「ポッターは立っていた! そう、犠牲者の隣に! なのに、何故、彼はまだ学校にいるんですか!」
ダンブルドアのオフィスに行こうとするハーマイオニーは、スネイプによって妨害されていた。ハーマイオニーの顔は激怒で真っ赤に燃え上がっている。
スリザリンのテーブルで食事を摂っていたハーマイオニーは、大広間に入って来たポッターの姿を見た瞬間、校長室に走り出そうとした。しかし、いつの間にか背後に立っていたスネイプが、ハーマイオニーの襟首をつかみ上げてそれを阻止したのだ。間違いなくスネイプは、ダンブルドアからオフィスに近づけない様に命令されていた。スネイプはその後、魔法を使ってハーマイオニーを自分のオフィスへと移動させた。
まともに身動きが取れない状態で椅子に座らされたハーマイオニーは、それでも移動しようと頑張っていた。
「自分を抑えろ、グレンジャー。今夜、我輩は君のヒステリックな姿を見たくない」
「ヒステリック? ヒステリックと言いましたか? 先生は何時からクソッタレなグリフィンドールになったんです?」
「言葉を慎しみたまえ。君は女性だ」
「ダンブルドアがグリフィンドール、それからポッターを贔屓するなら、いつまでもクソッタレなグリフィンドールと叫びます!」
スネイプは指を折りたたんで堅い握りこぶしを作った。ハーマイオニーはスネイプの白い手に血管が浮かび上がるのを見ることが出来た。
「君が成熟していない生徒だというのならば、このまま叫び続ければいい。ガキのように喚けばいい。しかし、何か我輩にして欲しいことがあると言うならば、きちんとした態度で話したまえ」
魔法を解かれたハーマイオニーは肘掛けを強く握りしめた。そして木に突き刺さんとするかのように人差指に力を入れた。
「ポッターはメッセージの書かれた場所で見つかりました」なるべく早口にならない様に声を抑えて言った。
「最初の犠牲者、コリンが襲われた晩、ポッターは病室で1人でした。そして彼はパーセルマウスでした。それにジャスティンをヘビで脅し、その後ジャスティンとほとんど首なしニックを石に変えました。これらの事例がポッターを継承者だと証明しているとは思いませんか? 先生、憎いポッターが犯人だとは思いませんか?」
「貴様は我輩に私情を挟ませる気か!」とスネイプは怒鳴った。
「先生はいつも授業で私情を挟んでいるでしょう!」
「君は恐怖によって混乱しているのだ」
「怖くなんてありません!」
スネイプは拳を机にたたきつけた。
「貴様はホグワーツ急行を目にした瞬間から恐怖を感じていたのだ」スネイプは冷笑した。
「貴様は全てが怖かったのだ。人を怖れる。魔法で怖れる。失敗を怖れる。そして今、伝説と英雄を怖れている。……貴様はハッフルパフではないのだ。少しは落ち着き給え」
「グリフィンドールでもありません」とハーマイオニーは呟いた。「そして伝説は2人の生徒と猫と幽霊を石に変えました」
「グリフィンドールは攻撃を受けた時、恐怖、そして逆境の中にあっても立ち向かう。スリザリンは頭を動かし、計画を練る。しかし、貴様はどちらもしなかった。貴様がしたのは校長に泣きついて、癇癪を起こすことだった」
ハーマイオニーは言い返すために立ち上がった。
「グレンジャー、我輩は期待していたのだよ。……寮に戻りたまえ。これ以上騒ぎを起こせば、君を留年させることになる」
「なら、私が決定的な証拠を掴むわ」ハーマイオニーは息を零すように小さく呟いた。
「何だね?」
「何も言ってません、先生」ハーマイオニーは軽く礼をしてドアへと歩く。
――どうすれば証拠を掴めるかしら。
一度決闘して、ポッターに勝てることは分かった。彼に近づくだけならば、危険度は低いはずだ。マルフォイも、殺すのではなく、真実を確かめることであれば邪魔をしないだろう。そして、スネイプに留められることを考えると、その計画は密かにやる必要があった。
ハーマイオニーは立ち止まってスネイプを睨んだ。
「先生、先生の材料棚の入る許可を頂きたいです」
スネイプの目は細くなった。「何の目的で?」
「研究する必要があるんです」とハーマイオニーは顎を上げて言った。「現在の魔法薬の調合はあまりにも古典的です。ですから私は画期的な方法、例えば自動的に魔法薬を調合してくれる方法などを探そうと思うのですが、明らかに材料が足りていません。先生が私に……静かにしていることを望むならば、私は自分の研究に没頭していようと思うのです。いくつかの材料を取るために、材料棚にはいる許可を頂きたいです」
ハーマイオニーは真っすぐにスネイプの黒い目を見つめた。スネイプは視線を落とすと、羊皮紙を取り出し、そこにメモを書き込んだ。
「許可証だ。忠告しておくが、誰かが毒を飲まされて医務室に運び込まれたとしても、我輩は間違いなくその生徒を救える。それが――ポッターであったとしてもだ」
スネイプは羊皮紙をハーマイオニーに握らせると、背中を押してオフィスから追い出した。
「ありがとうございます」とハーマイオニーは静かに笑った。
・
ハーマイオニーはマルフォイの羊皮紙の上に、古い埃だらけの大きな本を落とした。
「グレンジャー、自分の机に置け!」とマルフォイは怒鳴った。
「この本は貴方の出来そこないのレポートなんかよりも、はるかに興味深い物だわ」ハーマイオニーは喉で笑った。そして本を開くと、勢いよくページを捲った。
「グレンジャー、それは課題じゃないだろ。僕は君のガリ勉に付き合う取引をした覚えはないね」
マルフォイは本を持ち上げて羊皮紙を取り出すと、続きに取り掛かり始めた。
「じゃあ、協力してもらえないかしら?」とハーマイオニーは切り出した。ハーマイオニーは計画のために助けを必要としていた。そして最も可能性が高いのはマルフォイだった。
「ポッターの正体を突き止めたくはない?」
マルフォイは羽ペンの動きを止め、考え、それからレポートに戻った。
「そうしたいが、古臭い本を読む必要はないと思うね」
「私の計画が成功すれば、私達はグリフィンドールの寮に入ることが出来るわ。勿論、寄宿舎にも。そして誰にも私達であったことがばれることはない」
羽ペンの動きは再び止まった。
「君はポッターを殺しに行く訳じゃないよな?」
「もちろん、これは情報を集めるためだけの計画よ」
マルフォイは腕を組んで考え、それから唇を噛んだ。
「いったいどうやるつもりだ?」
「あなたは今までにポリジュース薬という言葉を耳にしたことがあるかしら?」ハーマイオニーは悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「もちろん」マルフォイは嘲笑った。「だがNEWTレベルの魔法薬だ」
「どうして私が本を持ってきたと思う、マルフォイ? 私には計画があり、レシピがあるの。あと足りないものは協力者。マルフォイ、あなたは秘密を守れる?」
マルフォイは顎を撫でた。「寮に潜り込んで何をするんだ?」
「ポッターに質問するわ」
「それじゃバレて、僕たちが罰を受けるじゃないか!」
「私たちは別人に変わっているのよ!」ハーマイオニーは頭を抱えたくなった。
「でも君が薄汚くポッターを罵ったならどうなる? 君なら怒り、余り杖を突きつけるかも」
「抑えられるわ!」ハーマイオニーは真っ赤になった。「それに私はそんなに罵らない」
マルフォイは肩をすくめると、広げられている本に目を向けた。
「ああ、でもスネイプから材料棚へ立ち入る許可を貰わなくちゃ」
「それは大丈夫。もう貰ったわ」
「本当に? じゃあ完璧じゃないか」
「ええ」ハーマイオニーは曖昧に頷いた。「多分」
「多分?」
「スネイプは私が何もできないと考えてたんだと思う」ハーマイオニーはそわそわと体を揺らした。スネイプの思考を理解するのは非常に困難だった。
「じゃあ、スネイプの援助はないってこと?」
「ええ」
「まぁ、仕方が無いか……。じゃあ、この材料の一部を取りに行けばいいんだな」
――ポッターを止めるチャンスよ。
ハーマイオニーはポッターを殺す覚悟もできていた。
「ええ、さっそく取り掛かりましょう」
・
「ふざけるな!」
「なにが?」ハーマイオニーはため息をついた。
「ここは女子トイレだ!」
「誰も使ってないわ。平気よ」
「でも女子トイレだ」
「じゃあ女の子らしく振舞って。大丈夫、あなたなら出来るわ」
「……で、君は誰に変わるつもりなんだ?」
「グリフィンドールの女子生徒」
「そりゃあ、そうだろう」
「ラベンダーよ」
マルフォイは鼻で笑った。
「なによ」
「彼女は自堕落だ。彼女に秘密を話せば、次の日には学校中に広まっている。そんなこと誰でも知っているさ。それなのに、どうしてポッターが口を割ると思う?」
「じゃあパーバティーにするわ。あなたは?」
「僕はグリフィンドールのチェイサーになる」
「あら、女の子になるのは抵抗が無いのね」ハーマイオニーは薄ら笑いを浮かべた。
「同じクィディッチチームに所属している女子生徒には口を割りやすいと思っただけだ!」
「まさか襲ったりはしないわよね?」
「当たり前だ。スリザリンの女子生徒をけしかける。それで、どうしてここは誰もいないんだ?」
「『嘆きのマートル』の場所だからよ」
ハーマイオニーはシーッと指に唇を当て、一番奥の小部屋の方に歩いて行き、その前で「こんにちは、マートル。お元気?」と声をかけた。
「一体何の用? 私、数字を数えてたの。ちょっと待って、その人、女じゃないわ。……分かったわ! また私をからかいに来たのね!」
マートルは悲劇的な叫び声をあげて空中に飛び上がり、向きを変えて、真っ逆さまに便器に飛び込んだ。
「じゃあね、マートル」
「……それで、いつ完成する予定なんだ?」
「クリスマス休暇の後すぐに始めれば、3月の始め頃には完成するわ」
「今すぐには始められないのか?」
「3週間の間、毎日クサカゲロウを煮詰めなきゃいけないの。城にいなかったら、それが出来ないでしょう?」
「クリスマス休暇は僕が学校に残る。その作業は引き継げるよ」
ハーマイオニーは瞬きした。「本当に?」
「ああ。僕は役立たずじゃない。クサカゲロウを煮詰めるぐらい出来る」
「他のステップもあるわ」
「一体なんだ。僕にだって出来るさ。ちょっとその本を貸せ。今すぐに始めれば2月までにポッターを逮捕できるぞ」
ハーマイオニーは微笑んだ。マルフォイは上手く引っ掛かっていた。マルフォイはグリフィンドールの誰に変化するのか分かっていないのだ。
多分、誰に変わるか知っていれば、こんなにも協力的にはならなかったことだろう。