戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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犬子と柘榴と九十郎第70話『夜会話のお時間

「雫……良いだろ、なあ……」

 

マッチョな大男が、ニタニタと下卑た笑みを浮かべながら、幼い少女に迫っていた。

 

「く、九十郎さん、やめてください。 私には心に決めた人が……」

 

小寺官兵衛・通称雫が後ろに下がりながらそう告げる。

その目は恐怖で一杯で、目尻には涙すら浮かんでいた。

 

「新田剣丞の事なんかすぐに忘れさせてやるよ」

 

雫の目の前で九十郎が袴を脱ぎ、下履きも脱ぎ捨て、ぼろんとアレを露出させる。

 

「きゃっ……ほ、本当にやめてください! 困りますから!」

 

「煩い! お前が可愛いのが悪いんだ! 俺をその気にさせて!」

 

逃げ出そうとする雫の腕を掴み、そのまま引き倒す。

固い床板に背中を叩きつけられ、痛みに悶絶する。

 

「剣丞なんかには絶対に渡さねえ、雫は俺のものだ……」

 

「だ、駄目……駄目です、放してください……」

 

九十郎が雫の衣服を破り捨てる。

1枚、また1枚と……彼女の身体を覆う布切れが取り払われていく。

 

雫が一糸纏わぬ姿になるまで、そう時間はかからなかった。

 

「さあ、挿れるぜ」

 

男が女に、狂気にも似た視線を向ける。

目の前の女を自分のモノにしたい、支配したい、そんな想いで一杯であった。

 

そして……

 

「やめて、駄目……ああっ!!」

 

……

 

…………

 

………………

 

「なんて事になっていませんでしたかっ!?」

 

「……なってません」

 

雫は何とも言えない微妙な顔でそう答えた。

 

雫と蒲生梅賦秀……XX歳とX歳のガキンチョコンビが、情報共有も兼ねて旧交を温めていた。

(この物語の登場人物は全員20歳以上です)

 

その中で、突如として行方不明になっていた雫が、何がどうなって九十郎と行動を共にしていたかの話になったのだ。

 

「もう一度言います、なってません」

 

「あら、そうでしたの? あのブ男、私の胸とか、一葉様の胸とか、麦穂さんの胸とか、

 いやらしい視線を向けていましたから、てっきり……」

 

「あの人が大きなおっぱいの女性を好んでるのは一目瞭然ですけど……

 あの、私のここを見てもう一回聞きますけど、手を出されると思いますか?」

 

雫が自分の胸に手を当てる。

梅が自分の胸と雫の胸を交互に見比べる……そこには夢と希望の詰まった豊満な果実と、嘆きと絶望しか無い悲しき絶壁があった。

 

「……なっていない?」

 

「なってません、全然、全く、毛ほども、

 私の目の前であんな大声で愛してましたって叫んだのに」

 

雫はX歳のくせにメロンのように育った早熟おっぱいを親の仇のように見つめている。

(この物語の登場人物は全員20歳以上です)

 

梅は雫の半分も生きていないくせに、雫の倍以上の胸部装甲を装備していた。

当然、梅が九十郎の視界に入っている間、ずっといやらしい視線が向けられていた。

 

全ての胸を愛すると公言して憚らない剣丞の元に居た時はさほど気にはならなかったが、巨乳好きで、ナイスなおっぱい(梅を含む)を見ると鼻の下を伸ばし、嫁2人が揃って巨乳で、雫に熱烈な求婚行為を繰り返す九十郎の元に居る現在では、どうしてもどうしても気になってしまうのだ。

 

「あら、意外と紳士ですのね」

 

「そうでもないですよ。

 京に来てた時は我慢していたみたいですけど、越後では人目も憚らずに……

 その……接吻をしたり、胸やお尻を触ったり……それどころかそれ以上も何回か……」

 

雫の脳裏で犬子や柘榴が九十郎に跨り、腰を振り、いやらしく喘ぎ声を漏らす光景が再生される。

とりあえずXX歳の情操教育上良くない光景である事は確かである。

(この物語の登場人物は全員20歳以上です)

 

「本当に大丈夫ですの? 本当はあの筋肉男に何かされて……」

 

「いえ、何も! ああ、いえ、あの……その……

 何かされたという意味では、色々されてるのですが……」

 

「色々とぉっ!?」

 

基本耳年増な梅が、顔を真っ赤にした。

今、彼女の脳裏にはマッチョなブ男が雫に襲い掛かり、覆いかぶさり、ヘコヘコと腰を上下させる光景が広がっていた。

 

それは顔が醜い男は心も醜いという先入観に基づくものだったが、九十郎は基本屑だし、小波をレイプ一歩手前まで行った事があるので、実はあんまり的外れな想像という訳でもない。

 

「雫さん、良くぞ打ち明けてくれましたわ。

 今すぐあのブ男を成敗して参りますから、少しお待ちになっててください」

 

「へっ、成敗!?」

 

「ええそうですわ、うら若き乙女の純潔を腕づく、力づくで散らして奪ったのですもの。

 友として黙って見過ごせませんわ。 全くけしからんですわっ!

 まず粗末な男根を切り落として、八つ裂きにして、首級は…」

 

「ま、待ってください! やめてください!」

 

ポン刀片手に長尾の陣幕に押し入ろうとしている梅を、雫が血相を変えて引き留める。

 

九十郎はなんやかんやで美空からの信任が厚く、梅が斬りかかって行ったり、うっかり成敗なんてしようものなら、織田と長尾の全面戦争待ったなしである。

 

「雫さんがそう言うなら仕方がありませんね。

 耳の穴から手を突っ込んで奥歯ガタガタいわす程度で許して差し上げますわ」

 

「そういう事はされてませんからっ!!

 ちょっと誘拐されただけで、それ以外は乱暴な事はされてませんから!!」

 

「なら、先程仰っていた色々とは何ですの?」

 

「え、いえ……それは……」

 

そう言われて、雫は九十郎から受けた数々の仕打ちを思い出す。

 

『一万年と二千年前から愛してましたあああぁぁぁ~~~っ!!』

 

そんな衝撃的な愛してる発言から始まった、数々の求愛、求婚の行為(誤解)を……

 

「指輪……指輪を頂きました……」

 

雫は顔を真っ赤にし、もじもじしながらそっと梅に左手を見せる。

薬指にはキラキラと輝く宝石がついた指輪がはめられていた。

 

「……な、なんて神々しい」

 

幾度も試行錯誤を重ねた上に完成されたカットが、見た事が無いような輝きを実現させていた。

梅が思わず神々しいと呟いてしまうような輝きで会った。

 

「これを頂いたのですか?」

 

「ええ、九十郎さんの手作りだとか……しかも手づから私の左手の薬指に……」

 

「左手の……薬指……っ!?」

 

梅が絶句する。

こんなに素晴らしい輝きの宝石を贈られるだけでも驚きだと言うのに、つけた場所がよりにもよって左手薬指と聞き、大きく驚愕する。

 

「雫さん、以前宣教師様から聞いたのですが……」

 

「梅さんも知っていましたか。

 海の向こうの風習ですが、男性が女性に対し婚姻の証として指輪を贈るとか。

 それもたしか……」

 

「左手の薬指……」

「左手の薬指……」

 

そう、西洋では左手の薬指は心臓に最も近い指、永遠の愛と絆を意味すると言われる場所なのだ。

 

そしてそれを、宣教師達から海外の話を良く聞いていた梅と雫は知っていた。

知っていて、密かに憧れていたのだ。

 

「し、しかし、あの人がそれを知ってるとは限らないのではなくて?

 たまたま一致して……」

 

「……兜も頂きました」

 

「兜?」

 

雫がさっき指輪を見せた時以上に顔を赤らめ、手荷物の中から赤いお椀のような物体を取り出した。

 

兜だと言われなければ兜だの気づけないようなその物体を手に取り、まじまじと見つめ、しばし考え込み……気づく。

 

「……夫婦の和合?」

 

「うぅ……や、やっぱりそう思いますよね……そうとしか解釈できないですよね……」

 

雫が恥ずかしさの余り、頭巾で顔を隠してします。

 

「間違いありません! 間違いありませんわ!

 間違いなくこれは、雫さんと夫婦になりたいという意思の表れですわっ!!」

 

梅は力強く断言するが、ただの勘違いである。

少なくとも九十郎は、黒田官兵衛を自分の嫁にしようという気は一切無い。

黒田官兵衛を抱きたいという気はもっと無い。

九十郎は黒田官兵衛を1人女性としてではなく、戦国時代という名の物語の登場人物として愛しているだけなのだ。

 

「それで、雫さんはどうするおつもりなのですか?

 受け入れるのですか、それともお断りするのですか?」

 

「そ、それは……その……」

 

雫が言いよどむ。

 

織田と長尾、剣丞と九十郎は、いつ敵同士になるか分からない関係だ。

そして自分は、剣丞の持つ不可思議な知識を探り、織田と長尾が正面衝突しないようにそれとなく誘導し……万一の時は、九十郎を後ろから刺す役割を持たされているのだ。

 

今回の詩乃の不調、唐突な軍師代行要請によって、任務が果たせるかどうか不透明になっているが、それでもなお、今ここで九十郎に惹かれているとか、九十郎の嫁になりたいとか言えば、自分を信じてくれている者達にどう思われるか……と……

 

「いえ……やっぱり、何も言わなくても良いですわ。 雫さんを困らせてしまうもの」

 

しかし、顔を真っ赤にして、愛おしそうに九十郎から貰った兜を握り、唇を噛む雫の姿を見て、梅は察した。

 

その洞察力を10分の1でも九十郎に向けていれば、雫と結婚する意思は全く無い事に気づけたかもしれないが……とにかく、梅は察した。

 

「……すみません」

 

「何を仰るんですか。 私と雫さんは、一緒に懺悔室をやった仲ではありませんか」

 

「ですが、ですが私は……」

 

新田剣丞と斎藤九十郎を天秤にかけるような時、剣丞と取れるかどうか、自信が無い……雫はそう言おうとした、そう告げようとした。

それは梅を初めとする剣丞隊の面々にとって、裏切り以外の何物でもない。

 

「雫さん、私はダーリンに……新田剣丞様に恋をしました。

 そしてほんの数日前に、女として愛して貰いましたわ。

 胸が熱くなって、きゅーっと締め付けられるみたいで、とても幸せでしたわ」

 

梅が雫の言葉を遮り、うっとりとした表情でそう告げる。

それは間違い無く惚気そのものだが、それだけではない。

 

「恋って、どうしようもないものですわ。

 駄目だ駄目だと思ったら、余計に熱く激しく燃え上がるものでもありますわ。

 だから雫さんには、好きなように恋をしてしまえば良いと思います」

 

「その結果、私と梅さんが殺し合う事になっても……ですか……」

 

「大丈夫、きっとどうにかなりますわよ」

 

そう言うと梅は、雫をぎゅっと抱きしめた。

 

「剣丞様の誑しは凄いですから。

 きっと九十郎さんとも、美空さんとも争わずにすむ方法を考えますわ」

 

そんな梅の言葉は無根拠で、突拍子も無いものであったが、奇妙な信頼感があった、奇妙な説得力があった。

 

「あはは、そうですね……ええ、本当にそうですね……」

 

軍師としては、常に軍師でありたいと考えている雫にとっては、恥ずべき思考かもしれないが……それでもなお、雫は信じたくなった。

 

新田剣丞ならどうにかすると。

新田剣丞ならば、自分が腹の底から、心を込めて、九十郎に愛を叫んでも大丈夫なようにしてくれると。

 

『一万年と二千年前から愛してましたあああぁぁぁ~~~っ!!』

 

そんな衝撃的な愛してる発言よりも大きな声で、愛を叫びたいと思った。

 

なお、何度も言うが、九十郎は雫に求婚したつもりは一切無い。

全ては雫の勘違いである。

 

……

 

…………

 

………………

 

一方その頃、一葉と美空の2人も、それぞれの置かれた状況の確認も兼ねて、旧交を暖めていた。

 

金ヶ崎での敗走、見た事の無い能力を使う鬼子の登場、そして春日山城の占拠……そんな非常時だというのに、いや、そんな非常時だからこそ、2人は越後から持ってきた酒を片手に無駄話をしていた。

 

今この瞬間だけは、2人は戦の事も、鬼の事も、政治の事も忘れていた。

 

「ちょっと見ない間に、随分と破天荒な婿取りしたじゃあないの、一葉」

 

「ふふん、羨ましかろう」

 

「いいえ全く、全然、これぽっちも。 アレの妻になる位なら、まだ九十郎の方がマシね。

 最悪と底辺一歩手前の程度の低ぅ~い争いだけれど」

 

「九十郎か、アレも一廉の男と思うが、流石に主様には及ばんと思うぞ」

 

「一廉ぉ!? 一葉、貴女目が曇ってるんじゃないの!?

 次から次へと問題起こすし、すぐにどっかへ行って私をハラハラさせるし、

 たまぁ~に恰好良くて、たまぁ~に優しいけど、普段は駄目駄目だし」

 

「だから惚れておるのだろう?」

 

「全然、全く、これっぽっちも。

 まあ目の前で土下座して、どうか私の妻になってくださいって懇願してくるなら、

 しかたなく、しかたなぁ~く嫁になって……いえ、検討してあげなくも無いけど」

 

「では主様が土下座したらどうする?

 土下座してどうか私の妻になってくださいと懇願してきたら」

 

「蹴っ飛ばす」

 

「どっちの意味でだ?」

 

「話と顔面の両方」

 

「はっはっはっはっはっ、そうかそうか、それは大変だな!」

 

きっぱりと断言した美空の顔を見て、一葉は一気に上機嫌になる。

 

久々……という程久々ではないが、遠く離れた越後の地で慣れぬ国主の仕事に四苦八苦している友人が、意外と乙女であった事を再発見しかからだ。

 

征夷大将軍といえど、他人の恋話は楽しいものだ。

特にそれが、いわゆる対岸の火事であるなら。

 

「まあ、しかし、友として応援はしよう。 その恋が実る事を」

 

「恋なんてしてないわよっ!!」

 

「はっはっはっはっはっ!!」

 

友人が無様にうろたえる様を見て、一葉は満足げに笑う。

 

一葉は薄々感づいている。

美空は完全に自覚している。

美空は九十郎に惹かれていると。

土下座なんて必要無い、ただ一言、俺の女になれとでも告げられれば、美空はすぐにでも首を縦に振ってしまう事にも。

ただ一言、股を開けとか、おOんこを使わせろとか、俺の子を産めとか言われれば、美空は即座に頷いてしまう事にも。

 

だがしかし……

 

「無理よ、私が九十郎と結ばれる事は決してないわ。

 私は上杉謙信で、ただの美空にはなれないもの。

 犬子のようにもなれないもの……」

 

同時に、美空には分かっていた。

自分が上杉謙信である限り、犬子のように、上杉謙信を捨てる覚悟を持てない限り、自分は九十郎と結ばれる事は無いのだと。

 

「上杉……? お主は長尾であろうが」

 

「色々あるのよ、色々と」

 

「まあ、主様の誑しに純朴な娘が引っかからずにすんだと安心するべきか。

 それとも越後の龍殿と盟を結ぶ機会が失われたと嘆くべきか」

 

「盟なら結ぶわよ、織田信長の態度次第では。

 新田剣丞との婚姻とは全く無関係に。 盟って本来そういうものでしょう?」

 

「そうか、本気のお前と斬り合えるかと思ってワクワクしていたのだがな」

 

「冗談はやめてもらえる。

 勝ったら双葉様が悲しむし、負けたら空と名月が悲しむじゃないの」

 

「違いないな」

 

「ええ」

 

「お互い、色々背負ったものだ」

 

「本当に」

 

一葉と美空がそう言いながら、各々の杯に入った酒をぐいっと呷る。

 

「一葉様を幽閉するな、比叡山を焼くな……

 織田久遠信長に突き付ける条件はそれだけにするつもり。

 それを呑む限りは、盟を結んでも良いわ。

 戦国の世に嫌気が差しているのも、鬼を放置できないのも一緒だもの」

 

「ふん、余が大人しく幽閉されるようなタマか?」

 

「双葉様を人質にすれば簡単よ。 貴女って意外と甘いもの」

 

「叡山のクソ坊主共が、大人しく寺社が焼かせるものかな」

 

「もっと簡単よ、連中には危機感が足りないわ。

 自分達には仏がついている、無限の信仰と信徒があり、権威がある。

 だから自分達を敵に回す事は民を敵に回すと同義……

 あそこの屑坊主共は心のどこかで、自分達は誰にも襲われないと信じているわ。

 血みどろの戦いを知らないわ。 そんな連中を皆殺しにするのなんて簡単よ」

 

「お主なら、叡山の屑坊主は百害あって一利無しと言うと思っておったのだがな」

 

「百害はあるわ、でも利だってある。 御仏を心の支えにしている人は多いわ。

 苦しい時、辛い時、悲しい時、人は祈らずにはいられないわ。

 たとえ叡山の坊主共の9割が便器に吐き出されたタンカス以下だと知っていても、

 1割の尊敬できる人達を否定したくないし、

 御仏へ祈りを捧げる名も無き人々も否定したくない。

 何もかもを消し去ってしまうのは……乱暴すぎるじゃないの……」

 

「なら、どうする?」

 

「ゆっくりやれば良いじゃない。

 戦国の世を終わらせてから、ゆっくり、じっくり、1人ずつ屑共を血祭りにあげていけば」

 

「悠長な事だな」

 

酒を口に運びながら一葉は思った。

美空はまだ、叡山の屑共のしぶとさを知らないと。

 

「……皆殺しよりは良いじゃない」

 

美空と一葉が、しばし無言で星空を眺める。

ほんの少し前まで壮絶な戦いがされたとは思えない程に辺りは静かで、綺麗な虫の鳴き声と、木々のざわめきだけが2人の耳に入ってくる。

 

「それで、何故無理だと決めつける?」

 

……一葉が沈黙を破り、そう尋ねた。

 

「なんの話?」

 

「何故始めもしない、挑みもしないで、無理だと決めつける?」

 

「だから何の話よ?」

 

一葉は少し視線を逸らし、小さくため息をつき、重症じゃなと呟き……

 

「色恋の話だよ」

 

……そう答えた。

 

「別に誰にも惚れちゃいないわよ、私は」

 

「お前の色恋とは言っておらんが」

 

「はっ……話の流れでなんとなくそう思ったの! 悪い!?」

 

「成就すると分かり切っていなければ恋も出来んのか?

 それではあまりにも面白みが無かろう」

 

美空は顔を真っ赤にして、奥歯を噛みしめ、肩や指先に力を籠める。

 

「他人事だと思って! 成就しないと分かり切ってる恋程惨めなものはないのよ!!」

 

酒の勢いもあっての事か、美空と一葉の目が座る。

明らかに最初の方の和やかな空気が消え去る。

 

「少し見ない間に軟弱になったな、親友」

 

「わざわざ助けに来てくれた相手にありがとうの一言すら無いのかしら、親友」

 

互いにじと~っと睨みつけながらそう言い合う。

今この瞬間にも真剣での斬り合いが始まりかねない程に険悪な雰囲気である。

 

「親友と思うから言っているのではないか、とっとと押し倒せと」

 

「事情も知らない癖に、知ったような口をきかないで」

 

「余にはお前がヘタレてるだけに見えるのだがな」

 

「……その喧嘩、買ったわ」

 

そして……

 

「三・千・世界ぃーっ!!」

 

「三昧耶曼荼羅ぁーっ!!」

 

……こうなった。

 

……

 

…………

 

………………

 

「良いんじゃないか」

「駄目だな」

 

その話を聞いた新戸と九十郎は、全く正反対の反応を、全く同じタイミングで示した。

 

新戸と九十郎が同時に顔を見合わせ、こいつ大丈夫かとでも言いたげな失礼な視線を向け合った。

 

「クズロー、気は確かか?」

 

「確かに決まってんだろ、馬鹿にしてんのか糞ニート」

 

美空や一葉のように、今にも殴り合いが始まりそうな程に険悪な雰囲気になる。

何の話かと言うと……

 

「俺が春日山城から空ちゃんって娘を助けに行くって話、やっぱり駄目かな?」

 

新田剣丞が助けられた礼にと、九十郎達に力を貸すと言い出したのだ。

 

「空が捕まってるんだぞ、今は1人でも手が欲しい所だろうが。

 あんまし認めたくねえけど、綾那や鞠は腕利きだし、小波なんて服部半蔵だぜ、服部半蔵。

 是非とも力を貸してくださいって、こっちから頭を下げるべきだろ」

 

春日山城に四斤山砲が10門程隠してあるの、武田にバレると拙いしな……と、九十郎は剣丞達に聞こえないようにぼそっと呟いた。

 

なお、四斤山砲とは、対武田晴信用に用意している秘密兵器の名だ。

別名はナポレオン砲、口径は86.5mm、最大射程2200m……斎藤九十郎が特に気に入っている野戦砲である。

 

反射炉が完成し、良質の鋼鉄を製錬できるようになったために完成に漕ぎ着けた、オーバースペック極まりない新兵器だ。

 

「話を逸らすな、それだけじゃないだろ、クズロー」

 

「……新田剣丞が力を貸すって言ってるんだ、心強いだろ」

 

「そこだ、オレが問題にしてるのはそこなんだ」

 

新戸がそう言いながら、剣丞の顔をビシッと指差す。

 

「クズロー、剣丞の顔を見て何か思わないか?」

 

九十郎が剣丞の顔をまじまじと見つめる……肌は土気色で、唇はカサカサで、目の下には隈があった。

 

「……最近、寝不足か?」

 

「違う! 蘭丸に生気を吸われて死にかけてるんだっ!

 詩乃や桐琴程深刻じゃないが、お前も安静にしてないと駄目なんだっ!!」

 

「大丈夫だろ、人間そう簡単に死なねえよ。 剣丞みたいな主人公なら猶更にな」

 

今一深刻さが分かっていない九十郎がへらへらと笑いながらそう告げる。

この男は心のどこかで、剣丞は死なないと思い込んでいた。

剣丞は負けないし、失敗もしないと思い込んでいた。

 

「無茶は承知だよ。 だけど、辛いのは皆一緒だし、

 詩乃や桐琴さんにゆっくり休んでもらうためにも、戦いを長引かせたくない」

 

剣丞が少しふらつきながら、無理矢理笑顔を作って見せる。

新戸にはそれが明らかな強がりだと分かっていたが、それを指摘してもどうしようもない事も知っている。

 

新戸はふぅ……と、ため息をついた。

 

「先に言っておく、この戦いにオレは関わる気は無い」

 

「何でだ?」

 

「この戦いに鬼は全く関わってない、全然無関係に起きている。

 オレの超能力は、人対人の戦いに使うべきじゃない。

 オレは今回の一件には関わりたくない、本当は助言も出したくない」

 

「融通の利かないニートだな」

 

「煩いぞクズロー。 だがその上で言わせてもらう。

 剣丞、お前は今死にかけだ、もうしばらくは安静にしていろ」

 

「でも、俺だけ寝ている訳には……」

 

「全然元気そうに見えるけどな」

 

「駄目だ、アトランティスと戦った直後のキン肉マンと同じ位消耗している。

 休まないと死ぬ。 本当ならレッグラリアートをしてでも寝かせたいくらいだ」

 

分かりにくい例えである。

 

「心配してくれるのは有難いけど、俺は本当に大丈夫だからさ」

 

剣丞がそう告げると、新戸は深く深くため息をつく。

 

「剣丞、だからオレはお前が嫌いなんだ」

 

「それじゃあ……犬子はどう思う?」

 

九十郎が唐突に犬子に話を振る。

 

「う~ん……犬子は、剣丞様なら大丈夫だと思うかな。

 ひよ子が凄い人だって言ってたし、何か恰好良いし」

 

「そうそう、イケメンだよな剣丞は」

 

「うんうん、言いたかないけど九十郎より何倍もイケメンだよね」

 

「ははは、俺よりイケメンだよな。 イケメン無罪!」

 

「ただしイケメンに限る!」

 

酷い理論である。

 

酷い理論であるし……犬子が剣丞をイケメンだと言う度に、九十郎の心がちくり、ちくりと痛んでいた。

 

そんな九十郎の小さな小さな痛みに犬子は気づいていない、九十郎も自覚していない。

 

犬子はもう、十分すぎる程に伝わっていると思っていた。

自分が九十郎を愛しているという事は既に伝わっていて、当然の前提になっていると思っていた。

 

だが本当は、九十郎は今なお疑っている。

前田利家が自分のような屑を好きになるなんてあり得るのかと。

前田利家のような価値のある女は、新田剣丞のような価値のある男と結ばれるべきではないかと。

前田利家は、本当は新田剣丞のような主人公に惚れているのではいかと。

前田利家は、本当は新田剣丞のような主人公に惚れるべきなんじゃないかと。

 

前田利家が自分のような屑を好きになるなんて、何かの間違いなんじゃないかと。

 

「だろ、良しじゃあ賛成3、反対1で剣丞案可決、この話おしまい」

 

だがそんな疑念をおくびにも出さず、九十郎はヘラヘラと笑いながら剣丞案を押し通した。

剣丞が死ぬとも、剣丞が失敗するとも思っていなかった。

 

「……オレは止めたぞ、止めたからな」

 

新戸が不機嫌そうに頬を膨らませるのを、当然のように九十郎は気に留めなかった。

 


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