戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第113話にはR-18描写があるので、犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
第113話URL『https://syosetu.org/novel/107215/37.html


犬子と柘榴と一二三と九十郎第112話『雫、またもや失言する』

美空達が九十郎をハリセンでしばき倒した翌日の早朝……

 

「無い……無い……ここにも無い、ここにも……」

 

雫が泥と汗に塗れていた。

未だ血と消炎の臭いが立ち込める戦場にて、比喩表現で無く草の根を分けてある物を探していた。

 

「雫様、3班と6班が戻ってまいりました」

 

そこに柘榴の部下……越後長尾景虎が誇る先手組の小頭がやってくる。

 

「首尾はどうでしたか?」

 

草むらに頭から突っ込み、小頭に小柄な尻を向けたまま聞き返す。

本郷一刀なら瞬時に発情して襲い掛かる光景であるし、普段の雫なら男性にこんな姿を見せる事もないのだが……今は1分1秒の時間すら無駄にはできない。

 

「それが……やはり、見つからないとの事です……」

 

草むらの中で、雫が静かに落胆する。

しかし、彼女の冷徹な軍師としての側面が、即座に次は何をするべきかを弾き出す。

 

「もう少し捜索の範囲を広げます。 地図をください」

 

「は、はい」

 

小頭が今回の活動の拠点として設営した陣幕に走り、雫が指示したこの辺りの地形図を持ってくる。

 

「3班が探した場所はここ……6班がここ……」

 

携帯用の墨壺と小筆を使い、地図上にバッテンマークと、捜索をした時間を書き込む。

そして昨日の戦いの内容や、柘榴達が見つかった場所、空陣営の本陣があった場所、綾那達奇襲部隊が通った道筋を思い浮かべ、雫が今欲している物品がありそうな場所を計算する。

 

「……では、次はこの場所と、この場所を探してきてください」

 

「あの……流石に遠すぎるかと……」

 

小頭が冷や汗を流しながら指摘する。

鬼の襲撃への対応に隊長(柘榴)不在のまま奔走し、やっと終わったかと思えば探し物があると駆り出され、不眠不休で働かされている。

越軍先手組の疲労と眠気はピークに達しつつあった。

 

「探してください! 必ずあります! 必ずありますから!」

 

「いえ、存在そのものを疑っている訳ではないのですが……悪の……悪の、えっと……」

 

「悪の戦争教本ボリューム1と、ボリューム2です!

 1冊は柘榴さんに、1冊は空さんに渡しました。

 お2人は先の戦闘のどこかで落としたと言っていましたから、

 必ずこの近くにある筈です」

 

……そう、雫は今、先の戦いで書いた作戦指示書を必死に探しているのだ。

 

「無礼を承知で申し上げますが、既に誰かに拾われたのでは……」

 

「その可能性も考えて、軒猿の皆さんにも並行して動いてもらっています。

 先手組の皆さんは、指示した場所の捜索を続けてください」

 

「しょ、承知しました、もう少しお待ちください」

 

そして雫の指示が伝えられ、全く先の見えない残業に対する怨嗟の声と共に、先手組が指示された場所へと走り出す。

 

本当に見つかるのだろうか。

仮に見つかったとして、役に立つのだろうか。

 

「あ……朝日……」

 

気が付けば東の空から太陽の光が差し込んできていた。

結局、夜が明けるまで探し続けて、何の手掛かりも得られずに時間だけが過ぎていく。

 

「急がないと……」

 

少し弱気になってしまった自分を叱咤し、奮い立たせ、もう一度雫は近くの茂みに頭を突っ込んだ。

 

美空や柘榴には、できる限り交渉を引き延ばして時間を稼ぐようにと伝えてある。

それでも、相手はあの竹中半兵衛だ。

引き延ばし工作がそう何度も通じる相手ではないだろう。

 

そうなればきっと空陣営が負けたときの約定……自分を含めた、九十郎に惚れた女達7人全員が剣丞の嫁になるという約定の履行を求められるだろう。

 

自分はどうなっても構わないが、女として好きになった男性である九十郎のためにも、自分の能力の限りお仕えしたいと思った剣丞のためにも、どうしても避けなければならない。

 

「絶対、後で不和の種になる……」

 

四つん這いになって、這いまわりながら雫が呟いた。

右手にべちゃりと、ねばっこい液体の感触がした。

それは昨日の戦いの中で柘榴が鬼に犯され、子宮にたっぷりと注ぎ込まれた子種の一部であった。

 

「私が何とかしないと、絶対に」

 

雫がもう一度決意する。

 

鬼の子種は女を必ず孕ませる。

堕胎する事も出来ない。

鬼の児が生まれるのを阻止するためには、孕んだ女ごと殺す以外に無い……剣丞の持つ鬼だけを斬る不可思議な剣ならば、あるいはとは思うが、それは単なる希望的観測だ。

 

「……産ませるしかない、生まれた瞬間に殺すしかない。

 だけど……鬼の児を産むのももちろん、鬼との間の児とはいえ、お腹を痛めて産んだ児を、

 生まれた瞬間に引きはがされ、殺される。

 柘榴さんと粉雪さんの心にどれだけ大きな負担をかけるか分からない。

 その上剣丞様の嫁にするなんて話になったら、柘榴さんも、粉雪さんも、どうなるか……」

 

雫はそんな事はさせないと決意する。

柘榴のためにも、粉雪の為にも、剣丞のためにも絶対に阻止しなければと決意する。

 

なお、雫はまだ知らないが、柘榴と粉雪が孕んだ鬼子は、とっくの昔に新戸の念動力でぷちっと潰されて絶命している。

 

報連相は大事である。

 

「よしっ! とにかく急いで探しましょう!

 アレさえあれば、きっと突破口に繋がる筈ですから!」

 

雫が自らの頬をぱちんっと叩き気合を入れ直す。

そして悪の戦争教本探しを再開する。

 

なお、雫はまだ知らないが、悪の戦争教本は2冊とも綾那が回収済みで、しかも美空達と剣丞達の交渉はとっくの昔に終わっている。

 

もう一度言おう、報連相は大事である。

 

「お探しの物はコレですか?」

 

そんなちょっと空回り気味のやる気を見せる雫の眼前に、2冊の本が差し出された。

 

「これ! これですっ!! 一体どこ……に……」

 

「綾那さんが拾っていました」

 

「し、詩乃さんっ!?」

 

雫が血眼になって探し続けていた逆転の切り札を差し出してきたのは、逆転しようとしていた相手……竹中半兵衛だったのだ。

 

あまりの驚きと混乱に視界がぐにゃあぁと歪んでいく。

何故よりにもよって詩乃が悪の戦争教本を持っているのか?

どうして美空と舌戦をしている筈の詩乃がここに居るのか?

まさか全てが終わってしまった後なのか?

そんな疑念が脳裏に過る。

 

「この本を持って、綾那さんが飛び込んできたんです。

 無体な事を言うなら、一戦を交えてでも反対するぞって」

 

「で、では……」

 

「ええ、貴女の御想像通り、かなりの譲歩を余儀なくされましたよ。

 あまり認めたくはありませんが、これ程確かな証拠を突き付けられた以上は、

 認めざるを得ません……私の策は全て見通されていた。

 私と貴女の知恵比べは、貴女の勝ちだと」

 

「よ、良かった……」

 

安堵の息を漏らしながら、雫はその場で腰を下ろした。

血や泥だとか、鬼の精液だとかが脚や尻を汚したが、不眠不休で野山を駆け回った今の雫には、そんな事を気にする余裕が無い。

 

「しかし、まさかこうも完璧に作戦を見抜かれるとは思いませんでした。

 対処法も完璧です。 私達が勝てたのは綾那さんが常識外れの強さがあったが故」

 

「……強いという情報はありました、ですから柘榴さんと粉雪さんを。

 あの2人で止められないのなら、どなたでも無理だと思って」

 

「ええ、本当に、私もまさかあの2人に勝つとは思いませんでしたし、

 歌夜さん達を置き去りにして単独で空さんの本陣を陥落させるとは思いませんでした。

 いくら何でも規格外にも程があるでしょうに」

 

「そうですね」

 

「一二三さん、大笑いしてましたよ。

 はっはっはっはっはっ、あんなのいちゃいくら何でもかてないや~って」

 

なお、綾那が東国無双から東西南北中央無双スーパー綾那にランクアップした理由は、昔三河にいた九十郎が神道無念流を仕込んだせいである(第11話)。

つまり、敗因は九十郎である。

 

「で、何故詩乃さんが悪の戦争教本を?」

 

「預かって来ました、一二三さんから。

 たぶん貴女が探してるだろうから、返してきてほしいと」

 

「……見つけてたのならもっと早く教えてくださいよ、もう」

 

雫が恨み言を呟きながら、詩乃から悪の戦争教本を受け取った。

自分が泥だらけ、汗まみれ、その上鬼の精液まで身体に付着している事に今更気がつく。

 

「それは貴女1人で書いたのですか?」

 

「いえ、一二三さんとの合作です。 テキサス・コンドル・キックの練習もありましたので」

 

「て、てきさす……?」

 

「いえ、こっちの話です」

 

「それと、後で必要になるからと、

 見つけやすくするための仕込みがあったと聞いているんですけど、

 何の事か分かりますか?」

 

「そんなのがあったなら教えてくださいよっ!!」

 

雫が思わず頭を抱える。

不眠不休で探し回った疲れが今更ながら全身に蘇り、腰のあたりに付着した精液の悪臭が今更ながら気になってきた。

 

なお、仕込みの内容は湖衣の御家流が前提になるものなので、詩乃にも雫にも内緒である。

 

「結局、私も雫もあの武藤昌幸に手玉に取られていたという事ですか。

 流石は武田の眼と畏れられるだけはあると言うべきですか……」

 

詩乃は頭の中で、一二三に対する警戒度を二段階程上げておく。

油断をしていたつもりはない、侮っていたつもりもない……だがしかし、詩乃は心のどこかで、この戦いは新田剣丞と斎藤九十郎の戦い、自分と雫の知恵比べと決めてかかり、一二三に対する警戒が薄くなっていたと自らを戒める。

 

「それで、剣丞様の嫁にはどなたが?」

 

「美空さんと、松葉さんです。 本当はもう2~3人は引き抜いて行きたかったのですけど、

 綾那さんが今にも斬りかかって来そうな目をし始めましたので」

 

「そうですか、2人ですみましたか……って、松葉さん? どうして松葉さんが?」

 

「剣丞様が剣丞様だったというだけです、今更驚く事ではありません」

 

「誑されたと」

 

「誑しました、ええ、またです。 最早驚く気力すら湧きません」

 

詩乃がはぁ~っとため息をつく。

剣丞隊に合流した直後に誘拐され、そのまま越後に居着いた雫にとって、新田剣丞のモテっぷりにイマイチ実感が伴っていない。

だがそれでも、今の詩乃のため息一つで、剣丞の異様なまでの誑しっぷりの一端を理解した。

 

「(美空様、大丈夫かな……? イザとなったら責任を取るとは言っていましたが……)」

 

少し、美空の事が心配になる。

事前の打ち合わせでは負けた時は潔く剣丞の嫁になるとは言っていたとはいえ、九十郎への惚れっぷりはかなりのものだ。

次から次へと新しい女を誑す剣丞の嫁という立場に耐えられるかも心配だが……

 

「(万一、美空様が誑されたら……九十郎さん、また落ち込むかも……)」

 

ある意味最悪の予感が一瞬だけ脳裏を横切った。

そんな事が起きる筈が無いと一笑に伏したい所ではあったが、犬子が突然剣丞に抱かれ、その後の九十郎の落ち込みっぷりを考えると……

 

「雫? 聞いているのですか?」

 

「ああ、すみません。 ちょっと考え事をしていました。 何の話でしょうか?」

 

「いえ、嫁になる、ならないはともかく。 そろそろ剣丞隊に戻って来ませんか?」

 

「……へ?」

 

予想外の言葉に、雫が思わず呆け顔になる。

考えもしなかったと言うのは流石に無いが、詩乃からそれを打診される事は予想外だ。

 

「理由を伺っても?」

 

「理由は2つあります。

 1つは、斎藤九十郎が今後敵に回る可能性は著しく低いからです。

 既に三度、あの人は剣丞様を助けに来てくれました。 その事は認めざるを得ません」

 

金ヶ崎の戦い、美空が剣丞を殺そうと斬りかかってきた時、そして一昨日の戦いの中で、九十郎は剣丞を助けるために動いた。

1度目も、2度目も、3度目も、助ける理由も無いのに『剣丞は殺させねぇ』と叫ぶ、ただそれだけの為に命懸けで助けに来た。

 

その3度の全てを、詩乃は見てきた。

特に3度目は、危うく犬の姿で、犬に犯される危機を救ってくれた……

 

「不覚にも、少し……ええ、ほんの少しではありますが、

 決して剣丞様を見限った訳ではありませんが……その、素敵な殿方だとは思いました。

 一葉様が一角の人物と言い、貴女や長尾景虎殿が本気で惚れこむ理由、

 少しですが分かった気がします」

 

詩乃が雫にそう伝える。

 

「ならもう少し手心を加えてくれませんか。 美空様も嫁にする人から外すとか」

 

「それはそれ、これはこれです」

 

まあ、それはそれ、これはこれとばかりに詩乃は剣丞を最大限有利にするため、全力で美空達を剣丞の嫁にしようと尽力したのだが。

 

心に棚を作る事は、戦国時代を生きる者の必須スキルである。

表裏比興と書いてクソヤロウと読む真田一二三昌幸と、梟雄と書いてゲスヤロウと読む松永白百合久秀(未登場)、戦国DQN四天王と書いてソレガシと読む伊達政宗(未登場)は特にそれが顕著だ。

 

「まあ、そうですよね。 私も逆の立場なら、詩乃さんと同じ事をしますから。

 では2つ目の理由は?」

 

「今回の戦を総括して……どう思いますか?」

 

「綾那さんの強さが別格過ぎるので、次にやる時は縛りましょう」

 

雫が即答する。

アレさえ無ければ完勝だったのに……という気持ちは、今なお根強く残っている。

 

……が、詩乃が考えている事は別の事だ。

 

「分かりませんか? 今回の戦、私と貴女が2人して手玉に取られ続けているのですよ」

 

「手玉に……?」

 

そう言われて、雫はしばし瞑目し、考え込む。

 

詩乃の作戦を見事に見抜いた悪の戦争教本は、決して雫1人では完成させられなかった。

雫単独で書いた物の完成度は精々80%だった。

残りの20%……果てしなく困難な残り20%の完成度を実現させたのは、間違いなく一二三の才覚だ。

 

そしてもう一つ、雫が泥だらけになって、不眠不休で悪の戦争教本を探していた間に、一二三はその悪の戦争教本を見つけ出し、詩乃から大幅な譲歩を引き出している。

 

つまり……

 

「……なるほど、確かに一二三さんは脅威ですね」

 

詩乃は一二三を敵に回したが故に、雫は一二三と共に戦ったが故に、一二三の恐るべき才覚と、ラシャーヌクラスの破滅的性格の一端を理解する。

 

極論、何をしでかすか分からないし、何をしでかしても不思議ではないのだ。

 

「力を合わせたいと?」

 

「そうです、認めたくはありませんが、1人では届かないかもしれません。

 それ故に2人で、剣丞様をお守りするために」

 

そう告げると、詩乃は雫に手を伸ばす。

賛同してくれるなら、この手を取ってくれ……少なくとも雫は、そう理解する。

 

「ならお答えします。 時期尚早です」

 

「時期尚早……ですか?」

 

「はい、いずれ私は剣丞隊に戻ります。

 いずれ剣丞様の傍で、剣丞様の力になろうと考えています。

 ですがそれはまだ早いと思います。」

 

「何故そのように考えるのですか?」

 

「そもそも、私と詩乃さんの思考は、少なからず似通っています。

 同じ場所で同じ問題に対応していれば、増々似通ってしまう恐れがあります」

 

「しかし現状、武藤昌幸殿は敵とも味方とも言い難いのも確かです。

 時期を待つだけの時間が無いかもしれません」

 

「ならば、2つの方向から、2つの視点から目を光らせましょう。

 詩乃さんは剣丞様の傍から、私は九十郎さんの傍から」

 

「しかし、それでは対応が遅れるかもしれません。

 小波さんの口伝無量も万能ではありませんので……」

 

詩乃はやや歯切れが悪く、中々納得をしてくれない。

雫はそんな詩乃の表情をじぃ~っと見つめ……

 

「しっかりしてくださいっ!! 自信が無いんですか!?」

 

ぱぁんっ!! と、詩乃の頬を叩く。

 

詩乃しばらくの間大きく目を見開き、ぽか~んとした表情で雫を見つめ返して……

 

「そうかも……しれません……」

 

その後、ふぅっとため息をつきながら、そう認めた。

 

「今回の戦、勝てたのはたまたまです。

 ええ、たまたま綾那さんが非常識な程に強かっただけ」

 

「本当に反則ですよね、次回があったら縛りましょう」

 

「そんな事はどうでも良いんです! そんな事より……そんな事より……」

 

「……怖かったんですか?」

 

雫が意を決してそう尋ねると……詩乃の瞳から大粒の涙がぽたりと落ちる。

 

「詩乃……さん……?」

 

「ち、違いますっ! これは……これは……」

 

詩乃はすぐさま顔を背け、雫から涙を隠そうとする。

しかし、しけった地面にぽたり、ぽたりと、次から次へと涙が落ちる、落ち続ける。

 

「ええそうですよ! そうですともっ!! 怖いに決まっているではないですかっ!!

 いきなり犬にされて、妙な能力で全く動けなくなって、

 そのままオス犬に犯されそうになったんですよ!

 しかも私と転子さんが人質にされて、剣丞様が殺されそうになったんですよ!

 怖くて……無力で……何もできなくて……どうしようもなくって……」

 

ぽろぽろと、堤防が決壊したかのように涙が零れ落ちる。

張りつめていた精神が、緊張の糸がぷつんと切れていた。

軍師竹中半兵衛としての仮面が砕け、剥がれ落ち、ただの少女の顔になっていた。

 

その顔を見た時、雫は思った……

 

「(あの時の犬子さんと……似てる……)」

 

あの日……犬子が剣丞に抱かれ、大騒ぎになったあの日、犬子は何が起こったのか分からないという混乱と、九十郎に捨てられるのではという不安で胸が張り裂けそうになっていた。

 

その時に見た犬子の眼と、今の詩乃の眼が良く似ているような気がした。

 

「私……本当は……犬子さんをあそこまで追い込んだのは私だって分かってて……

 もしも私が犬子さんと同じ立場だったら、もしも私に犬子さんと同じ能力があれば、

 きっと私も犬子さんと同じ事を……

 それなのに私は、身勝手な理屈で犬子さんを追い詰めて、

 追い詰められた犬子さんが私を犬にして、強姦しようとした時に……

 怖いって、誰か助けてって思って……全部私がやった事なのに……

 私の自業自得なのに! 誰か助けてって思ったんですよぉっ!!」

 

詩乃が叫ぶ。

爆発するかのような感情を叫ぶ。

それは軍師・竹中半兵衛の……いや、ただの少女である詩乃の、罪の意識と恥の意識の発露であった。

 

軍師・竹中半兵衛は心に棚を作る。

だがしかし、少女・詩乃は、心に棚を作るたびに迷い、悩み、傷ついているのだ。

 

そんな詩乃の心に刺さったトゲが、今後の不安と重なり、混ざり、詩乃の心をぐしゃしゃに押し潰そうとしているのだ。

 

「しっかりしなさい! 竹中半兵衛なんでしょう!?

 あの稲葉山城をたった15人で陥落させて! 剣丞様から最も信頼されている!

 私が憧れた竹中半兵衛なんでしょう!?」

 

だからこそ雫は、黙っていられなくなった。

だがしかし、その言葉は潰れかけている詩乃の心に更に強い重圧を与える言葉である。

 

「(い、いけない!? また失言を……)」

 

聡明な雫はすぐにその事に気づき、はっと息を呑んで自分の口を抑える。

 

詩乃はそんな雫の失言をまともに耳に入れ……

 

「……そうですね、その通りです」

 

詩乃の心は未だ折れない、潰れない。

折れず、潰れず、踏みとどまった。

 

今にも潰れそうな弱々しい心を叩き起こし、詩乃は再び軍師・竹中半兵衛としての仮面を被り直す。

 

「すみません、気を遣わせてしまいましたね。

 確かにそうです、高々1度や2度の失敗でくじけているような暇はありません」

 

それは沸騰して湯が吹き零れる鍋に無理矢理蓋をして、密閉するかのような愚行。

今この瞬間に立ち直っていなければ話にならない状況でならともかく、本気で竹中半兵衛の復活を願うのであれば、今は崩れるところまで崩れるべき場面だ。

その可能性を、この場での最適手を、雫の失言が潰してしまった。

 

「ちょ、ちょっと待って! そういう考え方もできますけど!

 ここは敢えて童心に帰って沢でザリガニ獲りでもどうでしょうかぁ!?」

 

最早意味不明である。

 

「いえ、確かに今この段階で雫に戻ってもらうのは早計かもしれません。

 私がしっかりと剣丞様を御守りすれば良いのです」

 

「一見立ち直ってるようで明らかに危ない方向ですから!!

 お願いですから方向転換してください! せめて一旦立ち止まって振り向いてぇっ!!」

 

黒田官兵衛らしからぬ慌てぶりの雫を見て、詩乃がクスリと笑う。

少しだが気が楽になった。

今まで悩んでいた事が、まるで馬鹿馬鹿しい笑い話のように感じられた。

 

「ありがとうございます、雫。 やはり貴女と話に来て良かった」

 

「あの……いえ……ど、どういたしまして……」

 

「信じても……信じても、良いですね? これからも」

 

詩乃が雫に確認する。

前髪に隠れてやや見難いが、その目は強い強い意志が籠っていた。

 

「私は剣丞様の味方です。 剣丞様の味方であり続けます。 今も、これからも」

 

だからこそ雫は、そんな詩乃の眼を真っすぐ見返してそう告げる。

 

「では、最後に一つだけ聞いても良いですか?」

 

「はい! 私に答えられる事であれば何でも!」

 

雫の返答を受けて、詩乃は再び瞑目し、すぅはぁと深く呼吸を整え……

 

「雫、私は新田剣丞様を愛しています」

 

「はい、そうですね」

 

「もしも美空様が言う通り、剣丞様に女性を誑す能力……

 いえ、女性を自らの都合の良いように洗脳する御家流があるとすれば……

 私の愛もまた、洗脳により植え付けられた、まがい物の愛なのでしょうか?」

 

「え……?」

 

雫がぽかんと目を見開く。

美空が剣丞には洗脳能力があると言っているなんて、聞かされていなかったし、そんな荒唐無稽な想像をした事も無かった。

 

だがしかし、森蘭丸と、前田犬子利家……2人の洗脳系超能力を駆使する人物と続けて対峙して、その能力の餌食になりかけた詩乃にとって、美空の発言は決して根拠の無い当て推量だと断言できるものではないのだ。

 

詩乃もまた考えていた、考えざるを得なかった……新田剣丞は洗脳能力があるのかもしれないと。

 

……

 

…………

 

………………

 

「犬子、柘榴、それと一二三、ちょっと大事な話がある」

 

一方その頃、当の斎藤九十郎は物凄く真剣な目でそんな話を切り出した。

その目は真剣そのものであったが、犬子が思わず呆れ、柘榴が苦笑し、一二三が飲んでいた紅茶を噴き出して大笑いするようなしょ~もない話である。

 

即ち……

 

「俺に……俺に巨乳の良さを叩き込み直してくれっ!!」

 

先日粉雪を抱いて、貧乳も良いかな~なんて事を考えた事に危機感を持ったが故に、九十郎は巨乳の犬子と柘榴、美乳の一二三にそんな事を叫びながら土下座をしたのだ。

 


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