蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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第五章 ハグリッドの小屋

 数日後、ハーマイオニーは新しい呪文を学ぶことを決めた。例えばこんな魔法だ。

 

 『ペトリフィカス・トタルス(石になれ)――「全身金縛り術」。この呪文が命中した人間は全身が動かせなくなる。声帯や舌も動かせなくなるため話すこともできないが、意識や思考は保たれる。暴れる患者を制止するために医療者が使用したり、犯罪者に対して闇払いが使用することがある』

 『凍結呪文――対象を上記の魔法と酷似した状態にすることが出来る。異なる点は様々にあるが、代表的な例としては通信制の防犯ブザーにかけた場合、通信状態を継続したままその他の機能を停止することができる』

 

 呪文を習得するには知識を詰め込むことも重要だが、やはり実際に使うことが大切である。しかし、対象が人間の魔法に関しては、被験者となってくれる者がいないため、中々捗らなかった。ハーマイオニーが悩みに悩んで、ようやく解決手段を思いついた頃には9月下旬になっていた。

 

 森の外れに建つボロボロの古い小屋に着くと、ハーマイオニーは大きな扉を素早く叩いた。扉が開くと毛むくじゃらの大きな男が現れ、ハーマイオニーを驚いた顔で見下ろした。それから辺りをキョロキョロと見回して言った。

 

 「あー、こんばんは」

 

 「こんばんは、ミスター・ハグリッド」

 

 「ああ。それで俺になんか用かい?」ハグリッドは濃い顎鬚を撫でながら困惑気味に尋ねた。

 

 「先生」ハーマイオニーは出来るだけ丁寧な口調で話す。「先生の飼っている動物で、いくつかの魔法を試させて貰いたいのです」

 

 「いくつかの魔法?」ハグリッドはぶつぶつと呟く。「俺のペットはどれも大切な生き物だ。傷つけさせるなんてもってのほかだ」

 

 「そんな! 私、傷つけるつもりなんて全くありません! 1、2分の間体の動きを止めるだけです。私は呪文がしっかりと発動するのか確認したいだけなんです」

 

 「だがな、俺は知ってるんだ」ハグリッドは豚小屋と鶏小屋に頭を向ける。「ここ最近、俺のペットを傷つけて楽しんでいる奴がいるってことをな。それに、安全な魔法なら友達に試せばいいだろうに」

 

 「えっと……」ハーマイオニーは顔を赤くして俯いた。「私……友達がいなくて。でも、そういう事があったなら……仕方がないです」

 

 ハーマイオニーが小屋に背を向けて学校へ歩き出したところで「待ってくれ」とハグリッドが呼び止めた。

 

 「あー、その、名前は?」

 

 振り返ると、ハグリッドは静かに顔を見つめていた。

 

 「ハーマイオニ・グレンジャー」

 

 ハグリッドは再び顎鬚を撫でた。「ミス・グレンジャー、本当に試す魔法は安全なんだな?」

 

 ハーマイオニーは黙って頷く。

 

 「そうさな、それなら構わん。だが、日が暮れる前には帰るんだぞ」

 

 「本当に? いいんですか?」

 

 ハグリッドは微笑むと、大きく頷いた。「ああ。傷つけないという約束を守ってくれるのならな」

 

 

 1匹の鶏を柵の外に出すと、鶏は地面をくちばしでコツコツと叩きながら歩き回りだした。

 

 「ペトリフィカス・トタルス(石になれ)」

 

 魔法をかけられた鶏は突然動きを止め、身体を硬直させたまま、地面に倒れた。ちらっと柵の中にいる他の鶏を見てみると、倒れた鶏など気にせずに餌をあさっている。

 

 楯呪文の件以来、学習年度が自分の学年と大きく離れている呪文を習得するのは避けていたため、今やっている呪文は習得するのが比較的簡単だった。他の呪文に関しても、始めの内に失敗することがあっても、数日のうちに完璧にすることが出来た。

 

 魔法を解いて、鶏が立ち上がるのを助けたところで、カボチャ畑の横に赤毛の女の子が立っていることに気が付いた。女の子は胸に黒い本を抱えて、恐怖に満ちた表情でハーマイオニーを見つめている。

 

 ――確か……ウィーズリー家の女の子だわ。

 

 「ここで何をしているの?」

 

 「あなたこそ、ここで何をしているの?」女の子は引き攣った顔でオウム返しした。

 

 ハーマイオニーは眉に軽くしわを寄せる。「私が先に聞いたのよ」

 

 「私は……」女の子は黒い本を強く抱きしめていた。「日記を書いてるの」

 

 「日記?」

 

 「そう、日記」

 

 「あなた、日記を書くのね」ハーマイオニーは聞こえないように小さく鼻で笑う。

 

 「あなたは何をしているの?」と女の子は再び尋ねた。

 

 「呪文の練習よ。だから早く退いて貰えると有難いわ」

 

 女の子は全く動じずに質問を続けた。「ハグリッドは呪文の練習のことを知っているの?」

 

 「ちゃんとハグリッドには話しているわ」

 

 「それで……許可はもらえたの?」

 

 「そうよ。だからやってるの。納得して貰えた?」

 

 ハーマイオニーは呆れた顔で女の子を見つめた。しかし女の子は退かずに、近くの岩に座ると、日記に一生懸命何かを書き込み始めた。

 

 ハーマイオニーはため息をつくと、別の鶏を取り出して杖を向けた。簡単な呪文はもうやったので、次は少し難しい呪文を試すことにした。

 

 太陽が低くなり、次第に冷え込んできた。そろそろ帰ろうと、ハーマイオニーが両腕を伸ばしながら後ろを振り返ると、まだウィーズリー家の女の子がいた。女の子は数秒ごとに日記に猛烈な勢いで何かを書き込んでいる。このまま自分が帰れば夜間外出禁止令に彼女が引っかかることが容易に予想でき、ハーマイオニーは声をかけようかどうか迷った。

 

 しかし、考えてみれば自分が巻き添えを食らう可能性があるだけだった。彼女はウィーズリー家の娘でグリフィンドールの生徒なのだ。ダンブルドアは必ず彼女を庇うだろうし、彼女の兄弟や寮の生徒も擁護するだろう。マグル生まれでスリザリン生のハーマイオニー・グレンジャーとは違うのだ。

 

 ――今の時間ならギリギリ夕食に間に合うわね。

 

 ハーマイオニーは荷造りをしてそのまま学校へ帰ることにした。

 

 

 時間はあっという間に進み、10月の半ばを過ぎると、授業も難しくなり始めた。しかし、ハーマイオニーは時間を作り、何度もハグリッドの小屋に出かけた。新鮮な空気、邪魔されない1人の時間、小屋で手に入る物は多く、どれも素晴らしかった。

 

 ハロウィーンの日、スリザリンのテーブルはクィディッチの話題で持ちきりだった。ハロウィーンの前から何度も耳にした話だが、マルフォイがシーカーに選ばれ、スリザリンのチームに新しい箒が持ち込まれたらしい。

 

 ハーマイオニーはどこに座ろうか数秒悩んだ末に、ミリセントの横が開いていることに気が付き、会話に混ざれることを期待しながらそこに座った。

 

 「ポッターは去年、スニッチを捕まえて有頂天になった」とマルフォイが話している。「だけど来週、僕たちが勝利を祝う間、奴は医務室のベッドで呻くことになるだろう」いくつかの生徒が低い声で同意する。

 

 「マルフォイ!」テーブルの中央からマーカス・フリント、クィディッチチームのキャプテンが声をあげた。 

 

 「お前に期待してるからな!」

 

 「ええ、箒の質も違う、才能の質も違う、育ちも違う。優勝杯は必ずスリザリンの物ですよ」マルフォイが笑うと、その腕にパンジーがもたれ掛かった。

 

 ——箒、育ち……

 

 「ポッターの母親は穢れた血よ。まともな訳がないわ」とパンジーは優しげな声で言った。

 

 しかし、その言葉に賛成する声には曖昧な返事の物がいくつかあった。スリザリンと言えども、全員が純血の人間ではない。半純血の者もいるし、純血だと偽っている半純潔もいるのであろうから。

 

 「だけどポッターは優秀だ」ザビニはベーコンにフォークを刺しながら呟いた。「多少汚れていたって、裏切者の双子のウィーズリーと同様に才能はある」

 

 「奴らに才能なんてない」マルフォイは苦々しい表情を浮かべて唸る。

 

 「ウィーズリー家は同じ純血一家じゃないか。それにポッターは例のあの人を打ち負かした。誰だってポッターの素質を疑ったりしないさ」

 

 こんな風にマルフォイに反抗する者は少なく、ハーマイオニーは少しだけ胸がすく思いがした。

 

 「お前はその件の何を知っているんだ?」

 

 「そりゃ、色々さ。母から詳しく聞いたよ」

 

 「本当に……知っているのか?」マルフォイは薄ら笑いを浮かべて再び聞いた。

 

 2年生は静かに2人を見つめていた。

 

 ハーマイオニーはミリセントを軽く肘で叩いて「一体どういう事?」と囁いた。ミリセントは小さく頭を横に振ると、「後で」と息を零すように返答した。

 

 「お前……何か知っているのか?」ザビニは興奮を抑えきれない様子で聞き返す。

 

 「さぁ、どうかな」

 

 「ドラコが話す訳ないでしょ」ドラコの隣に座っていたダフネが身を乗り出して言った。「でも、ご両親から何かを聞いていたとしても……不思議じゃないわね」

 

 「一体何のことやら……。さっぱり分からないね」

 

 マルフォイは悪意に満ちた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 『秘密の部屋は開かれたり

 継承者の敵よ、気をつけよ』

 

 ハーマイオニーは立ち止まって、血で書かれた文字を見上げた。近くの松明には管理人の猫、ミスター・ノリスの死体が吊るされ、その近くにポッターとウィーズリーが立ちつくしている。

 

 「これってどういう意味?」

 

 ミリセントに目を向けると、彼女の顔は真っ青になっていた。

 

 「次はお前の番かも知れないな」ドラコは満面の笑みを浮かべてハーマイオニーを見つめた。

 

 「次?」ハーマイオニーは息を呑んだ。

 

 「どうして猫はそこで首をつらされていたんだろうな」マルフォイは明らかに楽しんでいる。そしてグリフィンドールの集団に歪んだ笑みを向けた。

 

 「来週、お前たちも首を吊られているかもしれないぞ」

 

 「だまれ、マルフォイ!」とウィーズリーが吐き捨てる。「悪趣味のクソッタレが!」

 

 ウィーズリーはマルフォイに掴みかかろうとしたが、クラッブとゴイルがマルフォイの前にずいっと出てきてそれを阻止する。

 

 「なんだ、なんだ? 何事だ?」

 管理人の、アーガス・フィルチが肩で人込みを押し分けてやって来た。そしてミセス・ノリスを見た途端、フィルチは恐怖のあまり手で顔を覆い、たじたじと後ずさりした。

 

 「私の猫だ! 私の猫だ! ミセス・ノリスに何があった!」

 

 フィルチは金切り声で叫んだ。そしてフィルチの飛び出した目がポッターを見る。

 

 「お前があの子を殺したんだな?」

 

 「いいえ」ポッターは絞り出すように言った。

 

 「殺してやる!」フィルチはポッターのローブを掴んだ。「お前は俺が殺してやる! 俺が……」

 

 「アーガス!」

 

 ダンブルドアの声が廊下で反響した。何処からともなく現れた銀色の髪の魔法使いは、壁の字を見つめる。

 

 「皆、落ち着いて寮に戻りなさい。すぐに」

 

 ダンブルドアはそう言うと、再び壁の字を見つめた。ハーマイオニーは何となく、いつもは輝いている校長の目が少し曇って見えた。

 

 

 

 

 


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