「越軍は……千曲川を挟んだ向こう側か……」
武田四天王が、遠くに陣を張る越軍の姿を捉えていた。
過去3度、甲斐の武田晴信と越後の長尾景虎はここで衝突し、多大なる出血の末、どちらが勝ったとも言えない戦いをしていた。
今度こそ完全なる勝利を納め、越軍の息の根を止めるのだと、4人の意気は高揚する。
「微妙な距離に陣を立てたもんだぜ。 川を挟んで対陣するか、川を渡って決戦か……」
「敵の目の前で川を渡るのはあまり好ましくないのは確かだな」
「川を渡り切った直後で隊列も整わない所を襲う作戦かな?」
「にしちゃ遠すぎだぜ」
「距離感を見誤ったのかなぁ?」
「五輪の書に曰く、敵を侮る戦は負け戦だぜ、ころ」
「ごりんのしょ?」
「九十郎に教えてもらった、何か有名な兵法書らしいぜ」
「そうなんだ」
ただし、この時代では影も形も無い。
「れも、これらけ距離があれば、接敵の前に渡河を終えれるのら」
「拙としては、前に来た時より千曲川の川幅が狭くなっているのが気になるのだがな」
「上流を堰き止めてるのかも」
「渡河と同時に堰を切り、我等を押し流す策か」
「そんな大規模な作戦、こっちの密偵が見逃すかなぁ……」
「上流はむしろ武田の勢力圏だぜ」
武田四天王が互いに顔を見合わせる。
お互いの考えている事は、お互いの目を見れば大体分かる。
「……あの情報、どうやら事実のようだな」
「ああ、あたいもアレを見るまでイマイチ信じられなかったぜ」
「アレがこっちを油断させるための偽装だったら大したものだよね」
「正直、らめらめなのら」
「らめらめって何かやらしくねえかぜ」
「られもそんな事言ってないのらぁっ!」
「いずれにせよ……」
4人の視線が遠くに見える越軍の陣を見る。
彼女らが出す結論は全く同じ……
「長尾景虎は不在のようだ」
「マジで美空は来てないようだぜ」
「長尾景虎さん、本当にいないみたいだね」
「景虎はいないのら!」
「あそこに柵を建てて、あそことあそこに見張りを置いて」
「武器はあの辺、兵糧はあの辺に集めてると……
この位置からバレバレって、罠を疑いたくなるぜ」
「奇襲しほーらいなのら!」
そう、陣立てがイマイチ素人臭いのだ。
一生懸命教本通りの配置を再現しましたとでも言いたげな感じで、百戦錬磨の長尾景虎らしさが全く無いのだ。
「申し上げます、御屋形様よりご通達です」
そんな4人の前に、むかで衆と呼ばれる武田の伝令役がやって来た。
むかで衆より差し出された一片の指令書に目を通り、春日が頷く。
「御屋形様より、渡河せよとのご命令だ」
「決戦なのら!」
「春日、ドライゼには警戒しとけだぜ」
「弾避けの竹束は準備させた、問題無かろう。 それよりも粉雪……戦えるか?」
「九十郎の事か?」
春日はしばし言い淀み、考え込み、しばしの硬直の後に頷いた。
「心配すんなよ、あたいは一切手加減抜きで行くし……
逆に言えば、九十郎も手を抜いちゃくれないぜ。
先代様も向こうに付いている以上、本気で御屋形様を殺しに来る」
「……信じるぞ」
春日はまるで独り言のようにそう呟くと、自らが率いる部隊の元へと駆け戻っていく。
そして甲軍による大規模な渡河が始まる。
……
…………
………………
「決められた順番で手早く渡れ! 渡川を終えた隊は整列の上待機だ!」
日頃の訓練の賜物か、甲軍による渡川は秩序だった見事なものだ。
川幅が狭く、川底が浅くなっている事もあり、他国の軍の半分以下の時間で川を渡り、整列し、戦闘準備を整えていた。
「春日様! 越軍に動きが!」
「やはり渡河中に襲う策か! だが遅い! 拙い!
この水量ならば筏は必要ない! 徒歩で渡れるのが分からんか!」
甲軍が足を速める。
千曲川の水量は以上に少なく、底は浅く、流れも穏やかだ。
あっという間に甲軍の全体が川を渡り切ってしまう。
「……この速さ、いくら水量が乏しいとはいえ、これだけの練度があるとは」
「ああ、普通じゃない。 凄いものだな。 詩乃、こっちも急がないと」
「ええ、しかし間に合うか……」
それは本格的に両軍が激突する前に剣丞隊と合流を図ろうとしていた詩乃や剣丞を驚愕させるに十分なものだ。
だが、その直後……
「春日様! 急に水嵩が!?」
「何……?」
甲軍全体が渡りきった直後、徒歩でも簡単に渡河できる程に水量が減っていた千曲川に変化が起きる。
急に水流が増し、水量が増し、筏が無ければとても渡れる程……いや、筏を用いても容易には渡れぬ程になってしまったのだ。
「水計……? まさか本当に上流に堤があったのか!?
どうやって我らの目と耳を掻い潜った!?」
春日が驚愕に目を見開く。
ほぼ同時に、やや離れた場所で一二三の口角がぐにゃあと曲がる。
この戦いが始める直前に、川の上流に建てた堤防(第126話)は見事にその役割を果たしてくれたと、一二三は笑みを浮かべる。
既に甲軍は川を渡りきっている。
急な増水で分断される事も無ければ、将兵が押し流される事も無い。
しかし……
「まさか……退路を断たれた……のか……?」
春日がそう思い至る。
そして春日が考えた通り、この急な増水によって一二三が狙っていた事は、甲軍の退路を断つ事……確実に武田晴信の息の根を断つ事なのだ。
そして次の瞬間……ズダダダダッ! ズダダダダッ! と、夥しい量の射撃音が戦場に響き渡った。
「総員突撃ぃっ!! 敵陣目がけ一気呵成に駆け抜けよ!」
四天王筆頭の判断は早い。
光璃からの伝令を待つまでも無く、どらいぜなる新型兵器を持つ越軍に軍を向けた。
だがしかし……
ズダダダダッ! ズダダダダッ! と、鉄砲隊の射撃音が響き渡る。
射撃音は途切れない。
射撃音は途切れない。
射撃音は途切れない。
途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない、途切れない……
甲斐武田家が誇る騎馬部隊が、ズタボロにされていく。
……
…………
………………
ズダダダダッ! ズダダダダッ! と、鉄砲隊の射撃音が響き渡る。
いくつもの断末魔が木霊して、夥しい量の流血が周囲を紅く紅く染め上げる。
それは地上に権現した地獄のような風景だ。
「御大将! 何かもう始まってるっぽい雰囲気っすよ!」
そんな風景を遠目に見ながら全力疾走する2つの人影があった。
赤毛の少女と、若白髪の少女が、息を切らせながら必死こいて走っていた。
「ああもう! だから団子屋だの雑炊屋だのに寄ってる暇があったら、
とっとと進もうって言ったのに!」
「何言ってるっすか!? 先に暖簾潜ったのは御大将で、カネ払ったのは柘榴っすよ!
てかアンタは何で財布空っぽだったっすか!?」
「お酒買ってたからよ!」
「捨てても捨てても酒瓶が増え続けてたのはそれが理由っすかぁ!」
「買っても買ってもすぐに捨てて! アンタは賽の河原の鬼か!」
「御大将自分らが何のために山籠もりしたか分かってるっすか!?
そもそもあんな山奥でどうやって買ってたっすかぁっ!?」
「懇意の酒屋が来てくれたわ」
「気合入ってるっすねぇ……」
猛ダッシュで銃声を方へと走りながら……2人のお腹がぐうぅっと鳴った・
「……団子屋の事を考えたらお腹が減ってきたわね。
考えてみたら一昨日から何も食べてないわ」
「柘榴は3日前から水しか口に入れてねーっす」
「柘榴が道を間違えるから」
「御大将が後先考えずに酒を買ってくるから」
美空と柘榴が無言のまま、じと~っとした表情で睨み合う。
そして再び2人のお腹がぐうぅ~と鳴った。
「空腹で眩暈がしてきたわ」
「柘榴も同じっす」
「とりあえず味方の陣地に行って、軍糧を少し分けてもらいましょう」
ズダダダダッ! ズダダダダッ! と、鉄砲隊の射撃音。
そして断末魔の叫び声がいくつも重なって聞こえてくる。
「御大将、道こっちで合ってるっすか?」
「柘榴、道はこっちで合ってるの?」
全く同じタイミングで、全く同じ台詞が出て、美空と柘榴が思わず真顔になる。
美空は柘榴が、柘榴は美空が正しい道順を知っていて、先導して貰っているという認識だったがしかし、どうやら2人して適当に走っているだけだったようだ。
ズダダダダッ! ズダダダダッ! と、鉄砲隊の射撃音。
そして断末魔の叫び声がいくつも重なって聞こえてくる。
「かなり近いすね」
「この射撃速度、ドライゼよね、まず間違いなく」
「武田はウチ程鉄砲を重視してねーっすから」
「火薬の炸裂音より断末魔の方が近いって事は、私ら武田側に近い方に来てるみたいね」
「火薬の臭いより血の臭いの方が強いって事は、そうみてーっすね」
「つまり……私達道間違えてるわね、盛大に」
「このままじゃ武田陣営に見つかって袋叩きか、
味方に撃たれてエメンタールチーズっすね」
ズダダダダッ! ズダダダダッ! と、鉄砲隊の射撃音。
そして断末魔の叫び声がいくつも重なって聞こえてくる。
「何か音がだんだん近づいてきてねーっすか?」
「私、鉛玉が飛んでくる音が聞こえ始めたんだけど。 ビュン、ビュンって感じの」
「御大将耳良いっすね……あ、まずっ、柘榴にも聞こえてきたっす」
「ニ択よ柘榴、戦う、逃げる」
「2人じゃ流石に勝ち目ねーっす、逃げ一択で味方と合流を目指すっすよ」
「そうと決まれば回れ右して全力で走るわよ!」
「らじゃーっす!!」
……
…………
………………
一方その頃、武田陣営は混乱の極みであった。
ズダダダダッ! ズダダダダッ! と、鉄砲隊の射撃音。
そして断末魔の叫び声がいくつも重なって聞こえてくる。
「何あれ!? 何あれ!? 何あれぇっ!!」
「ドライゼ銃を甘く見てた。
こんな密度で撃たれたら顔を上げた瞬間にハチの巣になる……」
ビュンビュンと容赦無く飛び交う鉛玉。
熱したフライパンに置いたバターのように溶けていく味方。
長尾の隊からはまるで濃霧のように火薬煙が立ち込めて、武田の隊からは噴水のように血飛沫が舞う。
弾幕は1秒も途切れず続き、武田自慢の騎馬部隊はそんな越軍の鉄砲隊に全く近づけずにいる。
剣丞御一行と何かついてきた薫はどうにか越軍の中にいるであろう剣丞隊本隊と合流しようようとするも、凄まじい密度の弾幕から逃げ隠れするので精一杯だ。
「どうしよう、あんな数で撃たれたらいくら春日や粉雪でも突破できないよ。
そもそもあんなに撃ってどうして玉薬が切れないの!?」
「こうなったら綾那が血路を開くのですよ」
「いくら綾那でも無茶よ!」
「鉄砲なんて、気合があれば全部避けられるのです」
「だから無茶だって言ってるでしょ!」
「剣丞様、春日殿の隊が潰走状態になりました」
「潰走ぉっ!? 転進ではなくて潰走!? 武田四天王筆頭が接敵すらできずに!?」
驚愕の出来事に歌夜が思わず愕然とする。
越軍はこれまで1人の兵も損耗せず、甲軍は開戦から半日で壊滅的な打撃を受けていた。
「剣丞様、離脱しましょう。 甲軍と越軍の戦を止めるまでもなく、既に勝負は決しました」
「もう何かどうやって勝つかから、
どうやって傷を浅くして退くかにシフトしているな」
「いけない、他の隊がこちらの方に退却してくる……」
「銃声もかなり近づいて……剣丞様! ここは危険です! すぐに離れなくては!」
ズダダダダッ! ズダダダダッ! と、鉄砲隊の射撃音。
そして断末魔の叫び声がいくつも重なって聞こえてくる。
「何だこれは! なんでこんなに撃てるんだ!?」
「うわああぁっ! ち、血が……止まらねぇ!」
「来るな! 来るなぁ!!」
恐慌状態になった甲軍の雑兵共が剣丞達が隠れている場所に駆け込んできた。
指揮官はとっくの昔の射殺されており、ただただ怯えて逃げるだけである。
そして既に戦意を失った者であろうと皆殺しにせんと、銃弾の雨も追いかけてくる。
「剣丞様」
「聞かなくて良い! 逃げろぉっ!!」
剣丞御一行が恥も外聞も無くダッシュで逃げ出す。
「小波!」
『はい、御主人様。 その場所から安全に抜ける方向は……』
「違う! 美空はどっちの方向か教えてくれ!」
『え……』
「剣丞隊との合流は諦める!
できるかどうか分からないけれど、直接美空を説得して止めるしかない!」
『危険です!? 危険すぎます! 間に合うかも分かりません!
それに今朝も話しましたけれど、あの人は今行方不明になっています!』
「来ている筈だ! すぐ近くに! たぶん……たぶん光璃を直接狙っていると思う。
俺達も射線上から逃げながら美空を探す、小波も何とか探してくれ」
『……御意。 しかし、本当に危ういと感じた時は退いてください』
「ありがとう」
そんなこんなで駆け出した直後……どすんっ!! となにか柔らかいものと正面衝突した。
「はぷっ!?」
「きゃうっ!?」
その状況を一言で説明するならば、おっぱいおっぱいとでも言うべきか。
ギャルゲ体質というかエロゲ体質の剣丞は、生命の危機の中で呑気に巨乳とぶつかって、倒れた拍子に柔らかかな双丘に顔を埋めていた。
「むぅーっ! むうぅーっ!!」
「ちょ、誰よ貴方っ!?」
「御大将どっち行ってるっすか!? 方向音痴まだ治って無かったっすかぁっ!!」
「柘榴! 他人に方向音痴設定付加すんじゃないわよ! って、コイツ確か……」
「剣丞……っすよね?」
「しかもついでで甲斐に追いやった……
じゃなくて新天地でのご活躍をお祈りした連中もいるじゃない」
「武田晴信もいるっすよ」
「マジで!? ここで会ったが100年目ぇ!!」
「わあぁっ! 私は薫です! 妹の方です!」
「……言われてみれば、晴信にしては雰囲気が柔っこいような。
でも晴信の妹なら敵よね、斬っても良いわよね」
なんて事をしている間にも越軍からは絶え間ない銃声が鳴り響き、逃げ纏う甲軍の雑兵達が打ち抜かれ、絶命していく。
「剣丞様ぁっ!!」
「御大将ぉっ!!」
詩乃と柘榴が真っ青になりながら叫ぶ。
剣丞と美空がラッキースケベをしているすぐ間近まで銃弾が飛び、無慈悲に、無差別に死をバラ撒いていく。
「ああもう! こんなとこでチャンバラやってる場合じゃないわ!
晴信の妹でも良いから薫も一緒に来なさい! とりあえずこの場から脱出するわよ!」
「え、でも……」
「細かい事は後で!」
美空が薫の右手を、剣丞が薫の左手を掴んで全力でダッシュする。
銃弾が飛び交い、濃密すぎる死の臭いが漂う殺戮空間から少しでも速く、少しでも長く距離を取ろうとする。
「御大将、幸か不幸か分らねーっすけど、周りの連中は御大将どころじゃねーみたいっす。
前に話した例の手、使えねーっすか?」
「あれはイザって時以外は使いたくないんだけど……」
「今がイザって時っすよ! このままじゃ全員エレメンタルチーズっすよ!」
「それは……そうね、このままじゃ全員エレメンタルチーズよね!!」
そして美空は精神を集中させ、自らの御家流を真上に発現させる。
最近何だか物語を動かすためのゼウス・エクスマキナ的な使われ方をされてるような超便利な御家流……三昧耶曼荼羅を発現させる。
「行っけええぇぇーーっ!!」
護法五神がまるで花火のように真上に打ち上げられ……七色の輝きを纏いながら爆発四散した。
罰当たり極まりない使い方だが、その瞬間戦場の空気が明らかに変わった。
……
…………
………………
「はっはっはっはっはっ、圧倒的ではないか我が軍は!」
武田信虎が心底満足げに高笑いをしていた。
「おーっほっほっほっほっほ! 圧倒的ですわ!」
名月がドヤ顔で胸を張る。
初めての総大将、初めての圧勝の気配に胸を高揚させ、ランナーズハイにも似た感覚に酔いしれていた。
「撃って撃って撃ちまくれ! 一兵たりとも逃がさず皆殺しにしろぉっ!!」
「玉薬の心配は無用ですわ! エレメンタルチーズにしてしまいなさい!!」
名月が、信虎がある意味的確で、ある意味無責任で後先考えない指令を出し、美空が総力を挙げて量産したドライゼ銃をもつ兵達が次弾を装填し、バァンッ!! という炸裂音を響かせて鉛玉を発射する。
「……信虎、良い空気吸いながらドライゼをブッ放すのは良いんだけどよ」
「……名月様、そりゃあ九十郎殿がしこたま玉薬を作ってくれましたから、
弾切れの心配はほぼ無いと言って良いですけど」
秋子と九十郎がやたらとハイテンションな信虎、名月コンビを前に陰鬱な顔で額を押さえる。
彼ら、彼女らの視界は……
「硝煙で前が見えねぇ……」
「火薬の煙で前が見えません……」
後先考えずにドライゼ銃を連射しまくったため、周囲は硝煙が充満し、まさしく一寸先すら見通せないような状況だった。
「畜生! 硝煙の出方見誤った! こんな事なら無煙火薬準備しとくんだった!
おい信虎! 流石にこの状況じゃ狙いなんてつけられねえぇぞ!!」
「めくら撃ちでも何でも構わん! 撃って撃って撃ちまくれぇ!!」
「いや構うよ! 構いまくるよ!
ハーバー・ボッシュで硝石作れるつったって弾薬は無料(タダ)じゃねぇんだぞ!!」
「はーばーぼっしゅが無かったら越後が100回傾く位の玉薬使ってますよ!
九十郎殿がしこたま作った玉薬がバリバリ減ってるんですよぉっ!!」
「わ、犬子的には、この戦いが終わった後の金庫事情が考えたくないと言うか……
九十郎が硝石作ってくれる事を加味しても破産しかねないと言うか……」
「晴信1人殺せれば他はどうでも良いっ!!」
「美空様が戻るまで持ちこたえるための必要な犠牲ですわ!!」
「どうでも良くなぁいっ!!」
「だからってやり過ぎですよぉっ!!」
「武田に勝っても借金に殺されるぅ!!」
犬子と秋子と九十郎のツッコミをよそに、信虎も名月も止まる気配が無い。
当然、この日のためにしこたま用意されたドライゼ銃部隊も一切止まらない。
既に硝煙で前が見えない状況だったが、そんな事は関係あるかとばかりに鉛玉を撃ち込んでいく。
そしてある一瞬……
「あれは!?」
「美空様の三昧耶曼荼羅!?」
秋子と九十郎が同時に天を見上げる。
長尾美空景虎の御家流の輝きが、美空以外の誰にも出す事の出来ない輝きが天に向かって昇っていくのに気がついたのだ。
「名月様ぁっ!!」
「私にも見えましたわ! 何で美空様が戦場に……しかも戦場の真っ只中に!?」
「今すぐ射撃を止めてください! 美空様に当たってしまいます!!」
「……あと少しで晴信に完全なるトドメを刺せるのだが、駄目か?」
信虎は物凄く物凄ぉ~く残念そうな顔で聞く。
当然、やや血の気が多いが基本聡明な彼女には、この問いに対する答えは予想で来ている。
「駄目だよっ!」
「信虎、ステイステイ」
「だよなぁ……ええいやむを得ん、流石に美空ごとブチ殺す訳にもいかん。
総員撃ち方やめいっ!! 繰り返す! 総員撃ち方やめええぇぇーーぃっ!!」
開戦直後から途切れなく続いていた銃声が止まる。
「おいどうするんだこれ? 硝煙で戦場が全然見えねえぞ。
犬子、匂いで美空の居場所が分からねえか?」
「火薬の匂いがキツ過ぎて無理だよ」
「じゃあ仕方ねえ走って救助に行くか。 信虎!」
「ちっ、世話の焼ける上司だな。 総員着剣! ここからは接近戦だ!!」
第七騎兵団が各々ドライゼ銃の先に小刀を装着する。
そして濃霧よりも濃くてブ厚い硝煙の先へ駆けだそうとしたその時……
「九十郎! 信虎さん! 待って! 来るよっ!!」
犬子が叫ぶ。
九十郎が即座に反応、刀を抜いて名月の方へと駆けつけ……
ガキィンッ!! と剣と剣がぶつかり合った。
「山県粉雪昌景見参ぁーーーんっ!! 」
硝煙の目隠しを掻き分けて、赤鎧の将が越軍の本陣に現れる。
「やっぱ撃ち過ぎだ信虎ぁっ!!」
「ええぃ! 1人で来るとは良い度胸だ!」
「1人? 生憎だけど、あたいが1人じゃねーぜ」
「何?」
瞬間、硝煙のブ厚い幕の先で剣戟の音が次々と響く。
「敵襲ぅーーーっ!! あ、赤備えだあぁーーーっ!!」
本陣の誰かが叫び声を挙げる。
そして硝煙の臭いに血の臭いが混じり始める。
「この弾幕の中を突っ切ってきたか、やるな粉雪……」
「煙だらけで近づきやすかったよ。 悪いが九十郎……今日は勝たせてもらうぜっ!!」