戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第118話にはR-18描写があるので犬子と九十郎(エロ回)に投稿しています。
第118話URL『https://syosetu.org/novel/107215/40.html


犬子と柘榴と一二三と九十郎第117話『やっぱり似ている2人』

「あ~……まぁ~た呑んじゃったわね、それも記憶が飛ぶくらいに……」

 

ズキズキと、刃物が脳髄に突き刺さっているかのような酷い頭痛に苦しみながら、二日酔いの美空が畳から起き上がる。

 

一見綺麗に片づけてあるように見える部屋だが、所々でゲロの臭いが染みついていて、自分が昨晩も吐いて、その後処理を秋子か松葉辺りにやらせてしまったのだと察する。

なお、実際にモザイク処理必須の汚物を片付けたのは愛菜である。

 

「いつつつつ……今日の頭の痛さはいつもの2倍ね。 胃もムカつくし、関節も痛いし、

 全体的に気怠いしで、もう今日は仕事休んで寝ていたいわ」

 

美空が無責任な事を呟きながら両手両足を放り出し、天井を見つめる。

昨日、負けて落ち込んでいた空の口にしこたま酒を流し込んだ事は覚えていたが、そこから先はまるで思い出せない。

 

空が噴水、あるいはマーライオンのように汚物を噴き出していた光景や、愛菜が死んだ魚のような目で部屋の雑巾がけをしている光景があったような気もしたが、まるで記憶に靄がかかったような感じで、ハッキリとした事はまるで出てこない。

 

「落ち込んでたからパーッと楽しく飲ませようとしたけど、

 空と愛菜には悪い事したわね……これが原因で酒嫌いにならなきゃ良いのだけど」

 

結論から言えば、愛菜は美空を反面教師にして酒嫌いになる。

秋子は愛娘(養子だが)と一緒に酒を飲む楽しみを喪って枕を涙で濡らすのだが、それはまた別の話である。

 

美空は寝っ転がりながら、二日酔い対策に戸棚の奥深くに隠し持っている迎え酒を口に入れ……

 

「……っと、いけないいけない! 今日はあの武田信繁と面会するんだったわね。

 流石に他国からの使者に酔っぱらった状態で会う訳にはいかないわ。

 迎え酒はこの一杯だけにしないと」

 

最後の最後の理性で、美空は酒瓶に再び封をして、戸棚の奥へと押し戻す。

書類仕事だけだったら酔っぱらいながらやる気かとツッコミが入りそうなセリフだが、越後のツッコミ担当こと秋子は夕霧との面会のセッティングのために不在であった。

 

「……よぉし! 酒飲んだら元気が出てきたわ!」

 

長尾美空景虎は、元からかそれとも基本駄目人間の九十郎の影響からなのか、順調に駄目人間街道を突っ走りつつあった。

 

………

 

……………

 

…………………

 

「姉上からの書状でやがる」

 

「拝見するわ」

 

それを渡した瞬間、夕霧は全身から力が抜け落ちていくような感覚に陥った。

元々、書状一枚渡してハイおしまいの筈の任務だったというのに、粉雪は越後の内情に深入りしすぎて勝手にピンチになり、一二三は夕霧と湖衣の理解の斜め上をカッ飛び、挙句の果てに水橋パルスィや霊烏路空のコスプレをさせられ、何故か越後後継者を決める戦にガッツリ参戦させられた(第95話)。

 

まるで悪夢のような任務も、もうじき終わりを告げるのだ。

この書状に対する長尾景虎からの返答を聞きさえすれば……

 

「まあ時候の挨拶やらなにやら色々書いてあるけど要約すると……

 新田剣丞を引き渡せ、否と言えば兵を率いて攻め入るぞと」

 

「歯に衣着せぬ言い方すれば、そーなるでやがるな」

 

「ふぅん……」

 

興味無さそうな顔で書状を丸めながらも、美空は超高速で頭を回転させ、今後の立ち回りを計算する。

剣丞は正直惨たらしく死ねば良いとか思っているが、それはそれとして対武田との交渉に役に立つのなら最大限役に立ってもらいたいという気持ちもある。

だからこそ、即座に万歳三唱しながら送り出すという線は無い。

最終的に身柄を渡すにしても、できるだけ勿体つけて渡したい所である。

 

「男1人渡さなければ攻め入るなんて、非常識じゃない?」

 

「夕霧もそう思うでやがるよ。 でも姉上でやがるよ。

 やりかねねーでやがる、実績は十分でやがる」

 

「そうね、あいつは目玉焼きにかける調味料を口実に攻め込みかねないわね」

 

「違うと言いたいでやがるが、否定できない所が姉上の恐ろしい所でやがる」

 

「渡したら攻め込んでこない保証は?」

 

「夕霧が止めるでやがる」

 

「止めれるの?」

 

「何とかするでやがるよ」

 

「ドンファンの愛の囁きより信用できないわね」

 

「どんふぁん?」

 

「いえ、こっちの話」

 

実際の所、戦国時代の約束なんて薄紙1枚よりも容易く破られるものだ。

相手があのクズ・オブ・クズの武田晴信なら、猶更である。

剣丞を差し出した次の日に気が変わったとか何とか言い出して越後侵攻の軍を興しても不思議ではない。

 

……と、いうのが美空と夕霧の共通認識である。

 

故に夕霧は『信用しろ』ではなく『自分が止める』と告げたのだ。

 

「面倒臭い姉がいると大変よね、お互いに」

 

「あえて否定はしねーでやがる」

 

「いっそウチの子にならない? 信虎共々面倒見るわよ」

 

「断る、でやがる」

 

美空からの提案を、夕霧は考えるまでも無いと即座に否定する。

 

武田晴信のブレーキである夕霧を取り外す事が出来ればと思ったがと、美空はちっ、と小さく舌打ちをした。

 

「元々、担ぎ上げたのは夕霧達でやがる。

 重いとか時々斜め上にカッ飛ぶからと途中で放り投げる訳には行かねーでやがるよ」

 

それに重いのも、斜め上にカッ飛ぶのも、詰み寸前のクソ立地である甲斐で生き抜くために必要な事でやがるし……と、夕霧は心の中で付け加える。

 

クズで有名な武田晴信も、別に好き好んでクズムーブを繰り返している訳では無いのだと、少なくとも夕霧は信じている。

 

「実の親は放り投げたのにねえ」

 

「投げたのは否定できねーでやがるが、何も無い所に放り投げた訳じゃねーでやがる。

 受け止められる所に……今川義元を信じて、託したでやがる」

 

なお、晴信はその義元をブチ殺した(第9話)

 

「それで使者殿、考える時間はどのくらい頂けるの?」

 

「流石に今すぐこの場で返答しろとは言わねーでやがる。

 でも、そう何日も待ち続けてやる程暇でも無ければ優しくもねーでやがるよ」

 

「2~3日中には結論を出すわ、それで良い?」

 

「その位なら待ってやるでやがる。 決まったら呼ぶでやがるよ」

 

夕霧がそれだけ言い残して退出する。

美空は残された書状にもう一度目を通し……ため息をついた。

 

「……悩ましいわね、これは」

 

城から見える城下町の様子は、普段とはまるで違っている。

多数の鬼が町に雪崩れ込み、多くの兵や民草が犠牲になった。

当然、商家や田畑、堀に塀といった防御設備も壊されている箇所が多い。

 

今この場に略奪と殺戮に定評のある甲斐武田軍が押し寄せてくれば、勝っても負けても越後の民に甚大な被害が出て、経済活動が破綻する可能性が高い。

 

撃退はできたけど甲斐も越後も詰みましたでは洒落にならない。

 

「守ったら負けね」

 

……ただし、今の越軍には虎の子ドライゼ銃と、秘密兵器四斤山砲がある。

 

鬼との戦いで兵は損耗しているもの、九十郎がもたらした未来兵器を活用すれば決して勝てない訳でもない。

だからこそ悩ましいのだ。

 

もう一度言うが、撃退はできたけど甲斐も越後も詰みましたでは洒落にならない。

 

 

「信虎に相談……しても良い機会だから晴信を殺せって言うだけね、やめときましょう。

 そうなると秋子を呼んで……いえ……」

 

限られた時間の中で、誰に相談しようかと頭を巡らせる……すると美空の脳裏に1人の人物の顔が浮かんだ。

 

「そうねえ、いっそ剣丞に相談しましょう。

 ある意味当事者だし、名目上は私の良人になったのだから、知恵位は出すでしょ」

 

妙案が浮かんだと笑みを浮かべながら、美空は馬場に駐輪してある自転車に向かう。

それもまた九十郎が造った未来の道具、美空のお気に入りのママチャリである。

 

……

 

…………

 

………………

 

「勝っても負けても恨みっこ無しだぞ、お互いに」

 

バッファローマンのような大柄な男が竹刀を構える。

 

「分かっている、今回は俺も本気で行く」

 

爽やか系のイケメンが同じく竹刀を構える。

 

斎藤九十郎と新田剣丞が、超消化不良に終わった先日の戦い(第102話)のやり直しをしようとしているのだ。

 

執念深いというか、諦めが悪いというか、粘着質な男である。

 

「いくぜぇっ!!」

「……勝負っ!!」

 

野獣のような雄叫びと共に、九十郎が剣丞に飛び掛かった。

そのままガタイの大きさを生かして力任せに竹刀を振り回す。

 

「神道無念流ナメんなぁーっ!!」

 

「ナメたつもりは無いよ……ぐっ、やっぱり力比べは不利か……」

 

九十郎のパワーを受け止め、剣丞の竹刀が折れそうになり、両腕がジンジンと痺れた。

1度や2度ならともかく、3度も4度も受け止め続ければ竹刀が折れるか、衝撃で得物を手放してしまいそうだと感じた。

 

「なら小回りで勝負するしかないかっ!!」

 

「ちぃ、猪口才なぁっ!!」

 

どこぞの悪魔召喚士の如く、剣丞が前転して九十郎の狙いを外し、後方の回り込む。

すぐさま九十郎の横腹を狙い竹刀を振り抜くも、九十郎はギリギリの所で回避した。

 

「いや、見事なもんだ。 流石は剣丞だな。 相手が俺じゃなかったら一本取れてたよ」

 

「ただ筋トレしてただけじゃあの振りはできないよ。 どれだけ鍛錬してるのか……」

 

「言ったろ、神道無念流をナメんなってな」

 

「ああ、違いないな」

 

剣丞と九十郎が竹刀を構えながら、じりじりとすり足で間合いを詰めていく。

互いが互いに、どのタイミングで斬りかかるか、相手が斬りかかってきたらどう身を躱すか、相手の呼吸一つ見落とすまいと極限まで精神を集中させていく。

 

「おっかしらぁ~! 頑張れぇ~っ!!」

 

「九十郎ぉーっ!! 負けないでぇーっ!!」

 

「剣丞様! 何か卑怯な手段を用意してるかもしれません! 油断しないで!」

 

「九十郎さぁーんっ! 押してますよぉーっ! しっかりぃーっ!!」

 

ひよ子と詩乃は剣丞に、犬子と雫は九十郎に、各々愛する男性に声援を寄せる。

そんな中……

 

「何やってんの、あいつら?」

 

戦国時代に似つかわしくないママチャリに乗った長尾景虎が現れた。

 

「あ、美空様。 今九十郎が剣丞様を叩きのめす所です」

 

「違うよ犬子、お頭が九十郎さんをやっつける所だよ」

 

いきなり犬子とひよ子の意見が真っ向から対立し、じと~っとした不愉快そうな視線が交差する。

 

この男の趣味が正反対の2人は、剣丞と九十郎が関わる時だけ互いの仲が険悪になる。

 

「で、美空様はどっちを応援します?」

 

「……へ?」

 

美空がキョトンとした表情になった。

気がつけば犬子とひよ子だけでなく、雫と詩乃、それに戦っている剣丞と九十郎の視線まで集中していた。

 

『喪ったものを取り戻すために戦う九十郎。

 世界の平和を守るために戦う剣丞。 君はどっちを応援する!?』

なんてナレーションが一瞬だけ聞こえてきたような気がした。

 

好き嫌いで選ぶなら即座に九十郎を選ぶ処だが、一応、今の美空は剣丞の嫁という立場だ。

第三者の目がある今は、立場上剣丞の応援をしておいた方が無難な気がする。

 

「やめてー(棒読み) わたしのためにあらそわないでー(すごい棒読み)」

 

結局、物凄くやる気のない声で適当な声援(笑)を送る事でお茶を濁す事にした。

 

「……別に美空の為にやり合ってる訳じゃねえがな」

 

九十郎が明らかに不機嫌そうに呟く。

正直な所、犬子以外のギャラリーは全員どっかに行ってほしいとすら考えている。

 

「え? じゃあ誰のためにやってるのよ!? 私を差し置いてっ!!」

 

「唐突にキレんなよ! 犬子だよ! 犬子のためにやってんだ!

 犬子の代わりに剣丞をブチのめすって約束したからな!(第102話)」

 

「本当は柘榴も呼びたかったんだけどね」

 

「あいつは仕事があるからな。 何故か暇そうにしてる美空と違って」

 

「暇な訳じゃないわよっ!! 色々忙しいわよ!!」

 

むしろ柘榴より仕事が山積みなくせにこんな所でサボっている所が問題である。

 

「よーし剣丞、あそこの若白髪は放っておいて仕切り直すぞ」

 

「誰が若白髪よっ!? 誰がっ!? 三昧耶曼荼羅ブチかますわよっ!!」

 

「俺の大事な嫁の1人なんだが……」

 

「アンタの嫁になった覚えは無い!

 いや、あるけど心まで売り渡すつもりは無いわよっ!!」

 

見事なツッコミ力(つっこみちから)である。

 

「せぇい!」

 

「なんのこれしきっ!!」

 

剣丞の鋭い突きが九十郎の鼻先を掠め、九十郎も負けじと反撃する。

緊迫した一進一退の攻防に、見届け人達が思わず息を漏らす。

 

「斎藤キック!」

 

「くっ、蹴りもアリか……」

 

「当たり前だろ! 勝てば官軍の世の中だ!」

 

突然脛をけたぐられ、剣丞が大きく体勢を崩した。

 

「めぇーんっ!!」

 

「なんのぉっ!!」

 

追い打ちをギリギリの所で避け、剣丞は左手でその辺の砂を掴んで九十郎の顔に投げつけた。

 

「てめぇっ!! この野郎ぉっ!

 イケメンならイケメンらしく清く正しく美しく散りやがれっ!!」

 

自分の卑怯技を棚に上げた無茶苦茶な理屈である。

 

「あいにく、ウチの教育方針はそこまでヌルくないんだよっ!!」

 

剣丞は真っ当な戦い方をやめ、孫伯符直伝のヤクザキックを九十郎の腹筋に叩きつける。

 

「うぐっ……へっ、まだまだこれからだ」

 

鎧のように頑強な筋肉の層によって衝撃はやや軽減されたものの、それでもダメージは決して小さくない。

 

「さぁて、そろそろきっちりイケメンの剣丞君をシメてやらねぇとな……」

 

「嫁が見ているんだ、負けてやる気は無いぞ、九十郎」

 

「当然、ワザと負けられちゃ困るよ」

 

剣丞と九十郎が睨み合いながら竹刀を握り直す。

ふぅ、ふぅ、と息を整えながら、再び剣と剣が交わる一瞬を読み合う。

 

そんな緊迫した空気に、嫌が応にも周囲が静まりかえる……

 

「剣丞の! ちょっと良いトコ見てみたい!」

 

そんな緊迫した空気を美空は見事にブチ壊した。

黙って見物しているのが面倒になってきたのだ。

 

緊迫した空気は一気に『この人いきなり何言ってんの?』的な空気になる。

 

「剣丞様は今お忙しいので、私が代わりに聞きますが、何のおつもりですか?」

 

「甲斐に行ってほしいな~って」

 

「……え?」

 

予想外の提案に、剣丞が思わず美空に視線を向ける。

 

「武田晴信がねえ、

 剣丞が甲斐に来ないと越後に攻め込むよ~って感じの書状を送り付けて来たのよ。」

 

「は、はい……?」

 

余りの予想外の展開に、詩乃も思わず声が上ずる。

ひよ子と犬子は早くも思考を放棄した。

 

「越後を守るために甲斐に行ってほしいなって、剣丞に、1人で」

 

「……え? え?」

 

もう一回聞き直しても同じ……いや、むしろさらに最悪な要求を突き付けられ、剣丞は思わず決闘中だという事も忘れ、目をまん丸にした。

 

「面」

 

「あだっ」

 

当然、目敏い上に卑怯者の九十郎がそんな隙だらけの剣丞を見逃す筈無く、剣丞と九十郎の決闘はすごくアッサリ目の終わりを迎えた。

 

「どうだ勝ったぞ犬子! 見ていたか?

 それと美空ナイス援護だ! 後でキスしてやる!」

 

「一応、名目上は人妻だから唇は駄目、おでこにお願いね」

 

「……九十郎と美空様って、時々本当に恰好悪くなるよね」

 

犬子はゴミムシを見るかのような視線を九十郎に向けていた。

 

「勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」

「勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」

 

美空と九十郎が2人でジョジョ立ちしながら勝ち誇る。

2人共格好悪い勝ち方だという事は理解しているが、それはそれとして九十郎は剣丞を殴りたい、美空は剣丞に吠え面をかかせたいという欲求を抑えられなかったのである。

 

「本当に恰好悪いなぁ……」

 

ため息をつきながら空を仰ぐ犬子の頬は、僅かに緩んでいた。

卑怯だろうが、恰好悪かろうが、自分に剣丞に勝つ瞬間を見せたかったのだと思うと、胸の内に嬉しさが込み上げてきていた。

 

「(九十郎と美空様が恰好悪い所見ると、顔が緩んじゃうなぁ……)」

 

……最近自覚した、犬子は恰好悪い時の九十郎や美空が好きなのだと。

 

「……で、俺に甲斐に行ってほしいってどういう事?」

「……で、剣丞に甲斐に行けってどういう事だよ?」

 

それはそれとして剣丞と九十郎がさっきの爆弾発言の真意を問いただす。

 

「そうですね、教えてもらいましょうか」

 

「美空様、まさか剣丞様との結婚が嫌になって抹殺する気ではないですよね?」

 

詩乃や雫からもじと~っとした視線が浴びせられる。

剣丞を負けさせるのは成功したが、一気にアウェー感満載な空気の中に放り込まれる羽目になった。

 

「武田晴信が、剣丞の身柄を渡さないと越後に攻め込むって強迫してきたのよ。

 さっきも言ったけど、これはマジなお話」

 

「え? 俺を? 何で?」

 

「ちょっと分からないわね、あいつはいっつも唐突だから。 雫は何か心当たり無い?」

 

「甲斐の武田晴信が剣丞様を求める理由……ですか……?

 美空様、そのお話はどなたから?」

 

「今日の昼、典厩武田信繁からよ。 晴信の書状を持っていたわ」

 

「とすると時期的に……

 例のバカ騒ぎ、じゃなくて、美空様が剣丞様の嫁になる以前に書かれたものでしょうね」

 

「前々から、何で信繁が越後にいるんだろうな~とは思っていたけど、

 どうやらあの書状を持ってくるためだったみたいね」

 

「しかし……やはり晴信さんの意図は読めませんね……詩乃さん、どう思います?」

 

詩乃が深く静かに思索に臨む。

剣丞を寄こせという武田晴信の意図を読む事も確かに重要だ。

しかし今、もっと重要なのは……

 

「剣丞様を引き渡したとしても、越後に攻め込まないという保証は無いですね。

 そして剣丞様に危害を加えない保証もありません。

 人質にされるだけではありませんか?」

 

「その懸念はありますね……」

 

「ぶっちゃけ甲斐で惨たらしく殺されてくれた方がうれし……」

 

雫と九十郎から『黙ってろ』という視線を浴びせられ、美空が口を噤んだ。

 

「美空様が剣丞様の嫁になった件は、武田にとっても予想外と思います。

 幕府に、織田、浅井を同時に敵に回す危険性を考えれば、

 そう易々とは危害を加えられないとはおもいますが……」

 

「雫、志賀城に生首3000並べる人に理性を期待するのはどうかと思いますよ」

 

「ですよねぇ……」

 

詩乃と雫の話し合いの結果、徐々に反対の方向へと雰囲気が流れていく。

 

「んじゃあ保険をかけようぜ」

 

「保険……?」

 

そんな時、九十郎が独り言のようにそんな事を呟いた。

 

「一二三ぃーっ! どーせその辺で話聞いてるんだろーっ!?

 ちょっと話あるから出て来ぉーいっ!!」

 

「はいはーい、一二三はここにいますよー」

 

まるで遠吠えのように大きな声を出すと……近くの樹の影からひょこっと美女が顔を出した。

 

「たぶんいるとは思ってたが、本当にいるとはな。 一二三、お前何やってんだよ」

 

「そろそろ呼ばれると思ってスタンバってました」

 

「じゃあ次に俺が言うセリフを当ててみてくれ」

 

「剣丞のフォローよろ」

 

「正解、悪いが頼む」

 

「お任せあれ。 と、いう訳で織田の天人様の身の安全は私、

 武藤一二三昌幸が守るからさ、大船に乗ったつもりでいてくれたまえ」

 

唐突に現れた一二三がどーんと胸を叩いた。

 

「どう思います、雫」

 

「正直心配でならないんですけど、任せる他無いのでと……」

 

「ひどいなぁ、大丈夫だって、悪いようにはしないから」

 

誰にとって悪いようにしないかを明言していない所がポイントである。

実際の所、表裏比興と書いてクソヤロウと読む真田昌幸を信用する事は、劉玄徳に兵を貸して国の要所を守ってくれと頼むのと同じ位危険である。

 

「ああそれと、2人か3人くらいなら剣丞殿に同行させられると思うよ」

 

「……どういう事ですか?」

 

「そこはまあ、私の交渉術で。

 お嫁さんと離れ離れにするのは非道じゃないか~って泣き落とすつもり。

 典厩様は案外泣き落としに弱いからねえ」

 

「すいません、この人が交渉術って言うと何か寒気がするんですが」

 

「訴訟も辞さない」

 

「残当」

 

「残当ね」

 

「犬子も同じ気持ちです」

 

「まあ何にせよだ……剣丞、俺にできるのはこの程度で、申し訳ねえとは思う。 だが……」

 

九十郎が剣丞に向き直る。

 

「……甲斐に行くべきだと、俺は思う」

 

基本屑で、基本能天気な九十郎が、珍しく真面目な顔をしていた。

 

「危険です!」

 

「そうですよお頭ぁ! 危ないですよぉっ!」

 

詩乃とひよ子が即座に反論する。

雫もまた、言葉にこそ出していないものの、詩乃と同じく、危険性が高すぎると感じていた。

 

「糞弟子(綾那の事)を連れてけ、あいつなら1000人くらいまでなら1人で蹴散らせる。

 護衛としては最適だろう」

 

「しかしっ!」

 

「本気でヤバくなった時は……一二三、悪いが剣丞の事を頼む。

 綾那は放置しても良いぞ、どうせ殺しても死なないから

 

「その時は責任を持って安全な場所まで避難させるよ、それで良いかい?」

 

「そこまでして何故剣丞様を甲斐に行かせようとするのですか!?」

 

「なんでって……そういう話の流れだったろ?」

 

「話の流れ!?」

 

訳の分からない理由に、詩乃が思わず聞き返す。

 

「剣丞が越後でやれる事は、今日の決闘で大体終わっただろ?

 次はどこか別の場所……例えば、武田晴信のいる甲斐とかで物語を動かすべきだろ」

 

「それは……剣丞様が主人公だからですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

九十郎は迷い無く頷いた。

 

歪んでいる……詩乃はそう感じた。

 

詩乃だけではない、雫も、犬子も、美空も、今でもなお斎藤九十郎は新田剣丞を主人公だと根拠無く信じているのだと気づいた。

主人公だから物語を良い方向に導く筈だと根拠なく信じて、主人公だから多少無茶させてもそう簡単には死ななないと根拠無く信じているのだと。

 

「美空様、これって……」

 

犬子と美空がひそひそ声で相談を始める。

 

「どうやら一番太くて深い根っこ取り去れていないようね」

 

「そうみたいですね、どうします?」

 

「とりあえず剣丞を遠ざけましょう」

 

「それ、問題の先送りじゃないですか?」

 

「長い事剣丞を越後に置いてたら結婚式を開かなきゃいけないし、

 夫婦のアレコレする羽目になるじゃない! 今回のゴタゴタでその辺有耶無耶にするわ」

 

「美空様って、本当に時々凄く恰好悪くなりますよね」

 

「剣丞とセックスする位ならその辺の野良犬で処女を散らした方がまだマシよ」

 

「あ、本当にしたいならいつでも犬子の御家流で……」

 

「例え話に決まってるでしょうがっ!!」

 

犬子と美空がそうやって盛大に話を脱線させている頃、残りのメンバーの視線が剣丞に集まっていた。

 

甲斐に行くか、行かないか。

結局、その最終的な判断は、当の本人である新田剣丞に委ねられる。

 

「俺は……甲斐に行こうと思う」

 

そして新田剣丞は皆の前で力強く頷き、そう宣言した。

 

数日後、綾那、詩乃、小波そして新田剣丞の4人は夕霧達と共に甲斐へと旅立った。

 

……

 

…………

 

………………

 

「小波の奴全然来ねぇし……またすっぽかされたし……」

 

そして小波が急遽甲斐へ行く事になったため、自動的に風魔小太郎・通称姫野は、全く土地勘の無く、人脈も無い伊賀(伊賀忍軍の本拠地)へ単身潜入するという、人生最大のハードモードに突入する事が決定づけられた。

 

「小波のアホオオオォォォーーーッ!!!」

 

姫野の悲しみと憎しみに満ちた叫び声が山奥に木霊した。

 


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