戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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犬子と柘榴と九十郎第109話『それは普通に児童虐待だ』

九十郎が呑気に一二三や粉雪とエロエロな事をしていた頃……

 

「ぜぇ……ぜぇ……ぐっ……お、おのれ化外……」

 

越後に大量の鬼を呼び込み、ズッコンバッコン大騒ぎしていた張本人、吉野の御方と呼ばれる超能力者が人知れず死にかけていた。

 

人食いの怪物・加藤段蔵と戦った結果、無農薬野菜のように全身が虫食い状態になり、内臓の欠損と失血により死にかけている。

このまま小一時間程放置すれば、喧嘩を売った相手が意外と強かったなんていうアホ臭い死に方をしそうな状態であった。

 

「……貸し1つ分消費で良いな?」

 

そんな死の一歩手前の吉野をニヤニヤと笑いながら見下ろす鬼子が1人……井伊直政・通称新戸、犬子と九十郎が尾張から出奔した頃から、なんやかんやで九十郎らと行動を共にしている鬼子である。

 

そして今現在、新戸は過去2回(第87話と92話)吉野に助けられ、貸しが2つ分溜まっていた。

それを1つ分減らすために、新戸は苦戦する吉野を超能力で救出したのだ。

 

「その位まで回復したなら、後は自力で治せるな?」

 

透視能力と念動力で最低限の止血をすると、吉野の周囲に瘴気が集まって来る。

どす黒い怒りや殺意、憎悪や絶望が具現化したものが虫食い状態の吉野の肉体に入り込み、欠損した肉体を埋めていく……人間をやめてるとしか思えないような光景だが、吉野はまだ人間である。

 

「づぅ……があぁあっ!! うぐぅっ、おおっ!!」

 

吉野が激痛に喘ぐ。

 

物理的欠損を瘴気で埋めるなんて真似は、常人には不可能だ。

他人の強い強い感情をねじ伏せ、我が物にするだけの意志力と、自分の肉体を麻酔無しでドリルで削るような激痛に耐える忍耐力、それだけの苦痛を受けながら集中を切らさない事も必要だ。

 

少なくとも、新戸にはできない。

 

「ぐぅ……はぁ……はぁ……」

 

吉野の肉体の欠損が埋まった。

数日もすれば完全に肉体に馴染み、元の身体と全く同じように動かす事ができる。

 

100人が100人とも死んだ方がマシと断言するような苦痛が多い方法だが、吉野はこうやって長い年月を生きてきた。

日ノ本で最も高貴な立場から引きずり降ろされた、武士に対する憎悪と執念を糧に生きてきたのだ。

 

「もう、やめた方が良いんじゃないのか?」

 

新戸が吉野にそう声をかける。

 

「まだだ、この程度で……ぐぅう……」

 

吉野は狂気とも思える強い執念に満ちた視線を新戸に向ける。

建武2年(1335年)に足利尊氏に裏切られ、京を追われた日から既に200年……吉野は1日たりとも憎悪を途切れさせた事はない。

 

新戸は200年前にTHE・ボッチだった吉野を憐れみ、超能力の使い方のコツを教えた事を後悔した。

既に何十回、何百回と後悔した事だが、何度後悔しても足りないと思った。

 

「日ノ本の民を鬼に変えても、超ボッチが超々ボッチになるだけだぞ」

 

「煩い! 朕はもう人を信じぬ! 武士など信じられぬっ!!」

 

「たかが一回裏切られた程度で……」

 

「黙れぇっ!!」

 

吉野が激高する。

新戸は超能力の使い方よりも先に、友達の作り方を教えるべきだったかと思った。

もっとも、新戸も新戸で鏡に映った自分しか話し相手がいない超ボッチの女から産まれ、自身も別世界の自分位しか相談相手がいない超ボッチなので、友達の作り方を教える事は限りなく不可能に近い。

 

「……加藤段蔵は放置すれば無害だと前に教えたな?」

 

無様に地面を這いながら激痛に耐える吉野を見下ろしながら、新戸がそう尋ねる。

 

「鬼を操って柘榴達を強姦させたな?

 オレはお前に、鬼子を軽々しく作るなと言ったハズだ」

 

今度は以前(第87話)鬼子を作るなと忠告した事について言及する。

吉野は何も言わずに新戸に狂気と憎悪の視線を向ける。

 

「何で一々オレの忠告と真逆の事をする? そんなだからオレ以外に友達がいないんだ」

 

「朕に友などおらん、朕に友などいらぬ」

 

吉野は地獄の底から這い出るような身の毛のよだつ声でそう答える。

常人ならその声を聞くだけで震えあがるが……新戸は軽くため息をつくと、吉野を置いたまま春日山城へ戻ろうとする。

 

「待て、朕の生き字引よ。 貸しはまだ1つ、残っていような?」

 

立ち去ろうとした新戸を、吉野は呼び止めた。

 

……

 

…………

 

………………

 

ざわ……ざわ……と、まるで福本漫画のようなざわめきが起きる。

 

良い意味でヒャッハー、悪い意味でヒャッハーな森一家の視線が集中する先に、金ヶ崎での負傷故に松葉杖をつく森一家の頭領・森桐琴可成と、そんな桐琴に殴られ、地面に尻もちをつき、青い顔をした森小夜叉長可の姿があった。

 

「おいガキ、今の言葉もう一度言ってみろ」

 

「オ、オレは……」

 

小夜叉が言いよどむ。

もう一度言えば、もう一度叱責され、殴られるのは明らかであった。

 

桐琴は重傷だ。

例え新戸の超能力により千切れた血管や神経、砕けた骨を繋ぎ合わせて貰ったとしても、その傷が完全に治る事は無い。

既に桐琴は、戦闘者として再起不能と言って良い状態だ。

 

しかし、さっき殴られた時、痛かった。

途轍もなく痛かった。

 

だからこそ、小夜叉は恐怖に声が震え、言葉を詰まらせた。

 

「聞こえなかったか糞ガキぃ! 今日の戦ぁ、一体何人の首を刎ねたかと聞いたんだ!」

 

小夜叉が息を呑む。

森一家のざわめきが大きく強くなる。

 

そして……

 

「ひ……1人も……殺せなかった……」

 

とうとう観念して、小夜叉はもう一度同じ事を桐琴に伝えた。

 

桐琴を含めた森一家に衝撃が奔った。

良く言えばヒャッハー、悪く言えばヒャッハーを体現する小夜叉が、戦場に出て首を刈れすに帰って来た事は一度も無い。

いつもいつも誰よりも早く激戦区に飛び込み、誰よりも多くの返り血を浴びて帰って来た。

 

そんな小夜叉が弱弱しく震えながら、1人も殺せなかったと告げたのだ。

 

それを聞いた桐琴は、即座に小夜叉をもう一度ブン殴った。

 

「儂がいなけりゃ人一人殺す事もできんのか?」

 

小夜叉の肩がビクンッと震える。

 

その声、その表情は知っている。

自分の母、森可成が本気でブチ切れる寸前の声と表情だ。

 

「おちおち怪我もしてられんのか?」

 

小夜叉の肩がビクンッと震える。

 

声は静かだったが、目が座っていた。

瞳の奥に殺意が滾っていた。

 

「いつまで甘ったれてるつもりだぁっ!! 糞ガキいいいぃぃぃーーーっ!!」

 

そしてその殺意が爆発した。

その怒号を浴びせられた小夜叉は無論の事、傍らで聞いていた森一家の面々も1人残らず震えあがった。

 

負傷し、槍も握れず、馬にも乗れなくなったとはいえ、桐琴は今なお森一家の頭領であった。

負傷し、槍も握れず、馬にも乗れなくなってもなお、今なお自分が森一家の頭領である事に対し、桐琴は苛立っていた。

 

そのために桐琴は必要以上に声を荒げていた。

 

「は、母……」

 

だがしかし、そんな桐琴の内心の焦り、苛立ちは小夜叉には伝わっていない。

失態を晒し、情けないと呆れられ、失望され、怒鳴られた……小夜叉にとってはそれだけの話だ。

 

この世で一番強く恐ろしい母・森桐琴可成の殺意の混じった視線を浴び、怒号を浴び、小夜叉の目が怯えて、竦んだ。

 

そんな小夜叉の怯え切った表情が、桐琴をさらにさらに苛立たせる。

 

「何だその目は? その目で人が殺せるか? その目で鬼が斬れるか?」

 

桐琴がそう問いかける……しかし、怯え切り、思考が真っ白になってしまっている小夜叉にまともな応答は不可能だ。

 

小夜叉は殺せるとも、殺せないとも言えずにびくびくと震えるだけだ。

そんな小夜叉の姿を見た瞬間……桐琴の苛立ちが最高潮に達した。

 

「さっさと答えろ糞ガキいいいぃぃぃーーーっ!!」

 

基本ヒャッハーな森一家の屈強な男達すらも残らず震えあがるような恐ろしい声だった。

この時小夜叉が感じた恐怖は、それこそ呼吸が止まり、心臓が止まり、そのまま落命しかねない程のものだ。

 

そして桐琴が小夜叉の胸板を蹴り、そのまま踏み抜くように押し倒した。

 

「あが……う……」

 

後頭部を強く地面に叩きつけられ、地面と髪の毛が紅く染まる。

過去にも何度か桐琴の怒声を浴びせられた事はあった。

殴られた事も、刺された事も、斬られた事もあった。

死に掛けた事も当然あった、恐ろしさに震える事もあった。

 

だがしかし、今感じている桐琴の怒りは、殺意は、そしてそれに対する恐怖は、今までの比ではない。

 

「そもそも、何だその珍妙な鎧は?」

 

小夜叉の傷を気にも留めず、体重をかけて踏みつけたまま桐琴はそう尋ねる。

 

「あ、こ……これは……」

 

「そんな物を着けているから後れを取るのだ、戯け」

 

小夜叉が何かを言うよりも早く、桐琴がそう決めつけてさらなる罵声を浴びせる。

お前の説明を聞く気が無い、お前の考えに配慮する気も無い……桐琴の態度は言外にそう告げている。

 

「外せ」

 

「え……?」

 

「聞こえなかったか? 今すぐ外せ、外して捨てろ、そんな物は」

 

桐琴が頭ごなしに命令する。

そんな物……フルプレート・アーマーを着ていたせいで、敵兵も鬼も討ち取れなかったという考えは全く正しい。

今すぐに捨てた方が良いと言う考えも全く正しい。

 

しかし……小夜叉にははいそうですかと従えない理由があった。

 

森一家は九十郎と同じか、それ以上にむさ苦しい男所帯だ。

今この場で鎧を脱げば、死ぬ程男性の視線に晒されたくない素肌が露出する。

特に股間の部分は下履きも喪っており、ほんの数時間前に鬼のおOんぽを咥え込み、愛液すら漏らしたオンナの部分がそのまま視線に晒されてしまう。

 

もしも桐琴に鬼に犯されたと知られたら、どれだけ怒り狂うだろうか。

もしかしたら、怒りの余り殺されるかもしれない。

そして何よりも、自分のアソコを男の視線し晒されたくない、男の視線が怖い……

 

「は、母……それだけは、勘弁してくれよ……」

 

頭から血を垂れ流しながら、恐怖に震えながら、小夜叉が桐琴に懇願する。

その弱々しい姿は、野次馬のように見物する森一家の男たちにとっても、小夜叉の母である桐琴にとっても初めて見るものだ。

 

「(ちっ……儂がいなければ、何もできんのかこのガキは)」

 

桐琴が小さく舌打ちをした。

自分はもう戦闘者として再起不能だ。

これからは小夜叉が森一家を背負って立たなければならない。

これからが小夜叉が森一家の先頭に立って戦わなければならない。

 

それなのに……と、桐琴はさらに強く失望し、憤り、苛立った。

 

「これは九十郎が……九十郎がオレのために作ってくれたんだ!

 わざわざ徹夜までして、オレに為に……だから!

 だから頼むよ母、捨てさせないでくれよ」

 

小夜叉は震えながらそう懇願していた。

その態度が桐琴をさらに苛立たせる。

 

戦乱の世では強き者が弱きものを殺し、奪うのが当然の事だ。

泣いて懇願しても誰も助けに来てはくれない、桐琴はそんな戦乱の世で強く、逞しく生きられるよう小夜叉を育ててきたつもりだった。

 

震えながら懇願する小夜叉を見たのは初めてで、それは桐琴にとって最も見たくない姿であった。

 

だから桐琴は……

 

「いい加減にしろ糞ガキぃっ!! 甘ったれるなぁっ!!

 黙って言う事をきかんかぁっ!!」

 

桐琴は小夜叉の首根っこを掴み上げ、凄まじい形相でそう叫ぶ。

基本ヒャッハーな森一家の屈強な男共が残らず震えあがった。

 

幸いと言うべきか、怪我のせいで握力が大きく落ちていたため、絞め殺されるような事はなかった。

しかし、不幸な事に怪我で握力が落ちていたが故に、桐琴は一切の手加減をしなかった。

一切の手加減無く、その目に殺意を滾らせて、力の限り小夜叉の首を締め上げていた。

 

「ぐ……ぅ……は、母……」

 

呼吸は辛うじてできる。

だがしかし、実の母親から本気で首を絞められているという事実そのものが、小夜叉の心を、魂を抉る。

 

「九十郎、流石に見てるのも限界だぜ、あたいは止めに行くぜ」

 

「お前にやらせる訳にはいかねえよ、俺が行く」

 

「……分かったぜ。 相手は怪我人だけど、変に躊躇するんじゃねえぜ」

 

「当たり前だ」

 

全員の視線が桐琴と小夜叉に向いていた。

だから誰も気づかなかった……小柄な少女と、バッファローマンのような体格の大男がその光景を見ていた事に。

 

そして大男の方が取り巻きのヒャッハー共を掻き分け、桐琴のすぐ近くにまで来ると……

 

「斎藤パンチッ!!」

 

ごちんっ!! と、桐琴の脳天に拳骨を一発見舞った。

一切の手加減無く、グーでぶん殴った。

 

女性を、しかも怪我人を本気で殴るとは見下げ果てた男である。

 

「何をするっ!?」

 

桐琴が突然の乱入者……九十郎をキッと睨み付ける。

 

「こっちの台詞だ! 何やってやがる!」

 

九十郎は桐琴を睨み返し、一歩も引かず、怒鳴りつけるように言う。

 

「他所の家の事に口を挟むな!」

 

「やかましいっ! あれがX歳児に言う台詞かよ!

 おまけに殴るわ、首を絞めるわ……てめぇの常識がどうなってるか知らねえけどな、

 こっちの常識じゃ普通に児童虐待なんだよっ!!」

(この作品の登場人物は全員20歳以上です)

 

九十郎がそう断言する。

 

もっとも、この件に関しては正しいのは桐琴で、間違っているのは九十郎だ。

児童虐待なんて概念は戦国時代には存在しない。

九十郎がやっている事は、未来の価値観の押し付け、単なるエゴである。

 

言うなればそれは、21世紀の捕鯨反対派が、戦後復興期にクジラ肉を食べた者を非難するようなもの。

 

時代が違えば価値観も違う……九十郎はその事を見事に忘れていた。

 

「く……九十郎……」

 

だがしかし、正しい、間違っているという事と、それを見た者がどう思うかは全くの別問題だ。

 

小夜叉にとって、九十郎が救世主のように見えていた。

自分が一番苦しい時、辛い時に颯爽と現れてくれたヒーローのように見えていた。

 

なお、九十郎が本当にヒーローなら、小夜叉も柘榴も粉雪も鬼に強姦される前に助けられているだろうし、そもそも小夜叉が熱中症でぶっ倒れた原因を作ったのは九十郎が渡した鎧である。

 

結論・全部九十郎が悪い。

 

「あたいからも一言良いかだぜ?」

 

今にも殴り合いを始めそうな険悪な雰囲気の2人の間に、粉雪が割って入る。

 

「貴様には関係無い、引っ込んでいろ」

 

「まあ、確かに関係無いし、事情も良く分かってねえぜ。

 あたいに分かる事は……あんたがド素人だって事くらいだぜ」

 

「なにぃ……」

 

いきなり『ド素人』と侮辱され、桐琴が怒りのあまり奥歯をぎりっと噛み締める。

 

「怒鳴って殴るなんて猿にだってできるぜ。

 気に入らない事があったら怒鳴って殴れば良いなんて思ってるなら……

 てめぇの頭は猿山の猿以下、ド素人そのものだぜ」

 

「猿以下だとぉ!?」

 

「あ、ひょっとして猿語じゃないと駄目なのかだぜ? ウッキー! ウッキッキー!!」

 

森一家のヒャッハー達が震えあがる。

 

それは桐琴に対する明確な挑発だ。

今まで桐琴を侮り、挑発して長生きをした者はいない。

必ず桐琴がブチ切れ、刃物を抜き、瞬時に血祭りにあげてりまうからだ。

 

「何も知らん奴が、知ったような口を聞くな!」

 

「おい……それはあたいに言ったのか?」

 

瞬間、空気が冷えた。

寒気を感じる程の静かな怒りが周囲を包んだ。

 

「あたいを……武田四天王・山県昌景に対して言ったのか? 何も知らん奴って?」

 

桐琴の殺意……ではない。

粉雪が森桐琴可成と同等か、それ以上の気迫を放ったのだ。

 

基本ヒャッハーだが、強い弱いには敏感な森一家の男共が瞬時に理解する。

見た目は幼女だが、目の前の人物は……山県昌景は怒らせてはいけない人物なのだと。

その気になれば自分達を瞬時に皆殺しにできる程の剛の者なのだと。

 

もっとも、笑える事に桐琴も粉雪も負傷やら疲労やら心労やらのせいで、実力の半分……いや、10分の1以下しか発揮できない。

今の粉雪と桐琴は、2人で力を合わせても九十郎1人にボコられかねない体調なのだ。

 

「貴様……」

 

「やんのか、おい?」

 

桐琴と粉雪が殺意を滾らせながら睨み合う。

今この瞬間にも凄惨な殺し合いが始まりそうな空気である。

 

まあ、仮に殺し合いが始まったとしても、お互い負傷やら何やらのため、スーパースターマンと会長の殴り合い並みの塩試合にしかならないのだが。

 

そして永遠に続くかと思われた一触即発の睨み合いは……

 

「全く、親ってのはそういうもんじゃねぇだろうが、そういうもんじゃ……

 朱金の親みてぇなひたすら無関心なタイプに比べりゃいくらかマシなんだろうがな」

 

そう言いながら九十郎が睨み合う2人を無視して、小夜叉の方へと歩み寄る。

 

昔……と言っても前の生での事だが、医者を志していた友人、刀舟斎かなうが言っていた事を思い出す。

曰く、子供の頃に虐待を受けて育った人は、自分が親になった時、我が子を虐待してしまう事があると。

それ以外の子供との接し方を知らないのだと……

 

「誰かが教えてやんなきゃいけねぇんだよな、怒鳴って殴る以外のやり方をさ……

 俺にそれができるとも思えねぇんだけど、四の五の言ってはられねぇか」

 

本当は無視したかった。

 

無視して、見なかった事にしてしまいたかった。

だがしかし、放置したら小夜叉に取り返しのつかない心の傷ができそうな様子だった。

それを見なかった事にするには……九十郎は小夜叉に関わり過ぎた。

 

だから九十郎は……

 

「……良く無事に戻って来たな、偉いぞ」

 

……九十郎はそう告げて、小夜叉をぎゅーっと抱きしめた。

 

このやり方が正しいか正しくないかは後で考えようと、今は目の前の問題を……桐琴と粉雪の2人を今にも死にそうな目で見つめる小夜叉をどうにかしなくてはと思い、九十郎は無心で小夜叉を抱きしめた。

 

「あ……え……?」

 

小夜叉が驚き、戸惑う。

小夜叉にとって戦から帰った時に話す内容と言えば、誰を殺したか、何人殺したかしかない。

生きて帰っただけで褒められるなんて事、あり得ない事であった。

 

小夜叉にとって戦とは、ただ前に進み、ただ敵を殺すだけの行為であった。

なのに……

 

「……って、お前頭怪我してるじゃねえか!? 粉雪何か持ってねぇか、手当してねと」

 

「手拭いと、血止めの軟膏なら持ってるぜ」

 

「悪いけど貸してくれないか」

 

「良いぜ、ほら」

 

「サンキュー」

 

九十郎が小夜叉の軟膏を着けた手拭いで傷口を縛り、止血をする。

ただそれだけ、たったそれだけの事だったが、小夜叉の頬で涙が伝う。

 

森一家のヒャッハー共がどよめく。

森一家のヒャッハー共にとって、小夜叉はあのおっかない桐琴の児らしく、いつでもヒャッハーヒャッハー叫びながら敵を殺し、帰り血を浴びるイメージしかない。

 

その小夜叉がまるでX歳児のように……いや、実際にX歳児なんだが、とにかく年相応の少女のように涙を零していた。

それは森一家のヒャッハー共にとって驚愕すべき事であった。

(この作品の登場人物は全員20歳以上です)

 

「あ……うぅ……」

 

小夜叉もまた、子供のように泣きじゃくるのは初めての事だ。

物心ついてから人前で泣いた記憶が一度も無い。

そんな女々しくて、情けない姿を見せたら、桐琴にシメられると骨身に染みて分かっていたからだ。

 

だがしかし、何度涙を拭っても、涙は次から次へと溢れ出て止められなかった。

 

「や、やめ……見るな! 見るなぁっ!!」

 

涙がボロボロと零れ落ちた。

涙と一緒に辛い思い出が次から次へとリフレインした。

 

桐琴が鬼に犯され、腹を破裂させて死にかけた事が……桐琴が何日も何日も目を覚まさずに、本当に死ぬんじゃないかと思った事が……夢の中でサキュバスに襲われ、戦友を見捨てて1人で逃げ出した事が……鬼に襲われ、鬼に強姦された事が……次から次へを脳裏に過り、涙がどんどん溢れていった。

 

「ち……ちくしょお……止まれ、止まれよぉ……」

 

ずっと辛かった。

ずっと苦しかった。

辛くて苦しいと叫びたかった。

叫びながら泣きたかった。

 

そして何より……

 

「九十郎ぉ……くぅ……あぁ……」

 

そして何より、他人に頼りたかった。

誰かに優しくされたかった。

 

小夜叉は身体中の水分を流しきり、脱水症状で死ぬんじゃないかという程に涙を流していた。

 

「小夜叉……」

 

そんな小夜叉の姿を見て、桐琴は思わず大きく目を見開いた。

小夜叉がX歳児のように泣きじゃくる姿を見たのは初めてだった。

小夜叉はどんな修羅場に叩き込んでも涼しい顔をして首級を上げてきた。

小夜叉は今まで一度も泣き言を言わず、我儘も言わなかった……少なくとも桐琴はそう認識していた。

 

そんな時、桐琴と九十郎の目が合った。

2人共言葉を発する事は無かったが……桐琴には九十郎が言わんとしている事が分かった。

 

『見ているか? こうすれば良いんだよ』

 

桐琴は九十郎がそう告げているように見えた。

そのやり方は、今まで桐琴が一度もやらなかったやり方で、考えた事もなかったやり方であった。

 

「九十郎……」

 

そんな小夜叉と九十郎の姿を見て、桐琴が胸に抱いた感情は……怒りであった。

 

「九十郎っ! 貴様ぁっ!!」

 

桐琴が叫ぶ。

叫ばずにはいられなかった。

その光景が、小夜叉と九十郎の姿が、まるで自分の人生そのものを否定しているかのように感じたのだ。

 

「そんな甘い事で……甘っちょろい事で!

 戦乱の世を生き抜けるとでも思っているのかぁっ!!」

 

怪我人とは思えない声量で、怪我人とは思えない気迫を籠め、桐琴が叫ぶ。

怪我がなければ、たぶん桐琴は九十郎を殺していただろう。

 

そんな桐琴の怒号を聞き、小夜叉の肩がビクンッと震えた。

 

「大丈夫だ、俺が守るからな」

 

そうキッパリと告げると、九十郎は小夜叉を安心させるため、もう一度その小さな両肩を抱き寄せた。

 

「大丈夫だ、何も心配するな。 俺が傍についてるからな」

 

九十郎が小夜叉の耳元でそう告げる。

 

当然、この言葉はただの出任せだ。

九十郎がどれだけ頼りにならないかは、当の本人が誰よりも理解している。

新田剣丞のような主人公ならともかく、自分のような屑が守っていたからといって、安心なんてできる訳がないと思っている。

 

だがしかし、だがそれでも、九十郎はあえて断言した……大丈夫だと。

 

「九十郎……貴様……」

 

桐琴は目の前が真っ暗になるような思いをした。

 

九十郎の認識は甘い、甘すぎる。

戦国の世はそう容易く生き延びれるようなものではない。

殺し、殺され、騙し、騙され、容易く死ぬ。

誰も彼もが容易く死ぬ。

斉藤道三であろうと、今川義元であろうと、容易く死ぬ。

 

だから桐琴は小夜叉を強く、逞しく育てようとした。

厳しく、厳しく接した。

だが九十郎は逆に、小夜叉を甘やかそうとしていた。

ぬるま湯につけ、腑抜けにさせようとしていた。

 

桐琴にはそれが許せなかった。

 

「何も心配するな、大丈夫だからな」

 

九十郎はもう一度小夜叉にそう告げた。

むしろ心配しかないと内心思っていたが、九十郎はそれを口にしなかった。

 

「(へへっ、やっぱ九十郎は恰好良いトコあるよな。 あたいが惚れた男なだけあるぜ)」

 

そして粉雪が人知れず九十郎の事を見直し。

 

「(そうだ、後で剣丞にブン投げよう)」

 

九十郎は人知れずゲスな事を考えていた。

 


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