蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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第十一章 パーセルマウス

 「イエス・キリストは一体なにを考えているのかしら」

 

 信じられないことに決闘クラブを開催していたのはロックハートだった。フリットウィックという元決闘チャンピオンがいるというのに。ロックハートは桃色のローブを翻し、愚かな笑顔を舞台上から振りまいている。

 

 「何のことを言ってたんだ?」隣に立つマルフォイが尋ねた。

 

 「何のこと?」

 

 「さっき呟いたことだよ」

 

 「ああ、マグルの世界での有名人よ」

 

 マルフォイは眉をひそめた。「まったく、君は最高だよ」

 

 「黙って、マルフォイ」

 

 「では、助手のスネイプ先生をご紹介しましょう」

 

 スネイプの方を見ると不機嫌そうな顔つきをしていた。

 

 挑発的な演説の1分後、ロックハートは舞台から吹っ飛び、後ろ向きに宙に飛び、床に無様に大の字になっていた。スネイプは誇らしげな表情を浮かべてロックハートを見下ろしている。

 

 ロックハートは起き上がると、腕を大きく開いて喋り出した。「いやいや、スネイプ先生。流石な腕前でした。しかし、遠慮なく一言申し上げれば、先生が何をなさろうとしたかが、あまりにも見え透いていましたね。それを止めようと思えば、いとも簡単なことだったでしょう。しかし、生徒に見せたほうが、教育的に良いと思いましてね……」

 

 ハーマイオニーはロックハートを尊敬せずにはいられなかった。これほど無様に負けてもまだ軽口を言えるなんて、一種の才能だ。

 

 「模範演技はこれで十分! これからみなさんのところに降りていって、2人ずつ組にします。スネイプ先生、お手伝い願えますか……」

 

 ハーマイオニーは上唇を濡らすと、隣にいるブロンドの男の子の方を振り向いた。

 

 「マルフォイ、再戦の準備は出来てる?」

 

 マルフォイは感じの良い笑みを返した。「そうしたいが、ヴィンセントが僕と組みたがっていてね」

 

 やみくもに手を伸ばしたマルフォイはゴイルを掴んでそばに引き寄せた。

 

 「もしかして怖いの?」ハーマイオニーは笑った。

 

 「そんなわけないだろ」とマルフォイは真顔で答え、ゴイルから手を離し、さっさと去って行った。ハーマイオニーは無言でゴイルを見つめる。ゴイルではまともな練習になるとは思えない。

 

 「ミス・グレンジャー、来たまえ」

 

 スネイプが舞台の上から叫んだ。舞台を見ると、スネイプは癖毛の黒髪に明るい緑の目、それから少し汚れた眼鏡の男の子の隣に立っている。

 

 「かの有名なポッターを、君がどう捌くのか拝見しよう。それに、君、ミス・パチル――君はミス・ブルストロードと組みたまえ」

 

 ハーマイオニーはスネイプの隣に立って、ポッターと同じように杖を取り出した。

 

 「相手と向き合って!そして礼!」

 

 ハーマイオニーはわずかに頭を傾げた。

 

 「杖を構えて!」ロックハートが声を張り上げる。

 

 「私が3つ数えたら、相手の武器を取り上げる術をかけなさい――武器を取り上げるだけですよ――事故は嫌ですからね。1――2――3――」

 

 ポッターは杖を肩の上に振り上げる。

 

 「リクタスセンプラ! 笑い続けよ!」

 

 「プロテゴ!」

 

 ハーマイオニーは盾呪文で容易に魔法を受け流す。実験的に用いた楯呪文がしっかりと効果を発揮したため、ハーマイオニーは驚いた。ポッターも同様に驚いたようで、表情を固まらせてその場にじっと立っていた。ハーマイオニーは静かに杖を振る。

 

 「ペトリフィカス・トタルス! 石になれ!」

 

 ポッターは避けようとするが、あまりにも動きが遅い。呪文は右腕に当たり、ポーターは固まった状態で床に倒れた。

 

 決闘が終わったハーマイオニーは周りを見回して呆然とした。大広間は混沌に包まれている。ロックハートは叫んで、殴り合っている生徒を引き剥がし、ウィーズリーは鼻血を出している男の子の世話をしていた。マルフォイはゴイルと決闘をし、マルフォイは素手で殴ろうとするゴイルを何度も吹き飛ばしている。

 

 「やめなさい! ストップ!」

 

 ロックハートが叫んだところで、スネイプが乗り出した。

 

 「フィニート・インナンターテム! 呪文よ、終われ!」

 

 漂っていた緑がかった煙が消えかけた時、倒れているのはパチルとブルストロードの組だけになっていた。

 

 「改めて術の防ぎ方をお教えする方が良いようですね」

 

 ロックハートがスネイプをチラリと見たが、黒い目がギラッと光ったと思うと、スネイプはプイと顔を背けた。

 

 「さて、誰か進んでモデルになる組みはありますか? ――ロングボトムとフィンチ―フレッチリー、どうですか?」

 

 「ロックハート先生、それはまずい。ロングボトムは簡単極まりない呪文でさえ惨事を引き起こす。フィンチ―フレッチリーの残骸を、マッチ箱に入れて医務室に運ぶのがオチでしょうな。グレンジャーとポッターはどうかね?」

 

 ロックハートは上唇を噛み締めた。そして視線を漂わせてハーマイオニーを探した。ハーマイオニーは目が合った瞬間、ロックハートを鋭く睨みつけた。

 

 「よろしい!」とロックハートは甲高い声で叫んだ。

 

 「さあ、ハリー。ミス・グレンジャーが――」

 

 ロックハートは壇上に上がらせたポッターに何事かを囁いている。

 

 壇上に上がるとスネイプは手招きしてハーマイオニーを引き寄せた。

 

 「どんな呪文を唱えるつもりかね?」とスネイプはそっけなく尋ねた。

 

 ハーマイオニーはロックハートが杖を振り上げ、何やら複雑にくねくねさせたあげく、杖を取り落とすのを無言で見ていた。

 

 「武装解除術で杖を取り上げる、それだけで十分だと思います」

 

 スネイプは静かに顎をさすった。

 

 「我輩はそうは思わん。1つ呪文を教えておいてやろう」

 

 「決闘で学ぶのは武装解除術、そしてそれを防ぐことだけです」

 

 「相手はポッターだ。多少呪文を試すために遊んだとしても叱られたりせんよ。何しろ英雄様だ」

 

 ハーマイオニーはぐらりと誘惑に惹かれた。スネイプは冷笑を浮かべ、ハーマイオニーの耳元で呪文を囁いた。

 

 ハーマイオニーは呪文を頭の中で復唱する。「少し練習の時間を貰えますか?」

 

 スネイプは眉をひそめて訝しげにハーマイオニーを見た。

 

 「君なら練習などせんでも出来るはずだ」

 

 スネイプはハーマイオニーのローブの襟首を掴んで、前方へ押し出した。ポッターも同様にロックハートによって前に押し出された。

 

 「1――2――3――それ!」と号令がかかる。

 

 ハーマイオニーは素早く杖を振り上げ、「サーペンリーティア! 蛇を出よ!」と大声で唱えた。

 

 長い黒い蛇は水の噴射のように杖から飛び出し、ハーマイオニーとポッターの間の床に叩きつけられた。

 

 舞台の周りにいた生徒は後ろに飛び跳ねて下がり、悲鳴をあげる。そこで横切る風の音とともにスネイプが前に出てきたため、ハーマイオニーは笑みを浮かべざるを得なかった。スネイプは初めからこの状態を待ち望んでいたのだろう。

 

 「下がりたまえ、ポッター。我輩が追い払ってやろう……」

 

 「私にお任せあれ!」ロックハートが叫んだ。杖を振り回すと、バーンと大きな音がして、蛇は消えるどころか宙を飛び、ピシャッと大きな音を立てて床に落ちてきた。挑発された蛇は怒り狂って牙を剥き、ジャスティンに攻撃の構えをとる。

 

 その時、突然ポッターが前に進み出た。そして、大広間中に反響する歯を擦るかのような奇妙な音をたてた。

 

 ハーマイオニーは目を釘付けにされた。冷たい震えが脊髄を縫うようにして這っていく。時間はその瞬間止まっているかのように思えた。

 

 秘密の部屋は開かれたり

 

 ポッターは蛇に向かって話していた。

 

 ダンブルドアは心配する必要はないと話していた。

 

 ポッターはパーセルマウスだった。

 

 50年前、殺された生徒はマグル生まれだった。

 

 サラザール・スリザリンはパーセルマウスだった。

 

 継承者の敵よ、気をつけよ

 

 

 ポッターはニッコリと微笑んでいる。奇妙なことに微笑んでいるのだ。そしてジャスティンをじっと見つめている。ポッターの顔には歓喜の感情が浮かんでいた。

 

 そして、ジャスティンはマグル生まれだった。

 

 ――次の標的はジャスティン……。

 

 ポッターは標的としてジャスティンをマークしていた。

 

 「いったい、何を悪ふざけしてるんだ?」ジャスティンは叫び、怒って大広間から出て行く。

 

 スネイプは前に進み出て杖を振り、蛇を消した。

 

 ありとあらゆる目がポッターを見ていた。ポッターは表情を固まらせている。もしかするとポッターは見せる場面を間違えたと考えているのかもしれない。しかし、この件についてはすぐに学校中に広まるのは間違いなかった。

 

 ウィーズリーが走り寄ってきて、ポッターの腕を引っ張った。そして何かを囁くと、大広間から急いで出て行った。

 

 「私は上手くやったと思う……とても……」とロックハートは無表情で言った。それからハーマイオニーに視線を向けた。

 

 「彼女も良くやったと思いませんか? スネイプ先生」

 

 ハーマイオニーは大変な事実に気がつき、再び身動きを止めた。ハーマイオニーはスリザリンの継承者を攻撃したのだ。しかも、石化させたのだ。そして、わざわざポッターの前に蛇を出したのだ。

 

 ハーマイオニーは自分が恐ろしいほどに痛み伴う死に方をする気がしてならなかった。

 

 

 ローブの袖を引かれ、ハーマイオニーは催眠のような状態から意識を取り戻した。大広間はほとんど空になっている。いるのは少数の学生。それから像のように立って思案げに俯いているスネイプ。

 

 「おい、グレンジャー」とマルフォイが声をかけてきた。「おい」

 

 「パーセルタングを話していたわ」

 

 残っている学生のほとんどはスリザリン生だった。何人かは思考に没頭し、何人かは絶望しているようだ。そしてマルフォイ、クラッブ、ゴイルがハーマイオニーの周りに立っていた。

 

 「そんなことは分かってる。さあ、行こう」

 

 しかし、ハーマイオニーは頑として動かなかった。ハーマイオニーはじっとスネイプを見ていた。

 

 「先生、ポッターはパーセルタングを話していました」

 

 スネイプは黒い目をハーマイオニーに向けたが、何も喋らない。

 

 「先生、どうしてポッターを大広間から出したんですか? 彼が継承者です! ポッターを捕まえてください!」

 

 「ナンセンスだ、グレンジャー」マルフォイは嘲笑っていた。「ポッターは継承者じゃない。でしょ、先生?」

 

 スネイプは躊躇していた。そして僅かに口を開けた。

 

 「我輩は校長と話さなければならない」

 

 「何ですって?」それはもう叫びに近かった。「ポッターを捕まえてください!」

 

 「黙りたまえ、ミス・グレンジャー。5点減点だ。諸君らも早く寮に帰れ」

 

 ハーマイオニーはスネイプが大広間を出て行くのを口をあけて見ていた。ハーマイオニーは叫びたくてたまらなかった。ポッターが私を殺す前に、捕まえて! と。

 

 


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