戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第48話はR-18描写があるので犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
第48話URL『https://novel.syosetu.org/107215/16.html




犬子と柘榴と九十郎第47話『光璃と九十郎がひたすらいちゃつくだけの話その1』

ここは魔境・大江戸学園。

 

毎日毎日飽きもせず、馬鹿と馬鹿と馬鹿が今日もドッタバッタン大騒ぎをする学園。

人工島であるが故にけものはいないが、のけものは掃いて捨てる程にいる場所。

ニホンが誇るトップエリート共がその溢れる才能をゴミ箱にダンクシュートし、俺はここだぜ一足お先と光の速さで明後日の方向にダッシュする魔境である。

 

そんな大江戸学園のある暑い日に、2人の美男美女が……

 

「九十郎……暑い……」

 

「暑いのは俺も一緒だよファースト幼馴染。

 というかもう少し離れろよ、汗が引っ付いて気色悪いだろ」

 

……訂正、1人の美女と1人のブ男が全身を密着させていた。

その日は全身がバターのようにドロドロに溶けてしまいそうな暑さの日であった。

 

「やだ」

 

光璃はキッパリと拒絶し、九十郎に全身をさらにさらに密着させる。

鼻腔をくすぐる男の汗の臭いが、今の光璃には心地良さすら感じた。

光璃にとっては、九十郎の臭いは何よりも安心する臭いなのだ。

 

「やだってお前……」

 

「ここにいれば九十郎が扇いでくれるからやだ」

 

光璃はその明晰な頭脳をフル回転させて適当な嘘を言った。

知略96の無駄遣いである。

 

「ははは、体良く俺を扇風機代わりにしてんじゃねえぞ駄目女」

 

そうは言いながらも九十郎は、自分を扇ぐついでに光璃も風を当てる。

なんやかんやで光璃には甘い男である。

 

「駄目でも良い、九十郎がお世話をしてくれるから」

 

「否定はしねえが最初からアテにすんな」

 

「ままー」

 

「誰がてめぇのママだ!? 誰がっ!?」

 

「九十郎の魂」

 

「そういう笑うに笑えない冗談言ってるとアレだぞ、ミルク飲ませるぞ」

 

「おOんちん、しゃぶる?」

 

そんな艶めかしく生々しい提案に、九十郎は一瞬だけ考え込む……光璃としては、九十郎がしゃぶれと言ったら本当にしゃぶるつもりだ。

 

「良し分かった、この話はやめ。 こうなりゃ実力行使でいかせてもらう」

 

生まれた日からの腐れ縁、兄妹同然に育った幼馴染にちOこをしゃぶらせる不健全極まりない妄想を全力で振り払い、九十郎は光璃にアイアンクローをかけ、無理矢理引っぺがそうとし始めた。

 

「はぁ~なぁ~れぇ~ろぉ~!

 汗がひっつくしお前の体温が熱くて不快指数が急上昇してんだよぉ~」

 

「う~、う~」

 

「そのうーうー言うのをやめなさい!」

 

「れみ・りあ・う~」

 

「なぁ~にがれみあうーだ! 俺は美鈴派だ!」

 

なお、光璃はフランドール派である。

 

光璃が全力で、身体全体でひっつくように九十郎に抱き付き、抵抗する。

服がはだけ、その豊満な胸が九十郎の身体に押し付けられる。

世の男性が揃って前屈みになり、遠山朱金が鼻血を流しながらサムズアップしそうな光景であるが、幼稚園児の頃から何度もじゃれ合った九十郎の性的興奮メーターはぴくりとも動かない。

 

「いい加減に離れろ光璃、胸揉むぞ」

 

業を煮やした九十郎がドスの効いた声でそう脅す。

 

「やってみろ、ちゅーするぞ」

 

しかし、戦国魔人武田晴信の生まれ変わりである光璃は少しも動じず、武田晴信らしからぬしょーもない脅し文句で反撃する。

 

脳みそが沸騰するかのような蒸し暑い部屋の中で、光璃と九十郎がじと~っという視線を向け合う。

 

普段の九十郎なら、適当な所で折れて光璃にされるがままになる。

光璃がちゅーするぞと言ったら、本気ちゅーする気だという事は、今までの経験上これでもかって位理解している。

 

しかし、その日は暑かった。

エアコンも壊れていた。

熱中症が怖いので稽古もできない。

早い話、九十郎はイライラしていた。

 

「んんんんん~~~~~!」

 

「んぐ、うんん~~~~~!!」

 

結果、炎天下の中、滝のような汗を流しながら唇を合わせ、舌先を絡ませ合いながら、捩じり切らんばかりの勢いで両乳房を揉みしだく訳の分からない光景になり……

 

「えーかげんにせぇーっ!!」

 

……弦巻マキ似の声のご近所さんがブチ切れた。

 

この魔境・大江戸学園の中でも特に優れた知性を持ち、その才能を盛大に無駄遣いし、日々常識という名の壁にロケットドリルキックをかます少女……その名は平良賀輝。

 

五十嵐光臣に匹敵する知識と技術を持ち、ノリと勢いに身を任せて巨大ロボで級友達をぷちっと踏み潰そうとする屑……早い話が、魔境・大江戸学園を体現する馬鹿の一人である。

 

屑同士惹かれあっているのか何なのかは分からないが、九十郎との仲は良好である。

 

「オイラにしちゃ珍しく仏心出して、

 このクソ暑い中で一文の得にもならないエアコン修理に精をだしてるってのに、

 隣で延々とイチャつかれたらあたいの胃がストレスでマッハだよ!

 恋人居ない歴=年齢の平良賀輝さんに対するあてつけかコンチキショー!」

 

「ははは、恋人でも何でもねーよ、ただの腐れ縁だよ」

 

「友達以上恋人未満……今はまだ……」

 

唇と唇が唾液の線で繋がった状態で2人が反論する。

しかし、説得力はまるで無かった。

 

舌を絡み合う程にキスをするのも、胸を揉まれるのも、光璃にとってはご褒美以外の何物でもないが故に、それが恋愛経験0、喪女まっしぐらな輝さんにすら理解できたが故に。

 

「全く、早くくっつけって皆思ってるよ」

 

九十郎は全力で見て見ぬふりをしているが、九十郎が密かに惚れている女、長谷河平良も早くくっつけと思っている。

 

「そういう関係じゃねえよ、俺と光璃は。 幼馴染で腐れ縁さ」

 

「知ってるよ……知ってるけどさ……」

 

輝は手にしたスパナとドライバーをカチャカチャと弄びながら、何か釈然としない気持ちで言葉を途切れさせる。

 

「んな事よりまだ直らねえのか、このままじゃ脱水症状になっちまうよ」

 

「う~ん……残念だけど、故障の原因がまだ分ってなくてさ、

 もうちょっと時間がかかると思うよ」

 

「マジかよ……おい光璃、何かこの暑さを凌ぐアイディアとか無いのか?」

 

そう言われて、光璃は知略96の頭脳を回転させる。

中庭に水を撒くとか、ハッカ油を手足に着けるとか、図書館に行くとか、いっそ何故か学園内に点在するラブホでご休憩とか、そういった細々としたアイディアは浮かんだが……今は素直に真夏を快適に過ごす案を出すより、全力で九十郎と真夏を楽しむ案を出したい気分であった。

 

「暑い夏をブッ飛ばせ、熱々カップル大歓迎、ねずみ屋期間限定カップル専用パフェ」

 

ラブホでご休憩というピンク脳極まりない案をギリギリの所でこらえ、光璃が淡々と練兵館の郵便受けに入っていたチラシの内容を読み上げた。

 

「ああ、今年もそんな季節か。 あの店毎年一回はカップル限定メニューを出すよな」

 

「行きたい」

 

「ははは、寝言は寝て言えよ。

 俺は彼女いない歴=年齢で、お前も彼氏いない歴=年齢だろうに。

 どうやってカップル限定パフェを食う気だよ」

 

光璃は一瞬、前世も含めれば……と、言いかけた。

しかしいくら前世の事とはいえ、実は既婚者です、実は武田信玄ですと言って九十郎に信じてもらえるのか、仮に信じてもらったとして、九十郎は前と変わらずに接してくれるのか……まるで確信が持てず、言い出せずにいた。

 

分かっている事は、斎藤九十郎によって、武田光璃晴信は骨抜きにされてしまった事、斎藤九十郎がいなくなってしまえば、光璃は駄目になってしまう事、もしも斎藤九十郎が誰かに殺されでもしたら……光璃は怒りと嘆きと憎しみで頭がおかしくなってしまうだろうという事だ。

 

「問題は無い、確かにこのメニューはカップル限定。

 だけど……いつカップルになったかは指定されていない。

 極論、3秒前にカップルになったとしても条件は満たされる」

 

「限定メニュー提供は今日から2週間だから、

 2週間以内に彼女ができれば大手を振って食いに行ける訳か……

 なるほど完璧な作戦だな、不可能って点に目をつむればだが」

 

黙っていれば普通に美女で、成績は常に上位1%をキープする才女で、学園内に密かにファンまでいる光璃はともかく、非モテ不細工マッチョの九十郎がたかが2週間で彼女を作れたら奇跡である。

 

……100人に1人の割合で武田晴信(知力97)より優秀な成績を叩き出せる人間がいる辺り、大江戸学園は本当に魔境である。

 

「一つだけ、今日、今すぐに、ねずみ屋のカップルパフェを食べに行く方法がある」

 

「ほう、どんな方法だ?」

 

光璃はすぅーはぁーと大きく深呼吸をし、額の汗を拭き、ゆっくりと九十郎の手を握り、九十郎の目をみつめ……

 

「大好き、九十郎」

 

光璃は奇襲を仕掛けた。

前の生で実母信虎を騙し討ちにした時と同じくらい……いや、それ以上に光璃は緊張していた。

 

静かに、しかしはっきりとした声でそう告げた。

そう告げた直後、光璃は自分の心臓がどんどん早くなり、顔に血が上っていくのを感じた。

胸がぎゅうっと締め上げられ、息ができない程に苦しくなった。

 

そして輝が特に理由も意味も無く鉛筆を一本ヘシ折った。

 

「おい、気は確かか?」

 

たかがパフェのためにそこまでするかという意味で、九十郎は尋ねた。

 

「本気」

 

本気で九十郎が好きなのだと、光璃は告げた。

そんな光璃の思いを見事に見逃した節穴男はねずみ屋のチラシをじぃ~と見つめ……

 

「……甘党の長谷河にカップルパフェ美味かったって自慢してやるのも面白いかもな」

 

少女の愛の告白を聞いた直後に他の女の名前を出す男がいた。

率直に言って最低な所業である。

 

チクリと……光璃は胸に棘が刺さったような痛みを覚えた。

 

付き合いが長いので、ずっと九十郎を見続けてきたので、九十郎が長谷河平良に惹かれつつある事に気づいていた。

だがそれでも、決意と覚悟を決めてした告白の直後だというのに、他の女性の名前を出されるというのは、かなり辛いものがあった。

 

「良し分かった、今日一日の限定カップルだな。

 そうと決まりゃさっさとねずみ屋に行こうぜ、ぶっちゃけここ暑いし」

 

一日限定……要は本当に付き合うのではなく、ねずみ屋の限定パフェを食べるための方便だという事だ。

 

だがそれでも、光璃は嬉しかった。

たった一日、されど一日、形だけでも九十郎とカップルに……恋仲になれるのだから。

 

「じゃあ今から、今日一日限定カップル。 今日一日は、恋人らしい事をしても良い?」

 

「構わんよ、この暑さで稽古中止になってて、どうせ暇だしな」

 

そう言うと九十郎は光璃の肩を抱き寄せ……

 

「愛してるぜ、光璃」

 

……耳元でそう囁いた。

 

「ほぶっ!? く……み、耳が孕む……」

 

予想外の反撃に、想定外の大ダメージに光璃が慌てふためき、耳まで真っ赤にさせながら悶絶する。

 

奇襲に奇襲を被せるなんて、まる毛利元就だと光璃は感じた。

まあ、前の生でも今生でも、光璃は毛利元就と会った事も戦った事も無いのだが。

 

「斎藤ちゃん、顔はともかく、声だけはイケメンだからねえ」

 

民安ともえ似の美声の持ち主がコメントする。

心なしか、面白くなさそうな顔をしていた。

 

「……そんで、オイラはこのエアコン直るまで帰れま10しろって事かな?」

 

「いや、適当な所で切り上げても良いぞ、直せなきゃ業者に頼むか新しく買うさ」

 

「むむ、そいつはオイラに対する挑戦かな?

 学園一のメカマニアを自負する輝さんとしちゃ、

 直せませんでしたでスゴスゴ引き下がるなんてできないねえ」

 

「いや妙なビックリドッキリメカとか取り付けられたら困るんだが。

 ここは道場で、乙級の学生も通って来るって事を忘れんなよ」

 

「分かってるって、こうなったらトコトンまでやっちゃうから、期待して待っててくんなよ」

 

「悪いな平良賀」

 

「良いって事さ、友達じゃないか。

 斎藤ちゃんには昔から色々世話になってるし、記事のネタも提供してくれてるし」

 

「俺の神道無念流が必要になったらいつでも呼んでくれ」

 

「オイラが喜びそうなネタがあったら、いつでも連絡してくれよ」

 

そうこうしている内に九十郎が身支度を整え、未だに顔を真っ赤にしながら悶絶している光璃をお米様だっこして練兵館から出ていく。

輝には合鍵を渡しているので、戸締りの必要は無い。

 

輝はニコニコしながら2人を見送り……

 

「あ~あ……オイラに春が来るのはいつになるのやら……

 ホントに、こんな所で何やってんだか、新聞の編集も休んでさ……」

 

2人が見えなくなった直後、輝はそんな事を呟いてため息をついた。

そして1人クソ暑い部屋で壊れたエアコンの修理に戻る。

 

平良賀輝に春が訪れるのはもう少し先の事……ねずみ屋のお隣に学園一のモテ男、秋月八雲が引っ越してきてからの話である。

 

「でも、変だなぁ……何度見直してもどの部品も正常ななのに……

 ハードが無事って事は、もしかしてソフトの方に不具合でもあるのかなぁ?」

 

……

 

…………

 

………………

 

「は~い、カップル1組ご案内~。

 結花姉、カップルパフェオーダー入ったよ」

 

ねずみ屋の三姉妹の次女と三女が、忙しなく店内を駆け回っている。

大江戸学園でも一二を争う人気の茶店、ねずみ屋は今日も人で溢れていた。

 

「今日のねずみ屋はいつも以上に甘ったるい感じがするな」

 

右を見ても左を見てもカップルカップルカップル……練兵館と違ってエアコンはしっかり動いていたが、非モテの九十郎にとって非常に居心地の悪い空間が広がっている。

 

「遠山曰く、美人三姉妹目当ての男共が結構いるみたいなんだがな……

 流石にカップル限定メニューが出てる日に美女鑑賞に来る気合の入った奴はいないか」

 

九十郎とて年頃の男であって、美女のウェイトレスに鼻の下を伸ばし、ふらふら~っとカフェに入ってしまうタイプである。

しかし、ねずみ屋はホール担当の次女と三女がド貧乳なので、巨乳好きの九十郎が足を運ぶのは稀であった。

 

「九十郎は甘い物、嫌い?」

 

ちゃっかり冷房に近い席を確保した光璃が、彩り鮮やかなメニューを眺めながらそう尋ねる。

 

「大好きだよ、作るのも食うのもな。 じゃなきゃここに来る訳がねえじゃねえか」

 

「そう、良かった」

 

光璃はメニューに顔を埋め、赤い頬とにやける口元を隠す。

九十郎と2人でねずみ屋のカップルパフェを食べに行く事は、

光璃が密かに憧れ、夢見ていた事だった。一日限定カップルというのにはやや不満があるが……それでも、今日のパフェはいつも以上に甘く感じそうだと予感していた。

 

「それにしても、ここの隣は安定しないよな。

 この間はビデオ屋で、その前はPCショップだったよな、

 さらに前はアクセサリー屋で……今は空き家と」

 

「呪われてるのかも」

 

「ははは、呪いなんて非科学的なモンがあってたまるか。

 単に経営オンチが連続しただけだろうさ」

 

なお、九十郎は知らない事であるが、光璃は普通に霊魂が見える。

 

「次は何が来ると思う?」

 

「さてな、正直どうでも良い」

 

九十郎が窓から見える空き家を眺めながら、団扇で自分を扇ぐ。

その場所に秋月八雲が引っ越してくるのも、この場所で九十郎がトラックに轢かれて死ぬのも、もう少し後の話である。

 

「早いもんだよな、あいつが……

 井伊のクソ女がくたばってから、もう一ヶ月になるんだよな……」

 

扇ぐ手を止め、どこまでも広がる青空を見上げながら、九十郎が呟いた。

 

「高野や、渡辺、小関が死んでから、もうずいぶん経つよな……」

 

九十郎はそう言って、表向きは事故死したダチ公達の顔を思い浮かべた。

何もできなかったと塞ぎ込むセカンド幼馴染の顔も思い浮かべた。

 

基本屑な九十郎はセカンド幼馴染程深く悲しめはしなかったが……それでもなお、色々と感じる事はある。

 

「俺は……俺はもっと何か、やれる事は無かったのかな……

 結局俺は、全部遠山に押し付けて。一番辛くて痛々しい役目をあいつに……」

 

井伊のクソ女の顔を思い浮かべる。

病的なまでにガリガリに痩せた、若白髪の貧乳女を、二度も練兵館をぶっ壊した糞女を、ナチュラルに自分を屑呼ばわりする糞女を、幾多の能力を使いこなす恐るべき超能力者だったが、超能力を使えなくなったら置物に等しいクソザコナメクジを……

 

「できれば俺の手で殺したかったよ。

 俺の手で殺すべきだったよ遠山に全部押し付けるんじゃなくて。 俺の手で……」

 

そして思い出す、全てが終わった後、遠山朱金が……望まぬ人殺しに手を染めてしまったダチ公がボロボロと涙を零し、子供のように泣きじゃくる姿を。

 

「人は死ぬ、必ず死ぬ」

 

光璃が……いや、戦国時代に生まれ育った武田晴信はそう答えた。

 

「どんなに死んでほしくないと願っていても、死ぬ時はあっさりと死ぬ。

 人は……九十郎が思うよりも簡単に死ぬ」

 

光璃はかつて戦国時代を生きた。

殺して殺されて、殺して殺されて、殺して殺されて……それを延々と繰り返し続けた糞みたいな時代を生きた。

かつて光璃は死んだ、長尾美空景虎に斬られて死んだ。

 

だから光璃は知っている、人はどれだけ簡単に死ぬのかを。

だから光璃は泣けなかった。

悲しいと思っていたのに、辛いとも思っていたのに、光璃の目に涙は浮かばなかった。

泣いても仕方が無いから……たったそれだけの理由で、光璃は泣けなかった。

 

「お待たせしましたー! カップルパフェと、ダージリン、アッサムでーす!」

 

そんなしんみりとした空気を吹き飛ばすかのように、ねずみ屋の三女が2人の注文を運んできた。

 

「おぉ……何と言うか、ピンク色だな。 イチゴのムースが使われてるのか?

 ハート形のクッキーに、ブルーベリーとクランベリーに……

 スプーンは一つと、あ~んでもしあえってか?」

 

「九十郎、食べさせて」

 

事前情報無しでここに来た九十郎と違い、光璃はあらかじめ下調べをして、パフェのスプーンが一つだけだという事を知っていた。

 

一個のパフェを2人で互いに食べさせ合う……光璃はそういう恋人らしい事がしたくて、九十郎をここに誘ったのだ。

 

「ほいほい、あ~ん……」

 

九十郎はパフェの一番上、イチゴのムースを一口分掬い取り、光璃の口に運ぶ。

幼い頃の腐れ縁であるが故に、今更恥ずかしがるような仲ではないと思っているが故に、九十郎は少しも躊躇せずにあ~んを実行に移した。

 

「あ~……む。 うん、甘酸っぱくて美味しい」

 

光璃は嬉しそうに微笑む、その心中は幸せで一杯だ。

武田晴信を知る者が見たら気が遠くなる程に、光璃の顔は緩み切っていた。

 

「交代だ光璃、俺にも一口よこせ」

 

地味に甘味好きなマッチョが光璃にスプーンを手渡す。

 

「うん、あ~ん……」

 

光璃が生クリームとブルーベリーを掬い取り、震える手で九十郎の口元に近づける……

 

失敗したら恥ずかしいと九十郎の顔を凝視して、九十郎と視線が合う。

喉がごくりと鳴った、肩に力が入った。

何度も何度もイメージトレーニングをしていたつもりだったが、想像の中で描いたどの九十郎とも、今目の前にいる九十郎は違って見えた。

 

『愛してるぜ、光璃』

 

直後、光璃は練兵館を出る前に聞いた九十郎の声を思い出した……否、思い出してしまった。

心臓が飛び跳ねたかと思った、本当に耳が孕むんじゃないかと思った、しばらく立ち上がれなくなる程に胸が熱くなった。

そんな破壊力抜群のイケボを思い出し、光璃の手にさらにさらに力が籠った。

 

結果……九十郎の顔にパフェの生クリームがべっとりと付着した。

 

「光璃、お前もしかして喧嘩売ってるのか?」

 

九十郎が光璃とは別に理由でプルプルと震えていた、額には怒り皴が浮かんでいた。

光璃はこの時、『笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である』という漫画で得た無駄知識を何の意味も無く思い出した。

 

「ん……ぺろ……」

 

光璃は咄嗟に席を立ち身体を伸ばし、無意識のうちに九十郎の頬にあった生クリームを舐めとった。

 

『おおっ……!』と、周囲がどよめいた。

光璃も九十郎も気づいていなかったが、大江戸学園でも有名な屑2名……もとい美女とブ男がカップルカフェを食べている光景はそれなりに注目を集めていた。

 

「……ちょっとしょっぱい」

 

光璃はそう言ったが、これでもかってくらいカップルらしい行為を九十郎とできたので、さっき以上に心臓がドキドキして、さっき以上に幸せな気分になれていた。

 

「おいふざけんな、お前しかパフェ食べてねえじゃねえか、俺にもよこせよ」

 

美少女が頬を舐めてくるという非日常的な体験をしたというのに九十郎は塩対応であった。

だから貴様は九十郎なのだ。

 

「あ~ん……」

 

「あ~……っむ。 ふむ、これは……

 結構酸味が強い味付けだな、普段使ってるのとは別なイチゴを使っているのかな?

 これはこれで悪くない……光璃、もう一口くれ」

 

「うん、あ~ん……」

 

なんやかんやで、光璃は幸せだった。

光璃はこの幸せがずっと続くと思っていた、ずっと……

 

「ありがとうございました」

 

会計を済ませ、ねずみ屋の次女に見送られ、光璃と九十郎がねずみ屋から出る。

ドアをくぐった瞬間、むわぁっとした熱気が2人を襲う。

 

「九十郎、暑い」

 

「俺だって暑いよ、あんまりくっつくな」

 

光璃は九十郎と腕を組み、肩をぴったりくっつけて歩いていた。

非常に目立つ美男美女……もとい美女と野獣カップルが歩く姿に、通行人が次々と振り返る。

 

「今日だけは光璃と九十郎はカップルだから」

 

「こんなクソ暑い日に腕組んで歩くなんてカップルだってやらねえよ」

 

そうは言いながらも、九十郎は光璃を振りほどかなかった。

そんな九十郎の性格が、光璃には好ましく思えた。

 

九十郎は道端で携帯電話を取り出し、エアコンの修理をしているであろう輝に連絡をする。

しばしの間、何やら話をして……

 

「まだ終わってない、と……おい光璃、

 練兵館のエアコンがハッキングされてたって言ってたが、何か心当たり無いか?」

 

「ハッキング……?」

 

光璃が首を傾げる、しばし考え……首を横に振った。

 

「最近のエアコンって、センサー付きが主流だろ。

 平良賀曰く、センサーで得たデータが学園の外に送信されてたらしい。

 その時にプログラムに一部バグができて、エアコンが動かなくなってたってよ。

 全く、どこの誰だそんなアホな真似したのは……」

 

九十郎がぶつくさ文句を言いながら、別の暇つぶしを考える。

考えるが……このクソ暑い中では良い考えはまるで浮かばない。

 

「光璃、どっか行きたい所あるか?」

 

九十郎は早々と考えるのをやめ、光璃に決断を丸投げする。

この男は昔から、難しい事は光璃か担庵のどっちかに丸投げする癖がある。

 

「映画館」

 

「映画館……ああ、そういえばギャラクシーラインSOS、まだ見てなかったよな。

 良しそうしよう、行こうぜ光璃」

 

九十郎はいつものように光璃の手を引き、歩き出そうとした。

そんな九十郎を、光璃が手を引いて止めた。

 

「どうした?」

 

「今日は……今日は恋愛映画が良い」

 

光璃がそう告げた。

心臓がどきどきと鳴っていた。

今日は一日中、九十郎にはドキドキさせられっぱなしだ。

 

「恋愛映画?

 珍しい事もあるもんだ、光璃はそういうのに興味が無いと思っていたんだがな」

 

「今日一日は、光璃と九十郎はカップルだから……駄目?」

 

不安そうな眼差しを九十郎に向けた。

九十郎はなんやかんやで光璃に甘い、こうやってお願いをされたら、なんやかんやで了承してしまう。

 

「俺は恋愛映画なんて見た事が無いぞ、どれが良い映画かなんて分らんぞ」

 

「九十郎と一緒に見たい。 九十郎と一緒に、映画館に行って、同じ映画が見たい。

 それが大事な事だから……」

 

「クソ映画を見る羽目になっても泣くなよ」

 

「その時は2人で泣こう」

 

「ははは、俺も巻き添えかよ……まあ良いや、光璃と一緒なら悪くない」

 

そして2人が映画館に向かい歩き始める。

1人は微妙に面倒臭そうに、もう1人は幸せそうに、腕を組んで男の肩に寄りかかりながら……

 

「大好き、九十郎」

 

光璃がそう呟いた。

独り言のように……しかし、隣を歩く九十郎の耳にはしっかりと届いていた。

 

九十郎はまだカップルの演技を続けるのか……と、面倒臭そうに頭を掻き。

 

「愛してるぜ、光璃」

 

少女の耳元でそう囁いた。

 


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