戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第104話にはR-18描写があるので犬子と九十郎(エロ回)に投稿しています。
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第106話にはR-18描写があるので犬子と九十郎(エロ回)に投稿しています。
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犬子と柘榴と九十郎第105話『4分の3くらい九十郎が悪い』

「……君が、加藤段蔵になってくれ」

 

「へ……? な、何を言ってるんですか、段蔵殿。

 忍者になんてなれる訳がないでしょうに。

 某、人間ではないが故に、人食いの化け物であるが故に」

 

「君が、加藤段蔵になってくれ」

 

「だから無理ですよ。 ほら、そんな事より食事にしましょうよ。

 木の実や果物を沢山沢山取って来たんですよ。 鳥や魚だってあるんですよ。

 某は食べれませんけど……でも良いんです、段蔵殿が沢山食べて、早く元気に……」

 

「俺はもう、長くない」

 

「……知りません、聞きたくありません」

 

「だから頼む、君しかいないんだ」

 

「聞きたくないって言ったでしょうっ!!

 さぁ食べて! 食べてくださいよぉっ!

 こんなに食が細くちゃあ弱ってくのが当たり前じゃないですかぁ!!

 昨日持ってきた食べ物も! 一昨日持ってきた食べ物も!

 全然減ってないじゃないですかぁ!!」

 

「すまない」

 

「すまないと思ってるなら元気になってくださいよぉ!!

 もう一度某と一緒にかけっこをしましょうよぉっ!

 かくれんぼもしましょうよぉっ! 楽しい話を沢山沢山聞かせてくださいよぉっ!!」

 

「すまない、本当に。 そして頼む、加藤段蔵になってくれ」

 

「なりますよっ! 忍者でもなんでもやりますよぉっ!!

 だから早く元気になってくださいよぉっ! もっと沢山食べてくださいよぉっ!!」

 

「そう……か……」

 

「段蔵殿? 段蔵……殿……?

 だ、駄目じゃないですか、居眠りなんかしちゃあ。 某、人食いの化け物ですよ。

 こんな無防備になってちゃあ、食べられちゃいますよ……」

 

「………………」

 

「起きてくださいよ。 ほら起きて……ねえ、お願いだから起きてくださいよぉ。

 某、段蔵殿のお願いを聞いたんですよ。

 某、今日から加藤段蔵をやるんですよ、忍者なんですよ。

 段蔵殿だって某のお願いを聞いてくださいよ。

 起きてくださいよ、食べてくださいよ、元気になってくださいよ」

 

「………………」

 

「段蔵殿? 段蔵殿? 段蔵……殿……」

 

……

 

…………

 

………………

 

「……懐かしい、夢を見ましたね」

 

見ただけでSAN値が削れそうな醜悪な肉塊がそう呟いた。

 

「何年前の事でしたっけ?

 10じゃない、20でもない……100は流石に無いと思いますけど……」

 

うじゅるうじゅると醜悪な音を立て、鼻が曲がりそうになる程の悪臭をまき散らし、肉塊の姿が忍び装束を纏った長身の少女のものへとが変化する。

 

その姿は肉塊が見た夢に出た、病身の忍者と瓜二つだ。

身長も、体重も、手足の形も、目の色も、髪質も、匂いすらも全く同じであった。

 

「もう、やめちまいましょうか、加藤段蔵なんて」

 

肉塊が……いや、ついさっきまで肉塊だった少女が不機嫌そうに呟いた。

加藤段蔵をやるようになってから、嫌な事ばかりが起きている気がした。

 

「ああ、やっぱり御家流でつけられた傷は治りが悪いですねえ。

 まだ痛みますよ、とてもとても」

 

約1週間前、小波の菩薩掌を叩き込まれた場所が、ずきずきと痛む。

一ヶ月もすれば完全に消えて無くなる痛みではあるが、裏を返せば一ヶ月の間、半強制的に1週間前の負け戦を思い出させられるという事だ。

 

そんな段蔵に見せつけるかのように、西の空で小波の菩薩掌が嵐のように降り注ぎ、断末魔の悲鳴や地響きが段蔵の元へまで伝わってきた。

 

「もしかして、ずっと前に喰べ損ねた娘……ですかねえ。

 あの時も思いましたけど、あの娘本当に人間なんですかねえ。

 あの御家流の連打は、明らかに人類の限界を超えているが故に……」

 

あの時尻尾を巻いて逃げ出しておいて正解だったと、段蔵は胸をなでおろす。

優れた御家流使いは美味であるが、だからと言って死ぬか生きるかの半町博打をしてまで食べに行く気も無い。

 

何事も程々で十分だというのが、長生きの秘訣と段蔵は考えている。

 

「お腹……すきましたねえ……」

 

少女のお腹がくうぅっと鳴った。

小波と姫野を襲ったあの日以来、彼女は何も口にしていない。

モグラ並みとまでは言わないが、あまり食い溜めはできない身体なのだ、傷を負い、身体が養分を欲しているような状況では特に。

 

もういっそ鬼でも良いから食べようかとすら思う程に、段蔵は空腹であった。

 

そこに……

 

「おい化外、誰の許しを得て持ち場を離れた?」

 

物凄く物凄く不機嫌そうな吉野が、100を越える鬼と共に彼女の目の前に現れた。

 

「どーも、吉野さん。 某が駿河を鬼の巣窟に変える手伝いをすれば、

 鬼を好きなだけ食べて良いって契約……あれ、やめにします。

 鬼はとても不味いが故に、グルメな某はとてもとても満足できないが故に」

 

とっとと帰れとでも言いたげな表情で、段蔵がそう告げる。

余りにも一方的な契約破棄だ。

基本義理堅く、いらんもんまで背負い込んで破滅した前の段蔵では決してしない言動だ。

 

だがしかし、このある種のいい加減さ、無責任さが、『加藤段蔵』という名の呪いを背負いながらも、数十年もの間生きながらえる事ができた理由でもある。

 

「やはり化外は化外か。 役に立つなら骨の一つは恵んでやろうと思ってたのだがなあ」

 

「骨ですかぁ~? いりませんねぇ~そんな物はぁ~。

 某、人間以外の肉は決して口にできないが故に。

 空間ごと抉る位はできなくもないですけどねぇ、アレでは全く栄養にならないが故に、

 しかも結構疲れるが故に、あまり意味が無いんですよ」

 

段蔵がそんな事を言っている間に、殺気立った鬼達が周りを囲み、じりじりと間合いを詰め始める。

 

吉野が何を考えているかなんて、基本他人の感情に興味を持たない段蔵にも分かった。

 

「八つ裂きにしろ」

 

吉野が周囲の鬼達に命を下した瞬間、100を越える鬼達が一斉に段蔵に飛び掛かった。

 

「……手加減できませんよ」

 

鋭い爪と牙、あるいは刀や槍、弓矢が段蔵目がけて迫りくる。

その一つ一つを、段蔵は極めて冷静にスウェーで回避していった。

 

「今日の某は機嫌が悪いが故に、とてもとても機嫌が悪いが故に」

 

加藤段蔵が忍び刀を抜いた。

前の段蔵の遺品である忍び刀が、太陽に照らされ妖しく輝いた。

 

新戸が放置すれば無害と断言した怪物が……逆に言えば、不用意に近づくとシャレにならない被害が出ると判断した怪物が咆哮した。

 

……

 

…………

 

………………

 

柘榴と粉雪が鬼に犯されていた頃、剣丞達は襲い来る鬼を切り捨てながら、犬子の襲撃によって散り散りになっていた剣丞隊の者達との合流を図っていた。

 

「梅! 大丈夫か!」

 

「だ、ダーリン!? やっと会えましたわ!」

 

そして空が夕焼けに染まり始めた頃、剣丞は梅や鳥、雀といった信虎待ち伏せ部隊との合流を果たす事に成功した。

 

信虎との戦い、小波の暴走、そして鬼の襲撃……別動隊に無傷の者は1人も無く、皆疲れ切り、脱落者も多かった。

 

「そちらの状況はどうですか?」

 

「あまり良くはありませんわ。

 口伝無量が使えなくなって、戦況がどうなっているか全く分かりませんでしたもの」

 

「す、すみません……」

 

一足早く剣丞に合流していた小波がしょぼーんと肩を落とす。

昼頃に自身の限界を超えた御家流の連打を行った反動で、現在彼女は御家流が全く使えない状態なのだ。

 

「責めるつもりはありませんけど、後で何があったかは教えてもらいたいですわ。

 あんなに錯乱した小波さん、初めてでしたもの」

 

「ええ、あの時は……えっと、あの時は……ええっと……」

 

小波が弁明をしようと記憶を辿る。

信虎との戦いの中で窮地に陥った事は覚えている。

御家流をありえない勢いで連発し、敵も味方も巻き込んだ事も覚えている。

しかし……

 

「あの、剣丞様……私は何故あの時錯乱を……?」

 

「いや、俺はその場にいなかったんだけど」

 

錯乱した理由が全く思い出せず、ごしょごしょと小声で剣丞に質問した。

 

「はぁ……本当、いつもの小波だし、腹立つくらいにいつも通りだし」

 

そんな小波の様子をしっかりと見て、聞いていた姫野が、小さくため息を漏らす。

しかし、姫野は少し嬉しそうに笑っていた。

 

「剣丞様、その話は後にしましょう。

 梅さん、口伝無量が途絶えて以降の経緯を教えてください」

 

「率直に言って訳が分かりませんわ!

 作戦通りに信虎を待ち伏せできたと思った矢先に、

 小波さんはおかしくなって御家流を乱発するし。

 小波さんが元に戻ったと思ったら唐突に風魔忍軍が襲ってくるし。

 唐突に姫野さんが抜忍宣言したら他の風魔も揃って抜忍宣言するし。

 小波さんも姫野さんも風魔忍軍も行先も告げずにどっかへ行って、

 残った私達で信虎と第七騎兵団と戦う羽目になるし。

 第七騎兵団が思ってたより強くて負けそうだと思ったら戦には勝ってるし。

 やぁ~っと静かになったと思ったら鬼が出てきて襲ってくるし」

 

「修羅場の連続だったよね、お姉ちゃん」

 

「……こくこく」

 

基本お気楽な雀が珍しく顔を険しくさせていた。

超無口だが真面目な烏がそれに追従する。

それだけで別動隊の激闘の程が知れる。

 

「損耗はどの程度ですか?」

 

「もうすぐ半分切りそうですわ、八咫烏隊はもう少しマシですけど」

 

「あ、八咫烏隊も玉薬が切れそうなんで、もぉ~そろそろ置物になります」

 

「……こくん」

 

八咫烏隊は鉄砲の扱いは一流であるが、それ以外の能力は正直に言って微妙である。

そのため、隊長の烏、雀姉妹を含めて、弾薬が無くなれば置物同然の足手纏いに変貌する。

これから鬼と戦おうという時に、剣丞隊の主力である八咫烏が置物寸前というのはかなりの痛手である。

 

「………………」

 

「第七騎兵団の人達が鉄砲に槍の穂先を着けてたけど、あれって役に立つのかなって、

 お姉ちゃんが言ってます」

 

雀が姉妹の直感で、R-18シーン以外無口の烏が言いたそうにしている事をズバリと言い当てた。

 

「ああ、銃剣か」

 

「じゅーけん? じゅーけんて言うの?」

 

「……?」

 

烏と雀が興味深そうに剣丞の顔を覗き込む。

 

「あ……」

 

一方、剣丞はうっかり口を滑らせた事に気がついて、慌てて口を噤もうとする。

後先考えずに未来技術を片っ端から導入しようとする九十郎とは対照的に、剣丞は時代の先取りには慎重な立場なのだ。

 

「おにーちゃん、じゅーけんって何? 外人? 歌?」

 

「じーっ……」

 

烏と雀の視線が強まる。

銃の扱いは傭兵部隊である八咫烏の生命線だ。

当然、銃をさらに強化する発想に対する関心は強い。

 

「いや、その、銃剣っていうのは……えっと……」

 

一方剣丞も迷う。

銃剣は真似するのは容易で、普通に有用な装備である。

第七騎兵団が大っぴらに銃剣を使っている以上、遅かれ早かれ銃剣は他の国にも広まるだろう。

故に今ここで銃剣について八咫烏に説明をしても大きな問題は起きないかもしれない。

 

しかし……

 

「(どこまで言って良くて、どこからが駄目か、線引きが難しい……)」

 

銃剣は非常に有用な、人殺しの道具だ。

戦争をより激化させかねない危険な知識だ。

 

そしてこれは例外と危険な知識を広めれば、あれも例外、これも例外とどんどんエスカレートしかねない。

危険な知識をどこまでも広げ、戦争をどこまでも凄惨なものにしかねない。

剣丞はそれを恐れていた。

 

「しかし、厳しいですね……」

 

一方、詩乃は冷静に今の状況を『厳しい』と評価していた。

 

一般的に、軍隊は半数以上が死ぬか逃げるかすると、『全滅』と表現される。

半数が喪失した時点で、組織的な行動はとれなくなるからだ(島津以外)。

 

梅達が率いていた別動隊は全滅寸前、八咫烏隊は弾切れ寸前、そして剣丞と行動を共にしていた剣丞隊の本隊は、犬子に襲われた時にかなりの人数と散り散りになっていた。

そして鬼の数はさらに増し、戦場全域が混沌とした状況になっている。

 

これからどう動くべきか……詩乃と剣丞が真剣な表情で思考を巡らせる。

 

「や、やはり私がもう一度句伝無量を……」

 

小波がそう提案する。

しかし、今の彼女の肌は土気色で、唇は紫色で、視線も揺らぎ、とても普段のように御家流を使えそうにない。

 

「反対だし! 今無理したら本気で廃人になるし!

 斥候に出した風魔忍軍がもうじき戻ってくるから、それまで待つべきだし!」

 

「しかし、一刻を争う状況で……」

 

「風魔忍軍ナメんなだし、鬼が出た程度で任務に支障をきたす程、ヤワな鍛え方してねーし」

 

「小波さん、これ以上の無理はしないでください。

 鬼との戦いはこの一戦で終わりになる訳ではないのですから」

 

「……わかりました」

 

小波は渋々といった様子で、姫野と詩乃の言葉に従う。

 

「剣丞様、迂闊に動くのは危険です。

 風魔の方々が戻ってくるまで、小休止を兼ねた損害状況の確認を進言します」

 

「ああ、分かった」

 

剣丞の目から見ても、味方は限界寸前だ。

右も左も分からない中で我武者羅に動くのは危険すぎると判断し、詩乃の進言に従う事にする。

 

剣丞隊と八咫烏隊がその場に倒れ込むかのように身体を休め始める。

皆、疲れ切っていた。

無傷の者は1人もいなかった。

 

そんな中で……

 

「小夜叉さんが……いない……!?」

 

あの浮きまくって目立ちまくっているフルプレートアーマーの少女が、いつの間にやらいなくなっている事に気がついた梅が、そんな声をあげた。

 

……

 

…………

 

………………

 

恐るべき事に、この日の小夜叉のキルカウントは未だ0である。

小夜叉は良く言えばヒャッハー、悪く言えばヒャッハーな森一家の中で生まれ育ち、どびっきりに頭のイカレた女である。

鬼に会っては鬼を斬り、人に会っては人を斬る、生粋の殺人鬼である。

 

そんな小夜叉が、人知れずぶっ倒れていた。

 

「はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……」

 

舌・口腔内乾燥、皮膚の乾燥、皮膚の弾力性・緊張度低下、血圧低下・頻脈、易疲労感、脱力、食欲低下、意欲低下、立ちくらみ、意識障害・意識の鈍化……脱水症状である。

 

小夜叉は今、自力で立つ事はおろか、大きな声を出す事すらできない状態である。

 

彼女にとって不幸な事はいくつかあった。

 

1つ、フルプレートアーマーの調整が不十分だった。

 

フルプレートアーマーは全身をブ厚い金属板で覆う防具である。

着る者の体格に合わせて調整をしなければ生まれ育ち動きが阻害され、酷ければ動く度に激痛が走る。

小夜叉が来ている物は元々犬子用に作った鎧を徹夜で調整したものだが、突貫作業であったが故に、調整が不十分な部分が何か所かあった。

 

2つ、鎧が重かった。

 

良く言えばヒャッハー、悪く言えばヒャッハーな森一家は全員軽装で、全員俊足である。

 

しかも鎧全部で20kg以上の重さがあり、小夜叉はずっと陣羽織とサラシだけという狂気とすら思える超軽装で戦っていたため、重い鎧を着ている時の動き方をまるで知らなかったし、ペース配分も無茶苦茶だった。

 

森一家と共にヒャッハーと叫びながら第七騎兵団に突撃した小夜叉であったが、あっという間に大きく引き離され、無理矢理森一家に追いつき、追い越そうとしたせいで体力を消耗し、あっという間に体力を使い果たしてしまったのだ。

 

3つ、暑かった。

 

西洋の騎士が身に纏うようなフルプレートアーマーは、日本ではほぼ使われていない。

無論、使った者が全くいなかったという訳ではないが、主流にはならなかった。

 

何故ならば、日本は西欧諸国と比べて高温かつ多湿な気候であり、しかも山とか谷とか流れが急な川も多かったからだ。

 

当世具足よりも頑丈だが、当世具足よりも重く、

通気性が悪く湿気や熱を逃がしにくいフルプレートアーマーは、高温多湿な日本で使うのには向かない……今日のような蒸し暑い日は特に。

 

4つ、小波が暴走した。

 

基本面倒見が良い梅や雀は、なんやかんやで小夜叉の事を気にかけていた。

急に非常識な程に重装備をし始めてどうしたんだろうかと心配していた。

だから小夜叉が熱中症で倒れても、梅か雀のどちらかが気がついていた……普通ならば。

 

だがしかし、小波の御家流、妙見菩薩掌が暴風雨の如く降り注ぎ、敵も味方の区別無く破壊と殺戮を繰り広げた事で、戦場の混乱は頂点に達した。

誰も彼もが自分の身を守る事で精一杯になり、必然的に小夜叉に対する注意が薄れてしまったのだ。

 

結論、4分の3くらい九十郎が悪い。

 

「(頭痛がする……は、吐き気もだ……)」

 

ずりずりと地面を這いながら、小夜叉は前に進もうとする。

 

森一家には『死』という文字はあっても、『逃走』の文字は無い。

少なくとも小夜叉は桐琴からそう教わっていたし、サキュバスの夢に引き込まれるまで、それを実践してきた。

 

「(ち、ちくしょう……一体なんで……ど、毒でも飲まされたのか……?)」

 

小夜叉は今まで一度も熱中症になった事が無いのだ。

しかも森一家は無駄に頑丈で脳筋しかいなかったため、小夜叉に熱中症の怖さを教える者もいなかった。

それ故に小夜叉は、自分が何故倒れているのかも分からなかった。

 

小夜叉は今まで、戦いの中で体調不良になった事も無かった。

ヒャッハーとかヒャッハーとかヒャッハーとか叫びながら突撃し、殺戮するだけだった。

だから比較的軽症な内に他人に助けを求める事を考えられなかった。

 

気がつけば、小夜叉の周りにいるのは死体だけになっていた。

周囲は不気味な程に静かだった。

呻き声すら聞こえない戦の跡地であった。

 

八咫烏の、剣丞隊の、第七騎兵団の、風魔忍軍の、そして森一家の死体がゴロゴロと転がっていた。

 

そんな中で……1匹の鬼がのそのそと死体の転がる湿地を横断していた。

 

「……へっ、手柄首が向こうから来てくれたか、運が良いぜ」

 

最悪の体調の中で、小夜叉がほくそ笑む。

謎の体調不良で第七騎兵団との戦いでは1人も殺せなかったのを取り返せると思い、両脚に活を入れ、人間無骨を杖代わりにして無理矢理立ち上がる。

 

あるいは倒れたまま死んだふりでもしていればやり過ごせたかもしれないが、小夜叉にとって二回連続の敵前逃亡は死と同義である。

 

「ギシャルルルゥ……ッ」

 

鬼と小夜叉の目が合った。

胃液を吐き戻しそうになるのを必死に堪えながら闘志を振り絞り、愛槍人間無骨を握り直す。

 

鬼も両腕の鋭い爪を光らせながら、小夜叉に飛び掛からんと身構える。

 

そして……

 

「うおおぉっ!!」

 

「グァルルゥッ!!」

 

小夜叉と鬼が同時に跳躍し、小夜叉は鬼を、鬼は小夜叉を狙い、得物を振るった。

 


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