「はぁ……」
姫野がクソでかいため息をついた。
「最っ悪だし……」
姫野は1人静かに頭を抱えていた。
これから北条の堅物武士こと北条朧綱成と会わなくてはいけない。
しかし、どんな顔で会えば良いのかがまるで分からない。
もうじき始まる……それこそ、明日か明後日の夜明けには始まりそうな、空と名月による越後の後継者を決める大戦に備え、姫野は朧から地勢の確認、戦場になりうる地点に罠の設置、情報収集、偽情報による錯乱等を命じられた。
……が、しかし、姫野の任務は当初の見通しの半分程度しか達成できていなかった。
ただでさえ兵力差の面で不利だというのに、裏工作まで遅れをとってしまっては、本気で名月陣営の勝ち目が薄くなってしまう。
それ故に、姫野は朧や名月にどんな顔で報告に向かえば良いのか分からなかった。
「……全部小波が悪いし」
とぼとぼと歩き、朧のいる場所に向かいながら、姫野は小波に対する恨み言を呟いた。
「小波が何度も何度も姫野の事を忘れるせいで、その度に段取りが狂わされたし。
段蔵もあの日から全然見つからないし」
姫野は思い出す。
小波が数えるのも面倒になる回数、自分の事を忘れやがった事を。
忘れた回数だけ後でブン殴ると誓った事を。
そして忘れた回数だけ、剣丞に頭を撫でて貰った事を……
「まあ、満更悪い事ばっかりじゃなかったけど……」
姫野は心に誓った。
小波が自分を忘れた回数だけ、後でデコピンすると。
少なくとも、新田剣丞に出会うきっかけを作った事に関してだけは、姫野は小波に感謝してやっても良い気分であった。
「それにしても、どうして朧様は小波と一緒に行動しろなんて言ったんだろ。
姫野と小波が一緒に行動する事に何の意味が……」
そんな事を考えながら、姫野は朧と名月が待つ陣幕へ入り……
「この戦で、新田剣丞を殺す」
そう告げられて。
「貴女の次の任務は、服部半蔵を抹殺する事だ」
そう命じられて。
「これまで常に行動を共にしてきた。 今なら、如何様にも始末できるだろう」
そう教えられた。
……
…………
………………
「やはり、服部半蔵殿が勝負のキモになるね」
「ええ。そうですね」
一二三と雫が頷き合った。
「どう考えても厄介極まりない、あの口伝無量とかいう御家流は」
「伝令が不要になり、途中で討ち取られる危険や、寝返る危険も無く、
伝達内容が敵に知られる危険も無い。
しかも報告も命令伝達も瞬時に行われ、伝達にかかる時間の分だけ、
常に先手を取る事ができる……本当に、敵に回したくない能力ですね」
「こんな恐ろしい能力を軽々しく剣丞隊に貸した松平殿は阿呆だね、ア・ホ。
私ならずっと監禁して一生外には出さないよ」
一二三がしれっと恐ろしい事を言う。
今日も彼女は平常運転であった。
「しかも本人は手練れの密偵という事も厄介ですね。
それに連発はきかないとはいえ、絶大な破壊力を持つ御家流……手札が多い……」
「そうかい? そこはむしろ短所だと思うよ。
奥で引きこもられるより、外に歩き回ってくれた方が仕留めやすいじゃないか」
「なるほど、それも一理ですね」
「そうだろう、そうだろう」
雫と一二三がうんうんと頷き合う。
正道、王道の思考を基本とする雫と、
24時間365日死ぬまで他人を欺く方法を考えている捻くれ者の一二三では、考える事が真逆になる事が頻繁にある。
それ故に彼女達は互いを師とし、互いを教材とし、互いの思考を示し合い、自らの策を研磨しているのだ。
「……愛菜、分かるか?」
一方、戦の当事者の1人である九十郎はイマイチ話について行けず、自分とは1周りも2周りも年下の幼女に助言を求めていた。
「つまり、小夜叉殿をどうにかしなければ、戦の主導権を奪われ続けるという事ですぞ」
九十郎はそうなのか……という視線を雫に向ける。
「ええ、その通りです。 我彼の兵力差はおおよそ2倍、たった2倍です。
しかし戦の主導権を握られるという事は、
いつ、どこで戦いを始めるのかを支配されるという事。
たった2倍の兵力差で、主導権を握られる不利をひっくり返すのは困難ですね。
何せ相手は……あの竹中半兵衛ですから」
愛菜がどやっと言いながら平坦な胸を張った。
九十郎はちょっと悔しそうにぐぬぬ……と唸った。
情けない男である。
「ふふっ、その歳にしては聡明な娘じゃないか。 これはうかうかしていられないかな?
それじゃあ今度は私から質問だ、
厄介な服部半蔵殿に早急にお引き取り願うにはどうすれば良いか?」
愛菜は少しも迷わず回答する。
「当然、信虎殿の御家流『まぐなむしゅうと』を使うのですぞ!
空様と信虎様の影武者を使って敵を攪乱し、
調べに来たところを……どーんっ! とやっつけてしまうのです」
そんな愛菜の回答を、一二三はにこにこと笑いながら聞いていた。
愛菜はまだ知らないが、彼女がにこにこと愛想良く笑っている時は、大抵ロクでもない事を企んでいる時である。
……
…………
………………
「……と、雫は考えているでしょうから、小波を撒き餌に使います」
一方、剣丞隊の知恵者、竹中半兵衛は雫の思惑を読み切り、逆に利用する策を立てていた。
詩乃は正しく雫の思考を、策を読み切っていた。
空と信虎の影武者を使い、小波をおびき寄せ、射程距離に入った所でマグナム・シュートを使い、句伝無量を封じる策であった。
もっとも、捻くれ者の一二三はそれとは全然別の策を考えていたのだが……詩乃や剣丞がその事に気がつくのはもっと後の事である。
「それは……危険じゃないのか?」
その言葉を聞いた時、剣丞はまず難色を示した。
「剣丞様には危険を冒さずに2倍以上の数の差を巻き返し、
勝利を収める策があるのですか。
大変素晴らしいですね、是非とも菲才で浅学な私に教えていただきたいものです」
「今回は対案がある訳じゃないよ、あまり虐めないでくれ」
城攻めだったら自分が侵入すると言い出しかねない男がお手上げのポーズをとる。
「安心しました。 剣丞様ですから、
自分が単騎で突撃して空さんを討ち取ると言うかもしれないと思っていましたから。」
「俺はそこまで向こう見ずじゃないよ」
詩乃はどの口が……と、言いかけたが、やめた。
必要だと思ったら1人でも突っ走る性格だからこそ、かつて詩乃は危うい所を助けられたのであるし、詩乃はそんな剣丞が好きになったのだから。
「もう少し説明をします。
兵力差のある戦で勝利を収めるには、まず戦の主導権を握らなければなりません」
「敵の戦力は分散させ、こちらの戦力は集中させるべし……だな」
「今川義元公は決して愚将ではなく、暗君でもありません。
田楽狭間の地では大軍を長細くさせねば進めない場所……つまり地の利があった。
戦が始まる寸前、土砂降りがあり兵の足音、馬の嘶きが消えたため、
奇襲に気づくのが遅れた……つまり天の時があった。
そして一見無謀極まりない奇襲戦法を聞かされたにも関わらず、
織田の将兵は怯えるどころか、奮え立った……つまり人の和があった。
天の時、地の利、人の和の全てを味方につけたからこそ、
久遠様は義元公を打ち破る事ができたのです。
戦の主導権を握るという事は、天の時、地の利、
そして人の和を味方につける上で必要不可欠と言っても過言ではありません」
興が乗った詩乃が早口で自らの所見をまくしたてる。
九十郎なら3秒でギブアップするような話題でも、剣丞はしっかりとついていく事ができている。
元より頭のデキが桁違いなのだ、剣丞と九十郎では。
「そうなると、やっぱり怖いのはマグナム・シュートを使う武田信虎さんだよな」
剣丞はかつて(第55話と第67話)、信虎の御家流を見た事がある。
御家流を受け止め、掴み、投げ返す能力は、御家流を使う者の天敵と言っても過言ではない。
句伝無量というこちらの強みを殺す事も容易であるし、菩薩掌で対抗する事も困難であろう。
まさしく武田信虎は、服部半蔵の天敵であるのだ。
「でも、本人はそこまで強くないんだ、上手く綾那をぶつける事ができれば……」
「それは困難でしょう。 武田信虎は重要な戦では必ず影武者を使います。
複数の影武者に翻弄され、攻撃の的を絞れずに混乱する敵を、
武田の騎馬軍団で素早く的確に蹂躙していくのが信虎の定石です。
やみくもに攻撃をすれば自ら罠に嵌りに行くようなものです」
詩乃は右手の5本の指を立て、左手で1本ずつ折り曲げていく。
右手の5本の指が、影武者に翻弄され、分散した敵、左手が分散した敵を1つずつ潰して回る武田信虎を表現している。
敵の戦力は分散させ、自らは戦力を集中させて戦うのが、武田信虎お得意の影武者殺法のキモである。
「でも、信虎さんは甲斐を追われているから、武田の騎馬軍団を使えないんじゃないのか?」
「いいえ、信虎率いる第七騎兵団は長尾の精鋭中の精鋭です。
数は少ないですが、練度はあの赤備えにも匹敵するかもしれません。
過小評価は自殺と同じです」
「だから小波を囮に使う……か……」
剣丞は思う。
女の子を囮に使うなんて間違っていると。
その正しい考えこそ新田剣丞の美点であり、オーディンが自らの計画の要とした理由でもあり、虎松達が『デトックスされた北郷一刀』と蛇蝎のように嫌う原因でもある。
「やらせてください、御主人様」
そんな剣丞の迷いを感じ取り、小波は堂々とそう言い放った。
自分の事はどうなっても良い、自分の身にどんな危険が迫っても構わない、愛する男性であり、誇りに思う主君でもある新田剣丞の役に立つ事が重要なのだと。
そんな小波の心中を察し……剣丞と姫野はずきんと胸を痛めた。
「これは殺し合うための戦じゃない……
でも、互いの誇りと信念を賭けて、本物の武器を使ってやる戦なんだ。
一歩間違えれば死ぬかもしれない」
「そんな事は百も承知です」
小波は少しも迷わずにそう答えた。
小波は本心から、剣丞のために死ねるなら本望だと思っていた。
剣丞と姫野は、ずきんと胸を痛めた。
剣丞は何かを言おうとして……やめた。
同じ事を二度も三度も言った所で、小波の決意は変わらないだろうし、それはむしろ、小波の決意を侮辱する事に他ならないと感じたからだ。
「まあ、小波は姫野が守ってやるし、心配すんなだし」
姫野は笑みを浮かべながらそう告げる。
しかし、内心は罪悪感で一杯であった。
何を白々しい事をと、自分で自分が嫌いになりそうだった。
「いえ、見ず知らずの方にそこまでしてもらう訳には……」
小波は本心からそう答えた。
小波はまたもや姫野の事を完全に忘却していた。
「見てるし知ってるしぃっ!! お前が忘れてるだけだしぃっ!!」
「ところで、何故貴女はしれっと剣丞隊の軍議に参加しているのですか?」
「剣丞に呼ばれたからだしぃっ! 次の戦でお前と一緒に行動するからだしぃ!」
「い、一緒に行動……一体何故……?」
「姫野が風魔小太郎だからだしっ!」
「風魔小太郎!? あの有名な!?」
「その有名な風魔小太郎の事をお前は忘れすぎだしぃっ!!」
姫野は一瞬、今すぐこの場でブチ殺してやろうかと思った。
そう思った瞬間……朧から小波と剣丞の抹殺を厳命された事を思い出した。
思い出して、胸に槍でも刺さったかのような鋭い痛みを感じた。
「……命を粗末にすんなだし」
姫野は思わず小波にそう告げた。
この言葉を告げた瞬間、頭がぐしゃぐしゃになるような強い自己嫌悪に襲われた。
「風魔忍軍の半数以上を費やし、戦場になりうる場所に罠を仕込みました」
「色々大変だったし、主にコイツが姫野の事を頻繁に忘れるせいで」
加藤段蔵に精鋭10人が一気に喰い殺された事は華麗にスルーする。
アレに言及すると姫野の家族の話とか、段蔵の正体の話とか、どこまでもどこまでも話が脱線しかねない。
「前から気になってたんだが、軍勢同士の戦いで罠なんて使えるのか?」
「1つや2つでは焼け石に水でしょう。
しかしちょっとした罠も100重ねれば前線に混乱をもたらす事も可能です」
「だけど、100以上の罠を仕込むなんて、そう簡単な事じゃないだろう。
相手がこっちの想定と外れた動きをしたら……」
「武田信虎は小波の天敵です。 しかしそれは裏を返せば、小波を無力化するためには、
武田信虎が直接動かねばならない事でもあります」
「逃げ方を少し工夫すれば、罠満載の死地におびき出せるって事だし」
「罠に警戒して小波を無視するならば、句伝無量の能力で場を引っ搔き回すだけです。
どちらを選んでも、有利に立ち回れます」
詩乃は右手で5本の指を開き、左手で指の1本を折り曲げようとした瞬間に5本の指を束ねた。
分散した味方を叩こうとした瞬間に、戦力を集中させて信虎を討つ……小波の口伝無量をフル活用すれば、それが可能になる。
信虎を喪った混乱に乗じ、空を料理する。
それが現段階における詩乃のプランである。
この時、詩乃には自信があった。
雫の思惑を読み切り、その上で勝利を掴む自信があった。
少なくともこの時まで、詩乃の頭の中に一二三の存在は無かった。
「……姫野、何か表情が暗くないか?」
一方、姫野の表情は暗かった。
その事に、剣丞は気がついた。
「え? い、いや何でもないから。 ちょっと緊張してるだけだし」
姫野はびくっと肩を震わせ、慌てて剣丞から距離と取る。
明らかに不自然な挙動であった。
「大丈夫なのか? 何か悩み事があったら聞くよ。
期間限定だけど、今は味方なんだからさ。 姫野に元気が無いと、やっぱり心配になるよ」
剣丞は純粋に姫野を心配する。
純粋だからこそ、姫野の心に突き刺さる。
良心の呵責が姫野を襲う。
「な……なんでも、ないし……別にどうという事もないから……」
言えなかった。
名月は剣丞を殺そうとしているなんて・
言えなかった。
自分は小波を殺せと命令されているなんて。
言えなかった。
仕込んだ罠には小波も知らない物が何個か存在していて、
それを利用して小波を殺すつもりだなんて。
言えなかった。
本当は小波も剣丞も殺したくない、死んでほしくないと思っているなんて。
「……ところで、この間運び込まれた時は、右腕が無くなってたよな?
どうして今は元通りになってるんだ?」
剣丞がひそひそ声で姫野に尋ねる。
「元通りじゃないし、義手作って着けてるだけだし」
「義手!? これがか!?」
驚愕の事実を伝えられ、剣丞が思わず姫野の右腕を二度見した。
どこにも繋ぎ目は見えないし、普通に動いていた。
それどころか、血管や神経まで通っているとしか思えない程に精巧な義手だったからだ。
それは言われなければ絶対に気づけない……いや、言われても全く分からないような、精巧すぎる義手であった。
「その辺で犬とか鳥とか熊とか捕まえてきて、解体(バラ)して繋いで作った義手だし。
風魔に伝わる秘術なんだから、軽々しく他人には喋らないでよ」
「まるでオーパーツだな……」
実は脳と脊髄を除いた肉体の全てが、同じ要領で作ったオーパーツの集合体なのだが……姫野はそれも言い出せなかった。
言えば化物のように見られてしまうかもと思うと、怖かった。
それこそ、あの加藤段蔵のように……そう思うと、怖くて仕方がたなかった。
「(剣丞……)」
心の中で剣丞の名を呼ぶと、胸がきゅ~っと締め付けられるような感覚がした。
……
…………
………………
「お、お、おお……お頭ぁ~っ!!」
「た、た、大変ですーっ! い、一大事ですよぉーっ!!」
翌日の早朝、寝起きの剣丞の元に血相変えた様子のひよ子と転子が駆けこんできた。
「どうしたんだ?」
既に目を覚まし、戦支度をしていた剣丞が、少しも顔色を変えずにそう尋ねる。
あの小寺官兵衛が……今孔明と畏れられる詩乃が才能を認める程の知恵者が敵に回っているのだ。
想定外の事態の1つや2つ、当然のように起きるだろうと覚悟していた。
しかし……
「一夜城ですよぉっ!」
「昨日まで何もなかった場所に砦ができてるんですっ!!」
「何だって!?」
剣丞の想像とは違い、ひよ子達をあっと言わせた知恵者は雫では無い……
……
…………
………………
「今日は蒸し暑い日になるね、湖衣」
空模様を眺めながら、一二三が言った。
「本格的に熱くなったら、体力保つかなぁ。 ただでさえ徹夜作業の直後なのに……」
「あらかじめ作っておいた砦の部品を川に流し、下流で組み立てるか……
実際にやってみるまでは半信半疑だったけれど、
これは中々使える策じゃあないか。 色々と応用も効きそうだねえ」
かつて剣丞やひよ子が使った策を丸々パクった少女が、一晩で組み上げた即席の砦でほくそ笑む。
彼女……武藤一二三昌幸は、仮にも武田に与する者が、長尾の後継者争いに大っぴらに参戦するのは如何なものかという政治的配慮故に、猫耳カチューシャと深緑色のゴシックロリータファッションの服をまとい、通りすがりの火焔猫燐という事にしているのだが、既にその珍妙な恰好にツッコミを入れる者は誰もいない。
粉雪は通りすがりの霧雨魔理沙、柘榴は通りすがりの紅美鈴、一二三は通りすがりの火焔猫燐……それはまるで戦国時代で東方コスプレ大会が開かれたかのような光景である。
「さあ典厩様、それに湖衣、そろそろ向こうもこの砦に気づく頃……
ここで少しでも長く持ちこたえようじゃないか」
「……巻き込まれたでやがる。
よりにもよって越後の後継者争いにガッツリと巻き込まれたでやがる。
姉上にどう説明すりゃ良いでやがるか」
「こうやって気づいたら後戻りできない状況にまで連れて来られた時、
ああ、いつもの一二三ちゃんだなあって思いますよ。 桶狭間の時も……
気がついたら義元公を討ち取る手伝いをさせられていた時もこんな感じだったなぁ……」
しかもある目的のために越後に来ていた夕霧と湖衣も思い切り巻き込んでいた。
政治的配慮故に、夕霧は水橋パルスィ、湖衣は霊烏路空の恰好をさせられているが、今の2人にはそれにツッコミを入れる気力すら残っていない。
「真田一族は築城と籠城が得意中の得意なんだよ。
一晩で組んだ砦であろうとも、十二分に戦えるって所を教えてあげよう」
彼女の名は武藤昌幸……武田の眼と畏れられ、後の世で発売された歴史ゲームでは『統率97 武勇76 知略98 政治91』になっている、下手をすれば武田信玄よりも危険で、下手をすれば真田幸村よりも色々やらかし、下手をすれば黒田官兵衛以上の警戒が必要な智将にして謀将である。
それと同時に、使えるモノなら主君でも使い、王道、正道に全力で背を向ける捻くれ者でもあった。
武田晴信のように理詰めで戦をするタイプではなく、長尾景虎のように頭を空っぽにして突っ走るタイプであった。
基本、王道、正道に重きを置く詩乃や雫では決して思考を読むことが出来ない者であった。
「私に全軍を差し向ければ、先代様が背後を襲う。 私を無視して戦えば、私が背後を襲う。
軍を分け、私と先代様と同時に戦えば各個撃破される。 さあ、どうするかな?」
空と名月陣営による、越後の後継者の座を賭けた戦は、武藤一二三昌幸が一晩で砦を築くという奇策を用い、戦の主導権を握る事で始まった。
「一二三ちゃん、敵が近づいているみたい」
「想定よりだいぶ早い……やるね今孔明。 数と率いる者は?」
「数は800……率いているのは……
竹中半兵衛と、木下藤吉郎、それと蜂須賀小六も来てる」
「八咫烏は?」
「来てない」
「来てない? おかしいな、どこに……まあ、考えるのは後か、典厩様!」
「ええい! こうなりゃヤケでやがる!
総員作業止め! 敵が近づいてるでやがる! 配置につくでやがるっ!!」
……今、空と名月による、長尾景虎の跡継ぎの座を巡る戦いが始まろうとしていた。
その日の越後は、とてもとても蒸し暑い日であった。