蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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第十四章 水浸しの日記

 ハーマイオニーの驚きは、マルフォイが洗面所を爆破しなかったこと、それからクリスマス休暇の間にポリジュース薬を台無しにしなかったことだった。実際、魔法薬はほとんど完璧だった。ハーマイオニーは自分ならもう少し上手くやれると思いつつも、マルフォイも腕が悪くないのを認めなければならなかった。

 

 クリスマス休暇が終わり、ハーマイオニーが女子トイレに入ってきた時、マルフォイが始めに冷笑を浮かべて口にしたのは、「マグルたちとは楽しめたかい?」という言葉だった。

 

 「しっかりと仕事はしてくれたのかしら?」

 

 大きく鼻水を啜る音が奥のトイレから響いた。

 

 「からかわれて泣きたいなら、私の隣のトイレを貸してあげるわ。去年みたいに」マートルは再び鼻水を啜った。

 

 「去年ここで泣いてたのか?」突然興味を持ったようにマルフォイが尋ねた。

 

 「口を閉じなさい、マルフォイ」

 

 「口を閉じなさい、マルフォイ!」マートルは真似して叫んだ。そして浮かび上がってトイレの個室から出てきた。

 

 「その幽霊は、かなり面倒くさい」とマルフォイは呟いた。ハーマイオニーは慎重に混ぜられる鍋を黙って見ていた。

 

 「彼は冷たいわ」とマートルがハーマイオニーの耳元で囁いた。それからマートルはマルフォイに向かってブルブルッと頭を振った。

 

 「その通りね、マートル。彼はあなたに何かしたの?」

 

 「僕は、黙って蝿でも追いかけてろって言っただけだ」マルフォイはうんざりするように言った。

 

 「毎日ここに来てトイレの異臭を嗅ぎ、それから鍋の熱を感じ、加えて彼女のうめき声を聞かされる。どれだけ辛いか分かるか? 耐えられるものじゃない」

 

 マートルは鼻を鳴らして再びトイレの個室に戻って行った。

 

 「……素晴らしい仕事をしてくれたわ、マルフォイ」

 

 「僕は才能ある魔法使いだからね」マルフォイは小さく笑った。

 

 

 「何よ、これ」

 

 2階の女子トイレ前の廊下には、おびただしい水が溢れていた。

 

 「クソッたれ……」

 

 ハーマイオニーはローブの裾をくるびしまでたくし上げ、水でぐしょぐしょの廊下を横切り、ドアを開け、中へ入って行った。ハーマイオニーは暗いトイレの中を慎重に歩き、個室の方へ歩いた。ポリジュース薬の入った鍋は無事なようだったが、大鍋の下の火は消えていた。ハーマイオニーは杖を取り出して魔法を唱え、再び火をつけた。

 

 ハーマイオニーは水溜りを渡り、泣き叫んでいるマートルの方へ近づいた。マートルはいつもの便器の中に隠れているようだ。

 

 「一体どういうつもりなの、マートル? もしかして、私を殺させたいの?」

 

 「それはいい考えね」とマートルはヒックヒックと笑った。「私のトイレに度々尋ねてくる人が消えるもの」

 

 「どうしてトイレを水浸しにしたの? あなたのせいで何ヶ月間にも及ぶ計画が台無しになるところだったわ!」

 

 「何よ?また何か、私に投げつける気なの?」マートルは奇声をあげ、ハーマイオニーと向かい合うために便器から浮かび上がった。

 

 「何も投げてないし、これから投げつける気もないわ。誰が投げつけてきたのよ」

 

 「分からないわ。突然だったもの」マートルは拗ねたように腹の上で手をクネクネさせた。

 

 ハーマイオニーは気にかけず、質問した。「一体何を投げつけられたの?」

 

 マートルはハーマイオニーを睨みつけた。

 

 「そこにあるわ」マートルはトイレのシンクの下を指差した。

 

 近づくと、シンクの下にはずぶ濡れの黒い革の本が落ちていた。日記だ。とても古い日記。

 

 ハーマイオニーは湿っぽいページをめくる。しかし、どのページにも何も書き込まれていない。唯一書かれてあるのは、最初のページに名前だけ。

 

 「T・Ⅿ・リドル」と、ハーマイオニーは呟いた。

 

 「マートル、リドルって名前の生徒が誰か知ってる?」

 

 すすり泣いていたマートルはゆっくりと静かになった。

 

 「マートル?」

 

 「ええ、知ってるわ」マートルはしばらくして答えた。

 

 「彼はどんな人?それで、どうして彼の日記がここにあるの?」

 

 「理由なんて知らないわ」マートルはふさぎ込んだ。

 

 「……トム・リドルってすごくハンサムだったわ。髪も凄く滑らかだった。でも、彼はスリザリンだったから、私にちっとも興味を示さなかった。……誰も私に興味なんてなかったでしょうけどね。いいわね、あなたは。ブロンドの髪の友達が出来て」

 

 「マルフォイは私の友達じゃないわ」ハーマイオニーは素早くマートルの過ちを指摘した。

 

 「あら、本当?」マートルは泣き叫んだ。それは大喜びしているように聞こえた。

 

 「なら、ここで何かしてても構わないわ!」

 

 

 「おい、なんだこれ」

 

 ハーマイオニーがずぶ濡れの本をテーブルに置くと、マルフォイは不平をこぼした。クラッブとゴイルは、机に広がる水溜りを見て、別の机に移動した。

 

 「これ、どこで見つけたと思う?」

 

 「さあね、湖とか?」

 

 「マートルのトイレよ」

 

 「それで?」

 

 「誰かがこれをマートルに投げつけたせいで、マートルはトイレを水浸しにしたわ」

 

  「えっ、それじゃ、あれは……つまり」

 

 「大丈夫。問題ないわ」

 

 「そうか……。なら、それを僕のテーブルからどけてくれ」

 

 「私は誰がどうしてトイレにいたのか、心配してるの」

 

 「汚らしい本を捨てた理由をいちいち調べるつもりか?」

 

 「これは日記よ。トム・リドルって人の物だわ」

 

 「多分、投げつけた女の子はハッフルパフ生だろう。マートルが地獄の幽霊に見えて、思わずやってしまったんだ」マルフォイは肩をすくめた。

 

 「そんな理由かもしれないわね。日記の所有者は男で、スリザリン生だけど」

 

 マルフォイは訝しげにハーマイオニーを見つめた。

 

 「スリザリンにトム・リドルなんていう生徒はいない」

 

 「昔にいたのよ。50年前に!」ハーマイオニーは興奮気味に言った。

 

 「それは凄い。でもそうだとしても、それはゴミだ。どっかに捨ててこい」

 

 「マルフォイ、この日記に少しも興味が湧かないの?」

 

 「ああ、全く」

 

 「さらに言えば、この日記、何も書かれてないのよ?」

 

 マルフォイは軽蔑するように眉を顰めた。

 

 「50年前の日記にも興味を示していなかった僕が、何も書かれていない日記に興味を示すはずがないだろう」

 

 「何も書かれていないなんて変じゃない。使用感は確かにあるのよ。リドルは透明のインクで書き込んだのかしら」

 

 「日記を書いていたのがスリザリン生なら多分……ルームメイトと上手くいってなかったんだろう」マルフォイがチラッと視線を向けてきたが、ハーマイオニーは無視した。

 

 ハーマイオニーはローブから杖を引き抜いて、日記を軽く叩いた。

 

 「アパレシウム! 現れよ!」

 

 しかし、何も起こらない。

 

 ハーマイオニーはバッグに手を入れて、ダイアゴン横丁で購入した赤い消しゴムを取り出した。マルフォイが「何だそれ?」と尋ねたが、ハーマイオニーは無視して日記のページを擦った。しかし、水が滲み出て動くだけでなにも起こらない。

 

 ハーマイオニーは肩を落とした。日記は何かしら隠しているはずだった。何も書かれていない50年前の日記がマートルのトイレに捨てられたのは、何か理由があるはずである。ハーマイオニーはページをめくり、猛烈に擦った。何もない。次のページも何もない。

 

 「これが本当に50年前の日記なら、リドルは秘密の部屋が開かれた時にホグワーツにいたってことになるわ」

 

 「そうか……そういうことか」マルフォイは唸った。「それで、どうして彼は何も書かなかったんだ?」

 

 「それは……私が知りたいわよ」

 

 

 2月中旬になり、計画の準備はほとんど完了していた。あと必要なのは髪だけ。

 

 ハーマイオニーが対象から髪を得るのは簡単だった。はじめハーマイオニーは、パーバティーに変わるつもりだったが、結局は双子の妹パドマに変わることにした。パーバティーはかなりスリザリンを警戒しているようで、近づくのは困難だったのだ。一方、パドマはかなり不用心で、妖精呪文の授業の際に2、3の髪を取ることができた。これでハーマイオニーは、グリフィンドールの寮にパドマの姿で入ることが可能になった。

 

 しかし、マルフォイの対象から髪を得るのは簡単なことではなかった。ハーマイオニーはポッターから情報を引き出すためにウィーズリーの髪を必要としていた。

 

 ロナルド・ウィーズリー。それ以外の人物は考えられなかった。おそらくポッターは、ウィーズリーであれば何でも秘密を漏らすだろう。だからどうしてもウィーズリーの髪が必要だったのだ。しかし、ハーマイオニーはどうしたらウィーズリーの髪が手に入るのか全く思いつかなかった。ハーマイオニーがウィーズリーに近寄ればすぐに警戒されるのは分かりきっていた。だが、どうにかして手に入れなければならない。

 

 ハーマイオニーは椅子に体重をかけた。

 

 計画の実行日が間近に来るにつれて、ある心配が浮かび上がってきていた。

 

 ――ポッターと話をする時に正体がバレたらどうなるかしら? ポッターは……私たちを殺すだろう。それでどうなる? ポッターが継承者だと私たちが確信しても、それは誰にも伝わらない。彼は自由に学校生活を送れる。

 

 ハーマイオニーは眉をひそめた。そして自分のバッグの中にある、小さな黒い日記に視線を漂わせた。

メモ。

 

 ダンブルドアはまともに議論しようとしなかった。しかし、2人の生徒が死ねば、必ず学校に調査が入るだろう。そうすれば日記のメモを見て、ポッターが継承者だと分かるはずだ。ハーマイオニーは自身の思いつきに微笑んだ。

 

 ハーマイオニーは日記を取り出すと机に広げ、羽ペンとインクを取り出した。そして、何もないページに書き込み始めた。

 

 『親愛なるダンブルドア校長へ

 

 あなたがこれを読んでいるということは、既に私が死んでいるという事でしょう。しかし、心配する必要はありません。校長先生は、求めていた証拠を得られるのですから。スリザリンの後継者はハリー・ポッターです。

 私はポッターから供述を得るためにポリジュース薬を調合し、グリフィンドールの寮に忍び込みました。そして、ポッターは私を殺したのです。

 校長先生、あなたは年老いた非力な魔法使いです。あなたが行動しなかったせいで私は死にました。ポッターをアズカバンに収容してください。どうか、この手紙を無駄にしないでください。

 

 ハーマイオニー・グレンジャー(1979―1993) マグル生まれの魔女 スリザリン ホグワーツの教職員の愚かな判断により、継承者ハリー・ポッターに殺害される』

 

 ――無礼なメモだったかしら。

 

 ハーマイオニーは自虐的に笑った。このメモを読まれる時には死んでいるのだ。誰も叱ったりしないだろう。完璧だ。

 

 しかし、ハーマイオニーが書いた文字は、一瞬紙の上で輝いたかと思うと、ゆっくりとページの中に沈んでしまった。ハーマイオニーは急いで次のページを捲ったが、そこにも文字は無い。文字は完全に消えていた。

 

 そして次の瞬間、今使ったインクが滲み出してきて、ハーマイオニーが書いていない文字が現れた。

 

 

 『こんにちは、スリザリンのマグル生まれの魔女、ミス・ハーマイオニー・グレンジャー。君がまだ殺害されていないことを願っています。僕は我々の間には多くの共通点があり、活発な議論をする必要があると考えています。

 

 トム・M・リドル(1926-?) 半純潔の魔法使い スリザリン 監督生 首席 継承者を捕まえた生徒』

 

 

 


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