蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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前話の続き。


第八章 蛇の舌

 スネイプのオフィスは相変わらず暗かった。まだ日の出ている時間だったが、オフィスは地下牢にあるため、自然光が一切入ってこない。

 

 スネイプは椅子に腰かけると、ハーマイオニーにも座るよう促した。淡い蝋燭の明かりがスネイプの顔全体を照らす。スネイプは随分と不機嫌そうに見えた。

 

 「可燃性の魔法がボガードには効かないと知らなかったのかね?」

 

 ハーマイオニーの足が軽く震える。「私は……分かりませんでした……」

 

 「何がかね? コンフリンゴが爆発呪文で、生徒たちを傷つける可能性があったことをかね?」スネイプの声は冷たく厳しい。「それともあれがボガードであったことをかね?」

 

 ハーマイオニーは床に目を落として呟いた。「先生……」

 

 「我輩にはどちらがより悪いか判断できん。貴様は敵が何であるかを忘れ、結果を考えずに魔法を唱えたのかね?」

 

 「私は――どちらも分かっていました。でも、まともに考えられなかったんです」

 

 「分かっていた? あれがボガードという無害な生き物であることをかね?」ハーマイオニーは頷く。「ボガードを倒す呪文は知っていたのかね?」ハーマイオニーは頷く。「コンフリンゴの効果を知っていたのかね?」ハーマイオニーは拳を握りしめて頷く。「ならばミス・グレンジャー、どうしてあんな愚かな行動をとったのだ?」

 

 「私にはわかりません!」ハーマイオニーは叫んだ。「どうしてか分かりません。まともに考えることが出来なかったんです」

 

 「どうしてだ? 目の前にいる者が本物だと思ったのかね?」スネイプはしつこく追及を続ける。

 

 「頭が麻痺してしまったんです。先生、私はただ……」ハーマイオニーはふと、自分がどうして責められているのか疑問に思った。あのような状況になったのはルーピンが止めなかったせいでもある。それに、自分は10分前まで泣いていた少女だ。「先生、いったい私の何が悪かったんです?」

 

 スネイプは唸り声を上げる。「ルーピンの授業は3年生のレベルを越えるものではなかった。お前は当然のようにボガードを対処出来たはずだ。それなのにも関わらず、お前はひたすら状況を悪くした」

 

 「そこが問題なのですか?」ハーマイオニーは叫んだ。「確かに私は授業で失敗しました。ボガードを対処することができませんでした。ですが、私の眼の前に現れたものは、他の生徒とは訳が違いました。他の生徒の前に現れたのは、ドラゴンやスフィンクスなどで、明らかに偽物だと分かるものでした。だから彼らはほとんど恐れを感じていなかったでしょうし、簡単に対処することが出来ました。先生、私の前に現れたのは実際に見たことのある恐怖です。経験した恐怖です。本物の恐怖です。私が混乱するのも無理はないと思いませんか?」

 

 「いいや」とスネイプは短く言った。スネイプの黒い目は冷酷だった。「お前は授業でボガードを扱っていることを決して忘れるべきではなかった。そして、授業で習った魔法を使って、ボガードに対処しなければならなかった」

 

 「でも、先生はその呪文を使いませんでした」ハーマイオニーは不満を抱いて言い返した。

 

 「グレンジャー、我輩は成熟した魔法使いだ。我輩は様々な魔法と様々な知識を知っている。そして、授業を受けている訳ではなかった。我輩が3年生であったならば、教師の指導に従って適切な魔法を唱えていただろう」

 

 ハーマイオニーはスネイプの冷たい視線から目を逸らした。

 

 「ところでグレンジャー、爆発呪文のことはどうやって知ったのかね?」

 

 「読んで知りました」ハーマイオニーは僅かにあごを引いて答えた。

 

 「どこで?」

 

 「本で」

 

 「グレンジャー、我輩を馬鹿にするでない!」スネイプが怒鳴る。

 

 「私は図書館で多くの時間を過ごしています」ハーマイオニーは唾を吞み、なんとか言葉を吐き出し続けた。「なので、正確な情報は覚えていません」

 

 ハーマイオニーはスネイプの喉から低い唸り声が出てくるのを耳にした。

 

 「我輩は3年生がその呪文をどうやって知り得るのか知っておきたいのだ」スネイプは諭すように静かに話した。

 

 「図書館には多くの教科書があります」とハーマイオニーは先程と変わらないことを述べた。「その中のどれかに載っていても、全くおかしなことではありません」

 

 「たしかに」スネイプはテーブルを指でトントンと叩く。「そういえば、マクゴナガル先生が許可を与えていたな」ハーマイオニーは眉をひそめてスネイプを見上げる。「恐らく、『閲覧禁止の棚』で見つけたのだろう」

 

 「違います!」ハーマイオニーは椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。「先生、私は『閲覧禁止の棚』をそんな風に使っていません! 呪文は正当な方法で学びました!」

 

 スネイプは目を細め、薄ら笑いを浮かべた。「ほう、それならばグレンジャー、一体どうやって学んだのかね?」

 

 「先生、去年のことです。『閲覧禁止の棚』とは無関係です」

 

 「それならば尚更……我輩は知っていなければならん。2年生が上級魔法を知った経緯をな」

 

 ハーマイオニーはしばらくの間考えていた。『閲覧禁止の棚』の名前を出してきたのは、脅しの意味だろう。しかし、許可を出しているのはマクゴナガルだ。だが、それでも……。

 

 「ダンブルドア先生が知っています。知りたければ、ダンブルドア先生にお尋ねください」それは完全な事実ではなかった。しかし、ダンブルドアは間違いなくトムと関連付けることが出来るだろう。そして、そうなった場合、ダンブルドアはハーマイオニーを責めたりはしないはずだ。

 

 スネイプが困惑気に尋ねた。「ダンブルドア?」

 

 ハーマイオニーは頷き、床をじっと見つめた。

 

 長い沈黙の末に、スネイプが立ち上がった。「グレンジャー、退出したまえ」

 

 ハーマイオニーは素早く立ち上がって、扉に向かった。

 

 「グレンジャー、君が将来、自分の望んでいる者になることを願っていおる。無知に身を委ねても、未熟なままだ。無知は決して、自身を守ってはくれない」

 

 

 ハーマイオニーは夕食で1杯のカボチャジュースを手に取りながら、スネイプの言葉について考えていた。あれは、スネイプがハーマイオニーにした叱咤激励の中で、最も役に立たないものに思われた。無知に身を委ねるなど、あり得ないことなのだから。

 

 それにしても、変身したボガードについてスネイプが詳しく尋ねてこなかったのは、幸運なことだった。スネイプはダンブルドアの口からトムのことを聞き出すだろうが、今回のことをこれ以上詮索されることはないだろう。

 

 ハーマイオニーは口の中に違和感を感じて、思わず吐き出しそうになった。口にしたカボチャジュースは、いつもの甘い飲み物ではなかった。苦味と炭酸ガスような奇妙な感触がし、舌が若干痺れた。おそらく、屋敷しもべ妖精が間違えた方法で作ったのだと思われた。

 

 他の食べ物に関しては問題なかった。しかし、ハーマイオニーはまったくお腹が空いていなかったので、ほとんど口をつけなかった。スリザリンの同級生も同じ状態だったようで、背中を丸めて、食べ物がのったプレートを見つめ、時たまフォークで突いている。おそらく、彼らもボガードに取り憑かれているのだ。ハーマイオニーは彼らが不器用でないことを願った。全ての生徒がボガードのことを忘れてくれれば、揶揄いに来た生徒にオブリビエイトの魔法を唱える必要がなくなるだろう。

 

 ハーマイオニーは時計を見上げた。あと数分で、勉強会が開かれる。ハーマイオニーはため息をついて立ち上がる。他の同級生とは違って、ハーマイオニーは気持ちを整理する時間がなかった。

 

 ハーマイオニーは勉強会を授業を教える場所ではなく、自習する場所として使うことにした。3つの異なる学年の生徒が集まる勉強会で、何かひとつのことに取り掛かるのは中々困難なものであったからだ。だからハーマイオニーは、グループを作らせて宿題を解かせ、何か分からないところがあれば自分のところに質問に来させる仕組みを作った。

 

 勉強会のメンバーの中で、アストリアが最も熱心な生徒で、最も面倒くさい生徒だった。ポッターに憧れるのではなく、自分に憧れてくれる後輩がいるのは嬉しかったが、時々1人で休む時間が欲しくなるハーマイオニーには、『1人で休む時間』などお構いなく自分の元へ訪れるアストリアは少々邪魔臭かったのだ。

 

 そこでハーマイオニーは、自身の宿題に取り掛かるジャスティンと同じテーブルにつき、教科書を読んで大部分の時間を費やすことにした。そうすれば、アストリアが幾らか遠慮してくれるからだ。ジャスティンは真面目な生徒ではあったが、去年石になって休んでしまったため、いくらか授業に遅れをとっていた。

 

 ハーマイオニーが地下牢の教室に到着した時、ほとんどの生徒はすでに勉強に取り掛かっていた。ハーマイオニーはバックを机におくと、ジャスティンの向かい側に座った。ジャスティンは勉強中で、見上げることすらしない。

 

 「ハーマイオニーがボガードと対決したって聞きました」突然アストリアが後ろから話しかけてきたため、ハーマイオニーは飛び上がった。

 

 「っと、アストリアね。元気?」ハーマイオニーは躊躇しながら尋ねた。

 

 アストリアは快活に頷いた。「ルーピン先生が洋箪笥に隠れているボガードを授業で使ったって」

 

 「ええ、その話は本当よ」ハーマイオニーはゆっくり頷いた。酸味が口の中に広がった。

 

 アストリアは矢継ぎ早に話した。「私たちもその授業を受けられたらいいんだけど。ハーマイオニーのときは何に変わりました? あとトレイシーのときは?」

 

 「ダフネは貴女に話さなかったの?」

 

 「ダフネは、私と一緒に生活している風景が目の前に現れたって言ってました」アストリアは肩をすくめる。「多分嘘だろうし、ダフネの話は信用出来ないから」

 

 ハーマイオニーは傷ついたアストリアの姿を思い出した。「ボガードが何に変わったか、誰も話したがらないと思うわ。だって、プライバシーは公開したいものじゃないでしょう?」

 

 アストリアは顔をしかめた。「もしかして、ダフネの言ったことは本当なんですか?」

 

 「いいえ、ダフネは貴女のことを怖がったりはしてないわ」ハーマイオニーはため息混じりに答えた。

 

 「それは良かった。じゃあ、ハーマイオニーは何が怖いんですか? ハーマイオニーのときは何に変わりました?」アストリアは少し前の発言を忘れたのか、無視したのか、もう一度尋ねた。「バジリスクだった? 誰かを石に変えちゃったりしました?」

 

 「石? ボガードは本物のバジリスクにはなれないの」

 

 「そう、ですか」とアストリアは呟いた。「それで、なんだったんですか?」

 

 ハーマイオニーが言葉を発する前に、大きな笑い声が教室の入り口の方から響いた。見ると、椅子に座ってくつろいでいる男の子が冷笑を浮かべていた。男の子はスリザリンのバッジをつけていたが、ハーマイオニーはその子のことを知らなかった。男の子の髪はオールバッグでベタベタしている。そして、随分と自惚れているように見えた。

 

 「穢れた血が何を恐れているかなんて、全く気にする必要が無いね。君もそう思わないか、グリーングラス?」

 

 部屋は突然静かになった。羽ペンが羊皮紙を滑る音も止まった。誰もがハーマイオニーのことを見ている。ハーマイオニーはローブに手を入れて杖を握るが、思い直して手を離した。

 

 「貴方はだれかしら?」

 

 男の子は嘲笑った。「ベイジー。クィディッチチームの新しいメンバーだ。俺はお前を知ってるぞ。マルフォイのお気に入りの穢れた血で——」

 

 「それは良い言葉じゃないと思う」とプラチナブロンドの小さなレイブンクロー生が言った。彼女の顔は、巨大な呪文学の教科書に隠れていた。

 

 ベイジーが唇を歪める。「誰も、お前なんかに聞いてない、ルーニー(変人)

 

 本はゆっくりと下がった。そして、穏やかな青い目が現れた。ルーナは頭を傾けて、詩を読むような柔らかな声を出した。「わかってる。だから質問には答えなかった」

 

 ベイジーは、しばらくルーナをじっと睨みつけていた。しかし、ルーナは再び教科書で顔を隠してしまい、表情は分からなくなった。

 

 ベイジーが視線をアストリアに戻した。「マルフォイの家が幾ら高貴で権力があるからって、何でも従わなくちゃいけない訳じゃない。グリーングラス、頭を使うんだ。いくら成績が良いからって、汚れた血は汚れた血に過ぎない」

 

 ハーマイオニーは立ち上がった。「成績では敵わないから難癖をつけるなんて、あなたの醜さにゾッとするわ」

 

 ベイジーは肩をすくめた。「成績何て気にしてないね。もっと重要なモノがある。血だよ、血」

 

 ハーマイオニーはベイジーの方へ歩きながら、ローブの中から杖を取り出した。「これ以上馬鹿なことを言うなら、貴方はその大事な血を流すことになるわよ」

 

 ハーマイオニーは舌にピリッとした痛みを感じ、立ち止まった。

 

 「俺は他のみんなと同じ理由で此処にいる。スネイプの命令に従って、ここで宿題を片づける必要があるんだ。それなのに、俺に杖を向けて脅すだって? 穢れた血が教師役を務めるなんて馬鹿げていると思っていたけど、どうやら想像以上に酷いらしい」

 

 ハーマイオニーはベイジーを睨みつけた。何かを言い返したかったが、舌の先が激しく痛んだ。ベイジーから10代特有の汗の匂いがする。自惚れの匂いがする。気持ち悪い。ハーマイオニーは杖を引き上げた。1つでも呪文を唱えないと、気が済まない。

 

 口を開けた瞬間、何かが動いた。その瞬間、気を失いそうなぐらいの痛みが走った。ハーマイオニーは軽く目を回し、方向感覚を失う。

 

 ベイジーが椅子から飛び退く音が聞こえた。「なんだよ、何だよそれ!?」

 

 ハーマイオニーは話そうと口を開けたが、出てきたのはシューシューという奇妙な音だった。ハーマイオニーの舌が口の中で動く。ベイジーがまた飛び退き、汗と恐れの匂いが鼻をついた。

 

 「俺から離れろ、汚れた血め!」ベイジーはバッグをひったくって、教室の外へ走り去っていった。

 

 ハーマイオニーの舌が再び動いた。恐る恐る指で触ると、舌の先端が2つに裂けている。

 

 「パーセルタングを話そうとしたの?」ルーナがのんびりとした口調で尋ねた。そして、クスクスと笑い声を漏らした。「私、もう少しアクセントの練習が必要だと思うな」

 

 ハーマイオニーは教室を飛び出した。変だ。明らかに可笑しい。自分の舌が急に2つに裂けるはずがないのだ。舌が裂けているなんて、それじゃまるで——ヘビだ。ハーマイオニーは舌に痛みを感じて立ち止まった。

 

 「ハーマイオニー!」振り返ると、アストリアがバッグを抱えて走って来ていた。「バッグを教室に置き忘れてたよ。ねえ、勉強会はもうお終いなんですか?」

 

 ハーマイオニーはブツブツと言葉にならない声で呟くと、バッグを受け取った。口の中が酷い味覚で満たされている。

 

 アストリアがハーマイオニーの袖を引っ張った。「どうやったらそれが出来るか教えて貰えますか? 凄いかっこよかった」

 

 ハーマイオニーはアストリアの開いた口を手で閉じると、アストリアを来た道の方向に押し戻した。

 

 「ああ、オーケー。まだ練習中なんですね」アストリアが自分の額を軽く叩いた。「私も勉強を続けます。じゃ、頑張ってください!」アストリアはスキップして、来た道を戻り始めた。ハーマイオニーはそれを確認すると、医務室へと再び急いだ。

 

 そして、角を曲がったところで、ウィーズリー家の双子に遭遇した。

 

 「グレンジャー!」と1人が陽気に名前を呼んだ。

 

 「こんなところで会えるなんて!」もう1人も同じように陽気な口調で言った。

 

 ハーマイオニーは双子を無視して医務室へ急いだ。しかし、双子はハーマイオニーの後を追い、隣に並んで喋り続けた。

 

 「本当は去年会いたかったんだけど、機会が無かったんだ」

 

 「秘密の部屋での出来事は僕たちも知っている」

 

 ハーマイオニーは双子を横目でチラリと見た。2人は満面の笑みを浮かべている。

 

 ハーマイオニーは突然の痛みで竦んだ。短剣で突き刺されたかのような痛みが走った。

 

 「僕たちは君に感謝してる」

 

 「妹を救ってくれたことを」

 

 

 何かが口の中でもがき、頭に鋭い痛みが走った。ハーマイオニーはとうとう走り出した。

 

 「妹は、僕たちにとって、そうだなー、大切な存在なんだ」ずっと追いかけてくる双子は、息をまったく荒げることなく話し続けた。

 

 「だから僕たちはハリーに心の底から感謝した。ハリーは本当に素晴らしい奴だ」

 

 「ジニーを救うために、自分の命を懸けてくれたんだから」

 

 ハーマイオニーは双子を完全に無視して階段を登った。舌が燃えるように熱くなっていた。

 

 「でも、ハリーは自分はバジリスクを殺しただけだって言うんだ」

 

 「本当にジニーを救ったのは君だって言うんだ」

 

 「本当に勇気を出したのは君だって言うんだ」

 

 「だから僕たちは君にもお礼を言いたかった。感謝していると知って欲しかった」

 

 「「僕たちの大切な妹を救ってくれて、本当にありがとう」」

 

 ハーマイオニーが階段を登りきったところで、双子は離れていった。ハーマイオニーは廊下を全力疾走した。そして医務室の前に来ると、扉を吹き飛ばすように勢いよく開けた。

 

 ポンフリーが金切り声で叫んだ。「一体何事ですか!?」

 

 ハーマイオニーはポンフリーの腕を掴んで、口の中を見せた。舌がうごめき、痛みが全身に走る。

 

 「マーリンのヒゲ(Oh my God)!」ポンフリーが悲鳴に近い声で叫ぶ。「横になって、横になって!」ポンフリーはハーマイオニーを最も近いベッドに案内した。ハーマイオニーはベッドに横になると、ポンフリーの腕にしがみついた。口の中は煮えたぎり、頭は沸騰していた。

 

 「離して、離して、ね。すぐ戻りますから!」ポンフリーはハーマイオニーの手を引きはがすと、キャビネットの方に駆け寄った。そしてダークブルーの液体の入っているコップとボウルを持って帰って来た。

 

 「これで痛みが消えるわ。飲み込まないように注意して」

 

 ハーマイオニーは頭を傾けて液体を口に含んだ。灼熱のような痛みはすぐに治まり、若干の痛みが残るだけになった。ハーマイオニーは再び頭を傾けて、ボウルに液体を吐き出した。

 

 「ほら、口を開けて見せて」ポンフリーは口の中に杖を向けた。「ああ、一体何があったの?」

 

 ハーマイオニーはブツブツと呟いた。

 

 「何が原因であるにせよ、私はこれを治せると思います。しかし、2、3週間の間は味覚が可笑しなことになるでしょう」

 

 

 舌を完全に人間の物に治したハーマイオニーは、夜遅くにスリザリンの談話室に戻った。談話室の中心の暖炉から火が弾ける音が聞こえる。談話室は非常に静かだった。ハーマイオニーは寄宿舎へ続く階段の方へ歩いた。今は、ベッドで落ち着くこと以外考えられなかった。トレイシーにクィディッチのことを語られても全然構わなかった。とにかくベッドで落ち着きたかった。

 

 しかし、寄宿舎へ続く階段に足を1歩乗せたところで、誰かに腕を掴まれた。

 

 「一体どこにいたんだ?」

 

 ハーマイオニーは振り返ってドラコに顔を向けた。ドラコは悩ましそうにも、疑わしそうにも見える表情を浮かべている。ハーマイオニーは肩をすくめて、階段から降りた。

 

 「ベイジーが勉強会で君が変なことをしたって話していた」

 

 ハーマイオニーは鼻を鳴らした。「で、貴方はその子供の話を信じたの?」

 

 「アストリアも同じようなことを言っていた」

 

 「大したことじゃないわ」

 

 「でも——」

 

 「ちょっとした悪戯よ」

 

 「君にユーモアのセンスがあったなんて驚きだ」

 

 「たしかに、そうね」ハーマイオニーは適当に流した。

 

 「何があったんだ?」

 

 「何もない」

 

 「もしかしてボガードのことか?」

 

 「違うわ」ハーマイオニーは素早く否定する。

 

 「いいや、きっとそうだ」

 

 「違うったら」ハーマイオニーは腕を振り払おうとしたが、ドラコは離さなかった。

 

 「君が話をすることを望むなら——」

 

 「私は父親が出てきたことや、あの服装のことについて話をする気は無いわ」

 

 ドラコは頭を横に振った。「僕のものなんかよりも君の方が酷かった。あれは普通じゃない」

 

 「私は話したくないの」

 

 「誰かに相談するだけでも——」

 

 「私は、話したくないの」ハーマイオニーはきっぱりと言った。そしてゆっくりとドラコの手を引きはがした。「ドラコの気遣いはとっても嬉しいわ。でも、そのことを話したくないの」

 

 ドラコは眉をひそめたが、何も言わなかった。ハーマイオニーは階段を登り、自分の部屋に戻った。トレイシーとパンジーがミリセントのベッドに座って雑誌を読み、ダフネが勉強机に座って呪文学の教科書を読んでいた。

 

 ハーマイオニーは素早く靴とローブを脱いで、自分のベッドに入った。しかし、ハーマイオニーは眠る気は無かった。ハーマイオニーは杖を胸に抱いて目を閉じた。深呼吸をして、鼓動音と呼吸音以外をすべてシャットアウトしようとした。今日のことを明日に引きずりたくなかった。

 

 ――忘れる。私は忘れる。何もなかった。何も問題なかった。

 

 「だいじょうぶ?」ハーマイオニーがかろうじて聞き取れたぐらい、ダフネの声は小さかった。見ると、ダフネは教科書を弄びながらハーマイオニーを見ていた。

 

 「大丈夫よ」ハーマイオニーは呟き、視線を自分のベッドカバーに向けた。

 

 「そうは見えないわ」

 

 「大丈夫」ハーマイオニーは繰り返した。

 

 数秒後、ハーマイオニーは自分のベッドが軋むのを感じた。ダフネがハーマイオニーのベッドに腰を掛けたのだろう。「ルーピンは止めなきゃいけなかった。貴方が苦しんでいるのは目に見えて分かっていたんだから」

 

 「貴方が何のことを話しているか分からないわ」ハーマイオニーは寝返りを打って、ルームメイトに目を向けた。ミリセントはトランクを漁っていて、彼女の隣に大量の雑誌が積まれている。パンジーとトレイシーは相変わらず雑誌を読んでいて、こちらを気に掛けている様子はなかった。

 

 「私、アストリアを傷つけてしまったわ」ダフネは静かに呟いた。

 

 「別に、彼女は傷ついていなかったわよ。冗談だって分かってたもの」

 

 「そうじゃなくて……ボガードの時に。アストリアが傷つくことを最も恐れているっていうのに、ね」

 

 ハーマイオニーはダフネの方に向き直った。ダフネは見下ろしていた。しかし、それはハーマイオニーではなく、枕の近くのどこかをだった。ダフネは遠くを見つめるような目をしている。

 

 「どうしてそれが一番怖かったの?」

 

 ダフネは腕をピクリと一瞬震わせた。「さあ、私にはよく分からないわ。たぶん、彼女が妹だから。私はいつも彼女に気を配ってるもの。だって、アストリアは家族で、妹で、大切な存在だから……」

 

 「それが理由じゃない」ハーマイオニーは静かに呟いた。

 

 ダフネはゆっくりと息を吐き出す。「その通りね。私達の親は……私達に大きな期待をしているの。でも、その期待は重くて、アストリアには背負わせたくない。だけど、本当に悔しいけど、それは出来ない」ダフネが膝に顎をのせて、頭を傾けた。「きっと貴方は今日のことを忘れたがっていると思うけど……誰か話す人が必要なら、いつでも声をかけてちょうだい」

 

 ハーマイオニーはダフネの目を見て言った。「じゃあ、今付き合って貰うわ」

 

 ダフネは頷いたが、目を合わせることは無かった。「ルーピンは貴女を助けるために行動しなきゃいけなかった」

 

 「私は、あれが本物では無くて、ボガードだと分かってなきゃいけなかった」

 

 「そうだとしても、ルーピンが悪い事には変わりないわ」

 

 ハーマイオニーはダフネに微笑んだ。「ありがとう」ダフネはハーマイオニーの顔を見て、少しだけ笑みを浮かべた。「どういたしまして」

 

 3人のルームメイトが笑い声を上げた。見ると、彼女たちは雑誌を見て大笑いしていた。ハーマイオニーは彼女たちが雑誌に夢中になっていたことに感謝した。

 

 再び目を閉じたとき、ハーマイオニーは幾らか気分が楽になっていた。

 

 

 

 

 

 




ハリーの謎の言動の理由と蛇の舌にされた理由は、結構引きずるかもしれません。

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