戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第59話にはR-18描写があるため、犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
第59話URL『https://novel.syosetu.org/107215/21.html



犬子と柘榴と九十郎第60話『お母さん』

「まあ、だいたいこんなとこでやがるか。

 以上が、夕霧が見た全部でやがる」

 

夕霧が光璃の秘蔵の酒を飲んだ事だけは信虎の単独犯という事にしたが、それ以外の部分は大体見たまま、聞いたままに伝えた。

 

「そう」

 

光璃の反応はそれだけであった。

喜んでいる訳でもなく、怒っている訳でもなく、悲しんでいる訳でもなく、安心している訳でもない。

 

夕霧はまるで木人形相手に喋っているような感覚がした。

長い付き合いだというのに、姉妹だというのに、夕霧は今の光璃が何を考えているのかまるで分からなかった。

 

ぞっとする位に、何も感じられなかった。

 

「そ、それだけ……で、やがるか……?」

 

夕霧が思わずそう尋ねると、光璃はぞっとする位に何も感じられない、虚無そのもののような瞳を向けて、しばらくの間静止し……

 

「母様は殺す」

 

……そう告げた。

まるで昨日の天気の話題のように、軽い口調で告げた。

 

だが夕霧は知っている、分かっている。

光璃と薫にとって、『武田信虎』の名がどれ程重いのかを……どれほど重苦しく彼女達の人生の伸し掛かっているのかを。

 

「交渉の余地はあると、夕霧は見てるでやがる」

 

だがしかし……いや、だからこそ夕霧は嘘を言った。

信虎の心中に滾る憎悪と殺意の炎をあえて無視した。

 

しかし光璃は無言だ。

何の反応も示さない。

夕霧は本当に木偶人形を相手に喋っているかのような思いをした。

背筋が凍るような思いであった。

 

「母上に対して弓を引く事に抵抗を覚える者は、決して少なくないでやがる。

 それに母上は武田の軍法を知り尽くしてるでやがる。

 越後の長尾景虎と手を結ばれるのは、どうしても避けるべきでやがります」

 

夕霧は話を続ける。

無意識の内に早口になってしまっていた。

首筋につぅ……と汗が流れ落ちていた。

 

しかし……それでもなお光璃は無言だ。

何の反応も示さない。

 

「夕霧が見た限り、母上に昔のような危うさは無くなってるでやがる。

 今更母上を甲斐の主に戻すのは論外としても、多少の譲歩は……」

 

「嘘」

 

……光璃が独り言のように呟いた。

 

途端に夕霧は言葉を止めた……止めてしまった。

これでは自分から嘘だと自白してるようなものだと思ったが、彼女はどうしても口を開く事ができなかった。

 

光璃に気圧されてしまっていた。

 

「母様は殺す」

 

もう一度、光璃はそう告げた。

何も感じられない瞳を夕霧に向けながら、何も感じられない声でそう告げた。

 

「そ……それは早計でやがる!

 姉上だって本当は、母親を殺したくないに決まってやが……」

 

夕霧はそこで言葉を詰まらせてしまった。

殺意を感じたのだ……濃密でドス黒い殺意を、よりにもよって実の姉から。

 

「夕霧には分からない」

 

光璃がそう告げた。

声に、視線に、殺意の色が混ざっていた。

 

「ど……どういう意味で……やがるか……?」

 

震える声で、夕霧が尋ねる。

 

「夕霧は武田の血が薄い、だから分からない」

 

光璃はそう告げる。

 

夕霧は汗が止まらなくなっていた、震えも止まらなくなっていた。

怖気がして、悪寒がした。

 

その話の続きを聞きたくないと思ったが、夕霧は逃げ出す事すらできなくなっていた。

 

「光璃と母様の間にあるものは、殺意だけ」

 

ぞくりと……夕霧は背筋が凍った。

 

志賀城に3000の生首を並べた時と同じ表情をしていた。

寒気がする程に濃密な死の匂いを漂わせていた。

 

怒りとも、悲しみとも、憎悪とも違う……人間らしい感情が読み取れない、純粋な殺意の表情であった。

 

「何故……で……やがるか……?」

 

怖い、恐ろしい、逃げ出したいという表情になりかけ、それを必死に押し殺しながら夕霧は尋ねた。

 

「親子でやがるよっ!! この世にたった1人しかいない母親でやがる!

 どうしてそんな簡単に殺意だけだなんて言えるでやがるか!

 母上が死んだら! もう本当に取り返しがつかないでやがる!!」

 

「母親は我が子を愛さずにはいられない。 そういう風に作られている」

 

「そうでやがる! その通りでやがる!! だから姉上も、母上も、きっと……

 きっともう一度手を取り合う事だってできるでやがるよっ!!

 夕霧はそう信じたい……いや、信じるでやがる!」

 

「夕霧には分からない、分かる筈も無い」

 

「どうしてでやがる!」

 

「夕霧は武田の血が薄い、だから分からない」

 

「何が分からないと言うでやがるか!?」

 

「武田の女は、我が子を殺さずにはいられない。

 武田の女は、己の母を殺さずにはいられない。

 そこに親子の情愛は無い、あるのは殺意だけ」

 

「そんな事は無いでやがる!!」

 

夕霧がさらに語気を荒げる。

掴みかかるかのような勢いで光璃に詰め寄る。

 

「夕霧は例外、奇跡のような偶然。 それを大事にしたいのなら、それでも良い……

 だけど、光璃と母様の間にあるのは殺意だけ」

 

「そんなの……そんなの、分からねえでやがる……」

 

やはり夕霧には分からなかった。

言っている事の意味は理解できたが、まるで実感が湧かなかった。

夕霧にとって、信虎は母親なのだ。

どうしようもなく母親だったのだ。

 

「母様には夕霧がいた。 光璃には夕霧がいなかった。

 だから母様は風林火山を使えない、だから光璃は風林火山を使う事ができる。

 母様は最後の最後で踏みとどまった」

 

「ふ、風林火山を……?」

 

気がつけば夕霧の周りに、武田の祖霊達が立っていた。

甲斐武田家の……光璃や夕霧の祖先達と、それに付き従い、散っていた武者の魂だ。

光璃の御家流、風林火山はそうした武田の祖霊達を現世に呼び出す能力なのだ。

 

「母を愛したい、母に愛されたい。

 我が子を愛したい、我が子に愛されたい……そんな渇望が風林火山の必須の条件。

 母様には夕霧がいた、奇跡のような偶然で貴女が生まれた。

 故に母様は風林火山の条件を超えられず、風林火山が使えなかった。」

 

そして夕霧は、恐ろしく悍ましい気配を感じた。

空気が歪んで見える程の殺気を、武田の祖霊達が発していたのだ。

 

「ひっ」

 

夕霧は思わず腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。

目の前にいる姉が、そして武田の祖霊達が、まるで自分とは別種の存在……あらゆる意思疎通が不可能な怪物のように見えてしまったのだ。

 

「光璃は母様を殺す、それは変えない、変えようもない」

 

光璃がそう告げる。

光璃の目は殺気で満たされていた。

武田の祖霊達もまた、殺気で満ちていた。

 

「それは……どうしようもない事でやがるか……」

 

夕霧は思わずそう尋ね返した

 

「それが気に入らないのであれは、越後にでもどこにでも行くと良い」

 

ぞくりと、再び背筋が凍った。

夕霧は腰が抜けそうになるのと、寸での所で堪えた。

 

その時、光璃が見せた視線は、目つきは、夕霧が過去に何度も何度も見たものだった。

しかし、その視線が夕霧に向けられた事は、過去に一度も無かった。

 

その目は『殺意』の目であった。

その視線は『敵』に向ける視線であった。

 

……

 

…………

 

………………

 

その頃、織田、武田から良くも悪くも警戒され、注目されている人物は……練兵館にいた。

 

「くぅ……すぅ……」

 

武田信虎が、軒先で昼寝をしていた。

九十郎の膝を枕代わりにして、暖かな日差しを浴び、心地良さそうに眠っていた。

 

「全く……俺はいつまでこの体勢でいなけりゃいけねえんだ……」

 

九十郎は少々……いや、かなり不満そうな顔をしていたが、信虎を起こそうとか、こっそり逃げ出そうとかはしていない。

 

九十郎自身、らしくない事をしていると思っている。

しかし……

 

「こいつの寝顔、どっか光璃に似ているような気がするんだよな……」

 

信虎の寝顔に、信虎の寝息に、この男のファースト幼馴染……武田光璃と良く似た匂いのようなものを感じ、なんとなく跳ね除ける気になれないのだ。

 

「九十郎、いる?」

 

そんな時、九十郎にとっては主君の主君にあたる、長尾美空景虎が練兵館を訪ねてきた。

 

「……て、信虎じゃない、何をやってるの?」

 

「見て分からないか、昼寝だよ。

 さっき急にやって来て、昼寝するから膝を貸せと言ってきたんだよ」

 

「へぇ、あの武田信虎がお昼寝ねぇ……ちょっと意外と言うか……」

 

美空が信虎の寝顔をまじまじと覗き込む……

 

「意外と綺麗な顔……」

 

「ケツも中々そそる」

 

「いきなり何言ってるのよ」

 

「この間こいつと一緒に風呂に入ってな……勃ったな、ビンビンに」

 

「誰がアンタの下半身事情に興味を持つか!?」

 

美空のツッコミは今日も絶好調である。

 

「柘榴や犬子と結婚したばかりの貴方に言うのもアレだけど、

 無計画に手を出して刺されるんじゃないわよ」

 

「ははは、俺がそんなにモテるかよ」

 

「貞子が最近ぶーたれてるわ、全然手を出してくれないーって」

 

「ここしばらく忙しかったからな。 ほら、例の部隊の……」

 

「そうそう、今日はその部隊の件で来たのよ。 来たのだけど……」

 

そう言うと美空は、もう一度比喩表現でなく安らかに眠る信虎を見下ろす。

とても気持ち良さそうに眠っており、基本善人の美空には起こす気になれなかった。

 

「これじゃちょっとねぇ……」

 

「まあ、そうかもな」

 

美空と九十郎がため息をつき合う。

すると……

 

「母……さん……」

 

そんな時、信虎が寝言を言った。

小さな声で……それでも、九十郎達の耳にはしっかり届くような声量で、信虎は『母さん』と言った。

 

「母さん……?」

 

「今……母さんって言った……言ったわよね?」

 

美空と九十郎が信じられないといった表情で顔を見合わせる。

 

「笑っちゃいかん……笑っちゃいかんとは分かってるが……ぷ、くくく……

 やべえ、これ破壊力半端じゃねぇ……」

 

「ちょ、笑っちゃだめよ九十郎。 そりゃあ、普段の雰囲気と合わないって思うけれど……」

 

「母……さん……母さん……嫌だ……嫌だよ……母さん……」

 

信虎がうなされていた。

うなされながら、寝汗をかきながら、眉間に皴を寄せながら、九十郎の指を掴んでいた。

 

「全く、俺はお前のお母さんじゃないぞ」

 

九十郎は信虎の手を払いのけようとして……やめた。

信虎の姿が、光璃の姿に重なって見えたからだ。

 

時々……いや、かなり頻繁に母様、母様とうなされる、1人の少女の姿が重なったからだ。

 

「ねえ、九十郎……お母さんって、どうすればなれるのかしら?」

 

そんな光景を見て……美空は独り言のように呟いた。

 

頭の中に空と名月を思い浮かべていた。

自分の養子である2人を、お腹を痛めて産んだ子ではないが、それでも美空なりに母子の関係になりたいと思う2人の姿を思い浮かべていた。

 

「空と名月との接し方が分からないのか?」

 

美空はしばしの間、迷い、考え込み……ゆっくりと頷いた。

 

「そうかも……いえ、そう、分からないわ」

 

「何でそんな事を俺に聞くかねぇ?」

 

「それは……それはたぶん、貴方がお母さんっぽいと言うか……」

 

美空はもう一度信虎の顔をのぞき込む。

 

信虎はやはり、うなされていた。

うなされながら、無意識に何かに……九十郎につかまろうとしていた。

必死になって、九十郎の指先を握りしめ、話そうとしなかった。

九十郎もそんな信虎を振り払おうとしていない、信虎の行為を容認しているようであった。

 

そんな2人の姿が……何故か母子の姿のように見えていた。

 

「分からないわ、なんとなく聞きたくなっただけよ」

 

だがしかし、美空はそれを素直に認める気になれなかった。

ゴツいマッチョのブ男を母親っぽいと感じただなんて、認めたくなかった。

 

とりあえず九十郎は死ぬべきである。

 

「認めてやる事なんじゃねえのか」

 

九十郎はそう答えた。

まるで当然の事のように、まるで考えるまでもない事のように、自然な姿で即答した。

 

「お前は生きていても良いんだって。

 お前はここに居ても良いんだって言ってやって、受け入れてやる事じゃねえのか」

 

そしてそう続けた。

九十郎の声が届いたのか、魘されていた信虎の顔が、再び安楽なものに戻っていた。

 

その瞬間……美空はストンと腑に落ちたような気がした。

何故犬子と柘榴、そして貞子が九十郎を好きになったのかを。

何故信虎がこうも無防備な寝顔を晒しているのかを。

 

「織田の天人は誑しの名人だって噂だけど。 貴方もそういう資質、あるんじゃない」

 

美空はそう呟いた。

無意識の内に、美空は笑みを浮かべていた。

無性に楽しくて、嬉しい気分になっていた。

 

かつて美空は、犬子が越後に来て、自分に仕えてくれる事を喜んだ。

九十郎は犬子のついで程度としか思わなかった。

だけど今は、九十郎が自分を主と思ってくれている事が、嬉しくてたまらなかった。

 

「美空、それはそれとして何しに来たんだ。

 神道無念流がやりたいなら、こいつ叩き起こすが」

 

「いえ、そのままで良いわ。 例の部隊の人選が終わったって伝えに来ただけだから」

 

「例の……ああ、ニホン初のドライゼ銃部隊か」

 

「そうよ、絶対にドライゼの持ち逃げとか、

 買収とかされないって断言できる者だけを集めたわ。

 武田と戦う日まで、アレの性能が漏れるのは困るから」

 

「反射炉の火入れも成功して、鋼鉄の量産の目途も立った……

 武田滅亡までマジック点灯って所だな」

 

「まじっくってのが何なのかは分からないけど、大体そんな感じよ」

 

九十郎は戦国時代の人間にマジック点灯が通じるとでも思っているのであろうか。

 

「んで指揮官はどうするんだ?

 前にも言ったと思うが、俺は戦略だの戦術だのといった事には疎いぞ」

 

「ああ、その事なんだけど……」

 

美空が何かを言おうとしたその時……

 

「我にやらせろ」

 

九十郎の膝枕に頭を乗せたまま、信虎がそう告げた、

 

「あら、いつから起きていたの?」

 

「ついさっきだ、だが話は大体聞いた。

 ドライゼ部隊を我に預けろ、そうすれば晴信を殺してやる」

 

「だとよ、どうする美空」

 

信虎は元々、ドライゼ銃を与える事を対価として、越後に来て、美空達に協力している身の上だ。

 

美空としては、信虎にドライゼ銃部隊の隊長を任せるのはやや抵抗があるが……

ここで嫌ですとか言うと、信虎はドライゼを何丁かパチッて他国に走りそうな予感がするのだ。

 

「まだ今一つ信用できないけど……

 信虎、貴女を今度新設されるドライゼ銃部隊の指揮官に任じます」

 

「謹んで承る」

 

信虎は眠そうな目で、九十郎の膝枕から起き上がろうともせずに答えた。

言葉の上では謹んでとか言っているが、態度は全く慎んでいない。

 

「柘榴にやらせるか貴女にやらせるか、最後の最後まで迷ったわ。

 貴女がどぉ~してもやりたいって言うから、

 九十郎がどぉ~してもやらせたいって言うから、

 あんまり気は進まなかったけど、しかたなぁ~くやらせてあげるんだからね。

 ちゃんと任務を全うしなさいよ。

 それと貴女に預けるドライゼはウチの機密中の機密だから、

 勝手に横流しするんじゃないわよ」

 

美空が念入りに釘を刺す。

実を言うと、本当にヤバイ技術はドライゼ銃ではないのだが……美空はその秘中の秘を信虎に打ち明ける気はさらさら無い。

 

「その話は耳にタコができる程に聞いた。

 安心しろ、晴信を殺す日まで、我は貴様らを裏切らんよ。

 必要だからな、アレを殺すのにドライゼ銃が」

 

「晴信を殺すのを優先させて命令無視とかやめなさいよ」

 

「貴様が晴信を殺すのを完全に放棄した場合、考えさせてもらう」

 

美空は頭がギリギリと痛くなった。

そして胃がキリキリと痛くなった。

 

いっそ事故死か病死してもらって、別の誰かにドライゼを任せてしまおうかとも思ったが、武田の手の内を知り尽くしている信虎の有用性と、基本善人で、頼られると見捨て難い美空の性格故に、実行は躊躇われた。

 

結局いつものように……腹立たしい事に、長尾美空景虎にとってはいつものように、いつ裏切るのかとヒヤヒヤしながら信じて用いるしか無い訳だ。

 

彼女の飲酒量がとんでもない事になっている原因の何割かは、いつ裏切るかとヒヤヒヤしながら使っている部下がダース単位で存在するためである。

 

「信虎、とりあえず部隊の名前を決めておきなさい」

 

「ドライゼ隊ではいかんのか?」

 

「駄目じゃないけど、味気無いじゃない。 もうちょっと勇ましいのにしない?」

 

「それを我に考えろと?」

 

「そりゃそうよ、貴女が隊長の部隊なのよ」

 

「名づけは苦手なのだがな……」

 

信虎はしばしの間考え込み、『げろしゃぶ』だの『フーミン』だの『めそ』だの、およそ勇ましさとは無縁な単語を何個か呟き……

 

「母さ……九十郎、お前が考えろ」

 

ちょっと致命的な言い間違いをした。

当然、その声は美空にも九十郎にも届き……2人をハトが豆鉄砲を喰らったかような表情にさせる。

 

「九十郎、今母さんって……」

 

「言ってないっ!!」

 

信虎ががばっと起き上がり、唾がかかりそうな程の距離にまで美空に近づき、その胸倉を掴み上げた。

 

「いや、俺も聞いたぞ。 母さんって……」

 

「だから言ってないっ!!」

 

今度は九十郎に掴みかかった。

顔を真っ赤に染め、眉間に皴を寄せ、手に血管を浮かばせながら言っても説得力は0である。

 

「観念しなさい、しっかりと聞いたから」

 

「ははは、信虎にも可愛いとこがあるじゃねえか」

 

「き、貴様ら……覚えて……いや、忘れろ……」

 

恥ずかしさで顔から火が出せるのであれば、越後全体が燃え尽きる程の羞恥を感じていた。

自分より年下の、マッチョなブ男を母と呼ぶなど、あってはならない事である。

 

いっそ今すぐ2人に土下座して、忘れてくださいと懇願したい気分であった。

 

「まあ気にしなくて良いわ、言い間違いなんて誰にでもあるし、

 私は言いふらす気なんて無いから」

 

「そうそう、気にすんなって」

 

美空と九十郎がヘラヘラ笑いながら信虎の肩をぽんっと叩く。

口ではそう言うが、機会があればからかってやろうと瞳が雄弁に物語っていた。

 

今土下座したら、からかうネタを1つ増やすだけか……と、信虎は思った。

 

「……認めて、受け入れてもらった事には、感謝している」

 

だからなのかは分からないが、信虎は九十郎に向かってそう告げていた。

 

さっき美空や九十郎に詰め寄った時以上に顔を赤くし、視線が泳いでいた。

恥ずかしさで顔から火が出せるのであれば、日ノ本を焼き尽くす程の羞恥を感じていた。

 

「ええいくそっ!! 我の代わりに部隊の名を考えておけっ!!」

 

そして信虎は逃げた。

ダッシュでどこかへと走り去っていった。

 

そんな様子を、美空と九十郎はぽか~んとした表情で見送った。

 

「……で、どうする? 神道無念流やってくか?」

 

たっぷり3分は硬直してから、九十郎は美空にそう尋ねた。

 

「あ……いえ……今日中にやらなきゃいけない事が残ってるから、戻るわ」

 

美空も我に返り、信虎と同じように練兵館を出ようとする。

ただ、別れ際に……

 

「また家族サービスする時が合ったら、言いなさいよ」

 

「なんだ、また飛び入り参加でもする気か?」

 

「そうよ、悪い」

 

「悪いとは言わんがな」

 

「空も名月も楽しかったって言ってたわ。 だから……」

 

美空はそれだけ言うと、さっさと九十郎に背を向けて走り去ってしまった。

長尾家当主である美空には、ドライゼ銃部隊新設以外にも仕事が山盛りで、のんびりと歩いている暇は無い。

だけど……

 

「第七騎兵団にするよ!」

 

美空の背後でそんな声がした。

ただそれだけで、美空の心臓はドクンと飛び跳ねた。

 

「新しい部隊の名前、第七騎兵団にする! 勇ましくて格好良いだろう!」

 

美空はそんな呼びかけに対し、何も言わず、何も答えずに走り去った。

今九十郎に声を掛けたら、今九十郎に顔を見られたら、自分の真っ赤な顔がばれてしまうかもと思ったからだ。

 

空も名月も楽しかったと言っていた。

それは嘘じゃない、間違いじゃない。

だけど……

 

「ああもうっ! もうっ! 訳が分からないわ! 意味が分からないっ!!

 私が、私が……あんな筋肉質なブ男に膝枕されたいだなんて考えるなんて!

 信虎が羨ましいだなんて考えるなんてぇっ!!」

 

チャリを立ち漕ぎし、全速力で春日山城に戻りながら、

美空はそんな台詞を叫んでいた。

 

顔が真っ赤で、額に汗が浮かんでいるのは、チャリを漕いでいるからではなかった。

 

 


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