蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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第十五章 洞窟での出来事

 スリザリンは今年度の最後のクィディッチの試合で敗北した。フリントとチェイサーはかなりの得点を稼いだが、最終的にはハッフルパフのシーカーであるセドリック・ディゴリーがスニッチを捕まえ、ハッフルパフの逆転勝利で終わった。ディゴリーは5年生であったが、大きな体と強力な腕を持っていた。彼はチャンがポッターに行った作戦を行い、ドラコに思うように空を飛ばさせなかった。

 

 「あれは貴方のせいじゃないわ」ダフネが柔らかな声で言った。「ビーターがもっと支援しなくちゃいけなかったのよ」

 

 「アナグマの作戦が上手かったのよ」とトレイシーが言った。「彼らは自分が何をすればいいかちゃんと分かってたもの。貴方と離れた場所でプレイして、絶対にサポートに向かわせなかった。ビーターはチェイサーの動きを妨害しなきゃいけなかったし、サポートは絶対に無理だった。それに、ビーターに引きはがされるほどディゴリーは下手じゃない」

 

 ドラコは更に俯き、うめき声を上げた。

 

 「トレイシー……それは慰めになってないわよ」

 

 「だって慰めて無いもの」トレイシーはダフネに向かって悪戯っぽく笑った。

 

 「たった1試合じゃない」ハーマイオニーはそう言ってドラコの背中をさすった。「あなたは他の2試合で勝ったわ」

 

 「たった1試合?」ドラコが突然ヒステリックに叫んだため、ハーマイオニーはビクッと体を震わせた。

 

 「たった1試合だって? その試合のせいでハッフルパフに優勝カップを獲得するチャンスを渡してしまったんだぞ? あの忌々しいハッフルパフに! たった1つの試合で……」

 

 「ええ、たった1試合よ。グルフィンドールもハッフルパフに敗れてるし、そんなに悪くはないわ」

 

 「ハーマイオニー、ハッフルパフだぞ?」とドラコは怒鳴った。「それは、完全に悪い状況だ」

 

 「ああ、そう」ハーマイオニーは我慢できず立ち上がった。「私、もう行くわ。貴方を満足させられるような甘ったるい慰め方は出来ないもの」

 

 

 「エクスペクト・パトローナム!」

 

 細く、僅かな蒸気がハーマイオニーの杖から滲み出たが、それはディメンターに対して何の効果も発揮しなかった。そして、何度目かの失敗の末に、ポッターが呪文を唱え、ディメンターを箱の中に押し込んだ。

 

 「もし良ければ教えて欲しいのだけど、君が思い浮かべている記憶はなんだい?」と机の上に腰かけるルーピンが首だけで振り向きながら尋ねた。

 

 「……1年生の時の思い出です。トロールと戦ったことをマクゴナガル先生に減点された後、スネイプ先生がその分の点数を返してくれたんです」

 

 ルーピンは呆気にとられた様子で目をパチパチと瞬かせた。

 

 「スネイプが点を返しただって?」階段に座って休んでいたポッターは叫ぶようにして尋ねた。

 

 「そのような出来事は確かに珍しいけれど、非常に幸福な記憶ではないんじゃないかな?」ルーピンはポッターを気にする様子を見せずに、生暖かい目でハーマイオニーを見つめた。

 

 「先生が考えているより、それは重要なことだったんです」とハーマイオニーは過去のことを思いだしながら呟いた。「でも、私も別の記憶に変えた方が良いと思います」

 

 「ああ、そうしよう。それじゃあ、一番幸せだと思う記憶を思い浮かべてみようか」

 

 ハーマイオニーは思い出を振り返りつつ、あの日のことを再び頭の片隅で思い浮かべた。スネイプとの話し合いはハーマイオニーにとって非常に重要な出来事だった。しかし、その記憶には十分な力はなかった。幸福に満ち足りたものではないからだろう。

 

 ハーマイオニーは去年の夏の記憶を思い出した。マルフォイ家のパーティーに行った時のことだ。その時、アストリアが自分を慕っていることを知り、そして、ダフネが友人となるための門を開いてくれた。間違いなく、幸福な記憶だった。

 

 「決めました」

 

 ルーピンは頷くと杖を振り、箱を開いた。そして、ディメンターが立ち上がった。

 

 「エクスペクト・パトローナム!」銀色の霧のようなものが杖の先から飛び出す。「エクスペクト・パトローナム」霧は少しずつ集まり出し、薄い膜のようなものを形成した。ディメンターは膜の前で身動きを止めたように見えたが、一瞬のうちに膜を破壊した。そして再び、ポッターが呪文を唱え、箱に押し戻した。

 

 「確かに改善したみたいだ」ルーピンは落ち着いた苦笑を浮かべ、穏やかな目でハーマイオニーを見た。「技術に関しては問題ないと言い切ってもいいだろう。でも、記憶に関しては、求められている力を補えるほど強力ではないようだ。君は、自分にとって重要で幸せな記憶を見つける必要がある。何か、激しいものだ」

 

 ハーマイオニーは目を閉じ、静かに考え始めた。もっと、何か、幸せな記憶——幼かった頃の記憶に焦点を合わせてみるが、特別幸せだったと思える記憶は見つからない。

 

 ハーマイオニーにとって幸せとは、本当の意味で追求したことが無いものだった。幸せはいつも何かの下に隠れていて、束の間にしか姿を現さず、一瞬にして感じることが出来なくなるものだ。しかし、必ずしもある必要はないうえに、望まずとも何かを成功させた後に手に入る、ボーナスのようなものだったからだ。

 

 科学博覧会、数学オリンピックなどが、それぞれささいな喜びを与えてくれ、それだけでハーマイオニーは十分だった。本、食べ物、雨風しのぐ屋根、家族、他に何も必要はなかった。

 

 ――けれど、それは幼かった私の心持ちに過ぎなかった。

 

 ホグワーツに入学した後、すべてが変わった。ハーマイオニーが入ることになった寮は決して安全な所ではなかったし、快適とも言える所でもなかった。最初の2年間は、エデンの園のヘビとリンゴに似ていた。存在すら知らなかった知識を吸収し、力も付けることができた。しかし、それを得るためには厳しい環境で苦しまなくてはならなかった。ドラコが現れるまでは。友達と呼べる存在が出来るまでは。

 

 ドラコにはハーマイオニーと友達になる必要はなかったはずだ。利用するだけ利用すればよかったのだ。それなのにも関わらず、ドラコはハーマイオニーのすぐ近くに居続けた。

 

―――――

 『ハーマイオニー、君は偶々マグルの元に生まれた魔女だ』

 『そうだったら一体何だっていうのよ』

 

 『君の実力を見て、君の事を知れば誰だって気が付く』

 『彼らはそもそも私と話そうとしないわ』

 

 『君が……努力するならば』

 『何、私達は友達にでもなれるの?』

 『そうだ。僕たちは……友達になれる』

―――――

 

 ハーマイオニーは曇りない笑みを浮かべた。「見つけたと思います」そして立ち上がると、ポッターから少し離れた位置についた。

 

 ルーピンは重々しく頷くと、箱を開けた。ディメンターが体を起こし、空気が冷え込み、辺りに張り詰めたモノが拡散する。

 

 しかし、ハーマイオニーはあの時のことを思い浮かべることが出来た。その親愛なる記憶を。

 

 「エクスペクト・パトローナム!」

 

 銀の光が杖の先からうなりを上げた。明るい膜が目の前に広がり、そこにディメンターがぶつかる。ハーマイオニーはディメンターの漏らす荒い息に耳を傾けることが出来たが、骨ばった手や黒いフードの下に目をやることは出来なかった。

 

 シールドは7、8秒ほど経った頃に点滅し始めた。ディメンターを防いでいたシールドは、明らかに弱まっていった。そしてシールドがまさに崩壊しようとした瞬間、ルーピンがパトローナスを唱え、箱の中にディメンターを押し戻した。

 

 「非常に素晴らしかったよ、ミス・グレンジャー。今日は此処までにしようか。チョコレートはすぐに食べること。いいね? それと、さっきのは素晴らしかったけど、わたしは君はもっと幸せな記憶を探し出すことが出来ると思う」

 

 ——もっと幸せな記憶?

 

 ハーマイオニーには先程思い浮かべた記憶が最も幸せな記憶に思えた。ハーマイオニーはしばらくの間チョコレートバーを見つめてじっくりと考えた。

 

 ――もっと大きくて、頑丈なシールドを作り出せる記憶……。

 

 ハーマイオニーはバッグを拾い、部屋を出ると、重い足取りで廊下を歩いた。しばらくしたところで、不意に肩を叩かれ、ハーマイオニーは後ろを振り返った。

 

 「我輩の部屋に来たまえ。今すぐにだ」

 

 スネイプの無表情には、どことなく凄惨さが秘められているように思えた。

 

 

 「我輩はルーピンが狼男であると貴様に話した。それなのに何故、ルーピンと接触していたのかね?」ウンザリとでも言いたげなスネイプの声は、狭い部屋の中で良く響いた。「まさか、死の願望でもあるのかね?」

 

 「ルーピンはポッターにパトローナスの呪文を教えました。私も同様の呪文を学びたかったんです」

 

 「貴様は大馬鹿者だ」とスネイプは吐き捨てるように言った。「貴様はポッターよりも愚かだ。少なくともポッターは、ルーピンが危険な獣だということを知らないのだからな」

 

 「彼は防衛術の教師です」

 

 「ああ、すまなかった」眉をひそめるスネイプは、指をイライラとテーブルに打ち付けている。「我輩は教職者というものが尊敬されるべき人々であることを忘れていたようだ。特に、防衛術の教師に関しては」

 

 ハーマイオニーの喉に何かが引っかかったが、結局、何も言う事が出来なかった。

 

 「我輩は昨年の事件の後、貴様に多少なりとも危機感が身に着いたと思っていたが、どうやら間違っていたようだ」

 

 「私はディメンターから身を守る術を狼男に習いに行く前に、スネイプ先生に教えて貰うことを考えました。ですが、先生が私に教えてくれるとは思えなかったんです」

 

 「君のあらゆる要望に答えろとでも言うのかね?」ハーマイオニーの苦し紛れの反論を切り捨てるようにスネイプはせせら笑う。

 

 「先生が私を助けるべきであるのは間違いないです。先生は私の寮の長なんですから。

 昨年の出来事の後、私が得たのは称賛と冷たい視線だけでした。差別的な殺人者に加えてあんな事件があったのに、私は何のケアもされませんでした」思考が激しく回転するが、口が勝手に言葉を紡ぐ。

 

 「校長と話をしたであろう」

 

 「先生、ディメンターに近づかれた時、私は彼のことを鮮明に思い浮かべました!」とうとう思考は追いやられ、気だけが前のめりになる。

 

 「私は夏の間、毎晩悪夢を見て、彼に会い続けました。全然大丈夫なんかではありませんでした。

 それなのに先生は、私に大丈夫かどうかも尋ねたりはしなかった。去年起きた事件の真相を知っている者はこの学校に6人います。その内の3人は教職員です。ですが、3人とも私に何のフォローもしませんでした。

 『他人からの意見に左右されてはいけないし、血や家に基づく考えに染まってもいけない。自分自身を自分で決めれば、自分の望む存在になれる』

 先生はダンブルドアのこんな言葉で私が心の底から安心することが出来たと思いますか? 関わってみればむしろ感じの良い人で、危険なのは月に1度だけの教師から、自分を守る術を学ぼうとするのをどうして止めるんですか? それは彼の危険性を注視しているのではなくて、先生が彼を憎んでいるからではないですか? ここ最近の先生の振る舞いからは、私のことを本当に心配しているようには思えません」

 

 ハーマイオニーは長い演説を終えると、深呼吸をして気持ちを落ち着けた。

 

 テーブルを指でトントンと叩くスネイプは、黒い目でハーマイオニーを真っ直ぐに見ていた。目は揺らぐことなく、まるで突き抜けるような鋭さを持っている。

 

 「誰に会うのかね?」

 

 「どういう意味ですか?」

 

 「貴様は悪夢を見ると言ったな。そして、ディメンターが近づく時、彼を見たとも言った。それで、彼とは誰のことだ?」

 

 「先生は私が誰に会うと思いますか?」瞳の上に涙の薄い膜が張り始めたため、ハーマイオニーは吠えるように尋ねた。

 

 「闇の帝王、か?」

 

 「いいえ、ロックハートです」ハーマイオニーは沸き立つ思いを感じながら答えた。

 

 「ロックハート? 何故だ?」

 

 「先生は私と彼の間にあった事をご存じないのですか?」

 

 スネイプは体を前のめりにして言った。「我輩は嘘をついていない。本当に知らないのだ」

 

 「先生、それは真面目に仰っていますか?」

 

 「我輩は常に真面目だ」

 

 「私は彼が目の前で死ぬのを見ました。私が彼を殺したんです。それは、クソ忌々しい悪夢を見るのに十分な理由ではありませんか?」ハーマイオニーは叫んだつもりだったが、口からは重たい呻きが僅かに漏れるだけだった。

 

 スネイプは考え込み、「そうか……」と呟くと、椅子の背に体重をかけ、しばらくの間静かに座っていた。

 

 しばらくたち、ハーマイオニーに黒い目を向けたスネイプは、「校長は、ロックハートは岩崩れに巻き込まれて死亡したと教職員に話した。それは我輩とミネルバを含めてだ」と口を開いた。

 

 ――ロックハートが岩崩れに巻き込まれて死んだですって?

 

 ハーマイオニーは凍り付いた思考の中で、スネイプの言葉を繰り返す。

 

 「我輩は今知ったのだ……それが偽りだったと」

 

 ――アルバス・ダンブルドア。

 

 ハーマイオニーは頭の中で校長の名を呟いた。奇矯で人物像が掴み辛く、不利益をもたらす老人。

 

 「また……また、ですか」ハーマイオニーは唇の端に歪んだ笑みを浮かべた。

 

 スネイプは数分の間黙りこんでいた。そして、再び口を開いたとき、スネイプは話題を元の物に戻した。「……だからと言って、事情が変わるわけではない。ルーピンは危険な要素を持っておるのだ。貴様は奴と距離を置かなければならん」

 

 「ルーピン先生が望んでいないことであったとしても、彼は現在私を助けてくれています。先生がルーピン先生を好いていないとしても、ルーピン先生が私の役に立たなくなるまで、やめる気はありません」

 

 スネイプが鼻を鳴らし、椅子の上にそっくり返る。「貴様は分かっていない。ルーピンは危険な男なのだ。貴様が幾ら用心しようとも、手に負えるわけがない」

 

 「ダンブルドアは彼を信用しています」とハーマイオニーはほとんど笑いながら言った。

 

 スネイプはあからさまにとぼけるハーマイオニーを無視して、淡々と話し始めた。「ルーピンが狼男になったのは最近のことではない。ホグワーツ入学前から奴は狼男だった。そのため、普通ならばホグワーツに入学することを許されるわけがなかった。しかし、ダンブルドア校長は幾つかの障害を排除し、入学の許可を出した。ルーピンにとってダンブルドア校長が恩人であることは間違いのないことだ。だからダンブルドア校長は、ルーピンが誠実な行動をし続けると確信している。しかし、ルーピンの危険性はそれだけではないのだ」

 

 スネイプは間髪入れずに尋ねた。「シリウス・ブラックについて何を知っている?」

 

 「新聞には彼がトムの右腕的な存在であったと書いてありました」

 

 スネイプはゆっくりと瞬きした。「トム?」

 

 ハーマイオニーは真面目な顔で頷く。

 

 「闇の帝王、か?」

 

 「私は彼をトムと呼んでいます」

 

 スネイプは細い目でハーマイオニーを見つめた。「いずれにせよ、ブラックが魔法戦争の絶頂段階において、主要な役割を任じられていたことは明白だ。重要な役割、でもあるだろう」

 

 「彼はトムをポッター家へ連れて行ったのですよね?」

 

 「ああ、そうだ」スネイプはイライラとした様子で指を組んだ。「その上、数時間後にポッターの友人であったペティグリューを殺害した。発見された時、ペティグリューの体はバラバラに破壊され、粘着物のような物しか残されていなかった」

 

 「そんなブラックにルーピン先生が協力するでしょうか?」

 

 「ブラックは軽率で、向こう見ずで、執念の強い男だった。そんな人間が狼男が教職員をしていると知った時、何もしないと思うか?」スネイプの唇は怒りで震えていた。「学生時代、ブラックは自分自身を際立たせてくれる物を求めていた。奴には、長い年月孤独を感じ友人を強く求めていた狼男は、デザートのように見えただろう。そして、それは現在と同じ状況だ。ルーピンはポッター家の事件の後から現在に至るまで、ずっと孤独の中にいる……」

 

 「本当に2人は友人だったのですか?」

 

 「我輩には分からん。分かるのは、ブラックがルーピンを利用し、ルーピンはその計画通りに動かされていたことだ」

 

 「ブラックは何にルーピンを利用したのですか?」

 

 「殺人だ。未遂に終わったがね。ルーピンは満月の間は叫びの屋敷に閉じ込められていた。屋敷に直接つながるトンネルが柳の木の下にあるのだが、我輩がルーピンが狼男であると気がついた時、ブラックは我輩をそこへ連れて行き、狼男をけしかけたのだ。

 ルーピンが善人であるか、悪人であるかはどうでもいいのだ。重要なのは、ブラックが城の周りを歩いている状況において、ルーピンが鎖から切り離された状態にされていることだ」




後3〜5ぐらいで不死鳥の騎士団は終わりそう

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