戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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犬子と柘榴と九十郎第50話『腹ペコ忍者、段蔵ちゃん』

「くくく……はははは……」

 

駿河の国、かつて今川義元が治めた地で、一人の色白の男が不気味な笑みを浮かべていた。

全身に夥しい量の瘴気を帯び、この地に住まう人々を鬼に……鬼の紛い物に変貌させていた。

 

「信虎め……物の道理を解さぬ俗物が、力だけを求める野獣めが……」

 

この男は、信虎が吉野の御方と呼ぶ人物だ。

信虎に鬼の力を与えると告げ、己の手先として……ついこの間、より強き力を求める信虎に見限られた男である。

 

その吉野の御方が、今創り出している鬼によって信虎を八つ裂きにする事を考えていた。

可愛さ余って憎さ百倍という訳ではないが、一度頭を垂れながら裏切った信虎に対し、吉野は並々ならぬ憎悪を滾らせていた。

 

「ソノ能力ハ二度ト使ウナ、オレハソウ言ッタハズダ」

 

そしてそこに紅い髪の鬼が音も無く現れた。

 

「貴様は……おお、余の生き字引ではないか」

 

鬼の姿を見て、吉野はニヤァ~と笑う。

吉野は知っている、会った事があり、話した事もあるのだ、目の前の紅い髪の鬼を。

 

「久しいな……尊治」

 

紅い髪の鬼の姿が変わる。

すらっとした長身、貧相な胸、骨と皮だけのガリガリに痩せた体躯、白い髪……井伊直政・通称新戸へと姿が変わる。

 

「その能力で創造できるものは、鬼ではない、オレのような鬼子ですらない。

 お前が想像する鬼でしかない、鬼の力だけを真似た、紛い物しか生み出せない。

 言うなれば……そう、屍食鬼」

 

「ああそうだ、コレで生み出せるものは生き字引が言う『本物の鬼』ではない。

 その代わり、余が想う正しき民を作り出せる、本物の鬼よりも正しき存在をな」

 

「鬼を何だと思っている。

 鬼はお前のコンプレックスを慰めるために生まれたのではない。

 新田剣丞と戦国武将達の絆を深めるための都合の良い障害物でもない。

 鬼はただ在るだけだ、鬼に何かを求めてはいけない、鬼を理由に何かをしてもいけない」

 

「鬼は余に利用されるために生まれてきた、余が利用するために生み出すのものだ」

 

「……オレが比較的温厚な鬼子で良かったな。

 蘭丸が聞いたら何をされるか分からない……

 いや、たぶん枯れ死ぬまでナニをされるんだろうが、とにかく酷い目に遭わされてたぞ」

 

天国に導かれるかのような顔で、キッチリあの世に送られるというのは、新戸にとってかなり巨大なトラウマを刻まれる光景である。

 

「何がしたい、尊治」

 

新戸はその質問に対する答えを知っていた。

無数に存在する並行世界の別の虎松達から、吉野が何を考え、何をしたかを聞かされていた。

だがそれでも、あえて新戸は尋ねた。

 

何かの間違いでも、嘘偽りでも、別の吉野達とは別の答えを言うのではないかと……そう願わざるを得なかった。

 

「世を正しき姿に戻す」

 

「その能力を使ってか?」

 

新戸が見る先には、瘴気に包まれ、鬼を模した怪生物に変貌させられている人々がいた。

何の罪も無い、普通にこの時代を生きていただけの人々がいた。

 

「そうだ、この力で余の愛すべき民を取り戻すのだ、正しき民の姿へとな」

 

吉野の言葉は、新戸が予想した通りのものであった。

予想した通りのものであったが、それ故に新戸は深く深く落胆した。

 

「ならば……お前がその下らないお遊び、自慰を続けるならば、

 オレはもうお前の力にはなれない。 それを伝えに来た」

 

だから新戸がそう告げた。

 

「なんだと?」

 

瞬間、吉野の顔が歪んだ。

殺意と憎悪と狂気に満ちた表情に……狂人の顔になった。

 

「お前に能力の使い方を教えるべきじゃなかった。

 お前の世の中への恨みと失望を軽く見た、オレが間違いだったよ」

 

「何を言うか! 何を言うか! これは天命! これは天啓! これは天祐!

 山猿共に満ち溢れた世を正せと! 正しき天下の姿を取り戻せという天の声だ!」

 

「違う! それはお前の才能だ! お前は優れた超能力者だった!

 ただそれだけの話だ!」

 

「違わぬ! 何も違わぬ! 余にしかできぬ事だ!」

 

「オレはそんな事をさせたくて能力を引き出したんじゃない!!」

 

吉野と新戸が無言で睨み合う。

片方は狂気に満ちた顔で、片方はどこか悲しそうに……

 

「考え直せ尊治、今からでも遅くない。 このままじゃお前は殺されるぞ。

 お前がその才能を人の為に、人類の為に使うのであればオレは喜んでお前の力になる、

 いくらでも知恵を貸す、助言もする。

 オレは今でもお前が好きなんだ、屑郎の次にだが」

 

「余が誰に殺されると?」

 

「小夜叉に斬られ、お前は死ぬ」

 

「誰だそれは?」

 

「森小夜叉長可、お前にとっては取るに足らない、炉端の石にも等しい小娘に斬られる。

 オレはお前が惨たらしく殺されるのを見たくはない。

 だからオレは……オレ達は、本当はもっと後になって目覚めるつもりだった」

 

「ならばその小娘、余が直々に引き裂いてやろう」

 

「やめとけ……アレは……」

 

新戸が何かを……他の世界の虎松が死の間際に送ってきた、とてもとても恐ろしい何かを思い浮かべ、震えた。

 

小夜叉の暴虐と蘭丸の淫靡が合わさったスペリオルドラゴン、あるいはゴジータ的存在……そしてさらに恐ろしい事にそれは、新田剣丞に全てを捧げるという狂気の盲愛に囚われ、日ノ元の全て……いや、世界の全てを飲み干そうとする恐るべき怪物に成り果てていた。

 

その世界の虎松や吉野をも含め、誰にも手がつけられなくなった怪物の姿を思い浮かべ、新戸は背筋を凍らせた。

 

「……アレはお前の手に負える存在じゃないぞ」

 

新戸は掌をぐっしょりと濡らす汗を隠しながら、それだけ告げる。

全てを伝える事が、必ずしも状況を好転させるとは限らないと知っているから。

他の誰でもない、目の前にいる狂気の能力者によって学んだから。

 

「オレは屑郎に教えてもらった、お前にも教えてもらった。

 世の中は捨てたものじゃないと、世の中には面白くて楽しいものが沢山あると。

 そして……人は鬼よりもずっと強く、ずっと残忍で、ずっと怖くて恐ろしいものだと。

 血を吐きながら続ける悲しいマラソンこそが人の本質であり、

 人は血を吐きながら悲しいマラソンを続けるが故に、美しいのだと」

 

「訳の分らぬ事を、世迷い事を……」

 

吉野と新戸が、しばし無言のまま睨み合う。

 

吉野の周囲に瘴気が満ちる……空気が淀み、水が濁り、醜い鬼が次から次へと起き上がる。

 

「その力をオレに向ける気か、尊治?」

 

「余の生き字引よ、お前の力は余の役に立つ。 今ならば引き返せるぞ」

 

「断る」

 

「ならば……」

 

鬼達が俄かに殺気立つ。

腕を振り上げ、牙と爪を光らせ、新戸に突き付ける……

 

「ああ、そうか、やっぱりこの世界でもこうなるか……

 残念だよ尊治、オレは本当に本当にお前が好きだったのに……

 お前が下らない自己満足を言い出しさえしなければ、

 オレは本当にお前の力になりたいのに……」

 

「下らない、自己満足か……残念だ、世の生き字引よ。

 貴様程の女をわが手で引き裂かねばならぬとはな……」

 

一触即発の空気が流れる……そして……

 

「屑ウウウウゥゥゥーーーーっ!!!」

 

鬼達が襲い掛かる寸前になって、新戸が唐突にそう叫びんだ。

 

「すまん尊治、急用ができた、この話はまた今度だ」

 

それだけ言い残すと吉野を放置して駆け出した。

 

……

 

…………

 

………………

 

「と言う訳で、世界の果てまで……行ってQ!!」

 

「やって来ました駿河まで!」

 

馬鹿2名……もとい、貞子と九十郎駿河に立つ。

片や空の護衛という任務をすっぽかし、

片やドライゼ銃量産に必要な反射炉建設の任務を投げ出し、

鞠を駿河まで送り届けに来たのである。

 

「いやあ流石は義元公のお膝元、賑わっていますねえ、九十郎殿」

 

「空に土産買って帰ろうぜ」

 

「良いお酒が見つかると良いんですが」

 

「ははは、空が美空みたいな呑兵衛になったらどうする気だ。

 もっと別の物を探すぞ。 木刀とかどうだ?

 柄に何の意味も無く『洞爺湖』って刻んでもらおうぜ」

 

この男は完全に修学旅行気分であった。

 

キョロキョロと周囲を見回しながら、貞子はその瞳を輝かせ、パチン! パチン! と何度も何度も刀を抜き差しする。

見た目は辻斬りの対象を物色する危険人物である。

 

しかし何故かTHE・危険人物な貞子を注視する者も、バッファローマンのような体格の九十郎を注視するも、駿河を治める領主である鞠を注視する者もいない。

誰もかれもがいつも通り、生活をしていた……気味が悪いくらいにいつも通りに暮らしていた。

 

「2人とも、もっと緊張感を持ってほしいの……」

 

鞠がげんなりとした表情でため息をつく。

駿河を鬼の根拠地にするなんて話を聞き、泰能から渡されたお小遣いを残らず貞子と九十郎に差し出し、今日まで必死になって走り続けた……が、駿河はこれでもかってくらい平和だった。

 

「信虎おばさん、この間教えてもらったお話、本当だったの?」

 

「我が貴様らを騙して何の得がある?」

 

九十郎によって半ば無理矢理引っ張ってこられた武田信虎が、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

彼女にとって、駿河がどうなろうが知った事ではない、こんな下らない事をしている暇があったらドライゼをよこせと、その態度で雄弁に物語っていた。

 

「まあ、命令変更が好きな御仁だったからな。

 大方なんやかんや良く分からん理屈でまた命令変更をしたのではないか?」

 

「くそう、神道無念流を合法的に振るえるチャンスがフイになるな……」

 

「久々にマトモな九十郎殿が見れると思ったのに……」

 

この男がマトモだった時期が一瞬でもあっただろうか。

 

「まあ何にせよ、護衛代はキッチリ取り立てさせてもらうからな。

 救い料1億万円頂戴、ローンでも可ってな」

 

見た目幼女から容赦無く金と取り立てようとする屑マッチョがいる。

この男は自分が情けなくならないのであろうか。

 

「い、1億万円って永楽銭何枚分なの……?」

 

「最初に言ってた額より高くなっていませんか?」

 

「神道無念流ができる機会が一回も無かったから、その分増額した」

 

「普通逆じゃありません?

 荒事が多かったり危険があったりすると多めに取るものだと思いますけど」

 

「俺は神道無念流やるついでに護衛をしてるから良いんだ」

 

無茶な理屈である。

 

「と、とりあえず泰能の屋敷まで行くの。 手持ちのお金じゃ足りないから……」

 

「全く、今川の現当主は小遣い制か……聞いていて情けなくなってくるな」

 

鞠が自身の股肱の臣、朝比奈泰能の元へと小走りで向かう。

鞠に護衛料をせびっている貞子と九十郎はもちろん、信虎もなんやかんやで付いていく。

全員が全員、駿河は平和そのものだと思っていた。

全員が全員、駿河は平和そのもののように見えていた。

 

「泰能~」

 

4人が泰能の屋敷の門をくぐり、敷居を跨ぎ、玄関に入り……

 

 

 

 

 

瞬間、世界が色を変えた。

 

 

 

 

 

4人の視界が赤く染まる。

屋敷の床、壁、天井……視界に写るありとあらゆる場所に血と肉片と内臓がへばりついていた。

そして同時に、むせ返りそうになる血の匂いに包まれる。

 

まるで地獄の門をくぐったようだとすら思える、強い強い血の匂い。

 

「どう思う、貞子」

 

「戦場の匂い……いえ、これは戦いの匂いではありませんね、一方的な殺戮でしょう」

 

「どっちにしろ尋常じゃねえぞこの状況。

 どうやら危険地帯に足を踏み入れちまったみたいだな」

 

「良かったじゃあないですか、九十郎殿。 思う存分神道無念流ができますよ」

 

「鞠に割り増し賃金を請求する理由も無くなるよな」

 

状況をまるで理解できない鞠をガードすべく、貞子と九十郎が各々剣を抜く。

この2人とて今何がどうなっているのかまるで理解していないが、それはそれとして剣士の直感が我が身に迫る危険を察知したのだ。

 

「信虎、どう思う?」

 

「聞かれても分らん、何が起きたのか……」

 

「や……泰能っ!!」

 

鞠が屋敷の奥に向かって駆け出した。

何が起きたのか、屋敷の奥がどうなっているのかはまるで分らなかったが。

尋常でない血の匂いが、死の気配が、鞠の大切な家臣の死を連想させ、居ても立ってもいられなくなったのだ。

 

「あ、ちょっと今川殿、1人じゃ危ないですよ」

 

「貞子追うぞ! 死なれちゃ目覚めが悪い!」

 

鞠を追って残った3人も走る。

広い屋敷を……そこら中に血と肉片と内臓が飛び散る広い屋敷を走り、臭いがどんどんきつくなり、死の感覚が次第に強くなり……

 

「げ……」

 

「あ……あぁ……や、泰能……」

 

その先に居た。

ぐしゃぐしゃに潰され、引き裂かれ、山積みにされた無数の遺体。

遺体の山の上に座り、人の腕らしき物にかぶりつく女の忍者が居た。

 

遺体の山の中に、今川の老臣、朝比奈泰能。

全身がバラバラに引き裂かれ、顔は恐怖に引きつり、物言わぬ屍となった泰能の姿が……スノーゴンと戦った時のウルトラマンジャックのようにバラバラにされていた。

 

「おい信虎、ありゃ何だ?」

 

「知らん、見た事も聞いた事も無い」

 

「どう見てもこの惨状引き起こしたのアイツだよな……特級の厄ネタじゃねーか。

 役満の上に裏ドラまで乗ってるぜ全く」

 

そう呟いた九十郎が、人の腕にかぶりつく女の忍者と目が合った。

 

「こんにちは」

 

忍者は背筋がゾクリとする程に普通に笑った。

普通に笑い、普通に挨拶をした。

 

「アイサツは欠かせないよな、古事記にもそう書かれている。

 ドーモ。 ハジメマシテ、サイトークジュウローです」

 

得体のしれない恐怖を噛み殺し、九十郎は精一杯の虚勢を張った。

護衛対象の鞠が近くにいる手前、弱気な所を見せられないのだ。

 

「泰能を……泰能殺したの?」

 

「殺しましたよ。 殺さなければ食べられないが故に」

 

忍者はなんでもない事のようにそう答えた。

 

その忍者の口元は真っ赤に染まっていた。

その忍者の両腕は真っ赤に染まっていた。

血がべっとりとついていた。

 

その忍者は……その手で人を引き裂き、その口で人を食べたのだ。

 

「某は……特異体質であるが故、他の食べ物は身体が受け付けないのですよ。

 食べられる物は、人間の肉だけ……他の物は決して食べられない、

 無理矢理口の中に押し込んでも、味もしない、満腹もできない……

 それ故に殺しました。 空腹で、空腹で空腹で空腹で、殺さなければ食べられないが故に」

 

「加藤殿……ですか?」

 

その時、貞子がようやく目の前にいる忍者に見た事がある、会った事があると気づいた。

 

「なんだ、覚えているじゃあないですか、貞子さん。

 さっき挨拶をしたのに返事がなかったが故に、忘れられたのかとヒヤヒヤしてましたよ」

 

「おい貞子、知り合いか?」

 

「加藤段蔵殿です……桶狭間の頃まで越後で雇い入れていた密偵の……」

 

「ええ、ええ、長尾ならば戦争の機会も多いだろうって、

 人間を殺し、食べる機会も多いと思ったが故に……いつぞやはお世話になりました。

 結論から言えば期待外れでしたが故に、すぐにお暇させて貰いましたが」

 

「泰能を食べる気なの?」

 

「ええ食べますとも。 殺したからには食べなければ、勿体ないが故に……」

 

そして忍者……加藤段蔵は無造作に尻の下に敷いた遺体の一つを手に取り、まるでパンをちぎるかのように無造作に引き裂き、口の中に放り込んだ。

 

「そんな事させないのっ!!」

 

そんな光景を見た鞠が、反射的に剣を抜き、段蔵に向けた。

 

「鞠は……鞠はこれでも、今川の当主なの。

 今川の当主として、家臣を食べさせる気は無いの」

 

正直な所、鞠は怖かった。

怖くて怖くて、いっそ逃げ出してしまいたかった。

だがしかし、泰能を……自分のような未熟者を必死になって教え、導き、支えてくれた人を惨殺され、尻に敷かれ、そして喰われると思うと、尻尾を巻いて逃げ出す気になれなかった。

怒りと、悲しみと、憎しみでどうにかなってしまいそうだった。

 

「んん~」

 

段蔵はそんな鞠を見下ろし、自分のお腹をさすり……

 

「……あと4人分くらいは入りますか」

 

せっかくの死体を……美味くて貴重な食べ物を無駄にしなくてすむ。

段蔵はそんな理由で、鞠達4人を殺すと決めた。

 

「良かったですね九十郎殿、神道無念流ができますよ」

 

「相手が化け物じゃなけりゃ素直に喜べたんだけどな」

 

貞子と九十郎も剣を段蔵に向ける。

信虎は旗色が悪くなったら九十郎だけ連れて逃げてやろうとか考えながら、仕方なしに剣を抜いた。

 

直後……

 

「たぁーっ!!」

 

ぶつん……と、段蔵の首が飛んだ。

いとも容易く、なんとも呆気無く、加藤段蔵は鞠によって切り捨てられた。

 

「え……あれ……勝った……の……?」

 

斬った本人が不思議に思う程、無抵抗で段蔵が斬られた。

 

しかし……異変はすぐに起きた。

 

まず4人が感じたのは、吐き気がするような腐臭であった。

真夏に何日も野外で放置した魚の匂い……それを何倍も何十倍も濃縮したような嫌な臭いが周囲を覆う。

 

そして段蔵の身体が溶けた。

まるでアイスキャンディーのように溶け、液化し、赤黒いスライムのようになって遺体の山を包み、肉塊となって一体化した。

 

その奇妙な肉塊に人間の口に似た何かが開いた。

何個も、何個も……何個も何個も何個も何個も。

そしてその無数の口が一斉に開き、喋った。

 

「食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、

 食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、

 食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、

 食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ」

 

一斉に開いた口が、一斉に同じ言葉を喋りだした。

そのおぞましい肉塊から、おぞましい食欲を感じ、4人は思わず背筋を振るわせた。

 

「な、なんだこれは……鬼ではない、我が知る鬼ではないぞこれは」

 

「鬼じゃねえのは見りゃ分るよ! 構えろ信虎、来るぞ!」

 

肉塊から何かが飛来する。

鞠は咄嗟に真横に飛び、転がり、飛来した物体を避ける。

 

それは肉塊の歯……ではなく、釘のような形状をした、手裏剣であった。

 

『屑ウウウウゥゥゥーーーーっ!!!』

 

直後、4人の脳裏に声が響く。

頭蓋骨内が直接音波に晒されたかのような独特の感覚……テレパシーを受けたのだ。

 

「この声、糞ニートか!? 何の用だ、今それどころじゃない!」

 

『何ヲヤッタ屑郎!? ドウシテ段蔵ガ戦闘態勢ニ入ッテイル!』

 

「知らねえよ、いきなり攻撃されてんだよ! 今まさに攻撃されてんだ!」

 

赤黒い肉塊から数本……いや、数十本もの手裏剣が飛んでくる。

走り、飛び、伏せ、切り払い、必死こいて逃げ回る。

 

「く、九十郎殿、今聞こえてきた声は一体!?」

 

「井伊直政っていう、前世から腐れ縁のサイキッカーだ」

 

「さ、さいきっか?」

 

『イイカラ早ク逃ゲロ! 距離ヲトレ! 段蔵ト戦エバ全員喰ワレルゾ!』

 

「反撃するなってか?」

 

『剣魂カ御家流デナケレバ有効打ニナラン!

 イエローテンバランスノヨウニ食イツカレ、骨マデシャブラレル!

 諦メテ奴ノ能力ノ射程距離外ニ逃レロ!」

 

「触ったらヤバイって事かよ!?」

 

「そ、それだと私と九十郎殿がただの置き物になるような……」

 

人斬り包丁を振り下ろす以外能の無い貞子と九十郎が焦る中、再度赤黒い肉塊から手裏剣が放たれる。

 

「おい糞ニート、何だってんだ!? あいつも鬼子か? サイキッカーなのか?」

 

『違ウっ!? 鬼子ジャナイ! 半人半魔ノ超生物ジャナイ!

 超能力者デモナイ! アイツハ生物デスラナイ……」

 

 

 

 

 

『アイツハ……加藤段蔵ハ……純然タル怪異ダッ!!』

 

 

 

 

 

「OK、とりあえずあいつが化け物だって事だけは理解できたよ」

 

新戸の警告を聞き、うじゅるうじゅると蠢く肉塊を目にし……九十郎は今日、久々に本気で死の予感がした。

 

 


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