揺れを感じ、ハーマイオニーは目を薄く開けた。燃える木が見える。暗い森の中に姿を隠す鳥の鳴き声や水分を含んだ木が燃えて弾ける音が、自分を背負う人物の荒い息によって掻き消されていく。その人物からは微かな臭気がした。
丘の上に登り切ったかと思い目を開けると、燻る『暴れ柳』が目に入って来た。やがてハーマイオニーは疲れを感じ目を閉じた。
再び目を開けたとき、天井には石があった。石はチカチカと鈍く輝いている。周囲では人々が忙しなく動きまわっていた。彼らが余りにも早く動くので、うまく焦点を合わせることができない。
ふと気が付くと、小さくて灰色の誰かが自分を見下ろしていた。ハーマイオニーは何かを感じ、息を呑んだ。重い圧力が体にかかり、鋭い痛みが全身に走る。ハーマイオニーは思わず叫んだ。そして、全ては黒く染まった。
ハーマイオニーが次に見たものは、また灰色のものだった。小さいものもあるし、大きいものもある。そして黒いのがそこに混じっていた。黒いのは怒っているようだった。彼らは何かを話している。激しい口論だ。
再び意識を取り戻したとき、ハーマイオニーは運ばれていた。緑色のきらめきが見えた。緑の火だ。次の瞬間、全ての景色が変わった。
白い人が立っていた。白い誰か。彼らは白かったり、黄色だったり、黒かったりもした。彼らは全員ハーマイオニーを見下ろし、何かを相談しているようだった。やがて、1人の白色がハーマイオニーの腹部に触った。激痛が走り、ハーマイオニーはまた意識を失った——
・
目を覚ましたとき、白くて明るい光が目に飛び込んできた。オレンジや赤のような光ではない。
目を光に慣れさせると、ベッドの上にいるのがわかった。白いシーツに白い枕。とても清潔に保たれているように見える。
部屋にはピーッという音がリズミカルに鳴り響いていた。雑音や耳鳴りは聞こえず、ハーマイオニーはその音を心地よく聞いていた。
少しして、ハーマイオニーはゆっくりと指を動かした。続いてつま先を。それから腕を上げ、静脈のラインにチューブが刺さっていることに気が付いた。チューブの途中でクランプが挟まっている。
ハーマイオニーは若干の違和感を感じ、眉を顰めた。よく考えれば、ピーッという音が鳴っていることも不自然だ。
ハーマイオニーは頭を傾けた。チューブを辿ると、何らかの液体が入ったパックに繋がっている。そして、ギザギザの線を表示しているスクリーンがベッドの横に備え付けられ、そこからピーッという音が鳴っていた。
——私の鼓動。
ハーマイオニーは病室を見渡した。幼い頃にテレビで見た光景が広がっている。
――マグルの病院……。
ハーマイオニーは体を押し上げ、枕を背にする形でベッドに座った。体を見おろすと、病院の白いガウンを着ていた。そっと腹部に手を当てると、テープやら包帯がきつく巻きついている。ハーマイオニーはそこにあった槍を生々しく覚えていた。
「ミス・グレンジャー、我々は君によって凄まじい恐怖を味わされた」
右を振り向くと、ダンブルドアがベッドの横の椅子に座っていた。
——さっきまでここには誰もいなかったわよね?
ダンブルドアは小さくウィンクすると、野菜の画像が印刷されている紙パックを吸った。画像の下には栄養補助食品と書かれている。
「多分、それは病院患者用のドリンクではないでしょうか?」
ダンブルドアはクスクスと楽しそうに笑った。「そうなのじゃが、これがすんばらしく美味しいのでね。ホグワーツの医務室に配備するのを検討しておるのじゃが、君はどう思うかね?」
ハーマイオニーはゆっくりと瞬きした。全身から力が抜けていく感覚があり、眠気がやって来ていた。
「ハーマイオニー、君が無事でいてくれて本当に良かった」ダンブルドアはストローから口を離して喋り出した。「君が我々を心配させたのは今回で3回目じゃな」
「先生がホグワーツを守れていれば、そんな必要はなかったはずです」
ダンブルドアは再びクスクスと笑い声を上げた。「わし自身がそのことについて言及するべきじゃったな。とにかく、君は幸運だった。ピーター・ペティグリューの使った魔法は、非常に強力な闇の魔術だったと推測できる」
——ダンブルドアはペティグリューのことを知っているのね……。
「それで、彼は逃げ切ったんですか?」
「そうじゃ、彼は逃げ切った。あの時、何があったか覚えておるかね?」
ハーマイオニーはため息をつくと、目を閉じた。「私は彼の後を追って森に入りました。辺りは暗くて、私はペティグリューをすぐに見失いました。それから暫く歩いたところで、何かの光を見て、それから衝撃が来て、気がついた時には木にぶつかっていました」
ダンブルドアは考えにふけった様子で尋ねた。「ディメンターのことは覚えておるかね?」
ハーマイオニーは小さく首を横に振る。「はっきりとは覚えていません。意識が朦朧としていたので」
ダンブルは穏やかな笑みを浮かべた。「それは幸運なことじゃ。大きな爆発音が上がった時、君のいた禁じられた森に一番近かったのはセブルスじゃった。彼が君の所にたどり着いたとき、ディメンターが君の上に群がっておったそうじゃ。セブルスが少しでも遅れていたら……」ダンブルドアの声は消え入った。それからハッと気が付いたように小さな微笑を浮かべた。「しかし、結局のところ彼は間に合ったのじゃ。我々が君を聖マンゴ病院に連れて行くまで、セブルスは君の傍にずっと居った」
ハーマイオニーはもう一度部屋を見渡した。「ですが……」
「ここは聖マンゴではない。マンゴの癒者たちは魔法による障害や、呪われたアイテムや、魔法生物による障害など、魔法に関連する傷害には深く精通しておるのじゃが、君が最も苦しんでいたであろう、腹部の物理的な損傷に関しては随分と議論が行われた」
ハーマイオニーは腹部を見下ろして尋ねた。「彼らは木やその破片を取り除くことが出来なかったのですか?」
「魔法はあくまで道具なのじゃ」とダンブルドアは穏やかに呟いた。「決して奇跡を起こすものではない。当然、魔法にも限界がある。勿論、君の体を傷つけずに破片を取り除くことは、聖マンゴの癒者にもできるじゃろう。しかしながら、あの時は時間が無く、君の体を傷つけずにすべての破片を取り除く術が思いつかなかった。熟考する時間がなかった癒者は、出血を止め、ある程度の回復を試みたが、破片に対するアクションを迷っておった。その時、セブルスが、君の両親が君に重傷が生じた場合、マグルの病院に運び込んでほしいと言っていたと、わしに伝えたのじゃ。わしはすぐにマグルの外科医に話をしに行った。外科医は君の負っていたような傷に熟練していると豪語した。それで、君はこの病院に運び込まれたという訳じゃ」
ハーマイオニーは目をゆっくりと閉じた。眠気を払おうと頭を振り、思考を現状に同期させようとつとめる。
「ハーマイオニー?」ダンブルドアの声でハーマイオニーは目を開けた。「ハーマイオニー? わしは君に起こったことについて尋ねなければならん。君がトンネルから出てくる前のことについてじゃ」
「私はブラックを捕えました」
朗らかな笑い声があがり、横を見ると、ダンブルドアがいつもの微笑を顔に張り付かせていた。
「確かに君はそうしたようじゃ。それで、君は他に誰かを見かけたりはしたかね?」
「ペティグリューもいました。彼はアニメーガスで、ネズミでした」
「良かった。本当に……。リーマスがわしに誠実であることは分かっていたのじゃが、これで全てのことを信じることが出来た。そうか、シリウスは……」
病室は暖かく、居心地が良かった。眠気がまたやって来て、ハーマイオニーは目を閉じた。
「ハリーが、シリウスの後に続いてトンネルに入らせないように君が自分に魔法をかけたと話しておった」
「ええ。罠の可能性があったので」
「その通りじゃな。しかし、君は追ったのじゃな? 自分から進んで」
「どうやら私はウィーズリー家の人間を守るのが得意なようなので」
「同級生が危険な状態に晒され、助けを必要としていると知っておったのじゃな?」
ハーマイオニーは目を開け、肩をすくめた。「別にそんな風に考えた訳ではありません。それにきっと、あれは褒められた行動ではありませんでした。きっとスネイプ先生は私に怒っているでしょう」
ダンブルドアが愉快そうに笑う。「確かにセブルスは怒っておった。同時に心配してもおった。彼はきっとそれを隠そうとするじゃろうがね。そうじゃ、他にも聞きたいことがあるのじゃが良いかね?」
「何です?」
「わしは組み分けの儀式の時、君と帽子が長い事話しておったのを覚えておる。彼が君に何を言ったか教えて貰っても良いかな?」
ハーマイオニーはため息をついた。随分と昔の話だ。「スリザリンは悪の寮という訳ではない、と」
「その通りじゃ。それで?」
ハーマイオニーはゆっくりと帽子の言葉を思い出した。「私は他の人に対する信用が欠けているそうです」
ダンブルドアはしばらくの間黙り込んでいた。「彼は何か、ゴドリックについて話したかね?」
「私をスリザリンに入れた自分をゴドリックが呪うだろうと言っていました」
「面白い言葉じゃ」
「ええ、本当に。偉大な魔法使いは墓の中からでも人を呪えるのでしょうかね?」
ダンブルドアはクスリともせず呟いた。「……わしは学生を別の寮に分類するべきじゃったのではないかと思うことがしばしばある。もちろん、組み分けの儀式は伝統じゃ。誰もがその存続を望んでおる……じゃが、わしは時々そう思ってしまうのじゃ」
「……なぜです?」とハーマイオニーは尋ねた。返ってくる答えを何となく分かりながら。そしてその返答を恐れながら。
「君のような学生が現れるからじゃ。君は3年間ホグワーツに通っておる。この3年間において、君は1つの寮の才能だけでなく、異なる3つの寮に関する才能をも示した。だから、どうしても組み分けの儀式に疑問を持ってしまう」
「それなら筆記や実技試験に変えるのが良いと思いますよ」ハーマイオニーは自分でもつまらないと思いつつ、冗談を口にした。
ダンブルドアは目を伏せ、静まりかえっていた。
「ブラックはどうなりました?」とハーマイオニーは天気を聞くかのように尋ねた。「私が最後に見た時、彼は狼男と戦っていました」
「ペティグリューが生きているという証拠はなく、ファッジはブラックの罪に関して再考することは無かった」
「では、彼はまたアズカバンに収容されたのですね」
ダンブルドアは芝居のかかった様子で唸った。「残念なことに、シリウス・ブラックはディメンターとホグワーツの教職員の手から逃げ切ってしまった」
ハーマイオニーはため息をついた。ブラックを逃がすためにダンブルドアが何らかの行動をしたのだと予想できた。
「わしはもう一つ君に尋ねなければならんことがある」
「どうぞ」
「ミスター・ウィーズリーが随分と気がかりなことを……証言した」
「彼ならいつもそんなことを言っているような気がしますが」とハーマイオニーは鼻で笑い飛ばした。
「ミス・グレンジャー、これは真剣な話じゃ。彼が言うには、シリウス・ブラックとピーター・ペティグリューに君がインぺリオの呪文を使ったそうじゃ」
ハーマイオニーは感情を読み取られない様にゆっくりと目を閉じた。しかし、自分の唇が引き攣っているような気がしてならなかった。「ロナルドは私を嫌っているので、そんなことを言ったのでしょう」
「リーマスも、ペティグリューからインぺリオにかかった者の症状が見られたとわしに話した」
ハーマイオニーはゆっくりと息を吐き出した。
「君も知っておるじゃろうが、インぺリオは許されざる呪文の一つじゃ」
「しかし、人を殺すものではありません」
「確かに。しかし、下手をすれば人を殺すよりもたちが悪い呪文じゃ」
「……先生は12年前に死んだ人物に、私がインぺリオを唱えたと思っているのですか?」ハーマイオニーは目を少し開き、ダンブルドアを盗み見た。ダンブルドアは眉をひそめている。
「ペティグリューは死んでおらん」
「しかし、そのことを魔法省は認めていないのですよね? そしてブラックがポッター家に対して背信行為をし、その後にペティグリューと多くのマグルを殺害したという認識も変わっていないのですよね?」
ダンブルドアが頷くのが音で分かった。
「それじゃあ、何が問題なのですか?」
「ミス・グレンジャー、誰に使ったかが問題ではないのじゃ……。許されざる呪文を使うこと自体が問題なのじゃ」
「禁じられているからですか?」
「そのとおりじゃ」
ハーマイオニーは目を開けて尋ねた。「インぺリオと私を吹き飛ばした魔法の違いは何ですか? どの呪文でも人を殺すことは可能です。肝心なのは、誰がどのように使うかなのではないですか?」
「ミス・グレンジャー、魔法は目に見える効果だけが全てではないのじゃ。許されざる呪文は君の体を破壊する可能性がある」
「それは殺害と強く関わる呪文の場合ですよね?」
「殺害と直接的に関係ないと思われていても、使用者を傷つける呪文は数多く存在する」
「私は自分の命を守るためなら、少し自分を傷つけるくらい構いません」
ダンブルドアは真剣な目でハーマイオニーの目を覗き込んだ。「ハーマイオニー、君は賢い魔女じゃ。しかし、君はすべてを知っておるわけではない」
「ええ。ですが、死んでしまってはもう学ぶことは出来ません」
「その通りじゃな。君はこれからも沢山のことを学んでいくべきじゃ。それで、君に話しておかねばならんことがある」
ハーマイオニーは再び目を閉じた。「何ですか?」
「あの日の晩、君が体験したことを他の人に話さないで貰いたい」
ハーマイオニーはすぐに目を開いた。「もう一度お願いします」
「物語はシリウス・ブラックがハリーを誘き出そうとミスター・ウィーズリーを攫ったことから始まる。君は罠を見抜き、ハリーを置いて、単身で柳の木のトンネルに入った。君はウィーズリーを助け出すことに成功するが、ブラックに後を追われていた。トンネルを抜けると、ハリーに引き連れられてやって来たリーマスがいた。しかし、残念なことに、その晩は満月じゃった。ルーピンは狼男に変身し、その騒ぎの中でブラックは逃げ出した。ブラックの後を追った君は途中で酷く負傷させられ、ブラックは逃げ切った。
リーマス、ピーター、シリウス、セブルス……彼らから聞いた言葉は誰にも話してはならん。誰にもじゃ」
「……私にはわかりません」
「ブラックがアニメーガスであると知れ渡ったならば、彼はより簡単に追跡されてしまうじゃろう。彼は危険を顧みず、セブルスと学生たちを守った。わしはちょっとした恩返しをしてやっても良いかと思う」
「そう、でしょうか?」
「今夜あったことが間違った者の手に渡れば、情報は非常に危険なものに様変わりする。それは誰のためにもならん」
「先生はすべてをもみ消したいのですか? 世界に嘘をつくんですか?」
「それが最善なのじゃ」
「なぜ、先生は私を必要とするんです? 魔法省の人たちは先生を信用しなかったのですか?」
「信憑性が高まるじゃろう?」
ハーマイオニーはダンブルドアの目を覗き込んだ。キラキラしたブルーの瞳が輝いている。「どうにも、別の理由があるような気がします」
「別の理由かね?」
「ええ。推測ですが、先生は私が話すかも知れない人を恐れているように思います。その人はきっと私から話を聞き出そうとするでしょうから」
ダンブルドアは面白そうに頭を傾けた。
「ルシウス・マルフォイを恐れているのでしょう?」
「確かに、ルシウス・マルフォイは人々を扇動することが得意で、そのことを好いておるな」ダンブルドアは静かに頷いた。
ハーマイオニーは再び目を閉じた。本当に眠りにつきたかった。
「それで、私は何を得られるんですか?」
「見返りを求めるのかね?」ダンブルドアが小さく唸った。
「ええ、もちろん。私はスリザリン生ですから」
ダンブルドアは考え込み、1分ほど黙り込んだ。ハーマイオニーは意識を手放さないようにするのに随分と苦労した。
「よかろう。それで、何を望むのかね?」
「その前に、先生がどこまで提供できるのか分かりません」
「ミス・グレンジャー、わしは今世紀で最も偉大な魔法使いと呼ばれておるのじゃぞ? わしが提供できない物があると思うかね? 何でも言いなさい」ダンブルドアは小さくウィンクした。
「それじゃあ、私に教えてもらえますか?」
「何を教えればいいのかね?」
ハーマイオニーはダンブルドアの青い目を見上げた。「私は誰よりも優れた魔女になりたいと組み分け帽子に言いました。先生はどんなことが教えられますか? 私が今世紀で最も偉大な魔女になるために、どんなことを教えられますか?」
「わしは君の力になれると思う」ダンブルドアの目は輝いていた。「夏の間に君に連絡を入れよう。しかし、個人授業は来年からということになるじゃろう。
最後になるが、今夜の君の行動は素晴らしかった。それを称して、気になる点に関しては目を瞑っておこう」
病室のドアが開いた。入って来た2人の男性の内、1人はコーネリウス・ファッジだった。
「ああ、ミス・グレンジャー」ファッジは疲れた顔にやんわりと微笑を浮かべた。「会うのは今回で2回目だね?」
ハーマイオニーはダンブルドアを振り返った。しかし、そこに姿はなかった。空っぽな椅子があるだけだ。
「ええ、そうだと思います……」とハーマイオニーは呟き、視線を戻した。
「ここは随分と変わったところだね?」とファッジは言い、部屋を見回した。「それに、向こうにいる連中は気難しい。病室に入るために、1人の看護師の記憶を書き換える必要があった」
ハーマイオニーはもう1人の男性に目を向けた。男は随分とグロテスクな見た目だった。顔には多くの傷跡があり、革のひもで括りつけられた片目は人工の物で、素早く動き回っている。
「奴らはマグルだ」と男は不平を零した。「礼儀があるとは思わんことだ」
「そうだな、アラスター」ファッジは頷くと、ダンブルドアが座っていた椅子に腰を下ろした。
「そうだ、この男はアラスター・ムーディと言ってね、私が最も信頼する闇祓いの1人だ。それで、君が良ければなのだが、幾つかの質問に答えて貰っても構わないかね?」
ハーマイオニーはファッジの親切そうな顔とムーディのしかめっ面を交互に見てから頷いた。「ええ」
「ありがとう。まず始めに、26日の夕方に起こったことを話して貰えるかね?」
「25日」とムーディはガラガラ声で呟いた。人工の目がジッとハーマイオニーを捕えている。
「ああ、それが正確な日付だね。それでミス・グレンジャー、君の同級生は事件は図書館から始まったと言っていたが、確かかね?」
ハーマイオニーは黙って頷いた。
「君の猫がミスター・ウィーズリーのネズミを追いかけたのだね?」
「ええ、そうです」ハーマイオニーはこれ以上何かをしたくなかった。体は疲れを訴え続けている。
「それで、君たち3人はペットを追って城の外へ出た、と。それで次は何があったかね?」
「犬が――」ハーマイオニーは答えようとしたが、ムーディの汚らしい咳払いによって遮られた。
「すまなかった。年を取るとどうにも我慢が出来なくなってな」
ファッジは咎めるようにムーディーを見てからハーマイオニーに向き直った。「犬、とは?」
「犬が居て……クルックシャンクスを脅かしていました」
「クルックシャンクス?」
「私の猫です。その後、ブラックが現れ、ウィーズリーを襲って『暴れ柳』の下のトンネルに連れ去りました」
「ふむ、それで?」
ハーマイオニーは偽りの物語の流れをはっきりと理解していなかったため、出来るだけ情報量を少なくして話すことを決めた。「ポッターはウィーズリーを助けに行こうとしていました。しかし、私はブラックが本当はポッターを誘き出そうとしているのだと分かっていたので、それを止めました」
「それで、君が代わりに助けに行ったのかね?」ファッジは感嘆のため息を零した。「君は本当に勇敢なお嬢さんだ」
ハーマイオニーは肩をすくめた。「ブラックが私を狙っていなかっただけで、運が良かったんです。私はウィーズリーを引き連れて、来た道を戻りましたが、ブラックはその後を追っていました。トンネルの外に出たとき、ポッターがルーピン先生を引き連れて戻ってきていました。しかし、その晩は満月で——」
「狼男に変わったわけだな」とファッジが頷いた。「ダンブルドアは何を考えて彼を雇ったのか。まったく理解できんよ」
ハーマイオニーは内心で同意しながら話を続けた。「それからスネイプ先生が現れました。彼は生徒を庇って狼男を退けましたが、その間にブラックは逃げ出していました。私はブラックを止めようと追いかけましたが……その後はよく覚えていません」
「その後を何も覚えていないのかね?」ファッジがペンを止めて尋ねた。
ハーマイオニーは頭を下に向けて呟いた。「すみません。ただ木が燃えていたとしか……」
次の瞬間、ムーディが激しい剣幕で怒鳴った。「何も覚えていないだと!? 少しぐらい覚えておるだろ!」
ファッジが慌てた様子で椅子から立ち上がった。「アラスター! 子供を怖がらせる必要はないだろうに! 彼女は酷く混乱しているのだ」
ムーディは不満そうに鼻を鳴らしたが、もう何も言わなかった。
「ミス・グレンジャー、君のおかげで非常に有益な話を聞くことが出来た。私は君に酷いけがを負わせたブラックを、法の下で裁くことを君に誓おう」
ドアが再び開き、視線を向けたハーマイオニーは、自然に笑みを浮かべた。背の高いブロンドの魔女が「ハーマイオニー!」と口を押えて叫んだ。「貴女は本当に……私達本当に心配したのよ!」
ファッジが咳払いをして注意を引いた。「ナルシッサ! まさかこんな場所であなたにお会いできるとは思わなかった!」
「こんばんは、魔法大臣」ナルシッサは軽く会釈すると、ベッドに近づいて、ハーマイオニーの手を握った。「私も大臣にこのタイミングでお会いするとは思いませんでしたわ。私達はハーマイオニーを休ませてあげるべきだと思うのですが」
「本当に、本当に」ファッジは慌てた様子で頷いた。「もう、必要なことはすべて聞いただろう。ミス・グレンジャー、君が何かを必要とすることがあれば、遠慮なく私に連絡してくれたまえ。私は本当に君の勇敢さに感心しているのだ。アラスター?」
年老いた闇払いはブツブツと何かつぶやくと、脚を引きずって歩き出した。2人がドアを開けて部屋の外に出るとき、スネイプが部屋の外に立っているのが目に入った。スネイプはすれ違う2人に軽い会釈をすると、静かに部屋の中に入って来た。
「ハーマイオニー」とナルシッサが呟き、手を力強く握りしめた。「大丈夫なの?」
ハーマイオニーは肩をすくめた。「すごく太い木が突き刺さって死にかけましたけど、大丈夫です」
ナルシッサは苦笑した。「どうやら貴方のユーモアのセンスも負傷してしまったみたいね」
ハーマイオニーは弱弱しく微笑んだ。「私のユーモアセンスは腸にあったのかもしれません」
ナルシッサは手の平でハーマイオニーの頬をそっと撫でつけた。「かわいそうに。セブルス、どうして貴方は止められなかったの?」
スネイプは不貞腐れた様子で鼻を鳴らした。「彼女は危機意識に関しても欠いている部分があるようでして、我輩の警告を聞き入れないのです」
「この子と同じぐらいの年齢の時、貴方が他人からの意見を中々聞き入れなかったことを覚えているわよ」ナルシッサは眉を顰めてスネイプを見た。
ハーマイオニーは珍しくスネイプの顔に動揺が走るのを見た。「我輩は彼女の話を――」
「もう2度とこんな事が起こらないようにしてちょうだい」とナルシッサが遮った。スネイプは少しの間を置いた末に頷いた。
「でも、貴方がハーマイオニーを助けてくれたことには本当に感謝してるわ。聖マンゴの癒者が、貴方が応急処置を非常に良くやってくれたと話していたわ。貴方が医療者ではなく、教職者を選んだ事をとても残念がっていたくらいよ」
「その道もあり得たかもしれません。ただ、子供たちを教育することは非常に意味がありますので我輩は今の職が気に入っておるのです」
ナルシッサはスネイプの得意そうな顔を微笑ましそうに見ていた。
「その通りね」とナルシッサは呟き、ハーマイオニーの手を再び強く握りしめた。
「私はどのくらい……」
「貴女は2日の間、意識を彷徨わせていたわ」とナルシッサは神妙な顔で答えた。「でも、もう大丈夫。何も心配する必要はないわ」
ハーマイオニーはナルシッサの柔らかな手を握り返し、目を閉じた。体は疲れ切っていた。しかし、心は穏やかだった。ナルシッサが傍にいた。スネイプが傍にいた。だれも自分を傷つけそうになかった。もう、力を抜いていいのだ。
ナルシッサがハーマイオニーの頬を優しく撫でた。「貴方のことを誇りに思うわ。もう、何も心配しなくていいの。ほら、眠りなさい」
ハーマイオニーはスッと意識を手放した——