戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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次の更新日は1月25日(金)の午後9時~午後10時頃になると思います。
次回タイトルは『迫る決戦の時』になります。



犬子と柘榴と一二三と九十郎第120話『悪魔が囁いた』

 

剣丞達御一行は越後から南下し、武田晴信が待つ甲斐の躑躅ヶ崎館を目指して出立した頃、姫野は1人とぼとぼと西へ向かう街道を進んでいた。

 

「小波の阿呆ぉ~、うんこたれぇ~、痴呆症ぉ~、若白髪ぁ~、恩知らずぅ~……」

 

2人で伊賀に行こうと約束したにも関わらず、小波はそれを見事に忘れた。

それどころか、甲斐に向かう剣丞を御守りせねばと、取り付く島も無く伊賀とは逆方向に旅立ってしまった。

 

それ故、姫野は考え付く限りの小波への文句をぶつぶつと呟きながら、肩を落としてとぼとぼと歩く羽目になったのだ。

 

そもそも、伊賀に行くのは小波が見せた異常な能力と、三歩歩くと姫野の事を忘れる鳥頭の原因を探るため……つまり小波のためなのだ。

 

伊賀に行くのや~めたと言って越後で昼寝を始めても、小波や剣丞を含め誰も文句を言わないのだが……要するに、なんやかんやで小波が心配なのだ。

 

後日、この選択が原因で彼女に人生最悪のハードモードが降りかかるとは夢にも思わず……

 

……

 

…………

 

………………

 

一方、結論から言えば剣丞による森親子中修復作戦は全く上手くいかなかった。

最初から最後まで取り付く島も無かった。

 

『知らん』の一言で全てバッサリと切り捨てられてしまったのだ。

 

結局、今すぐに説得というのは困難だと判断され、剣丞の甲斐行きが1日延期され、道中夕霧がふくれっ面になっただけに終わった。

 

「あの2人にはしばらく距離を取らせるしかないか……」

 

「あたいは最初っからそうするしかないって言ってるんだぜ」

 

「オレも全然帰る気は無いからな」

 

「はぁ……」

 

剣丞が馬の上でがっくりと肩を落とす。

 

「やべぇでやがる……姉上きっとカンカンに怒ってるでやがるぅ……」

 

「大丈夫大丈夫、どうにでもなりますよ」

 

「一二三ちゃんはどうしてどうしてそうヘラヘラと笑っていられるの」

 

「じたばたしてもどうしようもないからね。

 それにいくら御屋形様でも、実の妹は殺さないよ、たぶん」

 

「どうだろ、御屋形様って昔実の母親を国外追放にしてるんでしょ?」

 

「あそこまで親子仲が拗れたのに殺さずに追放で済ましてるんだよ」

 

「そっか、それなら安心……って、それだと私や一二三ちゃんはどうなるの?」

 

「ん? 躊躇無く首を刎ねるんじゃない、御屋形様だし」

 

「怖い事言わないでよ一二三ちゃん!?」

 

湖衣がおめめをぐるぐるさせながら狼狽する。

こういう可愛らしい仕草が見たくて、一二三は時々意味も無く湖衣をからかったり、意味も無く怖がらせたりするのだ。

 

「一応言っておくでやがるが、姉上は実の妹でも躊躇無く殺すでやがるよ。

 諏訪の諏訪頼重に嫁いでった妹がいるでやがる。

 世間的には病死って事になってるでやがるが……」

 

湖衣と粉雪が信じられないといった表情で夕霧を見つめる。

夕霧の顔は暗く、暗く、ひたすら暗い……それが答えだ。

 

「ちなみに今の話、機密だから漏らしたら死なすでやがるよ」

 

「だからそんな怖い話聞かせないでくださいよ典厩様ぁっ!!」

 

「粉雪、湖衣、ついでに一二三……死ぬときは一緒でやがるよ」

 

夕霧が虚ろな瞳で虚空を見つめる。

夕霧はマジで実の姉に首を刎ねられる心配をしていた。

 

「急に甲斐に帰りたくなくなってきたぜ……」

 

「私もだよ、粉雪……」

 

「あ、いよいよ危険になったら私は逃げますから、死ぬ時は3人でお願いします」

 

なお、有言実行する所が表裏比興と書いてクソヤロウと読む武藤昌幸の恐ろしい所である。

 

……

 

…………

 

………………

 

……数日後。

 

甲斐に入り、剣丞と粉雪がちょっとした鬼退治に駆り出され、戻ってくるなり……

 

「私……武田光璃晴信は新田剣丞と祝言を挙げる」

 

武田晴信・通称光璃はそんなトンデモ発言を繰り出した。

 

「あぁ!?」←粉雪

 

「いぃっ!?」←夕霧

 

「うっ……!?」←詩乃

 

「えぇ~……」←剣丞

 

「おめでとうございます」←一二三

 

粉雪と夕霧を含めた一行が全員唖然とした表情になる。

 

赤備えの再編そっちのけで越後に入り浸ってた事とか、勝手に越後の御家騒動に参戦した事とか、剣丞を甲斐に連れて来るのが遅れに遅れた事で光璃の怒りを買い、斬首されるのではと戦々恐々としていた所にこのトンデモ発言だ、粉雪達の混乱は激しい。

 

「何考えてるでやがるか姉上ええええぇぇぇーーーっ!!」

 

夕霧、渾身のツッコミが爆発する。

 

「聞いてないぜ御屋形様ぁ!」

 

粉雪も衝撃を受ける。

なお、同時に集められた他の四天王(春日、心、兎々)は納得し難いという表情ではあるが、先程の爆弾発言に驚いていない、

 

「な、何であたいと典厩様にだけ知らされてないんだよ……」

 

「時間が押していた」

 

光璃が真顔でそう告げる。

 

「どこかの誰かが勝手に越後のゴタゴタに首を突っ込んだ」

 

粉雪と夕霧はバツが悪そうな表情で視線を逸らした。

 

「あはははははははははっ!!」

 

一方一二三は腹を抱えて笑い転げていた。

 

「や、やばっ……ハラが捩れそう……

 出会って早々に婚姻って、しかもよりにもよって剣丞殿と……あははははっ!」

 

それはつまり、オーディンの口の中、胃袋の中に自ら飛び込むようなものだ。

 

「まるで事前に用意してたみたいに鬼が出た上に、

 甲斐に来たばっかりの剣丞殿を鬼退治に駆り出したりしたから、

 絶対何か企んでるだろうな~って思ってたけれど、

 いやまさか剣丞殿と祝言を挙げるためとは思いませんでしたよ、御屋形様」

 

「覚悟を見せた相手には相応の覚悟を見せるのが礼儀」

 

「春日や兎々を説得するためとはいえ、領内に鬼を呼び込みますか普通?」

 

「呼び込んでいない。 たまたま近くに出て来ただけ、偶然の産物」

 

「出て来なかったらどうするつもりだったので?」

 

「出るまで待つつもりだった」

 

「はいはい、そういう事にしておきましょう」

 

「いやあの、正直祝言はやめておいた方が良いような気が……」

 

剣丞ができるだけ恥をかかせないように気遣いながら断ろうとするも……

 

「礼儀」

 

光璃は退かない、媚びない、省みない。

 

「御屋形様の突然斜め上にカッ飛んで盛大に自爆する所、私は大好きです」

 

一二三が超頑張って笑いを堪えながらそう告げる。

後日一二三は光璃の自爆ムーブを指して、『こうするしかなかったのはわかるが、まさか本当にやるとは思わなかった』とか『戦国廬武鉉』とか表現するようになる。

 

「……自爆?」

 

光璃が首を傾げる。

薄気味の悪さを感じる程に聡明で抜け目の無い一二三の事だ、いきなり剣丞と祝言をあげる趣旨を即座に理解していると感じた。

それを『盛大な自爆』と表現した事に対し、純粋な疑問を持つ。

 

光璃的には、けっこう長い事考え抜いた妙案だと思っているのだ。

 

「ああ、その辺は追々説明していきますよ、御屋形様」

 

一二三は笑い過ぎで出て来た涙を懐紙で吹きながらそう答え……

 

「……やっぱり説明はしません。 自力で辿り着いてください」

 

「何故?」

 

「その方が色々と都合が良いからです」

 

誰にとって都合が良いかに言及していない所がポイントである。

そしてその表裏比興(くそやろう)的な話術を、当然のように光璃は気づく。

 

「……もっと後になってから教えた方が笑えるという趣旨?」

 

「それもありますが、それだけではないです。 色々ですよ、色々」

 

なお、その『色々』の中には、九十郎と共謀して光璃をブチ殺す算段も含まれている。

表裏比興と書いてクソヤロウと読む武藤昌幸は、今更主君殺しの1つや2つでいちいち動揺したりはしないのだ。

 

……

 

…………

 

………………

 

それから約一ヶ月後。

 

「御大将ぉ~」

 

柘榴が気怠そうにため息をつき、隣でたれぱんだ状態になっている美空に声をかける。

 

「何よ柘榴ぉ~」

 

美空が耐え難い頭痛と吐き気に悶えながら返事をする。

原因は二日酔いである。

 

「また一人酒っすか? 身体に悪いからもう止めるって何度宣言したっすか?」

 

「呑まなきゃやってられないのよ、毎日毎日頭が痛くなる話がぽんぽん飛び込んできて」

 

「死ぬっすよ、マジで」

 

「ぴんぴんコロリと逝きたい所ね」

 

「この前跡取り決めたとはいえ、正直洒落になってねーっす」

 

「やっぱり不満に思ってる連中、多いのかしら?」

 

「過半数には程遠いっすけど、さりとて少ないとも言えねーっすね。

 北条に越後を売り渡す気かって」

 

「そういう輩は、空が勝っててもなんやかんやと理由をつけて文句を言うものよ」

 

「かもっすけど、どうするつもりっすか?」

 

「人の噂も七十五日、暑さ寒さも彼岸までって、時間が解決するわよ」

 

「じゃあ長生きしないといけねーっすね」

 

「……そうね」

 

「じゃあ酒も止めないといけねーっすね」

 

「断固としてNO!! 酒が無いと生きていけないわっ!」

 

「死ぬっすよ、マジで」

 

「ぴんぴんコロリと逝きたい所ね」

 

「やっぱ洒落になってねーっす」

 

「柘榴、人の事言えるの? 瘴気って言うのだっけ、

 最近ドス黒い煙みたいなのを漂わせてるのを見てる人がいるのだけど」

 

「うぐっ……」

 

痛い所を突かれ、柘榴が絶句する。

 

「確かセックスしたり、オナったりしたら瘴気が増すんでしたっけ?」

 

「だ、誰から聞いたっすか……?」

 

「犬子からよ。 それにしてもおかしいわね~?

 確か九十郎との同衾を断り続けてる筈なのに、一体どこの誰とヤッてるのかしら~?」

 

「誰ともしてねーっす!! 御大将でも怒るっすよ!!」

 

「じゃあ、オナニー?」

 

「うぐぅ……」

 

柘榴が言葉を詰まらせる、それが答えである。

 

「鬼になるっすよ、マジで」

 

美空が嫌味ったらしく柘榴の口調を真似る。

 

「仕方ねーっすよ! 身体に良くないのは分かってるっすけど、

 生活習慣になってるって言うか、何と言うか……寝る前に自慰をするのが習慣に……

 しねーと全然眠れないっすよ!!」

 

「私もね、寝る前に酒を呑まないと眠れないのよ」

 

美空と柘榴がじと~っとした視線を互いに向け合う。

 

「死ぬっすよ、マジで」

「鬼になるわよ、柘榴」

 

そして同時に似たような言葉を向け合った。

 

「真面目な話、禁酒しないと死期を早めるかもって事は認識してるのよ」

 

「柘榴自身、そろそろマジでヤバくなってるって認識はしてるっす。

 ざわざわっとして、ムラっとくる感じが日に日に増してるっす」

 

「我慢できないの? 私と違って数ヶ月耐えれば良いんでしょ?」

 

「寝る前の自慰が日課になってて……」

 

「その位我慢しなさいよ、鬼になるよかマシでしょ」

 

「マジで辛いっすよ! 処女の御大将には分からねーっすけど!」

 

「誰が好き好んで処女でいるかぁっ!!」

 

「だから嫁の貰い手もいねーっすよ!」

 

「一応人妻よ! 既婚者よ! ちょっと釈然としないけど!」

 

「この鋼の処女膜っ!!」

 

「その処女膜がオーディンの計画を狂わせたって事忘れるんじゃないわよっ!

 ほらほら! この鋼の処女膜様にひれ伏しなさいっ!」

 

美空が唐突に袴とパンツを豪快に脱ぎ捨て、豊満な胸をどーんと張りながら女の部分を柘榴に見せつける。

 

「……で、真面目な話どうなの?」

 

美空(下半身だけ素っ裸)が急に真顔になって柘榴に確認する。

 

「こっちも真面目に答えるっすけど。 時々、猛烈にムラッと来るっす。

 視界に入った男を押し倒しそうになったり、

 誰でも良いからおOんぽくださいって叫び出しそうになったりするっす。

 一回オナって発散したらしばらく止まるっすけど……

 前より強烈なムラムラが襲ってくるっす」

 

「あれ、ちょっと待って、それ本気でヤバくない?

 冗談で茶化したらいけない類の大問題じゃない?」

 

「正直、自力で我慢するのは厳しいかもっす」

 

「お互い、そろそろ本気で自制ってのに取 り組まないと拙いかもしれないわね。

 言っとくけど鬼になった柘榴と殺し合うとか、絶対に嫌だからね」

 

「そっすね。 あんまり自信ね~っすけど」

 

「死ぬ気で我慢しなさい! 気合よ気合ぃっ! 人生に大事なのは気合よっ!!」

 

美空が柘榴の胸倉を掴み上げる。

 

「全然酒断ちできねー御大将に言われても説得力皆無っすよ!!」

 

「手足縛り付けて強制的にオナ禁させるわよっ!!」

 

「御大将こそ簀巻きにして強制的に酒を断たせられてーっすか!!」

 

「はっ、残念だったわね、んな事したら政務がパンクするわよっ!!

 私が一日にどれだけの客に会って、どれだけの報告に目を通して、

 どれだけの書類を書いてるか知らない訳無いわよねっ!!」

 

「それは柘榴も同じっすよ! 御大将は忘れてるかもしれねーっすけど、

 柘榴は柿崎城の城主で、先手組の大将で、軒猿の取りまとめもやってるっすよ!」

 

「政務を滞らせるっても鬼になるよりマシじゃない!」

 

「それを言うなら、酒毒で早死にするよりマシって言い返すっすよ!」

 

「んな事アンタに言われんでも分かってるわよ!

 分かっちゃいるけど止められないのよぉっ!」

 

「こっちだって分かっちゃいるけど止められねーっすよ!!」

 

美空(下半身マッパ)と柘榴が胸倉を掴み合って睨み合う。

なんやかんやで仲が良く、なんやかんやで時々喧嘩をする主従である。

 

そしてぜぇ、はぁと息を荒げて、全て諦めきった表情で距離をとる。

 

「……節制ってのは、辛いっすね」

 

「本当にね」

 

柘榴と美空(尻丸出し)が同時に深々とため息をつく。

 

「正直、今まで禁酒しろって軽々しく言い過ぎてたっすよ。

 簡単に口にできる程、楽じゃなかったっす」

 

「そうね……ええ、本当にそう。 でもいつかは必ず向き合わないといけないわ、お互いに」

 

「鬼も早死にも洒落になってねーっすからね……」

 

柘榴と美空(履いてない)が再び深々とため息をつく。

言うのは簡単だが、実行するのは難しいのだ。

 

「節制と言えば……甲斐に行ったスケベさん(剣丞)の事、聞いてるっすか?」

 

「聞いてるに決まってるでしょ。

 甲斐に到着した初日であの武田晴信と祝言を挙げたんでしょう」

 

「もう誑しちまったっすかねぇ?」

 

「まだだと信じたいけど……正直、時間の問題かもしれないわ」

 

「松葉を誑した時のスケベさんの手の速さと口の巧さは、

 異様って言うか異常だったっすからねぇ」

 

「悪魔的な口説き文句だったわね。

 私も面と向かってあんな事を言われたらドキッとしたかもしれないわ」

 

お互いの顔を見合わせ、もう一度ため息をついた。

 

「柘榴達も今やべーっすけど、

 オーディンの計画を外さないとそれはそれでやべーっすよね。

 るぅん魔術ってのが飛んでくるって話っすし」

 

「せめて向こうの様子が分かれば……」

 

「流石に武田の中枢に軒猿を送り込むのは難しいっすよ」

 

2人が無言で縁側に座り、空を見上げる。

雲一つない晴天を見て、鳥達の囀りを聞くと無性に腹が立った。

 

そんな時……

 

「たっだいま~!」

 

「美空、柘榴、こっちに来てるって聞いたんだが、いるか?」

 

青空や鳥達以上に能天気そうな声の女性と、九十郎の声が聞こえて来た。

 

「……練兵館はアンタのお家じゃないわよ、一二三」←履いてない

 

美空(丸出し)がちょっと不機嫌そうに来客の女性……一二三に対して声をかける。

 

「まあまあ、細かい事は言いっこ無しで」

 

「そうっすよ御大将、この際向こうの事を聞くっす」

 

「細かくないわ、とっとと下山城に帰りなさい」←モロ出し

 

「あ、下山城代は辞めてきました。 武藤昌幸改め真田昌幸今は信濃の上田城主やってます」

 

「武藤昌幸改め真田昌幸って……? 柘榴、何か聞いてる?」←痴女スタイル

 

「いや、初耳っす」

 

「九十郎は?」←こいつ上杉謙信です

 

「美空なら何か知ってねぇかと思ってここに来たんだが……美空も全然か。

 あと、真田昌幸ってどっかで聞いたような気がするんだが何か心当たりねえか?」

 

「てか2人共、御大将の恰好にはツッコミ入れねーっすか?」

 

「パンツ履けよ」

「パンツ履いたら」

 

一二三と九十郎が至極真っ当で、それ故に面白みの無いツッコミを入れる。

 

「……はい、履きます」

 

美空がすごすごとさっき脱ぎ散らかしたパンツと袴を履く。

まるで女房と子供に逃げられた中年サラリーマンのような哀愁の漂う姿であった。

 

「で、知ってるか? 真田昌幸」

 

「そんな事言われても何も分からないわよ。 それより一二三、貴女確か武藤……

 えっと……たぶん武藤信堯とかいうのの養子になってるのでしょう。

 何でまた真田に戻ってるのよ?」

 

「いやぁ、急に母の幸隆と、前当主で姉の信綱と、もう一人いた姉の昌輝が病死して、

 それで急遽私が真田家を継ぐ事になりまして。

 それで今日は家督相続のあいさつ回りに来ました」

 

「……戦でもないのに3人も死ぬ、普通」

 

「本当はもう少し時間をかけるつもりだったんですけどね。

 ええ、オーディンの事もありますし、この際四の五の言ってはられないかなと」

 

そう言うと一二三はにやりと笑った。

意訳『ブチ殺しました』。

 

表裏比興と書いてクソヤロウと読む武藤昌幸改め真田昌幸は今日も平常運転である。

 

「御大将、柘榴達はとんでもない怪物を世に放ってしまったんじゃねーっすか」

 

「そうね、ひょっとしてコイツ鬼より鬼かもしれないわ」

 

「美空、柘榴、そんな事より最近の剣丞の様子を聞こうぜ」

 

「んん~、ここしばらく歩き詰めだったから喉が渇いたな~。

 温かい紅茶があれば喉の滑りも良くなるかも……」

 

「分かったよ、淹れてくるから座ってろ」

 

「はいは~い」

 

……

 

…………

 

………………

 

「……という訳で、状況は決して芳しくないね」

 

「スケベさんの下半身に節制を期待した事が間違いだったようっすね」

 

「全く、甲斐では誑し禁止って言った趣旨、分かってるのかしら」

 

曰く、剣丞と武田四天王が力を合わせて鬼と撃退した。

曰く、眠る剣丞の隣で晴信がうっとしとした表情で寝顔を眺めていた。

 

曰く、剣丞と晴信(のそっくりさんである薫)が2人で花畑で遊んでいた。

曰く、剣丞と夕霧が2人で遠乗りに出かけていた。

曰く、剣丞が春日に膝枕をして休ませていた。

曰く、剣丞と夕霧が晴信(のそっくりさんである薫)と一緒に人物画や風景画を描いて過ごしていた。

曰く、剣丞が兎々に桃をあ~んして食べさせていた。

曰く、剣丞が春日の日課の乾布摩擦に遭遇していた。

 

そういう何も知らない者にとっては微笑ましい、オーディンの計画を知る者にとっては戦々恐々とするような報告が次から次へと出てくる。

なお、意図的に光璃と薫を混同して報告する所がポイントである。

 

今の所、XXXをXXXにXXするような関係になった者はいない様子だが、時間の問題だなと美空も、柘榴も、九十郎も思った。

 

つまり……

 

「やばい」

 

「やばいっすね」

 

「剣丞の奴! 私と犬子が誑し禁止って言ったの忘れてるんじゃないでしょうね!」

 

「誑し禁止って言った程度じゃ、

 スケベさんの誑し力(たらしちから)は止められないみたいっすね」

 

「しかし……武田信玄に、山県昌景、馬場信房、内藤昌秀、高坂昌信ときて、山本勘助だろ。

 日本史に疎い俺でも知ってるようなビックネームばかりだからな。

 オーディンも絶対に狙うだろう」

 

「これ以上スケベさんを野放しにはできねーって事っすよね。

 御大将、どうするっすか?」

 

「んな事言われても、私にはどうする事も……」

 

美空と柘榴が絶望に染まりそうになった時……

 

「ならばいっそ先んじて消しませんか? 武田晴信の方を」

 

……悪魔が囁いた。

 

 


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