越後の地に朝日が差し込む。
いつもと変わらぬ夜明けであった。
サキュバスは夢と現をひっくり返す前に絶命したため、あの淫靡な夢は夢のままで終わった。
綾那も、歌夜も、小波も、新戸も、夢の中で犯され、膣内射精を受け、受精してしまった……が、夢は夢、現実の世界には何の影響も生じてない。
夢の中で重篤な後遺症覚悟で超能力を振り絞った新戸も、現実世界ではピンピンしている。
「最悪だし、とうとう夢の中にまで小波が出てきたし。
しかも夢の中ですら姫野の事を思いっきり忘れやがったし……」
姫野は夢を夢だと認識していた。
夢の中で窮地に陥った小波を助けただなんて思っておらず、ちょっとした悪夢を見ただけだと思っていた。
「全く、幸せそうにすやすや寝ちゃって……
なんでこんなのが服部半蔵やれてんのか、全然分からねーし」
安らかに眠る小波の姿を見て、姫野は無意識のうちに安堵のため息を漏らす。
「姫野の事をすぐに忘れる鳥頭のクセして、寝顔は悪くねーし」
そしてすやすやと寝息を漏らす小波を、まじまじと眺めていた。
空と名月の戦いはすぐそこまで迫ってきており、1分1秒でも早く下準備を進めなければならないというのに、何故か姫野は小波を起こせずにいた。
「全く、忍びのクセしてアホみたいな寝顔晒して。
情けないったらありゃしないし……本当に、危なっかしくて仕方がねーし……」
奇妙な安らぎと、奇妙な幸福感を、姫野は感じていた。
だがしかし、サキュバスの淫夢は現実世界に2つ、大きな爪痕を残していた……
……
…………
………………
「……こんな朝っぱらから何の用だ? こっちは眠てーんだよ、勘弁しろよ」
東の地平線に朝日が僅かに顔を出す頃、九十郎が怪訝な表情で来訪者に目を向けていた。
昨晩は真夜中まで雫や一二三と一緒に、竹中半兵衛を出し抜き、新田剣丞をハメる反則スレスレの卑怯殺法をあーでもない、こーでもないと話し合っていたため、九十郎の目の下には大きなクマができていた。
「……てか誰だお前? 俺の知り合いにはミイラ男も透明人間もいないぞ」
九十郎の目の前にいる人物は、小柄な少女、あるいは少年だと思った。
九十郎の知り合いにはミイラ男のように全身に布切れを巻き付けた人物はいない。
だからこそ九十郎は、もしかしてアサシンか何かじゃなかろうかと身構える。
この男、図体はでかい癖に小心者である。
「た、頼む……助けて……くれよ……」
来訪者はガタガタと震えながらそう呟いた。
その声は心底怯え切った声だった。
その声に九十郎は聞き覚えがあった。
だがしかし、聞き覚えがあるが故に驚いた。
その人物はもっと溌剌とした喋り方をしていた筈だから。
「……もしかして、お前小夜叉なのか?」
来訪者が目深に被った頭巾を脱ぐ。
金色の髪がばさっと広がり、藍色のクリクリとした瞳が九十郎に向けられる。
しかし、視線はきょろきょろとして定まらず、四六時中周囲を警戒しているような様子だった。
「奥に入れ、良く分からんが中は安全だ」
「す、すまん……」
九十郎が練兵館の中に招き入れる。
剣丞陣営に見せたら拙い手紙とか計画書とか陣の配置図とかが床に広がっているが、九十郎は気にせず小夜叉を中に入れた。
一目で分かったからだ……放置するとヤバイと。
「それでどうしたんだ小夜叉? そんなに震えて、お前らしくないだろう」
九十郎は床の作戦計画書の上に座布団を敷き、紅茶を淹れながらそう尋ねる。
黒田官兵衛と武藤昌幸が議論を重ねながら何度も何度も修正を重ねた計画書であるが、九十郎はその戦略的価値も、学術的価値もイマイチ分かっていないため、割とぞんざいに扱っている。
後世の歴史家が九十郎を見たら、助走をつけてブン殴るだろう。
「お、オレは……」
小夜叉は床の上にへたり込み、ガタガタと震えている。
寒いからではない、怖いからだ。
彼女の脳裏に浮かぶものは、つい先ほどまで見ていた夢……股間に肉棒を生やした蘭丸とセックスをする自分、セックスの快楽に押し流される自分、恐怖に駆られて敵前逃亡した自分だ。
「怖い……こ、怖いんだ……肌を晒すのが……男の視線が怖い……
それに……それに……男に抱かれるのが怖いんだ……怖いんだよ……」
小夜叉がガタガタと震えている。
ヒャッハーヒャッハーと叫びながら敵に突撃する、普段の姿からはおよそ想像もつかない姿であった。
そんな小夜叉の姿を見て、九十郎は思った……
「(うわぁ面倒臭ぇ……ぶっちゃけ聞かなかった事にして放置してぇ……
剣丞か桐琴のどっちかにブン投げて後は野となれ山となれって言いてえ……
だけどこれ……放置したら明らかにヤバイパターンだよなぁ……)」
九十郎は放置しても逞しく生き延びそうな者には基本的に辛辣だ。
だがしかし、放置したら野垂れ死にそうな者には意外と優しい。
それ故に九十郎は思った。
こんな状態の小夜叉を放置するのは流石に目覚めが悪いよなぁ……と。
そして剣丞との戦いを最優先で考えなければならない身の上だというのに……
「……分かった、何か考えてやるよ」
そうやって後先考えずに安請け合いをするのであった。
……
…………
………………
「えーりん、えーりん、助けてえーりん」
「ごめん、意味が分からない」
「剣丞、へるぷみー」
東の地平線に朝日が僅かに顔を出す頃、新田剣丞が怪訝な表情で来訪者に目を向けていた。
剣丞を嫌っている筈の新戸が、何故か朝早くから剣丞を訪ねてきたのだ。
しかも剣丞にとって驚くべき事に、新戸の表情は一目で分かる程に弱々しかった。
「と、とりあえずコレを見てくれ……」
そう言うと新戸はおもむろにもんぺを脱ぎ、褌もぱぱっと外して生尻、生まOこを……
「ちょ、ちょっと待って! ここ外だから! ここで脱がないでせめて中に入って!!」
慌てて剣丞は強引に新戸を長屋の中へと引きずり込む。
見る人が見れば誘拐のようにみえる光景であるが、剣丞にとって幸運な事に目撃者は1人もいなかった。
どうせ剣丞に自分を襲う度胸は無いと読み切っていた……という訳ではない。
世間体とかを考慮している余裕が無い程、新戸は精神的に追いつめられているのだ。
「こ、これは一体……」
新戸の下腹部に奇妙な刺青のようなものが浮かんでいた。
ピンク色の、ハートのような形状の魔法陣のような紋様であった。
ただのお洒落では無い事は、新戸の深刻そうな目を見ればすぐに分かる。
「淫紋だ……サキュバスという怪異が使う超能力封じ。
これがある限り、オレは超能力を使えない」
「超能力……って、つまり御家流の事だよな?」
「そうだ、これがあると使えない。 精神の集中を妨害される。
多分だが、用心のためにこれだけ先に夢と現を操ったのだと思う。
ぶっちゃけ、今はオレの長所が9割死んでる」
「一大事じゃないか!?」
「そうだ、だから助けてほしい。
これも多分だが、剣魂ならコレを破壊できる可能性もある」
「何か曖昧だな」
「……アレも使えなくなってるからな」
新戸が言う『アレ』とは、別世界の虎松達と対話する程度の能力である。
決して忍者の最終奥義ではないし、邪悪な意思でもない。
さておき、別世界の虎松達と対話する能力には特に深い集中が必要であり、淫紋によって性的快感をブチ込まれながらでは絶対に発動できないのだ。
「アレってのは良く分からないけど……でも、俺の剣はまだ……」
剣丞が床の間に置いてある刀を……剣丞が戦国時代に来た際、何故か手元にあった刀を持ってくる。
鞘から抜くと……金ヶ崎で蘭丸に襲われた直後に比べれば大分マシになっているものの、まだまだ大小様々な形のキズやひび割れが残る、ボロボロの刀が現れる。
「むっ……」
新戸は剣丞の刀をまじまじと見つめ……ふぅっとため息をついた。
「駄目だな、まだ修復途上だ。 今無理をさせれば、本当に砕けてしまいかねない」
それはつまり、剣丞の刀が完全に直るまで、新戸が置物一歩手前の役立たずになるという事だ。
希望を砕かれた新戸が、深くため息をつく。
「しかし、これは拙いな……」
「拙いって、何が?」
「これが現実になってるという事は……
あまり考えたくないが、受精まで現実になって……」
最悪の想像が新戸の頭によぎる。
透視能力を使えば受精してるかどうかは一発で分かるし、念動力で堕胎するのも簡単なのだが、今の新戸はそれすらもできない。
もしかしたら、姫野がサキュバスを殺すのが遅すぎたのでは。
もしかしたら、自分が気づいていないだけで、綾那と歌夜、小波は知らぬ男の児を孕まされてしまっているのでは……そんな想像が頭をよぎる。
「ちょ、ちょっと、何か不穏な事を言ってないか? 受精とか何とか……」
「大丈夫だ、大丈夫だとも……
たぶん、たぶんな、ギリギリだったが間に合ったと思う、たぶん」
「いや微塵も安心できないよ! 本当に何があったんだ?」
新戸は盛大に目を泳がせ……
「前回までのあらすじ!
小夜叉を夢の世界でエロエロ特訓させようとしたらサキュバスに襲われました。
捕まったら強姦されて、絶頂したら最近夢精したどっかの男の児を孕まされます。
しかも前に仕込んだバックドアを逆用されて歌夜と綾那と小波は巻き込みました。
色々頑張ったけど小夜叉以外サキュバスに犯されて受精までしちゃったよ。
でも絶体絶命の所で姫野が助けに来てくれて事なきを得ました。
と思ったら何故かオレには淫紋は残ってましたぁ~。
これじゃオレの長所が9割お亡くなりになる!
ヘルプミー剣丞様! 剣丞大明神様! 300円あげるからぁっ!!」
今まで積み上げてきたキャラを見事に崩壊させながらこれまでの経緯を超早口で説明した。
九十郎なら『長い、三行で』と駄目出しするところであるが、根が真面目な剣丞は真剣に耳を傾けている。
なお、日本円が成立するのは明治4年5月10日、つまり未来の通貨だ。
大江戸学園でならともかく、戦国時代ではどう頑張っても300円を用意する事は不可能である。
「えっと……何でエロエロ特訓なんてやろうとしたんだ?」
「話すと長くなるが……つまり、オレが蘭丸に負けた時の保険で……」
「剣丞! 剣丞ぇっ!! 頭撫でるし! なでなでするしぃっ!!」
「あ、おい! ちょっと……御主人様に何て事を……」
そんな時、どたばたと忍者らしからぬ大きな足音を響かせながら、風魔小太郎と服部半蔵……この時代の忍びの中でもトップの実力を持つ2人がやってくる。
「……またか」
「……うん、まただし」
目と目が遭う瞬間、2人は通じ合った。
余計な言葉は不要であった。
2人の間には奇妙な友情があった。
「え? 御主人様? こいつをご存じなのですか?」
一方、小波は訳も分からず目をきょろきょろと右往左往させている。
「むしろ知らないお前の方にびっくりだし。 このやりとりかれこれ10回目だし。
小波の鳥頭にはいい加減ウンザリだし」
「毎回毎回、何で忘れるんだろうな。
他の事はしっかり覚えてるのに、姫野の事だけ綺麗さっぱり」
「姫野……? 誰ですか、それは?」
「私だしぃっ!! ついさっき名乗ったばかりだしぃっ!!
ここに来るまでの時間で綺麗さっぱり忘れるとか、
草とか忍びとか以前に社会人としてあり得ないしぃっ!!」
こうやって剣丞の目の前で不毛すぎる問答が行われるのも今回で10回目である。
やむなく剣丞はいつものように、姫野の頭を優しく撫で始める。
「ご、御主人様……!?」
小波が驚愕で大きく目を見開いた。
目の前の少女が何者なのかは全く分からないが、その立ち振る舞いから腕利きの忍びである事は理解できた。
そんな腕利きの忍びが他人に頭を撫でさせた事も、敬愛する主君、新田剣丞が腕利きの忍びのすぐそばに無警戒に寄り添う事も、小波にとっては驚愕すべき事実であった。
なお、彼女は全く覚えていないが、彼女が感じる驚愕と混乱はこれで10回目である。
「あの、御主人様……も、もしかしてですが、その方は……お、お知り合いで……?」
敬愛する主人の知り合いに無礼を働いてしまった、敬愛する主人に恥をかかせてしまった、そんな後悔の思いと共に、小波はおずおずと剣丞に問いかける。
「大丈夫、味方だよ」
少しでも小波を安心させようと、剣丞はにこりと笑ってみせる。
小波にとっては、その笑顔だけで御飯三杯は食べれそうな程に輝いて見える。
「ご……御主人様……」
小波の顔が真っ赤になっていく。
心臓が早鐘のように脈動し、頭がかあぁっと熱くなっていくのが分かった。
「これがリアルニコポか……」
新戸がぼそっと呟く。
読心能力は使えずとも、小波が今どんな事を考えているか、なんとなく理解できた。
「ただし、期間限定の味方だし。 まあ、またこうやって頭撫でてくれるなら、
この戦が終わった後もちょっとした便宜くらいはくれてやっても良いし」
どーだ羨ましいか、どーだ思い知ったか、とでも言いたげな視線を向けながら、姫野が胸を張る。
こうやって小波がオロオロする姿を眺める事は、姫野の密かな楽しみになりつつある。
それに剣丞に頭を撫でて貰うと、不思議と胸の奥がぽかぽかと温かくなっていった。
まるで幼き日に亡くした、父の姿に重なるようで、まるで幼き日に失った、家族に温かみを取り戻したかのようで……姫野はこの感触が好きだった。
「これがリアルナデポか……」
新戸がぼそっと呟く。
読心能力は使えずとも、姫野が今どんな事を考えているか、なんとなく理解できた。
ニコポだの、ナデポだの、安っぽいラノベかエロゲでしか見られないようなスキルを披露する剣丞に対しては、正直な所驚きを禁じ得なかった。
時々、本当にラノベかエロゲの主人公なのではないかと思う程だ。
だからこそ新戸は……いや、無数の並行世界に存在する無数の虎松達は、剣丞相手にノリノリでグレート四天王アタックとかをヤッてる一部例外を除き、新田剣丞を嫌うのである。
「あれ? 剣丞、その剣……」
恍惚とした表情で剣丞のリアルナデポを堪能していた姫野が、剣丞が握っていた抜身の刀に興味を持った。
「うん? 何か気になる事でもあったか?」
「随分ボロボロの剣だし。 そんなの使ってちゃ生き残れないし」
「いや、この剣は結構重要な物だから。 そう簡単には捨てる訳には……」
剣丞の言葉が終わらないうちに、ガシャンとなにか金属製の重い物が剣丞に押し付けられる。
「これ……は……小太刀、だよな?」
「それ、あげるし」
目をぱちくりとさせる剣丞に対し、姫野は何でもない事のように告げる。
しかし、彼女は視線を剣丞の方向に向けようとしない。
刀剣マニアの義姉や、刀剣乱舞にハマってる義姉から色々仕込まれているので、無駄な装飾が一切無い、実戦用の刀剣だと剣丞には分かった。
風魔小太郎が……歴史に名を残る程の腕利きの忍者が、己の命を預けるに足りると認めるような、素晴らしい刀だと剣丞には理解できた。
「貰えないよ、こんなの」
「気にすんなし。 期間限定とはいえ今は味方だし、
うっかり死なれると姫野は困るんだし、それにお侍ってのは二本差しするもんだし」
なお、まだ姫野には知らされていないが、この戦の総大将、北条名月景虎は隙を見て剣丞を殺す気でいる。
「じゃあ、期間限定が終わったら返すよ」
「返さなくても良いし。 姫野の都合で何度も何度も押しかけて、頭撫でさせてるし。
迷惑料みたいなものと……ものと……」
そこまで言って、姫野はハタと気がつく。
こうやって何度も何度も剣丞の元に押しかけて、何度も何度も頭を撫でろと要求している原因を……何度も何度も何度も何度も姫野の事を忘却し、その度に手っ取り早く『味方』だと再認識させる手間をかけさせる、憎い憎いアンチクショウの事を思い出した。
「……小波、姫野に迷惑料よこすし」
「何故私が!?」
「何度も何度も姫野を忘れるから、その度に作戦行動が中断されるし!
緻密な連携が命の風魔忍軍の強みがお前1人のせいで色々乱れてるし!
姫野が徹夜で考えた段取りがこれでもかって位に崩されてるしぃっ!!」
「そんな覚えは無い!」
小波は一切の迷いも無く、力強く断言した。
「覚えが無いのが一番の問題だしいいいぃぃぃーーーっ!!」
その言葉に嘘は無い、嘘は無いが……むしろそれが問題なのだ。
姫野は叫ぶ、唾が跳び、血管が浮き出る程に叫ぶ。
今の姫野のツッコミ力(つっこみちから)は、美空を凌駕し、志村新八にも匹敵する。
「全く、どんな教育されたのか、親の顔が見てみたいし!」
父親も母親もお前と一緒だよ……と、新戸は小声で呟いた。
「てか何がどうなった姫野の事だけ忘れられんだって話だし!
呪われてるみたいだし!」
呪われてはいないが、精神操作はされてるな……と、新戸は小声で呟いた。
「そもそも、こんなに可愛い可愛い姫野様を忘れるって事自体がありえないし。
親兄弟を忘れたとしても、姫野は忘れないって人が世の大多数だし」
お前だって姉の顔を忘れてるだろ、しかも精神操作も何もされてないのに素で忘れてるだろ……と、新戸は小声で呟いた。
大きな声で言ってやりたいとも思ったが、どうせ信用されないし、どうせ変人と思われるだけだと分かり切っている。
それに今の新戸には小波と姫野の事よりももっとずっと重要な事があるのだ。
「そう言えばその剣、前に見た時とちょっと違ってない?
もうちょっと傷が多かったような……」
ぶつくさと文句を言っていた姫野がふと気がついた事を口にする。
「ああ、この剣って、ナノマシン……実は俺も良く分かってないんだけど、
自分で自分を修復できるみたいなんだ」
「それ、何気に凄くない? ひとりでに直る剣とか聞いた事無いし」
「そりゃ無いだろうな……」
ナノマシン……戦国時代に似つかわしくないワードである。
そんな代物が何故叔父の家にあったのか。
何故自分と共に戦国時代にやって来たのか。
新戸はかつて北条早雲が神々と戦うために作ったと言ったが、何故北条早雲がナノマシンなんぞ作れて、何故神と戦い、何故自分がその時に作った剣がここにあるのか……
新戸から話を聞いた前も後も謎だらけの剣である。
「まあ、良いわ。 剣丞、頭撫でるのはその辺で良いし。
そろそろ任務に戻らないと段取りが増々崩れちゃうし」
姫野が少し名残惜しそうに剣丞から離れる。
最初の1・2回は特に何も感じなかったが、今は少し、ほんの少しだけではあるが、この心地良い場所から、ストレスフル極まりない任務に戻る事に抵抗感があった。
なお、ストレスの半分は小波が何度も何度も姫野の顔と名前を忘れる事、残りの半分は小波が徹夜で考えた段取りが何度も何度も練り直しになる事……つまりほぼ全部が小波由来である。
「小波、そろそろ動くし。 姫野達にはこんな所で時間を浪費できないし。
覚えてるかどうか分からないけど、風魔忍軍は連携が命」
「一に段取り、二に準備、三に緻密な連絡、四に指揮系統の徹底、
さらに不測の事態は常に起こりうるため、人も物も常に予備を用意すべし」
「何でそれは一言一句違えず覚えてて姫野の名前は綺麗サッパリ忘れるしぃ!!」
そんなこんなで、姫野と小波は今日も行く。
圧倒的優位の空陣営の情報収集、そして攪乱、さらに戦が起きるまでに仕込みをするために。