戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第83話にはR-18描写があるので、犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
第83話URL『https://syosetu.org/novel/107215/28.html




犬子と柘榴と九十郎第84話『英雄も、所詮は人間』

「……英雄も、所詮は人間」

 

武田光璃は九十郎にそう告げた。

 

「そうか」

 

九十郎は無感情に頷く。

正直どぉ~~~でも良いとでも言いたげな表情であった。

 

「殴られれば鼻血も流す」

 

光璃の鼻の穴には赤く染まったティッシュが詰められていた。

さっき全力で叩いて被ってジャン・ケン・ポンという命令に当たり、鬼島桃子の超高校級のパワーでブン殴られたためだ。

 

「時には下痢になって悶絶もする」

 

光璃はさっきまでケツが燃えるとか叫びながらみっともなく転がっていた。

ちょっと前に激辛マーボー三皿完食という命令に当たり、明らかに人間が食して良い代物ではない紅い物体を胃に流し込んだためだ。

 

「そして社会的に死ぬ時もある」

 

光璃は虚ろな瞳で遠くを見つめていた。

開幕1発目にとりあえず額に『肉』という命令を自爆し、しかもその直後に、秋月八雲と恋人繋ぎをしながら避妊戦士コンドムを買いに行く命令に当たったためだ。

当然、額の肉は王様ゲームが終わるまで消す事は許されない。

 

「英雄も一皮剥けば所詮は人間。 時に笑い、時に怒り、時に泣き、時に眠る。

 成功もする、それと同じ位、失敗もする」

 

「……そうか」

 

光璃は九十郎の両肩に手を乗せて、そっと身を寄せる。

なお、九十郎も九十郎で先程ローション相撲をしたばかりなので、全身ローションまみれである。

 

どんだけ深刻な表情で、どんだけ深刻な台詞を言ってもギャグになってしまう、逆にならざるを得ないシチュエーションであった。

武田晴信を知る人物が見たら卒倒するようなシチュエーションであった。

 

「貴方が教えてくれた事、貴方が思い出させてくれた事。

 光璃は……人間だった、人間に戻れた……ただの光璃になれた」

 

光璃はそう言うと……ポッキーを口に咥えて、九十郎に顔を近づけていく。

 

「命令を自爆した直後じゃ無けりゃ感動したかもな」

 

九十郎がため息をつくと、光璃の咥えたポッキーの反対側を口に入れた。

 

つい先程、『キメ顔で何か恰好良さげな事を言ってからポッキーゲーム』という命令を出し、指定した番号札を引いていたのが自分だった事に気づいたのだ。

早い話が光璃は本日2度目の自爆をしたのだ。

 

光璃は顔を真っ赤にしてプルプルと震え始めた。

このバカ騒ぎが始まった直後、とりあえずノーパンになれという朱金の命令が直撃し、今までずっとノーパンミニスカートという痴女臭い恰好にされているのだ。

それは『こいつ武田信玄です』と言われても、誰も信じてくれそうもない恰好である。

 

光璃と九十郎が両端から一本のポッキーを噛み進んでいく。

顔が近づき、唇が近づき、吐息が近づき、そして……ぽきん、と折れた。

 

「はい、折れたっと……次行くぞ、次」

 

「むぅ……」

 

ちょっと残念そうな声が周囲から漏れる。

その中でも一番残念そうに頬を膨らませたのは光璃だった。

 

光璃は少しだけ……いや、かなり切実に、ポッキーゲームの勢いで九十郎とキスがしたいと思っていたのだ。

 

「俺が……俺達が! ガンダムだっ!!」

 

その時、現在ノーパン+ブラを頭に装着中の吉音がキメ顔でそう言った。

 

「吉音、いきなり何を言ってるんだ?」

 

隣にいる八雲が呆れた顔で聞き返す。

 

「狙い撃つぜっ!」

 

吉音が再びキメ顔、謎ポーズつきでそう言った。

 

「うん、吉音がガンダム好きなのは分かったから」

 

「反射と思考の……融合だぁっ!!」

 

吉音がクルッと回ってターンしてからそう叫ぶ。

八雲は『今一瞬見え……』と、言いかけたがやっぱり言わずに黙った。

 

吉音とは既に何度も裸を見せ合い、何度も身体を重ねた八雲であるが。

それはそれとしてこういう一瞬のチラリズムには特別な感情を抱いてしまう。

八雲もまた、そういう思春期の男の子であるのだ。

 

「もしかして……ポッキーゲーム、したいの?」

 

吉音はにっこりと笑ってコクコクと頷く。

 

「命令に当たってないのに参加するのはルール違反だよ」

 

「じゃあさ、次に八雲が王様になったらポッキーゲーム命令してよ」

 

「吉音の番号に当たるか分からないぞ」

 

「大丈夫大丈夫、八雲ならできるよ。 そんな予感がする」

 

「そうかなぁ……」

 

そう言いながらも、八雲は後で律儀にポッキーゲームの命令を出した。

 

そして吉音は佐東はじめとポッキーゲームをする羽目になり、『コレジャナイ……』と、呟くのであるが、それはまた別のお話である。

 

「良し、カードのシャッフルができたぞ。

 それじゃあ全員番号カードと王様選出カードを1枚ずつ引いてけ」

 

全員が机に並べられたカードを引きに集まったところで……

 

「待たせたわね! カードは拾ってきたわ!」

 

スケスケのネグリジェ装備の徳河詠美が帰還する。

凝視すれば生乳首やパンツが薄っすらと見えるなんとも痴女臭い恰好であるが、当然この恰好をする羽目になったのは彼女の意思では無く、王様ゲームの命令故にだ。

 

「え、詠美ちゃ~んおっかえり~」

 

「九十郎! カードは拾ったわ! おい、デュエルしろよ!」

 

ぜぇはぁと肩で息をしながらそう叫び……

 

「え、やだよ」

 

……普通に断られた。

 

「貴方がやれって言ったんでしょうがぁっ!!」

 

「いや、俺遊戯王やった事ねぇし、カードも持ってねえよ」

 

「じゃあ拾ってきなさいよ! 大変だったのよカード屋巡ってゴミ箱漁って、

 カード屋巡ってゴミ箱漁って、カード屋巡ってゴミ箱漁って……」

 

この男は将軍(しかもネグリジェ装備)に何をやらせているのであろうか。

 

「やだよ、めんどい」

 

そして九十郎はバッサリと切り捨てる。

詠美は轟沈した。

 

「じゃあ詠美も復帰で次やるぞ。 王様だ~れだ!」

 

「「「「「王様だ~れだ」」」」」」

 

参加者一同が一斉に王様選出カードを表に向ける。

この時点では命令対象者を決める番号カードは開示しないし、自分のも確認してはいけない事になっている。

酷い命令が自分自身に直撃すると笑えるからだ。

 

「お、俺だな。 それじゃあ……

 5番と7版は最高に高めたフィールで最強の力を手に入れてこい。

 もっと速く疾走れーっ!!」

 

ここで九十郎が意味不明な命令を出した。

 

ここで自分に当たる可能性を考え、手料理を食べさせあえとかいった無難な命令を出す者(詠美や平良)もいれば、ノーブラになってブラジャーを頭に装備とか、自分に直撃する可能性を度外視して、全力でブっこんだ命令を乱発する者(光璃、輝、朱金)もいる。

そして九十郎は最初から最後まで後者である。

 

「ちょっと待ちなさい!

 何をどうすれば良いのか全く分からないわよっ! 走れば良いの!?」

 

そして命令は戻ってきたばかりの詠美に直撃した。

 

「その辺はフィーリングで何かしてくれ」

 

「フィ、フィーリングって貴方……」

 

「とりあえず白馬に乗って走りながらデュエルすれば良いんじゃないかな?」

 

愕然とする詠美に対し、吉音助け舟(?)を出した。

 

「それだ」

 

「それだじゃないわよ! 白馬なんてどこに……」

 

「銀シャリ号の事、忘れちゃったの?」

 

「……いたわね、白馬」

 

「平良賀、確か昔デュエルディスクを作ってたよな?」

 

「あったよ! デュエルディスク!」

 

「でかした!」

 

平良賀輝(こいつもローションまみれ)がどこからともなく円盤状の機械を持ち出し、素早く詠美に装着させる。

 

「え……ちょっと待って、

 もしかして本当に馬に乗りながらデュエルしなきゃいけないの……?」

 

「となると当然、デュエルの相手は7番のオレだな、デュエルディスクもう一個あるか?」

 

「モチのロンさね! 2個以上ないと遊べないからね!」

 

大江戸学園の町の正義と平和を守るお奉行様こと、北町奉行遠山朱金が愛用のデッキを用意し、輝作成のディスクに挿入する。

 

先程ノーパンノーブラの状態で、パンツとブラ以外全部脱げという命令を自分自身に直撃させたため、彼女は現在全裸であった。

 

それで良いのか北町奉行……と、言いたい者も居るかもしれないが、これが彼女の平常運転である。

 

「乗り物はどうする?」

 

「九十郎のサイドカーで良いんじゃねえか」

 

「遠山は運転が荒いから、あんま貸したくねえんだがな」

 

「じゃあ自分で運転しろよ、オレは隣に乗るからよ」

 

「そうだな……そうするか」

 

「おい、外に出る前に何か羽織ってけ。

 北町奉行がわいせつ物陳列罪で捕まったら流石にシャレにならん」

 

九十郎がサイドカーの鍵を、火盗長官の長谷河平良(パンツとブラ以外全裸)がロングコートを朱金に投げ渡す。

無いよりはマシかもしれないが、全裸+コートの格好はそれはそれで痴女っぽい。

 

「よっしゃ、行くぜ詠美……デュエルだ!」

 

詠美の右手を九十郎が、左手を朱金ががっしりと掴み、『最早逃れる事はできんぞ』とばかりに連行していく。

それで良いのか北町奉行……と、言いたい者も居るかもしれないが、これが彼女の平常運転である。

 

「……もう二度と、王様ゲームやろうなんて言わないわ」

 

死んだ魚のような目で、詠美はぼそっと呟いた。

なお……

 

「……あ、禁止カードを読み込ませたら電流が流れるよって言うの忘れてた。

 まあ良っか、禁止カード使わなきゃ普通に遊べるし」

 

……バリバリバリバリィッ!!

 

「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!」

「ぬわあああぁぁぁーーーっ!!」

 

どんがらがっしゃーーーんっ!!

 

遠山朱金、斎藤九十郎、再起不能(リタイヤ)。

九十郎のサイドカーは電柱に激突して大破した。

敗因は反則負けである。

 

……

 

…………

 

………………

 

「……せぇいっ!!」

 

「たあぁっ!!」

 

柘榴と粉雪が、同時に竹刀を振り抜いた。

竹刀がメキメキと音を立て、ひしゃげ、両者がはじかれるように飛びのき、距離をとる。

 

「……さらやるようになったな、柘榴」

 

「相変わらず腹立つくらいに強いっすね、粉雪」

 

2人共ぜーはーと肩で息をしている。

かれこれ半日近くもの間、2人はこうやって戦いを続けていた。

互いの力と技をぶつけ合ってさせていた。

互いに意地と覚悟を確かめ合うかのように。

 

武田最強の勇将と、長尾の切り込み隊長が、殺し合う為ではなく、互いの実力を確かめ合い、磨き合う為に戦う……過去の武田と長尾の確執を知る者からすれば、あり得ない光景であった。

 

そして今、柘榴と粉雪の実力は拮抗しつつあった。

かつては果てしなく遠かった実力差が、ほんの僅かな差異となっていた。

 

過去の柘榴と粉雪の戦績を知る者からすれば、それもあり得ない光景であった。

九十郎が越後に来た日から一日も欠かさず続けた鍛錬が……長い年月と共に洗練された技と筋トレ理論が、柘榴を数段強くしていたのだ。

 

「ようやく影くらいは踏めるところまで来たってところかぜ?」

 

「背中に触れる位までは近づいたつもっりすよ。

 そっ首叩き落とせるまであと半歩ってところっすかね」

 

「良く言ったぜ……だがその半歩は限りなく遠いんだぜぇっ!!」

 

既に腕を上げる事すらも億劫な程に疲弊した2人が、最後の力を振り絞って駆けだした。

粉雪は柘榴を、柘榴は粉雪の首を狙い、手にした竹刀を振り下ろす。

 

直後、ばぁんっ!! と何かが破裂したかのような音が道場に鳴り響き、派手にぶっ飛んだ柘榴の身体が、派手に壁に叩きつけられた。

 

一瞬……ほんの一瞬、されど果てしなく遠い一瞬の差で、粉雪が柘榴の速度を上回っていたのだ。

 

「ま、まだ届かねーっすか……」

 

実戦ならば、互いに真剣を使っていれば、間違い無く即死の一撃……文句をつけようもない、柘榴の敗北である。

 

「はんっ、伊達や酔狂で武田四天王は名乗れねえって事だぜ」

 

10戦10敗……それが今日の柘榴と粉雪の戦績であった。

2人の勝負は全て紙一重の差であった。

全ての勝利が粉雪にとって薄氷を踏むようなギリギリの勝利であった。

だがしかし、柘榴はその紙一重がどうしても突破できなかった。

 

「どうする? もう一本行っとくか? あたいはまだまだイケるぜ」

 

粉雪はそう言うが、体力の限界はとっくの昔に過ぎている。

全身に乳酸が飽和し、気力だけで立っている状態であった。

 

「お前ら、朝っぱらから騒がしいぞ。 他人の安眠を妨害して楽しいのかよ?」

 

そこに、寝ぐせと目ヤニを満載した九十郎がやって来た。

 

「朝っぱらって、もう昼過ぎなんだぜ、九十郎」

 

「今日は随分とお寝坊さんっすね、ちゃんと眠れたっすか?」

 

九十郎は言うべきか、言うまいか少し迷い……

 

「久々に、光璃の夢を見た」

 

この日、九十郎は前の生でのファースト幼馴染……武田光璃の夢を見た。

光璃がある日突然『王様ゲームしようぜ』と言い出し、仲間を集めて王様ゲームを始め……何故か光璃にばかりハードルの高い命令が集中した夢。

前の生で九十郎が体験した事を追憶するかのような夢だった。

 

「光璃……?」

 

急に九十郎の口から主君、武田晴信の通称が出てきたため、粉雪が目をぱちくりとさせる。

 

「俺の幼馴染だよ」

 

「そ、それってもしかして……あたいの……しゅ、主君だったり……」

 

「んな訳ねえだろ、俺の幼馴染がこの時代に……

 いや、とにかくずっと昔に生き別れになってな、ずっと遠い場所にいるんだよ、

 武田晴信の通称が光璃って事は知ってる、だが別人だよ、完璧に」

 

「そ、そうなのか……」

 

そう言われて、粉雪はほっとする。

 

しかし、この時の九十郎は気づいていないが、九十郎が思い浮かべた人物と、粉雪の思い浮かべた人物は同一人物である。

 

この察しの悪さこそ、九十郎の九十郎たる所以である。

 

「なあ、粉雪……山県昌景にも、怖いものってあるのか?」

 

九十郎は小さく、自問自答するかのようにそう呟いた。

 

『……英雄も、所詮は人間』

 

前の生で光璃に言われた言葉を思い出していた。

そして昨晩、『剣丞が怖い』『好きが無くなってしまうのが怖い』と、涙をボロボロと零しながら怯える美空の姿を思い出していた。

 

あんなに情けない美空を見たのは初めての事だった。

情けなく怯える美空を見て……美空も自分と同じ、人間だったのではないかと思った。

 

だから九十郎は聞きたくなったのだ。

山県昌景にも……歴史上の偉人である山県昌景にも怖いものがあるのかと。

 

「そりゃあるぜ、当たり前だろ」

 

「そうなのか?」

 

「怖くて、恐ろしいから腕を磨いたんだぜ。

 腕を磨いて、鍛え上げて、どんどん強くなって……

 強くなってから見た景色は、あたいが望んだ景色じゃなかったけどな」

 

そして粉雪は思い出す。

砥石城での敗走を、初めて戦う鬼の強さと怖さを、次々と戦友達が傷つき、疲弊し、力尽きていく恐怖を、落ち武者狩りに襲われ、武器も衣服も取り上げられ、あと少しであの連中の男根が……あの時は本当に怖かったと思う。

 

「……本当に、安っぽい物語みたいな恋をしたもんだぜ、あたいも」

 

怖い思いをして、ガタガタ震えていた所を助けに来てくれた、だから好きになった。

粉雪は自分が凄く単純で安っぽい恋のしかたをしていると思い、自嘲する。

 

だがそれでも……主君・武田晴信に裏切り者と見られる危険を考えたとしても、粉雪は九十郎が好きだった。

九十郎が好きだという事だけは否定できない、捨てられない。

 

そして同時に、思う……

 

「怖いもの、か……まあ、あたいにも色々怖いものはあるけど、

 やっぱ一番は御屋形様かなぁ」

 

……武田晴信は怖い。

 

武田晴信は敬愛する主人である。

クソのような立地で、クソのように治安が悪く、クソのような産業しかなく、クソのように貧しい民が住んでいたクソのような甲斐(主な産業・略奪)を変えてくれる、救ってくれるかもしてない偉大な人物である。

武田晴信は甲斐を救うという目的の為ならば手段を選ばない。

何度でも嘘をつき、誰だって騙し、何人だって殺す。

殺す、殺す、殺す、殺す、殺す……

 

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス

 

「うん、やっぱ怖い人だぜ、あの人は」

 

若干冷や汗を浮かべながら、粉雪はそう告げる。

 

武田光璃晴信は粉雪の敬愛する主人である。

敬愛する主人で、誰よりも怖い人である。

 

「自分の主君が怖いっすか?」

 

「そりゃ怖いぜ、柘榴も志賀城の話とか、高遠頼継の件とか知ってるだろ。

 それにウチの主君はこっちと違って、街中をチャリで爆走したりしないし、

 唐突にテールスピン・ドリフトォーーーッ!! とか叫んだりしないんだぜ」

 

戦国時代らしからぬ光景である。

全部九十郎が悪い。

 

「そこが御大将の凄い所っすよ」

 

そして柘榴が胸をどーんと張りながら、愛菜のようなドヤ顔をする。

柘榴も柘榴でしっかりきっかり九十郎の悪影響を受けていた。

全部九十郎が悪い。

 

「まあとにかく、御大将は頼りになるし、誰よりも先を見てるけど、

 時々……うん、時々何考えてるか分からなくて、時々それが凄くおっかなくて……

 凄い人だし、尊敬できるけど、それと同じくらい怖い人なんだぜ」

 

「そうかそうか、粉雪も大変だったんだな……」

 

そう言いながら、九十郎は思う。

たぶん、昨日までの自分なら聞き流していたと。

山県昌景に怖い物があんのかよと笑い飛ばし、すぐに忘れてしまっただろうと。

だが今は、美空の涙を見てしまった今は……

 

「実を言うとな、俺はあの時、

 山県昌景のサイン貰えてラッキーだったぜ、くらいしか思っていなかったんだよ」

 

「お前のサイン好きはどっから来てるんだぜ」

 

「後でファースト幼馴染に自慢してやろうって思ってたんだよ。

 あいつ山県昌景のファンだからな……まあ、見せる手段ねえんだが」

 

「柿崎景家のサインならいつでも渡すっすよ」

 

「え、いらねえよ柿崎なんて聞いた事ねえし」

 

この男は日本全国の柿崎景家ファンに土下座して詫びるべきである。

 

「まあ、それはそれとしてだ……すまん粉雪、俺は今までずっと、

 あの時助けに行かなくても、山県昌景ならなんとかしてたと思っていた。

 山県昌景なら、歴史上の偉人なら、

 俺が助けに行かなくても自力でどうにかしてたと思っていた。

 助けても助けなくとも、結果はあまり変わらないと思っていた、ずっとな」

 

「そんな事は……」

 

粉雪が九十郎の言葉に反論しようとした瞬間……バッファローマンのような大柄な男が、幼女のように小柄な粉雪を力強く抱きしめていた。

 

「今は、助けに行って良かったと思っている。

 結果を変えれて良かったって、粉雪を助けられて良かったと……そう思っている」

 

「……っ!?」

 

瞬間、粉雪の血液が沸騰する。

瞬間、粉雪は本気で耳が孕んだかと思った。

九十郎はこれでもかって位のブ男であったが、声だけはイケメンだった。

そんな九十郎が粉雪の耳元で、そっと囁いたのだ……助けられて良かったと。

 

「た、助けてくれて……あ、ありがとう、なんだぜ」

 

粉雪は跳ねまわる心臓を抑えながら、粉雪は震える声でそう伝える。

そして思う……やっぱり自分は九十郎が好きだと。

前からずっと好きだったが、今のでもっともっと好きになったと。

 

「犬子にも謝らないとな……なあ柘榴、犬子は今どこで何をしているんだ?

 例の……例のアレがあってから一回も見てないが」

 

例のアレと口にした時、九十郎は露骨に顔を歪める。

時間が経って多少はマシになったが、それでもあの時……犬子が剣丞に抱かれていた瞬間を思い出すと、背筋が凍る、怖気が走る。

 

だが……

 

「謝らねえとな、謝ってどうなるって話でもねえが、謝らねえと。

 考えてみりゃ俺は、犬子に結構酷ぇ事を言ってきた」

 

今更反省した所で、所詮貴様は九十郎である。

しかし、柘榴の目からも、粉雪の目からも、今日の九十郎は明らかに違って見えた。

 

「俺は……俺はどっかで、犬子は泣かないし傷つかないとでも思ってたのかもな。

 いや、たぶん思ってたんだろう。

 だから何度も、前田利家は剣丞の嫁になった方が良いって……俺は……」

 

この日、九十郎は珍しく自らの言動を恥じていた。

本当に珍しく己の行動を省みて、後悔をしていた。

 

九十郎は前田利家も、上杉謙信も、山県昌景も同じ人間だと思っていなかった。

自分という存在が前田利家に、上杉謙信に、山県昌景に影響を与えるとは思えなかった。

前田利家や上杉謙信、山県昌景に好かれるなんて思いもしなかったし、信じられなかった。

 

前田利家だから出会った、前田利家だから愛されない、ただの犬子とは思えない。

山県昌景だからであった、山形昌景だから愛されない、ただの粉雪とは思えない。

上杉謙信だから出会った、上杉謙信だから愛されない、ただの美空とは思えない。

 

だが今は……

 

「九十郎、何かあったっすか? 今日はいつもと雰囲気が違うっすよ」

 

そう言われて、九十郎は昨晩の出来事を思い出す。

美空が泣いていた事を。

美空が剣丞を怖がっていた事を。

美空をキスをした事を。

美空が柘榴と同じか、それ以上のキス魔であった事。

何度も何度も、何度も何度も何度も何度もキスをせがまれた事。

もう一回とか、次が最後とか、今のうちにキス溜めしときたいとか、九十郎分が足りなくなるとか色々言ってきて……端的に言って、夜が明けるまでひたすらイチャイチャし続けた事を思い出す。

 

信じがたい事に……

 

「信じがたい事に……俺は上杉謙信……じゃねえや、長尾景虎に影響を与えていたらしい。

 長尾景虎を変えていたらしい」

 

九十郎がそう呟くと、柘榴と粉雪が顔を見合わせる。

そして同時にふっと笑みがこぼれた。

 

「何だよ、今までずっと気づいて無かったのかぜ?」

 

「御大将は変わってるっすよ」

 

「昔の景虎は今と違って、街中をチャリで爆走したりしないし、

 唐突にテールスピン・ドリフトォーーーッ!! とか叫んだりしないんだぜ」

 

「眉間に皴が寄る回数が減ったっす。 お酒の量も減ってるって噂っすよ」

 

「景虎は……いや、美空は変わったんだぜ。 あたいには分かるぜ」

 

「そっすよ、九十郎」

 

かつて九十郎のファースト幼馴染は『英雄も所詮は人間』と言った。

王様ゲーム中、ネタ命令(しかも自爆)で発した言葉だったので、

当時の九十郎は聞き流して、気にも留めなかったが……今になって思い返してみれば、奇妙な説得力のようなものを感じた。

 

「英雄も所詮は人間……か……」

 

九十郎は心のどこかで、犬子や美空、粉雪を人間と思っていなかった。

人間と思っていないから、相手がどう思うかとか、相手がどう感じるかとか、そういう事を考えていなかった。

 

九十郎は思う、自分の存在は犬子や粉雪も変えたのだろうかと。

自分と出会わなかった犬子と粉雪は、自分が知る犬子や粉雪と違うのだろうかと。

もし自分と出会わなければ、犬子も粉雪も、新田剣丞に……

 

かつて見た、犬子と粉雪が剣丞に抱かれる夢を思い出し、九十郎は少し吐き気がした。

 

そして九十郎は……

 

「やっぱ、渡したくねえよな、剣丞には」

 

その言葉を聞き、柘榴と粉雪はもう一度顔を見合わせる。

 

「本当っすか!? 本当に本当っすか!?」

 

「誰をなんだぜ!? あたいもそこに入ってるのかぜ!?

 入ってるって言ってくれなんだぜ!」

 

若干食い気味に柘榴と粉雪が九十郎に詰め寄る。

負けたら自分達が剣丞の嫁になると宣言したものの、今一やる気を見せない九十郎に対し、思う所があったのだ。

 

「剣丞には渡せねえよ、柘榴も、美空も、粉雪も……」

 

九十郎は剣丞に抱かれる犬子の姿と、自分を好きだと叫んでいた犬子の姿を交互に思い浮かべる。

九十郎に捨てられると泣いていた犬子の姿も思い浮かべる。

怖い怖いと泣いていた犬子の姿を思い浮かべる。

 

何がどうなったのかとかは聞いていないし、知らないし、分からないが……

 

「……犬子も渡せねえ」

 

九十郎は自分自身に言い聞かせるように言った。

瞬間、柘榴と粉雪の顔がぱぁっと明るくなった。

 

とりあえず貞子と雫は九十郎を殴っても良いだろう。

 

「じゃあ勝たねえとな、なんとしても」

 

粉雪はかつて九十郎から贈られた魔理沙っぽい帽子を深々と被りなおす。

粉雪はまたもや自称霧雨魔理沙として空と名月の後継者争いに首を突っ込むつもりである。

 

「当然、柘榴も手を貸すっすよ」

 

「そりゃ心づよ……おい、公平を期すためにお前は介入禁止だって言ってなかったぜ」

 

正論だが、霧雨魔理沙と言い張って参戦する気満々の粉雪が言って良い台詞ではない。

 

「まあまあ、粉雪が通りすがりの霧雨魔理沙って事で通るなら……

 当然、柘榴も同じ手段が使えるって事っすよ」

 

そう言うと柘榴は押入れの奥から衣装入れの箱を引っ張り出し、奥からこの時代にはそぐわない形状の衣服を取り出した。

 

「そ、それは……お前、マジかよ……」

 

それが何かに気づいた九十郎が、思わず蒼褪める。

こいつまさかコレを着て戦場に出る気じゃあるまいなと考える。

 

それはかなり大胆なスリットが入れられた緑色のチャイナドレスと、星型のバッチが付けられたベレー帽……紅美鈴が着ている衣装に似せて作られたコスプレ服だ。

 

「そう、九十郎がこすぷれえっち用に作った衣装っすよ。

 これを着て通りすがりの紅美鈴とでも言い張れば万事解決っす」

 

柘榴が三つ編みを解き、彼女の長く綺麗な髪がバサッと広がる。

 

柘榴が持ち出した衣装はコスプレエッチ用に作っただけあって、チラリズムの見地から計算された下半身の露出が、非常に魅惑的な様相を呈している。

早い話、戦場における実用性は全く考慮されていない上、男を誘ってるのかと思うような格好であるのだ。

 

露出度と言う意味では柘榴の普段の格好の方が上だという点には目を瞑ってもらいたい。

 

いずれにせよ確かな事は……

 

「足引っ張るんじゃないぜ」

 

「柘榴はもう誰にも止められねーっすよ。 愛のパワーっす」

 

「ありがとな、柘榴、粉雪。 俺が剣丞に勝てるかは分からないが……やってやるさ」

 

いずれにせよ確かな事は……剣丞と九十郎の双方に戦意が宿った事だ。

それ故に、今この瞬間、剣丞と九十郎の戦いが始まったといえよう。

 

……

 

…………

 

………………

 

「納得できませんわっ!!」

 

一方その頃、名月は後継者争いを中止しろと美空に詰め寄っていた。

 


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