蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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第十二章 危機感と殺意

 大広間から寮へ帰る途中、ハーマイオニーは突然立ち止まった。

 

 「ポッターを殺したら、どう?」

 

 マルフォイは笑いながら前を歩く。「ポッターを殺す? みんながそれを阻止するさ」

 

 「ポッターは継承者よ。誰も止めないわ」

 

 「あいつは継承者じゃない」マルフォイは振り返って吐く振りをする。

 

 「でも彼はパーセルタングを話したわ!」

 

 「だがスリザリンじゃない。分かりきってることだ。ポッターは継承者じゃない」

 

 ハーマイオニーは杖を取り出すために、ローブに手を滑り込ませた。

 

 「死ねば、彼だって私を傷つけることはできないわ」

 

 「まともな考えじゃない。そんなことはさせない」

 

 「『そんなことはさせない』? あなたはポッターを守るつもりなの?」

 

 「僕に悪い影響を及ぼすからな」マルフォイは睨みつけた。「さあ、行くぞ」

 

 マルフォイが背を向けた瞬間、ハーマイオニーは杖を取り出し、反対方向に向かって走り出した。階段をダッシュで駆け上がったところで振り返ると、必死な顔のマルフォイが、クラッブとゴイルをポツンと残して追いかけてきていた。

 

 「一体何の計画があるっていうんだ! 自分自身を追い込んでいるに過ぎない!」

 

 ハーマイオニーはマルフォイを無視して更に階段を駆け上がる。グリフィンドールの寮室はこの階段を上った先の何処かにあるはずだった。ハーマイオニーは1年半の間、グリフィンドールの赤い群れが毎日この階段を上がっていくのを見てきたのだ。しかし、正確な場所は分からない。ハーマイオニーは城を十分に調べてこなかった自分を汚く罵った。そして、とうとうハーマイオニーは行き止まりに行き当たった。

 

 「君はっ、ハァ……ドアを、ノックして……奴らにポッターを連れてくるように頼むつもりだったのか!?」

 

 マルフォイは大声で怒鳴った。そしてゆっくりとハーマイオニーに近づく。

 

 「彼らはきっと連れてくるわ!」とハーマイオニーは振り返って叫んだ。

 

 グリフィンドールが継承者を寮に隠しておくはずがない、ハーマイオニーにはそう思えた。グリフィンドールは騎士道を持つ、正義の寮なのだから。自分達だけ安全の保障を乞うなど、尊敬されるべきことではない。それは全く栄光とは程遠いものだ。

 

 「ウィーズリーが会わせる訳がないだろう」

 

 「ならウィーズリーも攻撃するわ!」

 

 「ウッドが自分の兄弟を傷つけられて黙ってると思うか? あっという間に奴は君をぶちのめすぞ!」

 

 ハーマイオニーは壁に掛けられた肖像画に目を向けた。このまま塔の周辺部を1周するつもりだった。馬鹿な肖像画の1人や2人が寮室の場所を漏らすことに期待して。

 

 ハーマイオニーは出発しようとしたが、マルフォイは腕を掴んで放さなかった。

 

 「もう止めろ、グレンジャー」

 

 「放して! 私の邪魔をしないで! 私はポッターを殺さなきゃいけないの!」

 

 「どうして?」マルフォイは宥めるように柔らかな声を出していた。

 

 「君がどうしてそんなことをしなくちゃならない?ポッターが本当に継承者ならダンブルドアが対処すればいい。スネイプが対処すればいい。最悪、マクゴナガルだって構わない」

 

マルフォイはハーマイオニーの肩を掴んで目を覗き込んだ。

 

 「血を求めて他寮に乗り込むなんて馬鹿げてる。例え入れたとしても、君は2年生になったばかりの女の子だ。それに君は年の割に背が低い。誰でも君を追い出せる。2、3の魔法が得意だからって、無敵だと思うかい? ポッターが継承者なら、君はあっという間に自分の血の池に溺れることになる。そしてウィーズリーは君の皮を剥ぐだろう。いいか、ライオンの巣に乗り込もうとしているんだぞ、グレンジャー! 退学よりもずっと悪いことが待ってる! 君はスリザリンなんだ! なら、それらしく振る舞え!」

 

 ハーマイオニーは歯を剥き出しにして怒鳴り返した。

 

 「違うわ、私は汚れた血よ! 緑の服を着る前に、私の血の色は汚れているのよ!」

 

 「どうでもいい」マルフォイは嘲笑った。「僕もかつては君をそう呼んでいた。だが、君は優秀でスリザリンに値する生徒だ」

 

 「忘れたの? 『次はお前の番かもしれないな』ってあなたが言ったのよ」

 

 「そんなことは言ってない」

 

 「嘘をつかないで。次はディーン? それともジャスティン? あなたは彼らが死ぬことを望んでいる。いい? 私に嘘をつかないで。一体私と彼らの何が違うって言うのよ?」

 

 マルフォイは静かだった。ちょっと口を開いて、それからすぐに口を閉じた。

 

 「思った通りだわ」

 

 ハーマイオニーは手を払って廊下を歩き出す。

 

 「ポッターを探す意味なんてない!」

 

 マルフォイは後ろから叫んだ。そして少し距離を置きながら後に続いた。

 

 「奴は継承者じゃないんだ。君は結局、意味がなかったって知ることになる」

 

 「すみません、道をお聞きしたいんですが……」

 

 ハーマイオニーは椅子に座ってゆっくりと剣を研いでいるヒゲのある騎士の絵の前で立ち止まった。

 

 「グリフィンドールの寮はどちらに?」

 

 騎士はゆっくりとハーマイオニーに目を向けた。

 

 「いつからライオンは緑色の鱗を身につけるようになったのかね?」

 

 ハーマイオニーは自分の緑色のローブを見下ろした。

 

 「永遠に無駄なことをしているといいわ!」ハーマイオニーは肖像に怒鳴りつけた。

 

 「ウィーズリーの双子はサディスティックだ。君を罰するために何を考えつくか。ダンブルドアでさえ、君を庇わないだろう。誰も手助けをしないから、双子は何でも実行出来てしまう」

 

 「いい加減、口を閉じなさい!」

 

 怒鳴ると共に、ハーマイオニーは殴りかかるフリをした。しかし、マルフォイは肩をすくめるだけだった。そして肖像画に質問するハーマイオニーの後に黙って続いた。

 

 幾つかの肖像画を巡った末に、ハーマイオニーは肖像画の後ろに隠された通路を見つけた。ハーマイオニーは歓喜に包まれ、駆け足気味に通路を通った。そして抜けた先に現れたのは、ゼーゼーと荒い呼吸をしているクラッブとゴイルだった。隠し通路はグリフィンドールの寮室に繋がるものではなかったのだ。

 

 ハーマイオニーは望みを失いかけ始めていた。マルフォイは援助する気などないだろうし、クラッブとゴイルも役に立たないだろう。

 

 ぶらぶらと歩いてグリフィンドール生が現れるのを待つことはできた。しかし、夜間外出禁止令は刻々と近づいていた。監督生、あるいは先生に捕まる前にグリフィンドールの寮室に辿り着くのは、極めて困難だった。

 

 「そういえば、退学よりもずっと悪いことって何のこと?」

 

 「なんだって?」

 

 「さっき言ってたじゃない。退学よりもずっと悪いことが待ってる、って。その先は何よ」

 

 「いや、分からないけど……死とか?」

 

 ハーマイオニーは眉をひそめた。「死を怒れることは眠ることを恐れるようなものだわ。あるいは食べることを」

 

 「死ぬ方がマシだって言うのか?」

 

 「死は回避不能だわ」

 

 「死が怖くないなら、君は今何をしているんだ……」

 

 ハーマイオニーは躊躇いがちに話した。

 

 「……死んだら、学校に通えなくなるじゃない」

 

 「死にたくないのは、学校に通えなくなるからなのか!?」

 

 「あなたは名誉のある家名と、財産、それから魔法界と繋がりを持っているわ」

 

 「だから?」

 

 ハーマイオニーは顔を顰めた。

 

 「他の人の立場になって考えてみなさいよ。私は此処を追い出されたら何も残っていないの――何も」

 

 ハーマイオニーは言葉を選ぶのに苦労した。

 

 「とにかくマグルの世界には戻りたくないの」

 

 「ちょっと待てよ」マルフォイはポカンとしていた。「でも今、君は自分を学校から追放しようとしているだろ?」

 

 「はぁ? してないわよ」

 

 「でも君はポッターを殺しに行こうとしている」

 

 「ええ、止めなくちゃ」

 

 ハーマイオニーは杖を握りしめて階段を降り始めた。

 

 「ちょっと待てよ! どこに行くんだ?」

 

 ハーマイオニーは無視して、走り出した。校長室の前のガーゴイルが静かに回転していたのだ。それはつまり、壁が開かれ、校長室へ行くための階段が現れていることを意味していた。

 

 ガーゴイルの前までついた時、螺旋階段から黒いマントを着たスネイプがちょうど降りて来た。

 

 「……グレンジャー。それにドラコ。我輩は寮に帰るように言ったはずだが」

 

 「すみません、先生」

 

 「グレンジャー!」

 

 ハーマイオニーは全速力で階段を駆け上がった。後ろから駆けあがってくる音が聞こえ、スネイプが追いかけてきていることが分かった。ハーマイオニーはドアの前までたどり着くと、勢いよくノックした。ドアは有難いことにすぐに開いた。

 

 「先生!」ハーマイオニーは喘ぎながら言った。「ダンブルドア先生!」

 

 ダンブルドアは細長い指で銀色に光る小瓶を転がし、浅い水の水盆の隣に立っていた。

 

 「ミス・グレンジャー?」ダンブルドアは驚いている様子だった。「今回は約束が無いのは確かなはずじゃ」

 

 「先生、ポッターです。ポッターが継承者です。秘密の部屋を開いたのは彼です! 彼が犯人です!」

 

 スネイプがオフィスに飛び込んできたので、ハーマイオニーはダンブルドアの元へ駆け寄る。

 

 「グレンジャー、すぐにここから出て行きたまえ」スネイプは冷たい声で脅した。「すみません、校長。彼女はまともな精神状態ではないのです」

 

 ダンブルドアはスネイプを落ち着かせるように皺くちゃな手を上げた。

 

 「グレンジャー、それを裏付ける証拠はあるのかね?」

 

 「ポッターはパーセルタングを話しました! それにヘビをジャスティンにけしかけたんです!」

 

 「それは本当かね?」 

 

 「目の前で見ました。スネイプ先生も! みんなだって!」

 

 「セブルス。わしはこの子と2人きりで話そうと思う。彼女と話さなければならないと、ミネルバに伝えておいてくれるかね?」ダンブルドアは疲れた様子で言った。

 

 スネイプはぶつぶつと何かを呟くと、身をひるがえして行った。

 

 ゲッゲッという泣き声が後ろから聞こえ、ハーマイオニーは振り返った。見ると、金色の止まり木に羽を半分むしられた七面鳥のようなよぼよぼな鳥が止まっていた。鳥は何か重い病気にかかっているように見える。

 

 「フォークスは気にせんでよい。グレンジャー、ヘビが初めからジャスティンを襲おうとしていたのは、既に確認済みなのじゃ」

 

 ハーマイオニーはせき込んでいる鳥から目を離した。「しかし、ポッターはパーセルタングを話しました。そして何かを命じ、ヘビもそれに従っていました!」

 

 ダンブルドアは手を大きく広げて微笑を浮かべた。「しかし、一体それが何の証明になるのじゃ?」

 

 「ポッターが継承者だということをです!」

 

 陰鬱な顔のダンブルドアは静かに首を振った。「パーセルタングを話せることだけでは証明にならん」

 

 「なります!」

 

 「どうしてじゃ?」

 

 「サラザール・スリザリンはパーセルマウスでした!」ハーマイオニーは必死に訴えた。どうしてダンブルドアが認めないのか不思議でならなかった。

 

 「非常に珍しい才能です。スリザリンの子孫はみんなパーセルマウスでした。パーセルタングを話せるポッターは、サラザールの子孫で間違いありません」

 

 ダンブルドアはぼさぼさの眉を揺らした。

 

 「グレンジャー、わしはパーセルタングを少しばかり話すことが出来る。君はわしが学生の1人を石にしたと思うかね?」

 

 「あー……」

 

 ――ダンブルドアがパーセルタングを話せる?

 

 「イギリスの女王は英語が話せるかね?」

 

 「……はい?」

 

 「君も英語が話せる。グレンジャーは女王かね?」

 

 「いいえ。でも、イギリスの――」

 

 「君の父上は英語以外に他の言語を喋れるかね?」

 

 ハーマイオニーはダンブルドアの言いたいことが全く分からなかった。

 

 「ドイツ語を学んでいます。しかし――」

 

 「君はドイツ語を話せるかね?」

 

 「いいえ、あの――」

 

 「君は父上の正当な子孫ではないのかね?」

 

 「私は非常に珍しい言語について話しているんです! それにパーセルタングは遺伝的に引き継がれます!」

 

 ダンブルドアは静かに頭を振った。「わしは遺伝的に引き継がなかった。自分で学び、習得したのじゃ。言語とは学べば知れ、習得できるのじゃ」

 

 「しかし……しかし、ポッターは先生とは違います。彼は……そこまで賢いわけじゃありません」

 

 「……グレンジャー、君はポッターを裁くことは出来んよ」

 

 「ポッターは私を裁けます」

 

 吐き捨てるように言い放ったハーマイオニーを、ダンブルドアは面白そうに見ていた。そしてハーマイオニーの頭の中を見透かさんばかりに、青い目をきらりと光らせていた。

 

 ハーマイオニーは困り果てた。ダンブルドアがゲームをしているかのように自分を弄んでいるように思えてきたのだ。

 

 「先生はどうするつもりなんですか?」

 

 「君はわしに何をさせたいのかね」

 

 「学校から追い出すか、逮捕することを望みます」

 

 「ヘビと話せるだけでかね? パーセルマウスは刑務所に放り込まれる理由にはならん。それにポッターは継承者ではない」

 

 「では誰ですか? ポッターは多くの生徒の前でジャスティンを脅しました!」

 

 「セブルスが話したことを聞くに、ポッターはヘビを止めていたように思うのじゃ」

 

 「しかし先生――」

 

 ダンブルドアは手を上げて制止した。

 

 「夜間外出禁止令の時間はとうに過ぎておる。君は寮に帰るべきじゃ。グレンジャー、前に話した通り、心配する必要はないのじゃ。すべての危険は取り除かれる」

 

 

 マルフォイは螺旋階段の下で待っていた。全身で落胆と疲れを表現するハーマイオニーが降りてくると背筋を伸ばした。

 

 「君は一体何がしたいんだ?」

 

 「どうして此処にいるのよ」ハーマイオニーはマルフォイを通り過ごして大股で歩き出した。

 

 「寮につくまでの間、君が暴れ出さない様に」とマルフォイは呟いた。「それにスネイプに、君には世話と監視が必要だと言われたからね」

 

 「私に必要なのは、重いけつを蹴り飛ばしてダンブルドアを動かす力よ!」

 

 「ダンブルドアはポッターを徹底的に調査する気が無いのか?」

 

 「ええ。なのに心配する必要はないそうよ」

 

 「やっぱり」マルフォイは鼻息を荒くした。「老人は力を失っているんだ」

 

 「その通りかもしれないわね。ダンブルドアは私にドイツ語を話せるかって聞いてきたわ。それから何だかんだあって、ポッターがヘビと話してジャスティンを襲わせようとしたことをはぐらかしたの」

 

 ハーマイオニーは早足で階段を降りる。

 

 ――忌々しいダンブルドアめ。ポッターに殺されたら、幽霊になって来世まで呪ってやる。

 

 マルフォイは妙に静かだった。階段を降りきったところで、ハーマイオニーは振り返った。マルフォイは何か言いたげな様子だ。

 

 「どうしたの?」

 

 「あのさ……」マルフォイはゆっくりと切り出した。「ポッターが本当にハッフルパフの奴を襲おうとしているならば、あいつはスリザリンに所属していないとおかしくないか?」

 

 「あなただってポッターがパーセルタングを話すところを見たでしょ? 一体何がおかしいっていうのよ」

 

 「僕は別にポッターを擁護したいわけじゃない。だけど、やっぱり変だ。頭を使えよ、グレンジャー。おかしいのは君だ」

 

 

 「襲われた! 襲われた! またまた襲われた! 生きてても死んでても、みんな危ないぞ! 命からがら逃げろ! おーそーわーれーたー!」

 

 

 「おかしいのは、私?」ハーマイオニーは無表情でマルフォイに言った。

 

 生徒が溢れる大混乱の中、石になったジャスティンは廊下に横たわり、近くに「ほとんど首なしニック」が煙を上げて立ちすくんでいた。そして、そのすぐ近くの壁際に、ポッターが立っている。

 

 「いや……これは……」マルフォイは困惑した様子で顎を掻いた。

 

 マクゴナガルはその場の混乱を収めると、ハリーをダンブルドアのオフィスの方へ連れて行った。

 

 ――これで、これで事態は収拾する。

 

 ポッターは現行犯だった。ダンブルドアはこれ以上逃げることが出来ないだろう。これで事件は解決するのだ。

 

 そう。

 

 絶対に。 

 

 


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