戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第54話にはエロ描写があるため、犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
第54話URL『https://novel.syosetu.org/107215/19.html




犬子と柘榴と九十郎第55話『女の子押し付けられました』

屑御一行と川中島or長篠で死ぬカルテットによる温泉旅行2泊3日は、なんやかんやで終わりを迎えようとしていた。

初日に乱交パーティ一歩手前にまでいくちょっとしたハプニングはあったものの、2日目以降は平和そのものであった。

 

「甲斐に戻る気はねーでやがるか?」

 

別れ際になり、夕霧が信虎にそんな事を尋ねた。

 

「我が甲斐に戻る日は、アレを殺す算段がついた時だ」

 

信虎が言う『アレ』とは、武田光璃晴信……かつて武田の当主であった信虎に反旗を翻し、部下と結託して駿河に追い出した者、武田の現当主、夕霧の姉を意味する。

 

「姉上の事なら、夕霧がなんとかするでやがるよ、だから……」

 

「アレが我に頭を下げて許しを請うなら、考えてやらんでもないぞ」

 

「う……」

 

夕霧は姉が信虎に頭を下げる光景を想像する。

絶対にありえないと力強く断言できる光景であった。

 

「次郎、貴様こそ我についてくる気は無いか?

 アレと薫は殺す、殺すが……お前を殺す気は今の所無い」

 

「それは……それはできねえ相談でやがる」

 

「そう……か……」

 

信虎は少し残念そうに、少し寂しそうに肩を落とした。

 

「では、次に会う時は敵同士だな」

 

「そうなるでやがるな」

 

「楽しかったよ、次郎」

 

信虎がふっと笑った。

いつも怒りか憎悪の表情しか見せない信虎にしては珍しく、険が取れた自然な笑みであった。

 

「その笑みを、どうして姉上や薫に向けなかったでやがるか」

 

夕霧はそう問うた。

尋ねても仕方が無い事だと自分自身でも理解していたが、聞かずにはいられなかった。

 

「それはたぶん、お前だけは武田の血が薄かったせいだ」

 

「……どういう意味でやがるか?」

 

「我の母もな、我に笑みは見せてくれなかった。

 我は結局、母の憎悪の顔以外、見なかった。

 見せられなかったと気付いたのは、お前を産んでからだ」

 

「だからどういう意味でやがるか!?」

 

「出てくるんだよ、アレや薫の顔を見ていると……

 ドス黒い憎悪が、殺意が、次から次へと溢れてくるんだよ。

 そしてどうしようもなく踏みにじりたくなる、アレの全てをな」

 

何を馬鹿なと言いたかった、言い返したかった。

だがしかし、無表情に、淡々とそれを語る信虎の顔は、どこまでも真剣だった。

 

「それは……それはどうにもならない事でやがるか?」

 

「遠く離れても、どれだけ時間が経とうが、お前を想わぬ日は無かった。

 どうしようもなく、お前を愛さずにはいられなかった。

 それと同じくらい、我はアレを殺す事を考えていた。

 どうしようもなく、アレを憎まずにはいられなかった」

 

信虎はそれだけ言うと、夕霧の頭を軽く撫で、そして立ち去った。

 

「どうにもならねえでやがるか……どうしても……」

 

答えが返ってこないと分かっていた。

分かっていてもなお、夕霧はそう聞かずにはいられなかった。

 

……

 

…………

 

………………

 

「見れば見る程、精密で精巧に作られているな……」

 

その日、新田剣丞は小夜叉から借りた鉄砲を……この世界の常識に真っ向から喧嘩を売る連発可能な銃、ウィンチェスター・ライフルを眺めていた。

 

「本当に……何度見ても本物のウィンチェスターだ。 完全に、完璧に再現している」

 

剣丞はこの銃がウィンチェスターと知っていた。

かつて剣丞の姉的な存在である夏侯妙才……もとい秋蘭という人物が趣味で集めていた重火器の中に、ウィンチェスター・ライフルが存在していたが故に、知ってた。

 

九十郎が完璧にウィンチェスターを再現している事にも気づいた。

そして同時に知っていた、自分には……新田剣丞には同じ事はできないと。

新田剣丞はウィンチェスターの外観や性能、大まかな構造を知っていたが、細部の部品の一つ一つの形状や材質、製造法まで完全に覚えている訳ではないからだ。

 

「あいつは歴史を変えるのに躊躇が無い……なら、どこまで知っている?

 どこまで再現できる? ウィンチェスター以外にも何か作っているのか?

 一体何を考えて、何をやろうとしているんだ?」

 

いくらなんでも戦国自衛隊のような……戦国時代に自衛隊レベルの装備を用意する事まではできないだろうと思っている。

だがしかし、時代を変えるブレイクスルーはそれこそ星の数ほど存在し、その中には戦国時代でも再現可能なものがあるはずだ……

 

「何を、どこまでやる気なんだ?」

 

剣丞の思考は、富士の樹海よりも広大で難解な迷路に入り込みつつあった。

 

いっそ開き直って自分も考え付く限りの知識チートで対抗してしまおうかとも考えたが、それをやればまず間違いなく人が大勢死ぬので、どうしても決心がつかなかった。

 

「ならば教えてください、剣丞様が懸念している事の全てを」

 

思索する剣丞に声をかける者がいた。

以前剣丞に危ういところを助けられ、それ以来剣丞に仕えている少女……竹中半兵衛である。

 

「いや……それは……」

 

剣丞が言葉を濁す。

 

剣丞は今迷っている。

九十郎が未来の知識と技術で何をするか、そして自分達もそれを利用するかべきかどうか……それを話すという事はつまり、詩乃に未来の事を話すという事だ。

 

「お願いします剣丞様、私に教えてください。

 貴方が知っている事全てを……知らなければ、策は立てられません。

 何も知らず、何も分らず、目の前に迫る危機に何の手立ても打てないなんて、私は嫌です。

 私は……私は剣丞様を喪いたくないですから」

 

迷う剣丞の前で、詩乃が膝をつき、深々と頭を下げる。

土下座をするかのように、剣丞に懇願する。

 

「だけど……」

 

だがそれでも、はいそうですねと頷く事はできなかった。

 

竹中半兵衛は若くして病に倒れる。

それが新田剣丞の知る歴史だ。

そして目の前の少女……詩乃は聡明で、鋭く他人の思考や感情を読み解ける。

未来の事を伝えようとすれば、言葉の端々に染み出る不自然さや、前後の流れから、ほぼ確実に自分が早死にする事を察してしまうだろう。

 

それで良いのか、伝えても良いのかと……剣丞は迷った。

 

「やはり……教えてはくれませんか?」

 

艶やかな前髪の奥で、詩乃は悲しそうに眼を伏せた。

剣丞が九十郎と会った日から、今日のようなやり取りをしたのは1度や2度の事ではない。

剣丞の答えはいつもいつも同じ……沈黙だ。

 

重苦しい沈黙が2人を包む。

そして……

 

「けぇ~っんすっけ君!! あ~そ~ぼっ!!」

 

……馬鹿の声が聞こえてきた。

 

今現在2人の頭をこれでもかってくらい煩わせている馬鹿の声、九十郎の声であった。

 

「えっと、この話はまた今度という事で……」

 

「仕方がありませんね、行きましょう剣丞様」

 

急ぎ声のする方へと向かうと、そこにはかつて京で見たマッチョと、本田平八郎忠勝・通称綾那、そして特に面識の無い3人の美女達がいた。

 

「よう剣丞、久しぶり……って程じゃないが、また会ったな」

 

「何の用だ、九十郎。 それと一緒にいる人達は誰なんだ?」

 

「ああ、私は小島貞子貞興と申します、以後お見知りおきを、天人様」

 

「越後の鬼小島……!?」

 

貞子の名を聞き、剣丞と詩乃が顔色を変える。

そして長尾景虎の元で勇名を馳せる武人が何故ここに居るのかと、一体景虎にどんな思惑があるのかと、詩乃は思考を巡らせる。

 

今孔明と謳われた賢人と言えど、まさか九十郎共々ノリと勢いに身を任せ、主君長尾景虎に少しも相談せずに勝手に飛び出したとは思いもしない。

 

「なんと綾那の弟弟子になるのです!」

 

「え? 弟弟子」

 

「そうなのです、お師匠は昔綾那と歌夜に神道無念流を教えてくれたのです」

 

そう言いながら、綾那は自慢げに胸を張る。

 

「本田忠勝に剣を教えていたのか!?」

 

剣丞が目の前のマッチョの評価を大幅に上方修正する。

 

「ええまあ、勝てばおビール様、

 負けたら弟子入りという条件で賭け試合をして負けましたから」

 

剣丞は目の前のマッチョの評価をちょっと下方修正した。

 

「我は故あって名前を明かせん。

 今回の話に加わる気も無いから早く終わらせろ」

 

さっきからやや不機嫌そうな信虎がそれだけ言ってそっぽを向く。

彼女は今、こんなくだらない寄り道をするくらいなら、一刻も早くドライゼ銃を与えろとか考えていた。

 

「鞠は今川鞠氏真なの!」

 

そして最後に鞠がそう名乗り、深々と頭を下げてお辞儀をした。

 

「……はい?」

 

直後、詩乃は自分の耳がおかしくなったかと思った。

 

今川の当主が何故か景虎の配下である筈の貞子や九十郎と行動を共にしていて。

しかも長久手に来て剣丞に会いに来るという訳の分からない状況に、詩乃の混乱がさらにさらに加速する。

 

「で、早速で悪いんだけど、ちょっとこいつ引き取ってくれねえか?」

 

「剣の腕と礼儀作法とバトルドームには自信があるの」

 

「はいっ!?」

 

詩乃は今度こそ自分の耳がおかしくなったかと思った。

九十郎は今川氏真という超のつく重要人物の身柄を、まるで犬猫でも預けるかのような気安さでこちらに渡そうとしているのだ。

 

なお、九十郎にとって今川氏真は戦国蹴鞠ーガーであり、武力1知力1の雑魚……偉人だとか重要人物だとかは全く思っていない。

 

「あの……もう一回言っていただけませんか?」

 

詩乃が震える声で聞き返す。

 

「護衛でもメイドでも娼婦でもなんでもやるの!」

 

詩乃は考えるのをやめたくなった。

やめたくなったが考えるのをやめないのは、なんやかんやで彼女が軍師という名の生物で……異常な状況に置かれる程、思考が冴えわたってしまう性分だからだ。

 

クトゥルフ神話TRPGでは真っ先に発狂するタイプである。

 

「理由を聞いても構わないか?」

 

思考停止寸前になって、知恵熱でぷすんぷすんと煙を立てつつある詩乃に代わり、剣丞が九十郎から事情を聞き出そうとした。

 

「いやなあ、この間駿河に鬼とか神話生物とかが出て全滅しただろ。

 シルバーブルーメに襲われた時のMAC基地くらい酷い事になってさ」

 

「ちょっと待て、初耳だぞ」

 

「んで鞠をこのまま面倒見続けるのも面倒になったから剣丞に押し付けようと思った」

 

放置しても死にそうにない奴には本気で薄情な屑が居た。

 

「いやちょっと待て、頼むから待ってくれ、話を何段飛ばしてるんだお前」

 

「んな事言われてもこれ以上噛み砕けないぞ」

 

「駿河に何が起きたんだ!?」

 

剣丞が掴みかからんばかりに詰め寄り、声を荒げる。

この世界に流れ着いた時から幾度と無く戦いながら、その内実や目的はまるで分らない謎の存在……鬼。

 

その鬼が今度は駿河を全滅させたという話は、流石に聞き逃すことができなかった。

 

「お師匠がいてもどうにかできなかったですか?」

 

「いや、駿河には鬼とは別の妙な奴がいてな。

 なんて言うか、こう……女神転生のレギオンっぽいの……

 とにかく正直な話、尻尾巻いて逃げ出すのが精いっぱいだったよ」

 

「おお、鬼より手ごわいのが出たですか!? それは楽しみなのです!」

 

「ははは、お前は相変わらず脳筋だな」

 

「まあ何にせよ、少し鬼を見くびってた。

 一体一体は俺や貞子なら問題無く斬れるが、数を出されると流石に厄介だ」

 

「小谷で戦った鬼は、武具を使い、陣形を組んで戦っていた。

 最近は鬼子なんていう強力な鬼も出てきている。

 鬼は戦う度に少しずつ、でも確実に強力に、そして厄介になっている」

 

「マジかよ、面倒だな……分かった、今の話は美空にも伝えておく。

 まあそれはそれとして、今川はしっちゃかめっちゃかになってるっぽいから、

 鞠をしばらく預かっててくれ、

 そしてできれば駿府に出た鬼やら何やらもどうにかしてくれ」

 

「そんな事俺の一存で約束できるかよ」

 

「そうか? お前が一番適任だと思うんだけどな……」

 

そんな押し問答が剣丞と九十郎で繰り広げられる。

 

路銀が尽きて行き倒れてたならともかく、いくら剣丞でも全然元気そうな今川現当主を軽々しく預かるなんて言えやしない。

 

何度も何度も繰り返される今川氏真の押し付け合いに、このまま日が暮れんじゃないかと皆が思い始めた頃……

 

「剣丞様、どなたか来客でもいらしたのですか?」

 

状況を全く知らない松平次郎三郎元康・通称葵がやって来て……

 

「……九十郎様?」

 

「ありゃ、葵もいたのか?」

 

葵と九十郎の目が合い……

 

 

 

 

 

「確ぁ保おおおおおぉぉぉぉぉ~~~~~っ!!」

 

 

 

 

 

目の前にいるマッチョが誰か理解した瞬間、葵は叫んだ。

有無を言わせぬ勢いであった。

 

この人こんな大声出せるのかと、剣丞が若干引くくらいの大声だった。

首筋に血管が浮き出るような勢いで叫んでいた。

 

直後、そこら中からドタドタと慌ただしい足音と声が聞こえてくる。

葵の声が届く範囲にいた三河侍達全員が集合してくる音であった。

 

あれよあれよという間に、九十郎達3人を武装した三河侍達が一重、二重に取り囲む。

 

「やれやれ、団体さんのお出ましか……」

 

「そのようですね。 ひーふーみーと……

 40人くらいですか、1人あたり14人斬れば良い計算ですね」

 

「我を計算に入れるなよ。

 言いたくないが我はその辺の足軽よりも弱いぞ」

 

「超能力が無いと置物かよ、ファースト幼馴染みたいな奴だなお前」

 

九十郎がため息をつく。

 

いくら貞子と九十郎が腕の立つ剣士であるとはいえ、屈強で知られる三河侍達を20人斬りできる程ではない。

 

しかも今回、3人と取り囲む敵の中には、綾那、歌夜、そして小波までいるのだ。

 

「積もる話はありますが……主命故、拘束させていただきます」

 

歌夜と九十郎が……かつての師弟の視線が合う。

歌夜が刀を抜き、綾那が蜻蛉切と呼ばれる名槍を召喚する。

 

「その様子だと、傷は完全に治ったみたいだな」

 

「はい、貴方に治療して頂いたおかげです」

 

「恩義を感じてるなら黙って逃がしてくれねえかな?」

 

「私が逃がそうとしたところで、他の皆は見逃しません。

 ならばせめて、無用な怪我をさせない内に、私の手で」

 

「全く、2回も弟子とチャンバラする羽目になるなんてな……呪われてんのか?」

 

「刃先が飛び出る小刀は既に見ています。 あの時のような不覚はとりませんよ」

 

「その……正直に言って、こんな事してる場合じゃねーとは思うですけど、

 こんな大勢で3人に襲い掛かるとか綾那の趣味じゃねーですけど……ですけど……」

 

「もう逃げられません、逃がす気もありません。 抵抗せずにこちらに降ってください」

 

歌夜が、綾那が、そして大勢の三河侍達がじりじりと九十郎達に近づいてくる。

 

「さあ、どうする……? どう動く……?」

 

そして小波が……あの服部半蔵正成が九十郎達の挙動を注意深く観察し、奇襲や奇策の類に備えている……率直に言って、詰みとしか言いようのない状況である。

 

「どうします? どう見てもタダで帰してくれそうな雰囲気ではありませんよ、九十郎殿」

 

「全く、糞ニートの言った通りになったよな」

 

「葵殿の性格から言って、たぶんこうなるぞって話でしたね。 あの娘何者なんです?」

 

「実はその辺は俺にも良く分からん。 分らんが……逃げるのは無理っぽいのは分かる」

 

「服部半蔵からは逃げられない、でしたっけ?」

 

「我もこの辺りの地勢は知らぬ、勘頼りの運任せでは逃げれる程甘くは無かろう」

 

「だよな、という訳で……」

 

「と、いう訳で……」

 

三河侍達が九十郎達に飛びかかろうとしたその瞬間、貞子と九十郎が大きく息を吸い込み……

 

 

 

 

 

「たまには働け糞ニートォッ!」

 

「出番ですよ! ニート殿!」

 

 

 

 

 

……2人は力の限り叫んだ。

 

瞬間、剣丞の刀が……鬼をバターのように切り裂く謎の剣が光り輝く。

何かに反応している、何かを感知しているのだと、剣丞には分かった。

 

「何だ!? 鬼が近くに……」

 

剣丞が慌てて綾那達に警告を出そうとする。

しかしそれよりも早く……

 

「サイキック・ウェィィィブゥッ!!」

 

直新戸の叫び声が響き、不可視の念動の力場が綾那の全身を包み、固定した。

 

「なっ!? う、動けねーです!?」

 

「ヤレ屑郎ォッ! 長クハ保タナイッ!!」

 

「サイキック斬……は、可哀そうだから斎藤キック!!」

 

九十郎の渾身のドロップキックが少女に叩き込まれ、小柄な綾那が空高く吹っ飛ぶ。

 

「うぎゃーっ!?」

 

情けない悲鳴と共に三河最強……下手したら日本最強かもしれない武人がリタイアした。

最強戦力のいきなりの脱落に葵達にどよめきが起きる。

 

そして飛び込んでくる、綾那にサイキック・ウェーブを叩き込んだ存在が。

白髪の少女……ではなく、紅い髪の鬼が現れた。

 

「お、鬼!?」

 

「鬼が……九十郎様、どうして鬼を!?」

 

「九十郎、お前……鬼を呼んだのか!?」

 

突然の鬼の乱入に、そして九十郎が鬼を呼んだ事に、歌夜が、葵が、そして剣丞が驚き戸惑う。

 

剣丞の刀は、過去にない程に激しく、眩く反応していた。

まるで剣が紅い髪の鬼を知っているかのように……

 

「馬鹿か! 馬鹿なのか!? お前何でそっち(鬼)の姿で来た!?」

 

だがしかし、一番驚いているのも戸惑っているのも九十郎であった。

 

「屑郎、流石のオレも本多忠勝相手に手加減はできないぞ。

 ヨーイドンで戦ったら150%負ける」

 

1回負けて、再戦をせがまれてまた負ける確率が50%という意味である。

 

「出て来る前に人の姿に戻っておけよ! 俺が鬼と結託してるみてえに見えるだろ!!」

 

「九十郎! お前は一体何を考えているんだ!?」

 

「九十郎様! 一体どういう事ですか!?」

 

剣丞と葵がほぼ同時に九十郎に問いかける。

たった今現れて九十郎を助けた紅い髪の鬼は何者なんだと。

 

「どうする屑郎、説明するか? たぶん信じないと思うが」

 

「説明する自信が無いから却下だ! 予定通り全員蹴散らして帰るぞ!」

 

屑……もとい九十郎と貞子が取り囲む三河侍達に斬りかかる。

 

「く……取り押さえなさい! 死んでいなければどれだけ傷を負わせても構いません!」

 

葵の指示が飛び、三河侍達も刀を抜き、九十郎達に飛びかかる。

剣と剣が火花を散らし、1人、また1人と斬り捨てられていく。

 

『信虎、後デ、天カラ、拳、落チテクル』

 

乱戦の中、新戸のテレパシーが信虎に送られる。

 

「御家流か?」

 

信虎が小さな声でそう尋ねる。

 

『御家流ダ』

 

「なら、それを投げ返すのが我の役目か……いいだろう、乗ってやる」

 

信虎は大きく深呼吸をし、そこら中で血と鉄の臭いがし、そこら中で怒声や断末魔の叫びが聞こえる鉄火場を見渡す。

 

貞子や九十郎に比べればクッソ弱い信虎であったが、血の臭いを嗅ぎ、断末魔の叫びを聞いた程度で動揺する程、幼くはない。

信虎はこの状況下で、誰よりも冷静であった。

 

「ハロー、ハロー、いくつかの世界におけるオレのご主人様よ」

 

「え……?」

 

そして大混戦の中で、紅い髪の鬼と葵の視線が交差する。

井伊直政と徳川家康が、この世界で初めて対面する。

 

「出会い方がもう少しマシだったなら、友と呼べたかもしれない、

 あるいは主君と認めたかもしれない……シレナイガ、ダ」

 

紅い髪の鬼が、その恐るべき念動力で人よりも大きな巨岩を10も20も浮かび上がらせる。

狙いは当然、群がる三河侍達が守らざるを得ない存在……葵だ。

 

「死ナナイ程度ニ死ネェッ!!」

 

ぶぉんっという風切り音と共に、巨岩が葵目がけて殺到する。

 

「きゃあぁっ!?」

 

咄嗟に葵を庇った三河侍達7~8人をミンチに変え、余波で葵を吹き飛ばし近くの民家の壁に激突させ、気絶させた。

 

……そして同時に、数本の手裏剣が新戸の背に深々と突き刺さっていた。

 

「ちっ……この短時間でオレの弱点を見抜いたか、やるな小波」

 

念動力で突き刺さった手裏剣を抜き、熊すら即死させる劇毒を血管ごと引き千切って体外に排出しながら、新戸はどこか懐かしそうに呟いた。

 

常人を遥かに超越する視力や聴覚で小波の姿を探るも、目標は影すら見せず、足音すら出さずに高速で移動をしており、新戸は反撃のきっかけを見出す事ができなかった。

 

「この世界でもお前が……オ前ガオレノ天敵カァッ!! 小波イィッ!!」

 

新戸が超自然の発火能力を発現させ、小波が隠れやすそうな場所を次から次へと炎上させる。

 

何人かの三河侍達が巻き込まれ、炎上し、一瞬にて骨まで炭化して絶命する。

そして発火能力を発現させる瞬間を狙い、またも手裏剣が新戸に突き刺さり、肉体の一部ごと引き千切るかのように引き抜かれる。

 

数分もしないうちに新戸の全身に無事な所が無くなり、まるでエレメンタールチーズのように穴だらけになっていた。

当然、新戸は自らの細胞を活性化させ、傷を塞ごうとするが……小波からの攻撃は新戸の回復能力を上回っていた。

 

「小波ガ隠レラレル場所ヲ全テ灰ニスルノガ先カ、

 オレノ回復力ガ限界ヲ迎エルノガ先カ……チキンレースダナ……」

 

小波と新戸が熾烈な戦いを繰り広げる中、九十郎は騒ぎを聞いて駆けつけてきた歌夜と切り結んでいた。

 

「九十郎さん、止まってください!」

 

「悪いが断る!」

 

歌夜と九十郎が真剣で斬り合うのは、これで2回目だ。

鷲津砦攻略戦の時、歌夜は少しだけ九十郎よりも強かった。

 

その後何度か修羅場を潜り抜けたせいか、それとも越後で柘榴や貞子相手に気持ち良く神道無念流をしていたせいか、今の歌夜と九十郎の実力は並んでいた。

 

「傷は完全に治ってるようだな!」

 

「貴方の御蔭で!」

 

歌夜の体調は万全だった。

療養中の歌夜を置いて逃げ出した時から、九十郎はそれなりに心配していた。

歌夜が元気だと分かり、九十郎は少し嬉しかった。

 

「神道無念流の技も、錆びてねえようだな!」

 

「当然です!!」

 

歌夜が振るう剣は、確かにかつて九十郎が教えた神道無念流であった。

全力で鍛え、磨き上げた愛弟子が、今でも自分の教えを覚えていてくれる……九十郎はそれが嬉しくて仕方が無かった。

 

「楽しいなぁ! 歌夜!」

 

「楽しくありません! 大人しく投降してください!」

 

九十郎は今、楽しかった。

自分自身でも不謹慎だとか、状況を考えろとか思わなくも無かったが、それでもなお、心の奥底からこみ上げる楽しさを……全力で神道無念流ができる楽しさを抑える事ができなかった。

 

しかし、歌夜と九十郎が互角の戦いを演じている間に、周囲では歌夜の戦友、あるいは同胞達が貞子に斬られ、小波と新戸の戦いに巻き込まれ、次々と倒れていた。

 

「くっ……早くなんとかしなくては……」

 

歌夜の心に焦りが生じつつあった。

 

そして……

 

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前……」

 

新戸の耳に、そんな声が届いた。

 

無数に存在する並行世界の中で、数多くの虎松達がソレを見ていた。

新戸はそんな虎松達から、ソレがどういう存在なのかを聞いていた。

 

ソレは……天空に浮かぶ巨大な拳は、服部半蔵正成の御家流・妙見菩薩掌。

 

「九十郎殿! 大きいのが来ますよ!」

 

「うげっ!? なんじゃありゃ!?」

 

貞子と九十郎が慌てて巨大な拳から逃れようと走り出す。

三河侍達も巻き込まれちゃたまらんと逃げ始める。

しかし……

 

「コノ傷デハ……避ケラレナイ……」

 

その超上の拳は新戸の真上に浮かんでいた。

新戸には全身に20を超える数の大穴が開いていた。

特にその両脚は念入りに念入りに破壊されていた。

 

そして妙見菩薩掌が新戸目がけて一直線に落下した。

このままでは新戸は小波の御家流にぷちっと圧し潰され、戦闘不能になると誰もが思った。

 

ただし……

 

「マァ……避ける必要は無いがな」

 

「ああつまり、我はコレを投げ返せという事だな」

 

ただし、当の本人と信虎はそう思っていなかった。

信虎が落下してきた超常の拳を片手で受け止め、静止させていたのだ。

 

「分かるぞ、今の我には良く分かる……

 この御家流を放ったのが誰か、どこにコソコソ隠れているのかもだ」

 

そして信虎はニヤァ~とサディスティックに笑い、遠くに見える小さな物置の裏で息を潜める小波を見つめ……

 

「まぐなむ・しゅうううぅぅぅーーーっとぉっ!!」

 

九十郎がノリでつけた名前を叫びながら、受け止めた菩薩掌をブン投げた。

 

「きゃああああっ!?」

 

直後、小波が隠れていた物置小屋はバラバラに弾け飛び、破片と共に小波が吹き飛ぶ。

勝負あり……である。

 

「焦れたな小波、今日はオレの勝ちだ」

 

それを見届けると、紅い髪の鬼がふらぁっとよろめき、崩れ落ちた。

 

「すまん屑郎、血を流しすぎた……少し休む」

 

松平衆は既に7~8割が絶命、あるいは戦闘不能になっており、大の字になって寝転ぶ紅い髪の鬼に襲い掛かる余裕が無かった。

 

そのまま貞子が残った三河侍を2人斬り、3人斬り……

 

「……はい、貴女が最後ですよ、榊原殿」

 

最後に残った歌夜の首筋に鮮血が滴る剣をつきつけた。

 

「斬らないのですか?」

 

「いえ、私としてはバッサリと斬った方が良いかと思うんですけどね。

 九十郎殿は斬らずにすませたいみたいですし、天人殿が物凄い形相で睨んでますし……

 この辺でやめにして、見送ってくれませんか?」

 

歌夜が周囲を見回す。

動いている者は誰もいない……自分以外の全員が死ぬか気絶していた。

 

「……葵様をどうするつもりですか?」

 

主君を害するつもりならば、命懸けで抵抗するぞ……そんな決意を込め、歌夜が九十郎にそう尋ねる。

 

「追いかけてこないなら正直どうでも良い」

 

九十郎はそう答える。

その言葉は九十郎の確かな本音であったし、それは歌夜にも良く分かった。

 

ここで抵抗をしても死体が一つ増えるだけか……と、小さくため息をつき。

 

「分かりました」

 

静かに剣を鞘に納めた。

 

「てな訳で剣丞後は頼んだ、俺達は逃げる。

 さっきのでっかい拳で人が集まって来そうな気配もするしな。

 おい新戸、そろそろ行くから起きろ」

 

刀にベットリと付着した血糊を拭きながら、九十郎が剣丞達に別れを告げる。

 

「ちょっと待ってくれ、一体何がどうなっているんだ!?」

 

「葵の部下達だが、この糞ニートがやったミンチより酷えのはともかく、

 半分くらいは今すぐ手当すれば助かりそうだ。

 その辺含めて諸々頼むぜ、主人公様よ。

 それと俺と葵の関係については説明に時間がかかるからまたの機会な」

 

酷い丸投げと共に、死屍累々としか表現できない酷い空間を後にする。

 

「息災で、今川殿」

 

「全く、とんだ寄り道だったな」

 

走り去る九十郎を追い、貞子と信虎、新戸も走り出す。

 

「……お前は、何者なんだ?」

 

離れていく九十郎達に……いや、紅い髪の鬼に対し剣丞がそう声をかけた。

 

腰に佩く刀が、今もなお過去にない反応を示していた。

剣丞には、目の前にいる紅い髪の鬼が今まで見て、戦ってきた存在と同じだとは思えなかったのだ。

 

「新田剣丞……お前は何故、その剣を持っている?

 お前はどこで、どうやってその剣を手に入れた?

 教えろ、そうすればオレの名前、教えてやる」

 

その時、最後尾を走っていた紅い髪の鬼が立ち止まり、振り返り、そう尋ねた。

 

「この剣……俺のおじさんの家に置いてあった剣で、

 この世界に飛ばされた時に持っていたもので……」

 

「おじさん? 誰だそれは?」

 

「北郷一刀」

 

「北郷一刀……例の一族か? 何でそんな所に……」

 

「君は何者なんだ!? 教えてくれ!!」

 

「井伊直政だ、オレの名は井伊直政」

 

「井伊……直政……徳川四天王の……?」

 

「そう呼ばれている世界もある」

 

それだけ言うと、新戸は九十郎達を追い、再度走り始める。

 

「待ってくれ! 君はこの剣を知っているのか!? この剣は一体何なんだ!?」

 

「トールギスだ!」

 

「と、とぉるぎす?」

 

ガンダムWを見た事が無い剣丞がその言葉の意味を図りかねている間に、

新戸は凄まじい速さで逃げ去っていく。

 

新戸的には、全ての剣魂の原型になった試作機だという意味で言ったのだが、当然のように剣丞には通じていない。

 

「とぉるぎす……何の事だ……?」

 

新戸が剣丞の視界から消えた瞬間、ビカビカと眩く輝いていた剣が沈静化した。

後に残ったのは、倒れ伏す三河侍達、状況についていけず、呆然とする詩乃……

 

「ああそうだ竹中半兵衛、お前に伝えなきゃいけない事があるのを忘れていた」

 

剣丞と新戸が何やら喋っているのに気がついた九十郎が、全力で走りながら呆然とする詩乃に向かって叫んだ。

 

「千年巨人(ミレニアム)には気をつけろ!」

 

九十郎は何の意味も無くそう叫んだ。

なお、千年巨人とはかつてロンドンを無駄に震撼させたバネ足ジャックが、ノリと勢いに身を任せてでっち上げた組織の名……といっても某所の聖杯戦争スレの話だ。

当然ながら何の実態も無く、何の意味も無い。

 

「み、みれにあむ……みれにあむとは一体……?」

 

盛大に混乱する詩乃と剣丞を背に、新戸と九十郎が視界から消える……

 

「九十郎、またね……なの。

 あの危ない鉄砲を作るのだけはどうしても嫌だったけど……でも、ありがとうなの」

 

そして九十郎達によってここまで送り届けられた鞠が、小さく小さく感謝の言葉を告げていた。

 

 


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