戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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犬子と柘榴と九十郎第96話『前哨戦』

「……ええ、ええそうです。 現在移動中です。 作戦は一部変更します。

 しかし、綾那さんは当初の打ち合わせ通り動いてくださいと伝えてください」

 

馬を進ませながら、詩乃がぶつぶつと呟く。

 

独り言ではない。

小波の御家流『句伝無量』を使い、朧や名月といった各地の指揮官達と連絡をとりあっているのだ。

 

「全く……主様の一夜場を真似るとはな……」

 

「認識を改める必要がありますね。

 雫が私に全く気付かせずに一夜城を準備し、実行に移すなんて」

 

一葉が心底不機嫌そうに一二三達の立て籠もる砦を睨みつけ、詩乃は感心した様子で見上げている。

 

なお、どちらも雫がやったと思い込んでいるが、下手人と言うか主犯は一二三である。

 

「一葉様、もう一度念を押しておきますが、 御家流は使わないでくださいね」

 

「あんなちんまりとした砦に信虎が隠れているとも思えんが」

 

「私もそう思います。

 しかし万一まぐなむ・しゅうとで三千世界が投げ返されてしまえば、我々は全滅です。

 そして相手は小寺官兵衛……

 たぶんいないだろうという思考の裏をかく事も考えなければいけません」

 

「分かった、分かった、こうも何度も念を押されてはな。

 小波と姫野が信虎を無力化するまで御家流は使わんよ」

 

「公方様の場合、ついカッとなってやった、反省はしていない……

 というのも普通にありえるのですがね」

 

「煩いぞ、幽。 主も良いと言われるまで御家流は禁止じゃ、分かっておろうな」

 

「分かっておりますよ、自分の御家流でやられるのは御免ですからな」

 

「雫……まさかこの状況下で一夜城を使うとは思いませんでしたよ。

 しかも絶妙に無視できそうで、絶妙に無視し難い地点に。

 本当に認識を改めなければならないですね、油断ならぬ敵だと。

 私はどこか、貴女を実績の無い小娘と侮っていたのかもしれません」

 

もう一度書くが、主犯は一二三である。

雫は一二三が一夜城の準備を進めている事を全く知らされていなかった。

知っていたのは一二三に監視をつけていた美空と、一夜城の準備のために密かに人手を用意した信虎だけである。

 

「一夜城だけでは戦には勝てない。 必ず次の手、次の次の手が用意されている筈……

 ならば次の手、次の次の手が動くよりも早く、一夜城を叩き潰すまで」

 

詩乃は知っている……正確には、かつて美濃で一夜城を作り上げたひよ子と転子は知っている。

 

「やっぱりあの城……所々柵や壁が途切れている場所がある。

 堀だけは完全に近いのは、前々から堀だけは作ってあったからかな」

 

「近づいて見たら結構粗があるね、ひよ」

 

ひよ子と転子の目には、一夜城の粗がハッキリと分かった。

2人は知っているのだ、どんなに準備をしていても、一夜で砦を築くなんて無理だという事を。

 

一夜城なんて、遠目から見たら城っぽい砦モドキを作るのが精一杯で、見た目だけ整えた張り子の虎、粗だらけの城に過ぎないのだと。

ただしその粗は、時間を経てば経つほど小さくなっていくのだと。

さらに城の設営に駆り出された兵の疲労は、城が建った直後がピークであるのだと。

 

つまり一夜城は、建ったのが見えた直後に速攻で叩き潰すのが最適解なのだ。

 

「ひよさん、ころさん、この戦いはいかに素早く一夜城を潰せるかが重要になります。

 あるいは、この戦いを左右する要は、ひよ子さんと転子さんかもしれません」

 

「あ、あんまり重圧かけないでほしいかな……」

 

「うんうん、鞠ちゃんも小夜叉も綾那さんも歌夜さんもいないし」

 

「鞠さんと小夜叉さんは本物信虎を討ち取るため、

 三河のお2人は本陣の奇襲の為に別行動ですよ」

 

「それは分かってるけどさあ……」

 

ひよ子と転子が一夜城を見上げる。

確かにいくつもの防備の穴があったが……それでもなお、城は城だ。

剣丞隊の脳筋軍団……もとい戦闘集団を抜きで戦える自信は無かった。

 

……

 

…………

 

………………

 

「……しかし速い、想像以上に対応が速い。 噂の竹中半兵衛の判断の速さもそうだけど、

 句伝無量で連絡を取り合ってるせいで、動揺や混乱が恐ろしく小さく、短い」

 

「句伝無量か……噂には聞いていたけれど、厄介だね」

 

「ああ、厄介だよ、本当に」

 

一二三と湖衣が、ちょっと高めの木に梯子を立てかけただけの即席の見張り台に上り、一夜城を攻めに来た名月陣営を睨みながら相談をしている。

 

一夜城は、遠目に見たら城っぽく見える砦モドキを作るのが精一杯だ。

敵が一夜で城ができたと勘違いさせ、右往左往している間に、砦モドキの防御設備を少しでも整える必要がある。

 

防御設備を整える前に襲い掛かるというのは、一見すると短絡的なように見えて、意外と効果的な一手であるのだ。

 

「一二三ちゃん、気が付いたら御屋形様を抹殺する策の片棒担がされていた……

 なんて事になったら、本気で絶縁するからね、その前に刺し違えてでも止めるからね」

 

湖衣が忘れずに釘を刺しておく。

かつて織田、武田、松平が結託し、今川義元を討つべく暗躍をしていた頃、彼女は名目上武田晴信に仕えていたものの、事実上は今川義元から送られてきた裏切り防止用の監視役として働いていた。

 

それが一二三に上手く騙され、今川義元を殺す手伝いをさせられ、気が付いた時には後戻りできない状況……後戻りしようものなら今川に裏切り者として抹殺される状況になっていたという、苦ぁ~い経験がある

 

ある意味では、今川義元が死亡する原因を作った戦犯である。

ある意味では、鞠にとっての親の仇の1人でもある。

それはこの世界での山本勘助であった。

 

騙された自分が悪い、裏切られた今川義元が悪いと思い、その時の事を根に持ってはいないが、それはそれとして二度も騙されて主君を討つのはご遠慮したいとも思っている。

 

「はっはっはっ、君ほどの知恵者に二度も同じ策が通じるなんて思っていないよ」

 

一二三は明るく笑い飛ばす。

『やらない』とは言っていない所がポイントであるし、後戻りができない場所に立たせるまで決して気づかせないのが一二三の怖い所だ。

 

「ああ、いつもの一二三ちゃんだなぁ……」

 

当然、湖衣は一二三が『やらない』とは言っていない事に気が付いている。

少しでも隙を見せれば当然のように色々仕込んで、色々仕掛けてくると確信している。

一二三と付き合うという事は、そういう事だと完璧に理解している。

 

同時に、湖衣だって隙あらば一二三をぎゃふんと言わせてやろうとも思っている。

だからこそ彼女は密偵であるにも関わらず、暇さえあれば兵法書や戦史を読み漁り、一二三や春日と戦略や戦術について議論を交わし、今では一流の軍師と呼んでも遜色無い程に知恵をつけている。

 

だからこそ騙し、騙され、時に殺し合った2人であるのに、それはそれとして2人は親友なのだ。

 

「てめーらそんな所でくっちゃべってる暇があったら手伝うでやがるっ!!

 

2人がそんな事をしている間、間近に迫っている敵を迎撃するべく、馬車馬の如く働いている夕霧がブチ切れた。

 

元より、一夜で城ができるなんて常識的にはありえない。

どこかで無理無茶無謀を強行しなければ、一夜城なんてものは成り立たない。

 

現状、一二三達が立て籠もる一夜城は、見た目だけは城っぽいが、その実態は無いよりマシ程度の砦モドキに他ならない。

つまり、1分1秒でも長く、1人でも多く迎撃の準備に時間や人手を割かなければ、普通に死ぬのが一夜城なのだ。

 

上手く理解できない方は、

高校の試験を一夜漬けで乗り切ろうとする学生をイメージして頂きたい。

 

それ故に、武田晴信の妹であり、武田の重鎮でもある典厩武田信繁といえど、過労死覚悟で不眠不休の労働を敢行しなければ一夜場は成り立たない。

 

「ふふ、だってさ、一二三ちゃん」

 

「ああ、全くもって可愛らしい妹君だよ」

 

詐欺同然の手法で、半ば無理矢理、本来関係の無い長尾の跡継ぎ問題に参戦する羽目になった夕霧を見る。

 

夕霧は誰よりも無関係な身の上であるにも関わらず、誰よりも汗と泥に塗れながら一夜城歓声に手を尽くしていた。

 

そんなちょっと間抜けな夕霧の事が、一二三も湖衣も好きだった。

 

「全く、裏切り難い妹君だよ」

 

「……一二三ちゃん?」

 

まるで晴信(光璃)や信廉(薫)は裏切りやすいかのような言い草である。

 

「いや、なんでもない、なんでもないともさ。

 それより、そろそろ敵が鉄砲の射程距離に入る、本格的に忙しくなるよ。

 何せ相手は……この一夜城の策を編み出し、実行した新田剣丞殿と、

 難攻不落の稲葉山城をたった7人で落城させた竹中半兵衛殿なのだから」

 

「……敵の先鋒が近づいてる、もうすぐ射程に入るよ」

 

「分かっているとも! 典厩様っ!!」

 

「とっくに並ばせてるでやがるっ!!」

 

夕霧の指示により、信虎から借りて来た兵と、夕霧の護衛に甲斐から連れて来た兵は弓矢を構えて壁の後ろに並んでいた。

 

「そっち方面は任せます! 私は裏側を見ています!

 剣丞殿なら絶対何かしかけてきますので! 湖衣は見張りを続行!」

 

「ぬかるんじゃねーでやがるよっ!」

 

「わ、分かったよ! 気を付けて一二三ちゃん!」

 

一二三が即席の見張り台から飛び降りて、あらかじめ用意しておいた抜け道へと走る。

 

時間と資材との兼ね合いもあり、一二三の一夜城には何か所か意図的に開けてある防御の穴が存在する。

新田剣丞ならば必ずその隙を突く筈だと信じて……

 

「全員構えいっ! 剣丞隊の弱卒共を1人残らず返り討ちにしてやるでやがるっ!」

 

「典厩様! もう少し……もう少し……今ぁっ!!」

 

「射てえええぇぇぇーーーっ!!」

 

夕霧の叫びと同時に、弓矢が空を横切り、鉄砲が発射される。

堀を超えようと走る剣丞隊の兵卒達が次々と倒れ伏す。

なお、情報流出の危険が高いのと、洒落にならない人数が死ぬ可能性が高いので、ドライゼ銃と四斤山砲、毒ガスの使用は両陣営ともに禁止されている。

 

今この瞬間、空と名月の後継者を巡る戦いが始まったのだ。

 

そして……

 

「マスク・ザ・斉藤殿、八咫烏隊は来てないので、プランAは無し。

 プランBを基本に行きますので、そのつもりで」

 

およそ戦国時代には似つかわしくない珍妙な仮面をつけた女性が、一二三が見張り台代わりに使っていた木の下で佇んでいた。

 

「……うまうー」

 

一二三の声を聞くと、自称マスクザ斎藤がびしっとサムズアップした。

驚くべき事に、日本語が通じていた。

 

彼女の正体とは……

 

……

 

…………

 

………………

 

「……第二陣に引き上げの合図を!」

 

詩乃の指示と同時に、陣太鼓の音が戦場に響く。

叩く回数や早さで、前進、後退、包囲、強行突破といった指示を伝えるためのものだ。

 

「2度の攻撃でも綻びず、か……想像以上の堅陣ですね」

 

「俺達が墨俣で築いたヤツよりも堅牢かもな」

 

「場所も立て籠もる人数もまるで違いますので、単純な比較は出来かねますが……

 そうですね、認識を改めます、単なる張り子の虎と思って戦えば大火傷は免れないと」

 

剣丞と詩乃がそびえ立つ一夜城を前に感嘆のため息を漏らす。

まだたった2回しか攻撃を加えていないものの、全力で城に立て籠もっている時の真田昌幸のしぶとさは、詩乃や剣丞の想像を超えていた。

 

『申し上げます、敵の陣地は一夜城を含めて6か所。

 その全てに武田信虎の旗があります』

 

そこに戦場を偵察し、信虎の動きを探っていた小波から句伝無量の声が伝わる。

 

「やはり、お得意の影武者戦法できましたか」

 

詩乃が独り言を呟くかのように応答する。

 

『5か所の陣のうち、4個所から部隊が出陣し、それぞれ別々に動いています。

 そのうち1つは、まもなく朧様の隊と交戦を開始します』

 

「残る1つは?」

 

『今の所動きがありません、おそらくは予備兵力かと』

 

「分かりました、動きのある4つの部隊……その中のうち、

 北条の隊と交戦していない3つを探ってください。

 おそらくその中に本物の信虎がいる筈です」

 

『動きのない1つではなくですか?』

 

「相手はまだ貴女の位置が掴めていません、動き回って探す必要があります。

 予備兵力として待機している隊や一夜城に立て籠もっている隊はもちろん、

 北条の隊との戦いで身動きが取れなくなる隊にも、本物の信虎はいません」

 

『分かりました、動きがある3つを探ります』

 

「気を付けてくださいね、貴女が一番危険な役割ですから。

 それと風魔小太郎さんの顔を決して忘れないように、作戦が瓦解しかねないので」

 

『ぜ、善処はします……』

 

微妙に自信がなさそうな小波の声が聞こえてくる。

この戦が始まる前に、過去何回も姫野の顔と名前を忘れていると聞かされているが、忘れたという事すら忘れてしまうためイマイチ実感が湧かないし、気を付けようにも対策も特に立てられないからだ。

 

……

 

…………

 

………………

 

「……ここはハズレか」

 

武田信虎の旗印をぎろりと睨みつけながら、朧はそう呟いた。

 

先程から彼女が指揮する隊と、信虎らしき人物が指揮する部隊とが正面からぶつかり合っているのだが、どうも攻め方が単調すぎるような気がするのだ。

 

それ故に朧は、眼前の部隊を指揮する者は、武田信虎本人ではなく、武田信虎のそっくりさんに過ぎないと判断した。

 

「小波さん、聞こえますか? こちらは朧です、現在交戦中の部隊は信虎の影武者です。

 他の信虎を調べてください」

 

『こちら小波です、立った今1人目の信虎を調べ終わりました。

 西の信虎は、全くの別人に同じ旗印と鎧を着せただけです』

 

「これで5人中2人……残りは3人か……残りを調べてください。

 こちらは目の前の敵を蹴散らします」

 

『承知!』

 

小波と朧の句伝無量の通信が途絶える。

 

同時に朧は小さくため息をついた。

 

「必要な事とは言え……」

 

名月は剣丞を殺そうとしている……その事に、朧はすぐに気づいていた。

 

名月が何も言わなくとも、名月が心から尊敬する長尾美空景虎を剣丞の嫁になる事無く、名月が空陣営に勝利する方法は他にあり得ないと思っていた。

だからこそ朧は、名月から何も聞く事無く、自らの判断で新田剣丞を殺そうとしていた。

最悪、自分が泥を被ろうと思っていた。

織田との関係悪化は避けられないが、長尾に親北条の当主(名月)を据え、しかも大きな大きな借りを作れる事を考えれば、そう悪い事にはならないと考えていた。

 

そしてそのための準備として、姫野に服部半蔵を殺すように命じていた。

 

味方を騙し、味方を殺す事に思う事はあるが……必要な事で、やむを得ない事と思っていた。

 

「申し上げます! 敵の新手が現れました、側面から攻撃を受けております!」

 

「何っ!?」

 

思案の渦中に入り込もうとしていた朧であったが、

部下からの悲鳴のような報告を聞き、我に返る。

 

「ここまで近づかれて……今まで一体どこを見ていた!?」

 

「お、音も無く近づいてきて……そ、それよりも御味方が圧されております! ご指示を!」

 

「左翼の救援を行います! 近衛は私に続きなさい!」

 

朧が自ら剣を抜き、敵の襲撃を受けている左翼へと駆けだした。

 

「なんと鮮やかな奇襲を……やるな信虎……」

 

朧が忌々しげに舌打ちをする。

そして思う……敵の指揮官はただ者ではないと。

 

音も無く現れた奇襲部隊の中心部には、これ見よがしに信虎の旗印が掲げられている。

 

「もしや奇襲隊の指揮官が本物の信虎か!?」

 

そんな事を考えた瞬間……

 

『朧さん、こちらは小波、現在2人目の信虎を……』

 

再び小波の句伝無量による声が……ぶつんっと不自然に途絶えた。

 

「始まったか!?」

 

それはつまり、本物の信虎の御家流『マグナム・シュート』の射程距離に入ったという事だ。

 

それはつまり、信虎との戦いに中で服部半蔵を討つ朧の計画が、風魔小太郎の手によって実行されるという事だ。

 

……

 

…………

 

………………

 

「……お姉ちゃん! 句伝無量が途絶えたよ!」

 

……とある場所でひたすら息を潜め、身を伏せていた八咫烏隊が臨戦態勢に移る。

 

その日は蒸し暑い日であった。

彼女達が待ち伏せをしている窪地は、風通しが悪く特に蒸し暑かった。

 

「………………」

 

八咫烏隊の隊長、鈴木孫一鳥重秀がこくんと頷き、静かに愛用の鳥銃を構え直した。

 

小波が『マグナム・シュート』の影響下に入ったら、

小波と姫野によって本物の信虎をおびき出し、

罠と伏兵が満載する殺し間へと招待する手はずになっているからだ。

 

「戦……戦が……始まる……」

 

こーほー……と、まるでダース・ベイダーのような不自然な呼吸音がする。

 

戦国時代のニホンでは不自然極まりないフルプレートアーマーの女が、僅かに震えながら大きな槍を……人間無骨を握りしめた。

 

「ねえ、お姉ちゃん、あの人……誰?」

 

ハッキリ言って滅茶苦茶浮いているフルプレートアーマーを指差しながら、雀が烏にひそひそ声で尋ねる。

 

烏は浮きまくるフルプレートアーマーの正体を知っているが……

 

「………………」

 

よっぽどの事が無いと喋らない、基本無口な烏は説明を放棄した。

 

「あの人、小夜叉ちゃんなの」

 

雀のひそひそ声を聞いていた鞠が、烏に代わりに質問に答えた。

 

「こ、小夜叉ちゃん!? ええっ! アレが小夜叉ちゃん!?」

 

雀が伏兵として隠密行動中であるにも関わらず、びっくり仰天する。

微妙に緊張感が無いのは、八咫烏隊の平常運転である。

 

「……こく」

 

烏も一回頷いて、鞠の回答が正しいと伝える。

 

「だって、だって……ええ~……」

 

雀はただただ困惑するばかりだ。

 

何せ今までずっと、小夜叉は『ぬののふく』よりも防御力が無さそうな、肌を大きく露出した格好で戦場に立っていた。

それが今は、肌の露出が100%存在しない、ブ厚い鉄板の塊に身を包んでいるのだ。

 

雀の驚きと戸惑いはいかほどのものであろうか。

 

「でも、何で急に……?」

 

「鞠にも良く分からないけど、九十郎に作ってもらったって言ってたの」

 

「九十郎さんって何者なのかな?」

 

「……凄い人なの」

 

ちょっと遠い目をしながら、鞠はそう呟いた。

 

神道無念流の使い手の剣豪であり、前代未聞の連発銃『ドライゼ銃』を完成させ、用心棒代を払えなかった鞠が悪いとはいえ、用心棒代の代わりにと鞠を強姦しようとしたと思えば、サイン1枚であっさりと引き下がり、挙句に自分の身柄を剣丞に丸投げし、

襲い来る三河侍達を惨殺して帰っていった人物……鞠にとって、斎藤九十郎は何とも表現し難いヘンテコな人物なのだ。

 

「(やべぇ……足が震えて、止まらねぇ……)」

 

鉄の鎧の中で、小夜叉は震えていた。

男の視線が怖い、セックスが怖いからと、九十郎に頼んで頑丈な鎧を用意してもらった。

だがしかし、フルプレートアーマーを着込んだ程度では、小夜叉の恐怖心は大人しくなってくれなかった。

 

「(やべぇ……怖ぇ……)」

 

人間無骨が嫌に頼りなく思えた。

全身を守る鉄の板が嫌に頼りなく思えた。

 

負けるかもしれない、倒されるかもしれない、犯されるかもしれない……あの時の桐琴のように、腹が破裂して死ぬかもしれない。

あの時の自分のように、セックスの気持ち良さに負けて、気が狂ってしまうかもしれない。

 

そう思うと、小夜叉は怖くて怖くて堪らなかった。

 

「(こ、こんなんで……戦えるのかよ……オレは……オレは……)」

 

桐琴がこの場にいれば、甘ったれるなと小夜叉の萎えた心を叩き直しただろう。

剣丞がこの場にいれば、大丈夫だと震える小夜叉に寄り添っただろう。

 

だがしかし、小夜叉の傍には桐琴も剣丞もいなかった。

 

「大丈夫ですの?」

 

そんな小夜叉を心配し、声をかける者が1人だけいた。

蒲生氏郷・通称梅……お互いがお互いを気に入らないと思いつつも、なんやかんやで一緒にいる事が多い相手であった。

 

「……なんでもねえ」

 

小夜叉は短く答える。

他に何か喋ろうとしたら、ボロが出てしまうような気がしたからだ。

 

命知らずの森一家の頭領が、戦が怖くて、強姦されるのが怖くて、非常識な程に頑丈な鎧を用意してもらったなんて知られたくなかった……特に梅には。

 

「前の恰好は軽装過ぎと思いましたけれど……なんで急にそんな……ええっと……」

 

「……フルプレート」

 

「そう、そのふるぷれいとを使うのですの? 驚きましたわ」

 

戦国時代で1人だけフルプレートアーマーというのは普通に目立つ、そして浮く。

梅はある意味当然の疑問を、割とストレートに尋ねてきた。

 

「………………」

 

小夜叉は無言のまま考え込む。

周囲の者がこちらの会話に意識を傾けているのが分かった。

たぶん、よっぽど小声で話さないと周囲に漏れて、その上拡散すると思った。

 

「てめえに話す必要ねえだろ」

 

だから小夜叉は回答を拒否し、そのまま話を打ち切った。

 

梅は心配そうにそっぽを向いた小夜叉を見つめ……

 

「……その鎧、熱くありませんの?」

 

そう呟いた。

 

その日は蒸し暑い日であった。

彼女達が待ち伏せをしている窪地は、風通しが悪く特に蒸し暑かった。

 

……

 

…………

 

………………

 

一方その頃、一二三の一夜城を一刻も早く叩き潰すべく、剣丞達は戦いを続けていた。

 

智将竹中半兵衛の指揮のもと、剣丞達は巧みに部隊を動かし戦いを続けていたが……それでもなお、全力で籠城する真田昌幸は手強い相手であった。

 

「公方様! 御家流をお願いします! あの砦に信虎はいません!」

 

そして小波の句伝無量が不自然に途切れた次の瞬間、詩乃が叫んだ。

 

小波の御家流が途絶えたという事は、小波が信虎の『マグナム・シュート』の射程内に入ったという事だ。

そして句伝無量が途絶えた時の小波の位置から逆算すれば、少なくとも一夜城には本物の信虎がいる可能性は排除できる。

 

詩乃の判断は早かった。

 

「須弥山の周囲に四大州、その周囲に九山八海。 上は色界、下は風鈴までを一世界……」

 

一葉が精神を集中させ詠唱を開始する。

一葉の氣が研ぎ澄まされ、周囲に並行世界から呼び集められた無数の名刀が浮かんでいく。

 

一夜で作った砦モドキ等、簡単に粉砕する一葉の御家流『三千世界』が今……

 

 

 

 

 

「三・千・世界ぃっ!!」

 

「三昧耶曼荼羅あああぁぁぁーーーっ!!」

 

 

 

 

 

……炸裂しなかった。

 

ある人物の御家流によって呼びつけられた護法五神が、

文字通りその身を楯にして、その身をズタズタに引き裂かれながらも、一葉が飛ばした名刀を受け止めた。

 

……微妙にバチが当たりそうな使い方であるが、いつもの事である。

 

「……あの御家流は!? 馬鹿なっ! あいつがこの戦に参加している筈が無い!」

 

あり得ない光景に驚き慌てる一葉の前に、珍妙な仮面をつけた女性がゆっくりと歩み出た。

 

「ただの斉藤よ」

 

渦中の人物はしれっとそう言うと、腰に佩く剣をゆっくりと抜いた。

 

「信虎様の居場所が割れたら、三千世界が飛んでくるなんて決まり切っている。

 当然、対策は立てているとも」

 

「それで長尾景虎を持ち出す所が一二三ちゃんだよね……」

 

そんなカオス極まりない光景を見下ろしながら、一二三がふふんっと胸を張り、湖衣はやれやれとため息をつき……

 

「何考えてるてるでやがるかぁっ!! 一二三いいいぃぃぃーーーっ!!」

 

……基本常識人な夕霧が喉も枯れ果てんばかりにツッコミを入れた。

 

使える物は長尾景虎であろうと迷わず使うのが一二三流。

それは湖衣と夕霧にも、雫にも、あろう事か九十郎にすら内緒で用意した切り札である。

 

「はりゃほれうまうー!」

 

「何だかわからんがぁっ!!」

 

頭を抱える夕霧と、ふふんっと鼻を鳴らして胸を張る一二三の眼前で、自称斎藤と征夷大将軍の一騎討ちが始まろうとしていた。

 


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