戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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犬子と柘榴と九十郎第94話『死闘』

「……呑牛の術」

 

肉塊が能力を発現させた瞬間、空間そのものが飲み込まれた。

 

「姫野ぉっ!!」

 

咄嗟に小波が姫野を抱きかかえ、真横に飛ぶ。

紙一重で姫野がいた場所が段蔵に喰われた。

 

「なっ、何よ今のは!?」

 

「幻術です! 人間を喰う奴の触手が、幻術で隠されていたのです!」

 

「見えない触手って事!? 何てインチキだし!?」

 

「迂闊ですよ! あんな奇妙な怪物に正面から無策で挑むなんて!」

 

「小波には関係ねーしっ! 黙ってろだしっ!!」

 

姫野が小波をきキッと睨み返す。

 

そんな2人の様子を、段蔵は興味深そうに眺めていた。

 

「へぇ……へぇ! へぇ! へぇっ!! 今のを見切りますか!?

 しかも幻術と気づきますかぁ!?

 見破られる前提で組んだ小手調べの術では無くて、本気の本気の呑牛の術を!?

 貴女テレパスですねぇっ!!」

 

「てれ……ぱす……?」

 

「他人の思念を読み! 他人に思念を読ませる能力!

 声を発さずに声を届け、遠く離れた者の声を聞く能力!

 そして幻術や催眠、読心への耐性があるのがテレパスでしょうに!」

 

小波には思い当たる節が何個もあった。

幼い頃に、気がつけば使えるようになっていた口伝無量は、まさしく声を発さず、遠く離れた者に声を届ける能力であるし、小波は他の者より、幻術の類を受けにくい体質であった。

 

「呑牛の術ぅっ!!」

 

段蔵がもう一度、呑牛の術で不可視になった触手を伸ばす。

今度は1本ではなく、3本同時に……1本は姫野が立っている場所に真っすぐ伸び、残りの2本は姫野が避けそうな方向に向かって回り込むように伸びた。

 

「姫野! 危ない!!」

 

小波が姫野を押し倒すように伏せさせる。

2人の頭上数cmの所を、段蔵の触手が掠めていった。

 

「見えてますね! 見えてますねぇ! 本気の呑牛の術で隠した某の触手をぉっ!!

 やはり貴女はテレパスだ! 某の呑牛の術を身切れるが故にぃっ!!」

 

狂喜、狂喜、狂乱の笑みが浮かぶ。

 

口惜しさを滲ませながら、姫野が肉塊の攻撃痕に視線を移す。

空気も、水も、草木も、岩も、地面すらも、まるで空間そのものを、一切合切を残らず呑み込んだとすら思うその強烈な光景は、姫野を戦慄させるに十分なものである。

 

そして反省し、自戒する……頭に血が上ってしまったと。

 

「(手持ちの武器じゃ殺せない。 けど、ここで逃がしたら次に会えるか分からない……

 そうだ、越後の後継者争うで使うつもりで仕込んだ罠。

 あれに上手く巻き込む事ができれば、あるいは……)」

 

姫野がじりじりと後退を始める。

逃げ切ってはいけない、怪しまれてもいけない、できるだけ自然に、できるだけ疑われずに、罠を仕込んだ場所まで誘導しなければならない。

 

「(小波、一昨日仕込んだ、丸太の罠までコイツ誘導するし)」

 

「(崖の上から丸太が落ちてくるアレですね。 固定用の縄はどうやって切ります?)」

 

「(姫野が引き付けるから、小波が……って、何でそれは覚えてて姫野の事は忘れるし)」

 

「(……なんの話ですか?)」

 

「(別に良いし、こんな時に蒸し返した姫野が悪かったし。

 とにかく、姫野が引き付けるから、小波は適当な所で別行動。

 姫野の合図と同時に丸太を落とすし)」

 

「(分かりました、ご武運を)」

 

口伝無量で作戦を伝え合い、小波と姫野が行動を開始しようとした瞬間。

 

「今……何かを伝えましたね?」

 

姫野と小波の表情は動かない。

図星を言い当てられ、心臓が掴まれたかのような思いであったが、その程度で表情を変えるような動揺はしない。

 

しかし、段蔵は構わず話を続ける。

 

「大方、斬っても突いても傷つかない某を殺す算段でもしていたのでしょう?

 それとも逃げ出す算段ですか?

 憎い憎い家族の仇、部下を惨たらしく喰い殺した怪物を放っておいて逃げ出す算段……

 それはあんまり無さそうですねぇ。

 いずれにせよ、視線の動きを追っていれば、おおよそ検討はつきますよ。

 何せ某、加藤段蔵であるが故に、こう見えて凄腕の忍者であるが故に」

 

うじゅるうじゅると気色の悪い触腕を蠢かせながら段蔵は自慢げに語る。

 

「何が忍者よ、化物じゃない」

 

「おやおやぁ、化物が忍者をやってはいけないルールでも?」

 

「一緒にされたくないだけだしっ!!」

 

姫野が目潰し用に持ち歩いていた砂塵入りの紙袋を投げつける。

風魔忍軍に伝わる特別な折り方で作られている袋は、力一杯投げつけると、空中で分解して、袋の中身を広範囲にばら撒ける構造だ。

 

「効きゃしませんよこんな物ぉっ! 某は忍者で化物であるが故に!

 化外の存在であるが故にいいいぃぃぃーーーっ!!」

 

しかし、当然のように段蔵には通じず、距離を取ろうとする姫野達を猛追する。

 

同時に呑牛の術により不可視となった触手を伸ばし、小波と姫野を貫き、貪り喰おうと試みるも、服部半蔵と風魔小太郎は流石に素早く、するりするりと曲芸のように回避し続けていた。

 

「ええぃ! 大人しく某の晩御飯になりなさいっ!」

 

「断るっ!」

 

「冗談じゃねーしっ!!」

 

小波と姫野が手裏剣を投げ、次々と段蔵に突き刺さる。

大したダメージにならないのは承知の上だが、2人の本当の狙いから目を逸らす狙いもあるので、反撃の手は一切休めない。

 

「なんて往生際の悪いっ!!」

 

触手を伸ばす、姫野が躱す。

触手を伸ばす、小波が躱す。

触手を伸ばす、姫野が躱す。

触手を伸ばす、小波が躱す。

触手を伸ばす、姫野が躱す。

触手を伸ばす、小波が躱す。

 

綱渡りのようなギリギリの逃走劇が延々と続いていく。

そして中々捕まえられない事に、段蔵が苛立ち始めた頃……

 

「今だぁっ!!」

 

「なっ!?」

 

段蔵の見ただけでSAN値が削れそうな醜悪な肉体が宙に浮かぶ。

この場所に仕込んでいたネットが、木々のしなりを利用して、段蔵を持ち上げたのだ。

 

そして当然……

 

「この辺り?」

 

「ええ、そこです」

 

……当然、段蔵を宙刷りにしただけでは終わらない。

 

「そこが一番! 拳を叩き込みやすい角度!」

 

宙刷りになった段蔵に、山吹色に輝く超常の拳……

小波のもう一個の御家流『妙見菩薩掌』が叩き込まれる。

 

「うぎゃあああぁぁぁぁーーーーっ!!」

 

天から降ってくる小波の氣で寝られた巨大な拳が直撃、そのまま段蔵をサンドイッチの具のように地面に叩きつける。

 

ぶしゃぁ! と鼻が曲がりそうな程の腐乱臭がまき散らされ、段蔵の身体が水風船のように弾けた。

 

「やったか?」

 

微妙にフラグ臭い台詞と共に、姫野が身構え、菩薩掌に圧し潰された肉塊を覗き込む。

すると……

 

「く……うぐぅ……」

 

段蔵が立ち上がった。

ただし、見ただけでSAN値が削れそうな醜悪な肉塊ではなく、昼に幻術を使った大道芸を披露した細身の女性の姿であった。

 

「ぜぇ……はぁ……て、テレパスでは、無かった……?

 超能力は、1人1つの筈……な、なのに……」

 

段蔵はぶるぶると震えながら、両肩を大きく上下させ……

 

「ごふっ」

 

ドス黒い血の塊を吐いた。

小波の御家流が、段蔵に決して無視できないダメージを与えていた。

 

「(小波、もう一発いけるし?)」

 

「(すみません、この能力は連発が利きません)」

 

「(残念……でも上出来だし、初めて小波を連れて来て良かったって思ったし)」

 

句伝無量でしれっと酷い台詞を吐くと、姫野は距離を取ったまま再度手裏剣を投げつける。

 

「きょ、恐怖を呷る姿に変わったのは……よ、より美味しく食べられるが故に……」

 

段蔵の身体に手裏剣が突き刺さる。

傷口から、何か月も放置して腐乱した魚のペーストのような、怖気と吐き気がする黒い体液がどろりと流れ落ちる。

 

「良し、今度は効いてるし! 小波、一気に畳みかけるし!」

 

「はい!」

 

不用意に接近しすぎないよう警戒しつつも、小波が苦無を投擲し、姫野が数日前に仕込んだ木の槍が飛んでくる罠を動かす。

 

何本もの槍や苦無に刺し貫かれ、段蔵が苦悶の表情を見せる。

 

「ぐっ……あぁ……」

 

段蔵が片膝をつく。

全身につけられた傷口から、黒い体液がどろりと流れ落ちる。

 

小波と姫野が投げる武器が無くなるまで、嬲り殺しのような一方的な戦いが続く。

 

そして……

 

「ええ、ええ、認めますよ、認めますとも。 貴女達は強い、恐ろしく強い。

 触腕の避け方、手裏剣の投げ方で分かりますとも、一流の忍者だと。

 食べ物で遊ぶような真似をしていたら大火傷をしかねない……もっとも……」

 

近づいて斬るか、それともその辺に落ちている石でも投げるかと考えていた姫野の前で、段蔵が変化する。

 

全身から流れ落ちるコールタールよりも真っ黒な体液が、まるで意思を持ったかのように段蔵の身体に纏わりつく。

それはまるで、液体でできた鎧のように……

 

「な、なんかやばい感じ……両親の仇! お姉ちゃんの仇! 覚悟だしっ!!」

 

不穏な気配を感じ、姫野が先程味方の死体から拝借した忍刀を抜き、段蔵に飛びかかる。

 

「……もっとも本気でやれば、やっぱり某の方が強いのですがねぇ。

 某、加藤段蔵であるが故に、飛び加藤と畏れられる超一流の忍者であるが故に」

 

……次の瞬間、空中で姫野の身体がくの字に曲がる。

内臓が破裂したかのような激痛が走り、肋骨が何本もひしゃげて粉砕される。

 

「がふっ」

 

何の事は無い、段蔵が姫野の腹をぶん殴っただけだ。

文章にすればそれだけの事であるが、その鋭い一撃は服部半蔵の目でも、風魔小太郎の目でも追えない程に早かった。

 

「さっきはよくも殴ってくれましたねぇ、こいつはお釣りです!」

 

「がぁっ!」

 

空中で姫野の後頭部が踏みつけられ、そのまま落下……今度は姫野の顔面がサンドイッチの具のようにひしゃげて潰れた。

 

今度の段蔵の動きも、百戦錬磨の忍びである2人が何の反応もできない程に速かった。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

小波が顔色を変え、忍刀を抜き倒れ伏す姫野と、それを踏みつける段蔵へと駆け寄る。

段蔵はそんな小波の姿を冷めた瞳で眺め……

 

「はあぁっ!」

 

小波が忍刀を振るも、がきんっ! と、まるで鋼鉄の塊を叩いたような手ごたえがあった。

 

「な……に……?」

 

小波は驚愕のあまり絶句する。

 

段蔵の身体は全く傷つかず、逆に小波が振ろ下した忍刀が刃こぼれをしていた。

それはつまり、段蔵の表皮が鎧兜以上の頑強さを持っているという事だ。

 

気がつけば、全身を覆っていた黒い液体が段蔵の顔を覆い隠し、覆面のようになる。

その形状は小波や姫野にとって馴染みの深い、忍び装束そのものであった。

 

「貴女……本当に人間ですか? 人間なら、能力は1人1種類の筈なのですがねえ……

 やはりテレパスではなかった? たまたま幻術への耐性が強かった?」

 

段蔵は自分が斬りかかられた事に気づいていないかのように、自分の足元で激痛に喘ぐ姫野が見えていないかのように、無感情に小波を見つめる。

 

小波はそんな段蔵の様子に、底知れぬ恐怖を感じた。

 

そして次の瞬間……小波の右肘の関節がぐしゃっと潰れた。

 

「がぁっ!? な……ぐっ……」

 

衝撃と激痛で忍刀が吹き飛ぶ。

小波の右肘を粉砕したのは、まるで稲妻の如く速く鋭い段蔵の拳である。

それは服部半蔵の目でも追えず、防御も回避も出来ない程に速い一撃であった。

 

「もっとも、口に入れてしまえば同じですがねぇ」

 

今度は小波の全身が強風の日の木の葉のように吹き飛ぶ。

段蔵の飛び蹴りが小波を捉えたのだ。

 

「うぐぁ!!」

 

まるで全力で走る巨像と正面衝突をしたかのような衝撃が全身に走る。

小波は全身の骨がバラバラにされたかと思う程の激痛に襲われる。

 

「う……こ……のぉ……」

 

次元が違うとすら思える実力差にも関わらず、姫野の闘志は未だに衰えない。

こいつは家族の仇だ、風魔忍軍の仲間を無残に食い散らかした憎い敵だ。

そんな想いが姫野の心に闘志の炎を燃え上がらせる。

 

ボロボロになった全身に活を入れ、ずるずると這いずりながら小波が落とした忍刀を拾う。

 

しかし……

 

「往生際の悪い!」

 

ぶちっ! という鈍い音と共に、姫野の右肩がひしゃげ、その衝撃で右腕が千切れて飛んだ。

 

「……づっ!」

 

噴水のように鮮血が流れ出し、周囲を真っ赤に染め上げる。

 

段蔵は嬉々とした表情で千切れた姫野の右腕を拾い上げ、砂埃を払う。

 

「(ま、丸太を仕込んだ場所まで、まだ距離が……

 小波……立てるなら、今すぐ逃げるし)」

 

句伝無量を使い、姫野が小波にそう呼びかける。

 

「(し、しかし……)」

 

「(姫野なら大丈夫だし。 小波が逃げ切った後で、隙を見て逃げ出すし)」

 

「(しかし、見ず知らずの貴女にそこまでしてもらう訳には……)」

 

……一方、小波は姫野の顔と名前を完全に忘却していた。

 

「(あ、あれ……? あの、貴女は誰ですか? 何故句伝無量を知って……?)」

 

「(どうでも良いからとっとと行くしっ!!)」

 

姫野の叫ぶようなテレパシーに背中を押され、小波は静かに、しかし素早く着ていた衣服を近くに落ちていた木片に被せ、自分は姫野や段蔵から距離を取る。

 

小波だけは逃げられそうだと、姫野は密かに安堵する。

 

だが……

 

「(でも正直……姫野は助からねーかもしれないし……)」

 

急激に血を失い、意識が朦朧とし始めた。

段蔵を殺したい、家族と仲間の仇を討ちたいという気持ちは全く萎えていないが、肉体が闘志についていけていない。

 

「それじゃあ、ちょっと味見と参りますかねえ」

 

段蔵が漆黒の覆面を外し、大口を開けて姫野の右腕を口に運び、ガリッ! ボリッ! と骨を噛み砕く音を響かせながら咀嚼する。

 

「(あの時も……こいつに捕まって……喰われたんだっけな……)」

 

死を前にした走馬灯なのか、姫野は過去を……過去に遭遇した段蔵の姿を思い出した。

あの時もこうやって、段蔵に喰われた事を思い出した。

 

「(そういえば……私って、あの時どうやって生き延びたんだっけ……?)」

 

……

 

…………

 

………………

 

「駄目だなこれは、全身がヤツに喰い散らかされておる」

 

肉塊のような怪物に襲われ、喰われた後……今にも途切れそうな意識の中で、姫野はそんな声を聞いた。

 

気がつけば、全身を咀嚼され、喰われていく悍ましい感覚が無くなっていた。

 

「皮も、肉も、骨も、肺や心臓もヤツに喰われてしまっているのう。

 無事なのは脳だけか……これではもう、助かるまい」

 

老人の声が言うように、姫野は虫の息……いや、虫の息すらできない状態だった。

肺も心臓も怪物に喰われて無くなっていたからだ。

 

「しかし驚いた、この娘はこんな状態になってもなお、目に闘志が宿っておる。

 この娘の目は慈悲を懇願する目ではない、復讐を誓う怒りの目だ」

 

老人がそう呟いた。

今にも死にそうな状態であるというのに、姫野の心は家族を殺した怪物への怒りで一杯であった。

 

だからこそ……

 

「死なせたくはない……とすれば方法は一つ……」

 

そんな声を聞き、姫野は完全に意識を手放した。

 

……

 

…………

 

………………

 

「ぎゃあああぁぁぁぁっ!!?」

 

苦しみもがく段蔵の叫び声を聞き、姫野の意識は現実へと引き戻される。

 

夥しい量の吐血をする。

段蔵を覆い、段蔵を防御していた黒い液体が周囲に飛び散る。

先程小波の菩薩掌を叩き込まれた時と同等……いや、それ以上に苦しんでいた。

 

「に、人間の筈なのに……に、人間ではないっ!

 混ぜ物! 混ざり物! この味は獣の肉の味っ!? 何故!? どうしてぇ!?」

 

投げ槍や手裏剣によって穿たれた全身の傷跡から、夥しい量の血が噴き出す。

しかも今度は忍者装束に変貌する様子も無い。

そして段蔵は全身を痙攣させながら、その身を大地に横たわらせる。

 

「そういえば……」

 

その時、姫野は思い出す。

 

「そういえば爺ちゃん、熊とか、犬とか、野鳥とかの血肉や内臓を集めて、繋ぎ合わせて、

 欠けていた身体を補ったって言ってたっけ……」

 

そして同時に理解する。

段蔵は本当に人間以外の肉を身体が受け付けない体質なのだと。

そして今の自分の身体は、段蔵が喰う事ができない、獣の肉でできているのだと。

 

つまり……

 

「人間以外食べられないって言葉……本当だったんだ。

 姫野の腕を食べて苦しんでるって事は……

 つまり直接お前を殴っても、喰われる心配はしなくて良いって事だし!」

 

喪った右腕を気にも留めず、姫野が立ち上がり、全体重をかけて段蔵の顔面を踏み抜く。

 

「ぐうぅっ、うおぉ……」

 

予想通り、段蔵は姫野を喰わない。

さらに夥しい量の吐血をし、ビクン! ビクンッ! とのたうち回る。

 

「もう一発!」

 

さらのもう一度、段蔵の腹を踏み抜く。

 

「ぐぎゃあぁっ!!」

 

段蔵がさらに夥しい量の吐血をし、ビクン! ビクンッ! とのたうち回る。

 

「このっ! このぉっ!! さっさとくたばるしっ!!」

 

姫野は何度も何度も、何度も何度も何度も何度も、執拗に段蔵を蹴り飛ばし、執拗に段蔵を痛めつける。

 

その度に段蔵は苦悶の表情を浮かべながら吐血し、全身を痙攣させていた。

 

「家族の……家族の仇ぃ! 仲間の仇ぃっ!!」

 

姫野がもう一度小波の忍刀を拾い上げ、全体重をかけて段蔵の心臓目がけて突き立てた。

ざくりっ! と鈍い感触と共に、忍刀が段蔵を串刺しにした。

 

「呑……牛のぉ……術ううぅぅっ!!」

 

瞬間、姫野の視界が真っ白に染まった。

幻術をかけられたと理解し、姫野はすぐさま姫野は忍刀から手を放し、全力で後方に跳んで距離を取った。

 

数秒後……姫野の視力が戻った時、周囲に段蔵の姿は無かった。

 

「やってられませんよぉっ!!

 某、食事に結びつかない戦いは大ッ嫌いであるが故にぃっ!!

 勝っても何も口にできないですし、負けたら死んじゃうじゃないですかぁっ!!」

 

そんな捨て台詞が、遥か彼方から聞こえて来た。

足音でも聞こえないものかと、姫野は地面に身を伏せて注意深く周囲を探る。

 

しかし相手は飛び加藤と畏れられた熟練の忍び、風魔小太郎と言えど、そう容易く尻尾を掴まれる程、抜けてはいなかった。

 

「逃げられちゃったし……」

 

姫野はため息をつく。

 

家族の仇を見つけた。

あと一歩で殺せる所まで追い詰めた。

しかし、逃げられてしまった。

 

大きな大きな落胆があった。

 

「でも、あの加藤段蔵が仇だったとは思わなかったし……

 次に会った時は、絶対にブチ殺してやるし」

 

仇の正体を知る事が出来た。

そしてあの恐るべき怪物は、自分だけは喰う事ができない事も分かった。

人間以外の肉を喰わせる事ができれば、まるで猛毒を飲んだ時のように苦しむ事も分かった。

 

それは姫野にとって大きな大きな前進であった。

 

そんな事を考えていると……物陰からひょっこり顔を出す小波と目が合った。

 

「お前……逃げろって言った筈だし」

 

「いえ、あの、その……自分でも分からないんですけど。

 何故か、何故か涙が出て、足が重くて……

 今逃げたら、一生後悔するような気がして……それで……」

 

「戻って来たし?」

 

小波は恥ずかしそうにこくりと頷いた。

姫野は深々とため息をついた。

 

「あの……お、おかしいですよね? 初対面なのに、まるで初対面じゃないみたいで……

 名前も知らないのに、貴女を残して逃げたらいけないって、そんな気がして……」

 

姫野はもう一度深豚とため息をついた。

 

「……初対面じゃねーし」

 

そしてもう何回言ったか分からない台詞と共に、姫野はばたんと倒れ伏した。

全身の骨にヒビが入り、多量の血を流し、体力の限界を超えて戦い、姫野はもう限界だ。

 

「とりあえず止血、お願いするし。 それが終わったら、北条の……

 いや、剣丞の所まで運んでほしいし」

 

「はいっ!」

 

薄れゆく意識の中で、小波が駆け寄ってくる音が聞こえた。

小波が戻ってこなかったら、出血で死んでいたかな……そんな事を考えながら、姫野は意識を手放した。

 

喰われた右腕は、また別のを用意して繋げれば良い。

かつて段蔵に襲われた日、先代の風魔小太郎が自分にしてくれたように。

 


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