蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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3巻の時点で13歳という驚き。映画の影響で高校生ぐらいのイメージがある。


アズカバンの囚人
第一章 悪夢


 埃が口に入り、ジャリジャリとした嫌な感触が口の中に広がる。呼吸は困難で、息苦しい。ハーマイオニーは湿った壁に手を置いて、淡い光を放つ杖を前方に向ける。その時、暖かくてヌルリとした感触が左腕を伝った。ハーマイオニーは自分の手に杖を向ける。赤い、粘着質の血が、腕にベッタリとくっついている。

 

 視線が揺れて、手足が思うように動かせない。ハーマイオニーは荒い息を吐きながら、杖を高々と掲げた。闇。辺りは闇に包まれている。そして、後ろから何か恐ろしいものが迫る気配がする。

 

 逃げるためには前に進むしかないように思えた。闇の中にしか逃げ場がないように思えた。走り出そうと壁に手をついた時、まぶたの上から何かが垂れてきた。ハーマイオニーは手の甲でそれを拭う。そして青み帯びた光を傾けて、自分の手を見た。真っ赤。肌の色が分からないほど、血がこびり付いている。

 

 背後で岩が転がる音が響いた。ハーマイオニーは振り返って、杖で辺りを照らす。しかし、何もない。

 

 『ドクッ、ドクッ』

 

 呼吸は不安定で、短くなっていた。柔らかい音が洞窟で響く。布が岩を擦る音。音はハーマイオニーの元へ近づいている。

 

 ハーマイオニーはゆっくりと後ずさりし、背後に杖を向けた。黒い岩が光で僅かに照らされる。道は遮断されていた。大きな岩が高々と積まれている。

 

 ハーマイオニーは魔法を唱えた。岩は砕け、壁が崩れ去る。

 

 そして崩れる音が消えた瞬間、洞窟に沈黙が訪れた。

 

 ハーマイオニーは杖を足元へ向けた。白いソックスが黒い血で染まっている。

 

 何かが暗闇で動いた。

 

 ハーマイオニーは素早く杖を暗闇に向ける。杖を懸命に遠くに向け、もうひとつの手を後ろに向けると、ハーマイオニーはゆっくりと腰を下ろした。

 

 『ドクッ、ドクッ』

 

 心臓は爆発しそうなほど高まっていた。

 

 何かがいた。

 

 ハーマイオニーの前に。

 

 何かがいた。

 

 そして、それは姿を現した。

 

 黒焦げの皮に血まみれの手が足首を握りしめる。ハーマイオニーは叫んだ。足を大きく前後に揺らすが手は離れない。ハーマイオニーは魔法を唱えるために杖を向けるが、呪文が何も思い浮かばず、口をパクパクさせた。そして次第に舌も動かなくなった。

 

 黒焦げのロックハートがハーマイオニーを見ていた。金色の髪は燻り、剥き出しの歯から唾液のような血が垂れている。ロックハートの目は怒りに満ち溢れ、瞳の中には恐怖で震えるハーマイオニーの姿が映っている。

 

 ロックハートはひび割れた唇を舌で舐めると、病的で、耳障りな声を出した。

 

 『グレンジャー……』

 

 ハーマイオニーは目を開けた。シーツと髪が汗で身体にベッタリとくっつき、呼吸は荒かった。ハーマイオニーはベッドから飛び出すと、枕から杖を引っ手繰り、左手で胸を抑えながら部屋を見回した。

 

 淡い光がカーテンの隙間から部屋を照らしている。学校のトランクが床の上で開いた状態で置かれている。書籍や新聞の山が机の上に散らかっている。

 

 ハーマイオニーは胸から左手を離し、手のひらを見下ろした。血は付いていない。

 

 ハーマイオニーの心臓はまだ高鳴り、肺は酸素を求めていた。ハーマイオニーは椅子を引くと、座り込んだ。Tシャツは汗でくっつき、冷えた汗が身体を冷やす。机の上の時計に目を向けると、時刻は午前5時58分。

 

 ハーマイオニーは立ち上がると、腕を大きく広げてベッドに倒れこんだ。気持ちを静めた時、時刻は6時5分になっていた。ハーマイオニーは起き上がると、テーブルの上にあるきちんと折り畳まれた羊皮紙を手に取った。

 

 全てが大丈夫になるはずよ、とハーマイオニーは自分に言い聞かせた。ハーマイオニーはドラコから招待状を受け取っていた。魔法の世界への招待状。魔法の世界に戻れば全てが大丈夫になるはずだった。

 

 

 『親愛なるハーマイオニーへ

 

 父上と母上は屋敷に君を招待することに同意してくれた。2人は日付を確認するために君の両親に手紙を送る予定だ。だけど、2人はかなり忙しいようだから、手紙が届くのが少し遅れてしまうかもしれない。

 

 父上はかなり礼儀作法にうるさい人で、屋敷にはきちんとした服装で来て欲しいらしい。だけど、それはあくまでポーズだから、あまり心配しなくていい。父上は初対面の人を見測るのが好きなんだ。スネイプと同じような感じで接すれば良いだろう。

 

 母上は君と会うことをかなり楽しみにしているようだ。母上がダイアゴン横丁を案内したがっているから、良かったら一緒に行こう。きっと、買い物の楽しさを更に知ることが出来ると思う。

 

 ドラコより』

 

 これは夏の間に初めてドラコから届いた手紙だ。ドラコの父親、ルシウス・マルフォイは純血主義で有名な人物だ。自分の屋敷にマグル生まれの魔女を招待することを良くは思わなかっただろう。しかし、手紙を読む限り、ドラコは両親を説得したようにだった。

 

 ハーマイオニーはすぐに返事を返した。マルフォイのふくろうがきちんと飛び立っているか、数秒ごとに確認もした。

 

 『親愛なるドラコへ

 

 とっても嬉しいわ! 私の両親は気難しいけど、必ず説得してみせる。ダイアゴン横丁にはもちろんご一緒させて頂くわ。お母様には楽しみにしてますとお伝えしておいて。

 

 夏休みは魔法が使えなくて退屈なの。魔法界に戻る日が待ちきれないわ。あなたと会えることを楽しみに待ってます。

 

 ハーマイオニーより』

 

 返事を返したのは3日、4日前だった。しかし、マルフォイからの手紙は返ってこず、ハーマイオニーは少し心配になっていた。彼らは考えを変えたのか、と。

 

 つーんとした匂いが鼻をついた。ハーマイオニーは顔をしかめると、慎重な歩みで洗面所へと移動した。スイッチを押して明かりをつけると、ハーマイオニーは辺りを見回した。

 

 洗面所を一言で表すとすれば、白かった。配管も、木のキャビネットも、壁も、すべてが白。ハーマイオニーの母は清潔感のある色を好んだ。魔法を唱えることが許されていれば、おそらくハーマイオニーはそれらすべてをピンク色に変えていただろう。

 

 ハーマイオニーは扉を閉じて、シンクと部屋のすべての隅を凝視した。満足すると、ハーマイオニーは杖を棚に置いた。シャワーを出すためにノブを回す。床にマットを置いて、しばらく待つと、水の中に手を入れた。そして、水が熱くなるのを待った。

 

 半分後に、ハーマイオニーは湿って冷たくなった服をすべて脱いだ。キャビネットの上の籠に服を放り込むと、衝撃で小さく籠が揺れた。温かいシャワーに入ると、気分はすぐに良くなった。

 

 水が頭から降り注ぐ中、ハーマイオニーは何も考えずに立っていた。汚れは水と共に流れ落ち、蒸気のつくる薄い雲は、柔らかく、慰めるようにハーマイオニーを包んでいた。

 

 

 ハーマイオニーがキッチンに入った時、彼女の両親はテーブルについてコーヒーを飲んでいた。ハーマイオニーがどんなに早く起きたとしても、2人はいつもそれよりも早く目を覚ましていた。ハーマイオニーはトースターの中にパンを入れると、1杯の水を飲んだ。

 

 「フクロウが窓の傍にいたの」とヘンリーが言った。

 

 白と灰色の斑点をつけたふくろうが、窓の下枠から顔を覗かせてホーホーと鳴いた。テーブルには3つに折られた手紙がある。手紙の隣の封筒に書かれている宛名は、グレンジャー夫妻だ。

 

 「本当に知的なのね」とシンクから水を汲みながらハーマイオニーは言った。「数日前に手紙を受けとったけど、その時は私の窓から届けてくれたわ」

 

 テリーは眉をひそめる。「この……ナルシッサ・マルフォイを知ってるのか?」

 

 「ドラコの母親だと思うわ」ハーマイオニーはコップを口元に運んだ。

 

 ヘンリーが肩をすくめた。「ドラコって?」

 

 「私の友達よ。彼について話したわよね?」それから間を置くと、声をひそめて「名前は言ってないかも」と付け加えた。

 

 「マルフォイ夫妻は、自分たちを歴史ある魔法使いの家族だと手紙に書いている。それからハーマイオニーを幾日か屋敷に招待したいと」

 

 「ええ、知ってるわ」

 

 「ママと僕は、それに納得しているわけじゃない」

 

 「一体何に納得してないの? パパとママは外に出なさいって常々言ってるじゃない。外に出て欲しいの? それとも家に閉じこもって欲しいの?」

 

 「それとこれとは話が全然違うだろ」パンが焼ける音が鳴る。「男の子の家に数日も泊まるのが問題なんだ……。それも1人で……」

 

 「家にはドラコの両親もいるでしょ」パンにバターを塗りながらハーマイオニーは鼻で笑った。

 

 「だが、それは僕たちには確かめようがない」

 

 「本当に心配性ね」ハーマイオニーはパンをかじりながら、挑戦的に2人をじっと見つめた。「なんなら、ドラコの両親と会えるように頼めばいいじゃない」

 

 ヘンリーとテリーが顔を見合わせる。「それなら許可できるかもしれない」と、テリーはしばらくして言った。

 

 「なら、マルフォイ夫妻に手紙を書いてふくろうに渡して。ふくろうはどこに届ければいいか分かっているから」

 

 ハーマイオニーは食べかけのパンを持って2階へと上がった。テリーはすぐに手紙を書くだろう。しかし、ルシウス・マルフォイが2人と会うとは思えなかった。普通、純血主義の人間がマグルと会おうとは考えないだろう。

 

 つまり、ハーマイオニーは別の方法で2人を説得しなければならなかった。しかし、ハーマイオニーは2人が納得しようがしまいが、トランクに服を詰め込んで、ドラコの屋敷に行くつもりだった。

 

 

 フランス旅行はハーマイオニーにとって悪夢だった。寝ても覚めても悪夢だった。

 

 フランスはとても素晴らしい国だった。トレイシーの言っていたことは正しかったのだ。エッフェル塔、ヴェルサイユ宮殿、パリ……どれも素晴らしかった。田舎には城がたくさんあり、ブドウ園、小麦畑が広がっていた。ホグワーツほど大きくはなかったし、手入れはされていなかったが、城は十分に魅力的な場所だった。そして、ツール・ド・フランスを見ることもできた。

 

 本当にフランスは素晴らしい国だった。しかし、フランス旅行は悪夢だった。具体的にはハーマイオニーの両親が悪夢だった。

 

 ハーマイオニーは自然に振る舞い、学校にいるときと同じように過ごしていたが、両親にはそれが不評のようだった。

 

 2人は『現実の世界』を離れていた分を取り戻そうと、ハーマイオニーをマグルの文化に何かと関わらせようとした。しかし、ハーマイオニーが素直にそれに従うことは無かったので、3人の間には常に険悪な雰囲気が流れていた。ハーマイオニーは通訳としてテリーを必要せずにすむように、旅の途中でフランス語の幾つかの文法のルールと単語を覚えた。

 

 3人はフランス旅行を目的としていたが、実際に多くの時間を過ごしたのはベルギーだった。ブルッヘの町で、ハーマイオニーは若い魔法使いたちの一団が夏を楽しんでいるのを発見し、イギリスとフランスの教育制度(全員ボーバトン生だった)の違いについて情報交換した。そしてその後、ハーマイオニーはその一団と夜遅くまで街を歩いた。

 

 テリーとヘンリーによると、それがハーマイオニーの最初の過ちだった。

 

 ハーマイオニーは2人にこっ酷く叱られたが、決して反省しようとは思わなかった。両親から退屈な話を聞かされて、一々叱られながら旅行するよりもそっちの方が楽しめると思ったのだ。

 

 次の事件はパリで起こった。両親が目を離さず後を追ってきていても、ハーマイオニーはフランスの魔法省を探し求めたのだ。省を見つけることに成功するまで、2人はハーマイオニーの後を追ってパリ中を歩き回った。

 

 テリーとヘンリーによると、それがハーマイオニーの2つ目の過ちだった。

 

 

 最後の事件はピレネー山脈で起こった。身勝手な行動をするハーマイオニーへの処罰は、山の上を自転車で走ることに決まった。本物の山だ。標高数千メートルの山だ。そこを自転車で走るのだ。ハーマイオニーは自分の親が初めて馬鹿に思えた。

 

 ハーマイオニーは山を走る気になどなれず、途中の道路で道を曲がると、ボーバトン校の城を見つけようと自転車を飛ばした。2人はすぐに後を追ってきて、戻るようにハーマイオニーを説得したが、ハーマイオニーは断固拒否した。結局ハーマイオニーが疲れて道を戻り始めた頃には、2時間ほどの時間が過ぎていた。

 

 そして、その日がテリーとヘンリーの休暇の終わりだった。2人はハーマイオニーの襟首を掴んで帰路についた。その間、2人はハーマイオニーから杖を取り上げようとしたが、ハーマイオニーの猛抗議の際に、電車の車両がぐらついて、明りがチカチカと消灯すると、とうとう取り上げるのを諦めた。

 

 フランス旅行は滅茶苦茶で終わった。

 

 旅行から帰ると、2人は仕事に追われた。ハーマイオニーは扉にバリケードを築いて、自分の部屋に閉じこもった。バリケードの一部はホグワーツの本だったが、ほとんどはマグルの科学本や歴史書で築き上げられていた。

 

 テリーとヘンリーは外出することを禁止し、お淑やかな女の子になることを強く要求した。ハーマイオニーはそれを聞いて、バスや電車に乗ってロンドンに行き、独りでダイアゴン横丁に行くことを考えた。しかし、そのためにはお金が必要だった。ハーマイオニーは2人にお小遣いを強請ったが、案の定拒否された。それからハーマイオニーは、ドラコにお金を借りることを考えたが、すぐにその考えは投げ捨てた。ドラコにお金を目的として友達をやっていると誤解されたくなかったのだ。




ハーマイオニーの新しくなった髪の色を黒色に変更しました。ダフネって黒髪なんですね。

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