蛇寮のハーマイオニー   作:強還元水

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秘密の部屋
第一章 帰ってきたホグワーツ


 プラットホームは人で溢れかえっていた。

 

 頭上にモクモクと煙を漂わせている機関車は、甲高い汽笛を鳴らし、生徒たちに列車に乗り込むよう促している。

 

 ハーマイオニーはトランクを足元に引き寄せて、前方を見渡した。

 

 誰も動こうとはしない。立ち止まる人々の目的がおしゃべりすることだからだ。

 

 ハーマイオニーはイライラと人を掻き分けながら前へ進む。群衆を通り抜けたところで、目の前に輝く赤毛が現れた。ハーマイオニーは慌てて停止し、よろよろと身体が揺れる。

 

 ハーマイオニーよりも少しだけ背が低い少女は、丸っこくて落ち着いた雰囲気の女性から熱く抱擁されていた。2人の傍に立つ背の高い男の子を足元から目で追うと、胸に監督生バッジがつけられている。男の子はパーシー・ウィーズリーだ。

 

 パーシーはいつまでも抱きしめ合っている2人を引き離し、少女を機関車へと連れて行く。

 

 ハーマイオニーはその様子を目で追った後、今度は慎重にプラットホームを歩き始めた。

 

 やがて程よい場所までたどり着き、ハーマイオニーはトランクを列車に引き上げた。機関車に入ると、学生たちがコンパートメントにトランクを運び入れようと、いくつかの列を作っているのが見えた。

 

 ハーマイオニーはゆっくりと歩きながらコンパートメントを覗く。しかし、どこも満員である。通路の端に寄り、学生の隣を通り抜けて、列車の後方に向かう。

 

 背後から怒鳴り声と騒音が聞こえ、ハーマイオニーは身を縮めた。2人の男の子が全力疾走で横を通り越し、乱暴な笑い声を辺りにまき散らしていく。そのすぐあとに黒人の女の子が「ウィーズリー!」と叫びながら、2人の後を追って走り抜ける。

 

 ハーマイオニーは用心深く後ろを確認した。続けて誰かが走ってくる気配はない。ハーマイオニーはトランクを引き寄せて、再び空いているコンパートメントを探し始めた。

 

 4つ目のコンパートメントで空きを1つ見つけた。部屋の中を覗くと、レイブンクロー生の一団がいる。1人の黒髪の女の子が積極的に話し、他の女の子は大げさなリアクションで話を聞いている。

 

 ――ここじゃ、旅が楽しめそうにないわね。

 

 通路へ視線を戻すと、青白い顔にブロンド髪の男の子が通路を堂々とした様子で歩いていた。ドラコ・マルフォイだ。隣にはパグ犬のような顔のパンジー・パーキンソンがいる。

 

 ハーマイオニーは素早く顔を伏せた。マルフォイたちはハーマイオニーに気が付かず、押しのけるようにして通り抜けていった。

 

 それからしばらく経って、ハーマイオニーは並んで座っているパチル姉妹を見つけた。どうやら席も空いているようだ。コンパートメントの扉を開けると、姉妹は同じタイミングで顔を向け、2人の柔らかそうな黒髪がふんわりと揺れる。

 

 「こんにちは、パドマ」とハーマイオニーは出来るだけ柔らかな声を出して言った。「ここに座ってもいいかしら?」

 

 パドマは微笑を浮かべながら、「もちろんよ」と頷いた。そうして2人は会話に戻った。

 

 ハーマイオニーはトランクをコンパートメントの中に入れ、扉をそっと閉めた。そしてトランクを開けて、5年生用の標準教科書‐呪文学‐を取り出す。

 

 教科書を自分の席に置き、トランクを閉じると、ハーマイオニーはオーバーヘッドストレージを見上げた。トランクを仕舞うのに十分なスペースはあるが、問題はどうやってトランクを持ち上げるかである。トランクの一端を掴んで試しに持ち上げてみるが、非常に重たく、ほんの僅かしか上がらない。

 

 ——何人かが手伝ってくれれば、簡単に持ち上げられるのに。

 

 ハーマイオニーは小さく頭を横に振り、思い浮かべた期待を追い払った。ハッフルパフ生でもない限り、望みは薄いだろう。

 

 ハーマイオニーはトランクをジッと見つめる。

 

 ——あなたは魔女じゃない

 

 ハーマイオニーはローブから杖を引き抜き、サッと軽く杖を振った。

 

 「ウィンガーディアム・レビオーサ(浮遊せよ)」

 

 トランクは微かに震えながら、収納場所へとゆっくりと移動する。ハーマイオニーは上手く制御出来たことが嬉しく、満足げに微笑を受かべた。グリフィンドール生のパーバティ・パチルが微かに眉を上げてハーマイオニーの顔を見たが、特に何かを言うことなく、会話へと戻った。

 

 教科書を膝に抱えて席に座ったハーマイオニーは、そっとコンパートメント内の生徒を観察し始めた。パチル姉妹のことは知っていたが、もう1人の女の子のことは知らなかった。

 

 その女の子はレイブンクロー生のようで、3年、もしくは4年生だと思われた。アジア系の顔をしている。

 

 彼女は話題の中心になって、姉妹をクスクスと笑わせていた。話題は男の子についてのようだ。ハーマイオニーはレイブンクロー生に対して敬意を持っていたが、アジア系の女の子が話題として恋愛を選んだのには少し失望を感じていた。ハーマイオニーは溜息を吐くのを我慢して、教科書を開いた。

 

―――

 プロテゴ(守れ)……習得するのが非常に困難な呪文です。適切に実行された場合、ほとんどの攻撃呪文の他に、魔法ではない攻撃に対してもバリアを発生させ、身を護ることが出来ます。プロテゴは武装解除術と共に、非暴力的な解決方法として用いられることが多いです。

 プロテゴには幾つかの異なる使用方法があります。標準方法では対象と攻撃呪文の間に盾を展開し、攻撃呪文が対象に到達することを防ぎます。その際、続けて呪文を唱えることで、盾の防御性を向上させることが出来、完全では無いものの許されざる呪文に対して対抗することが可能です。あるいは……

―――

 

 プロテゴについて記載されている部分を読んでいると、教科書の上に揺れる手が現れ、ハーマイオニーは目をぱちぱちをしばたかせた。顔を上げると、みんなの視線が集まっている。

 

 そしてすぐさまアジア系の顔の女の子が「それは何なの?」と尋ねてきた。

 

 「えっとー、どういう意味?」ハーマイオニーは意味が分からず、困惑して聞き返す。

 

 アジア系の女の子は眉を微かに上げてから、再び尋ねた。

 

 「それって5年生用の教科書でしょ?」

 

 ハーマイオニーは答えを知っていたが、念のために本を裏返して表紙を確認する。

 

 「ええ、そうよ」

 

 「でも、貴方は5年生じゃないわ」女の子は何かを告発するような口調で指摘した。

 

 「そうね、私は2年生よ」

 

 「じゃあ……なんでそれを読んでいるの?」

 

 ハーマイオニーは本を開いて、先程自分が読んでいたページを女の子に見せた。「プロテゴについての記載よ」

 

 女の子の表情が変化しなかったため、ハーマイオニーは説明をつけ足す。「攻撃呪文から身を守るための呪文を、5年生になるまで学べないのは非常に愚かなことだと思ったの」

 

 「ああ」女の子は少しだけしかめっ面を和らげた。「なるほどね、それは考え付かなかったわ」

 

 「チョウ・チャン」女の子は手を差し出しながら言った。「3年生よ」学年を告げる口調は少し勿体ぶっていて、年齢差を言及することに価値を見出しているようだった。

 

 ハーマイオニーは差し出された手を一瞬見つめ、それから身を乗り出して手を握った。「ハーマイオニーよ」

 

 チョウは微笑んだ。「それで、習得することは出来そうなの? プロテゴ?」

 

 「うーん」とハーマイオニーは小さく唸った。「基礎は十分に出来上がっていると思うから、単純な概念さえ理解できればある程度の形は残せると思うわ」

 

 「それは凄いわね」チョウの返事は適当で、ハーマイオニーの言葉を信じているようには思えなかった。「そういえば、貴方と談話室で会ったこと無いわよね?」

 

 ハーマイオニーは首を傾げてチョウの顔を見る。

 

 「貴方レイブンクローでしょ?」

 

 「いいえ、スリザリンよ」

 

 「あー……」チョーは曖昧に頷くと、意味あり気な微笑を浮かべた。「レイブンクロー生として、貴方の知的好奇心を素晴らしく思うわ」

 

 姉妹との会話に戻ったチョウは、それからハーマイオニーをまるでいない存在のように扱い、学校に着くまでの間、話し掛けてくることは無かった。

 

 

 

 

 

 ハーマイオニーは擦り切れた古い木の表面を見下ろして、スリザリンのテーブルの端に座っていた。

 

 組み分けの儀式は最後の方になり「ウィーズリー、ジニー!」とマクゴナガル先生の呼ぶ声が聞こえ、ほんのわずかに顔を上げると、すぐさま組み分け帽子が「グリフィンドール!」と叫び、グリフィンドールの席から大きな歓声があがった。

 

 いま学校に在籍しているウィーズリー家の3人の息子たちは全員問題児だ。もしかしたらジニーという少女もなにかしでかすかも知れない。ハーマイオニーはいらぬ心配だと分かりながらも、学校がどう対応するのか心配になった。

 

 組み分けの儀式が終わると、どこからともなくご馳走が現れ、生徒は歓声を上げながら大皿に乗った食べ物に思い思い手を伸ばした。食事の最中に、マルフォイが忠実な友人たちと楽しそうに話す声が聞こえてきた。マルフォイはどうやらポッターについて話していて、それは友人にとてもウケが良いようで、何度も笑い声があがっている。

 

 「ほら、やっぱり見てみろ。ポッターとウィーズリーは学校に来ていない! 多分、老いぼれが奴らを学校から追い出したんだろう。まったく驚くことじゃないけどね」

 

 マルフォイの高笑いにつられるようにして周囲から笑い声があがり、ポッターとウィーズリーに対する悪口がちらほらと聞こえてきた。

 

 「もちろん、父上が何らかの圧力をかけたんだと思う。みんなが知っているように、僕の父上は理事会のメンバーだからね」

 

 ハーマイオニーはマルフォイの話を聞き流そうとしたが、もしも彼の言っていることが本当ならと考えると、僅かに興味が引かれた。1年前に列車で会ったポッターは礼儀正しい男の子に見え、残酷なスリザリン生や授業で関わる生徒よりもはるかにまともに思えた。噂を聞く限り、ポッターは独善的で独断的な上に、周りの注意を集めるのに必死で、まるでマルフォイのような男の子なのだが。

 

 豪華な食事が終わると、ハーマイオニーは真っ先に大広間を出た。寄り道せずに地下牢へ向かい、とある壁の前で立ち止まると、小さく「純血」と呟く。ハーマイオニーは壁に隠された石の扉が静かに開くのをじれるようにして待ち、扉が開くと急いで中へ入った。

 

 スリザリンの談話室は細長い天井の低い地下室で、壁と天井は荒削りの石造りだ。壮大な彫刻が施された暖炉の周りには、彫刻入りの椅子や黒革のソファーが置かれている。

 

 ハーマイオニーはグリーンのカーペットがひかれた遊歩道を通って、まっすぐに寮へ続く階段の元へ向かった。階段の傍には張り紙が張られ、左が男子生徒、右が女子生徒と書かれている。ハーマイオニーは一瞥すると、左の螺旋階段を登り、2年生用の寮へと入って行った。

 

 寮の部屋は談話室と同様に豪華な装飾が施されている。エメラルドのビロードのカーテンが掛かった四本柱の天蓋付きベッドが5つあり、それぞれのベッドの傍に机と小さな革の椅子、ドレッサー、それから女子生徒のトランクが置かれている。

 

 ハーマイオニーはローブを乱暴に脱いで自分のベッドの上に放り投げ、それからトランクからタオルと特大のTシャツ、余裕のあるパジャマ用ズボンを取り出した。最後に枕の下に杖を隠して準備を終えたハーマイオニーは洗面所へと急いだ。

 

 服を脱ぐ最中にルームメイトが帰ってくるまでの時間を計算していると、あまり余裕がないことにハーマイオニーは気が付いた。

 

 ――今日は髪を洗わないことにしよう。

 

 素早く体を洗ったハーマイオニーは、これまた素早く体をふき、用心しながらシャワー室を出た。籠にしまっておいた服を着ていると、寮室の方から歓声が聞こえ、ビクッと体が震えた。

 

 「帰って来たわ!」どうやらパンジーの声のようだ。

 

 寮室に恐る恐る戻ると、トレイシーがベッドの上を軽く跳ねながらパンジーに抱き着いているのが目に入って来た。2人は抱き合いながらベッドの上をコロコロと回って、床へと落ち、それから2人で笑いながら「帰って来た!」と再び叫んだ。

 

 ダフネは靴を脱いで自分のベッドに上がり、上品な態度と礼儀正しい笑顔を浮かべて、そんな2人の様子を見ていた。そんなダフネの様子を見てパンジーは立ち上がり、ベッドへダイブすると、ダフネの腰へと抱き着いた。

 

 「帰って来たのよ、ダフネ!」

 

 そこへトレイシーが加わると、女の子たちはクスクスと静かに笑い声をあげ、それから発作を起こしたかのように大きな笑い声を上げた。

 

 ハーマイオニーは自分のベッドへと進み、トランクから教科書を取り出した。それから枕から杖を取り出し、静かにベッドに乗って、枕にもたれ掛かった。

 

 彼女たちはしばらく起きているだろう。ハーマイオニーには確信があった。

 

 ハーマイオニーは眠るときのためにカーテンを閉めようと思ったが、少しだけ、少しだけルームメイトの様子が気になり、閉めるのではなく、そっと左に目を向けた。

 

 3人の女の子たちは同じベッドに座って、今年の夏の思い出について花を咲かせている。右を見ると、ミリセントが自身のベッドに腰を掛け、靴を脱いでいる所だった。

 

 「久しぶりね、ミリー」

 

 ミリセントはハーマイオニーに目を向けると、頷いたのかどうか分からないぐらいに小さく顎を引いた。それから靴を履きなおすと、ダフネたちのベッドへ移動し、慎重に彼女たちのベッドに体を滑り込ませた。

 

 「パパがパリに連れて行ってくれたわ」とトレイシーが言った。「ねぇ、マグルって物を作ることに関しては良い線いってると思わない?」

 

 「マグルが?」パンジーが鼻で笑うように聞き返した。

 

 「ええ。エッフェル塔って見たことある? それからヴェルサイユ宮殿とか。素晴らしかったわ……」

 

 「シャンゼリゼ通りも綺麗よね」ミリセントが思い切った感じで会話に参加した。

 

 「確かに」トレイシーが頷くとミリセントは嬉しそうに微笑んだ。

 

 「そういえば」パンジーは自分に注目が集まるのを待って喋り出した。「何でもないことなんだけど、2、3週間前にドラコの家のパーティーに招待されたわ」

 

 「わーおぅ……」とトレイシーは柔らかでどこか間抜けな声を出した。

 

 トレイシーとミリセントは勿論のこと、先程まで興味無さげな様子だったダフネも僅かに身を乗り出している。

 

 「もう、色々凄かったわ」パンジーは勿体ぶるように話し始めた。

 

 「トレイシーの知っている通り、私の家も十分大きいけれど、ドラコの家はそれ以上に大きかったの。つまり……尋常じゃなく大きいってこと。扉を開けるたびに驚かされたわ。だって、大理石の床に巨大な螺旋階段、それからよく分からないけど……とにかく高級な装飾品がいっぱいなの。それに庭園も素晴らしかったわ! あと、私、ドラコに敷地を案内して貰ったの。彼って自分の家にクィディッチ場があるのよ、知ってた? あー、ほんと彼って素敵。今年の寮の選手に絶対、選ばれると思うわ」

 

 ハーマイオニーはチラリとダフネの様子を伺った。彼女は自分の爪を見つめて無関心を装っているようであったが、熱心に話を聞いているのは明らかだった。

 

 「私、ドラコのお父様に会ったことあるわ」ダフネは少しぶっきらぼうな口調で言った。「お父様の商談の時に」

 

 「そうなの? ドラコのお父様ってすごく印象的よね。そういえば、お父様が持って無い物なんてないんじゃない?ってドラコに聞いてみたの。そしたら”まだすべてを手に入れた訳じゃないさ”って答えたわ」

 

 パンジーはミリセントの方を振り返った。「多分ドラコのお父様は魔法大臣になるつもりなのよ」ミリセントは曖昧に頷いた。

 

 「ハァ……ドラコって素晴らしいわ」

 

 「あと2、3年経てばね」ダフネは余裕のある声で言った。「その頃になればドラコ”自身”に本当の魅力が付くんじゃないかしら」

 

 パンジーは巨悪な笑顔でダフネの方を振り向いた。「あら、既に十分魅力があるんじゃない?」

 

 「少なくとも私は、彼が本当に魅力的な人なのか分かるまで待つわ」

 

 「あら、2、3年も待ってていいの? 私が手に入れた後だったら、果たして奪えるかしら?」

 

 「ええ、自分には自信があるの」

 

 ダフネはシャツを上へゆっくりと持ち上げて、それから立ちあがり、トレイシーに向かって体を折り曲げるようにして見せ、挑発的にスカートを上げ下げした。

 

 ダフネの言葉の意味を理解したとき、ハーマイオニーは軽い発熱を感じた。ハーマイオニーは、ダフネの乳白色の体とすらりとした手足を、その時じっと見つめていた。彼女の細長い体はすべてバランスが整っていて、彼女の自身に対する信頼が羨ましく、妬ましかった。ダフネがマルフォイの関心を本当に奪おうと考えたならば、男の子であるマルフォイなど、あっという間に魅了されるにちがいない。マルフォイなどに興味はないけれど、それは女の子として格別に凄いことだ。

 

 ハーマイオニーは今日は盗み聞きをここまでにすることにして、カーテンを引き、毛布の下に潜り込んだ。

 

 そして、身体のコンプレックスが全て消え去って自分が美しい女の子になることを空想しながら、眠りについた。

 

 

 

 

 


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