怪物祭騒動の後、町の至る所にモンスターの爪痕は残されたものの、幸いにも死者は出なかった。けが人は何人か出たものの軽傷。まさに奇跡と言っても過言ではなかった。
そんな日の夜、黄昏の館で一人アイズは湯船に浸かりながら考えていた。
(ベル……ベル・クラネル……)
はじめて彼の戦う姿を見て、どこか普通の冒険者とは違う感じがしていた。そして今日、その確信が持てた。
苦戦したモンスターを倒しただけでなく、戦いの中で第三者の救出も行っていた。おそらくあのモンスターを倒す前にも他のモンスターを倒してきたのであろうとアイズは推測する。
「……私は、強くなる。貴方を超える。」
アイズは静かにそう呟いた。
一方ティオナは食堂でボーっとしていた。
「おい、アイツどうしたんだ?モンスターの毒にでも侵されたのか?」
いつものティオナじゃないことに誰でも気付く中、ベートがティオネに尋ねる。
「ああ、あの子?実は今日衝撃的なのを見たのよね。」
「衝撃的?なんだよそれ?」
「前にアイズが酒場で言っていたベルって子がいるでしょ?」
「……ああ。」
ベルの話が出るとベートは不機嫌な顔になる。
「彼、今日私たちが苦戦したモンスターを倒したのよ。」
「それって弱ってたところを倒したんだろ?雑魚じゃねぇか。」
そんなベートに対しティオネは言った。
「違うわ。私たちアマゾネスの力で殴っても結構硬いモンスターだったわ。アイズも魔法を使ってやっと切れる程のね。でも、彼は違ったわ。彼は魔法もなんも使わずに触手を切って避難に遅れた人を助けた。それだけじゃない、剣で空間を切って鎧の様なものまで出してモンスターを倒したわ。」
「なっ!?」
ベートはその言葉に驚きを隠せなかった。アイズの実力を知っているベート。Lv.5のアイズが手を焼いた相手をベルが倒したのだから。
そんな二人にロキとリヴェリアが近づいて来た。
「なんや、面白い話しとるな。」
「その話、私にも聞かせてくれないか?」
「ええ。」
二人の言葉にティオネはそう答えた。
「ティオネ、そのベルっちゅう奴はどこのファミリアや?」
「確かヘスティア・ファミリアって言ってました。」
その言葉を聞くなりあの「ドチビのか!」とロキは声を上げた。
「あ、そういえば……」
「どうかしたか?」
「確かあの時、未熟者だけどガロって言葉を口にしてました。」
ティオネの言葉を聞くとリヴェリアは目を見開いた。
「どうかしたのか、リヴェリア?」
ベートが問うとリヴェリアは言った。
「牙狼……たしか私がここに来るまでに何度か聞いたことがあるな。」
「なんなんだ、その牙狼ってのは?」
「牙狼とはあるところでは希望を意味する言葉らしい。
その起源として過去に悪魔とまで言われてきたモンスターたちによっていくつもの国や町が滅んだ時代からだ。当時はダンジョンのモンスターとは比べ物にならないくらい酷いモンスターがいてな。国の選りすぐりの軍をもってしても倒せなかったそうだ。
そんな矢先、ある一人の男が現れた。その男は剣と鎧を使ってモンスターを倒した。それがある国での伝説だ。その者たちは騎士と呼ばれ、至る所に同じような伝説はあれど、風貌が違うのが多かった。
だが一人だけ、数々の偉業を成し遂げた者がいた。その者は何代にもわたり偉業を成し遂げてきたそうだ。そしてその偉業を成し遂げてきたものには共通してこう呼ばれているらしい。
黄金騎士・牙狼と。」
その言葉を聞くとロキは顎に手を当て、考え始める。
(ドチビがベルっちゅう子が自分とこに入ったらあの席で自慢しているはずや。てことはその後にドチビの眷属になった。そう仮定したほうがええ。でも問題はそのベルがどんくらいの実力かや。まぁ、明日にでも分かるか。)
ロキがそう思っているとティオネは爆弾発言をした。
「でも私たちが最初に会った時はどこのファミリアにも所属してなかったわ。なのに私たちの目の前でシルバーバックを倒したわ。」
その言葉に食堂で意味を傾けていた全員に衝撃が走った。
アイズの話ではベルはミノタウロスを倒した。つまり、神の恩賞も受けずにダンジョンに乗り込み、ミノタウロスをたった一人で倒したこととなる。
(どえらい奴がいたもんやな、こりゃ神会でえらく取り上げられるで。)
ロキは一人そう思った。
一方その頃ギルドではエイナは臨時の仕事をしていた。
怪物祭による被害の報告や逃げ出したモンスターの詳細情報、怪我人の情報やモンスター退治に貢献した冒険者など、やることは山ほどあった。
一通り終えるとエイナは背中を椅子に預け、一息つく。
「お疲れ、エイナ。」
エイナの同僚のミィシャ・フロットが声を掛ける。
「そっちの進捗は?」
「それが……」
ミィシャは目を泳がせる。
「……アンタはねぇ……」
エイナは握りこぶしを作るが、すぐに拳を収め溜息を吐く。
「あれ?どうしたの?」
「半分はアンタに呆れてるのよ。で、もう一つが……」
エイナは机の上に置かれているベルのステータスが掛かれた紙を見る。
「もしかして、そこに書かれてる子のステータス?」
「ええ、そうよ。もうあの子は……」
「あの子って、ベルって子のこと?白い。」
「ええ、そうよ。それで今日ファミリアに入ったのよ。」
「よかったじゃない。貴女、神の恩賞を受けていないあの子のこと気にかけてたから喜ぶべきことじゃないの?」
ミィシャの言葉も最もであった。だがエイナは違った。
その頃ヘスティア・ファミリアの拠点である廃教会……ではなくベルが止まっている宿。そこにヘスティアとベル、そしてザルバはいた。
理由としてはヘスティアがあんなところで一人で住んでいるのが理由であり、ボロボロであったためさすがのベルも怒り、下宿している宿に今晩は止まらせている形である。
「ふ~ん。ザルバ君は千年以上生きているんだね。」
「まあな。最も、俺もいつ生まれたか長すぎて忘れちまったがな。」
スタンドに掛けられているザルバとヘスティアが話しているとベルが話しかける。
「ヘスティア様、俺のステータスってどうなっているんですか?」
「ああ、それか。実は……」
気まずそうな顔でヘスティアはステータスを書き写した紙を差し出す。あの時は無我夢中であったがため嘘偽りなく書いている。
ベル・クラネル
Lv:5
力:S 940
耐久:S 976
器用:S 965
敏捷:S 943
魔力・A 855
《魔法》 【】
《スキル》 【守りし者】
・仲間や守るもののためにステータスが上昇する。
・常時発動
「「ベル君、君は一体どうやったらこうなるわけ?」」
ギルドにいるエイナとヘスティアは同時に言った。
そして翌日、ギルドの掲示板に大々的に張り出された。
書き出しは『新人冒険者異例のLv.5!』と。