戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第67話にはR-18描写があるので、犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
第67話URL『https://syosetu.org/novel/107215/22.html


犬子と柘榴と九十郎第66話『金ヶ崎の戦い』

金ヶ崎……新田剣丞と織田久遠信長にとって痛恨の敗北があった。

無数に存在する並行世界の中で、大体の世界で散々な目に遭う戦いである。

 

大体の世界で、剣丞と久遠は生き延びる。

鬼を裏から操っているエーリカ……正確にはそれを支配するオーディンの目的が、剣丞と戦国時代の英雄達を適度に追い詰めて、目ぼしい英雄達が全員剣丞の嫁になるよう仕向ける事なので、ほぼ全ての世界で剣丞と久遠は生き延びる。

 

金ヶ崎で死亡してもオーディンの計画への影響が少なく、オーディンにとってもそこまで優先順位が高くない人……具体的には犬子とか、柘榴とか、和奏とか、雛とか、麦穂とか、歌夜とか、雀とか、その辺の人達はそれなりの確立で討ち死にしたり、鬼に凌辱されたり、追い詰められて自害したりするのだが、ほぼ全ての世界で剣丞と久遠は生き延びる。

 

ギリギリまで追い詰めつつも、ギリギリ生き延びられるようにするのが目的だからだ。

吊り橋効果で英雄達と剣丞の距離を縮め、恋仲にさせるのが目的なのだから……

 

なお、うっかりやり過ぎて久遠やひよ子といった、オーディンにとって喉から手が出る程に欲しいSランク英雄を殺してしまった世界とか、うっかり派手に動きすぎ、黄泉津大神・通称イザナミに計画が察知され、『貴様のような者がいるから、一日千人以上の人が死ぬのだろうがァッ!』とばかりに、イザナミとそれに与する無数の悪霊、怨霊達がヴァルハラ宮殿に殴り込みをかけ、オーディンが比喩表現ではないあの世に送られる世界がたごくまぁ~にある。

エーリカは基本しっかり者なのだが、それでも100回に1回くらいは失敗するのだ。

 

とはいえ、それは非常に非常に稀なケースなので、虎松達も知らない事である。

 

そしてもう一つ、この金ヶ崎の戦いはかなりの確率で桐琴が討ち死にする戦いでもある。

虎松達の体感では、死ぬ確率はおおむね35%程度。

スーパーロボット大戦を一度度でもプレイした人であれば、35%がどれだけ恐ろしい確率かは理解してくれるだろうか。

 

そしてその35%の確率で、あらゆる世界の虎松達にとって背筋を凍るような恐ろしい事が起きるのだ……

 

……

 

…………

 

………………

 

「ぜぇ……ぜぇ……はぁ……ぐっ、うぅ……」

 

桐琴が戦っていた。

 

愛娘である小夜叉を守るために。

自らが惚れた男であり、娘も少しずつ惹かれつつある男……新田剣丞を守るために、この地獄のような撤退戦から生き延びさせるために、桐琴はたった1人で戦っていた。

 

彼女はここで死ぬつもりだ。

ここで死んでも構わないと思っていた。

 

「くそ……が……し……死ねよっ! 貴様らぁっ!!」

 

気力だけで身体を支え、槍を振るい、鬼達を地獄への道連れにしていく。

既に彼女の体力が限界に達し……いや、既に限界を超えていた。

本当に最後の気力で、最後の力を振り絞っていた。

 

そんな桐琴に対し、数えきれない数の鬼達が群がり、その容赦無く爪や牙をつきたてる。

 

「ぐ……ぁが……放ぁ……せぇっ!!」

 

右肩に噛みつく鬼の眼球を抉り、顎を砕き、無理矢理引きはがす。

噛み痕から血が流れ落ちる。

既に大小100を超える数の傷がつけられていた。

その内何個かは、即死してもおかしくない程の深手であった。

 

「もっとだ……もっと寄って来い畜生めがっ!!」

 

それでもなお、桐琴の心は折れない、萎えない。

命に代えても、この身に代えても娘と剣丞を守るのだと固く決意しているが故に。

 

しかし……

 

「目が……霞む……」

 

それでも、彼女の身体は限界を超えていた。

気力だけでどうこうできるような傷では無かった。

血が流れ過ぎていた。

 

「ぁ……」

 

そしてついに、彼女の愛槍が曲がり、吹き飛んだ。

素手になってしまった桐琴目がけ、何匹もの鬼が飛びかかる。

それを躱す気力も、それを振り払う体力も残っていなかった。

桐琴は成す術も無く鬼達によって押さえつけられてしまった。

 

既に精も根も尽き果てていた。

戦う力は残っていなかった。

 

「う……腕が……動かん……」

 

両腕の骨がぐしゃぐしゃにされている事に、桐琴は今更になって気がついた。

彼女の愛槍・蜻蛉止まらずもグニャグニャにひしゃげ、原型をとどめていない程に壊れていた。

桐琴の指も愛槍と同じくらいに曲げられていて、もう槍どころか箸すらも持てそうになかった。

 

そして周囲には無数の……どんなに少なく見積もっても100を超える数の鬼達がいた。

 

もう戦う事はできない、逃げる事もできない、そして当然、今から自分が死ぬまでの間に助けが来る事も期待できない……森桐琴可成の命運は、これ以上無い程に確実に尽きたのだ。

 

「あ……ぐぅ……お……」

 

鬼の拳が桐琴の右腕にめり込む。

ごきゃり、と嫌な音がして、骨がぐしゃぐしゃに砕けた。

そして吐いた。

逃げながら口に放り込んだ陣中食と胃液と血反吐の混合物をボロボロと大地にブチ撒けた。

 

鬼の爪が桐琴の背中を引き裂く。

夥しい量の出血が大地を染め、激痛に桐琴の顔が歪む。

 

倒れた桐琴の左手を、鬼が踏み抜く。

桐琴の左手首がぐしゃっと潰れ、まるで内側から破裂したかのようにズタズタになる。

 

「ぎっ……ぐぅ……あ、が……」

 

それから先も、鬼達は何度も何度も……何度も何度も何度も何度も……何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……立ち上がる力すら無い桐琴を痛めつけた。

 

そしてある時、鬼達による集団リンチが止まり……気がつけば桐琴を囲む鬼達が興奮していた。

息を荒げ、目を血走らせ、大きく肩を上下させていた。

その興奮は、桐琴を包む衣服が1枚、また1枚と引き千切られる度に大きく強くなっていった。

 

命を賭けた死闘による興奮とはまた違う……発情の興奮であった。

 

「こいつら……儂と交わろうてか……」

 

覚悟はしていた。

剣丞達から離れ、1人足止めをしに残ると言い出した時から……いや、初陣の日からずっと、桐琴は既に覚悟を決めていた。

 

敵に敗れ、無残に殺される覚悟も。

敵に囚われ、力づくで犯される覚悟も。

 

「ふん……儂が今更、異形に犯される程度の事で怯むものか」

 

怖気はあったが、桐琴は即座にそれを飲み込んだ。

そして桐琴はあえて、発情し興奮する鬼達に対し足を大きく広げて見せた。

桐琴のおOんこが外気に晒され、鬼達の発情しきった視線に晒される。

 

「気が済むまで犯すが良いさ」

 

桐琴は、鬼に犯される自分の不運を呪い……いや、呪わなかった。

むしろ彼女は、幸運とすら思っていた。

 

彼女は惚れた男と愛娘を死地より脱出させるため、命を捨てる覚悟であったから。

1匹でも多く、一瞬でも長く、鬼達を引き付けよう……そのためにならば何だってしよう。

命が尽きる瞬間まで足掻き続けよう。

そう決めたのだから。

 

自分のおOんこが鬼の足止めに使えるならば、喜んで使おう。

桐琴は今、そう考えていた。

 

「グルゥ……グゥオォッ……」

 

およそ人間の言語には聞こえない呻き声と共に、1匹の鬼が桐琴にのしかかった。

桐琴は拒まない……もっとも、武器を喪い、両腕を砕かれた彼女に鬼の膂力に抵抗する事は不可能であるが。

 

そして鬼が己の醜悪な逸物を、桐琴の秘唇に宛がった。

 

恐怖はあった。

異形の怪物に犯される、女としての本能的な恐怖があった。

だがその恐怖を、桐琴はすぐに飲み込んだ。

 

『見セテクレ……教エテクレ……本当ノ愛ハドコニアル……』

 

桐琴の脳裏に、何故かそんな声がよぎった。

そして……

 

「うっ、あぁ……」

 

……

 

…………

 

………………

 

一方その頃、桐琴が命懸けで……いや、命を捨てて助けようとしていた剣丞もまた、苦境に立たされていた。

 

桐琴が命と引き換えに、後方から迫る鬼達を足止めしてくれていたが、前方や側面から回り込んできた鬼が、剣丞隊に襲い掛かってきていた。

 

数や強さはそれ程でもなかったが、連戦に次ぐ連戦で疲弊しきった剣丞隊にとっては、鬼一匹切り捨てるのにも凄まじいまでの負担があった。

 

「み……皆、大丈夫か?」

 

光る剣を携え、剣丞が肩で息をしながら皆に呼びかける。

大丈夫な筈が無い、全員満身創痍で、ギリギリだと分かっていたが、そう問いかけていた。

 

「綾那はまだまだいけるのです!」

 

……前言撤回、本田忠勝以外は全員満身創痍だと分かっていながら、剣丞は大丈夫かと問いかけていた。

 

「剣丞様……」

 

詩乃は一瞬、もう駄目ですとか、もう限界ですとか、もう耐えられませんとか、

そんな弱気な言葉を出しそうになった。

 

いや、詩乃だけではない、綾那を除く弱音を吐きたい気分であった。

剣丞ならば、織田の天人である新田剣丞ならば、この絶望的な状況をひっくり返す何かがあるのではないかと……かつて絶望の淵に立たされた詩乃を救った時のように、剣丞ならどうにかしてくれるのではないかと……そう思ってしまっていた。

 

そして全員の心に絶望が湧き始めたその時……

 

「総員、かかれぇいっ!!」

 

「犬子ぉ! 柘榴ぉっ! 俺達も行くぞぉっ!!」

 

「おおーーーっ!!」

 

「気合十分っす!」

 

……助けが来た。

 

およそ800名の兵達が鬨の声を挙げ、苦戦を続ける剣丞隊の元へとやって来た。

連中は銃の先に小太刀を付けた奇妙な武器を手にして、そして剣丞隊を襲っていた鬼達を次々と斬り捨てていく。

 

あっと言う間に、視界に写る限りの鬼達は1匹残らず討伐された。

 

その先頭を走る者は、犬子と柘榴と九十郎だ。

 

「九十郎……何で……?」

 

「何でって……助けに来たんだが」

 

剣丞と九十郎がキョトンとした表情を向け合った。

 

剣丞は九十郎を敵か、そうでなくても油断のならない相手だと思っていた。

剣丞はこの状況下で、トドメを刺しにくるならともかく、助けに来るとは思っていなかった。

 

九十郎は剣丞を主人公で、万一死んだらバッドエンド直行だと思っていた。

ひよ子は豊臣秀吉で、久遠は織田信長で、死なれでもしたら後の歴史が滅茶苦茶になると思っていた。

だから軒猿から苦境に立たされているという知らせが入ると、即座に助けに向かおうと言い出した。

 

「ひよ子、大丈夫!? 怪我とかしてない!?」

 

「犬子さん……ええ、私は大丈夫です。 この通りピンピンしてますよ」

 

「織田の天人はしぶといっすね、間に合わないんじゃないかって心配してたっすよ」

 

犬子にも柘榴にも、もちろん九十郎にも、自分達を殺しにきたような素振りが無かった。

 

「剣丞様! ご無事ですかっ!!」

 

「雫……?」

 

京で出会い、突如として行方を眩ませ、ずっと心配していた雫の姿もあった。

雫が心配そうに剣丞に駆け寄ってきていた。

 

もしも九十郎達が敵で、もしも九十郎達が自分達を殺しに来たのであったなら、雫は何らかの方法で警告してくる筈だ。

 

だからとりあえず、剣丞は九十郎達を信じる事にした。

そもそも、この新たな乱入者達が敵であったなら、自分達は成す術も無くハチの巣にされるのだしと。

 

「ああ、俺はまだ大丈夫だよ。 だけど……」

 

雫が何故九十郎と行動を共にしてるんだとか、久遠とはぐれて、どうなっているか分からないとか。色々と言いたい事はあった。

 

だが、今緊急に言わなければならない事と言えば、と考え……

 

「頼む、九十郎! 力を貸してくれ!」

 

剣丞は地面に手をつき、そう叫んだ。

 

「あ、ああ……分かった、とりあえず美空と合流できるように……」

 

「そうじゃない! それだけでも助かるし、有難いけど、そうじゃないんだ!」

 

「ソーラン節でも踊るか?」

 

「いらないよっ!!」

 

この男はそこら中に鬼が湧き、そこら中で銃声とか断末魔がする状況下で、何故ソーラン節が求められていると思ったのであろうか。

 

「剣丞様、落ち着いて話してください。 何があったのですか?」

 

雫から話の続きを促され、剣丞はすーはーと深呼吸をする。

一分一秒を争う事態だが、だからこそ一旦落ち着いて、手短に事態を伝えないといけない。

 

「桐琴さんが1人で残って、鬼達の足止めをしている。

 今すぐ戻れば、もしかしたら助けられるかもしれない。 だから頼む、力を貸してくれ。

 俺達だけじゃ助けに行く事ができないんだ」

 

『優しくあれ。 だが厳しくもあれ。 そして皆と共に生きていけ』

 

そう言い残して、たった1人で鬼の大軍に向かっていった女性を、剣丞は助けたいのだ。

 

「桐琴……って、確か小夜叉のお母さんだったよな。

 森可成っていう、戦場でも半裸の……」

 

「稲生で起きた戦いでお世話になった人だよね」

 

ある意味犬子と九十郎の命の恩人だが、当の本人はヒャッハーと叫びながら首を刈り取っていただけである。

 

九十郎は思った。

森可成って戦国DQN四天王の1人だろ、つまり伊達政宗と同レベルのクソヤロウって事だ。

積極的に殺しに行く気までは無いけど……あんまり助けに行きたくないなあと。

 

「おい剣丞、母は自分の命の使い方を自分で選んだんだって言ったばっかだよな。

 森一家はオレが引き継ぐってついさっき言ったばっかだよな。

 それで……舌の根も乾かねえうちにやっぱ助けに行きますか?」

 

小夜叉が横から口を挟む。

 

「おう、久しぶりだな小夜叉。 元気か……いや、あんまり元気そうじゃねえな。

 小夜叉は良く納得したな、結構仲が良い親子だっただろ」

 

「納得してる訳ねぇだろっ!!」

 

剣丞の前で、小夜叉が怒鳴り声を挙げた。

X歳(この作品に登場する人物は全員20歳以上です)の子供が、母親が自分達を逃がすために死にましたと聞き、そう簡単に折り合いをつけられる筈も無い。

 

戦場だから、武家の娘だからと、無理矢理感情を抑え込んでいるだけなのだ。

 

本当は……

 

「本当は母の隣で戦いてえに決まってんだろうがっ!!

 命張るなら、オレも一緒だって言いてえに決まってんだろうがぁっ!!」

 

もう一度、小夜叉が叫んだ。

 

「そうか、じゃあ行こうぜ。 俺と犬子と小夜叉で、パートタイム森一家再結成だ」

 

そして九十郎は、放置しても問題なさそうな奴には厳しいが、放置したら死にそうな者には案外優しい。

 

できれば放置したい、できれば見捨てておきたい桐琴であろうとも……小夜叉が泣くなら、助けに行くのも仕方ないかと思っていた。

 

「良いのか!? 本当に力を貸してくれるのか!?」

 

「お前が行けって言うなら、行くさ。 何せ主人公様の言う事だからな」

 

剣丞からの問いに、九十郎はそう答えた。

命懸けで戦ってまで桐琴を助けに行きたいとは思わないが……主人公で、価値のある男である新田剣丞が行けと言ったのだからと、九十郎は快諾する。

 

九十郎は、自分のような屑の判断よりも、新田剣丞のような主人公の判断が正しいに決まっているとハナから決めつけているのだ。

 

「……何故?」

「……どうして?」

 

そんな九十郎の言葉と態度に、詩乃と雫が同時に違和感を覚えた。

いくらなんでも、即断即決が過ぎると。

まるで自分で考える事を放棄しているようだと感じた。

 

「剣丞様!」

「九十郎さん!」

 

詩乃と雫が同時に声を出す。

今はとにかく、九十郎の性質を利用するしかないと詩乃は考え。

今はとにかく、九十郎の性質を利用させてはいけないと雫は考えた。

 

しかし……

 

「おい……今誰を残したと言った?」

 

瞬間、その場にいる全員がゾクリと悪寒を感じた。

九十郎の隣にいた白髪の少女が静かに……しかし、異様なまでに強烈な殺意と共にそう尋ねてきたのだ。

 

「もう一度聞くぞ、新田剣丞。

 今、お前は、よりにもよって誰を残して逃げ出したと言った?」

 

瞬間、剣丞の刀が光を放った。

強烈な光であった。

過去に1度も見た事が無い……いや、紅い髪の鬼が綾那達を蹴散らしていた時を除けば、1度も見た事が無い反応であった。

 

そして同時に、剣丞と詩乃は目の前にいる娘の声が、あの紅い髪の鬼に良く似ている事に気がついた。

 

「き、君は……?」

 

「井伊直政だ、この姿で会うのは初めてだな。 だがそんな事はどうだって良い。

 お前は今、よりにもよって桐琴を残したと……桐琴を捨て駒にしたと言ったのか?」

 

剣丞が頷く。

元より嘘をついたり、誤魔化したりする気は無かったが、その有無を言わせぬ迫力に圧されていた。

 

「だからっ!! だからお前は嫌いなんだ新田剣丞ぇっ!!

 いつもいつも……いつもいつもいつもいつもオレの邪魔ばかりするっ!!

 小波の次に嫌いだお前はぁっ!! 小波の次にオレ達の邪魔ばかりするっ!!」

 

そして激高した。

白い髪の少女が……いや、紅い髪の鬼が、鬼子が激高した。

 

ゴキリッ、ゴキリッと筋骨が変形する音がして、新戸の姿が醜い化け物へと変わっていた。

怒りの余り、動揺の余り、自らの外観を人に似せるのを忘れてしまったのだ。

 

「落ち着け糞ニート、桐琴が残ると何が困るんだ?」

 

「蘭丸だ! 蘭丸が出てくる! 非常に拙い!」

 

「蘭丸……?」

 

「蘭丸だって!?」

 

剣丞と九十郎にとって、その名前は聞き覚えのあるものだった。

織田信長の小姓で、本能寺で信長と一緒に死んだ人……九十郎の知識はその程度だ。

剣丞はそれに加えて、森可成の子で、森長可の弟である事も知っていた。

 

森蘭丸の生年は1565年、桶狭間の戦いは1560年、

蘭丸は本来、生まれてすらいない筈の人物だ。

だから森蘭丸と会った事が無いのだと剣丞は思っていた。

だから森蘭丸の話題が全く出ないのだと思っていた。

 

本来1561年生まれの筈の井伊直政が目の前にいる時点で気づくべきだったのだ。

本来は15XX年生まれ、桶狭間時点でX歳の小夜叉が、普通に戦場で槍を振るっている時点で気づくべきだったのだ。

(この作品に登場する人物は全員20歳以上です)

歴史書にある生年月日や時系列なんて当てにならないのだと。

 

「おい糞ニート、蘭丸が出てきて何が困るんだ? 正直俺は別にどうでも良いんだが」

 

「蘭丸は鬼子だ! 桐琴と鬼が交わり産まれる鬼子だ!」

 

「そうかそうか、お前と同じ鬼子か。 それの何が問題なんだ」

 

「あいつは……あいつは……あいつは、ヤバイんだ……」

 

「はいはい、そりゃ良かったな」

 

今一危機感の無い九十郎にどう説明しようかと新戸が頭を抱える。

しかしその時……

 

「あ……!?」

 

それが新戸の耳に……鬼子の超感覚に届いた瞬間、彼女は蒼褪めた。

 

「今度はどうした糞ニート?」

 

「き、聞こえた……」

 

「聞こえたって何が?」

 

「拙い、拙いぞ、なんて事だ、始まってしまった、間に合わない……」

 

「おい、まさか……」

 

その言葉を聞いた瞬間、剣丞は心臓を掴み上げられ、捩じられるかのような感覚になった。

 

「クズロー! 俺は先に行く! 1人でも行く! 助けてくれる気があるなら来てくれ!」

 

直後、紅い髪の鬼が人を掻き分け、木々を掻き分け、あっという間にその場から走り去った。

走り去った方角は、少し前に桐琴と剣丞達が別れた方角……

今この瞬間、桐琴が鬼達に凌辱されているであろう方角だ。

 

「信虎! 第七騎兵団の半数を連れて、俺は桐琴を助けに向かう!

 残りの半数で剣丞を美空の所まで護衛してくれ!」

 

「第七騎兵団、聞いていたな! 甲から戊班は九十郎に続け!

 己から癸班はこれより尾張の連中を護衛しつつ本隊と合流するぞ!」

 

信虎は即座に承諾する。

犬子と柘榴は九十郎が心配だからと勝手についてきた部外者であり、一応、第七騎兵団の指揮官は信虎という事になっている。

しかし現状、信虎は九十郎の言葉に反対する気が無く、九十郎は九十郎でやたらと上から目線で信虎にあれこれ指図するため、第七騎兵団の事実上の意思決定権は九十郎に委ねられている。

 

大丈夫だろうかこの部隊。

 

しかし何はともあれ、第七騎兵団が……史上初のドライゼ銃を配備した戦闘部隊が桐琴救出に動き始める。

 

「良し、それじゃあパートタイム森一家再結成と行こうか。

 犬子、小夜叉、準備は良いな?」

 

「犬子と九十郎は運命共同体。 そうでしょ?」

 

「当然、オレはいつでも行けるぜ!」

 

「柘榴はどうする?」

 

「おおっと、そこは柘榴も入れてもらわないと困るっすね。

 九十郎と一緒にひと暴れさせてもらうっすよ」

 

今から死地に飛び込むというのに、犬子も柘榴も全く気負う様子が無い。

2人とも、九十郎の隣で戦う事を当然と思っているようであった。

 

「これなら……助けられるかもしれない……」

 

剣丞は思った、桐琴を見捨てずに済むかもしれないと。

たぶん桐琴からは、何故戻ってきたと怒鳴られるだろうが、それでもなお、剣丞は桐琴を助けに行きたかった。

 

「九十郎! 俺も一緒に行くぞ!」

 

だから思わず、剣丞は自分も行くと言った。

ボロボロになっている自分の身体も顧みず、自分の重要性をすぱっと忘れて。

 

「あほ抜かせ、お前に万一の事があったらこの国がどうなるか分かったもんじゃねえだろ」

 

「おい剣丞、母の覚悟台無しにするような真似したらブチ殺すぞ」

 

しかし、小夜叉と九十郎から冷静かつ的確なツッコミが入る。

 

「だけど……」

 

「それにお前、顔色が悪いしふらついているぞ。

 ここに辿り着くまでにケガをしてるって事くらい、一目で分かる。

 かえって足手纏いになるから、今すぐ美空と合流しろ。

 悪いようにはしないから」

 

それでも……と、剣丞は言いたかった。

九十郎に桐琴救出を任せきりにして、自分だけ逃げるなんてできない……そう言おうとした。

 

「剣丞様、今の私達では足手纏いにしかなりません。

 ここで口論をしている時間があれば、

 少しでも遠くに逃れた方がかえって桐琴さんの救出が早まります」

 

しかし、詩乃の言葉が剣丞の発言を遮った。

その眼には強い強い意志と覚悟があった。

聞き入れなければ今すぐこの場で自害する……剣丞には、そう思える程の迫力を感じた。

 

「官兵衛、信虎、剣丞を頼んだぞ」

 

「はい! お任せください!」

 

「善処はしてやろう」

 

「犬子、柘榴、それに小夜叉、行くぞ!」

 

「わんっ!!」

 

「合点っす!」

 

「任せとけっ!!」

 

「ああそれと剣丞!

 官兵衛が可愛いからって、俺の見てないところでキスとかするんじゃねえぞっ!!」

 

そんな訳の分からない捨てセリフを残して、九十郎は新戸が走り去った方向へと向かった。

 

「く、九十郎さん……こんな時に……」

 

雫にとってその言葉は、雫は俺の女だと高らかに宣言したように聞こえた。

いつどこから鬼が襲ってくるかわからない状況ではあったが、雫は心臓が高鳴り、頬が赤くなるのを抑えられなかった。

 

もっとも、そんな雫の考えとは裏腹に、九十郎が心配しているのは、粘膜の接触による梅毒(誤解)の感染だけである。

 

 


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