蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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第四章 ダイアゴン横丁

 9時をかなり過ぎても、ハーマイオニーは目を覚まさなかった。ベッドは暖かくて、柔らかくて、大きかった。ハーマイオニーが手と足を大きく広げても、まだ有り余るスペースがあった。

 

 ハーマイオニーは目を開けると、ゆっくり起き上がった。そして背筋を伸ばした。部屋にはバスルームが備えられていたが、ハーマイオニーは朝のシャワーを浴びる必要はなかった。ハーマイオニーはトランクから新しいジーンズとTシャツを取り出し、着替えると階下に向かった。

 

 ナルシッサが紅茶を飲みながら手紙を書いていた。ハーマイオニーが食堂に入ってくるのに気がつくと、彼女は笑みを浮かべた。「おはよう、ハーマイオニー。グッスリと眠れたようね」

 

 「おはようございます、ミセス・マルフォイ」ハーマイオニーは遅い朝に恥ずかしさを感じて頬を指でかいた。

 

 「そうだ、私のことはナルシッサと呼んでちょうだい。ミセス・マルフォイじゃ仰々しく感じるわ」

 

 「分かりました……ナルシッサ」

 

 「お腹は空いてるかしら?」

 

 ハーマイオニーは頷く。

 

 「ヴィリー!」ヴィリーはポンッという音を立てて何処からともなく現れた。「ハーマイオニーのための朝食を」

 

 「はい、奥様!」

 

 1分後、ヴィリーは卵、ベーコン、ジャガイモ、ソーセージ、トーストが載ったトレイと新聞を持って現れた。

 

 「ありがとう、ヴィリー」とハーマイオニーはお礼を告げる。「とても美味しそうだわ」

 

 「ミス・ハーマイオニーは、ヴィリーにとても親切です!」ヴィリーはギャーギャーと喜ぶと、小さくお辞儀して姿を消した。

 

 朝食は見た目通り、美味しかった。

 

 「貴女のご家族について話してくれない?」とナルシッサが言った。

 

 「どんなことを、知りたいですか?」ハーマイオニーは静かに聞き返した。

 

 「さぁ、何も知らないから分からないわ。兄弟はいるの?」

 

 ハーマイオニーは首を振る。「ひとりっ子です」

 

 「そう。私には2人の姉妹がいるわ。でも、2人とは長い間会えていないの」ナルシッサは悲しげに話した。

 

 「私の家族の間にはいつも緊張が走っていたわ。みんなの機嫌が良い時でさえもよ?両親や祖父母は信じられないほど誇り高くて利己的な魔法使いで、子供の頃はとても恐ろしかった。愛してはいたのだけどね」

 

 「私にはあまり家族がいません。祖父母は物心がつく前に亡くなっていましたから。数人のいとこはいますが、あまり顔を合わせないので、殆どいないに等しいです。でも、寂しいと感じたことはありません。父と母と私、3人で十分に幸せですから」

 

 「貴女はご両親を愛しているのね」ナルシッサは上品に笑い、ハーマイオニーは微笑んだ。

 

 「1、2時間後にみんなでダイアゴン横丁に行くことを考えているのだけど、貴女はどう思う?」

 

 「素晴らしい計画です、ナルシッサ」

 

 「良かった」ナルシッサは声をあげて笑う。

 

 ハーマイオニーの後で木が軋む音がした。振り返ると、ルシウスが新聞を読みながら歩いていた。新聞の一面に、もつれた長い髪に頬のこけた男が写っている。

 

 ハーマイオニーはテーブルに置かれた新聞を手に取り、男についての記事を読み始めた。男の名はシリウス・ブラック。『例のあの人』の狂信的な支持者らしい。つい最近、アズカバンから逃亡したのだとか。北海の中央にある要塞監獄を杖無しで逃亡。それは通常、あり得ないことのはずだった。どうやらブラックは、並大抵の魔法使いでは無いらしい。

 

 「あら、ルシウス」部屋に入ってきたルシウスに、ナルシッサが甘い声で声をかけた。「この手紙を送ってきてもらっても良いかしら?」

 

 ルシウスは立ち止まると、手を伸ばした。ナルシッサはまだ手紙を書いていて、5秒ほどたってから手紙を渡した。

 

 「もう彼女には話をしたのか?」ルシウスはそう尋ねると、ハーマイオニーをチラッと見た。

 

 「はい? ああ、そうそう。ハーマイオニー、今夜お客様を招待して小さなパーティーを開くの。グリーングラス家とノット家……セオドールやダフネのことは知っているわよね?」

 

 「はい」とハーマイオニーは頷く。

 

 「格式高いパーティーだ」ルシウスはハーマイオニーの服を見つめた。「きちんとしたドレスを着て頂きたいものだね」

 

 ハーマイオニーは赤くなって、自分のジーンズを見下ろした。おそらく、彼らは立食パーティーを開くのだろう。

 

 「ハーマイオニーにはパーティーに相応しいドレスを用意するわ」ナルシッサが不機嫌な口調で言った。「私たちはこれからダイアゴン横丁に行くの。その間に、貴方は女性を馬鹿にしたことを反省しておいてちょうだい」

 

 ルシウスはブツブツと呟くと、食堂から出て行った。

 

 「ヴィリー! ハーマイオニーは食事を終えたわよ!」ヴィリーはすぐに現れ、世話しなく皿を片付けた。

 

 「ドラコを呼んできてもらえないかしら。グラウンドで箒に乗っていると思うわ」

 

 「分かりました」頷いたハーマイオニーは立ち上がって、それから動きを止めた。「あの、そこは何処にあるんですか?」

 

 「家の裏手にあるわ。行けば絶対に分かるから、心配しないで」

 

 ハーマイオニーは陽がさんさんと降り注ぐ外へ出た。陽の強さの割に、暖かくはなかった。微風が吹き、ハーマイオニーの皮膚を心地よく撫でる。

 

 グラウンドの場所はすぐにわかった。屋敷の裏手には、先端に輪が付いている15メートルほどの柱が6本立っている。ハーマイオニーは学校のクィディッチ競技場に一度も足を運んだことがなかったため、サッカーグラウンドのような場所に柱だけが立っているのが印象的に思えた。

 

 ローブが風になびく音が聞こえ、上を見上げると、ドラコが柱の輪の周りを飛び回っていた。ドラコが地上で手を振るハーマイオニーに気がついたのは、それから1分後のことだった。

 

 「ダフネとノットが今夜来るらしいわ」

 

 ドラコは頷く。「父上から聞いた。ダフネの妹も一緒みたいだ。彼女は今年ホグワーツに入学らしい」

 

 「1人でさえ厄介なのに、ダフネが2人に増えたらどうなるのかしら」

 

 「スリザリンが2つに分裂するか、一致団結するかの2択だろうな」ドラコは面白そうに笑った。

 

 

 ドラコは空を一緒に飛ぶことを提案してきたが、ハーマイオニーはキッパリと断った。しばらくして2人は、ダイアゴン横丁に行く準備をするために屋敷に戻った。

 

 ハーマイオニーは書籍を入れるためのカバンと、テリーが渡してくれた小切手を取りに行くために自分の部屋に向かい、ドラコはクィディッチのローブと箒を片付けるために自分の部屋に向かった。

 

 ハーマイオニーは封筒を開けて小切手を取り出すと、裏返して金額を確認した。小切手には、学用品や文房具費を上回る金額が書かれている。封筒を覗くと、一枚のメモ用紙が入っていた。

 

 『少し早いけど、お誕生日おめでとう。自分の役に立つものを買いなさい。パパとママより』

 

 ハーマイオニーは微笑まずにはいられなかった。ハーマイオニーは心の中でお礼の言葉を呟くと、ポケットに小切手を慎重に隠した。そして最後に杖を持っていることを確認すると、階下に向かった。

 

 扉を開けて食堂から出てきたナルシッサは、ハーマイオニーを見かけると微笑んだ。「準備は出来たかしら?」ハーマイオニーが頷くと、「ドラコ?」とナルシッサは声を大きくした。しばらくして、ドラコが階段を下りてやってきた。ナルシッサはドラコに準備が出来たか確認すると、暖炉へと向かった。

 

 3人はマルフォイ家の暖炉を使って漏れ鍋にやってきた。

 

 「最初はグリンゴッツね」

 

 ナルシッサはそう呟くと、パブの小さな中庭へと向かい、ダイアゴン横丁に続くアーチの門を開いた。ナルシッサは曲がりくねった路地をずんずんと歩いて行き、高くそびえる白いグリンゴッツの建物へと向かった。

 

 ナルシッサとドラコが小さな扉から建物の奥へと進むのを見送ると、ハーマイオニーは年老いた小鬼が座るカウンターへと歩み寄った。小鬼は日刊預言者新聞を読んでいる。

 

 「すみません」とハーマイオニーは出来る限り礼儀正しい口調で声をかけた。「その、両替をお願いしたいのですが」

 

 小鬼はブツブツと何やら呟くと、シワだらけの腕を伸ばした。ハーマイオニーが小切手を手渡すと、小鬼はカウンターの下へと姿を消した。口笛のような音と、何かを叩く音がする。数秒後、小鬼は茶色のリンネルの袋をどかっとカウンターに置いた。袋はギッシリと膨らんでいる。

 

 「49ガリオン、3シックル、5クヌート」

 

 「ありがとう」ハーマイオニーはお金の入った袋を手に取ると、素早くカウンターから離れようとした。が、ちょうど扉からナルシッサとドラコが出てきたため、ゆっくりとした歩みで2人の元へ戻った。

 

 「ここにいたのね、ハーマイオニー。何も言わずに消えてはダメよ?」ナルシッサが軽く窘める。

 

 「マグルの通貨から両替しなくちゃいけなくて」ハーマイオニーは肩をすくめる。「そこのカウンターにいたんです」

 

 「うーん?」ナルシッサは暇そうに貨幣を弄る年老いた小鬼をチラッと見た。「風変わりで面白いわね」

 

 3人が次に向かったのは、フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店だった。その店には本屋特有の独特な匂いが漂っていて、ハーマイオニーは幸せな気分になった。

 

 しばらくして従業員が急いで寄ってきた。「ホグワーツ? 新しい教科書を?」

 

 ハーマイオニーとドラコが頷くと、男は分厚い手袋をはめ、太いゴツゴツとした杖を取り出し、大きな鉄の檻に近寄った。檻の中には『怪物的な怪物の本』というタイトルの本が100冊ほど入っている。本同士は取っ組み合って、嚙みつきあって、ページがそこら中に飛び交っている。

 

 男は息を吐くと、檻を開け、素早く腕をつっこみ、ベルトの閉まっている比較的綺麗な本を取り出した。男は本を差し出し、ドラコは恐る恐る受け取った。

 

 男が緊張した顔つきで再び息を吐いたため、ハーマイオニーは慌てて口を出した。「私の分は必要ないです。こんな野蛮な本、要らないですから」

 

 「ひゃー」男は満面の笑みで肩を下ろす。「素晴らしい判断に感謝するよ、お嬢さん」

 

 ハーマイオニーとドラコは本のリストを見ながら、店の中を回った。呪文学、変身術など、ほとんどの教科で新しい教科書が必要だった。魔法薬学に関しては、スネイプが自分でメモすることを推奨していたため、新しい本はあまり必要なかったが。

 

 ハーマイオニーが数占いの教科書を手に取っていると、ドラコが古代ルーン文字の教科書を2つ持って現れた。2人は代金を払い終えると、ナルシッサの元へ向かった。

 

 ナルシッサは1冊の本を手に取って読んでいた。

 

 「ああ、終わったのね。ねぇ、ドラコ。これ、あなたが赤ちゃんだった時に読んだビードルの物語よ」

 

 ナルシッサの持つ本は大きく、絵本のように見えた。「思い出したわ。私、3人兄弟の物語をずっと読み聞かせてたの」

 

 「3人兄弟?」ハーマイオニーは尋ねた。

 

 「ただの童話だよ」ドラコは肩をすくめる。「ある日、3人の兄弟は『死』と出会った。そして『死』はそれぞれに贈り物を与えた。兄弟は全員、死から逃れようとする。でも、結局彼らは全員死ぬことになった、って感じのね」

 

 ハーマイオニーは顔をしかめた。「幼児向けではないわね」

 

 「そうね」とナルシッサが笑った。「でも、この本が教育的に良いと思っていたから、読み聞かせていたの。悲惨な結末を迎えないために、ドラコにはあまり多くのことを求めて欲しくなかったから」

 

 ドラコは神妙な顔で頷いた。「僕はファイアボルトさえ手に入れば、もう何も求めないよ」

 

 「三男ならそれも求めないわ」ナルシッサはパタンと本を閉じた「まったく……。次の店に行く準備は出来てる?」

 

 ナルシッサは書店を出ると、二手に別れることを提案した。ナルシッサはドラコに2、3ガリオンを与えると他の学用品を買いに行かせ、ハーマイオニーと一緒にマダム・マルキンの店に向かった。

 

 「あら、ホグワーツ生ね。新しいローブかしら?」マダム・マルキンが尋ねた。「寸法を測り直します? それとも以前のままで?」

 

 「以前ので」とハーマイオニーは答える。

 

 「分かりました。お名前を教えて貰えます? それで測った寸法を調べられるので」

 

 「彼女の寸法を測り直してちょうだい。彼女には新しい制服を用意するべきだと思うの」ハーマイオニーの後ろからナルシッサが言った。

 

 ハーマイオニーが振り返ると、ナルシッサは小さく微笑みかけた。「彼女は11歳の頃から大きく成長したはずよ。ハーマイオニーはもう、立派なレディーだわ」ハーマイオニーは頬が紅く染まるのを感じた。

 

 マダム・マルキンは何やら言いたげな様子だったが、結局何も言わなかった。「踏み台の上に立ってもらえるかしら?」

 

 ハーマイオニーは踏み台に上がり、マダム・マルキンが寸法する間、黙って立っていた。椅子に座ったナルシッサは、考え込んだ表情でハーマイオニーを見ている。ハーマイオニーは何だが自分が展示されているような気分になった。

 

 「ローブは30分ほどで仕上がるわ」マダム・マルキンはメジャーをしまうと、ハーマイオニーに言った。

 

 「新しい制服も作ってもらえますか?」とハーマイオニーは尋ねた。

 

 「もちろん。寮は?」

 

 「スリザリン」ハーマイオニーは踏み台から下りながら答えた。

 

 「仕上がるのを待つ間、私達はここにいるわ」とナルシッサが言った。マダム・マルキンはブツブツと呟くだけで、返事を返さなかった。

 

 「ハーマイオニー、ここに来てもらえるかしら?」

 

 近づくと、ナルシッサは椅子にハーマイオニーを座らせ、鏡と向き合わせた。

 

 「私、貴女の髪が大好きだわ」ナルシッサはそう言うと、指をハーマイオニーの黒い髪に滑り込ませた。

 

 「私、昔から娘が欲しかったの。ハーマイオニー、貴女が良ければだけど、髪を結わせてもらっても良いかしら?」

 

 「はい」とハーマイオニーは頷いた。「もちろんです。喜んで」

 

 ナルシッサは柔らかく微笑んだ。「今でも時々、そう思うの。でも、ルシウスが頑固でね。彼はドラコ1人で満足しているから。もちろん、私もドラコを世界で一番愛しているわよ? でも、それとこれは別のこと……」

 

 ハーマイオニーはナルシッサが自分の髪にクシを通すのを鏡で見ていた。クシは2、3回髪を持ち上げると、穂先まで柔らかく流れた。髪はマッサージのように頭皮を気持ちよく引っ張る。ハーマイオニーは小さく笑みを浮かべると、そっと目を閉じた。

 

 ナルシッサがハーマイオニーの髪を手に取りながら話した。「本当に貴女の髪が大好きなの。この髪は私の姉たちを思い出させてくれるから。姉たちは私より2、3年年上だった。彼女たちと完璧に仲が良かったわけではないけれど、私は2人が好きだったし、2人の美しい髪に憧れていた」

 

 ナルシッサはクシを置くと、ブラシをかけ始めた。「それで、ハーマイオニー。もう、男の子にアプローチはかけられた?」

 

 ハーマイオニーは目を開けて疑い深くナルシッサを見たが、彼女からは本物の好奇心しか伝わってこなかった。「えっと、それは……恋愛という意味なら、あの……まだ、ないです」

 

 「そうよね」ナルシッサは鼻歌を歌って、ハーマイオニーの髪を三つ編みにし始めた。「まだ13歳だもの。男の子たちが貴女の魅力を意識し始めるのは2、3年後かしら」

 

 「私には魅力は、その……ないと思います」とハーマイオニーは赤い頬で呟いた。「男の子たちはパンジーとかラベンダーみたいな子に夢中になると……」

 

 「そんなことないわ。貴女はとても可愛いもの。すぐに男の子は貴女に夢中になるわ。今でも、他の女の子よりもずっと魅力的なんだから」

 

ハーマイオニーは曖昧に肩を竦めた。ナルシッサの言葉は嬉しかったが、どう反応したらいいか分からなかった。

 

 「私、貴女が良い人と結ばれるって確信出来るもの。少し時間がかかるかもしれないけど、運命の相手は必ず貴女の前に現れるわ。それも突然ね。男の子は急に成熟するものだから。

 実際、ルシウスもそうだったわ。告白してきたのは、彼が卒業間近の時だった。そして卒業と同時に、これをくれたの」

 

 ナルシッサはハーマイオニーの肩越しに腕を伸ばして、凝った指輪を見せた。目が赤いルビーでできた銀の蛇が、大きなエメラルドの宝石に絡みついている。少し恐ろし気であったが、美しい指輪だった。

 

 「これはマルフォイ家の家宝なの。2つで対になっていて、ルシウスもつけているわ。

 ルシウスの指輪には私の指輪が何処にあるか分かるの。だからルシウスは、いつも私の居場所が分かってる。ハーマイオニー、どうしてルシウスがこの指輪を私にくれたと思う?」

 

 「えーと、ナルシッサに浮気させないため?」

 

 ナルシッサは笑った。「私は浮気なんてしないわよ。彼は私を孤独にしたくなかったの。私が彼を求めれば、彼はいつも私のところに来てくれた。この指輪は私達の愛をさらに深めてくれたわ」

 

 ハーマイオニーの肩の前に、シンプルに編まれた三つ編みが現れた。「気に入ってくれるかしら?」とナルシッサが尋ねた。ハーマイオニーは耳の後ろ側から流れる三つ編みにそっと触れた。それはとても美しく、触っただけで粉々になるのではないかと思えた。これまでに誰も、ハーマイオニーのために三つ編みを編んでくれる人はいなかった。ハーマイオニーは決してそれを壊したくなかった。

 

 「これ、凄く好きです」

 

 

 2人は、ドラコがアイスクリーム店前のテーブルに座っているのを見つけた。テーブルの上には学用品の入った袋が置かれ、ドラコの手にはアイスクリームが握られていた。

 

 「待ちくたびれたよ」とドラコがコーンを齧りながら言った。

 

 「貴方、自分だけアイスを食べていたの?」ナルシッサは頭を横に振る。

 

 ドラコはナルシッサを睨みつけた。「母上たちの分も買っておけば良かったと? いつ来るかも分からなかったのに? そんなことをしてたら、今頃アイスクリームは溶けていましたよ?」

 

 ナルシッサはテーブルにバッグを置いた。「バッグに荷物を詰め込んで置いて。私は少し用事を片付けてくるわ。2、30分程で戻ってきます。その間、トラブルに巻き込まれないようにすること」

 

 ナルシッサがズカズカと歩いていくのを、ドラコは口を尖らせて見ていた。

 

 「それ」とハーマイオニーはアイスクリームを指差した。そして、ドラコの手からアイスクリームを取り上げた。

 

 「邪魔になるでしょうから頂くわ」ハーマイオニーは笑顔を浮かべて、残りのアイスクリームを食べ始めた。

 

 「こんなの理不尽だと思わないか?」ドラコは不満げに呟くと、バッグよりも大きい荷物をバッグに押し込んだ。バッグは荷物の体積を無視して、容易に荷物を取り込む。もちろん、魔法だ。しかし、それでもその光景は驚きであった。

 

 「そうだ、フクロウにしよう」ハーマイオニーは石畳の道を歩く人々を見ながら呟いた。

 

 「フクロウ?」

 

 「そう、フクロウ。両親が少し早めの誕生日プレゼントとして、余分にお金を渡してくれたの。それで、フクロウが良いかなって思って」

 

 「それなら、僕は箒の方が良いと思うね」ドラコは後ろにそって、頭の後ろで腕を組んだ。

 

 「両親は私の役に立つものにお金を使いなさいって言ったの。それじゃ、フクロウを見に行ってくる」

 

 少し歩いたところに『魔法動物ペットショップ』という店があった。店の中は騒がしくて、臭くて、あまり良いところではなかった。壁いっぱいに置かれたゲージには、不思議な動物が色々入っている。しかし、肝心のフクロウに関しては、あまりいなかった。

 

 「フクロウ専門の店が通りの向こう側にある。そっちのほうがいいぞ」と店の中に入ってきたドラコが気取った態度で言った。そして、クチバシの鋭いフクロウが入っている籠に指を突き出した。フクロウが首を軽く回して噛み付こうとすると、ドラコはすぐに指を引っこ抜いた。そして意地悪な笑みを浮かべてフクロウを見つめた。

 

 「確かに、そっちの方がいいかも」

 

 2人が店から出ようとしたとき、カウンターの方から悲鳴が上がった。そちらを見ると、オレンジ色の大きな猫が、ロナルド・ウィーズリーの頭に乗っていた。猫はシャーシャーと鋭い声を上げると、店員に飛びかかった。店員の手から茶色の生き物が飛び出し、床に落ちる。それは汚いネズミだった。ネズミは出口めがけて遁走する。

 

 「スキャバーズ!」

 

 ウィーズリーが叫びながらネズミのあとを追って店を飛び出していく。ポッターはハーマイオニーとドラコを一瞥すると、その後を追いかけて行った。

 

 店員の魔女が床にいる猫を捕まえようとしていたが、猫は素早くその手から逃れていた。猫は余裕そうに歩くと、店の出口の方へやってきた。ハーマイオニーは猫を抱き上げると、じっと顔を見つめた。

 

 ずいぶんと変わった猫だった。赤みがかったオレンジ色の毛がたっぷりとしてフワフワで、つぶれた顔は気難しそうで、ライオンのようだった。魔女がやって来てハーマイオニーの腕から猫を受け取ろうとした。しかし、猫はシャーと威嚇の音を出して、魔女の手を爪で引っ掻いた。

 

 「捕まえてくれてありがとう。クルックシャンクスは少しムラっ気があってね。多分、お客さんが自分のことを欲しがっていないと気がつくと、この子は機嫌が悪くなるんだと思うの」

 

 「こいつを欲しがらないなんて不思議で仕方がないよ。さっきみたいにウィーズリーを襲ってくれるなら、こいつはどんなものよりも価値がある」ドラコはニヤけながら笑った。

 

 ハーマイオニーは笑顔を浮かべてクルックシャンクスの柔らかい毛皮を撫でた。クルックシャンクスはどうやらオスのようだ。

 

 「もしかしてだけど……」と魔女は呟いた。そして再びクルックシャンクスに手を伸ばし、引っ掻かれそうになって慌てて手を引っ込めた。「この子を欲しがってたりするのかしら?」

 

 「ええ、もちろん」ハーマイオニーは感慨を込めて頷き、クルックシャンクスを抱き直した。

 

 ドラコが鼻で笑った。「猫が手紙を配達出来ないって知ってるよな?」

 

 「学校がフクロウを飼っているし、それはもういいの」ハーマイオニーは魔女に尋ねた。「幾らかしら?」

 

 魔女はキョトンとした顔でハーマイオニーを見つめた。「—いくら?」なにやら衝撃を受けているようだった。「この子のためにお金を?」

 

 ハーマイオニーは頷いた。

 

 「えーと、そうねー……10ガリオンが適切な値段だと思うわ」

 

 「5ガリオンなら払うわ」ハーマイオニーは甘い笑みを浮かべた。

 

 魔女は眉を顰める。「9ガリオン」

 

 「5ガリオン。それ以上の値段なら、別の店に行って他のペットを購入するわ」ハーマイオニーは魔女にクルックシャンクスを差し出した。クルックシャンクスは威嚇し、魔女は一歩後ろに下がる。

 

 「分かった。5ガリオンでいいわ」魔女は早口で言った。

 

 「納得してもらえたようで良かったわ」ハーマイオニーは袋を取り出すと、魔女の手に金貨を5枚置いた。

 

 「さあ、クルックシャンクス。あなたは今から、私の新しい家族よ」赤茶色の猫は満足そうに喉を鳴らし、太いふわふわの尻尾でハーマイオニーの腕をペチペチと叩いた。

 

 アイスクリーム店の前に戻る途中、2人は、ウィーズリーとポッターがゴミ箱の下からネズミを引き抜いているのを発見した。

 

 「ドラコ、彼らは一体何をしていると思う?」とハーマイオニーは穏やかな声で喋った。「その……ゴミを漁っているように見えるんだけど」

 

 「昼食でも探しているんだろうな」ドラコはワザとらしく大きな声で笑った。

 

 ウィーズリーがクルリと向きを変えて此方を見た。顔と耳は髪の毛と同じぐらい赤かった。ウィーズリーはポケットに手を入れると素早く杖を取り出した。去年見たときとは違い、杖はテープで固定されていなかった。ウィーズリーは新品の杖をハーマイオニーに向ける。

 

 ハーマイオニーは僅かに鼓動を早めたが、杖を向けているのがウィーズリーであることを思い出すと、すぐに冷静になった。ウィーズリーが強力な呪文を唱えられるとは思えないし、唱えて困るのはウィーズリーの方だった。

 

 「君は――君は――」ウィーズリーが少し混乱した様子でまくし立てた。「あの怪物を買ったのか?」

 

 「何、クルックシャンクスのこと?」ハーマイオニーは得意になって、前後に猫を揺すった。「この子可愛いでしょう? しかもハンサム。こんなに独特なオレンジ色の猫は他にいないわ」

 

 「そいつを僕に近づけるな! そいつ、僕の頭の皮を剥ぐところだったんだぞ!」ウィーズリーは叫び、震えるネズミを握って後ろに下がった。

 

 「最善の努力をするわ」

 

 「それから、絶対にスキャバーズに近づけるな!」

 

 「それはこっちのセリフよ。その害獣をクルックシャンクスに近づけないでちょうだい。汚い毛が喉に突っ掛かりでもして、窒息したらどうしてくれるのよ」

 

 クルックシャンクスはスキャバーズを睨むと、食い付くように大きく口を開けた。

 


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