戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

64 / 128
第87話にはR-18描写があるので、犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
第87話URL『https://syosetu.org/novel/107215/29.html


犬子と柘榴と九十郎第86話『初めましてじゃないし』

……2人の幼子が、物陰に隠れてガタガタと震えていた。

 

「(怖い、怖いよ……お父さん、お母さん……)」

 

姉は台所にある大きな水瓶に隠れていた。

 

「(何あいつ、何あいつ、何なのよあいつ……)」

 

妹は狸の置き物の影に隠れていた。

 

ぐちゃり、ぐちゃりと怪物が人間の咀嚼する音がしていた。

ほんの数分前まで、そこでは父と、母と、姉と、妹の4人が、1つの鍋を囲み、今日あった事を話しながら楽しそうに夕食を食べていた。

 

この日、姉と妹は家の周りにある雑木林でかくれんぼをしていたとか、日が暮れるまで探しても妹が見つからなくて、姉が泣き出してしまったとか、そんな事を無邪気に話していた。

 

しかし今、囲炉裏の傍には血と肉と骨と内臓を吸い喰われ、ぐしゃぐしゃのボロ雑巾のようになった父の亡骸が転がっている。

娘達を逃がすために怪物に挑みかかった父の亡骸である。

そんな父の亡骸を踏みつけながら、血の滴るミンチ肉の塊のような怪物が母の亡骸を噛みちぎり、咀嚼していた。

 

「(助けて……だれか……だれか助けて……助けてよ……)」

 

「(畜生、畜生……もっと力があれば……)」

 

姉は必死に息をひそめながら、来るはずもない助けを心の中で呼び続ける。

誰でも良い、誰でも良いから気づいてほしい、助けに来てほしい、大丈夫だと言ってほしい。

そんな願いが、そんな祈りが、突如彼女達を襲った怪物への恐怖が……姉の魂を歪めつつあった。

 

本来超能力の才能の無い姉に、超能力が芽生えつつあった。

声の届かぬ人に、声を届ける超能力……『口伝無量』が芽生えつつあった。

 

そんな時……ぎょろりと、肉塊の怪物の目が姉の隠れている水瓶に向いた。

 

気づかれた、気づかれてしまったと、妹は思った。

このままでは姉は……気が弱いけど優しくて、誰よりも大好きな姉が、父のように殺されて、母のように食べられてしまうと思った。

 

だから……

 

「こっちだ! こっちだ化け物! こっちだぞ!」

 

妹が無我夢中になって飛び出した。

刀では傷つけられない。

刀身が怪物に触れた瞬間、刀が喰われ、指が喰われ、腕が喰われ、肩が喰われ、血肉を喰われ、内臓が喰われる……それは父が身をもって示してくれた。

 

だから妹は大声で怪物に呼びかけながら、姉がいる場所とは反対の方向に走り出した。

 

「こっちだ怪物!こっちだぞ! もっと食べたいだろう!?

 お父さんとお母さんを食べただけじゃ物足りないだろう!?

 こっちに来い! お前の食べ物はこっちにもあるぞぉーっ!!」

 

妹は喉が枯れんばかりに叫び、足が折れそうだと感じる程に走った。

怪物が後ろから迫っているのが分かったが、振り返る余裕はなかった。

姉が助かったかどうかを確かめる余裕も無かったし、家に戻れるように知っている道を選ぶ余裕も無かった。

 

姉妹の家はとある事情によって、非常に入り組んだ密林の奥にあり、まだ幼く、地形や道順を覚えきって妹は、もう二度と自分の家に戻れなくなる。

だがしかし、それは同時に怪物も姉を食べに戻れなくなるという事でもあった。

 

「こっちだ怪物! 姫野も食べたいだろう! 姫野はこっちだぞっ!!」

 

自分はどうなっても良い、二度と姉と会えなくなっても良い、この醜悪な怪物に喰われてしまっても良い、だけど姉だけは生きていてほしい。

妹はそんな事を考えながら、祈りながら、ひたすら叫んで、ひたすら走った。

 

走って、走って、走って……走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って……喰われた。

 

「こな……み……お姉ちゃ……ん……」

 

妹の……小波の妹、姫野の意識はそこで途絶えた。

 

……

 

…………

 

………………

 

「……これはひどい、と言わざるを得ないですね」

 

「……そうですわね」

 

朧が連れて来た風魔忍軍が方々から集めて来た情報を総合すると、空陣営と名月陣営の兵力差は2対1……上手く敵の裏をかくことができれば、十分逆転は可能な兵力差である。

少なくとも、桶狭間の時の信長よりは大変さは少ない。

 

しかし朧と名月がこれはひどいと頭を抱える理由はそこではない。

 

「朧姉様が集めて来た者が8割、私が集めてこれた者が2割……」

 

「しかも美空に強い忠誠を誓っている者程、空陣営に……

 長尾と北条の代理戦争ですかコレは?」

 

「負ける気はないですけど、勝ったら勝ったで問題になりそうですわね」

 

「もう笑うしかないですね、あっはっはっはっはっ!

 来るんじゃなかったこんな国」

 

詰んでるとしか言いようのない状況に、朧は若干キャラ崩壊気味だ。

何せこの状況、元はと言えば朧が朔夜……主君・北条氏康の命を受け、越後まで来た事で起きたのだから。

 

「で、真面目な話大丈夫なのですか?

 この状況下で勝った所で、誰も貴女を長尾を継ぐ者とは認めないのではないですか?

 むしろ北条の傀儡と……」

 

朧が北条の将としての立場を一時忘れ、純粋に名月を心配する。

 

名月は僅か1歳で戦国クズ……もとい武田晴信の養子(人質)になり、晴信の裏切り(いつもの事)を切欠に養子解消、北条に戻って来たかと思えば、長尾・北条間の対武田同盟成立と同時にまたも人質として越後に行き、何故か美空に気に入られて養子になり『景虎』を名乗るようになった。

 

人生のほぼ全てをたった1人敵地で過ごす名月を、朧はいつだって心配していた。

もしも武田や長尾が名月を害する意思を見せれば、どこへだって飛んでいき、助けに行こうと誓っていたのだ。

 

「大丈夫です、美空様は断言してくれましたわ。

 勝てば私を長尾の後継者に指名すると、誰にも文句は言わせないと」

 

そんな朧の心情を知っているため、名月は嘘を言った。

本当は空陣営に勝つと同時に、新田剣丞を抹殺しなければならない……その事を名月は、朧に隠した。

 

言えば朧はたぶん、自分に代わって泥を覚悟で新田剣介を殺すだろう。

愛する夫を惨殺された織田信長が何を考え、どんな行動をとるか……たぶん、織田が北条に仇討ちの戦を仕掛けるだろう。

 

名月は知っている。

詰み一歩手前の名月陣営を立て直し、劣勢ではあるが勝負には出れるような状態にまでする事は容易では無かったと。

 

そして名月は知っている。

詰み一歩手前の名月陣営を立て直すため、朧が何度頭を下げ、作らなくても良い借りを作ったかを。

 

そしてその上、新田剣丞を殺し、織田と北条の血で血を洗うかのような争いの引き金を引かせる訳にはいかない。

それ故に名月は、自分が新田剣丞を殺そうとしている事を朧に話せなかった。

 

「(これ以上、朧姉様に借りを作らせる訳には参りませんわ……

 それにこの戦力差で勝つためには、剣丞隊の力も借りないと)」

 

これが逆境ですか……と、名月が小さく呟いた。

 

勝負が終わるまでに、剣丞は殺さなければならない。

そうでなければ、名月が心から尊敬する長尾美空景虎は新田剣丞の妻になる羽目になるし、長尾の諸将からの名月への印象は最悪になる。

 

しかし、剣丞隊には今孔明と謳われる竹中半兵衛を始め、チートじみた強さを誇る本多忠勝、鉄砲の扱いでは右に出る者はいない傭兵部隊・八咫烏隊、そして腕利きの忍者である当時に、口伝無量という厄介な能力を持つ服部半蔵等、人数は少ないが人材の質の面では寒気がする程に優秀なのだ。

 

「(え? それでは私は公方様の他にあの今孔明殿と、

 服部半蔵を出し抜いて剣丞さんを殺さなければいけないのですの?

 しかも事故を装って殺さなければならないのですの!?)」

 

絶望的な挑戦を強いられている事に気がつき、名月は再度、これが逆境ですかと呟いた。

9回表112対3から逆転しろと言われるのと同じ位、凄まじい逆境である。

 

どんな困難も、どんな逆境も、ゲロを吐きながら、深酒をしながら、時には吐血をしながら全力で抗い、なんやかんやでなんとかしてきたのが長尾美空景虎だ。

名月はゲロを吐き、深酒をし、吐血をしていた時の美空の気分が少しだけ分かったような気がした。

 

「あの、名月、本当に大丈夫ですか? さっき2回もこれが逆境かって呟いたような」

 

「いいい、言ってないですわ! 全然言ってないですわ! ただの空耳ですわ!

 仮に逆境としても、逆境と言う名のスパイスですわ!」

 

「おお、言葉の意味は分かりませんが、とにかく凄い自信ですね」

 

スパイスの意味は全く分からなかったが、朧はとりあえず頷いた。

しかし、実態はただのやけっぱちである。

 

「(いずれにせよ……まずは服部半蔵をどうにかしなければ話になりませんわね)」

 

名月が頭の中で新田剣丞暗殺計画を練りながら、そのための前提条件を確認する。

 

そして……

 

「朧姉さま、例の計画の準備は進んでしますか?」

 

名月は新田剣丞暗殺の前段階として、服部半蔵と新田剣丞を引き離す策に出た。

小波の口伝無量が機能している限り、剣丞の状態がリアルタイムで剣丞隊全体で共有されている限り、事故に見せかけて剣丞を抹殺する事など不可能だからだ。

 

……

 

…………

 

………………

 

「いつまで待っても来ないから迎えに来たし! さあ、さっさと出発するし!」

 

見るからに不機嫌そうな風魔小太郎・通称姫野が、剣丞隊の詰め所の前で大声を張り上げる。

 

姫野が待って、待って、待って、待って待って待って……

 

「小波いいいぃぃぃーーーっ!! さっさと出て来るしいいいぃぃぃーーーっ!!」

 

待ち合わせ場所で待たされ、今ここでも無視された姫野が怒りを爆発させた。

 

「え? 私ですか?」

 

自分の名前を呼ぶ者が現れた事に驚きを隠せない小波が慌てて表に出てくる。

 

「えっと……は、初めまして?」

 

「昨日も! 一昨日も自己紹介したし!

 アンタが私の名前忘れるのこれで3度目だしっ!!

 てか会った事すらも忘れるとか何考えてるしぃっ!!」

 

「え、初対面ですよね?」

 

「昨日も一昨日も会ったしっ!! 昨日も一昨日も名前教えたしっ!!」

 

「どなたですか?」

 

「風魔小太郎ぉっ!! 通称は姫野だしっ!!」

 

「風魔小太郎!? あの風魔忍軍の頭領の!?」

 

「その反応も3度目だしぃっ!!」

 

「こんなアホみたいに叫ぶ娘が風魔忍軍の……」

 

「その反応は初めてだけど、叫ばせる原因を作ったのはアンタだしぃっ!!」

 

そしてぜーはーと肩で息をする姫野と、どう反応すれば良いのか分からず、オロオロする小波、そして何が起きたのかと物陰から覗き込む新田剣丞……何とも表現し難い絶妙に微妙な空気が周囲を流れる。

 

「(剣丞様! 助けてください!

 知らない方が唐突に表れて、自分は風魔小太郎だと言い張っています!)」

 

小波は無駄に口伝無量を使って剣丞に助けを求める。

 

「(いやその娘本物の風魔小太郎さんだから! 昨日も一昨日も会ってるからな!)」

 

剣丞にそう言われ(テレパシーだが)、小波は昨日と一昨日の記憶を探り……

 

「(……え? 会っていませんよ)」

 

しかし、心当たりは一切無かった。

忍びの者として幼い頃から修業をしてきた小波にとって、会ってもいない人物を会ったと言われるのは不思議でならない事である。

ましてやそれが、主人としても男性としても敬愛する新田剣丞の言葉であれば、猶更だ。

 

剣丞はふぅ……と、遠い目をしながらため息をつく。

 

「……ごめん、もう一回自己紹介してくれないかな」

 

諦めきった目でそう告げた。

 

「これで三回目だしぃ!! 信じられないしぃっ!!

 朧様に連携して事に当たれって言われてるけど、

 本当に連携になるのかも疑問だしぃっ!!」

 

「連携……ああ、そう言えばそんな話もありましたね。 えっと……」

 

一昨日、朧と名月、剣丞と詩乃らを交えた現状確認と基本方針の確認のための話し合いがあった事を思い出す。

朧と詩乃から情報収集と偽情報によるかく乱、罠の仕込みを命じられた事も思い出す。

 

そしてその時……

 

「既にどなたかが動いているので、連携せよと……」

 

そこまでは問題無く思い出せた。

しかしそこから先は、頭に靄がかかったかのように思い出せない。

 

「すみません剣丞様、どなたと連携を……」

 

「姫野とだしぃっ!! 今アンタの目の前にいて、

 昨日も一昨日も会って自己紹介したのに綺麗さっぱり忘れられた姫野だしぃっ!!

 その上合流場所と時間も忘れられて、

 日が昇るまで1人で寂しく池に潜ってた姫野だしぃっ!!

 ドジョウが出てきてこんにちはだったしぃっ!!」

 

姫野、ブチ切れる。

 

「何者だ貴様! どこから入った!?」

 

「正面から普通に歩いて……じゃないしぃ!!

 アンタまた姫野の事忘れてるし! ニワトリ以上のトリ頭だし!

 忍者として不適格って言うか、日常生活すら不安になるしぃっ!!」

 

「剣丞様! お下がりください、敵です!」

 

「敵じゃないし! 味方だしぃっ!!」

 

「敵ではない……?」

 

信用できないという内心を隠そうともせず、警戒しながら小波がゆっくりと剣丞の前に移動する。

 

姫野はそんな小波の様子を……悲しむべき事に昨日も一昨日も見た、警戒心丸出しの小波の様子を見て、深くため息をついた。

 

「剣丞、ちょっと姫野の頭撫でるし」

 

姫野は唐突にそんな事を言い出した。

 

「え? 何で急に?」

 

「良いからさっさと頭撫でるし! もう一から説明するの面倒だし!」

 

「そ、それじゃあ……」

 

険悪な空気の中で、剣丞が恐る恐る姫野の頭に右手に乗せて、ゆっくりと撫で始める。

姫野は一切抵抗せず、されるがままになっていた。

 

「……ほら、敵じゃないし」

 

しばらく剣丞のなでなでパワーを堪能……ではなく、無警戒に人体の急所である頭を剣丞に触らせる姿を見て、小波が警戒心を解いた頃合いを見計らい、姫野がそう告げる。

 

「そのよう……ですね」

 

正直半信半疑といった様子ではあったが、とりあえず小波は眼前の正体不明の少女を信じる事にした。

 

「うん、見た目は馬鹿らしいけど、この方法悪くないし。

 小波の警戒心が早く解けるし、剣丞の撫で方結構上手いし。

 どうだ服部半蔵、御主人様に余計ななでなでをさせたくなかったら、

 もう二度と他人の名前を忘れるなだし」

 

「忘れる……? 何か忘れてましたか?」

 

「相変わらず忘れてる自覚すら無いし……オレの名を言ってみろだし!」

 

「初対面ですよ」

 

「初対面じゃないしっ!! 昨日も一昨日も会ってるし!

 自己紹介もしたしさっきは約束すっぽかされて1人寂しく池に潜ってたし!

 そしてドジョウが出てきてこんにちはしてきたしぃっ!!」

 

そして姫野がもう一度深くため息をついた。

これから姫野は、終始こんな感じの小波と共同して密命を遂行しなければならないのだ。

 

「とりあえず初めまして……本当は全然初めましてじゃないし、

 印象深過ぎて夢にまで出てきそうだけど、とりあえず初めまして。

 風魔忍軍の長、風魔小太郎……通称は姫野だし」

 

「姫野……?」

 

その名を聞いた時、小波は奇妙な懐かしさを感じた。

小波は奇妙な安らぎを感じた。

ずっと探し求めていたもののような、ずっと求め続けていたもののような……

 

「あの……以前どこかでお会いしましたか?」

 

小波は思わず、そう尋ね。

 

「昨日も一昨日も会ってるし! 自己紹介もしてるしぃっ!!」

 

姫野は再度ブチ切れた。

 

この日姫野は心に誓った……この戦いが終わったら、忘れられた回数と同じ回数、憎いコンチクショウをぶん殴ると。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。