木曜日、コーチを始めて4日目になった。
試合までで練習できるのは残す所今日をいれて三日のみ。
本格的に試合に向けての動き方をそろそろ取り組んでいかなければならない。
今日は体育館の使用は男子の順番になっているから、女子バスケ部の練習場所は以前と同じく真帆の家になるのだろうか?
それはそれでいいのだけれど、また学校前に迎えに来られるのもなぁ。
あれはあれで恥ずかしい。
せめてメイド服は非日常すぎて目立つので、他の格好にしてもらえないか相談しておこう。
…………とまぁ、事前にメールで相談しておいたのだ。
しておいたのだが、これはこれでどうなのだろうか。
「おまたせしました長谷川様」
てっきりスーツ姿か、おとなしめの私服で来てくれると思っていたのだが、俺を迎えに来た久井奈さんは完全にTPOを無視した格好で現れた。
露出度としては嬉しいんですけどね、何故に競泳水着なのでしょうか?
俺が反応に困っていると、可愛らしくこてんと首をかしげる久井奈さん。
そのあどけない表情はナチュラルメイクなことも相まって、とても成人してるようには見えない。
前に会った時も思ったが、一目では化粧をしているようには見えない上に、自然で素朴な印象を受ける顔をしているので実年齢よりもかなり若く見える。
年上というよりも、少し大人びた同年代といった感じがする。
しかし身長は平均的ながら、豊満な果実をお持ちである。
泳ぐ上で実用を重視している競泳水着を着ているせいで、体にフィットする生地でスタイルがはっきりとわかってしまう。
無駄と思える脂肪がなく、それでいて女性的な丸みを帯びた肢体は魅力的の一言に尽きる。
そんな女性が、真っ赤なポルシェを背にして学校正門前の並木道に立っている。
意味のわからないギャップに戸惑いと興奮を覚えている俺がいた。
「あの……何故に水着なので?」
「はぁ、長谷川様は私服よりもこちらの方がお喜びになると篁様が教えていただきまして」
ミホ姉何教えてんだ?
どうせならプールとかで見たかったなぁ。
現在進行形で俺の評判がおかしな方向へ転がっていく気配がする。
具体的には背後で遠巻きに見ている他の生徒達のざわめきとかね。
「もしかしてバニースーツの方がお好みでしたか?」
「はい……いや、はいじゃなくてですね」
えっ、バニーちゃんとか持ってんの? うわすごい見たい。
思わず顔に出そうになるが今はそんな場合ではない。
早くこの場を立ち去らなければ。
「す、すすすす、すばる‼︎」
「あ、葵」
背後からどもりながら俺の名前を呼ぶ声がして振り返ると、幼馴染の荻山葵が顔を真っ赤にしながらわなわなと震えていた。
「そそそそ、その、その変な女誰なの!」
まぁ普通気になるよなぁ。
俺だって知り合いが人の往来で水着美人と仲良くしていれば気になる。
「貴女は荻山葵さんでしたね」
「な、何よ……なんで私の名前知って……」
さすが三沢財閥というべきか、娘のコーチの周辺人物に関しても調査済みということだろうか。
普通に怖いわ。
「私は、そうですね……昴様に将来身も心も捧げる者、とでも名乗っておきましょうか?」
「……な、なななななな‼︎」
突然変なことを言い出す久井奈さんに、今まで以上に真っ赤になって狼狽える葵。
何故か先ほどまで長谷川と苗字で呼んでいたのに、久井奈さんの俺の呼び方が名前呼びになっているし。
俺は葵に聞こえないように久井奈さんの耳元に近づいて話しかける。
「あの、なんでそんな変な嘘を?」
「あら嘘ではありませんよ。真帆様とご結婚された暁には長谷川様も私にとって仕えるべき三沢家の一員になられるのですから」
おうふ。耳元でぽしょぽしょと答えられると甘い声が心地いいというかこのアングルから見える胸の谷間のなんという色気。
「強いて理由をいうなら、からかうと面白そうな子だと思いまして」
「いや、後々面倒なのでほどほどにしてもらえます?」
「承知しました」
そう言って俺の腕に自分の腕を絡めて密着してくる久井奈さん。
彼女の視線は葵に向いていた。
見せつけるように、豊満な胸の谷間に俺の腕をはさんでやわらけええええ‼︎
いやいや、承知してないですよねからかってるよね現在進行形で。
周囲から突き刺さる視線が気持ち良……違う、気まずい。
「さぁ行きましょう昴様」
「えっ、あ、ああはい」
その場から逃げるように車に乗り込む。
助手席に俺が乗り込んでから、久井奈さんは運転席へ乗ろうとした。
そのタイミングで復活した葵が車のドアに飛びつく。
「ちょ、ちょっと!? 昴をどこに連れて行くのよ!」
「どこへ、と申されましてもいいところとしかお答えできません」
いいところって、単に真帆の家のバスケコートに行くだけじゃないか。
練習場所としてはそりゃいいところではあるんだけどさ。
「い、いいところ……」
「そう、いいところです」
久井奈さんはドアの内側のポケットから何かを取り出して葵に手渡した。
どうやらそれはライターのようだった。
あぁ、だいたいどんなデザインのライターか理解できてしまった。
最初不審気な顔をしていた葵だったが、そのライターがどういう場所で手に入るものか理解した途端、盛大に鼻血を噴出させてその場に倒れた。
えっ、そういうの持ってるってことは久井奈さん恋人いるの?
もしくはこの容姿で人妻とかだったらどうしよう。
年上は苦手だけど久井奈さんはなんかそんなに年上な感じがしないからか興奮するんですけど。
「さぁ行きましょう」
「え、あの……」
久井奈さんは愉悦の垣間見える笑顔を浮かべて、倒れる葵を見下ろすと、車を発進させる。
この人も少し天然入っていそうではあるが、人をおちょくるのが好きそうという意味ではミホ姉と似た匂いがする。
あぁ明日から色々学校大変だなぁ。
「すみません長谷川様。ついついあの手の女の子を見ると遊びたくなりまして」
「はぁ、できれば次からは控えてくれるとありがたいのですが」
呼び方が名前から苗字呼びに戻っていた。
前を見ながら真面目な顔のままぺろりと舌を出す年上女性に、ついつい許してしまいそうになるが、今後もこんなことが続けば俺の社会的なあれこれが危ない。
「おわびに、長谷川様がお望みであれば今度バニースーツを着てご覧にいれましょう」
「本当ですか!? 是非にお願いします!」
「かしこまりました」
全部許した。
三沢邸のバスケコートに到着するとすでに皆は準備運動を終えていた。
「あっ、すばるーん!」
「おー」
前に来た時と同じく、真帆とひなたちゃんが元気に手を振ってくれる。
他の三人も照れたような笑顔を浮かべながら手を振ってくれる。
しかし誰だろうか、こちらを値踏みするように見ながらコート脇のベンチに座る女性が一人。
細身で長髪を後ろで結んでいる妙齢の美女だ。
気の強そうな目と、栗色の髪をしていることから真帆の母親だろうか?
女性は俺と目があうと、ベンチから立ち上がり近づいてきた。
「初めまして、真帆の母親の萌衣よ。貴方が長谷川昴君ね」
「どうも初めまして。お邪魔しています」
差し出された右手に握手する。
なんだろう、こちらを値踏みするような視線を全身にひしひしと感じる。
「真帆のコーチをしてくれる少年というのがどういった子か一度見たかっただけなのよ。
あまり緊張しなくてもいいわ」
「はぁ……」
「昴君は練習の後、少し時間あるかしら」
「はい、練習の後でしたら大丈夫ですよ」
「そう、それは良かった。なら話したいことがあるから、練習が終わったら久井奈に案内させるわ」
話とはなんだろうか。
もしかして、女子バスケ部のメンバーにセクハラまがいのことをしているのを咎められるとか?
それだとガクブルもんだが視線に嫌悪とか攻撃的な色は見えてこない。
「なぁなぁ早く練習しよーぜ」
「あ、あぁそうだな」
「あらあらごめんね真帆。じゃあ邪魔しちゃ悪いし私は行くわね。皆またあとで」
急かす真帆に苦笑しながら、萌衣さんはそう言って去っていった。
運動着に着替えた後、皆と一緒に練習した。
試合の動き、大まかな作戦を伝えて今日はひたすらその動きの練習をする。
3対2に分かれてオフェンスとディフェンスを入れ替えつつ、試合での自分の役割というものを理解してもらう。
こればかりは残り数回の練習で完璧にできるものではない。
付け焼き刃でしかないが、最低限試合できる程度には仕上げたつもりだ。
身体能力ではあまり差がないと推測される以上、あとは技術力の問題。
個人での技術力では勝てなくても、それぞれの得意分野で上手く勝負できるように試合を動かせば十分勝機はある。
あとは最後、気持ちで勝てれば大丈夫かな。
彼女たちは仲良しで、友人と楽しめるバスケ部という居場所を大事にしている。
なら、その場所を守りたいという想いが力に変わることを信じよう。
俺にできるのは、作戦を授けることと、汗をかきながら走り回る少女たちを眺めることだけだ。
毎日の積み重ねで確実に身についてきた実力に、少女たちの顔にも自信が見えた。
練習の後、俺たちは三沢家の晩餐にお呼ばれすることになった。
シャワーを借りて練習の汗を流す。
本邸の風呂場を使っていいとのことだったが、風呂だけでどこかの銭湯くらいの広さがあるんですが。
どこかテーマパークにでも来たのかと錯覚するほどだ。
サウナとかもあるらしいけど、さすがに時間のある時でないと借りるのも憚られる。
この後の食事で待たせているしね。
一番汗をかいているであろう女子たちに先にシャワーを浴びさせた。
俺よりも彼女たちの方が、長い髪を乾かしたり用意にも時間かかるだろうしね。
あとは俺が出てくるのをみんな待っているだろう。
さっさと髪と体を洗って脱衣所に出る。
最初、メイドさんが俺の体を拭こうと思ってか脱衣所にスタンバイしていたが遠慮して下がってもらった。
さすがに他人に息子を見られるのには抵抗がある。
メイドのお姉さんが俺の脱衣シーンを見て息を荒げていて身の危険を感じたっていうのもあるけどね。
用意されたバスタオルで体についた水滴を拭き取る。
髪を乱雑にがしがしと拭きながら、設置された鏡に全身を映し出す。
うむ、我ながら引き締まっているな。
前世ではなかった、蝉のような割れた腹筋は自慢の一つだ。
ナルシストと笑わば笑え。
人間関係において容姿というのは重要なのである。
それが全てだとは口が裂けても言えないが、第一印象というのは基本容姿で決まる。
男としての理想はドラゴンボールにでてきそうな筋肉だが、あいにくと細身であるのが否めない。
食べても筋トレしても、筋肉の密度は高くなっている気もするのだが、あまり太くなってくれないのだ。
俺としてはもう少しガッチリした方がワイルドな感じがしていいと思うのだが。
それでも、今の俺であってもクラスメートの男子に「一人だけ画風が違う」と冗談で言われるほどではあるのだけれど。
「すばるん遅いぞー! いつまで着替えて……」
「ちょっと真帆、あんたなn……」
「おー」
「はわわわわわわ」
「……ふひゅひ」
考え事をしていると、ドアを蹴破るような勢いで脱衣所に乱入してきた女子バスケ部の面々。
正確には男が着替えているところに突入する真帆を他のメンバーが抑えようとして失敗した形みたいだが。
全員が固まって俺の股間を凝視している。
あっ、ひなたちゃんだけ動じてないなさっすがー。
この作品はきっと成人指定ではないから、謎のレーザー光線が邪魔してちゃんと見えていないことを祈っておこうかな。
しかしこのままではアーボからアーボックに進化する光でレーザーをかき消してしまいかねないので、早々にパンツの中にしまった。
これがポケットモンスターの正しい在り方さ。
「とりあえず、もう少し外で待っててね」
「わわわ、ごめんすばるん!」
「すみませんでしたー!!」
「ありがとうございましたー!」
真っ赤になって脱衣所から逃げていく彼女たちの中で、なぜか智花だけが感謝の言葉を口にしていた。
…………さぁて、晩餐のメニューは何かなぁ。
どうも皆様、投稿が前回より遅くなり申し訳有りません。
正月も終わる時期になって、仕事から帰って来たら親戚の子供がお年玉をせびりに遊びに来てまして。
その子供たちとスパイダーマンごっこをしていて書くのが遅れました。
後半やっつけ。