蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

29 / 48
この作品ではアストリア表記でいきます。調べたら、発音記号は『əˈstɔːrɪə』でしたので。


第六章 交換条件

 「ハーマイオニー!」

 

 10時45分。マルフォイ家と一緒に駅にやって来たハーマイオニーは、アストリアに盛大に歓迎された。アストリアはハーマイオニーに抱き着いたが、ダフネによってすぐに引きはがされた。ダフネが代わりに謝罪し、その様子をドラコが驚いた表情で見ていた。ダフネと一緒に駅で待っていたトレイシー・デイビスは、ハーマイオニーとアストリアが仲良くする様子を見て嬉しそうに微笑んでいた。両親たちが話をし始めたため、子供たちは空いているコンパートメントを探すために汽車に乗り込んだ。

 

 汽車にはまだ半分ほどの生徒しか乗っていなかったため、コンパートメントを探すのはそう難しいことではなかった。ホグワーツに着いたときに、出来るだけホームを歩かなくて済むように、子供たちは汽車の先頭にあるコンパートメントを選んだ。アストリアがハーマイオニーの隣に座ることを主張したため、ハーマイオニーは彼女を窓際の席に座らせた。旅の最中に外の景色に少しでも気を散らしてくれれば、熱い視線から逃れることができると思ったからだ。

 

 ハーマイオニーの隣にダフネが座り、その隣にトレイシーが座る。コンパートメントでたった1人の男の子であるドラコは、女の子の反対側の席に座った。しかし、女の子たちがトランクを仕舞ってくれるのを待っていることに気が付くと、ため息をついて再び立ち上がり、魔法でトランクを仕舞い始めた。トランクを仕舞い終えてから数秒後、ノットがコンパートメントに入って来た。

 

 「やぁ、ドラコ」

 

 「随分とタイミングが良いな、セオ」ドラコは不機嫌そうにノットを睨むと、ハーマイオニーの向かい側に座った。「君は自分でトランクを仕舞えよ」

 

 まもなくクラッブとゴイルが入って来て、ドア側の最後の2つの席に座った。

 

 汽車が揺れ、滑り出した。アストリアが窓ガラスに額をくっつけて外の景色を見ている。ハーマイオニーはバスケットを開けてクルックシャンクスを取り出した。クルックシャンクスは膝に大人しく座って、ハーマイオニーに背中を撫でさせた。

 

 「なんだ、その醜い生き物は?」ノットが頓狂な声をあげる。そして猫をジッと見つめた。クルックシャンクスは唸り声を上げる。

 

 「これが猫だって分からないの?」トレイシーがクスクスと笑った。

 

 ハーマイオニーは猫とノットを交互に見た。「クルックシャンクスよ。この子、あなたが嫌いみたいね」

 

 「そいつを僕に近づけるなよ」とノットはウンザリした様子で呟いた。

 

 「えー、この子とっても可愛いのに」アストリアがクルックシャンクスに手を伸ばし、頭を優しく掻いた。クルックシャンクスはのどを鳴らして、アストリアに向かって体を折り曲げた。

 

 話題はアストリアによってコロコロと移り変わった。授業の様子とか、寄宿舎の居心地とか、ホグワーツの豪華な食事とか、スリザリンの生徒の話だとか。ダフネはアストリアの手綱を握ろうと努力していたが、トレイシーがアストリアの話を膨らませるので、あまり意味はなかった。

 

「そういえば、ブラックはどうなったの?」外の雲がだんだん厚く垂れ込んできた頃、トレイシーが言った。「魔法省はもう捕まえた?」

 

 「父がまだだって言ってたわ」とダフネが冷たい声で答えた。「アズカバンから脱走したくらいだから、相当逃げるのが上手いのでしょうね」

 

 「ねぇ、ダフネ。ブラックはハリー・ポッターのすぐ近くに隠れていると思う?」とアストリアが無邪気に尋ねる。

 

 「そうだと嬉しいね。ポッターには苦しんで死ぬのがお似合いだ」ノットは不気味に呟いた。

 

 ダフネが首を横に振る。「私はホグワーツの傍に来てほしくないわ」

 

 「ブラックはポッターの後を追いかけていると思う」ドラコは熱っぽく言った。「父上も僕と同じ考えみたいで、大臣にそう助言したみたいだ。そうしたら大臣は、学校の周りに吸魂鬼(ディメンター)を配備した」

 

 「吸魂鬼(ディメンター)ってなに?」ハーマイオニーは尋ねた。

 

 「大きくて、空を飛ぶ怪物」とアストリアが答える。「人の魂を吸い出すの」

 

 「魂を吸い出す?」

 

 トレイシーが口を『0』の形に広げて、大きく息を吸い込んだ。そして虚ろな、低いうなり声を出した。「こんな感じに魂を吸い出すの」

 

 「それって、とても危険な生物じゃない」ハーマイオニーはクルックシャンクスを抱きかかえる。「どうしてホグワーツにそんなものを?」

 

 「配備することで私たちを守っているつもりなのよ。アズカバンの看守をしているのは吸魂鬼(ディメンター)だから」ダフネはため息混じりに呟いた。

 

 列車がガタゴト揺れ、ハーマイオニーは窓に目をやった。空はだんだんと灰色に移り変わっている。

 

 「ドラコ、ブラックって新聞に書かれているのと同じぐらい危ないの?」アストリアが尋ねる。「貴方のお母様は何か言っていた?」

 

 ドラコは肩をすくめる。「さぁ、どうだろう。母上は何も言わなかった。母上は長いことシリウス・ブラックと会っていないみたいだ。少なくとも20年以上」

 

 「どうしてドラコのお母さんはブラックと面識があるの?」ハーマイオニーは眉をひそめて尋ねた。

 

 「ドラコのお母様の旧姓はブラックなの」ダフネがドラコの代わりに答えた。「つまり、シリウス・ブラックは従兄弟って訳」

 

 「従兄弟?」ハーマイオニーはショックを受けた。「じゃあ、ドラコは殺人鬼の親戚って訳?」

 

 「そういう風に言えるかもしれないが、その言葉は純血の魔法族の半分にも当てはまる。ブラック家の血は至る所に流れているからね」ドラコは肩をすくめる。「それにシリウス・ブラックは、ホグワーツ在学中にブラック家から縁を得られたみたいだから、ほとんど関係のない人間だよ」

 

 ハーマイオニーは純血の魔法族のほとんどは親戚関係だという話を思い出した。しかし、その情報はハーマイオニーの気分を明るく変えたりはしなかった。

 

 「ちょっと気分転換をしたいな」とドラコが言い、笑みを見せた。「誰かウィーズリーをからかいに行かないか?」クラッブとゴイルが低い声で同意した。しかし、他は誰も反応しない。「ハーマイオニーはどうだ?」

 

 ハーマイオニーは首を振った。「探し出すのが面倒だわ。向こうから来れば参加するけど」

 

 「それは先制攻撃を譲るってことだ」ドラコは不満そうに顔をしかめると、クラッブとゴイルを引き連れてコンパートメントを出て行った。

 

 ダフネが小さく頭を振って、窓の外に目を向ける。

 

 「いきなり魔法で攻撃したりしないわよね?」ハーマイオニーは少し心配になって尋ねた。

 

 「彼らに考える力があるならね」とダフネが呟く。

 

 「ちょっと行ってくるわ」ハーマイオニーはクルックシャンクスを抱きかかえて、コンパートメントの外に出た。ハーマイオニーはすぐに3人に追いついた。ドラコはハーマイオニーに気が付くと、薄ら笑いを浮かべた。

 

 「追いかけてくるって思ってたよ」

 

 「学校に着く前に、貴方達が大きな問題を起こさない様に見張りに来たの」ハーマイオニーは顎をくいっと上げた。

 

 車窓から見える風景が霞むほどの雨が降り始めた頃、ポッター達のコンパートメントを発見した。ポッターはロナルド・ウィーズリーと一緒に座っている。ドラコはドアを乱暴に開け、中に踏み込んだ。

 

 「へえ、誰かと思えば、いかれポンチのポッターと、コソコソ君のウィーズリーじゃないか」クラッブとゴイルがフガフガと笑う。「ウィーズリー、君の父親がこの夏やっと小金を手にしたって聞いたよ。母親はショックで死ななかったかい?」

 

 ロナルドは素早く立ち上がるとドラコを睨みつけ、ポッターがそれに続いた。

 

 「お前たちは何もできないぞ」ロナルドは吐き捨てるように言うと、ハーマイオニーを睨みつけた。クルックシャンクスが暴れ、腕から逃れようとしたため、ハーマイオニーはきつく抱きしめた。「この人は新しい先生だ。馬鹿な真似はやめておけ」

 

 見ると、あちこちに継ぎのある、みすぼらしいローブを着ている男が隅で眠っていた。疲れ果てて、病んでいるように見える。ロナルドが言ったことが本当ならば、男は闇の魔術に対する防衛術の先生だろう。それは全く良い知らせではなかった。

 

 「先生?」ドラコは汚らしい男を見つめる。

 

 「出て行け、マルフォイ」ポッターが杖を引き抜いて突き出した。「お仲間を引き連れて、さっさと出て行け」

 

 「僕は警告をしに来ただけさ」ドラコが肩をすくめて言った。「逃走中の殺人鬼に気をつけろってね」

 

 「さっさと出て行け!」ロナルドの怒鳴り声を聞きながら、4人はコンパートメントを出た。

 

 自分たちのコンパートメントに戻る途中、通路にポッとランプが灯った。汽車はガタゴト揺れ、雨は激しく窓を打ち、風は唸り声を上げた。

 

 「もう学校か?」ドラコが嬉しそうに聞いた。

 

 ハーマイオニーは時計を確認して首を振る。「まだ着かないはずよ」

 

 コンパートメントの前にたどり着いたところで、汽車がますます速度を落とした。ピストンの音が弱くなり、窓を打つ雨風の音が一層激しく聞こえた。コンパートメントの扉がいくつか開き、生徒たちが顔を覗かせる。

 

 「運転手の所に行って、何事なのか聞いてくるわ」

 

 ドラコたちが中に入るのを見届けると、ハーマイオニーは運転席に向かって歩き出した。雨の滴が窓ガラスを叩き付けている。空は真っ黒な雲に覆い隠され、窓からは何も見えない。

 

 汽車がガクンと急に止まった。ドサリ、ドシンと荷物棚からトランクが落ちる音がする。そして、なんの前触れもなく明かりがいっせいに消え、辺りが急に真っ暗になった。

 

 クルックシャンクスがハーマイオニーの腕から飛び出した。「クルックシャンクス! 戻って来て!」

 

 クルックシャンクスが暗がりの中を疾走する。ハーマイオニーは慌ててその後を追いかけた。クルックシャンクスは誰もいないコンパートメントの椅子の下に逃げ込み、背中の毛を逆立てていた。

 

 「クルックシャンクス!」ハーマイオニーは抱きかかえようと、クルックシャンクスの傍にしゃがみ込んだ。

 

 その時、後ろの方で何かが動く音がした。ハーマイオニーは振り返って、ジッと通路を見つめた。いつの間にか列車の中は冷え込み、ハーマイオニーの吐息が白い煙を作った。

 

 通路で動いていたのは大きな黒い影だった。近付いてくるにつれて、それの様子は徐々に見えてくる。顔は黒い頭巾で覆われ、黒いマントから手が突き出ている。ハーマイオニーは足元に目を向けたが、そこには何もなかった。それは……浮いているのだ。

 

 ハーマイオニーはゆっくりと顔を上げた。マントの下で青い目が光っている。鋭い青い目。頬の下には深い傷があり、そこから血が滴り落ちている。それは黒い覆いの中からゆっくりと腕を伸ばしてきた。灰白色に冷たく光り、血がこびりつく腕。

 

 『グレンジャー……』

 

 ハーマイオニーは叫んだ。どこか遠くからロックハートの声が聞こえた。

 

 長い、骨ばった手がハーマイオニーに近づいてくる。ハーマイオニーは掠れた声で再び叫び、後ずさりする。ぞーっとするような冷気が肺に飛び込み、息が胸のどこかでつっかえた。寒気が体を襲い、胸と心臓が痛む。目玉が痙攣をおこし、ハーマイオニーは床の上に倒れた。骨ばった手が目と鼻の先にあった。ハーマイオニーは震えて、震えて、怯えた。得体の知れない何者かが顔を近づけてくる。ハーマイオニーの目は霞み、頭でぐわんぐわんと言う音が鳴り響く。

 

 銀色の光が廊下の向こう側から駆け抜けてくるのが見えた。黒い影は素早くコンパートメントの外に出ると、列車の外に飛び出して行く。ハーマイオニーは酸素を求めて喘いだ。恐怖は急速に薄らいでいった。ハーマイオニーは目を閉じると、深呼吸を何度もして、落ち着きを取り戻そうとした。何者かが近付いてくる気配を感じて目を開けると、汚らしい恰好の男がハーマイオニーをじっと見下ろしていた。

 

 「大丈夫かい?」

 

 「私は……私は大丈夫です」ハーマイオニーは自分の力で起き上がった。

 

 男がポケットから何かを取り出した。巨大な板チョコだ。パキッという大きな音をたてて、男は板チョコを割った。「食べるといい。気分が良くなるから」男はチョコレートの欠片を渡すと、ハーマイオニーの肩を叩いた。

 

 

 「なあ、ポッターは本当に気絶したと思うかい?」ドラコは嬉しそうに笑った。

 

 ハーマイオニーはクルックシャンクスに顔を埋めながら、「そうだとしても全然可笑しくないわよ」と呟いた。

 

 「いいや、可笑しいね。気絶したのはあいつ1人だけだ」ドラコは首を伸ばし、ポッターの姿を探していた。

 

 「馬車に乗りに行きましょ」とハーマイオニーは言った。しかし、ドラコはクラッブとゴイルを引き連れて人込みの中に消えた。

 

 「彼らのことは放っておいて、行きましょ」トレイシーがため息混じりに言った。

 

 「ねぇねぇ!」甲高い声がハーマイオニーの傍から上がった。見ると、アストリアがいる。

 

 「貴女、ここで何をしているの?」ダフネが素っ頓狂な声を出した。

 

 「私、みんなと行きたいの」

 

 ダフネは腕を組んで、眉をひそめた。「1年生は半巨人と一緒にボートに乗って学校に行く決まりなの」

 

 「でもボートには乗りたくないわ」アストリアが拗ねた声を出す。

 

 「行きなさい」ダフネはホームの向こう側で手招きして生徒を集めているハグリッドを指さした。アストリアはダフネを睨みつけると、駆け足で去っていく。

 

 ハーマイオニーたちはホグズミード駅の外の暗い道路に向かった。2年生以上の生徒を城まで連れて行く馬無しの馬車が、100台余りここで待っているのだ。ハーマイオニーは暗闇にある馬車をちらりと見て、ギョッとした。

 

 馬車はもう馬無しではなかった。馬車の(ながえ)の間に生き物がいた。馬のような見た目をしているが、爬虫類のようにも見えた。まったく肉が無く、黒い皮が骨にピッタリと張り付いて、骨の一本一本が見える。頭はドラゴンのようだ。瞳の無い目は白濁し、じっと前を見つめている。背中の隆起した部分から生えている翼は、まるで巨大コウモリの翼のようだ。じっと立ち尽くす姿は、この世の物とも思えず、不吉に見えた。

 

 「ハーマイオニー?」ダフネが不思議そうに尋ねた。「何を見ているの?」

 

 「これ、いったい何だと思う?」ハーマイオニーは気味の悪い馬を指さした。

 

 トレイシーがよく見るために馬車から身を乗り出した。「どれ?」

 

 「これよ、これ」ハーマイオニーは再び指さした。

 

 「どれよ?」

 

 「もしかして見えないの?」ハーマイオニーは口をあんぐりと開けた。「馬車を引っ張ってるものが見えないの?」

 

 ダフネは呆れた顔でハーマイオニーを見つめた。「馬車は独りでに動くのよ、ハーマイオニー」

 

 「でも、ここにちゃんといるの」ハーマイオニーはもう一度指さした。「本当に、見えないの?」

 

 「言っても無駄だ。彼女たちには見えない」とハーマイオニーの後ろで誰かが言った。振り返ると、そこにはノットがいた。ノットは馬車に近寄って、乗車した。

 

 「貴方が悪ふざけに付き合うなんて珍しいわね」とトレイシーが呟いた。

 

 「さあ、ハーマイオニー。乗ってちょうだい」ダフネが促す。

 

 ハーマイオニーは渋々馬車に乗り込んだ。「ノット、貴方には見えているの?」

 

 ノットは馬車の窓から暗い森を黙って見つめていた。

 

 「聞いてる? あの生き物は何なの?」

 

 馬車が僅かに揺れ、ガタガタと進み始めた。

 

 「セストラルだ」ノットはポツリと言った。

 

 「セストラル?」

 

 ノットは無言で頷く。

 

 「どうして他のみんなには見えていないの?」

 

 「誰もが死を見ているわけじゃないから」ノットは静かに呟いた。

 

 

 「グレンジャー!」

 

 「ポッター!」

 

 スネイプとマクゴナガルが一緒に立ち、生徒達の頭越しに、向こうの方から呼んでいた。ハーマイオニーは人混みをかき分けて先生の方へ歩いた。

 

 2人の先生は、ハーマイオニーとポッターがやって来たのを確認すると、2人を引き連れて賑やか生徒の群れから離れ、玄関ホールを横切って、大理石の階段を上がり、廊下を歩いた。事務室に着くと、マクゴナガルが2人に座るよう促した。

 

 「ルーピン先生が前もってふくろう便をくださいました。2人は汽車の中で気分が悪くなったそうですね」

 

 「正確に言えば、吸魂鬼(ディメンター)に襲われたせいで、ですが」ハーマイオニーは小さな声で修正したが、スネイプのジットリとした目を見てすぐに黙り込んだ。

 

 「ええ、そうですね」マクゴナガルは心配そうに頷いた。

 

 ドアを軽くノックする音がして、校医のマダム・ポンフリーが忙しなく入ってきた。

 

 「僕、大丈夫です。何もする必要がありません」ポッターは顔を赤くして文句を言った。

 

 「おや、また貴方ですか? さしずめ、また何か危険なことをしたのでしょう?」ポンフリーはポッターの言葉を無視すると、屈み込んでポッターを近々で見つめた。

 

 ハーマイオニーは少し過去を振り返ってみた。確かに、ポッターは医務室に運ばれることが多いように思える。

 

 「ポッピー、吸魂鬼(ディメンター)なのよ」

 

 マクゴナガルとポンフリーは目を交わして暗い表情を浮かべる。そしてポンフリーは、ポッターの体の隅々まで調べようとした。

 

 「僕、大丈夫です!」ポッターは弾けるように立ち上がった。

 

 「そうね、でも少なくともチョコレートは食べないと」ポンフリーはポッターの目を覗き込もうとしながら言った。

 

 「もう食べました。ルーピン先生がみんなにくださったんです」

 

 スネイプが急に咳払いをした。「それならば、ポッターはもう帰して良いだろう」

 

 「ええ、そうですね」ポンフリーはポッターをじっくりと見た。「体温は平常ですし、血の気もある。ポッターは大丈夫でしょう」

 

 ポンフリーがハーマイオニーの前髪をかきあげて額の熱を測った。「彼女も問題ないようですね。貴女もチョコレートを食べたのかしら?」

 

 ハーマイオニーは素早く頭を横に振った。「受け取りはしましたが、食べてはいません。みすぼらしい格好の人から受け取った食べ物を、無闇に食べてはいけないと両親に教わったので」

 

 「ミス・グレンジャー」マクゴナガルが驚いた表情でハーマイオニーを見つめた。「ルーピン先生は立派な方です。彼の着ている服装がたとえ古びているとしても、怪しむ必要はありません」

 

 ハーマイオニーはマクゴナガルを無視して、スネイプを見上げた。スネイプはハーマイオニーの視線に気がつくと、にやけていた笑みをすぐに消した。

 

 「彼女は常識に従ったにすぎん」スネイプが渋い声で呟いた。「危機的な状況下にいたことを考慮すれば、ルーピンを警戒したのはむしろ正しい判断であろう」

 

 マクゴナガルは眉をひそめ、スネイプを睨みつけた。「ポッピー、どちらも治療する必要はないのですね?」

 

 「ええ、必要ないわ。彼女にはチョコレートを食べさせた方がいいけれど」

 

 「結構。ポッター、大広間に向かいなさい。今ならまだ、組み分けの儀式に間に合うでしょう」

 

 ポッターはポンフリーと一緒に部屋を出て行った。

 

 マクゴナガルはハーマイオニーに視線を移した。「貴女が教師役を務める勉強会が開かれると聞いたのですが、それは本当ですか?」

 

 「はい。スネイプ先生に依頼されたので」ハーマイオニーはチラッとスネイプを見た。スネイプはマクゴナガルに目を向けていて、どうやら彼もマクゴナガルの話の内容を知らないように思えた。

 

 「どこで勉強会を開くつもりですか?」マクゴナガルが話を続けたため、ハーマイオニーは視線を戻した。

 

 「おそらく、スリザリンの談話室です」

 

 マゴナガルは口をへの字にした。「残念ですが、それは駄目です」

 

 「どうしてですか?」

 

 「公式に許可されたクラブや勉強会は、全寮の生徒が参加できる形式でなければならないからです」

 

 ハーマイオニーはスネイプに目を向けた。スネイプは何か言いたそうな表情で、イライラとマクゴナガルを見ている。

 

 「あの、私の勉強会は、学校の許可を必要とするものなのですか?」

 

 マゴナガルは目を細めてハーマイオニーを凝視した。「貴女の成績は非常に優秀です。去年ペアを組んでいたドラコ・マルフォイの成績が向上したのを見るに、教えることにも長けています。ですから、貴女にはスリザリン生だけでなく、他の寮の生徒にも力を貸してもらいたいのです」

 

 ハーマイオニーはマクゴナガルを睨みつけた。「私は2年前、他寮の生徒に勉強を教えようとしました。しかし、彼らは私がスリザリンである事を理由に、それを断わったんです。スリザリンが他寮に敵対的なのと同様に、他寮もスリザリンに敵対的です。それなのに、困った時だけスリザリン生に頼ってくるというのは、余りにも可笑しい話ではないですか? 誰に教えるか、誰に教えないかを決める権利は私にあります」

 

 「グレンジャー、これは強制ではありません。ただ、貴女なら聞き入れてくれると思ったから、お願いをしに来たのです」

 

 「偶然なのだが」スネイプがマクゴナガルの後ろで呟いた。「空いている教室が地下牢に1つある。グレンジャーにはそこを使わせればいい」スネイプは冷たい目でハーマイオニーをチラッと見た。

 

 「地下牢?」マゴナガルは懐疑的に尋ねた。

 

 「教室に合言葉は必要ない。誰でも入ってこれる。これで勉強会の門は大きく開かれるだろう。グレンジャーさえ納得できればの話ではあるが」スネイプは穏やかに言った。

 

 マゴナガルはしばらく考えた末に口を開いた。「確かに、それなら問題ありませんね。ミス・グレンジャー、どうです?」

 

 「私は一体、何を得られるんですか?」

 

 「すみません、もう一度言って貰えますか?」マクゴナガルが素早く瞬きする。

 

 「私はグリフィンドール生とハッフルパフ生を助けたくありません」

 

 マクゴナガルの後ろでスネイプが頭を横に振った。この条件を飲むのが必至であることをほのめかしているのだろうと、ハーマイオニーは思った。しかし、勉強を教えることを強制されるのは余りに癪だった。こんなことは教師がするべきことではない。そして、グリフィンドールの寮監であるマクゴナガルが、それを感じていないはずがないのだ。グリフィンドールは騎士道の寮なのだから。

 

 「どうして彼らに勉強を教えなくてはならないのですか?」

 

 「学友と学友が助け合うのは当然のことではありませんか?」

 

 「助け合うと言いますが、全寮に対して門が開かれるということは、勉強会の人数が増え、私が個人的に勉強する時間が削られるということを意味しています。ふくろう試験やイモリ試験には、人に勉強を教えることを評価する科目はありませんよね? 門が開かれることは私にとってデメリットでしかないです。ですから、先生の要望に従う代わりに、私の利益になるものを要求します」

 

 マゴナガルは怒っているようだった。「貴女の言いたいことは十分に理解できます。しかし私には、貴方が些細な恨みで渋っているようにも思えます」

 

 ハーマイオニーは腕を組んだ。「些細な恨み、ですか? 先生、これは当然の要求です」

 

 「ミス・グレンジャー、貴方にはがっかりしたと言わざるを得ません」マクゴナガルはゆっくりと首を振った。

 

 ハーマイオニーはすぐに言い返した。「彼らが親切にしていてくれたならば、私は喜んで勉強を教えていたでしょう。しかし、彼らはスリザリンの私を差別し続けました」

 

 「……貴方は何を要求するのですか?」

 

 ハーマイオニーはにこやかに微笑んだ。「『閲覧禁止の棚』へ入る許可を頂きたいです。有効期限なしで」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。