戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第125話にはR-18描写があるので、犬子と九十郎(エロ回)に投稿しています。
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犬子と柘榴と一二三と九十郎第126話『只今裏切り準備中』

「名月様、全て準備終わりました」

 

「そうですか……」

 

「美空様はまだ、戻りません」

 

「そうですか……」

 

名月は震えていた。

あの長尾美空景虎ですら苦戦を免れない戦国の巨象、武田晴信相手に戦うのだ。

 

武田晴信の恐ろしさは、良く知っている。

彼女は一時期、晴信の養子として……いや、人質として躑躅ヶ崎館に幽閉されていたが故に、晴信の戦ぶりも、容赦の無い殺戮の噂も何度も耳にしている。

 

「ならば予定通り、私が総大将を務めますわ。

 全軍を挙げて甲斐に攻め入り、義母様……いいえ、武田晴信と決着をつけます」

 

彼女は初陣という訳ではないが、大軍を率いて打って出るのは初めてだ。

自分の指示、命令一つで大勢の人が死ぬ……それ故に、名月は震えていた。

 

しかしそれでも、名月は決して目の前の指名を投げ出そうとしない。

 

「出陣の下知をっ!!」

 

「御意っ!!」

 

「飯山街道を南下し、川中島に出ます!」

 

「前に使った進路そのままですね……」

 

「色々考えましたけどアレが最善ですわ!」

 

この日、美空と柘榴不在の越軍が甲斐に向けて進軍を開始した。

 

……

 

…………

 

………………

 

 

越軍動く。

 

その報告が躑躅ヶ埼館に入った時、武田の旗を仰ぎし者達は俄かに騒めき立った。

 

「思ったより早く斬り合う事になりそうだぜ、九十郎」

 

第一報を聞き、粉雪はそう言って笑った。

 

「……良いのか?」

 

武田四天王筆頭の春日がそう尋ねる。

 

それを聞くと、粉雪はまるで恋人との逢引を語る乙女のように顔を赤らめ……

 

「あいつと約束したんだよ、次に会う時は敵同士ってな」

 

「敵同士と言う割には、顔がニヤついているぞ」

 

「あたいは甲斐のため、武田のために命を張ると誓った。

 あいつは越後の長尾景虎のために命を張ると誓った。

 結局の所、あたいとあいつが斬り合う理由はそれだけだぜ」

 

「そんなものか?」

 

「ああ、そんなものだぜ!」

 

春日は知っている。

武田の家臣の中で、粉雪の立場は微妙なものになっている事を。

 

元より、姉の飯富虎昌が謀反を企てた頃から、妹の粉雪もいつか裏切るのではという疑念があった。

近習、使番、侍大将、そして武田の精鋭赤備えの大将としての功績を差し引いた上でなお、そのような悪い噂が絶えない立場であった。

その上であの柿崎景家の家臣であり夫である斎藤九十郎との恋仲の噂が立ったのだ。

当然、粉雪の立場は以前の何倍も、何十倍も悪いものになりつつあった。

 

それらの事情全てを笑い飛ばすかのように、粉雪は笑っていた。

 

「お前が御屋形様を裏切るなどありえんよ、粉雪」

 

春日はそう告げた。

その言葉を告げた瞬間、心の中に生じたもやもやが瞬時に消えて無くなったかのような感覚がした。

そして思う……いや、確信する。

自分は粉雪が裏切るなどと微塵も思っていなかったと。

粉雪は本気で斎藤九十郎を愛していて、本気で斎藤九十郎と斬り合う気であると。

 

「敵は強大だ、粉雪」

 

「ああ、だからこそやりがいがあるってものだぜ」

 

「勝つぞ、粉雪」

 

粉雪と春日は同時にニカッと笑い……

 

「当然だぜ」

 

がしりと腕を組んだ。

 

「あ、いた! こなちゃん、それに春日さん、大変だよ! 越後の……」

 

「越軍が動いたって話だろ、あたいらも経った今知ったととこだぜ」

 

「以前より密かに兵を集めているとの情報はあった。 おそらく狙いは我等であろう」

 

「うん、御屋形様がすぐに集まるようにって」

 

「分かった、粉雪、行くぞ」

 

越軍が迫りつつある中、甲斐でも迎撃準備が急速に進められていた。

 

……

 

…………

 

………………

 

その日の内に武田四天王その他数名の甲斐武田家の重臣達が躑躅ヶ崎館の評定の間に集まった。

武田晴信・通称光璃は……

 

「……けだもの」

 

「……け、けらものらったのら」

 

脳内がピンク色に染まっていた。

しかもぶっちゃけ寝不足だった。

 

「おいいいぃぃぃーーーっ!! 剣丞姉上に何したでやがるかあああぁぁぁーーーっ!!」

 

夕霧、渾身のツッコミを入れながら剣丞の胸倉を掴み上げる。

光璃も兎々も過去に見た事の内容な幸せ一杯の表情であり、彼女のツッコミ魂が黙ってはいられなかった。

 

何と言うか、一目で昨晩18歳未満閲覧禁止のアレやコレをヤッていましたと分かるような様子であった。

 

「あたいらのシリアスを返せなんだぜ」

 

「兎々、何を考えて……いや、あえて拙は何も言うまい」

 

「お、おめでとうございます……って、言えば良いのかなあ」

 

「ここ、あたいらもう帰って良いんじゃないかだぜ」

 

「良い訳ねぇでやがるぅっ!! 春日無言で帰り支度をするなでやがるぅっ!!」

 

夕霧の渾身のツッコミが再度響き渡る。

最早集められた理由を覚えているのは夕霧1人……いや……

 

「美空が軍を動かしたんだったな?」

 

「ええ、その通りです剣丞様」

 

……何故か評議の席に呼ばれている新田剣丞と、剣丞の嫁であり、この時代最高の軍師の1人であもある竹中半兵衛・通称詩乃はしっかりと美空の意図や思惑について話をしていた。

 

そんな剣丞の隣にすすすーっと光璃が擦り寄って。

 

「……ぎゅ」

 

……ぴとっとコアラの親子のように密着した。

 

「姉上ええええぇぇぇぇーーーーっ!!」

 

「お姉ちゃん、あんな表情もするんだ……って言うか、できたんだ……」

 

「夕霧も正直驚愕してるでやがるよ……じゃなくて!

 越軍は今この瞬間にも姉上の命を狙って動いているでやがるよ!

 少しは真面目にやれでやがるぅっ!!」

 

「そう来ましたか、ならば……こうします」

 

……ぴとっと反対側の腕に詩乃が密着し、意外と大き目な乳房を押し当てる。

 

「だからてめぇら真面目にやれでやがるぅっ!!」

 

「……思考が定まらない」

 

光璃がちょっと困ったように眉を顰め、そう呟く。

たった1度身体を重ねただけだというのに、胸の奥がキュンと締めれるような感じがして、頭の中がふらふらと揺れ動く。

自分自身の混乱っぷりに、自分が一番驚いていた。

 

「光璃は、恋を知った」

 

独り言のように呟く。

その言葉は評議の間の全員をさらなる衝撃を与え、同時に光痴自身の胸の内に、あたかも乾いた大地に水を撒いたかのようにスーっと浸透していくのが分かった。

 

理解した、納得した、腑に落ちた……自分は今、恋をしているのだと。

 

少なくとも、今この瞬間、光璃は冷徹な人殺しの思考には入れない……そう判断せざるを得なかった。

 

「ようこそ、この地獄より深く、極楽よりも甘い誑し空間へ……と、言っておきましょう」

 

詩乃が真顔でそう囁いた。

 

「少し剣丞分を補充する。 補充が終わったら参加するから、先に進めて」

 

まるで武田晴信ではなく、恋する少女……いや、飼い主の膝の上で心地よさそうに丸くなる子猫のように無防備な姿になる。

 

兎々も光璃程酷くは無いが、物欲しそうに、羨ましそうに頬を赤らめ、剣丞の眼差しや唇に視線を向けている。

 

「剣丞、マジで何ヤッたでやがるか? あんな姉上見た事ねーでやがるよ」

 

「いや、俺はただ……えっと、夫婦の営みと言おうか……あの……」

 

オーディンの計画の事は流石に話せないと、剣丞がしどろもどろになってたじろいだ。

剣丞は今でもなお、光璃にも、詩乃にも、オーディンの計画について話せずにいた。

 

「剣丞様、正直な話聞かなくても分かっていますが、念のため聞いておきます。

 また誑されたのですか?」

 

「いや、そういう訳じゃあ……」

 

「誑された」

 

光璃がぎゅうぅっとさらに強く剣丞に密着して断言した。

 

「うぅ……」

 

そんな光璃の様子を、兎々がちらちらと何度も何度も伺っていた。

堂々と剣丞と密着している光璃が羨ましいというのは誰の目からも明かで……

 

「兎々、おいで」

 

光璃が優しげに手招きをすると、兎々は恥ずかしそうにあ~とか、うぅ~とか、言葉にならない小さな声を出し……

 

「お、御屋形様に言われたら、断れないのら」

 

観念したかのように剣丞の隣、身体が密着する距離にちょこんと席を移した。

 

「春日、どう思うぜ?」

 

「馬に蹴られたくはあるまい、お互いに」

 

「姉上、粉雪と春日に呆れられてるでやがるよ」

 

「に、人間味があって良いんじゃないですか……」

 

「剣丞の誑しには毎回驚かされるます、本当に……」

 

「姉上、心と今孔明殿にまで呆れられたでやがるよ」

 

「いっそ私が晴信ですって事にした方が、話が進むような気さえする」

 

「姉上ぇっ!! とうとう薫まで呆れられてるでやがるよっ!!

 しっかりするでやがるっ!!」

 

「剣丞分を十分補充したら対応を検討する」

 

そんな光璃と兎々の姿を見て……剣丞の心中は穏やかではない。

 

「(まるで本当に……洗脳しているみたいじゃないか……)」

 

自分と美空を無理矢理セックスさせようとした剣を見つめる(第118話)。

今は電池を抜いているため、全く動き出す気配が無い。

 

短い時間なら電池を入れても問題無いとも、鬼と戦う上で役に立つとも聞いていたが、剣丞はどうしても再び電池を入れ、剣を使う気になれなかった。

 

どうしても考えてしまう、どうしても恐れてしまう。

詩乃や一葉といった、自分を好きだと言ってくれる娘達は、本当は洗脳され、趣味趣向を歪められ、無理矢理新田剣丞が好きなのだと思い込まされているのではないかと。

 

あるいは……織田久遠信長すらも……

 

「(もしそうなら、俺は……俺は……)」

 

ここしばらく、剣丞はまともに眠れていなかった。

 

「御屋形様、お待たせいたしました」

 

「長尾の軒猿衆の動きが乱れています。 今ならかなり深くまで情報を抜けそうですよ」

 

そこに、武田の諜報組織・歩き巫女達が方々から集めてきた情報を取りまとめていた一二三と湖衣が評議の間へと入って来た。

 

「敵の数は?」

 

光璃が一瞬だけ眼光を光らせ、恋する女の子モードから冷徹な戦国武将モードに戻り確認する。

 

「おおよそ2万」

 

「長尾にしちゃ多いでやがるな」

 

「景虎殿は多くて1万の指揮が限界だからね」

 

「過去に例がない大掛かりな戦になるな」

 

「景虎の動向はどうなってるでやがるか」

 

「そ、それが……」

 

湖衣が視線をぐるぐると彷徨わせて言葉を詰まらせる。

 

「な、何かやな予感がするでやがる……」

 

「夕霧お姉ちゃん、流石に聞かない訳にはいかないよ。

 光璃お姉ちゃん、そろそろ話が核心に行きそうだから戻ってきて」

 

「……あと一時(約2時間)」

 

「評議終わるでやがるよっ!!」

 

やむなく光璃は姿勢を正し、湖衣と一二三の話を聞く体勢になる。

兎々もかなり名残惜しそうな表情になるも、光璃に倣って姿勢を正す。

 

「長尾景虎がいません」

 

……一二三からの報告を聞き、評議の間が俄かに騒めき立った。

 

その瞬間、湖衣が凄く申し訳なさそうに視線を伏せる。

 

「いないって、どういう意味でやがるか!?」

 

「ええ、突如行方をくらまし、家臣団すらも居所を把握していないとの事です」

 

そして一二三がが重々しい表情でそう報告をする。

いや、その人物は一二三ではない。

一二三のそっくりさんこと霧隠才蔵である。

 

「(一二三ちゃんコレどうすれば良いの!? なんで霧隠才蔵さんが軍議に出てるの!?

 一二三ちゃん今どこで何やってるのぉ!?)」

 

湖衣はどうすれば良いのかまるで分らず、人知れず頭を抱えていた。

霧隠才蔵の物真似の巧さは尋常ではなく、一二三の親友であり、優れた密偵でもある湖衣以外、誰も目の前の人物が一二三じゃないと気づいていない。

 

「あの景虎の事でやがる、きっとこっちの不意を突く策を考えているでやがるな」

 

「それと柿崎景家殿も行方不明です、しかも全く同じ時期から」

 

「決まりだな、おそらく別動隊を率いていよう」

 

春日がそう分析する。

なお、真実はセックス中毒及びアルコール中毒をどうにかするために突如山籠もりを解しただけで、別動隊なんて影も形も無い(第123話)。

 

「気になるといやあ、どらいぜっていう武器も気になるぜ」

 

「うむ、越後で配備を進めている新しい鉄砲との事だが……

 粉雪、越後に行った時に見ていないのか?」

 

「外観だけは知ってるけど、それ以上の事は教えてもらえなかったぜ。

 こう……先っぽに小さな槍を着けていたぜ、九十郎は銃剣って呼んでいた」

 

「鉄砲の先端に小さな槍か……」

 

「鉄砲を槍みたいに使うものだと思うけど……

 悪い、あたいじゃそれ以上の事は分からなかったぜ」

 

「歩き巫女は何か掴んでるでやがるか?」

 

「先ほど軒猿の動きが乱れていると申し上げましたが、

 どらいぜと第七騎兵団に関する事柄への防諜は強固なままです。

 第七騎兵団という名の長尾の精鋭部隊は、どらいぜを使う部隊と聞いています。

 しかしそれ以上の事は……」

 

「どらいぜに対する徹底した防諜、それに長尾景虎の突然の行方不明……

 この2つ、繋がりそうな気がするな」

 

春日がそう言うと、他の武田四天王全員が頷き合う。

 

「2万なんて美空らしくねえ数だと思ったけど、こりゃ大掛かりな陽動って線もあるぜ」

 

「景虎さんが行方不明なら、総大将は誰なのかな?」

 

「北条名月景虎殿……先日後継者を決める戦に勝利し、後継者に指名された方です」

 

「ふむ……昔北条から人質として送られてきた娘か……粉雪、どう思う?」

 

「実戦経験が圧倒的に不足している、正直美空本人に比べれば与しやすいと思うぜ。

 だけど自分の非を認めて、他人の言葉に耳を傾ける謙虚さもある。

 良い補佐役と巡り合えれば化ける……と、思うぜ」

 

「油断は禁物でやがるな」

 

「てか御屋形様、一応はあの娘と親子だったんだよな。

 あたいより御屋形様に聞いた方が良いんじゃないかだぜ」

 

「会話はほぼ無かった」

 

「過ぎた事は仕方が無いとは言え……まさかあの娘が越後長尾家の跡継ぎになろうとはな」

 

「ずっと軟禁してたの、やっぱり怒ってるかな……?」

 

「夕霧が見た限りでは、あんまり気にしてない様子だったでやがる。

 かと言って良い感情を抱いてるとも思えねーでやがるが」

 

「少なくとも、こっちに対して手加減はしてくれないだろうな」

 

「ここ、言っちゃ何だが別動隊を率いている美空の方が怖いぜ。

 あたいは名月の本隊より、どこかにいる別動隊への備えを重視した方が良いと思うぜ」

 

「同感だ、どらいぜがどのような武器かは分らんが、警戒に越した事はなかろう」

 

「それじゃあ、名月さんの本体への迎撃に大勢の兵は裂けないね」

 

「一二三はどう思うでやがるか?」

 

話が一二三に向き、思わず湖衣の肩がびくんっと跳ねる。

お願いだから今はその人に話を振らないで~っと叫びたい気分であった。

 

「ふむ、私が思うに……」

 

「なあ、ちょっと待ってくれ!」

 

一二三のそっくりさんが口を開こうとした瞬間、剣丞が話を遮った。

湖衣の剣丞に対する好感度がぐーんと上がった。

まるで地獄に仏、救世主でも見たかのように剣丞が輝いて見えた。

 

「ここで美空と争って、殺し合いをして何になるんだ!

 美空も、光璃も、まず鬼をどうにかしなきゃいけないっていう気持ちは同じなんだ!」

 

「長尾と和議を結べって事かだぜ?」

 

「ああ、そうだ」

 

評議の間に詰めている甲斐の諸将がしーんと静まり返る。

全員、考えている事は同じ……絶対に無理だ、不可能だという事だ。

 

それを誰が、どうゆう風に剣丞に伝えるのかと、皆が視線を交差させる。

 

「……不可能」

 

しばらくした後、ついさっきまでデレデレモードであった光璃がそう答える。

その姿はもう、凄惨な人殺しを行う武田晴信の姿である。

 

「前にも言ったけれど、美空は信用できる。 俺が保証する」

 

「光璃は、美空を信用できない。 織田久遠信長も信用していない。

 和議は結べない、織田を中心とした同盟にも入れない」

 

「2人共、俺の大事な嫁なんだ」

 

「そしてそれよりも大きな問題がある」

 

「それより大きな……?」

 

何の事だか分らないと、剣丞が戸惑いを見せる。

 

「越後には母様がいる」

 

剣丞には分からない。

剣丞には理解できない。

剣丞は想像する事すらできない。

 

武田晴信と武田信虎の関係を……

 

光璃が養子となり、我が子となった名月にずっと声をかけられなかった理由は、ちゃんとあるのだ。

 

「母様は私を殺しに来る」

 

光璃その目には、確信があった。

 

「私も、母様を殺しに行く」

 

光璃のその目には、静かな殺意があった。

 

「そうだね、お姉ちゃん。 母様だもんね、ちゃんと殺さないと」

 

薫もまた、その目に激流の如き殺意を滾らせていた。

そんな2人の目を見て、夕霧は悲しそうに奥歯を噛んだ。

 

新田剣丞には決して分からない、理解できない、想像すらできない……親が子を、子が親を本気で殺意を抱く事があるだなんて。

 

そうする事が当然であるかのように、実の親とは殺すのが当然の存在だとでもいうかのように、2人の目には殺意が宿っている。

 

「姉上、薫……本当に殺し合うだけでやがるか……殺し合う以外にないでやがるか……

 血肉を分けた親兄弟で憎み合い、殺し合うだけなんて……

 そんなの、悲しすぎるでやがるよ……」

 

2人の目は殺意が宿っている……3人の目には、ではない。

夕霧だけが、母を殺す事に抵抗感を抱いていた。

 

しかし、そんな夕霧の呟きを聞く者はいなかった。

そんな夕霧の悲しそうな瞳を見る者はいなかった。

 

「一二三ちゃん大丈夫だよね? 信じて良いんだよね?

 実は御屋形様を裏切る準備してましたとか無いよね?

 私に……私にまた、主君殺しの片棒を担がせようとしてないよね?」

 

憔悴し切った湖衣の、祈るような呟きを聞く者はいなかった。

 

……

 

…………

 

………………

 

「みんな丸太は持ったな!! 行くぞォ!!」

 

一方その頃、そっくりさんでも物真似芸人でもない本物の一二三こと真田昌幸は信濃の山奥で丸太を積み上げていた。

 

「……殿、いきなり集められたのはともかく、理由くらいは」

 

真田家家臣団の1人が恐る恐るそう尋ねてくる。

 

「何って、治水じゃあないか」

 

一二三はさも当然の事のように言うが、当然のように嘘である。

 

「ち、治水……何故、今?」

 

「今だからだよ、母上と姉上達が急死して家中が動揺しているだろう。

 私が急遽真田家当主になったけど、実績も無いし信頼も薄い。

 まずは共同作業で結束を強めようって事さ」

 

一二三がそう説明する。

なお、実際には一二三が真田家を無理矢理継ぐために母と姉を毒殺したのが真相である。

その真相を知る者は実行犯の猿飛佐助と幇助犯の霧隠才蔵くらいである。

 

そしてこれも猿飛佐助や霧隠才蔵らにすら知らされていないが、今一二三が何故領内の野武士達を動員した真の理由は……裏切りの準備である。

 

「それにしても随分と大掛かりな事をするのですな……これでは金子が……」

 

「大丈夫大丈夫、スポンサーがついたから」

 

「すぽん……?」

 

「何かと入用だからって、利子不要、ある時払いで借りてきた」

 

「おお、それは素晴らしい」

 

家臣達が感心した様子で息を漏らす。

ちなみに金の借り先は越後の長尾景虎である。

 

「さぁさぁ! お金は沢山あるから、この辺はげ山にする勢いで丸太をかき集めて!

 川を堰き止める勢いで堤を築くんだ!」

 

「おおぉーーーっ!!」

 

真田家臣団は一二三が借りて来た金を持って方々に散り、どんどん丸太を組み上げ、岩を詰み、頑丈な堤を作り上げる。

 

誰一人気づく者はいない……この堤は河川の氾濫を防ぐためのものではなく、人工的に洪水を作り出すためのものであることを。

 

その日、一二三は元気に裏切る準備を進めていた。

 

 


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