戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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犬子と柘榴と一二三と九十郎第116話『それぞれの身の振り方』

「見送りは、ここまでで結構です」

 

端整な顔立ちの女武将が、越後の地から去ろうとしていた。

彼女は「地黄八幡」と呼ばれ畏れられる、北条最強の将、北条綱成・通称は朧。

 

北条氏康の命に従い、長尾にちょっかいをかけるために越後に赴いた彼女であるが、その任務を終えて帰路につく所である。

 

「でも、国境まではまだ遠い……」

 

朧を姉と慕い、見送りに来ていた少女、名月が困惑した表情でそう告げる。

 

「国境まで来てはいけません。

 良いですか名月、今はもう、貴女は越後の長尾景虎の後継者なのです。

 邪な考えを持つ者が貴女の身柄を抑えようとする可能性は常にあります」

 

「朧姉様がそのような卑劣な真似、する筈がありませんわ」

 

「松平の竹千代殿(家康の幼名)の事を知らないとは言いませんね。

 戦国乱世の中では、いつ、どこで、誰が、どんな策略を講じてもおかしくないのですから」

 

徳川家康……今は松平元康と呼ばれる人物は、数え年で6歳の頃に今川に臣従の証として護送される中、戸田康光の裏切りにより、尾張の織田信秀へ送られ、そのまま2年ほど人質にされた経験がある。

 

その事実は、先の戦いで本多忠勝、榊原康政、そして服部半蔵らと共闘した名月は当然、知っている。

 

「そもそも、私が越後に来た事自体も、策を巡らせるためなのですからね。

 結果としては……そうですね、上々と言っても良いでしょう」

 

結果は上々、その点に嘘偽りは無い。

元々、主君北条氏康・通称遡夜から今回の作戦を伝えられた際、『名月を次期頭首の座に就ける事が最上』と言われていた。

なんやかんやで空陣営から勝利を収め、なんやかんやで従姉妹の名月を長尾の次期頭首に据える事が出来た以上、結果は上々だと言わざるを得ない。

 

が……

 

「姉様? 何か浮かない顔ですが……」

 

「いえ、何でもありません、気にしないでください」

 

朧が無理矢理笑顔を作り、名月に余計な心配はさせまいとする。

脳裏に浮かぶのは、先の戦での自分の戦いぶり……その無様さ、不甲斐なさ。

そして同時に思うのは、これから先、名月はロクな味方もいない中で、非常に非常に難しい舵取りを迫られるという事だ。

 

「名月、実際に兵の指揮を執って、どうでしたか? 得るものはありましたか?」

 

「それはもう、沢山ありますわ。 げっぷが出る位、改善点が見つかりましたもの」

 

ややげんなりとした表情で名月が言う。

戦術・本多忠勝と揶揄される程、たった1人の個人武勇に頼り切った勝ち方も、作戦立案のほぼ全てを朧や詩乃に任せきりにしてしまった事も、朧と詩乃が出払った後は、刻一刻と変動する戦況に対し、おろおろするばかりでロクな指示を出せなかった事にも、思う所がある様子だ。

 

それを感じ取ると、朧はとても満足そうに、とても嬉しそうに微笑み、頷いた。

 

「私もそうです。 私はいつの間にか、

 黄備えの練度を当然の前提にしながら戦い方を考えるようになっていました。

 そのせいで今回の戦は、頭の中で描いた味方の動きと、現実の動きにズレが出来て、

 時間が経てば経つ程にマトモな指示が出せなくなっていました」

 

黄備えとは、朧が選び、鍛え、磨き上げた北条最強の精鋭部隊の事である。

そこいらの雑兵とは、天と地と言って良い程の差があり、普通の部隊では絶対に無理な命令も普通にこなしてしまう。

 

だがしかし、名目上は越後の後継者を決める戦に、大っぴらに北条の最強部隊を投入する訳にもいかず、それ故に朧は、自分自身でも情けなく感じる程に凡庸な戦い方しかできなかった。

越後にも、北条にも掃いて捨てる程いる凡将と同レベルの戦いぶりだった。

 

甲斐の猛将、山県昌景とも互角に渡り合える勇将、北条~~とは思えぬグダグダっぷりだ。

 

「お姉様がそんな……」

 

「笑ってしまうでしょう?

 でも、猛将、勇将と呼ばれる者でも、案外初歩的な失態を晒すのが現実の戦です。

 名月も決して、自分はもう学びきった等と増長せず、いつも謙虚でいなくてはいけません」

 

「はい!」

 

名月が元気良く返事をする。

 

「名月、その気持ちを決して忘れてはいけませんよ。

 失敗から何かを学ぶ機会を得られるという事は、とても有り難い事ですから」

 

「人と言うのは成功や勝利よりも『失敗』から学ぶことが多い。 良く分かっていますわ」

 

「良い言葉ですね、誰の言葉ですか?」

 

「ジョルノ・ジョバーナの言葉ですわ、お姉様」

 

「……え、誰?」

 

名月は誇らしげに平坦な胸を張り、朧は先程とはうって変わり、心底心配そうな視線を名月に向ける。

前途多難だ……朧はそう思った。

 

なお、読者の皆様にはお分かりだと思うが、犯人は九十郎である。

 

「ごほんっ!! それはさておき、今後は何事も謙虚に、

 自分以外の全てを師と仰ぐような気持ちで頑張ってください。

 私も陰ながら応援いたしますので」

 

「はい」

 

「……本当に危ないと思った時は、変な意地を張らずに逃げても良いのですからね。

 今後いかなる事があろうとも、私は貴女の味方ですから」

 

そんな事を告げながら、心の中で朧は自分自身を責め立てる……白々しいと。

何せ名月を武田の人質に出し、使えないと思えば呼び戻し、すぐさま今度は長尾へ人質に出し、今度は御家騒動を誘発させ、半ば無理矢理越後長尾家の次期頭首に据えたのは、他ならぬ北条氏康……朧の主君なのだ。

 

2度も死地に飛び込ませておいて、自分は味方だ等と言うだなんて、なんて滑稽だと朧は思った。

 

自分より一回りも二回りも小さく、幼い名月を見ると……朧は自らの目尻が熱くなるのを抑えられなくなった。

 

「お姉様?」

 

「……目にゴミが入っただけです」

 

涙を見せてはいけないと、朧が思わず目を押さえ、顔を背けた。

北条の為だ、北条の家を守る為には、これが一番賢いやり方なのだと自分に言い聞かせる。

 

そして……

 

「朧お姉様、私は嬉しいです」

 

朧の耳に入った言葉は、彼女にとって予想外のものであった。

 

「大好きで、尊敬できる美空様の跡を継げるのですから。

 見ていてください、きっと立派に越後長尾家を守り、盛り立ててみせますから」

 

その目は、その顔つきは、その声は、かつて武田に人質として送られていた頃には一度も見た事も、聞いた事も無いものであった。

 

他人の意思で操られ、何かあれば虫けらのように殺される人質の顔では決して無い。

それは自らの意思で道を切り開き、自らの決意で刃を握る、誇りある武士の顔であった。

 

その瞬間、朧は名月が大きく見えた。

主君・北条氏康の言いなりになり、名月を半ば無理矢理死地に送り込んだ卑小な自分より、

何倍も、何十倍も大きく見えた。

 

そう思った瞬間、朧の眼から涙が引いた。

守られるばかりの子供と侮っていたと、無意識の内に誇りある武士を侮辱していたと、自らを恥じた。

 

「大きくなりましたね、名月」

 

「そんな、私なんてまだまだですわ」

 

ちょっと照れながら、名月が頬を掻く。

 

「さあ、さっきも言いましたが、見送りはここまでで結構です。

 貴女はもう越後長尾家の者なのですから、

 あまり遠くまで他国人を見送るものではありません」

 

「分かりましたわ。 朧お姉様、どうかお元気で。 私の事は何も心配ありませんわ」

 

朧はあえて何も語らず、名月に背を向けて歩き出した。

何人かいる共の者達もそれに倣い、主君・朔夜が待つ小田原へと歩み出す。

 

名月は大きく大きく手を振りながら、いつまでも朧達を見送っている。

視線を向けずとも、朧にはそれが分かった。

 

そして……

 

「越後の龍、長尾美空景虎か……朔夜様、あるいは恐るべき強敵になるかもしれませんよ」

 

名月が『大好きで尊敬できる』と言った人物に対し、底知れぬ恐ろしさを感じながら、朧は少しだけ早足になった。

 

……

 

…………

 

………………

 

「おろろろぉぉぉ~~~!!」

 

「ああっ!? 美空様がゲロを!?」

 

「う、うぷ……お、おぼろっ!!」

 

「ああっ!? 空様が貰いゲロを!?」

 

……一方その頃、恐るべき敵(笑)こと長尾美空景虎は、先の戦で見事に負けた空と共に真昼間からヤケ酒を呑み、ぐでんぐでんに酔っぱらっていた。

 

「え、越後きっての器量人、この樋口愛菜兼続は……

 ゲロなんかに負けないのですぞぉっ!!」

 

畳やら襖やら掛け軸やらに撒き散らされたゲロを相手に、自称越後一の器量人こと樋口愛菜兼続は雑巾片手に応急処置に奔走する。

 

この日、愛菜は心に誓う……もう二度と空に酒は呑ませないと。

 

……

 

…………

 

………………

 

「さて……と……」

 

名月から別れてから少し歩き、人気の無い小道へ入ると、朧は立ち止まって左右を大きく見渡した。

 

越後を去る前に、朧にはもう一つやっておかなければならない事が残っているのだ。

 

「姫野、居るのだろう?」

 

「はいは~い、御傍にいますよ~」

 

朧がまるで独り言のようにつぶやくと、微妙にやる気が無さそうな気怠い返事と共に、1人の忍者が朧の前に現れる。

 

彼女は風魔小太郎・通称姫野、先の戦いにおいて服部半蔵の暗殺を命じられたものの、戦の最中で唐突に抜け忍宣言をした挙句、与えられた任務をゴミ箱にダンクシュートをした女である(第98話)。

 

「で、どうするつもりだ貴様」

 

先程の慈愛に満ちた表情、声は一切無い。

氷点下かと思えるような冷え切った声であった。

身内に対する対応から、仕事モードに入ったからというのもあるが、それ以上に姫野は朧にとって土壇場で任務を放棄した裏切者だからというのが大きい。

 

共の者達が下手をすれば今すぐにでも凄惨な殺し合いが始まるのではと思う程、緊迫した空気が辺りに流れる。

 

「やっぱナシって事には……」

 

姫野がにこやかに笑いながらそう提案した瞬間、場の空気が10℃くらい一気に下がった。

朧の視線は雄弁に告げている『できる・わけ・ねーだろ』と。

 

それを察すると同時に、姫野の尿上も変化する。

味方に対するやや和らいだ表情から、ビジネスの相手に対するフラットなものにだ。

 

「色々と気にかけてやったつもりなんだがな」

 

「そこは認めなくもないし。 人数が多いウチら風魔忍軍、当然依頼料は高くなるし。

 そんなお高い依頼料を即金で払ってくれる北条のお殿様には感謝してるし」

 

「今回の一件、流石に上に報告せざるを得ん。

 いや、仮に報告をしなかったとしても、おそらく噂という形で耳に入るだろうな」

 

「まあ、この戦に眼を光らせていたのはウチら風魔忍軍だけじゃないだろうし」

 

「理由は何だ?」

 

「お仕事の内容はもっと早く教えてほしかったんですけど」

 

「……それだけではあるまい」

 

微妙に痛い所を突かれつつも、朧はさらに追及する。

忍びというものは、信用で成り立っている商売だ。

何の理由も無しにいきなり集団で任務放棄したという風評が流れれば、金のかかる風魔忍軍を雇おうとする者はかなり減るだろう。

そして人数が多いが故に養わなければならない者が多い風魔忍軍にとって、依頼が激減はそのまま死を意味する。

 

「依頼が北条にばっかり偏ってた気はしてたし、前々から。

 それだけが理由じゃないけど……」

 

「男か?」

 

「ばっ!! ち、違うしっ!! 全然っ!!

 剣丞とは全然何の関わりもねーしっ!! 姫野の独断だしっ!!」

 

姫野が顔を真っ赤にしながら大声で否定する。

一流の忍者とは思えない取り乱しっぷりに、朧は思わずため息を漏らした。

 

「全く、誑しの名人とは聞いていたが……」

 

今にして考えてみれば、予兆はあった。

 

新田剣丞の事を話す姫野の姿は、任務の経過報告をするいつもの姫野とは違っていた。

両手の指をもじもじと絡ませたり、視線を泳がせたりして、新田剣丞がいかにダメ男かを言いながらも、こちらが同調するとすぐに怒りだすのだ。

姫野が任務の中で新田剣丞と接触している内に、次第次第に惹かれたのでは……武人として生き、男女の機微に疎い朧であったが、その辺りまでは想像ができた。

 

そして同時に、服部半蔵の事を報告する姫野もいつもと違っていた。

毎回のように半蔵がどれだけダメ忍者かを熱く語る癖に、最終的にはそれでも良い所はあるという結論が出るのだ。

 

それを考えれば、自分が出した服部半蔵抹殺命令はいかに愚かだったか……

 

「……曇っていたのか、いつの間にか。 全く情けない」

 

そして気づく、自分が緩慢になっていたと。

戦術眼も、部下を見る目も思い切り曇りまくっていた。

 

無意識の内に黄備えならできると無理無茶無謀な指示を出すのに慣れ、無意識の内に姫野なら信頼できると、姫野の気持ちを考えもせず、察しようとする事もしなかった。

 

若い頃の……右も左も分からずに、周りのもの全てを吸収し、自分の糧にしようとやっきになっていた、ギラギラとした向上心を持っていた自分なら、きっと姫野の様子に気づけた筈だと、自分自身の行いを恥じた。

 

だからこそ……

 

「姉上……いや、氏康様には私が取り成そう」

 

だかろこそ朧はそう告げた。

そうする事が自分の役割だと思った。

 

「へっ? マジで? どうしてだし?」

 

「風魔は北条の内情を知り過ぎている。

 たった一度の失態で切って良いものかどうか、疑問がある。

 それに今回の一件、責任者は私だ。 それ故に風魔の失態は私の失態でもある」

 

「朧様、大丈夫だし? 変なキノコでも食べたの?」

 

「どうして貴様はそうやって穿った見方しかできんのだっ!?」

 

「ごめんごめん、でも正直助かるし。

 ぶっちゃけ勢いで抜け忍宣言しちゃって、その後どうするか全然考えて無かったから」

 

「最低限の弁護はする。

 だが言っておくが、その結果姉上がどう判断なさるかは保証できんぞ」

 

「大丈夫大丈夫、あの人身内にはダダ甘だし。

 朧様の取り成しがあればどうとでも誤魔化しきくし」

 

「そうかな……」

 

朧は先程別れた名月の事を思い出す。

名月もまた、北条朔夜氏康の娘の1人、朔夜にとって家族であり、身内と言って良い関係の筈だ。

その名月を武田に人質として送り、役に立たぬと分かれば呼び戻し、すぐさま長尾美空景虎の元に人質として送ったのが朔夜である。

そして今、そんな名月に対して、長尾景虎の跡継ぎという名の特大の厄ネタを押し付けるよう命じたのも……朔夜なのだ。

 

もしもその朔夜が、北条の為に名月を殺せと言ったら、自分はどうするか……もしかしたら、先の戦での姫野と同じように、突発的に離反を宣言し、名月を守るために剣を振るうかもしれない……そんな事を考えた。

 

「戻ろうか、小田原に。 後のことは道中でゆっくりと話すとしよう」

 

「うんうん、そうすると良いし」

 

そして朧は名月と別れた直後に比べ、幾分かスッキリとした表情で小田原の方角へと歩みを進める。

 

そんな朧達を姫野は大きく手を振りながら見送り……

 

「……何故来ない?」

 

……朧はダッシュで姫野の方へ駆け戻って詰め寄った。

完全に姫野も一緒に小田原へ戻り、朔夜に事の顛末を報告するものだとばかり思っていた。

 

「いや、ちょっと姫野は早急にやらないといけない事があって、

 ぶっちゃけ小田原に戻る時間が惜しいって言うか……」

 

「ほう? それは今回の任務放棄と抜け忍宣言の申し開きをする以上に重要な事と?」

 

カチャリと鯉口を切る物騒な音がする。

朧はマジでブチ切れる5秒前といった様子だが、それはそれとして姫野にはやらないといけない事があるのだ。

 

「小波の奴、今朝も姫野の顔と名前忘れやがったし。

 例の御家流の連打の事も含めて、明らかに異常だし」

 

「どうするつもりだ?」

 

「小波と一緒に伊賀まで行って調査してくるし」

 

「伊賀……か……」

 

伊賀忍者達の本拠地とされるその場所は、未だ神秘のベールに包まれている。

数々の間者が侵入を試み、人知れず葬られているという眉唾物の噂がある位だ。

 

「何か勝算でもあるのか?」

 

「全然、正直小波はアテにできないから、出たトコ勝負で行くつもりだし」

 

「全く、貴様は本当に行き当たりばったりだな」

 

「機を見るに敏と言ってほしいし」

 

「どの口でほざく、どの口で」

 

「姫野ちゃんの可愛いお口だし」

 

投げキッスのような仕草でからかわれ、クソ真面目な性質の朧は深く深ぁ~くため息をつく。

こういう性格だから、朧は今一姫野を好きになれないのだ。

 

好きにはなれないが……それでも、姫野は風魔小太郎だ。

この混迷の時代の中で、天下で一二を争う程の凄腕の忍者だ。

その腕前だけは信用している。

 

「報告は上げろよ」

 

「ちゃ~んと取り成ししてくれるなら、喜んで」

 

「良いだろう、お前の単独行動の件も含めて姉上には話をしておく」

 

朧は踵を返し、もう一度小田原への道を進み始める。

そして姫野はさっきと同じく、姫野は大きく手を振りながら見送り……

 

「先に言っておくが、二度目があったら絶対に庇わないからな」

 

背を向けたままキッチリと釘を刺されるのであった。

 

……

 

…………

 

………………

 

一方その頃……

 

「元の場所に返してくるでやがる、今すぐに」

 

典厩武田信繁・通称夕霧の身にはまたもや胃をキリキリと痛める事態が起きていた。

 

「絶対に嫌なんだぜ!」

 

山県昌景・通称粉雪が、そんな夕霧相手に一歩も退かず、キッパリと断る。

 

「何でそんなに意固地になるでやがるかっ!?」

 

「どんな理由があっても! 自分の娘に手を上げるような女の元にこいつは返せねぇぜ!」

 

「他人の家の事情に口を挟むなでやがるっ!!」

 

「典厩様~、ブーメランがブっ刺さってますよ~」

 

簀巻きにされ『わたしは欲望に負けて出歯亀しました』という、大変不名誉な張り紙を張られた一二三がツッコミを入れる。

 

「ツッコミ所満載な奴が口を挟むなでやがるっ!!

 てかブーメランって何の事でやがるっ!!

 いやそれよりも何を考えて出歯亀なんて真似したでやがるぅっ!!」

 

夕霧の胃にキリキリと錐で突かれるような……いや、ギリギリとドリルで抉られるかのような激痛が奔る。

 

現状、夕霧の最大のストレス源は間違いなく一二三であろう。

 

「ああ、ブーメランってのは投げると手元に戻ってくる投擲武器で、

 オーストラリアのアボリジニっていう人達が狩猟や儀礼に……」

 

「ブーメランの由来はこの際どうでも良いでやがるっ!

 お前は夕霧達が見て無い所で斜め上に動き過ぎでやがる!

 お願いだからもう少し落ち着いてくれでやがるぅっ!!」

 

「わぁ、凄いツッコミ、流石は典厩様ですね」

 

「ツッコミで喉が破れそうでやがる!

 いやその前に胃痛で血を吐きそうでやがるぅっ!!

 一二三は勝手に動き回るし! 粉雪は勝手に他所の家の娘を拾ってくるし!」

 

「て、典厩様、胃痛と腹痛に効く野草を煎じました」

 

湖衣が熱々のお茶……ではなく、煎じ薬を持って入ってくる。

 

「……夕霧を心配してくれるのは湖衣だけでやがるよ、本当に」

 

涙が出る程にありがたい煎じ薬を、ふーふーと息を吹きかけながら少しずる胃に流し込む。

苦~い味と、つーんと来る臭いが襲ってくるが、胃の痛みが幾分か和らいだような気がした。

 

「それで、何でこのややこしい時に、わざわざあれを拾ってきたでやがるか?

 夕霧にも分かるようにゆっくり説明するでやがる」

 

「そ、それは……」

 

夕霧と粉雪がそっと視線を真横に向ける。

2人の視線の先には……『犬子でもわかる西洋鎧のお手入れ』なる小冊子を見ながら、フルプレートアーマーの関節部の部品を交換しようと四苦八苦する少女、森小夜叉長可の姿があった。

 

そんな小夜叉の姿をしばらくの間じぃ~っと眺めると……

 

「……成り行きで」

 

「元の場所に返してくるでやがる、今すぐに」

 

典厩武田信繁・通称夕霧の胃はまやもやキリキリと痛みだす。

湖衣の煎じ薬だけでは、夕霧の胃痛は収まらなかった。

 


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