蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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炎のゴブレット
第一章 異端者ベアトリス


 『魔術に使用するために収集していたと推定される物らは、彼女の身近で発見されたことに加えて、彼女自身が自分の物であることを認めたため、彼女がそれらを所有していたことは確実なものとなった。個々の物に関する内容は以下に記す通りである。

 

 彼女の財布で見つかった、2つの幼児のへその緒

 種がついている植物の皮の袋で見つかった、経血だと思われる血が滲み込んでいた布と焼け焦げた匂いのする穀物

 アサでキツく巻かれていた鏡と小さなナイフ

 モスリンで丁寧に包まれていた、何らかの種

 『スィンホール』と紙に書かれていた、植物と思われる乾燥物

 幾つかの単語が記されていた、リネンの布

 

 以上の見つかった物らによって、ベアトリスが魔女であるという疑いが大きく高まったため、私は司教様にこの件を報告することにした。そして、報告を受けた司教様はベアトリスの元を訪れ、なぜこれらの物を所有していたのか、彼女に尋ねられた』

 

 

 ハーマイオニーは大きな本を捲り、次のページを開いた。ハーマイオニーは自分の出自を徹底的に調査した末に、14世紀の南フランスに魔女と思わしきベアトリスという人物がいたということを奇跡的に突き止めていた。

 

 

 『司教様の質問に彼女は答えた。

 

 「私は娘の子供たちのへその緒を常に持ち歩いていました。洗礼を施されたユダヤ人の女性が、あの世に行った時に持っていると、例え現世で悪い行いをしていたとしても、あの世でへその緒を見せると許してもらえると話していたからです。そういうわけで、私は娘から孫のへその緒を貰い、肌身離さず持っていました」

 

 「その布は、娘のフィリッパの経血を染み込ませました。同じユダヤ人の女性が、私と将来娘の夫となる男性が娘の最初の血を持っていると、家族に幸せが訪れると話していたのです。娘の夫は……私の話を信じようとはしませんでしたが」

 

 「私は治療をするために、これらの種子を集めました。今年、娘は頭痛で酷く苦しんでいまして、どこかで耳にしたのですが、あの種子と他の物を混ぜ合わせると、その香りが病気を治してくれるそうなのです。それで私はあの穀物を布の中に入れて大切に保管していたのです。魔術の道具として使用するつもりなど少しもありませんでした」

 

 鏡、ナイフ、リネンの布……いずれも魔術や儀式に使用するためのものではなかった。

 

 「モスリンに包んでいた種子は、バグルと呼ばれる植物の種子でして、癇癪を治すのに効果があると言って巡礼者の方が譲ってくれたのです。私の孫、コンドールは随分とそれで苦しんでいまして……。ですが、結局のところそれを使用する機会はありませんでした。娘がサン・ポールの教会に孫を連れて行き、そこの方が孫の病気を治してくださったので」

 

 ベアトリスは自身と他の者の生活のために異教と関わっていたことと、怪しげな行為をしていたことを認めたうえで、それらの行為を大いに悔い改め、カトリックを信仰し、教会に戻ることを望んでいた。ベアトリスの話を聞いた司教様は、彼女の行為は許されざる物であるとしながらも、その行為は厳罰に処されるものではないと判断し、彼女に特赦を与える準備をなされ始めた。後日、異教、怪しげな行為、それから今まで犯した行いすべてに関することを洗いざらい告白したベアトリスは、刑を告げられた後、教会の規則に従って特赦を与えられることになった。

 

 翌週の日曜日、彼女はパミエのサン=ジャン=マルティールの墓地に登場し、司教様が勤める監督官から尋問者によって判決が下された。※審問官が下した判決については次の本を参照ください※』

 

 

 ハーマイオニーはそこに記載された本を探すために、机の上に積んでいた本を崩し、表紙に書かれたタイトルに目を通した。『すべてを見た目』と書かれた本はすぐに見つかった。

 

 

 『ベアトリスはカルカソンヌの城壁近くで死刑判決を受けたが、自身の罪を大いに悔い改めたため、特赦を与えられた。彼女は残りの人生で常に十字架を身に着けていたとされる』

 

 

 ベアトリスに関する記述はその文で締められていた。しかし、その前に載っている彼女に関する記述は悲惨さに満ち溢れていた。10ページに及ぶ記述には、ベアトリスの特別な力に対する異常なまでの憧れと、それに対する他の者の嫌悪感が書き連ねられている。恐らく、そのような状態が出来上がってしまった原因は、ベアトリスが自身が何者であるのか知らなかったことにあるのだろう。ハーマイオニーと同様に、彼女もまた、マグル生まれの魔女だったのだ。正当な教育を施されなかった、或いはほとんどスクイブに近い存在であった彼女は、ほんのわずかな、魔法とも言えない力を使うことが出来た。そしてそれは、特別な力がこの世に存在するのだと彼女に信じ込ませるのに十分な影響力があった。彼女は特別な力を信じる余り、眉唾物の情報に手を出し続けたのだ。

 

 ——これは敬虔なマグルによって残された、無知な女性の、残酷な物語ね。恐らく、ベアトリスの家族は母親から引き継いだ力を静かに保ち続けたのでしょう。特赦を与えられた後、ベアトリスは家族の元から遠く離れた場所で暮らすようになったみたいだし。十分な力を手にし、魔法学校に通うことになった者がその後はいたかもしれないけど、それを辿ることは難しいかも知れないわね。

 

 特赦を与えられたとはいえ、ベアトリスは異端の者としてマークされ続けたのだ。それがどのくらいの間続いたか分からないとはいえ、ベアトリスの家族も目を付けられていたのは間違いがないだろう。

 

 「ねえ」

 

 ハーマイオニーは驚いて顔を上げた。テーブルを挟んだ向かい側に、こちらを見ている人がいる。その人物は男の子というよりも男性と言った表現が的確な年齢に見える。20を幾つか過ぎたぐらいの年齢だろうか。シャツの上につけられた名札にはジェイクと書かれている。ジェイクはハーマイオニーを見つめて微笑んでいた。

 

 「随分と派手な服を着ているね。ホーズ・ポッターが好きなの?」

 

 ハーマイオニーは黄色と黒のユニフォームをチラリと見下ろした。「別にそういう訳じゃないです。2、3年の間サッカーを観ていなかったので、正直に言えば、ほとんど興味が無いですね」

 

 「2、3年って……どうして?」

 

 「私が通っている学校はスコットランドの奥地にあるんです。しかも、そこにはテレビが無いので」

 

 ジェイクは肩をすくめた。「なら、どうしてユニフォームを買ったりしたのさ。それ、新しいユニフォームだろ?」

 

 ハーマイオニーは小さく笑って答えた。「プレゼントなんです」

 

 ジェイクは笑い返した。「誰から?」

 

 「両親から」とハーマイオニーは呟いた。そしてベアトリスの供述書が書かれた欄に目を向けた。「父がポッターのファンになったようで、ユニフォームを大量に買って来たんです」

 

 ジェイクは黙って頷いた。瞬間的に沈黙が訪れ、ジェイクは次の話題を探すかのように、テーブルに広がる大量の本に目をやった。

 

 「何か必要な本はありませんか、って尋ねたいところだけど、どうやら君には必要が無いみたいだ」ジェイクは1冊の本を手に取って、タイトルに目を通した。「随分と変わった本を読んでいるね。学校の課題に取り組んでいるの?」

 

 「いいえ」とハーマイオニーは答えた。「個人的な研究です」

 

 ジェイクは再び頷いた。そして同じ沈黙が続いた。

 

 「夏の間、ここで短期的なアルバイトをしているんだ。図書館には多くの人が来るけど、君のような人は他に居ないよ。本当に、珍しい」

 

 ハーマイオニーは見上げた。「私のような人?」

 

 「君の様にどっぷりと図書館を利用する人さ。今日も君は今朝早くに来て、本を読んでいた。君、昼食も食べなかっただろう? それに今、僕は帰宅しようとしているけど、君はまだここにいる」

 

 「本が好きなんです」

 

 「やっぱり君は変わっているよ」

 

 「ええ、よく言われます」

 

 沈黙が再び訪れた。しかし、ジェイクは去ろうとしなかった。ハーマイオニーは段々とジェイクを怪しみ始めていた。時計をチラリと見ると、そろそろ日が落ちる時間だった。読書の邪魔をされている今、さっさと帰るのも良い案に思えた。

 

 「ねえ、良かったら、僕と夕食を食べに行かないか?」

 

 「夕食?」立ち上がりかけたハーマイオニーは、驚いて椅子に座り直した。

 

 「ああ。美味しい店が近くにあるんだ」

 

 「私は別に……お腹空いていません」とハーマイオニーはゆっくりと言った。ハーマイオニーはジェイクの機嫌を損ねたくなかったわけではなく、ただただ、戸惑っていた。

 

 「君はここに何時間もいただろ」とジェイクは笑いながら言った。「これの内容をしっかり飲み込めるように、栄養はちゃんと取るべきだよ」そう言ってジェイクは机の上の本を指さした。

 

 「えっと……」

 

 「さあ、行こう。それとも、この楽しい夏の夕方に、何かほかの用事があるとでも言うのかい?」

 

 「わたし……」ハーマイオニーは混乱しながらも必死に断ろうと努め、「わ、わたし、ボーイフレンドがいるんです」と、どもりながら言った。しかし、ジェイクはその言葉を信じているようには見えなかった。

 

 「本当に?」ジェイクは目を細くして小さく笑った。

 

 「ええ……」

 

 「でも、随分と自信がなさそうに見えるけど?」

 

 「本当です」と今度はハッキリとした口調でハーマイオニーは答えた。

 

 「じゃあ、彼の名前は何て言うの?」ジェイクは揶揄うように追及した。

 

 「ドラコ」

 

 「それで、ミスタードラコは何処にいるんだい? 君は随分とその人と会っていないように思うけど」

 

 「ドラコはワールド・カップに行ったので」

 

 ジェイクは眉を吊り上げた「君を連れては行かなかったのか?」

 

 「彼は家族と一緒に行ったんです。それと、友人も一緒に」

 

 「友達? 君を誘わずに?」

 

 「その友人は彼の家族とも仲が良いんです」とハーマイオニーは若干の苛立ちを感じながら言った。「それに彼女は私とも仲が良いから——」

 

 「彼女? ボーイフレンドは君では無くて別の女の子を連れて行ったのか?」ジェイクはハーマイオニーの話を遮って言った。

 

 ハーマイオニーは何食わぬ顔で呟いた。「そんなの、どうでもいいことです」

 

 「いいや、全然どうでもよくなんかない。そもそも、ワールド・カップが行われたのは先月だ。ボーイフレンドはまだその女の子と出かけているのか?」

 

 「ワールド・カップは今も続いて……」ハーマイオニーの声は次第に消え入っていった。マグルが開催するワールド・カップの方は確かに閉会しているのを思い出したのだ。

 

 「ワールド・カップは7月で終わってる。ブラジルがPKでイタリアに勝ったんだ」ジェイクは重大なことを申告するかのように重苦しい口調で言った。「そいつがまだ帰ってきていないなら、僕と一緒に夕食を食べて、ちょっと飲むくらいのことなんて些細な問題だよ」

 

 ハーマイオニーは顔をしかめた。目の前に立つ男性は、優しそうな顔で、好青年の様に見える。しかしハーマイオニーは、非常に多くの点から、自分とこの男性が決して上手く行かないであろうことを容易に想像することが出来た。そこで、細かく断るのにも疲れてきたハーマイオニーは、ここで切り札を使うことにした。

 

 「わたし、14歳ですよ」

 

 

 




新生活の準備などで執筆時間が不定期になっているので、1話辺り8千字前後だったものを4千字前後にします。なので、今までは1話ごとになるべく話が句切れるようにしていたのですが、今後は話が続くこともあるかと思います。ご了承ください。


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