戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第52話はR-18描写があるので犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
第52話URL『https://novel.syosetu.org/107215/17.html


犬子と柘榴と九十郎第51話『純然たる怪異』

「おい糞ニート、何だってんだ!? あいつも鬼子か? サイキッカーなのか?」

 

『違ウっ!? 鬼子ジャナイ! 半人半魔ノ超生物ジャナイ!

 超能力者デモナイ! アイツハ生物デスラナイ……

 アイツハ……加藤段蔵ハ純然タル怪異ダッ!!』

 

「OK、とりあえずあいつが化け物だって事だけは理解できたよ」

 

新戸の警告を聞き、うじゅるうじゅると蠢く肉塊を目にし……

九十郎は今日、久々に本気で死の予感がした。

 

直後、眼前の醜悪な肉塊がぶるりと震えたかと思うと、数本……いや数十本もの棒手裏剣が九十郎達に殺到した。

 

「あ……あっ危ねえ!?」

 

「九十郎殿!? 今川殿!? 無事ですか」

 

一流の武人である鞠と貞子はともかく、1.5流の九十郎や、転子と同レベルの信虎は避けきれず、少しづつ疲弊し、ついに飛来した手裏剣のうち一本が、信虎の左肩に突き刺さっていた。。

 

「ぬ、ぐっ……」

 

「信虎、大丈夫か?」

 

「掠り傷だ、大事無い。

 だが少しばかり戦地から離れすぎた、身体が思うように動いてくれん」

 

「年のせいじゃねえの」

 

「殺すぞ貴様」

 

信虎(67)が九十郎に殺意を向ける。

だから貴様は九十郎なのだ。

 

「御家流……信虎おばさん、下がっててなの! 随波斎流……」

 

鞠が負傷した信虎の前に立ち、静かに精神を集中させる……

 

血のにじむような修練の果てに習得した鞠の御家流・疾風烈風サイバスター……もとい砕雷矢は、精神集中による隙が少なく、消耗も小さいという長所を持つ御家流である。

しかし、その隙の少なさが今回は裏目に出た。

 

『ア、バカ、ソンナ事シタラ……』

 

新戸から焦ったようなテレパシーが届くよりも、鞠は自らの御家流を発現させてしまった。

紅と蒼の光弾が吸い込まれるかのように赤黒の肉塊に直撃し……

 

「ウ……ゴッ……ガゴォッ!! オォォ……」

 

何とも形容し難いうめき声をあげ……そして破裂した。

まるでシャボン玉が割れた時のように、鼻の曲がるような臭いを出しながら肉塊が周囲に飛び散り、4人の着物を真っ赤に染める。

 

「え、あれ……倒せた? やっつけたの?」

 

撃った本人含め、醜悪な化け物のあっけなさすぎる最後に全員がぽか~んと口を開ける。

 

『今スグソノ場カラ離レロォッ!! 喰ワレルゾッ!!』

 

直後、新戸のテレパシーが血相を変えて警告を発した。

 

「……呑牛の術」

 

飛び散った肉塊の一つから、そんな声が聞こえた。

 

……その声に反応したのは、反応できたのは九十郎だけだった。

 

「鞠っ!」

 

九十郎は咄嗟に鞠を強く突き飛ばした。

鞠が狙われると思った根拠は直感的なものだ。

御家流による攻撃をした鞠が一番狙われやすそうだという、それだけの理由だ。

 

だが、そんな九十郎の判断が鞠を救った。

不可視のナニカが鞠が居た場所を通り抜け……その場所の存在していた全てを消した。

 

床も、天井も、埃も、肉片も、血痕も、空気すらも……ありとあらゆる物体が瞬時に、音も無く消滅したのだ。

 

「マジかよおい……」

 

この時、九十郎は理解した。

こいつは空間を喰ったのだと。

空間ごと、あらゆる物質を喰うのがこいつの能力なのだと。

そして今、右腕を数cm程喰われただけで、軽傷で済んだのはただの幸運に過ぎず、一歩間違えたらヴァニラ・アイスに襲われた時のアブドゥルのようになって死んでいたと。

 

ぐじゅるぐじゅると奇怪な音を立て、鼻が曲がりそうになる程の異臭と共に、飛び散った肉塊から口が開く。

口が開き、それぞれが食ベタイ、食ベタイ、食ベタイと喋りだす。

 

「まるでザ・ハンドかクリームだなありゃ……おい糞ニート、対策はあるか、放置以外で」

 

『オレガ今ソッチニ向カッテイル、モウ少シダケ生キ残レ』

 

「肝心な時に役に立たねえよなお前はさぁっ!!

 仕方ねえ逃げるぞ、こいつは神道無念流でどうこうできる状況じゃなさそうだ」

 

「そのようですね、逃げましょう九十郎殿」

 

「全く妬ましい、腹立たしい、我より強い奴がどうしてこうも多い……」

 

九十郎が即座に撤退を決意し、鞠の手を引き、肉塊に背を向け逃げ始めた。

 

「……呑牛の術」

 

「飛べぇっ!!」

 

瞬間、九十郎はゾワリと背筋に寒気を感じ、咄嗟に鞠を力任せにブン投げた。

鞠の小柄な身体が紙切れのように宙を舞い……鞠が居た空間が再び喰われた。

 

「貞子! 信虎! 今アイツが何をしたか見えたか!?」

 

「ぜ、全然です……」

 

「何が起きた、今のは何だ!?」

 

「分らんが避け損ねたらヤバそうだって事は確かだ!」

 

肉塊がゲラゲラと笑う。

食べたい食べたいと叫び、呑牛の術を……不可視の咢を発現させる。

何度も、何度も、何度も何度も。

 

その度に九十郎達は上下左右に飛び跳ね、ギリギリの所で回避する。

屋敷にいくつもいくつも大穴が空き、手裏剣も飛び、4人が追い詰められていく。

 

そしてついに……

 

「……呑牛の術」

 

「やっべ!?」

 

手裏剣を避け損ね、九十郎が体勢を大きく崩していた。

不可視の咢が音も無く九十郎に迫る……あらゆる物質を飲み込みながら……

 

「ああそうか、やはりコレは御家流なのだな」

 

しかし、その不可視の攻撃が……空間ごと喰い破る段蔵の超能力が九十郎を抉る事は無かった。

 

信虎が段蔵と九十郎の間に割って入っていた。

そして……奇妙な表現になるが、信虎が不可視の超能力を掴み、受け止めていたのだ。

 

「善用兵者 役不再籍 糧不三載 取用於國 因糧於敵 故軍食可足也

 國之貧於師者遠輸 遠輸則百姓貧 近於師者貴賣 貴賣則百姓財竭 財竭則急於丘役

 力屈財殫 中原内虚於家 百姓之費 十去其七 公家之費 破車罷馬 甲冑矢弩

 戟楯蔽櫓 丘牛大車 十去其六……」

 

……呪文が聞こえた。

 

漢文の成績が常に赤点スレスレの九十郎にとっては何の意味も無い単語の羅列、呪文か何かだと思えた。

 

「違う……違うの、これは……」

 

故雪斎禅師より、考えられる最高の教養を与えられていた鞠は気づいた。

それが古の兵法書『孫子』の一説を諳んじているのだと。

 

「精神統一……ファースト幼馴染と同じように、精神を統一して……

 御家流を使おうとしているのか!?」

 

そして幼い頃から光璃を……武田家御家流風林火山を見続けてきた九十郎は気づいた。

武田信虎が御家流を使おうとしているのだと。

 

「故智將務食於敵……食敵一鐘 當吾二十鐘 忌桿一石 當吾二十石」

 

呑牛の術が……発動すれば決して逃れる事のできない必殺の術が止められていた。

人間を喰らう不可視の咢が止められていた……武田信虎が、それを受け止めていたのだ。

 

ありえない事に、武田信虎が超常現象をその手で掴み、受け止め、握りしめていたのだ。

 

「この男に今死なれては困る、まだドライゼ銃を受け取っておらぬからな。

 そして九十郎よ、これは貸しだ。

 我にこの忌々しい能力を使わせた貸しは、後でキッチリ取り立てさせて貰うぞ・」

 

それはかつて光璃に使い、無様に敗れ、二度と使うまいと誓った能力であった。

どれ程の鍛錬を積んでも、練習を重ねても、武田家当主に代々伝わる御家流『風林火山』は使えなかった。

武田光璃晴信は物心つくと同時に、難なく使いこなして見せた。

信虎の10分の1……いや、100分の1の努力もせずに。

 

その代わりに信虎が得たのかこの能力だった。

他人に力を分け与え、武田の祖霊を呼び出す風林火山とは別な意味で他力本願な能力、1人では使えない、1人では役に立たない、他者に依存する忌々しい能力……

 

「武田家……いや、武田信虎の御家流……」

 

不可視の咢を握ったまま、信虎はピッチャーマウンドに立つ高校球児のように大きく振りかぶり……

 

「……名前はまだ無いっ!!」

 

……ブン投げた。

 

飛び散った肉塊を巻き込みながら不可視の咢がカッ飛び、まるで空間ごと何もかもを飲み込んでいった。

 

「食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、

 食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、

 食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、

 食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ」

 

残った肉片の残った口が、再び醜悪な臭いと共に4人に向けて口々に叫ぶ。

 

しかし……

 

「む、先ほどよりも重苦しさが減ったか?」

 

「何かしらダメージは与えられたようだな、今のうちにスタコラサッサだ」

 

「九十郎殿に賛成です、逃げますよ今川殿」

 

「でも泰能が、皆がぁっ!!」

 

「さっき食べられちゃったでしょうが!

 私達まで怪物のご飯にされる前に逃げるんです!」

 

貞子が鞠を抱きかかえるように掴み上げ、そのまま肉塊に背を向け、ダッシュで玄関に向かう。

 

「……呑牛の術」

 

直後、壁にへばりつく肉塊の一つが不可視の咢を発現させるが……

 

「はっ、種が割れればこんな物は怖くもなんともない。

 我の御家流を知らずに挑んだ事が貴様の落ち度よ」

 

最後尾に居た信虎がすかさずその能力を受け止め、握りしめ……

 

「もう一発、喰らうが良いっ!!」

 

……投げ返した。

 

再び屋敷に大穴が空き、いくらかの肉片もそれに巻き込まれて消失した。

 

超能力者の天敵、御家流の天敵。

武田信虎の異能は、段蔵の能力を見事に防いでいた。

 

なお、この能力で光璃の風林火山を投げ返した場合、御家流が使えないと置物同然の光璃が、投げ返された風林火山の効果を得て、自力で信虎を殴り倒せるレベルにまでパワーアップするという珍事が発生するし、綾那や貞子のように普通に強い者が相手では何の役にも立たない。

 

さておき、4人が這う這うの体で屋敷から飛び出すと……

 

「なっ……!?」

 

「一難去ってまた一難ですか……九十郎殿、神道無念流ができますよ」

 

「こういうのは鬼退治桃太郎先輩に投げたい所だがな……」

 

「そんな……こんなのって……」

 

鬼がいた。

1匹や2匹ではない、10か20か30か……数えるのが面倒になるような数の鬼がいた。

 

先ほどまでこれでもかって位に平和で、にぎわっていた城下町が、今は鬼の巣窟になっていた。

 

「どう思う貞子、さっきまで見ていた光景が幻覚か、今見てる光景が幻覚か、

 それとも屋敷に入っていた間に住人が残らず鬼にされたか」

 

「今見てる光景が幻覚って線は無いんじゃないですかねえ。 これが幻覚なら……」

 

鬼どもの視線が一斉に4人に向く。

そして近くにいた数匹の鬼達が、次々と九十郎達に飛びかかってきた。

 

「これが幻覚で、この人達が普通の町民だったのなら、

 襲い掛かってくる訳がないですからねっ!!」

 

貞子が鬼の首を斬り飛ばす。

すぐ後ろにこの世のものと思えない奇怪な肉塊が迫っているのだ、躊躇している余裕は無いし、時間をかけて眼前の光景を確かめている暇も無い。

 

「か、硬い……!? まるで甲冑か灯篭でも斬ったみたいな……」

 

「じゃあ普通に鬼でしたって事だろ! 呆けてる暇は無いぞ鞠! とっとと走れ!」

 

「わ、わかったの!」

 

「全く、とんだ里帰りになったものだな! 昔から駿河ではロクな事が起こらん」

 

残る3人も次々襲い来る鬼達に応戦をする。

 

「チキショウ、忍者の次は鬼とチャンバラするなんて聞いてねえぞ!」

 

「吉野の御方が鬼の駿河を集積地としようとしていると言ったはずだが」

 

「ははは、鬼が出るとか誰が信じるんだよ。

 ここは戦国時代でクトゥルフ神話でも何でもねえんだぞ。

 てかさっきの奴、絶対忍者じゃ無かったよな! クトゥルフ神話的な奴だったよな!

 百歩譲ってもニンジャスレイヤーだったよなぁっ!!」

 

「九十郎殿、訳の分からない事を言ってる暇があったら真面目に戦ってください」

 

「鬼でも何でもかかって来いやクソがぁっ! 神道無念流舐めんなぁーっ!!」

 

九十郎がやけくそ気味に鬼を蹴散らしていく。

 

「鞠、逃げやすそうな方向はどっちだ!?」

 

「ええ!? えっと……ええっと……」

 

「我についてこい! こっちが一番追っ手を撒きやすい道だ!」

 

「信虎おばさん!?」

 

「我が何度駿河からの脱走を図って、何度義元に阻まれたと思う!

 ここらの地形は何十回も、何百回も調査済みだ!」

 

「でかした信玄ママン! 貞子逃げるぞ!」

 

「誰ですか信玄ままんって!? まあ逃げるって案には賛成ですけど」

 

信虎の先導に従い、4人がスタコラサッサと逃げ出した。

鬼の数は千を軽く超えるものであった。

しかし、年単位で逃走経路の調査・検討を重ねた信虎を止められる者なんて義元くらいだ。

そして今、鬼は統率者不在の状況……勝手気ままに動き、近づいた生物に作戦も何も無く襲い掛かるだけの連中に捕まる程、武田信虎は間抜けではないし、九十郎達は弱くない。

 

「屑郎ぉっ! 無事かーっ!!」

 

鬼子が……恐るべき超能力を自在に操る半人半魔の超生物が一行と合流した後は、ハッキリ言って消化試合に近かった。

九十郎達4人は誰一人として欠ける事なく、無事に駿河から脱出した。

 

「泰能……みんな……お母さん……鞠は、鞠は……」

 

ただし駿河は鬼の巣窟と化し、鞠の心に深い傷を残して……

 

 


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