戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第103話にはR-18描写がるので犬子と九十郎(エロ回)に投稿しています。
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犬子と柘榴と九十郎第102話『決着の時』

「犬子は、犬子は……」

 

「俺は……」

 

犬子と九十郎が睨み合い、各々の得物を強く強く握りしめる……

 

「九十郎を倒して! 剣丞様を殺すっ!!」

「お前を倒して! 剣丞を殴るっ!!」

 

剣丞は昔見た映画のセリフを思い出した……『勝った方が我々の敵になるだけです』。

 

「う……うわあああぁぁぁーーーっ!!」

 

犬子が叫び声をあげながら九十郎に飛び掛かる。

 

竹を束ねた棒きれの1つや2つ、簡単に両断……しようとしたが、奇妙な手ごたえと共に犬子の斬撃は受け止められた。

 

「……鉄芯入り!?」

 

「剣丞がトチ狂って真剣で斬りかかって来た時用の備えだよ!

 役に立つとは思ってなかったが!」

 

九十郎がぶぉんっ! と大きな風切り音と共に竹刀を振り抜く。

犬子はそれを間一髪の所で身体を捩じり、回避する。

 

「くっ……うぅ……」

 

2人の戦いは、次第次第に犬子の防戦一方になっていった。

今現在における犬子と九十郎の剣の腕前はほぼ互角。

 

しかし、犬子は九十郎の急所を狙わない、狙えないのに対し、九十郎は容赦無く、躊躇無く犬子の脳天を狙い、気絶させるつもりで竹刀を振っていた。

仮にも自分の妻を本気でブン殴ろうとするとは、見下げ果てた男である。

 

「官兵衛ぇっ!」

 

「は、はいっ!」

 

そんな犬子の様子を見て、九十郎は雫に合図を送る。

 

雫はすぐさま九十郎と同じく背負っていた袋から竹刀を取り出し、犬子に向かって放り投げた。

 

「そいつを使え犬子! その方が遠慮無くイケるだろ?」

 

「ば……馬鹿にしてぇっ!!」

 

やや釈然としない思いをしながらも、犬子は太刀を鞘に納め、近くに転がって来た竹刀を拾いあげる。

 

練兵館で何度も何度も振るっていた、使い慣れた得物が犬子の手に収まった。

 

「たあああぁぁぁっ!!」

 

「うおおっ!!」

 

竹刀と竹刀がぶつかり合う。

力と技がぶつかり合う。

神道無念流の使い手と、神道無念流の使い手が、己の信念をぶつけ合う……

 

「剣丞様が……剣丞様さえっ! いなければぁっ!!」

 

竹刀を振るいながら、犬子は自分に言い聞かせるかのように叫ぶ。

視界が涙で滲み、それが剣筋を僅かに揺るがせていた。

 

「剣丞様がいなければ! 犬子はこんなに苦しくないのに!」

 

「本当かよ?」

 

「そうだよ! だから九十郎! 邪魔をしないでっ!!」

 

「俺はむしろ……剣丞よりも、むしろ俺がお前を苦しめてるように思えるんだがな……」

 

「犬子は……犬子は……うわあああぁぁぁーーーっ!!」

 

自分の感情の赴くままに竹刀を振り回す。

神道無念流の型と技に沿った戦い方が、まるで素人のやけくそ戦法のようになっていく……

 

「本当に……ああ、本当に俺は、今まで一度も犬子に向き合ってなかった」

 

軽い自己嫌悪の呟きと共に、九十郎が犬子の攻撃を受け止め、受け流し、躱していく。

犬子と九十郎の現在の実力はほぼ同等……しかし、犬子の精神状態が技の冴えを鈍らせ、

戦いは少しずつ、少しずつ九十郎の優位に進んでいく。

 

このまま押し切れるか……剣丞達がそう思った、その時。

 

「……御家流も使えよ、犬子」

 

「えっ?」

 

犬子にとっても、剣丞にとっても、雫にとっても予想外の事を、九十郎は言い出した。

 

「持ってるものは全部使え、全部使って俺と戦え。

 俺を倒して剣丞を殺したいんだろう? 俺に変な遠慮して、変に手を抜いて、

 それで負けたら諦めつくのかよ? 大人しく引き下がれるのかよ?」

 

「でも……」

 

犬子が躊躇する。

犬子には分かっている、九十郎に犬子の御家流に対抗するような技は無いと。

もしも犬子がなりふり構わず、御家流を含めて戦えば、あっという間に犬子が勝ってしまうと。

 

そう、勝てるのだ、勝ってしまう……勝ってしまうのだ、犬子が九十郎に。

犬子はその事に対し、何か説明の難しい複雑な想いを抱いていた。

 

「(私は、本当は……)」

 

犬子が自分の胸を抑え、跳ね回る心臓を抑え、次から次へと流れ落ちる額の汗を拭う。

 

「言っておくが、勝つのは俺だぞ」

 

九十郎は懐から鉄製の爪を取り出し、左手に装備した。

少なくとも犬子にとって、まるでウォーズマンのベアクローのような武具を見たのは初めての事だ。

 

「神道無念流に、爪を使う技は無かったよね」

 

「神道無念流とは無関係に編み出した必殺技だよ。 この俺に一度見た御家流は通じん。

 嘘だと思うなら……やってみろ犬子、御家流を使ってかかって来い」

 

「でも……」

 

犬子はそれでも躊躇する様子を見せると……

 

「犬子、俺が信じられないのか? 俺は勝つ、お前にも、剣丞にも。

 信じろ、信じてくれ。 俺はお前を倒し、剣丞もブチのめす」

 

九十郎は真っすぐ犬子を見つめながらそう断言した。

 

実をいえば九十郎には、自分が剣丞に勝てるかどうか全然分からなかった。

 

『やってみなければ分からないわ、九十郎』

そんな美空の励ましを支えに、なけなしの勇気を振り絞っていた。

 

「いや、こう言うべきだな……頼む犬子、俺を信じてくれ。

 俺が勝つ、俺が必ず勝つと信じてくれ、頼む」

 

犬子は、そんな九十郎の心境を察する事はできなかったが……

 

「九十郎……行くよ!」

 

全部をぶつけよう。

自分が持っているもの全てを使って、九十郎と戦おう。

九十郎を信じよう。

 

犬子はそんな決意と共に、精神を深く深く集中させる。

 

「襲えええぇぇぇーーーっ!!」

 

瞬間、犬子の周りに控えていた犬達が一斉に牙を剥き、九十郎に飛び掛かった。

 

「なんとおおおぉぉぉーーーっ!!」

 

どこぞのニュータイプのような叫び声と共に、九十郎が襲い掛かる犬達に竹刀を叩きつける。

 

1匹や2匹であればそれで捌ける。

剣丞にも同じ事ができる。

しかし、犬子の御家流の恐ろしい所は、1000以上の犬の群れに対し、一瞬にて命令を伝達できる事にある。

 

恐るべき俊敏さと執念深さを併せ持つ猛犬が、何重にも九十郎を包囲して、休む間もない波状攻撃を浴びせ続ける。

 

「駄目だ……あれは防ぎ切れない……」

 

剣丞には分かる、分かってしまう。

もう九十郎にはどうする事も出来ないと。

 

九十郎は優れた剣士であったが、それでも1000を越える猛犬による波状攻撃を凌ぎ切る事はできない。

服部半蔵のような優れた忍者でも、柴田勝家のような猛将でも難しい。

 

そして1度でもその牙を突き立てられれば、そのまま犬にされ、支配されてしまうのだ。

 

「と……くぅっ! い、意外とキツイなおい……」

 

九十郎が耐える、耐える、耐える……しかし、犬子との距離は一向に縮まらない。

犬子が支配する犬の猛攻に晒され続ける。

 

「九十郎……これでぇ!!」

 

そしてついに、破綻の時が訪れた。

犬子が支配する犬の1匹が、九十郎の片足に噛みついたのだ。

 

「(勝った! か、勝っちゃった……)」

 

その瞬間、犬子は自らの勝利を確信する。

僅かな未練と後悔を振り払い、九十郎を犬に変え、どこか遠くへ逃がそうと精神を集中させる。

 

次の瞬間……

 

「変移抜刀・がらすきぃ」

 

ぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃ~~~~~っ!! と、不快な音が全員の耳に届いた。

 

剣丞と小波は、一瞬鬼の雄叫びかと身構えたが……何の事は無い、九十郎が懐から取り出した小さなガラス板を思い切り引っ掻いただけだ。

 

「斎藤キック!!」

 

「へぶぅっ!?」

 

突如として響いた不快な音に困惑し、一瞬犬子と配下の犬達が硬直した隙を九十郎は見逃さない。

全力でダッシュし、一直線に距離を詰め、犬子の顔面に強烈な跳び蹴りを見舞った。

 

鼻の骨が砕けそうな程の衝撃を受け、犬子が転がりながら悶絶する。

 

それにしても、仮にも自分の嫁の顔面に蹴りを入れるとは、見下げ果てた男である。

 

「あの包囲網を抜けた!?」

 

「で、ですが噛まれてしまいました、もうじき犬に……」

 

剣丞と小波が固唾を飲み、これから九十郎がどうするのかを見守る。

九十郎は倒れた犬子にトドメを刺さず、追撃すらせずに佇んだままだ。

 

しかし……

 

「犬に……変わらない……!?」

 

何秒経とうが、九十郎の肉体は変化しない。

その驚愕の光景に、剣丞も小波も大きく目を見開いた。

 

「う……くぅ……このぉっ!!」

 

犬子が激高し、さっきよりも強い念波を周囲に発する。

ほぼ同時に硬直していた犬が再び九十郎を襲い始める。

 

しかし九十郎は、今度は避けもせずに真っすぐ犬子に突進した。

がぶり、がぶりっ、と複数の牙が九十郎に突き立てられる。

 

「今度こそぉっ!!」

 

「変移抜刀・がらすきぃ」

 

ぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃ~~~~~っ!! と、不快な音が再度全員の耳に届いた。

 

「斎藤キック!!」

 

「ぶべっ!!」

 

再び犬子の顔面に強烈な跳び蹴りを見舞う。

バッファローマンのような体格の大男に蹴られ、犬子はヒロインが決してしてはいけない顔と声と共に吹っ飛んだ。

 

そしてまたもや、剣丞は犬に変わる様子が無い。

 

「なんで……なんでっ!? なんでっ!? なんでぇっ!?」

 

「長所と短所は表裏一体、ままならねぇもんなんだよ」

 

今まで、犬子が支配した犬に噛まれた生物は皆等しく犬に変わった。

1人の例外も無く……いや、小波を除けば全員犬に変化した。

 

そして今、九十郎も犬に変化しなかった。

訳の分からない状況に、犬子が混乱し、困惑し、泣き叫びながら周囲の犬に命令を出す。

 

だが……

 

「う……くぅ……」

 

視界が歪む、足元がふらつく、頭がぐらぐらと震え、割れるような激痛が走る。

脳震盪の症状だ。

 

「超能力者は、脳震盪を起こすとしばらくの間超能力を使えなくなる。

 糞ニートから聞いていなかったのか? 超能力者の弱点だよ」

 

「そん……な……な、なんで……」

 

周囲の犬に命令を出そうと精神を集中させようとするも、

頭がくらくらして思考が定まらない、精神が集中できない。

当然、犬子の支配下にあった犬達はその場で佇んだままであった。

 

バファローマンのような体格の大男に2度も頭を蹴られたのだ、精神を集中させる事が困難になる程のダメージがある。

それを狙って、九十郎は犬子の頭を狙って攻撃を仕掛けたのだ。

 

「なんで……なんで、犬に、ならないの……?」

 

「変移抜刀・がらすきぃ。 井伊の糞女に吠え面かかせるために編み出した、

 ファースト幼馴染しか知らない俺の切り札だ。

 精神を集中させる瞬間を狙って、集中をかき乱す音を聞かせて超能力を封じる。

 100%確実に成功させれる訳じゃねえし、

 初見の能力にはタイミングを合わせられねえのが難点だがな」

 

「そ、そんな……」

 

そう聞かされ犬子は、御家流を使えと言ったのがこちらに対する配慮ではなく、むしろ戦いを有利に進めるための策だと気づかされる。

自分の御家流を防ぐ自信があったが故に、あえて御家流を使わせ、つけ入る隙を作らせたのだと。

 

「敵わないなぁ……本当に、何年経っても……」

 

視界が歪んでいた、平衡感覚が消失し、両手両足に力が入らなかった。

既にまともに立ち上がる事も、剣を振るう事も難しい状況であった。

勝負は既に決していた。

 

犬子は過去を……自分がまだ犬千代と呼ばれていた時代、近所のガキ大将の座を欲しがり、何度も何度も九十郎に挑んでは返り討ちにあっていた頃を思い出していた。

毎日が楽しかった時代を……

 

「ねえ、九十郎……犬子の事、好き?」

 

「ああ、好きだよ」

 

九十郎は迷いなく断言した。

 

「犬子はさ、間違ってたのかな?」

 

「ああ、間違ってるよ」

 

九十郎は迷い無く断言した。

 

「本当は……本当は、剣丞様も被害者だって分かってたんだよ。

 剣丞様も何かされて、訳も分からない内に犬子を抱いたんだって、分かってたんだよ」

 

「ああ、たぶんそうだろうと思ってた」

 

「自己嫌悪の、八つ当たりだって分かってた。

 そうじゃないと、九十郎が好きだって気持ちが、

 愛してるって気持ちが、嘘になっちゃうような気がしたから……」

 

「嘘なんかにはならねえよ、俺が絶対にさせねえよ」

 

九十郎は迷い無く断言した。

 

「九十郎の事、信じても良いのかな?」

 

「信じてくれ、犬子」

 

「犬子はさ……前田利家だよ、それでも愛してくれる?」

 

「愛してる、犬子。 俺はお前に惚れてるんだ、前田利家だろうが何だろうが構うものか」

 

九十郎は迷い無く断言した。

 

「剣丞様の事、ブン殴ってくれるかな、犬子の代わりにさ」

 

「2人分の怒りを込めてブチのめすさ、そこで見ていてくれ」

 

「じゃあさ……キスして、抱きしめてよ」

 

その言葉を聞くと九十郎は、ゆっくりと犬子に歩み寄り、力の限り抱きしめて、やや強引にその唇を重ねた。

 

犬子が握っていた竹刀が……落ちた。

 

「勝負あり……ですね」

 

雫が呟く。

それと同時に、犬子の御家流によって犬に変えられていた人々が、次々と人の姿へと戻っていく。

 

先程犬に変えられてしまった、詩乃、転子、姫野もまた人に戻っていった。

さっき身体が急激に縮んだ影響で服が脱げ、全裸であるが。

 

「ひゃあぁ!? お、おかしらぁ! みないでぇ~!!」

 

「ふ、服ぅっ! 服着るからこっち見るなしぃっ!!」

 

「剣丞様! 後生なのでこっちを見ないでくださいっ!!」

 

詩乃、転子、姫野の3人が慌てて地面に転がっている衣服を拾う。

そんな様子を見ながら、雫の目がキラーン! と妖しく光る。

 

「いったん詩乃さんを治せば……これでもうぜんぜん卑怯じゃない訳ですよねぇ~~~」

 

どこぞのリーゼントのようなセリフを言い放ちながら、雫は助走をつけて大ジャンプ……

 

「掟破りの官兵衛ニーキック!」

 

その右膝をシャイニング・ウィザードの如く詩乃の後頭部に叩きつけた。

 

「がふっ!?」

 

そのまま雫は全裸の詩乃の後頭部を踏みにじりながら……

 

「完・全・勝・利!」

 

九十郎に向けてドヤ顔でブイサインを出し、勝利宣言をしたのであった。

 

「……雫、これは何の真似ですか?」

 

全裸で土下座をしているかのような姿勢のまま、詩乃が雫にそう尋ねる。

 

「何って、勝利宣言ですよ、詩乃さん」

 

「お互い軍師として、知略と軍略を戦わせようとしていたのですが……」

 

「詩乃さんはそう考えているだろうと思って、裏をかいて直接蹴っ飛ばしに来ました」

 

「うぐっ……」

 

詩乃が絶句する。

脳筋極まりない思考だとは思ったが、少なくとも詩乃は、雫が直接蹴っ飛ばしに来る事を全く予想していなかったし、想定していなかった。

 

予想も想定もしていない策を考え付き、その策を実現させた時点で、軍師同時の格付けという意味では限り無く敗北に近い状況であった。

 

「……まだ負けていません。 この戦はこちらの勝ちです」

 

悔しさと惨めさに歯噛みしながら、詩乃は言い返す。

誰が聞いても負け犬の遠吠えである。

 

「本陣狙いの奇襲部隊の事を言っているのなら、柘榴さんと粉雪さんが迎え撃っています。

 あのお2人を突破して本陣の空さんを討ち取るのは相当難しいと思いますよ。

 それよりも……剣丞様の九十郎さんの戦い、始まりますよ」

 

そう言うと雫は詩乃の後頭部から足の裏を離した。

詩乃や雫の視線の先に、剣丞と九十郎がいた。

 

互いに睨み合いながら、互いに竹刀を向け合っていた。

 

「剣丞、お前に1対1の決闘を申し込む」

 

「ああ……受けて立とう」

 

かつて、九十郎は負け犬の目をしていた。

それ故に剣丞は、九十郎に勝って美空も、犬子も、柘榴、粉雪も、雫も、貞子も自分の嫁にしてしまおうと決意した。

 

だがしかし、今は九十郎の目の色が違っていた。

強い決意と信念の目……漢の目であった。

 

「負けてやる気は無いぞ」

 

それでも、剣丞は負けられない。

この勝負は自分と九十郎の男としての格を競う戦いと理解していた。

それ故に剣丞は負けられないと思った。

自分を信じ、自分を愛してくれる久遠達のためにも負けられないと思った。

 

「変な遠慮をしてワザと負けられたら迷惑だ。 全力で来い、俺も全力で挑ませてもらう」

 

「ああ、そうだな、その通りだ」

 

剣丞と九十郎が互いに竹刀を構え、じりじりと距離を詰めていく。

 

10歩の距離……5歩の距離……3歩の距離……そして……

 

どんっ! どんっ! どんっ! と太鼓の連打の音が響いてきた。

その太鼓の音の意味を、剣丞も、九十郎も事前に知らされていた。

 

「え……戦闘終了……?」

 

「しかもこの叩き方だと……空の奴、討ち取られたのかよっ!?」

 

即ち、名月陣営の勝利を意味する停戦の合図である。

 

……

 

…………

 

………………

 

「勝ったのですっ!!」

 

「ば、ばたんきゅ~……」

 

同じ頃、たった1人で柘榴と粉雪をブチのめし、歌夜を含む味方全員を置き去りにして突っ走り、1人で空陣営の本陣に突入し、迎撃に来た将兵全員を1人で叩きのめし、空本人もストリートファイターⅡの負け顔よりもボコボコにした綾那が、その小さな胸を張って勝利宣言をしていた。

 

本多忠勝はどこまで行っても『ただ、勝つ』事しかできないが、『ただ、勝つ』事にかけては右に出る者はいなかった。

 

……

 

…………

 

………………

 

「歌夜さんと綾那さんに敵本陣の奇襲を頼んでいました。

 小波さんを囮に使って、注意を引き付けて」

 

「そ、そんな!? その手は読んでいたのに!? 柘榴さんと粉雪さんに対応を……」

 

「読めるのと対応できるのとでは大きな隔たりがありますよ、雫。 結果として……」

 

詩乃が後頭部に乗せられた雫の足をどけ、どっかりと胡坐を組み、腕も組んで胸を張る。

全裸なので色々と見えてはいけない所が丸見えであるが、今は見栄と虚勢が優先だ。

 

「結果としては、私の勝ちです」

 

そして詩乃は愛菜もドン引きする位のドヤ顔と共に、勝利を宣言した。

 

「え……これで終わり……? いやちょっと待て! ちょっと待ってくれ頼むからっ!!

 俺今凄く恰好良く決めた所だろ!? 犬子とOHANASIして、

 これから剣丞をブチのめして俺最強ってやる所だっただろ!?

 そういう話の流れだっただろ!? 何でよりにもよってこのタイミングなんだよ!?

 消化不良極まりねえだろぉっ!!」

 

「も、もしかして……この話の流れの後、俺は犬子を嫁にしないといけないのか?

 あんなラブロマンスを見せられた直後に略奪婚だって……

 しゃ、洒落にならない!! 洒落にならないぞっ!!」

 

剣丞と九十郎が竹刀を向け合いながら硬直し、多量の冷や汗を流していた。

剣丞も九十郎も、空陣営の敗北……イコール犬子と柘榴と美空と粉雪と雫と貞子が、みんな揃って新田剣丞の嫁になるという暗黒の未来に頭を抱えていた。

 

「あの糞弟子いいいぃぃぃーーーっ!!」

 

九十郎の叫びが虚しく木霊した。

 

「そうだ、腹を切ろう」

 

そして犬子は割腹自殺を決意した。

 

……

 

…………

 

………………

 

「……おい、生きてるか柘榴?」

 

「生きてるっすよ、辛うじてっすけど」

 

粉雪と柘榴が、率いていた兵と共に倒れ伏していた。

 

九十郎が神道無念流を叩き込み、現代ニホンのスポーツ医学に基づいた合理的な筋トレ法も叩き込み、他の並行政界の2倍……いや、10倍にパワーアップした綾那に念入りにブチのめされた2人は、全身打撲によって立つ事すらままならない状態になっていた。

 

「自信無くすぜ……甲斐最強のあたいが、泣く子も黙る武田赤備えを率いるあたいが、

 ああも一方的にボコボコにされるなんてなぁ……」

 

「柘榴も自信揺らぎそうっす……

 結局一太刀たりとも有効打は与えられなかったっすから……」

 

「もっと鍛えねえとなあ……」

 

「そっすねぇ……」

 

地面に寝そべり、燦燦と輝く太陽に当たりながら、粉雪と柘榴がそう呟いた。

 

その時……

 

「狼煙……!?」

 

柘榴が異常事態に気がついた。

空と名月の本陣から同時に上がった狼煙の意味を、柘榴は知っていた。

 

「粉雪、立てるっすか?」

 

「何かあったんだぜ?」

 

「鬼が近くに来てるっすよ」

 

「な、何だってぇ!?」

 

粉雪と柘榴が負傷した身体に活を入れ、無理矢理にでも立ち上がろうとする。

しかし、綾那に念入りに念入りにブチのめされた身体は、僅か1時間弱寝ていた程度では万全には戻たない。

 

腕が震え、足が震え、一挙手一投足の度に全身に激痛が走り、とてもまともに戦える状況ではなかった。

 

しかも……

 

「しかもどうやら……ハチ合わせしちまったらしいっすね……」

 

気がつけば2匹の鬼が柘榴達の前に現れる。

たった2匹……普段の2人なら軽く捻れる数だ。。

しかし柘榴も、粉雪も、率いていた将兵達も、皆等しく綾那にブチのめされ、柘榴と粉雪以外は全員気絶。

柘榴と粉雪は辛うじて立つのがやっとといった状態であった。

 

「こいつは……やべぇかもな……」

 

「無茶でもなんでもやるしかねーっすよ、生きて九十郎と会いたいなら……」

 

「そうだな、その通りだぜ……こんな所で死んでたまるかだぜぇっ!!」

 

柘榴と粉雪が得物を握り、鬼達に斬りかかって行った。

自分達が消耗し切っているのは分かっていた。

勝ち目が限りなくゼロに近いのも分かっていた。

だがしかし、九十郎の為にも、主君である美空と光璃の為にも、こんな所で死ぬわけにはいかなかった。

 

「あいつが柿崎景家か……朕の生き字引よ。

 お前が朕に鬼子は持て余すと言うのであれば、朕はそれを覆して見せよう。

 お前が執着する斎藤九十郎の妻を鬼に犯させ、鬼子を産ませ、それを御し切って見せよう」

 

そんな絶望的な戦いに挑む柘榴と粉雪の姿を眺めながら、鬼を操る者……吉野の御方がニマァ~と笑みを浮かべていた。

 

他の場所には多量の鬼を出現させ、柘榴達の前にはあえて2匹だけ鬼を出現させた。

この場所で行われる事に、気づかせないために。

 

そして吉野が柘榴の前にいる2匹の鬼達に命令を下した。

『女を犯せ』『女を孕ませろ』『鬼子を産ませるのだ』と。

 

 


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