蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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第二章 ワールドカップの恐怖

 ハーマイオニーは図書館から2、3ブロック程離れた道を歩いていた。太陽はほとんど沈みかけ、辺りは段々と暗くなり始めている。実のところ、ハーマイオニーはかなり空腹で、家までずっと歩き続けたくはなかった。そこでバス停に掲げられている時刻表を確認してみるが、ちょうど先ほど出発してしまったようで、しばらくの間バスは来ないようだった。

 

 ハーマイオニーはふと、ドラコが魔法使い専用のバスがあると話していた事を思い出した。名前は確か、『夜の騎士(ナイト)バス』。

 

 ハーマイオニーは良く知れた通りの両端を凝視した。ドラコはマグルには気づかれないと話していたが、ハーマイオニーは時々ドラコが話を誇張する傾向にあることを知っていたのだ。誰もいないことを確認すると、ハーマイオニーは前に向かって杖を突き出し、その手を振った。

 

 バーン! と言う耳をつんざくような音がしたかと思うと、ハーマイオニーの目の前に三階建ての派手な紫色のバスが現れ、キキーッという音と共に停車した。呆然とした面持ちでバスを見ていると、ポンッという音をたててバスのドアが開いた。

 

 バスの中で、やせっぽちの男が新聞を読みながら棒にもたれ掛かっている。男は数秒後に視線を投げかけ、ハーマイオニーと目を合わせた。

 

 「なーに、見てんだ? あんたがこのバスを呼んだんだよな?」

 

 ハーマイオニーは軽く頭を振ると、バスに乗り込み、棒を掴んだ。「あー、私はその、まだこのバスのことをよく分かっていなくて……」

 

 車掌が勢いよく新聞をとじて、運転席の方を振り返った。「ほら見ろ! 今の聞いたか? やっぱり必要だっただろ?」

 

 悪魔のような笑い声が運転席の方から聞こえ、バス中に響き渡った。ハーマイオニーは似たような声をホグズミードで耳にしたことがあるような気がした。

 

 「それでは説明させて頂きます」と車掌は急に丁寧な話し方をし始めた。そしてハーマイオニーを完全に中に引き入れて、ベッドの端に座らせた。

 

 「こちらは『ナイト・バス』でございます。迷子の魔法使い、魔女たちの緊急お助けバスです。杖腕を差し出せば参じます。ご乗車ください。そうすれば何処となりとお望みの場所までお連れします。わたしはスタン・シャンパイク、このバスの車掌でございます。そして前方におりますアーニー・プラングがこのバスの運転手でございます」

 

 「OK」とハーマイオニーは短く答えると、周りを見渡した。バスにはあまり乗客がいないようだ。その乗客たちもベッドに入り込んでいて、眠っている様子だ。ハーマイオニーは姿勢を戻し、スタンを見上げた。

 

 「それじゃあ、カッシオ通りに連れていって貰えますか? ワトフォードの」

 

 「アーン、聞いたな! ほら、バス出しな」

 

 バーン! というものすごい音がして、ハーマイオニーは反動でベッドに放り出され、あおむけに倒れた。起き上がって見ると、スタンが器用に棒にもたれながら新聞を読んでいた。スタンは横目でハーマイオニーを見ると「8シックルだ」と呟いた。

 

 ハーマイオニーはポケットに手を突っ込んで、スタンが伸ばした手にぴったしの金額を置いた。スタンは慎重にそれを数えると、コインが溜まったバケツに放り込んだ。それからスタンは再び新聞を広げて、それを読み始めた。

 

 一面記事に白黒の大きな写真が掲載されていた。黒の煙が白い頭っぽい物から漂っている。ハーマイオニーは夜空に浮かぶそれが何なのか理解するまでに数秒の時間を要した。白い物は頭蓋骨で、その口から漂っているのはヘビだった。瞬間的にハーマイオニーは心臓がギュッと縮むような感覚を味わった。その模様は何処となくトムを思わせるものであったのだ。

 

 記事のタイトルを読むと、『クィディッチ・ワールドカップの恐怖』と書かれている。

 

 咳をするために新聞を降ろしたスタンが、ハーマイオニーがじっと新聞を見つめていることに気が付き、キョトンとした表情を浮かべた。「あんた、まだこの事件のことを知らねーのか?」

 

 ハーマイオニーは素早く頷いた。「何があったんです? みんな大丈夫だったんですか?」

 

 「まあ、大したことではないさ。新聞は大騒ぎしてるがね。ほら、貸してやるから自分で読んでみろ」スタンは新聞を少し丸めるとハーマイオニーに手渡した。

 

 

 『クィディッチ・ワールドカップの恐怖 リータ・スキーター』

 

『この素晴らしいイベント(大会内容の詳細については3ページに記載されております)で優勝したことを祝い、その晩はアイルランドのファンが夜通し大騒ぎをするはずでした。しかし、各国の何百人ものファンが寝泊まりしていたキャンプ場が覆面をした男たちによって襲われ、興奮と熱気に満ち溢れるはずであったそのイベントは中止に追い込まれました。男たちは辺りに火をつけ回り、多くのテントが灰にされました。そして、魔法省が手をこまねいていたために、その後も人々のパニックは続きました。

 

 魔法省の一連の失敗のなかでもとりわけ大きな失敗は、犯人たちをすべて逃がしてしまったことです。一般市民の情報によると、恐ろしい行いに参加していた闇の魔法使いは、最高で50人にも及ぶというのにです。

 

 そして、魔法省は安全対策に関しても失敗しました。一部の魔法使いは遠くの地域に逃げようと魔法を使いましたが、魔法省の保安対策によってそれは妨げられました。驚くことに、魔法省は魔法を使用できる場所を制限していたのです。そして、使用できる場所はキャンプ場のすぐ傍でした。人々の多くは近くの森に逃げ込み、その後空に打ち上げられた闇の印を見て、恐怖で怯えることになりました。そのマークの意味を説明する必要はないでしょう。誰もが忘れることのできないものです。

 

 灰となったキャンプ場を誰かが歩いていたという目撃情報がありました。しかし、魔法省はそれを否定しました。魔法省は全てを否定しています。魔法省はクィディッチ・ワールドカップで怪我を負った者はいなかったと喧伝し、他のことについて答えようとしません。果たして私たちはこんな魔法省を信頼することが出来るのでしょうか? 闇の印が打ち上げられた後、闇払いが現場に到着するまでに30分以上の空白の時間がありました。遅れはどうして生じたのでしょうか? なぜ市民たちはパニック状態のまま放置されたのでしょうか?

 

 我々はこの謎を追求し、真実を明らかにしなければなりません。』

 

 

 「読み終わったか?」とスタンが言った。スタンはポケットに手を突っ込むと、ガムを取り出してクチャクチャと噛み始めた。

 

 「何があったのかはっきりと分からない記事ね」ハーマイオニーはページを捲って唇を噛み締めた。「でも、けが人はいなかったのよね?」

 

 スタンは肩をすくめた。「そう言われてるな」

 

 キキッーという甲高い音が突然響いて、バスが急停車し、ハーマイオニーは吹き飛びそうになり、反射的に近くの棒を掴んだ。

 

 バスが完全に止まると「カッシオ通り」とスタンが呟いた。「またのご乗車をお待ちしております」

 

 ハーマイオニーはスタンに新聞を返して、お礼を言った。バスから降りて後ろを振り返ると、瞬間的に目の前からバスが消えてなくなった。ハーマイオニーは何もない路地を数秒見つめると、街灯に照らされた道を歩き、家へと帰った。そして家の扉をあけたとき、ハーマイオニーはヘレンの怒った顔によって出迎えられた。

 

 「フクロウがキッチンにいるの。フクロウが、私のキッチンに」

 

 ハーマイオニーは笑顔で尋ねた。「誰からの手紙だった?」

 

 ヘレンは渋い顔で手紙を差し出した。「早く外に連れ出してほしいんだけど」

 

 ハーマイオニーは手紙の送り主を確認すると、キッチンに向かって小さく駆け出した。キッチンにはドラコのミミズクが堂々と止まっていた。ハーマイオニーはふくとうの頭を軽く撫でながら手紙を開けた。

 

 

 『親愛なるハーマイオニーへ

 

 ワールド・カップに君を連れて行くことができなかったのが本当に残念だ。父上はこれ以上チケットを得ることができなかったんだ。恐らく、何故か居たウィーズリー家の連中のせいだろう。責めるなら彼らを責めてくれ。でも、真面目な話、彼らがどうしてあそこにいれたのかがさっぱり分からない。ポッターまでも一緒に居たんだ。きっとファッジが口利きでもしたんだろう。父上は気にしていない様子だったけど、ファッジはやはりダンブルドアよりなのだろう。

 

 そうだ、母上が学期が始まる前に君と会いたいそうだ。今週末にダイアゴン横丁で買い物をするつもりなのだが、そこで会えるかな? トランクを持って来れば、始業式までの残りの間、僕の屋敷で過ごすこともできると思う。

 

 君と会える日を楽しみにしてる。それじゃあ、また。

 

 ドラコより』

 

 ハーマイオニーはリビングに向かって顔を突き出した。「パパ、ダイアゴン横丁に行く日を今度の土曜日に変更してもいい? それからホグワーツに行くまで友達の家に滞在してても良い?」

 

 テリーはヘレンに目を向けた。ヘレンが黙って肩をすくめるのを見るとテリーはハーマイオニーに顔を向けた。「ああ、いいよ。僕の予定も開いているしね」

 

 テリーが言い終わる前に、ハーマイオニーはキッチンに顔をひっこめた。そしてペンと紙を取り出して手紙を書き始めた。

 

 

 『親愛なるドラコへ

 

 ええ、土曜日にダイアゴン横丁で会いましょう。私も会えるのを楽しみにしてるわ。

 

 それにしても貴方大丈夫だった? ワールド・カップで起こったことを耳にしたわ。でも、詳細についてはわからなかった。ドラコは事件のあった場所に居たの? 誰も怪我をしなかった? 本当は何が起こったの? 

 

 もしかしたらロナルドには感謝した方が良いかもしれないわね。凄く嫌だけど。

 

 ハーマイオニーより』


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