パンジーは繰り返し言った。

 

 「えーっと、私達の両親は魔法使いと魔女なの」ミリセントは言い辛そうな様子であった。「つまり私たちは……」

 

 「純血なの」パンジーは吐き捨てるように言った。

 

 「純血?」

 

 「ねぇ、早くドラコに話さなくちゃ」パンジーはハーマイオニーを無視して3人に言った。「ドラコは汚い手を焼き払わなくちゃいけないわ」

 

 女の子たちの輪はすぐに小さくなり、ハーマイオニーはポツンと輪からはじき出された。

 

 

 ハーマイオニーの両親がマグルであることが広まると、スリザリンの生徒は全員ハーマイオニーを無視した。  

 ハーマイオニーは直接的な嫌がらせをまだ受けてはいなかったが、パンジーの軽蔑的な視線をみていると、この先いつ嫌がらせを受けても可笑しくない状態であると思われた。

 

 魔法薬の授業がスリザリンとグリフィンドールの初めての合同授業だった。ハーマイオニーはハリー・ポッターと話すためにいち早く教室に行くことにした。ハリーと話をしたのは僅かな時間であったが、無礼なウィーズリーさえいなければ楽しく会話を続けられていただろうし、噂に聞く限りハリーはマグル生まれに味方する人物に思えた。

 

 ハーマイオニーはまだ誰もいない蒸し暑い教室に入って、一番前の机でハリーを待った。ウィーズリーの後に従ってハリーが入ってきたのを見て若干の失望を感じたが、ハーマイオニーは立ち上がって彼らのテーブルへと向かった。グリフィンドールからもスリザリンからも視線を集めていたが、ハーマイオニーは懸命にそれを無視した。

 

 「こんにちは、ハリー」

 

 「えっと、こんにちは」ハリーは不安げな様子で言った。

 

 「何か用かい?」

 

 ハーマイオニーはウィーズリーを無視して話した。

 

 「良かったら一緒に組まない? 私、スネイプ先生を納得させられるだけの――」

 

 「僕たちは君の助力を必要としていない」ウィーズリーはウンザリとした様子でハーマイオニーの言葉を遮った。

 

 ハーマイオニーはハリーから目を離さずに話を続けた。

 

 「ハリーが魔法薬を経験したことが無いのを知ってるから、私は的確に貴方をサポートすることが出来ると思うわ」

 

 「どうする?」

 

 ウィーズリーはしかめっ面で首を横に振った。「僕は御免だね。いいか、彼女はスリザリンなんだ。何か企んでいるに決まってる」

 

 「正直に言って、ウィーズリー。貴方はその偏見を変えるべきだと思うわ。私達は全員ホグワーツの生徒なのよ。スリザリンに対する偏見で、ハリーの勉強と授業を失敗させるつもり?」

 

 「ほら、彼女は既に脅迫的な面を見せてる」ウィーズリーは呻くようにしてハリーに言った。「見てみろ、グレンジャーは――」

 

 その瞬間、スネイプが教室に入って来た。「我輩の教室で騒ぐな、愚か者が。グリフィンドールから1点減点」

 

 「しかし、先生――」

 

 「グリフィンドールから2点減点。それ以上口を開けばこの教室に二度と入らせん」

 

 ハーマイオニーはハリーに視線を向け、彼が組んでくれることを期待した。しかし、ハリーはハーマイオニーに一度目を向けると、視線をスネイプへと移動させた。その隣でウィーズリーはハーマイオニーを睨めつけていた。

 

 ハーマイオニーは自分のテーブルに戻ると、スネイプに視線を向けた。スネイプが席についていなかったハーマイオニーを減点しなかったのは、ハーマイオニーにとってかなり嬉しい事だった。スネイプは少なくともハーマイオニーをスリザリンの生徒として認めていると思えたからだ。

 

 魔法薬の授業が終わった時、グリフィンドールとスリザリンの間には11点の差が出来、スリザリンが獲得した5点の内の4点はハーマイオニーが獲得していた。ハーマイオニーはスネイプの求めていたことが何となく理解できた気がした。

 

 

 図書館にいる一団の生徒たちにハーマイオニーは注意を向けた。彼らはハッフルパフの1年生でスーザンとジャスティンもそこにいた。学校が本格的にはじまってから、ハーマイオニーはどちらとも話をする機会が無かった。ハーマイオニーはハッフルパフの生徒たちの元へ行き、スーザンの隣に腰かけた。

 

 「こんにちは、ジャスティン、スーザン」

 

 「こんにちは」ジャスティンは挨拶を返したが当惑気な表情を浮かべていた。

 

 「学校が始まってからあまり話さなかったでしょう? だから……今話せればと思って」

 

 「そう……」

 

 「私、魔法薬の勉強会に参加することにしたの。ほら、あそこのレイブンクロー生たちと」

 

 「それはいいね」

 

 「私、ちょっと余裕があるの。だから勉強に関して援助が必要なら、ね? 多分、あなたたちは十分なほどには勉強が出来てないと思うの。でも私なら不足分を教えることが出来るわ」

 

 ジャスティンは他のハッフルパフの生徒に顔を向けた。スーザンは細い目でハーマイオニーを見つめ、他の女の子たちはジッとハーマイオニーの開いていない教科書を見つめ、ブロンドの男の子は黙って椅子に座っている。

 

 「私は不足分何てないと思うわ」と、スーザンは素気なく言った。

 

 「ちょっと言い方が悪かったわ」

 

 「彼女は助けが必要ないって言ったんだ」とブロンドの男の子が言った。「悪いけどこの席から退いてくれ」

 

 「ごめんなさい。完全に私が悪かったわ」

 

 ハーマイオニーはジャスティンに目を向けたが、ジャスティンは俯いて困った顔をしていた。

 

 「それじゃ、また……」

 

 ハーマイオニーにとって学校はますます敵対的な環境になっていった。

 

 

 

 

 

 


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