蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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第十二章 アニメーガス

 ハーマイオニーは荷造りをして、談話室への帰路についた。夜は深まり、ホールにはほとんど人がいない。時刻は9時を大きく過ぎ、夜間外出禁止令がもうすぐ始まろうとしていた。

 

 ――あの後、『閲覧禁止の棚』に向かったのは正しい判断だったわね。

 

 ハーマイオニーが調べた本によると、狼人間は非常に耐久力があるだけで、魔法に対する抵抗力が高いというわけではないようだった。狼人間の皮膚は巨人のように魔法を無効化する訳ではないし、ドラゴンのように硬い防御力がある訳でもない。つまり、強力な魔法を唱え続ければ倒す事は可能なのだ。

 

 ――もちろん、そのことが分かっても、どうこうするつもりはないのだけど。狼人間と対決するなんて、正気の沙汰じゃないわ。

 

 ハーマイオニーはいつ、誰に、秘密を話すか考えた。スネイプは秘密を守れとは警告しなかった。むしろ、秘密を話して欲しそうな素振りさえ見せていた。

 

 頭の中で考えが渦巻いていたハーマイオニーは、角から曲がってくるポッターの姿に気がつかず、廊下で軽くぶつかった。

 

 「っ、ごめんなさい。前をよく見て……あら、ポッターじゃない」

 

 「やあ」とポッターは若干俯きながら呟いた。

 

 「どうしてこんな遅くまで出歩いているの? クィディッチの練習はしばらくお休みでしょ?」ポッターの箒が折れたという話を思い出して、ハーマイオニーは尋ねた。

 

 ポッターはウンザリとした表情を浮かべて短く言った。「君には関係ないだろ」

 

 ハーマイオニーは周りを見渡した。この廊下の近くには、闇の魔術に対する防衛術の教室とルーピンの仕事部屋がある。

 

 立ち去ろうとするポッターに「今までルーピンと一緒にいたの?」とハーマイオニーは素早く尋ねた。

 

 ポッターは不意を突かれたようで、素早く振り返ると「どうして君がそんなことを気にするんだ?」

 

 「ちょっとした好奇心よ」ハーマイオニーは曖昧に肩をすくめる。「で、ルーピンと何をしていたの?」

 

 ポッターは訝し気に目を細めた。「君に教える必要はない」

 

 ハーマイオニーは唇を噛み締めた。ポッターはハーマイオニーにとって悩みの種だった。自分がロナルド・ウィーズリーを嫌いなことはハッキリとわかるが、ポッターをどう思っているのかはよくわからなかったのだ。ロナルドの親友であるという点だけでも、ポッターは嫌悪する対象になり得たが、自分のことを救ってくれたという過去がそれを曖昧なものにしていた。

 

 ハーマイオニーは小さく息を吐き出した。自分がポッターをどのように捉えているか分からないにせよ、ルーピンが何者であるかを知らないことによって、ポッターが危険な目に合ってほしくはない。

 

 「ポッター、貴方には話しておくべきかもね……」

 

 「ペトリフィカス・トタルス!」

 

 ハーマイオニーとポッターは同時に振り返った。近くの階段から叫び声は聞こえた。石の上を走る音が近づいてきたかと思うと、小さくて赤い何かが全力疾走で階段を駆け下りてきた。

 

 「ペトリフィカス・トタルス!」

 

 次に姿を現したものも赤かった。ロナルド・ウィーズリーは滑るようにして階段を降り、猫の後を追いかけた。ロナルドは前方へ飛び込んで腕を伸ばしたが、クルックシャンクスの柔らかな毛は滑り、手は空を切った。

 

 「ロン?」ポッターが困惑した様子で声をかけた。

 

 「ハリー!」ロナルドは地団駄を踏んで悔しがっていた。「彼女に逃げられた!」

 

 「ロン?」

 

 「またあいつが部屋の中にいたんだ!」ロナルドは叫び、頭をクシャクシャと掻きむしった。「スキャバーズが居ないか探ってたのさ!」

 

 「いいや、ロ——」ポッターがロナルドを宥めようと急いで歩み寄る。

 

 「マクゴナガルの所に彼女を連れて行こう。彼女が猫に変身してペットを襲っているって話すんだ!」

 

 「ロン、グレンジャーは猫じゃない」

 

 「いいや、彼女はアニメーガスだ! 猫に変身することが出来るんだ! だから、あんな悪魔みたいな凶暴な猫を買ったんだ! 変身した自分と似ているから!」

 

 「彼女はアニメーガスじゃないよ、ロン」そう呟いたポッターの顔は少し赤かった。「グレンジャーは今ここに居る」ポッターはハーマイオニーを指差した。

 

 ポッターの陰に隠れるようにして立っていたハーマイオニーは、少し横にズレてロナルドに姿を見せた。

 

 ロナルドは口を大きく開けて、「でも、猫は……血を……いや……」とブツブツ呟いた。

 

 「私のことをクルックシャンクスだと思っていたの?」ハーマイオニーは声を上げて笑う。「貴方って本当に鈍いのね」

 

 「あの猫は異様なまでにスキャバーズを食べようとしているんだ!」ロナルドは顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

 ハーマイオニーは吐くフリをすると、ニヤリと口角を上げた。「私があんな汚いネズミを食べるわけがないじゃない」

 

 「君は僕に嫌がらせするためなら何だってするだろ!」

 

 「ロナルド、貴方は少し頭を使うことを覚えた方がいいわ。私が貴方に嫌がらせをするとしたら、自分じゃなくて、貴方にネズミを食べさせるもの」

 

 ロナルドは拳をあげてハーマイオニーの元へ突進しようとした。しかし、ポッターが2人の間に立ち塞がり、ロナルドを宥めた。

 

 「さあ、ロン。もう行こう。彼女に構う意味なんてない」

 

 ポッターとロナルドが階段の上に姿を消すまで、ハーマイオニーは2人をじっと見ていた。半分はウンザリと、もう半分は楽しみながら。

 

 

 「さあ、ハーマイオニー。試合開始まで30分だ」とドラコが言った。「良い席を確保するために、もう行ったほうがいい」

 

 「貴方がプレイするわけでもないのに、どうして見に行かなきゃいけないのよ」

 

 世界で最もバカな質問をされたかのように、ドラコは顔を顰めた。「クィディッチの試合だからだ」

 

 「でも、貴方がプレイしない試合よ」ハーマイオニーは強調して言った。「今日の試合は、グリフィンドール対レイブンクローだわ」

 

 「でもクィディッチであることは変わりない。試合を多く観戦すれば、僕がプレイしている時に何をしているのか理解できるし、何をするのか予想する楽しみも出来る。

 それに今日、ポッターがファイアボルトを使うんだ。僕たちはあいつがどんな風に飛ぶのか調べなくちゃならない」

 

 「分かったわよ。それじゃあ、バッグを片付けてくるから、その後に一緒に行きましょ」ハーマイオニーはため息混じりに言うと立ち上がった。

 

 「ああ、僕は行けない」

 

 ハーマイオニーは目をパチパチと瞬かせた。「私に行けって言ったのに、貴方は行かないつもりなの?」

 

 「見には行くさ。でも、試合の前にフリントと会う約束でね」ドラコは冷笑に似た奇妙な笑みを浮かべた。「何か面白い計画を思いついたらしい。なーに、すぐに追いつくさ」

 

 ハーマイオニーはニタニタと笑うドラコを見て、挽き肉にしてやりたい気分になった。

 

 「いったい何なのよ」ハーマイオニーはバッグを脇に抱えて、寄宿舎に歩いて向かった。部屋に入ると、コートを着たダフネとトレイシーが立っていた。

 

 「試合、観に行くの?」トレイシーが尋ねた。

 

 「仕方なくね」

 

 「じゃあ、私たちと一緒に座りましょう」ダフネが嬉しそうに微笑む。

 

 ハーマイオニーはバッグをベッドに放り投げると、洋服箪笥から暖かなジャケットを取り出した。「雨が降ったらすぐに帰るわ」

 

 「雨は降りそうにないわ」とトレイシーが笑って言った。「それに今日は見応えのある試合になると思うわよ。ポッターはファイアボルトを手に入れたんだから」

 

 「新しい箒で練習する時間も十分にあった」とダフネが付け加えた。「チャンがどんな手段でポッターに対抗するか興味があるわ。箒はファイアボルトと比較にならないレベルだけど、彼女はかなり賢いシーカーよ」

 

 ハーマイオニーはジャケットのボタンを閉めると、クィディッチの話題で盛り上がる女の子たちの後について行った。

 

 

 空は晴れ渡っている。弱い風が吹いているが、太陽光が強く、寒さはあまり感じない。

 

 観客席から熱気溢れる生徒たちを見ていたハーマイオニーは、薄汚れた犬がいるのを発見した。大きくて黒い犬は、ソワソワとした様子で試合が始まるのを待っている。ハーマイオニーは魔法界の犬が試合のルールを理解できるほどの知能を持っていることに驚きを感じた。

 

 ――もしかすると、マグル界の犬と魔法界の犬は生物として別の種なのかもしれない。

 

 突き刺すような風が吹いた。ピッチに目を向けると、ちょうどフーチがホイッスルを吹くところだった。甲高い音が辺りに響き渡る。選手たちは一斉に飛び上がり、試合が始まった。ハーマイオニーはドラコを探したが、姿は見あたらなかった。

 

 グリフィンドールは苛烈なプレイで試合を押し進め、大量得点を得ていた。一方、レイブンクローは得点を得ることができず、望みをシーカーに託しているようだった。しかし、レイブンクローのシーカーがポッターに劣っているのは、素人の目からでもわかることだった。だからハーマイオニーは、試合がすぐに終わるであろうと予想した。

 

 しかし、ダフネとトレイシーはその意見に同意しなかった。

 

 「彼女が何をしているか見ていないの?」とトレイシーが熱っぽく言った。「チャンはポッターが飛ぶのをひたすら妨害しているの。ポッターは2、3秒以上真っ直ぐに飛ぶことは出来ないわ」

 

 「でも、その戦略では勝利を得られない」とダフネが呟く。

 

 「ええ。だけど、彼女に出来ることはそれだけよ」

 

 「彼女の行為はポッターを悩ませてるだけ」とダフネがハーマイオニーの方を向いて言った。「チャンは頭の周りをブンブンと飛び回る小さなハエよ。チャンはスニッチを発見しても、追いかけることはできない。チャンの方が先に行動しても、ポッターがすぐに追い越してしまうから。だからチャンが出来ることはポッターをブロックすることだけなの。得点差はどんどん広がっていくでしょうけど、試合はなかなか終わらないわよ」

 

 「このまま同じことをしていれば、ポッターがイライラしてプレイの質が悪くなるかも」とトレイシーが考え込むように言った。

 

 「でも、このままの状態が続けば、例えスニッチを取れたとしても得点差で負けるわ」

 

 突然、ポッターが突然急降下した。レイブンクローのシーカーのチャンが、慌ててその後を追いかける。しかし、途中でポッターが弾丸のように素早く急上昇に転じた。チャンはそのまま急降下していく。上昇していたポッターは急に方向転換し、ぐんぐんとスピードを上げた。

 

 「ポッターはスニッチを見つけたのよ!」トレイシーが興奮気味に叫ぶ。「チャンは騙されたんだわ!」

 

 「あれはなに?」ダフネがピッチの一点を指差した。頭巾をかぶった3つの背の高い黒い姿がポッターを見上げている。

 

 「またディメンター? ダンブルドアは何の対策も施さなかったの?」ダフネはしかめっ面を浮かべた。

 

 チャンがディメンターに気が付き、叫び声を上げた。ポッターはその声でディメンターの存在に気がついたようだった。しかし、ポッターは速度を落とさず、ユニフォームの首のところに手を突っ込むと、杖を取り出して呪文を叫んだ。白銀色の光が杖から噴出し、ディメンターに向かって突進する。ディメンターは驚いたように後ずさりし、地面に転げ落ちた。

 

 「あれ——ディメンターじゃないわ」とハーマイオニーは呟いた。

 

 ポッターはさっさとその場を離れ、逃げようとするスニッチを指で包み込んだ。

 

 グリフィンドール生が湧き上がる中、トレイシーは呆れた様子で首を振った。「きっと、彼らね」

 

 

 ハーマイオニーは腕を組んでドラコをジッと見つめた。「50点減点されたわ」

 

 「あれは、その……上手くいくはずだったんだ」

 

 「反省文の手伝いはしないわよ」

 

 「フリントが計画したんだ」

 

 「なぜ、貴方はあんな計画に協力したの?」

 

 「ポッターが気絶したら面白いから」

 

 ハーマイオニーはどうして自分がこんなにイライラし、怒っているのか分からなかった。原因は複雑に絡み合っていて、正体を確かめるのは困難だった。

 

 「でも、貴方はポッターを気絶させられなかった」

 

 「あれは完全に予想外だった……」

 

 「ドラコ、貴方はバカよ」

 

 

 ハーマイオニーはベッドに仰向けになりながら考え事をしていた。夜は更け、時刻は午前1時を過ぎていたが、ハーマイオニーは眠ることができなかった。

 

 ハーマイオニーにとって、ドラコは友人だ。初めての友人だからよく分からないが、親友でもあるのだろう。そして、これでに話題に出したことは無いけれども、ボーイフレンドでもある。ハーマイオニーとって、ドラコは大切な存在だ。

 

 しかし、ハーマイオニーは最近、そんな大切な存在の行いに対して時たま違和感を覚えることがあった。

 

 ――侮辱されれば、応戦する。それは当然のことよ。でも、最近のドラコは、非常に痛みのある攻撃をしている。

 

 現在と過去において、ドラコの攻撃対象はほとんどウィーズリーとポッターだった。どちらが先に始めたのかは知らないが、彼らは互いに攻撃しあっていた。ハーマイオニーはそのことに違和感など覚えはしなかったし、むしろ楽しんでさえいた。それは現在も、だ。しかし、秘密の部屋での出来事以来……限度というものを意識するようになった。

 

 ――おそらく、ドラコにはわからないのね。なぜポッターと私が他の人よりもディメンターに影響を受けやすいのか。そして、如何にディメンターが恐ろしい存在であるのか。

 

 ディメンターは幸せを吸い取り、その人の最悪な記憶を呼び起こす。ハーマイオニーはディメンターが近寄ってきた時、絶望の窪みにハマる気分を味わった。しかし、愛する家族によって安全な環境で育てられたドラコには、そこまで酷い記憶はなく、絶望する感覚を理解することができないのだろう。だからドラコはディメンターを恐れず、冗談として扱えるのだ。

 

 部屋の扉がゆっくりと開き、誰かが中に入ってきた。複数いるようで、彼らは何事かを囁きあうと、しばらくして去って行った。

 

 ハーマイオニーはゆっくりと身体を起き上がらせた。

 

 奇妙だった。今まで誰も、こんな風に真夜中に部屋に入ってきたことはない。

 

 ハーマイオニーは杖の先端に手を覆い隠して、「ルーモス」と囁いた。時計に杖を向けて時刻を確認すると、2時半になっている。

 

 「ノクス」明かりを消したハーマイオニーは、ベッドから足を下ろして、スリッパを履いた。そして、忍び足で扉に向かい、談話室へとゆっくりと降りた。談話室にはパジャマの上に黒いローブを着た監督生が2、3人集まっている。彼らは眉間にしわを寄せて、深刻そうな表情で顔を見合わせていた。

 

 暖炉の近くに立っている人物を見て、ハーマイオニーは素早く歩み寄った。

 

 「何が起きているんですか?」

 

 スネイプは監督生をチラリと見た後、「グレンジャー、君が知る必要はない」と押し殺した声で言った。「ベッドに戻りたまえ」

 

 「誰かが私の部屋に入ったんです。何故です?」ハーマイオニーは目を擦って尋ねた。

 

 「予防措置だ」そう答えたスネイプの元に、明るく光る緑の小さな点が現れた。光はスネイプの耳元で小さく動くと、一瞬で姿を消した。

 

 「何が起きているんです?」ハーマイオニーは同じ質問を、今度は力強く尋ねた。

 

 顔を顰めているスネイプは、じっとハーマイオニーを見つめてから答えた。「我輩が耳にしたことが事実であるならば、ロングボトムがシリウス・ブラックを援助し、殺人を行わせようとしたようだ」

 

 「はい?」ハーマイオニーは素直に発言を受け入れることができず、聞き返した。

 

 「大変ご親切なことに、ロングボトムがグリフィンドール寮のパスワードをブラックに漏らしたのだ」

 

 


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