蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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一個前が新しく書いた章


第二十三章 現実の世界

 城からホグワーツ駅まで歩く間、ドラコはクィディッチワールド・カップ予選について熱く話していた。ハーマイオニーはワールド・カップ(ドラコから仕入れた情報のみ)についてほんの僅かしか知らなかったので、あまり多くの会話に参加することは出来なかった。しかし、暫らくして、ドラコは1人でもずっと話を続けられることに気が付いた。おそらく、鈍重な馬鹿2人組と長い間付き合ったために、そんな技術が身についたのだろう。

 

 ハーマイオニーはコンパートメイトに入ると、窓際に最も近い席を主張した。ハーマイオニーは、これまでに一度も窓際に座ったことが無かった。そして、スリザリン生と一緒のコンパートメントに居るのも初めてのことだった。

 

 1分後に、腕を組んだダフネがトレイシーを引き連れて現れ、ドラコとハーマイオニーの反対側の席に座った。2人はドラコの顔を見てからチラッとトランクに視線を向けた。ドラコが苦笑して杖を取り出すと、ダフネは「あら、紳士ね」と小ばかにした口調で柔らかに笑った。ドラコがトランクをオーバーヘッドストレージにしまい込んでいると、ノットとパンジーがコンパートメントに入って来た。これでコンパートメントの席はすべて埋まったことになる。クラッブとゴイルが詰めて座ればあと一人座れるだろうが、誰もそれを望まないだろう。

 

 「夏の間、何をして過ごすの?」

 

 ハーマイオニーはトレイシーが自分に話し掛けているのに気が付くのに5秒ほどの時間を要した。「夏? ああ、わたしは旅行に行くと思うわ。フランスに」

 

 明るい表情の女の子はより一層輝きを増す。「フランスに? それ、凄く素敵だわ。フランスって、名所を回るのもいいけど、地方に行くのも楽しいのよ。特に夏は素晴らしいわ。丘一面に金色の絨毯が広がっているの。時々、そこに住みたいと思っちゃうぐらいに綺麗だった」

 

 「ボーバトン魔法学校は確かフランスの田舎にあったわね」とダフネが静かに喋った。「美しい芝と庭園に囲まれたお城が学校だって聞いたことがあるわ」

 

 「ボーバトンは南フランスにあった気がする。凄く暖かいから制服は絹で出来ているとか」ハーマイオニーは本で読んだことを思い出しながら呟いた。

 

 「そしてボーバトンの生徒はみんな美しいんだとか。貴方なんかと比べられないぐらい」ダフネは唇をゆっくりと上げた。

 

 ハーマイオニーは言い返そうとしたが、ダフネが自分では無くパンジーを見つめていることに気が付き、僅かに上げた腰をそっと下ろした。ドアに最も近い席に座るパンジーは、軽くダフネを睨むと、むっつりとした表情でドアの外に視線を向けた。ハーマイオニーが視線を戻すと、ダフネは意地の悪い笑みを顔に張り付かせていた。

 

 「セオ、優勝するのはやっぱりイングランドだと思うか?」

 

 「そう思いたいが、必ずという訳にはいかないだろうな」ノットは何処か不愛想な様子で答える。

 

 「なんだ、つまらないな。今年のイングランドチームは中々の強さだぞ」

 

 ノットは僅かに頷くだけだった。

 

 「イングランド以外に応援してるチームがあるのかい?」

 

 「アイルランド」とダフネは穏やかに呟いた。

 

 列車が急に前後に揺れる。ハーマイオニーはチラッと窓の外を見た。

 

 「アイルランド? 真面目に言ってるのか? エイダン・リンチがシーカーだぞ? 彼らは絶望的だ」

 

 「シーカーが全てじゃないもの」とダフネはため息まじりに言った。

 

 「いいや、イングランドじゃないとしても、ブルガリアだね」とドラコは嘲笑う。

 

 「ブルガリア? それこそないだろう。彼らのチェイサーはゴミだ」ノットは眉をひそめている。

 

 ドラコは勝ち誇るような笑みを浮かべた。「だが、秘密兵器がある」

 

 「あの醜い顔とかか?」

 

 「ブルガリアの女性を一人でも口説いてみてからそういうことを言いなさい、ノット」

 

 「イギリス人もまだなのに?」とトレイシーが小さく笑ってからかう。

 

 「たしかに、そうね」ダフネはハーマイオニーが見てきた中で最も上品な笑みを浮かべた。ダフネは気品に満ちていた。

 

 ――彼女ってひょっとして王家と血のつながりがあったりするのかしら。誰もマグルのことに興味を示さないから分からないけど。

 

 「ブルガリアは必ず決勝まで勝ち上がって来るぞ。まぁ、イングランドが打ち負かすだろうけどね」

 

 「いいや、ブルガリアはすぐに負けるし、イングランドもあまり勝ち上がれないだろう」ノットは熱が入ったようで少し語尾を強めて言い返した。

 

 「じゃあ、賭けよう」

 

 ノットは鼻を鳴らした。「イングランドはグループトップですらないんだぞ?」

 

 「僕はやる気だ」

 

 「馬鹿げてる。こんなの勝負にならないぞ?」

 

 「イングランドが優勝するのに……そうだな、20ガリオンだ」

 

 ――100ポンドも?

 

 「イングランドが優勝しなかったら?」

 

 「20ポンド君に払う」

 

 「賭けの仕組みを理解してないのか?」ノットは困惑気に尋ねた。

 

 「20ポンドだ」ドラコは満面の笑みを見せて手を伸ばした。

 

 「お金を僕に投げつけているとしか思えない……」ノットは静かに呟き、ドラコの手を握り返した。

 

 ――金持ちの子供って……。

 

 ハーマイオニーはため息をついた。

 

 

 列車が失速し始めた時、ハーマイオニーは空虚な気分を感じた。列車の失速は、マグルの世界が近付いていることを意味していた。

 

 コンパートメント内のみんなはトランクを取り出して、ホームに降りるためにゆっくりと通路を歩き出す。列車が止まると、みんなは別れの言葉を交わし、順々に家族の元へ行くために離れて行った。

 

 ハーマイオニーは魔法のかけられた壁の元へゆっくりと進む。一緒にいるのはドラコだけになっていた。

 

 ドラコは笑顔で「マグルたちとは楽しめそうかい?」と聞いた。

 

 「その言い方は失礼よ」ハーマイオニーは小さく笑って肩を叩いた。

 

 「でも、楽しみにはしてるんだろ?」

 

 「そりゃ、そうよ。家族と再会するんだから」

 

 「でも、ホグワーツは名残惜しい」

 

 「そうね」

 

 ドラコは立ち止まった。「ここでお別れだ。向こう側で父上が待ってる。……もしもだけど、この夏に屋敷に来たいなら、いつでも声をかけてくれ。本当の魔法使いの家がどんなものなのか見せてあげるよ」

 

 「本当に?」

 

 ドラコは肩をすくめて足元でトランクをちょこちょこ動かした。「ああ、多分」

 

 「でも私、夏の大半はフランスで過ごすと思うわ」

 

 ドラコは冷笑した。「マグルの世界の?」

 

 「ちょっと考えてみるわ」

 

 「わかった。じゃあ、予定が空いたら手紙を送ってくれ。あ、ふくろうでだぞ」

 

 「わかってるわ、ドラコ」

 

 2人はそわそわとその場に立っていた。

 

 ハーマイオニーはトランクから手を外して、そっとドラコを抱きしめた。「楽しい夏を」

 

 ドラコが背中をポンポンと軽く叩く。「君も」そしてゆっくりと後ろに下がった。「父上を見つけに行かなくちゃ。それじゃ、また」

 

 ハーマイオニーはドラコの背中に手を振ると、トランクを引いて魔法の壁をくぐった。ハーマイオニーは空気を吸い込んで軽い咳ばらいをした。空気が少し汚ない。

 

 ハーマイオニーは少し歩いて、ツイード・ブレザーを着た男性が電車を見ているのを発見し、微笑んだ。夏にツイードを着る男性は、ハーマイオニーの知る限り1人だけだ。

 

 「パパ!」ハーマイオニーは走り出して腕に抱き着いた。

 

 「ほうら!」テリーはハーマイオニーを持ち上げると、空中で軽くまわした。「いつ着くか分からなかったから心配だったよ」

 

 「5時よ、パパ。列車は時間通りに到着したわ」とハーマイオニーはクスクス笑う。

 

 「でも、もしかしたらこっちの世界とは時間が違うかもと思って、30分早く迎えに来たんだ」

 

 「去年も同じことを言ってたじゃない」ハーマイオニーはテリーを強く抱きしめながら言った。

 

 「バレたか。ほんとは、少しでも早く会いたかったんだよ」テリーはハーマイオニーの頭のてっぺんにキスした。

 

 ハーマイオニーは腕を外すと周りを見渡した。「ママは何処にいるの?」

 

 「ママは予定を変更できない約束が出来ちゃって仕事中さ」

 

 「そう」

 

 「学校は楽しかったか?」

 

 ハーマイオニーは眉をひそめる。

 

 ――誰もパパとママに秘密の部屋のことを話さなかったの? わたしが先生を殺したことも?

 

 『グレンジャー……』

 

 「うん……」

 

 「どうしたんだ?」

 

 「私……友達が出来たわ」

 

 ハーマイオニーは両親を動揺させたくなかった。話せば、2人が過度に反応するのは目に見えていた。

 

 「本当か!?」テリーはトランクを自分の元へ引き寄せた。「手紙を全然送ってこないから、全くそういう事が分からなかったんだよ。ママは凄く心配していた。僕はハーマイオニーなら大丈夫だって言ったんだけどね」

 

 「ごめんなさい。少し忙しかったの」

 

 2人は手をつないで駅から出た。ハーマイオニーは気恥ずかしかったが、親と手をつないでも可笑しくない年だと自分に言い聞かせて我慢した。

 

 「そういえば、ダイアゴン横丁で新しいローブと制服を買わなくちゃいけないの」

 

 「どうして? まだ大きくないだろ?」

 

 「全部燃やしたの」

 

 「燃やした?」

 

 「そう。不思議な災難に遭遇しちゃって、仕方が無く」

 

 「そう……それはその髪と関係あるのか?」

 

 「うーん?」ハーマイオニーは、自分の髪を引っ張った。以前より黒く、より長く、整った髪。「これは、その……新しいヘアスタイルなの」テリーが小さく呻く。「なに?」

 

 「ハーマイオニーが成長していくのを見るのは、あまり好きじゃないんだ」とテリーは意地の悪い笑みを浮かべて言った。「覚えておいてくれよ、まだ僕の娘なんだって」テリーはギュッとハーマイオニーの手を握る。

 

 「もちろん」ハーマイオニーは腕にしがみついて、頭を腕に傾けた。

 

 「友達に招待を受けたんだけど、行ってもいい? 本当の魔法使いの家を見せてくれるらしいの」

 

 「うん? でも、ママはフランスへの旅行を計画しているぞ」

 

 「わかってる。旅行の後よ」

 

 「それなら全然構わないよ」

 

 テリーはトランクを古い、淡青色のセダンの後部に詰めた。ハーマイオニーはそれを見て微笑んだ。ヘンリーは常々古いセダンを売って、新車を買うように言っていたが、テリーは決してそうはしなかった。

 

 「そうだ」と車のドアを閉めたテリーが言った。「男の子とは話せたか?」

 

 「半分は男子生徒なのよ?」

 

 「そうじゃなくて、1人ぐらいは魅力的な子がいただろ?」

 

 「知らないわ。ほとんど男子とは関わらないから。だって、馬鹿ばっかだもの」

 

 「その年齢なら男はみんなそうだ。でも、1対1で話してみろ。きっと上手く喋れるぞ」テリーは笑顔を浮かべている。

 

 ハーマイオニーは眉をひそめた。

 

 ――パパは私が男子生徒とまともに話ができないと思っているのかしら?

 

 「私、男の子と普通に話せるわ。私の友達は男の子だし」

 

 「そうか」とテリーは呟いた。そして、すぐに後ろを振り返った。「待ってくれ。家に招待した友達は、もしかして男の子なのか?」

 

 「そうよ」

 

 「男の子が家にお前を招待したのか?」テリーは眉をひそめる。

 

 「ええ、友達だから」

 

 「いいや、そうは思えない」テリーは鍵を差し込んだ。エンジンが動き、車が僅かに揺れる。テリーはしかめっ面で車を発進させた。

 

 「どういう意味?」ハーマイオニーは腕を組んで仏頂面で聞いた。

 

 「魔法使いの男の子がお前の傍にいるのが嫌なんだ」

 

 「傍にいるのが嫌? 『1対1で話してみろ』はどうしたの?」

 

 「未来のことを話してたんだ——20歳ぐらいの」

 

 「私はもう14よ」

 

 「そうだな、あと10年だ。10年後に家に行くってその男の子には話すんだ。それから8時以降はその男の子と会わないようにしろ」

 

 「パパ、彼は友達よ」

 

 「彼は男の子だ」

 

 「彼は私の友達よ」

 

 テリーはミラー越しにハーマイオニーを睨んだ。「その歯はどうしたんだ?」

 

 ハーマイオニーは、意識して指を前歯に当てた。「何でもないわ」

 

 「以前より前歯が小さくなってる」

 

 「それで?」

 

 「何をしたんだ?」

 

 「前歯は――私が小さくしたの」

 

 「自分で?」テリーは大きくハンドルを回した。

 

 「前歯が大きいのは嫌だったの。パパだって知ってるでしょ!」

 

 「どうやって小さくしたんだ?」

 

 「魔法よ!」

 

 テリーは呻いた。「僕たちは矯正装置をはめるつもりだったんだ」

 

 「矯正装置? それじゃあ、何年もかかるわ」

 

 「たしかに。でも、矯正装置なら歯を傷つけずに治療できる」

 

 「魔法だって傷つけずに出来るの。一瞬で歯は縮んだわ」

 

 「だが」テリーは間を置いた。「みんな、男の子の為にしたわけじゃないだろうな?」

 

 「みんな?」

 

 「歯とか髪とか……。もしかしてその男の子為にしたのか?」

 

 「違うわ、パパ。男の子は全く関係ないわ。私が望んでしたの」

 

 「髪も魔法で変えたのか?」とテリーは非難するように尋ねた。

 

 ハーマイオニーは鼻で深く空気を吸い込んだ。

 

 「それで?」

 

 「そうよ。魔法で変えたの!」ハーマイオニーは怒鳴った。「わたしは魔女なの。そのことをちゃんと理解して。わたしは魔法を使うの! 魔法! 杖を振り回して、魔法をかけて、魔法薬を調合して、ほうきに乗るの!

 わたしが魔法を使うのは当たり前のことなの! わたしが友達の家に行きたいと望むなら、パパだって私を止められない。そんなことをすれば、わたしは家を出て行くわ。わたしが必要とするのは杖だけよ」

 

 「学校の外で魔法を使うことは出来ないだろ。それと、口答えするのはやめなさい。聞き分けがあまりにも悪いと、家で勉強することを禁止するぞ」

 

 「脅してるの?」とハーマイオニーは嘲笑った。「わたしは好きな本を読み、好きな時に勉強をするわ。誰にも邪魔はさせない」

 

 「フランスへの旅行では杖を置いていきなさい。旅行で必要になるとは思えない」

 

 ハーマイオニーは呻いた。「パパがわたしの杖に触ろうとしたら、地面を爆発させて町を破壊するわ」

 

 「そういう事を言うんじゃない。まったく、ママは正しかったよ。しばらく現実の世界で過ごして頭を冷やすといい」

 

 「現実の世界? 現実の世界ですって? それ、一体どういう意味?」

 

 「ハーマイオニー……」

 

 「現実の世界? わたしは現実の世界で生きてるわ。杖を取り出して、魔法を使う、それがわたしの現実よ」

 

 「それは現実とは大きくかけ離れているだろ? 不思議な世界だ。ハーマイオニーの学校は城で、それに、魔法界の銀行システムはすべてゴブリンに任せられている!」

 

 「驚くことばかりね。でも、それはマグルの世界よりも魅力的ってことよ」

 

 「ああ、それからそれだ。どうして僕たちをマグルと呼ぶようになったんだ?」

 

 「それはパパやママがマグルだからよ。決して貶しているわけじゃないわ。わたしは魔女で、パパやママとは違うってだけのこと。とても単純なことよ。わたしは不思議な世界で、現実の世界で、魔女として生きていく」

 

 「どうしたんだ、ハーマイオニー」とテリーは2、3分の沈黙後、静かに言った。「何があったんだ?」

 

 ハーマイオニーは額を冷たい窓ガラスに押し付けて、流れていくロンドンの街並みを見つめた。

 

 『グレンジャー……』

 

 ハーマイオニーはポケットに手を入れて、ブドウの木の杖の感触を確かめ、自分の安全を確かめた。

 

 「わたしは成長したのよ」




以上で2巻は終了となります。

この作品を書くためにハリー・ポッターを色々調べたんですけど、あちらこちらに伏線がばら撒かれていて驚きました。やっぱりJ・K・ローリングは偉大。

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