「気をつけて下さい!誰かが叫び声を上げれば、この生物は暴れまわり、教室は恐怖に包まれることになります!」
ハーマイオニーはロックハートの過剰な演出から眼をそらし、隣に座るマルフォイをチラリと見た。
マルフォイは魔法薬学の後、ありとあらゆる授業でハーマイオニーの隣の席に座った。初め、ハーマイオニーはマルフォイとその周りに集まる生徒たちにウンザリして、マルフォイから離れることを考えていた。しかし、パンジーがすぐ近くに来ても何もしないのを見て、彼らを放っておくことにした。だがそれは、ハーマイオニーが現状に満足しているわけではなかった。
確かにマルフォイは魔法薬学においてまぁまぁ優秀な生徒だった。しかし、スネイプのねぐらから出るとすぐに、不真面目な生徒へと姿を変えた。他の授業では仲間にメモを回すか、落書きするか、ボーと時間を潰していた。そして、ポッターやウィーズリーを見ると、嬉々としてちょっかいを出しに行くのだ。
それにマルフォイは明らかに人にたかられていた。ハーマイオニーはたかり屋を快く思っていなかった。
マルフォイは「雪男とゆっくり一年」の表紙に羽ペンで傷をつけようとしていた。それをじっと見つめていたハーマイオニーは、羽ペンが滑って青白い手に刺さらないか不安だった。
おそらく、持っている者にたかるというのもスリザリンの特徴なのだろう。マルフォイの父親については良く耳にする。仲良くするのはかなりの価値があるのだろう。
「ミス・グレンジャー」
厳しい声でハーマイオニーは思考から離れた。ロックハートが眉をひそめて見ていた。
「ガーゴイルがここにいます」
ロックハートは机の上で屈み込んでいる石のガーゴイルを身ぶりで示した。
「用心してください」
ハーマイオニーは自分の顔が熱くなっていくのを感じた。教室の半分の生徒はロックハートに注意を払っていない。闇の魔術に対する防衛術はとうの昔に意味のないものに変わっているのだ。ハーマイオニーは石のガーゴイルとロックハートを校長室に運んで、スネイプを教壇へ連れて来たくてたまらなかった。スネイプはグリフィンドールを不当に扱うが、ロックハートと比べれば、誰も反対することはないだろう。
授業が終わった後、ハーマイオニーはロックハートの艶やかな後ろ髪を睨み付けた。そして地下牢へとズラズラと歩いて行った。闇の魔術に対する防衛術が役に立たない分、自分の部屋で魔法を習得したかった。
誰かが大声をあげた時、ハーマイオニーは談話室にいた。
「待てよ、グレンジャー。一体どこに行く気なんだ」
マルフォイは少し荒い呼吸をしながらテーブルにバッグを降ろした。
「自分の部屋よ、マルフォイ。あなたが私を煩わせない場所」
マルフォイは右手を心臓に当てて、顎をぐいっと動かした。
「グレンジャー、君は僕のペアだ」
「だから?」
「明日提出しなきゃいけない魔法薬のレポートがある」
「わかってる」
「それじゃ、移動して取り掛かろう」
ハーマイオニーはお仲間たちの顔を思い浮かべた。クラッブ、ゴイル、パンジー。彼らも一緒に混ざることを考えると、ハーマイオニーは頭を抱えたくなった。
「お断りよ」
「でも、グレンジャー。僕は今夜クィディッチの練習があるんだ。今片付けられないと困る」
「私は宿題を手助けするだなんて約束してないわ。それに、どうしてあなたが魔法薬以外の授業でも私の隣に座るのかも分かっていないわ。正直、気味が悪いわよ。加えて、私は忙しいの」
「何が忙しいんだ?」
「魔法薬のレポートを書かなくちゃいけないから」ハーマイオニーは意地悪く笑った。
「君には大したことじゃないだろ……」
「取引の中には含まれてなかったわ。あなたがどれほど困ろうが私には関係ないことよ」ハーマイオニーは少し楽しみ始めていた。必ずしも上手くいくわけではないことを教えられるのは愉快だった。
「お父様にでも相談することね」
「わかった、わかった。じゃあ、新しい取引だ」マルフォイは吐き捨てるように言った。
「あら、何かしら」
「魔法薬学以外の授業でも手伝ってくれ。もちろん宿題も」
「で、私は何の得があるの?」
「僕も手伝うんだ。簡単に『O』が取れる」
「あなたがいなくても取れるわ」
「でも君には時間の余裕が生まれる」
「それで?」
「姿を消して何かをする時間が増える」
「……何ですって?」
「君はいつも図書館にいるわけじゃない。だが、パンジーは君が滅多に部屋にいないと言っている。君は何かをしているはずだ」
「言っていることがよく分からないわ」ハーマイオニーはキッパリと言った。
「別に何をしているのかは興味ない。ただこの取引は我々に利益があると思うんだ」
「私が優れた魔法使いだから?」
マルフォイは眼を瞬かせた。「僕は別に……そんな事は言っていない」
「じゃあ、言ってちょうだい。グレンジャーは優れた魔法使いだって」
「言う必要はない!」とマルフォイは怒鳴った。
「あなたは私の助力を必要としているんでしょう?あなたはその事は認めているはずよ」
「僕は別に……」とマルフォイは不機嫌そうに呟いた。眉間にはシワが寄っている。
ハーマイオニーは焦ったくて手のひらで自分の足を叩いて急かした。
マルフォイはモゴモゴと何かを呟いた。
「全然聞こえなかったわ」
「僕はちゃんと言った」とマルフォイは呟いた。「グレンジャーは優れた生徒だ」
「それは私が言うように言った言葉じゃないわ」
「僕はちゃんと言った」
ハーマイオニーはしばらく考え込んだ。これ以上はマルフォイから愉快な言葉は引き出せないだろう。
「わかったわ。じゃあ、ついて来て」
「どこに行くんだい?」
「ついて来て」とハーマイオニーは繰り返した。
「僕は何でも命令を聞く犬じゃない」
マルフォイはそう言いつつもハーマイオニーの後に続いた。ハーマイオニーはスリザリンの談話室から地下牢の廊下へ出た。それから空いている教室に向かい、そこにマルフォイを引き入れて、ドアに鍵をかけた。
「それで、君は何がしたいんだい?」マルフォイは薄ら笑いを浮かべた。
「君が僕に興味があったとしても僕は受け入れられないよ。純血を汚すわけにはいかないからね」
ハーマイオニーは振りかぶってマルフォイの顔を激しく叩いた。
「馬鹿野郎!」マルフォイは叫んだ。「何するんだ!」
ハーマイオニーは再びマルフォイを叩いた。マルフォイはまた叩かれるとは予想していなかったようで、無防備に頬に二度目の攻撃を食らった。
「くそっ、やってやる!」マルフォイは後退りしてローブに手を伸ばす。
しかしハーマイオニーのほうが素早かった。
「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」
杖はマルフォイの手から離れ、ハーマイオニーの方に弾け飛んだ。ハーマイオニーは歓喜の表情で杖が弧を描いて飛んでいくのを見つめた。
「マルフォイ、新しい条件よ」
マルフォイの顔を見ると、頬がピンク色に染まり、呆然としていた。きっとマルフォイは二度も顔を叩かれたことがなかっただろうし、マグル生まれ、しかも女の子に武装解除されるなど、考えられもしないことだったのだろう。ハーマイオニーは心の中でクスクスと笑った。
「秘密の部屋について教えなさい」
「秘密の部屋?」マルフォイは驚いた様子だった。「君はそれを聞くためにこんなことを?」
「早く話しなさい、マルフォイ。私はあなたが何かを知っていると分かっているわ」
マルフォイは顎に手を置いてしばらく黙りこんだ。それからゆっくりと口を開いた。
「僕は秘密の部屋が以前に開かれたことを知っている」
「それで?」ハーマイオニーはまだ、マルフォイに杖を向けていた。
「50年前のことらしい」
「誰が開けたの?」口の中が急速に乾き始めていた。
「そりゃ、継承者さ」
「何があったの?」
「1人の女子生徒が死んだ」
マルフォイはあまり有能ではなかった。
「その女の子は誰?」
「そんなこと知らないさ」
「どうして襲撃は止んだの?」
マルフォイは肩をすくめた。「犯人が捕まったからだろ」
「それで、それは誰だったのよ」
「さぁ、知らないよ」
「じゃあ、あなたは何を知っているの?」
「しばらくすれば学校が閉鎖することは知っている」
「学校が? あなたはどうしてその事を知っているの?」
「父上が僕に話したんだ」
「なら、今回、誰が秘密の部屋を開けたのか知っているんじゃない?」
マルフォイは首を回して曖昧に返事した。「さぁね……」
ハーマイオニーは前に進み出て、マルフォイの胸を押して、杖で殴りかかろうとした。
マルフォイはギャーと叫んで、「何も知らないよ!」と切羽詰まった様子で言った。
ハーマイオニーは眉をひそめた。
――マルフォイが知らないというなら他に誰が知っているのかしら。
恐らく50年前に開いたのはマルフォイ家の人間ではない、誰か別のスリザリン生だったのだろう。昔から勤めている先生ならば、もしかしたら見当がついているのかもしれない。しかし、誰も、50年前のことや、殺された女の子、それから秘密の部屋について詳しく話してくれる先生はいない。
ハーマイオニーは1分後溜息をついた。
「仕方がないわ」ハーマイオニーはマルフォイに杖を放り投げた。
「でもあなたが何も知らないというなら、私は他の事を要求するわ」
「なんだよ」
「練習よ」
ハーマイオニーは微笑んだ。
「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」
・
「私が話した事を何も聞いていなかったの?」
ハーマイオニーはレポート用紙を捲りながらパンジーに言った。パンジーは皆がレポートに取り組む間、しかめっ面で天井を見上げていた。
「ロックハートはくだらない教師だって貴方も言ってたじゃない」
「何故か怪物を倒す方法を幾つか知ってるけどね。それにレポートに関しては教師が無能でもやらなくちゃダメだわ」
「やらないのか?」
クラッブが額にしわを寄せて尋ねた。醜い文字ではあったが、クラッブは一生懸命にレポートを書いていた。
「私は後でやるわ」
マルフォイは無駄に高そうな羽ペンを握りしめて、教科書と睨み合いをしながら言った。
「僕たちは今取りかかるべきだ」
パンジーは立ち上がってマルフォイの隣の席に座った。
「ねぇ、後でやりましょ?」
「僕たちは今終わらせるんだ!」マルフォイは怒鳴って、腕に抱きついてきたパンジーを引き剥がした。
「勉強会へようこそ」
ハーマイオニーはポツリと呟いた。そしてさっさと他の教科のレポートに取り掛かり始めた。
「私たちはガリ勉じゃなかったはずよ」パンジーは立ち上がり吐き捨てるように言った。
「みんな単位を落としたくないのよ」
「貴方には話してないわ」
「自分の成績を思い出してみなさいよ」
パンジーは歯をむき出しにして怒鳴った。
「いい? 私は貴方をいつでも傷つけられるんだからね!」
「やれるものならやってみなさいよ!」とハーマイオニーも怒鳴り返す。
「貴方がサボっている間に私がどれだけ努力してきたか! いいわ、このままサボって、授業で失敗すればいいのよ! この落ちこぼれ!」
パンジーは椅子を蹴り飛ばしてローブに手を突っ込んだ。クラッブとゴイルは素早くテーブルから退き、ハーマイオニーは立ち上がってローブに手を突っ込んだ。しかし、両者が杖を取り出す前にマルフォイが「うるさい!」と叫んだ。
マルフォイは気まずそうに咳払いをした。
「女性は礼儀正しくするべきだ」
「女性?」パンジーは吐きそうになるフリをした。「彼女は、汚れ――」
「僕は礼儀正しくって言ったんだ、パンジー」マルフォイは素早く遮った。
パンジーは怒りで真っ赤になっていた。「貴方は……貴方は何だっていうの!」
パンジーはマルフォイを睨みつけて金切り声で叫んだ。
「私、私……こんなことは言いたくないけど、貴方は血を裏切る者と変わらないわ!」
マルフォイは勢いよく立ち上がって椅子を押し倒し、パンジーの首を掴むと、壁に押し付けた。パンジーは必死に逃げ出そうと腕を必死に振り回したが、後からやって来たゴイルとクラッブによって腕も押さえつけられる。ハーマイオニーはゆっくりと赤く染まっていくパンジーの顔を見て、汚れた、醜い笑みを浮かべた。
マルフォイはパンジーの耳元にゆっくりと顔を近づけた。
「もしも」マルフォイはハーマイオニーがギリギリ聞き取れるほどの小さな声で囁いた。
「お前がもう一度、僕と僕の家を馬鹿にするようなことを言ったら、お前の腹を切り裂いて、内臓を取り出してやる」
パンジーの顔は紫色に染まりつつあった。マルフォイは更に顔を近づけて何かをささやいた。
それからようやくマルフォイは手を放し、パンジーは滑るようにして地面に落ちた。パンジーはせき込んで、それから壁に背中を預けて、大きく息を吸い込んだ。
談話室に入ってきたノットがこちらの様子に気が付き、近付いてきた。
「パンジー」
ノットはパンジーを起こすためにゆっくりと手を差し出したが、その表情は極めて冷静だった。
パンジーはチラリと差し出された手を見たが、すぐに目を逸らし、何とか自力で立ち上がると、這うようにして寄宿舎へ向かった。
ノットは差し出した手を引っ込めて、寄宿舎に向かっていくパンジーを見つめた。そして、マルフォイに目を向けた。
「彼女に何をしたんだ?」とノットは穏やかに尋ねた。
マルフォイは倒れた椅子を元に戻して、ゆっくりと椅子に座った。それから右手を閉じたり開いたりした。
「パンジーは気分が悪かったんだ」
ノットはもう一度寄宿舎の方に目を向けてから、近くの椅子に座った。
「長く続かないことを祈るよ」
「彼女はいつ体調が良くなったか分からないでしょうけどね」とハーマイオニーは椅子に座り直しながら言った。
ノットは無表情で、感情のこもらない目をハーマイオニーに向けた。
「君は何をしていたんだい?」マルフォイはノットに尋ねた。
「父に返事を返すためにふくろう小屋に行っていた」ノットは呟くように言った。「それでドラコは……君はパンジーを罰することが正しいと思ったのか?」
マルフォイは眉をひそめてノットを見た。
「僕の家はドラコの家の計画を邪魔する気は無くてね」
「何を言っているんだ、テオ」マルフォイは嘲笑った。「別にパンジーは父の計画の邪魔をしたわけじゃない。一体何がそう思わせたんだい?」
ノットは頭を傾けた。
「彼女は……夏について話していた」
「何の夏だ」マルフォイは訝しんでいた。
「知らないのか……」
「何だ。話せよ、セオ」
ノットはかなりの時間をおいた。
「いや、知らないならいい……」
マルフォイは考え込んでいるようで追求することはなかった。ハーマイオニーはクラッブとゴイルを盗み見た。しかし、彼らもハーマイオニーと同じように、上流階級の軽いゲームについていけていないようだった。流れていく時間はかなり苛立たしいものだった。
ノットが再び口を開いたのはかなりの時間が経ってからだった。
「少しも……少しも知らないのか?」
今度はマルフォイに手番が回ってきた。ハーマイオニーはようやく会話の内容とゲームの仕組みを理解することができた。混乱する要素が多くても、スリザリンの談話室の会話は、図書館で過ごすよりも面白かった。
「多少は知っている」マルフォイもかなりの時間をかけた。「どうして気になる?」
「父は君が怪しいって手紙に書いていたよ」とノットは肩をすくめた。
「昨年、夏休みの間、父上と母上にはこってり叱られたからね」マルフォイは謎めいた笑みを浮かべた。「今年はしっかりとしなくては」
「やっぱり何か知っているのか?」
「僕には考えがある。君は?」
ノットは繰り返した。「考え、か」
マルフォイは微笑を浮かべてノットを見ていた。
「夏ってなんだ?君は本当に何か知っているのか?」
ノットはまっすぐに姿勢を正した。
「ふくろう小屋から帰ってくる途中に大広間に立ち寄ったんだ」
勝利を確信したであろうマルフォイは、凶悪的な笑顔を浮かべていた。しかしノットは我観せず、話題を変えた。
「決闘クラブがある。今夜だ」