蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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第四章 ドレス選び

 6人は新しい教科書と、それから羊皮紙とインクを買い足すと、ナルシッサの指示に従ってマルキンの店に向かった。ナルシッサはマルキンを呼び出すと、子供たちに制服を取り出させ、それを引き渡すように言った。

 

 「学生服は全部新調するのよ。それから、貴方たちはドレスローブも購入すること」

 

 ドラコが鼻にしわを寄せるのを見てナルシッサが厳しい声を出した。「ほら、ドラコ。早くしなさい。さて、女の子たちはドレスを選びに行くわよ」

 

 「ドレス?」とハーマイオニーは聞き返した。見ると、アストリアも困惑している様子だった。しかし、ダフネは不愛想な表情を未だ浮かべたまま妹を見ていた。

 

 「ええ、そうよ。貴女は若い女性よ。私は貴女が今年、それを示す機会がきっとあると思うわ」

 

 「結構」とマルキンが呟いた。そしてスツールの上に男の子たちを動かした。「最初に男の子の寸法を測ります。そこのドアを進めば」マダムは店の左奥を指さした。「ドレスがあります。どれも好みに合わなければ、特注品を作りますので、好みの布をお選びください」

 

 興奮気味のアストリア、混乱するハーマイオニー、酸っぱい顔のダフネ、3人の女の子たちは別の部屋に向かって出発した。ナルシッサはドラコが不満を言うことが無いようにその場に残るようだった。

 

 部屋にはあらゆるサイズ、多彩な色、様々な材料のドレスで溢れかえっていた。ドレスは壁に並列するように並べられた衣類ラックに吊り下げられている。その様子は、ハーマイオニーの行ったことがあるデパートとさして変わりない光景だった。しかし、ここにあるドレスは真新しい物ではなさそうだった。ドレスにはタグが無かったし、若干のパリッとした感覚もあった。よく見てみると、服の端が擦り切れているものもあった。どうやらここにあるドレスは中古品である様だった。

 

 ハーマイオニーは通路に沿って歩いた。最初の衣装ラックに吊り下げられているドレスは余りに派手だった。そして……ハーマイオニーの感覚からすれば中世風の物であった。

 

 後ろをついてきていたアストリアが別の通路で探し始めた。ダフネはドアに最も近いラックに立って黒いレースのドレスに手を触れていた。

 

 「さっきナルシッサ——マルフォイさんが言っていたことってどういうことか分かる? ドレスを必要とする何かがあるの?」

 

 アストリアは無言で肩をすくめ、ダフネは「多分」と短く答えた。

 

 ハーマイオニーは目の端でダフネの様子を伺った。ダフネは最初のドレスをしまって別のドレスに手を伸ばしている所だった。「ワールド・カップはどうだった?」

 

 「すばらしかったわ」とダフネは答えた。

 

 「ダフネはゲームが素晴らしかった、って言ったの」とアストリアが言った。「クラムは本当に凄かったわ。でも、アイルランドのチェイサーも凄かった」

 

 「天気も良かったわ」とダフネは呟いた。

 

 「何だか、楽しかったようには見えないわ」とハーマイオニーは言った。昨年の夏、ハーマイオニーはダフネに友人として受け入れてもらうことが出来た。ダフネは優しくて親しみやすく、それからの生活は今までと打って変わって楽しいものになった。しかし、その関係はここ数カ月の間に変化してしまっていた。ハーマイオニーは……ダフネがドラコの傍にいるのが面白くなかった。マルフォイ家からワールドカップへの招待を受けたことを、ダフネが自分に黙っていたことが不満であった。

 

 「階が違うとはいえ、すぐ傍にウィーズリー家の連中がいては、楽しめるものも楽しめないわ」とダフネは抑揚のない口調で言った。

 

 「でも、ドラコが盛り上げてくれたでしょう?」とハーマイオニーは言い、流し目でダフネの様子を伺った。しかし、ダフネは肩をすくめるだけで、次のラックへと移動した。

 

 ハーマイオニーは目の前にあるドレスを手に取った。それは明るい緑色で、柔らかく、絹のような布で出来ていた。

 

 「ハーマイオニー、あれ、とっても可愛いわ」とアストリアが声をかけた。ハーマイオニーは傍に行って一緒にそのドレスを持ち上げた。そしてアストリアはハーマイオニーの上にそのドレスを当てた。

 

 そのドレスはこの部屋に置いてあるドレスとは少し違っていた。袖や裾は普段ハーマイオニーが着ている服よりも短くカットされている。しかし、マグルの女の子たちがクラブで踊るような服とは違って過激すぎではなかった。肩周りはフリルで飾られ、レースは柔らかそうにふんわりと膨らんでいる。アストリアが言ったようにそれは可愛らしいドレスだった。そしてハーマイオニーはこのドレスの色が好きだった。

 

 「ハーマイオニーに似合いそう」とアストリアが言った。「ちょっと着てみてよ」アストリアは楽しそうな顔で微笑み、近くにある1枚のカーテンに覆われた更衣室を指さした。

 

 ハーマイオニーは若干の躊躇いを覚えた。その更衣室は本当に簡易的な更衣室で、全身を覆い隠すようには作られていなかったのだ。ハーマイオニーはほぼ一年中4人の他の女の子と部屋を共有していたため、他の人がいる中で服を脱ぐことには慣れていた。しかし、それは自分の寄宿舎においての場合だった。ここは公共の場だ。誰でもこの部屋に入ることが出来、カーテンの周りを歩くことが出来た。ハーマイオニーはその事を考えると、どうしても躊躇してしまうのだった。

 

 しかし、そのような出来事が起こる可能性はほんの僅かだろう。アストリアは期待に満ちた目で見ているし、恐らくドレスに着替えないことは許されないだろう。

 

 ハーマイオニーは更衣室に入ると、急いでシャツを脱ぎ、ズボンを履いた状態で、素早くドレスを着た。そしてドレスの端を持ち上げると、ジーンズを脱ぎ捨てた。ドレスを整えている時にカーテンの下にドレス用の靴が置かれていることに気が付き、ハーマイオニーは小さく微笑んだ。

 

 更衣室を出ると、ハーマイオニーは「似合うかしら?」とアストリアに尋ねた。

 

 「あら、とっても似合ってるわ」そう答えたのはいつの間にか部屋に入って来ていたナルシッサだった。

 

 ハーマイオニーはニコニコと微笑むアストリアに促されて鏡の方を向いた。いつもよりも自分が綺麗に見えると、ハーマイオニーは思った。スカートはフリルで飾られて層をつくり、美しかった。

 

 ナルシッサが後ろにやって来て細長い指でハーマイオニーの髪を集めた。「アストリアはどんな髪形が似合うと思う?」

 

 「カールも良いと思いますが、やっぱり組紐が似合うと思います」アストリアはそう言ってハーマイオニーの髪をそっと持ち上げた。「今やるのであればお手伝いしますよ」

 

 「今やる必要はないですよ。髪型はその時によって変わるかもしれないですし」ハーマイオニーは面倒を嫌って慌ててそう言った。

 

 ナルシッサは鏡で熱心にハーマイオニーを見つめていた。それからちょっとして「そうね」とナルシッサは呟いた。「アストリアは気に入ったものがあった?」

 

 アストリアは素早くその場を離れて、ピンク色の、ハーマイオニーの物と似たようなドレスをラックから取り出してきた。アストリアはそれを自分に当てて尋ねた。「どう思いますか?」

 

 「悪くないわ」とナルシッサが言った。

 

 ハーマイオニーは2人がやり取りを交わしているのを尻目に、服を着替えるためにカーテンの中に戻った。

 

 「でも、本当にそれでいいの? オリヴィアはもう少し派手なドレスを望んでいると思うわ。それにダフネがあつらえのドレスを買うんだから貴女も……」

 

 ハーマイオニーは床に投げ捨てていたジーンズを手に取って、スカートの下からそれを履いた。その時突然アストリアがハーマイオニーの隣に現れた。そしてアストリアは更衣室の壁に先程のドレスを吊り下げると、「差し支えない、ですよね?」と尋ねた。しかし、ハーマイオニーの返答を聞く前にアストリアは服を脱いで裸になってしまった。ハーマイオニーは曖昧に肩をすくめて、アストリアに背を向けた。そしてドレスを脱ぐと、シャツに着替えた。

 

 ハーマイオニーが更衣室から出ると、部屋の向こう側でナルシッサとマルキンがダフネのドレス選びを手伝っていた。ダフネはハーマイオニーがつかっていた物とは別の鏡の前でドレスを当てている。

 

 「ブラック」とダフネが言った。

 

 「ブラック?」意外そうに聞き返しながら、マダム・マルキンは魔法の測定器具を取り出した。「デザインに関して何か要望はありますか?」

 

 「他の人とは違った、珍しいデザインが良いわ」とダフネは答えた。「母とそう話し合ったの」

 

 「うーん、細かい部分についてはお母様と話し合う必要があると思います。ですが、始業式には間に合うように寸法は計っておきましょう」

 

マルキンの言葉にダフネは黙って頷いた。

 

「ああ、一度服を脱いでもらう必要があります」マルキンは説明を付け足すように言った。

 

 ダフネはピタッと静止し、それからすぐに鋭い声で聞いた。「脱ぐ必要がある?」

 

 「ええ。余分な服は正確な測定を邪魔します。私は貴女にぴったりのドレスを作るつもりです。デザインを個性的なモノにしたいのであれば尚更しっかりと測定しなければなりません」

 

 ダフネは鏡を向いて黙っていた。

 

 「心配しないでください。ここにいる人はみんな女性ですから」

 

 ダフネは悩み抜いた末に、服を脱ぎ始めた。ダフネはナルシッサに服を手渡し、黙ってそこに立っていた。腕は胸の上で組まれ、目は天井をジッと見つめている。ダフネは妙に極まりが悪そうで、頬はピンク色に染まっていた。

 

 ハーマイオニーはダフネの様子を見て、先程自分が抱いたものが、自分だけに当てはまるものではないのだと気が付いた。『家』で服を脱ぐことは、多くの女の子にとって些細な問題ではないだろう。しかし、公共の場でとなると、同性の前であっても恥ずかしい物は恥ずかしいのだ。

 

 マルキンはダフネの寸法を苦労して測っていた。巻き尺もあちこちに素早く動いている。それを見ていた時、隣にアストリアがやって来たことに気が付き、ハーマイオニーはそちらに顔を向けた。

 

 「どう思う?」

 

 ドレスはアストリアに良く似合っていた。可愛らしいドレスで陽気で明るかったが、目立ちすぎてはいなかった。

 

 「良く似合っているわ」ハーマイオニーがそういうと、アストリアは目に見えて喜んだ。

 

 アストリアはダフネの元に小走りして近づき、尋ねた。「ダフネ、これどう思う?」

 

 ダフネはじっと妹を見つめた。「私には似合わないわ」

 

 アストリアは不満そうに鼻を鳴らした。「そんなのどうでもいいじゃない。私の物だもの」

 

 「あなたは自分に合ったドレスを注文するべきだと思うわ。お母様だってきっとそう言う」

 

 アストリアは眉をひそめた。「どうして? ハーマイオニーは新しいドレスじゃないわ」

 

 「ハーマイオニーと私たちの家の事情は全く別の話よ」

 

 アストリアは不満そうに腕を組んだ。「私はこのドレスが好きなの」

 

 「お母様は反対するわ」

 

 ハーマイオニーは静かに後ずさりした。家族の喧嘩に介入することの厄介さを知っていたし、それによって得られるものが少ないことも分かっていたのだ。ハーマイオニーは議論を続ける2人を無視して、部屋の外へと出た。店の入り口付近でドラコとノットがくつろいでいるのを見つけ、ハーマイオニーはドラコの隣に腰を落とした。

 

 「決まったのか?」とドラコが尋ねてきたため、ハーマイオニーは頷いた。「他は?」

 

 「ダフネは自分用のドレスを見繕って貰うみたいなの。だから、彼女は寸法を測っているわ」

 

 「アストリアは?」とノットが尋ねた。ノットは指先で肘掛けをコツコツと叩いている。

 

 「彼女は私と同じように既存のものから選ぶみたい」

 

 ノットはほとんど唸り声のようなもので返事した。

 

 「どれくらいかかるんだ?」とドラコが言った。

 

 ハーマイオニーは肩をすくめることしか出来なかったあまりこういう物に慣れていないため見当がつかないのだ。彼らはしばらく黙って座っていた。

 

 「ノクターン横丁に行くか?」とドラコが唐突に尋ねた。「こうしているのも勿体無い。ちょっとぶらぶらして、何か面白い物でも見に行こう」

 

 ノットが頷き、ハーマイオニーも「良いわね」と返事した。

 

 「それじゃあ、私がナルシッサに声をかけてくるわ」ハーマイオニーはそう言って立ち上がった。

 

 

 


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