戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第122話にはR-18描写があるので犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
第122話URL「https://syosetu.org/novel/107215/41.html


犬子と柘榴と一二三と九十郎第121話『迫る決戦の時

「組み手終わりました!」

 

「良ぉし! 次は駆け足! あたいに続けぇっ!!」

 

「応っ!!」

 

真紅の鎧を纏う集団が原野を走る。

鎧兜の重量だけではなく、槍に弓矢、携帯食に簡易な陣幕まで背負わされて走っている。

先頭を走る銀髪の少女はあえて上り坂、下り坂、でこぼこの砂利道を選んで突っ走る。

 

しかし後続の赤鎧の手段は1人も脱落する事無く、ぴったりと銀髪の少女に追随していた。

 

「へへっ、しばらく留守にしてたから心配してたが。

 どうやら怠けちゃいなかったようだぜ!」

 

「当然です大将!」

 

先頭の少女……山県昌景・通称粉雪が嬉しそうに笑い、さらに加速する。

疾走する馬にすら追いつけそうな速度になるも、やはり1人も脱落者は出ない。

 

この真紅の鎧の集団こそ、武田の精鋭、誰もが畏れる赤備えである。

 

「次は渡川だ! 続けぇ!」

 

……直後、粉雪がほぼ直角にカーブし、ばしゃばしゃと音を立てながら脇を流れていた川を突っ切る。

フル装備で川を渡るというのは、訓練された兵であってもそう容易い事ではない。

しかし、武田の赤備えは少しも躊躇無く川に飛び込み、槍や弓矢を担いだまま器用に泳ぎ始めた。

 

その後……

 

「……で、あの娘誰なんですかい?」

 

ウォーミングアップが一通り終わった頃、赤備えの1人が素朴な疑問を口にした。

粉雪が越後から帰って来た日から、赤備えの訓練に謎の金髪美少女が混ざるようになっているのだ。

 

「あ、やっとツッコミを入れてくれたんだぜ。

 あたいもまさか一ヶ月近く放置されるとは思ってなかったぜ。

 典厩様なら初日にツッコミを入れてくれたぜ、きっと」

 

「あの人天性のツッコミ気質ですからね……じゃなくて、誰なんですか?」

 

「拾ってきた」

 

「どこから!?」

 

「越後で」

 

「ま、まさか大将の隠し子……父親は噂の九十郎とかいうヤツですかい!?」

 

「馬鹿っ! そんな訳あるかなんだぜ! いつあたいのハラがデカくなってたんだぜ!?」

 

粉雪が顔を真っ赤にしながら否定する。

 

「敵情視察にしてはやけに長い事留守にしてたから……」

 

「ヤッてないぜ!! あたいは九十郎とは……」

 

と、ここで粉雪の動きが止まる。

否が応でも思い出す、思い出さざるを得ない……たった一夜だけ、自分が九十郎と結ばれたのだと(第108話)。

 

「や……そういう事も……無いでも無い……けど……」

 

粉雪の顔がさらに赤くなっていく。

赤備えの面々が見た事の無い、乙女な目になっていく。

 

赤備え達の間で、ざわっ……ざわっ……とどよめきが起きる。

 

「だああぁぁーーっ!! この話やめぇっ! 解散しろ解散っ!!」

 

粉雪の怒鳴り声が響くと同時に、屈強な赤備え達が蜘蛛の児を散らすかの如く周囲に散らばった。

粉雪は全くもうとため息をつくと、焚き火に当たって服を暖をとる小夜叉の元へと歩み寄る。

 

「よぅっ」

 

「おぅ」

 

小夜叉と粉雪が言葉少なく挨拶を交わす。

見た目幼女で年齢差29歳の2人が隣に座って焚き火に当たる。

 

「甲斐の水には慣れたかぜ?」

 

「まーな」

 

粉雪が手拭いで泥だらけになった小夜叉の顔を拭く。

 

「無理矢理語尾に『ぜ』をつけるあんたの喋り方にはまだ慣れないけどな」

 

「悪かったな! 癖だぜ! わざとやってる訳じゃねぇぜ!」

 

ムキになって怒り出す粉雪の姿を見て、小夜叉がくすくすと笑う。

甲斐に来たばかりの頃はずっとむす~っと不機嫌そうな表情ばかりの小夜叉であったが、最近はこうやって笑みを見せる事も多くなってきた。

 

良い傾向だよな……と、粉雪は人知れず息を漏らした。

 

「その鎧、使えるようになったのか?」

 

先程の訓練中もずっと、小夜叉は分厚い鉄板のお化けのような大鎧をつけている。

言うまでも無く、越後で九十郎に作ってもらったフルプレートアーマーである。

 

桐琴から全否定されたその鎧を、小夜叉は意地になっているかのように使い続けていた。

 

「まあ、ぶっつけ本番で使ったのが失敗だった。

 普段から慣らしておけば、疲れにくい動き方も分かったし、

 どのくらい動けばどのくらい消耗するか分かってた。

 そうすりゃあ、あんな事には……」

 

小夜叉の脳裏に、鬼の逸物に貫かれ、処女を散らした瞬間が浮かぶ(第106話)。

不覚だった、悔しかった、屈辱だった。

 

そしてそんな小夜叉に追い打ちをかけるように……桐琴に九十郎から貰った鎧を否定された。

 

「最近、こっちの鍛冶屋と色々話してるんだろ?」

 

「まーな。 全身鉄で覆うと暑いから、所々に穴を開けてるんだ。

 重いのと動きにくいのは慣れと鍛錬でどうにかできるけど、

 暑いのは気合や根性じゃどうしようもねぇからな」

 

「正直、そんなクソ重い鎧着て赤備えの訓練について来れる奴なんて、

 日ノ本中探したって小夜叉1人だと思うぜ」

 

「……そうか?」

 

小夜叉は小さくそう呟き、俯いた。

 

「自信を持つんだぜ。 小夜叉は凄い奴だぜ」

 

小夜叉はまるで我が子の初めてのはいはいを自慢するかのように胸を張り、堂々とそう宣言した。

 

その言葉を聞き、桐琴から浴びせられた言葉を思い出し……河原に1滴、大きな水滴が零れ落ちた。

 

「ごめん……ちょっとだけ……少しだけ、泣かせてくれ……」

 

小夜叉は俯き、粉雪の肩に顔を埋めた。

 

「ああ、良いぜ。 小夜叉が泣き止むまで、ずっと隣にいるからな」

 

……

 

…………

 

………………

 

「……剣丞が全然手を出してこない」

 

光璃がぶす~っと不機嫌そうに頬を膨らませていた。

 

「粉雪は真面目に赤備えの再建に奔走してるってのに、ひでぇ落差でやがる」

 

「兎々はまらあいつを認めちゃいないのら」

 

「まら……? ああ、まだって言いたいのでやがるか?」

 

「これから先るぅ~っと認められないのらぁっ!!」

 

武田四天王兼光璃の抱き枕である兎々ががぁーっと唾をまき散らしながら叫ぶ。

 

「避けられているような気がする、たぶん」

 

「避けられてる……で、やがるか?」

 

「嫌われてはいないと思う、たぶん」

 

「姉上を嫌わない人なんて兎々くらいでやがるよ」

 

「他にもいっぱいいるのらっ!!」

 

「兎々、本気で言ってるでやがるか?」

 

夕霧が真顔でそう聞き返す。

 

「ほ、他にもちょびっとくらいはいるのら……」

 

兎々は後ろめたそうに視線を逸らし、一歩後退した。

 

「じゃあ具体的に誰が姉上を嫌ってねーでやがるか?」

 

「け、剣丞……とか……」

 

いきなり新田剣丞の名前が出る所が光璃の恐ろしい所である。

 

「夕霧、後で覚えてて」

 

「はいはい、覚えててやるでやがるから、とっとと本題に入るでやがる」

 

「新田剣丞はインポか否か」

 

「糞して寝てろでやがる」

 

夕霧がとっとと退室しようとするのを、光璃と兎々が飛び掛かり、ずざざざぁ~と引きずられた。

 

「姉上はともかく兎々まで何するでやがるか!?」

 

「あ、いや……兎々は剣丞の事なんて全然気にしちゃいないのらけろ……

 お、御屋形様が引き留めてたから、つい……」

 

「はいはい、要は兎々も剣丞にホの字でやがるな。 全く粉雪といい姉上といい、

 どうして夕霧の周りは面倒臭い恋愛する奴ばっかでやがるか」

 

「兎々はあんなのに惚れてもいないし、めんろう臭くもないのらぁっ!!」

 

「……で、姉上は結局夕霧に何を聞きてぇでやがるか?」

 

とっととこの話を終わらせて帰りたいというのが見え見えの態度で夕霧が尋ねる。

 

「新田剣丞は玉無しか否か」

 

「越後で竹中半兵衛や甘粕景持を抱いてたからそれはねぇでやがるよ」

 

「……本当に?」

 

「そうなのら?」

 

光璃と兎々が希望と共に瞳を輝かせて夕霧に詰め寄る。

 

「湖衣がしっかり目撃してるから確かでやがるよ。

 はい質問に答えたから夕霧は失礼させて……」

 

光璃と兎々が再び夕霧に飛び掛かり、ずざざざぁ~と引きずられた。

 

「てめーらすっぽんでやがるかっ!?」

 

「……光璃は人間」

 

「兎々は兎々なのら」

 

「はいはい、もう逃げねぇでやがるから離れるでやがる」

 

光璃と兎々がシュパッと姿勢を正して夕霧の前に並んで座る。

 

「……急募、剣丞を寝所に招く方法」

 

「記憶喪失でやがるか姉上、既に何度か招いてるでやがる」

 

「手すら繋いでくれない。 夫婦なのに」

 

「最近、桃をくれなくなったのら……

 手が触れたらけなのに、びくってなって、逃げるのら……」

 

「兎々、さっきてめぇで言った台詞覚えてるでやがるか?」

 

「別に剣丞なんてろぉ~れも良いのらぁっ!!」

 

兎々が顔を真っ赤に染めながら叫ぶ。

何と言うか、色々意味でバレバレである。

 

「途中でやめるなんて……ずるいのら……

 途中でやめるのなら、最初からやらなきゃ良いのら」

 

そして急にしょぼくれて、畳を指先でぐりぐりと弄る。

その何とも愛らしい姿を見て、思わず夕霧も、光璃も頬を緩めてしまう。

 

「兎々、おいで」

 

「うん……」

 

光璃が正座して自分の膝の上をぽんぽんと叩く。

兎々は光璃の膝の上に座り、光璃は背中から兎々の身体をぎゅ~っと抱きしめる。

 

「ああ、癒される……」

 

光璃が恍惚とした表情で呟いた。

光璃専用抱き枕と化した兎々の華奢で柔らかな肩や胸の感触が、ストレス社会と戦う光璃に安らぎを与えていた。

 

「まるで実家のような安心感」

 

「ここは姉上の実家でやがるっ!!」

 

夕霧がツッコミを入れる。

身内以外の者がいない場所では、光璃は意外とボケる。

そして夕霧は周囲に第三者がいようがいまいが生粋のツッコミである。

 

「結局姉上はどうしたいでやがるか?」

 

「祝言を挙げてから1ヶ月も同衾が無いのは異常」

 

「そうなのら! 異常なのら!」

 

「夕霧の記憶が確かなら、姉上の嫁入りに一番反対してたのは兎々でやがったが」

 

「そんな昔の事はろぅれもいいのらぁっ!」

 

「大した面の皮でやがる」

 

「そんな事は無い、兎々の頬は柔らかですべすべ。 まるでゆで卵のよう」

 

「これ以上話を脱線させんなでやがるぅっ!!」

 

夕霧のツッコミが再度炸裂する。

最早夕霧の頭の血管は破裂寸前である。

 

「……どうすれば良い?」

 

「良いのら?」

 

光璃と兎々の期待に満ちた視線が夕霧に集まる。

 

何故それを自分に言うのかと聞きたかったが……やめた。

それに言及してしまえば、また話が無意味に長くなるような気がしたのだ。

 

「全く、薫といい、春日といい、揃いも揃ってあの男のどこに惹かれてるでやがるか……」

 

夕霧が頭痛を覚え、目頭を押さえる。

剣丞は誑し男で有名であったが、まさかここまでとは想像できなかった。

 

そして夕霧はもう面倒臭いとばかりにため息をつき……

 

「とりあえず押し倒せでやがる。 児でも孕めば向こうも覚悟決めるでやがるよ」

 

つい先ほど薫や春日に対して告げたのと全く同じ対応方法を2人に告げたのであった。

 

……

 

…………

 

………………

 

一方その頃。

 

「一葉様、一葉様」

 

「なんじゃ美空」

 

ぶす~っと不機嫌そうな一葉に美空が声をかける。

約1ヶ月前、剣丞が甲斐に行くと決まった際、真っ先に同行したいと申し出たにも関わらず、剣丞隊をまとめ上げれるのは一葉だけだと断られたため、一葉はずぅ~っと不機嫌状態だ。

 

「ちょっと甲斐に攻め入りますので、手伝って」

 

「何? 甲斐にじゃと!?」

 

一葉の眉が瞬時にピーンと吊り上がる。

甲斐と言えば、今現在愛する夫である新田剣丞が拉致一歩手前の強引な手段で連れ去られた地であるからだ。

 

「そうそう、そろそろ晴信をブチ殺しに行こうかな~っと」

 

美空が爽やかに笑いながら提案する。

しかし言っている事は人殺しの相談であり、戦争の相談だ。

間違っても爽やかなスポーツの話題ではない。

 

「ふむ、心置きなく大暴れできるなら是非も無し……と言いたい所だがな、

 甲斐の武田晴信も今では主様の妻の1人、

 気に入らんからとブチ殺す訳にはいかんだろう」

 

「あら、やっぱ気に入らなかったの?」

 

「ぐっ……」

 

図星を突かれ、思わず一葉が言葉を詰まらせる。

ボケキャラとツッコミキャラが混在するとでも言うべきか、こういう時々妙に鋭い所が美空の特長なのだ。

 

「まあそうよねぇ、いきなり意図も離さずに拉致同然に甲斐に呼び寄せて、

 出会って早々に剣丞と祝言を挙げて。

 しかもこっちには何の相談も無し、未だに手紙一つも寄こさない」

 

「まったく、我等を蔑ろにするにも程があろうに!」

 

「我等って何? 公方様だけでしょ」

 

「……我の記憶では美空も主様の妻だと思ったが」

 

「名目上はね」

 

「一度貴様とも話をつけねばならんようだな」

 

「そうね、公方様にはいずれ全部を話さないといけないわね。 今は話すつもり無いけど」

 

「どういう意味じゃ?」

 

「聞かない方が幸せよ」

 

そう言って美空は別の方向に話を向かわせる。

オーディンの事、剣丞を取り巻く陰謀の事は、まだ一葉には伝えていない。

本当は伝えるべきなのだとは思うのだが……

 

「(貴女は洗脳されてましたなんて、どんな顔して伝えりゃ良いのよ!?)」

 

……という理由で、一葉に伝えるのがどんどん先延ばしになっているのだ。

 

「まあ、冗談はさておき」

 

「冗談に聞こえなんだぞ」

 

「冗談はさておき」

 

「だから冗談に聞こえなかった」

 

「つべこべ言わずに冗談って事にしときなさい、話が進まないでしょう」

 

「……まあ良かろう、本題に入ると良い」

 

「流石にブチ殺すのはやり過ぎだと思うのよ」

 

大嘘である。

 

「かと言って、座して待つだけではどぉ~にもならないわ」

 

「一旦尾張の織田信長と合流するというのも手ではあるが……」

 

「へぇ~、尾張の織田信長様は、

 このにっちもさっちもいかない状況を華麗に解決する程の知恵者なの?

 大変素晴らしいわね、是非とも会いに行きましょう」

 

「……望み薄じゃな」

 

むしろかえって話がややこしくなるような気がした。

 

「いずれにせよ、剣丞を人質のような状況になってる以上、

 信長が加わっても大して役には立たないわ」

 

「ううむ……せめて向こうの状況が分かればのう……」

 

「向こうの状況はともかく、今武田晴信が考えている事は分かっているわ。

 あいつがこっちに何の説明もしようとしない理由もね」

 

「なんじゃと?」

 

「長尾は信用できない、織田と公方は頼りにならない。

 それならいっそ自分だけで鬼と戦おう……と、いう事よ」

 

「ナメとるのか?」

 

「その通り、ナメられてるのよ」

 

「その話は確かなのか?」

 

「一二三と信虎が言う晴信の人物像からすると、どぉ~考えてもその結論になるのよ」

 

「気に入らんな」

 

「私も気に入らない、ええ気に入らない。 昔っからね」

 

「昔からか」

 

「昔から、じゃなきゃあんな血反吐を吐くような戦、2度も3度も繰り返さないわよ。

 適当な所で手打ち、損切り、土下座外交」

 

「なるほどのう、ならば……」

 

「ええ、それ故に……」

 

「武田晴信に我等が伊達や酔狂で新田剣丞の嫁になったのでは無いと示さねばなるまい」

 

「ええ、あの人間不信の偏屈者に、私達もやれるって所を見せつけてやりましょう」

 

「早い話、尻比べをやろうという事か」

 

「ええそうよ、尻比べ尻比べ」

 

美空と一葉がガッチリと手を握り合う。

2人の意思がピタリと一致した瞬間……ではない。

 

「(……まあ今のは大嘘で、本当の目的は剣丞に誑される前に晴信をブチ殺す事だけど)」

 

そう、美空の目的はあくまで晴信を殺害する事なのだ。

晴信を殺し、剣丞と晴信が結ばれるというオーディンのシナリオを崩すつもりなのだ。

 

「しかし理由がどうあれ、甲斐に攻め入れば主様は止めようとするであろうな」

 

「そうね、下手な事をすれば剣丞が巻き添えで死ぬ可能性はあるわね」

 

「それはいかんな」←剣丞が心配だから

 

「ええ、実に拙いわね」←犬子や一葉も道連れで死ぬから

 

「腹案はあるのか?」

 

「あるわ、それも公方様で無ければ実行できない案が」

 

「面白い、聞かせよ」

 

「まずは剣丞隊から句伝無量の御守りを全部回収して」

 

「……できなくもないが、それで何が変わる?」

 

「急に越軍が国境を越えて侵攻してきて、しかも剣丞隊との連絡はとれず。

 そんな状況になれば、剣丞は甲軍から離れて、単独行動を始めると思うの。

 こっちに残した剣丞隊と合流して、詳しい状況を聞くと共に、

 越軍と甲軍の衝突を回避する手足として使用するために」

 

「まあ、そうなるであろうな」

 

「剣丞が甲軍から離れてくれれば、

 巻き込まれで戦死という結果になる可能性はグンと下がるでしょ」

 

「しかしそれでは、甲斐の軍勢と正面衝突する事にならぬか?」

 

「ええそうよ、晴信の顔面をブッ叩いて目を覚まさせるのが目的ですもの」

 

「ブッ叩くのはともかく、途中で止められるのか?

 越軍も甲軍も死者多数では鬼を利するばかりであろう」

 

「止めてもらいましょう」

 

「……誰に? 余では無理だぞ」

 

「剣丞によ」

 

「ふぅむ……」

 

一葉がしばし瞑目し、思考にふける。

普通に考えれば無理無茶無謀、狂気の沙汰というような策だ。

策とも呼べぬ、ロシアンルーレット以下の大博打だ。

だがしかし……それ故に一葉の心に深く深く突き刺さり、響いたのだ。

 

新田剣丞ならばやれる。

一葉が惚れた男である新田剣丞ならばきっとどうにかする。

そんな狂気の思考に囚われ、盲目になった。

 

「……やるか」

 

「ええ、やりましょう」

 

一葉と美空が再びガッチリと手を握り合った。

 

「(……まあ今までの話は全部大嘘で、

 本当の目的は剣丞に誑される前に晴信をブチ殺す事だけど)」

 

美空がそんな事を考えながらほくそ笑んでいるのに、一葉は全く気付かなかった。

 

……

 

…………

 

………………

 

……その日を境に越後が動き出した。

 

「九十郎! ドライゼ銃の配備はどう!?」

 

「今500ってトコだ。 四斤山砲は15」

 

「信虎! 訓練はと先日の戦いでの欠員補充は!?」

 

「我を誰だと思っている、とっくの昔に手回しはすんでいる」

 

「秋子! 兵糧と金子の蓄えは!?」

 

「潤沢とは言い難いですが……まだいけます!」

 

「犬子! 行軍中の物資の管理は任せるわよ!」

 

「合点承知です!

 そろばん算と複式簿記を覚えた犬子にど~んと任せちゃってください!」

 

「公方様! 剣丞隊はどう!?」

 

「句伝無量の御守りは全て回収した。 しかし余が言うのも何だがあいつらチョロイな」

 

「よぉ~し! それじゃあ皆で甲斐に殴りこむわよっ!!」

 

第四次川中島の戦いが始まろうとしていた。

 

そんな中で……

 

「はぁ……はぁ……ふぅ……きょ、今日は一段と……キツいっすね……」

 

……柘榴が1人、瘴気に襲われ、股間を湿らせ、熱く甘い吐息を漏らしている事に気づく者はいなかった。

 

 


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