戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第45話にはR-18描写があるため、犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
第45話URL『https://novel.syosetu.org/107215/15.html



犬子と柘榴と九十郎第46話『犬子達の戦いはこれからだ!』

「ありがとう……ありがとう……これで……屑は助かる……わ……」

 

夕暮れ時の河原で、胸に大きな風穴を開けられた少女がバタンと倒れ伏す。

真紅の髪、真紅の瞳、二本の角……少女は鬼の子であった。

 

まるでウルトラマンエースにブン殴られたドラゴリーのような惨状であった。

 

「ふざけるな……ふざけんなっ! 何で今避けなかった!?

 何で無防備に殴られたっ!? 何で……何で、身体が崩れていくんだっ!?」

 

少女をブン殴った者……遠山朱金がそう叫ぶ。

 

念動力によって無数の石をぶつけられ、全身を壁に叩きつけられ、

自然発火能力で腕を焼かれ、ボロボロの状態であった。

一瞬のチャンスに賭け、最後の力を振り絞り、焼かれた腕を思い切り振りぬいた。

 

自身の剣魂、ハナサカの力も借りて渾身の力でブン殴った……だが、殺すつもりで殴ったつもりは無かった。

まるでプリンにスプーンを突き刺したかのように、抵抗無く紅い髪の少女に腕が吸い込まれ、貫通したのだ。

 

「剣魂……」

 

朱金が、ちらりとハナサカを見る。

他者の身体能力を一時的に増強させる能力を持った、彼女の相棒を。

 

「剣魂……? ハナサカの事か? ハナサカが何だってんだ!?」

 

「剣魂は、北条早雲が……

 貴女達が徳河創雲と呼ぶ人物が、オーディンを討つために作ったもの。

 鬼や悪魔、妖怪、神や天使と戦うために作られた道具。

 私は……私は鬼子、半分は鬼、半分は人の超生物……

 だから剣魂による攻撃に耐えられなかった、それだけの事……だから……」

 

「北条早雲が徳河創雲? おいどういう意味だ!?

 北条早雲って戦国時代の話だろ!?」

 

「お願い……どうかこの先、屑に……クジュロに危機が迫ったら、助けてあげて……

 お願い、遠山朱金……遠山金四郎景元の魂を持つ……貴女なら……」

 

「パジェロ? じゃないよな……クジュロって九十郎の事か?

 いやそれよりも金四郎ってどういう意味だ!? 遠山金四郎って誰なんだ!?

 オレの親戚にゃそんな名前の奴はいねえぞ」

 

「こ、この……学園は……オーディンを討つ……ために……

 北条氏政と、北条氏直を守る為に……つ、作られ……た……北条早雲は……

 遠山景元のような……え、英雄の魂を……」

 

少女の身体が朽ち堕ちていく。

指先から、肘が、膝が、身体の末端

 

「北条……おい、さっきから何を……英雄の魂って……」

 

「早雲の……け、計画は……徳河吉音を……吉宗の、魂を……」

 

声がどんどんか細くなっていく。

少女の身体が崩れ落ちていく。

 

朱金はその言葉を聞き逃さんと耳を近づけ、全神経を集中させるが、すでに虫の羽音よりも小さくなってしまった声を完全に聞き取る事はできなくなっていた。

 

「トクガワ……ニウム……投げ銭……さ、三千世か……ぃ……」

 

そこまで言って……少女の身体が完全に崩れ落ちた。

まるで長い年月を経て劣化したコンクリート片のようにボロボロになって、全身が崩れ落ちて死んだ。

 

「吉音が……何だって……?」

 

朱金は基本能天気なように見えて、案外繊細な性格だ。

平良との関係をウジウジ悩んで年単位の時間が過ぎたり、学園の変革を訴える由比雪奈を殴るべきか見逃すべきかをウジウジ悩んでる間に、下級生の真留が根性を見せて解決一歩手前にまで持っていったりした事が普通にある。

 

「訳が分からねえ、意味が分からねえ、いったい何がどうなってるってんだ!?」

 

そんな朱金の叫びを聞く者は誰もいなかった。

 

この奇妙な死も、奇妙な遺言も誰にも話せず……そして忘れる事もできないまま、月日だけが過ぎていった。

 

遠山朱金がその言葉の意味を知るのは、1年近く後の事……秋月八雲が大江戸学園に転入してきて、秋月八雲と恋仲になり、エヴァ事件が終結し、斎藤九十郎が事故死した後の事である。

 

……

 

…………

 

………………

 

九十郎が犬子との……いや、前田利家との婚姻を拒絶した日から数日後。

 

その日、犬子の元に一通の手紙が届いた。

差出人は織田久遠信長、その内容は尾張に戻ってきてほしい、というものだった。

 

数日前の犬子なら、迷いなく……という訳でもないが、それなりに迷った末に、越後に残ると決断しただろう。

 

幼馴染の久遠を助けたいという気持ちは確かにあるが、物凄い苦労人である美空を支えたいという気持ち、同じ男性を好きになった柘榴と共に歩みたいという気持ち、そして何よりも、誰よりも、大好きな九十郎の傍に居たいという気持ちがあるからだ。

 

しかし……

 

「行けよ、やっぱり前田利家は、織田信長と一緒になるのが一番だろ」

 

しかしその九十郎が、犬子に尾張に戻れと、織田信長の元に帰れと勧めるのだ。

 

「九十郎も一緒に来てくれる?」

 

祈るように、縋るように、半ば答えの分かっている質問を投げかけた。

 

「いや、俺は越後の残るよ。 せっかく建てた道場を置いて行きたくはないし、

 柘榴に神道無念流を教えるって約束、まだ半分しか叶えててねえし、

 柘榴以外の弟子もそれなりに増えてきたし……

 それを抜きにしても、柘榴や美空を残してどっかに行くってのも、気分良くねえ」

 

九十郎は当然の事のように、当たり前の事を言うように簡単に……犬子にとっては、九十郎と離れ離れになるというとても重大な事を口にした。

犬子にとって絶対に譲れない一線を踏み越えるものであった。

 

「犬子は……私は、九十郎が好きだよ」

 

その言葉を告げるのは、もう何度目になるか分からない。

 

「ああ、そうか」

 

「私は、九十郎の事が大好きだよ」

 

もう一度告げた。

 

「だが俺は……いや、俺も好きだよ、犬子が」

 

九十郎は少し迷いながら、独り言のように呟いた。

九十郎は目の前に立つ少女を……犬子を見てはいなかった。

九十郎が見ているのは、意識しているのは、ただの犬子ではなく、前田利家であった。

 

「結婚したいよ、九十郎と子供を作って、家族になりたいよ」

 

「俺は……」

 

九十郎は暫し目を瞑り、考え込む……脳裏に浮かぶのは、長谷川平良と遠山朱金が秋月八雲に抱かれる光景、そして犬子と粉雪が新田剣丞に抱かれる光景だった。

 

「俺じゃあ、犬子を幸せにできやしないよ」

 

「そんな事は無いよ! 九十郎の傍に居られるだけで犬子は幸せなんだよ!」

 

「新田剣丞じゃないと駄目だんだよ」

 

「どうして!?」

 

「お前は前田利家なんだ」

 

それは九十郎にとって重要な事、重い名前。

だけど犬子にとっては取るに足らない些細な名前。

犬子と九十郎の想いは、すれ違う。

 

「それが何の関係があるの?」

 

「前田利家は……価値のある女は、価値のある男と一緒になるべきなんだ」

 

「好きでなった訳じゃないっ!!」

 

……犬子が激高した。

 

何で分かってくれない、どうして信じてくれない、何故愛してくれない。

そんな行き場の無い想いが膨らみ、破裂し、犬子は声を荒げていた。

 

「犬子は……犬子は好きで前田利家になった訳じゃないよ!

 前田利家なんて辞めてしまいたいよ!

 九十郎に……九十郎と離れ離れになる位なら……いっそ辞めてしまいたいよ……」

 

目尻に涙が滲んでいた。

視界が涙で歪んでいた。

 

前田利家、前田利家、前田利家、前田利家、前田利家……犬子にとっては自分を示す記号以上の意味の無い文字列が、彼女が愛する人物を苦しめているのは理解できた。

 

理解できてもなお、犬子はどうすれば良いのかまるで分からなかった。

いっそ前田利家を辞めてしまおうかとも考えたが、前田利家を辞める方法なんていくら考えても思いつかなかった。

 

「お願い、九十郎、犬子を見捨てないで。

 犬子を傍に置いて……犬子は九十郎の為なら何でもするよ、何でもするから……」

 

ボロボロと、次から次へと涙が零れ落ちていた。

 

惨めだった、悔しかった、悲しかった。

何度も何度も襲い来る自己嫌悪で死んでしまいたい気分になっていた。

 

「九十郎は、犬子が嫌いなの?」

 

九十郎は何も言わなかった、何も言えなかった。

好きか嫌いかで言うならば、好きだと断言できる。

 

好きだからこそ、自分のような屑と一緒になってはいけないと思うのだ。

そして同時に信じられないのだ、前田利家が自分のような屑を好きになる筈が無いと。

 

「織田信長が許して迎え入れるって言っているんだ、尾張に戻れよ。

 やっぱ前田利家にはそれがお似合いだ。

 そうすれば正直諦めかけてた加賀百万石ってのに届くかもしれん。

 それに……新田剣丞もいるしな……」

 

「剣丞さんが何の関係があるの?」

 

「お前は……前田利家は、新田剣丞と結ばれるべきなんだ。

 たぶんあいつは、この物語の主人公だ。

 有名な戦国武将達に愛される宿命なんだ……その方がお前も幸せになれる」

 

「言っている意味が分からないよ九十郎!」

 

「分かるんだよ、あいつはどこか秋月八雲に似ている。

 だから……だからお前もきっと、新田剣丞を好きになる。

 俺みたいな屑じゃなく、新田剣丞を好きになる……分かるんだよ」

 

「犬子には九十郎が言ってる事の意味が全然分からないよ」

 

「良いから戻れ! こっちは……こっちはこっちで、何とかやってくから……」

 

言いたい事を散々言って、犬子の心を散々描き乱して、九十郎は逃げるように立ち去った。

 

いや……逃げるようにではなく、逃げたのだ。

前田利家と向き合うのを拒絶して、その言葉を聞くのすら拒んで、逃げ出したのだ。

 

「嫌だ……嫌だよ九十郎……犬子の傍にいてよ……犬子を見捨てないでよ……」

 

犬子は一人、泣きながら懇願していた。

既に九十郎は立ち去っており、その言葉が九十郎に届く事は無い……たった一人で、慟哭していた。

 

「九十郎がいなきゃ、生きていけないよ……

 犬子を見て、犬子を愛して、犬子を……犬子の、傍にいてよ……」

 

俯き、地べたに座り込み、さめざめと泣く犬子を、少し遠くから眺めている人物がいた。

彼女の今の主君、柿崎柘榴景家と、主君の主君、長尾美空景虎である。

 

「何か……何かとんでもねー事になってるみたいっすね」

 

「そうね、誰かさんが結婚拒否して、

 他人が一生懸命後始末している間にとんでもない事になってるわね」

 

長尾美空景虎が……遠方からわざわざ訪ねてきた結婚式の招待客達に、柿崎景家急病のため式は延期になったという事にして土下座しまくった少女がそう呟いた。

表面上は平静を保っているが、内心では怒りまくっていると、柘榴には分かった。

 

「本当に申し訳無いっす。

 柘榴もまさか九十郎があんな事を言い出すなんて思いもしなかったっす」

 

「柘榴は被害者よ、犬子だって……全部九十郎が悪いわ。

 男なら惚れさせた責任を取りなさいよ全く」

 

それは美空の偽りなき本心である。

 

偽りなき本心であるが……それでも、ここまで拗れる前にどうにかできたのではないかと考えてしまう。

 

何かもっと……もっと犬子にとっても、九十郎にとってもすんなりと話を進めるような何かがあったんじゃないかと考えてしまう。

 

美空はそんな事を考えて、自分の未熟さを恥じた。

もっとできる事があったんじゃないかと……

 

「さて、それじゃあ何がどうしてこうなったのか、説明してもらおうかしら」

 

越後の国主、長尾景虎は必死に虚勢を張りながら、柘榴に説明を求めた。

前兆はあった、気づくことはできた、どうにかする事も……あるいはできたかもしれないと考えながら、表面上は平静を装って説明を求めた。

 

「どうしてって……どうしてと言われると困るっすけど……

 つまり……つまり九十郎にとって、前田利家ってのは……」

 

柘榴がしどろもどろになりながら、どうにか論理立てて説明しようとする。

基本ノリと勢いで突っ走る女である柿崎景家にとって、論理的な説明だの、他人の心を察しろだのといった方面は苦手分野である。

 

「前田利家は九十郎にとって上杉謙信と同じくらい『重い』名前だった……違う?」

 

「へ? いや、それは……えっと……そりゃあ、

 確かに九十郎は柘榴と犬子とじゃ扱いが違うって気はする時は結構あったっすけど」

 

「例えばね、柘榴、貴女が劉玄徳に求婚されたと仮定しましょう」

 

「劉玄徳って誰っすか?」

 

「皇帝でも王様でも将軍でも良いから、適当に歴史上の重要人物を思い浮かべなさい。

 つまり……あんまり実感が湧かないけど、未来人にとって上杉謙信や前田利家ってのは、

 歴史上の偉人なのよ」

 

「御大将は将来出世するって事っすか?」

 

「九十郎の態度を見てる限り、どうやらそうらしいみたいなのよね。

 未だに実感が湧かないのだけれど」

 

「犬子も?」

 

「柘榴が想像した以上に出世するのでしょうね、

 具体的には加賀に百万石の領地を貰える位に」

 

「百万石って……相当凄まじい領地っすよ」

 

「私だってそう思うわ。

 でも九十郎は犬子が将来的に相当凄まじい出世をすると思っている、

 思い込んでいる、重要なのはそこ……」

 

美空は自分が歴史上の偉人……具体的に誰かは述べないが、歴史に名を残すような偉人に求婚された自分の姿を想像する。

 

あまり想像していて楽しい光景ではない。

肩は強張り、脚は震え、声はつっかえる……そんな光景が想像できた。

九十郎が犬子を……前田利家を拒みたくなる気持ちは、少しだけ理解できた。

 

だがしかし、だがそれでも……

 

「だからって何で新田剣丞が出てくるのよ、

 何で前田利家は新田剣介と結ばれるべきだんなんて斜め上の発想が出るのよ……」

 

「剣丞って人とは少し話をしたっす。 確かに九十郎とは比べ物にならない位に美形で、

 真面目な好青年だとは思ったっすけど……九十郎がアレに劣るとは思わないっす」

 

そう言いながら柘榴は思い出す。

九十郎に抱かれた時の思い出を、九十郎と交わった時の思い出を。

自分が九十郎が好きだと気づいた瞬間を。

 

「言い方は変かもっすけど……

 おOんこが九十郎を求めて、九十郎に屈服したって感じがしたっす。

 柘榴愛してるって耳元で言われながら、ズンズンと奥を衝かれて、

 ああ、柘榴はこの人の子供を産むために今まで生きてきたんだなって……

 柘榴は九十郎に堕とされて、九十郎にとろとろに溶かされてるんだって感じて……

 ただの柘榴として愛されてるんだって感じて、それが堪らなく心地良く感じたっす」

 

「はいはい、御馳走様。 でも……でも、だからこそ腹が立つのよ」

 

それでもなお、釈然としない思いがあった。

美空は知っていた、犬子がどれだけ九十郎を愛していたかも、柘榴がどれだけ九十郎と結婚する日を楽しみにしていたのかも。

 

「ちょっと待つっす御大将、その長ドスは何に使う気っすか?」

 

「え? コレをあいつの首筋に突きつけて、

 犬子を惚れさせた責任を取れって言いに行こうかと」

 

「いやいやいやいや、流石に殺すのは拙いっすよ」

 

そう言って柘榴は長ドスを持つ美空の腕を掴んで引っ張る。

美空は長尾景虎で、殺すと決めたら必ず殺す性格だ……それ故に柘榴は、もしかしたら美空は本気で九十郎を殺すかもしれないと思っていた。

 

九十郎は死んだ方が日本は平和になるのではなかろうか。

 

「安心しなさい、半殺しで済ませるから」

 

「いやいやいやいや……」

 

「柘榴どきなさい、あいつ殺せないわ」

 

「気持ちは分からなくもないっすけど、殺さないでほしいっすよ」

 

美空が抜身の刃物を持ち出し、殺すだの殺さないだの半殺しにするだの押し問答を続けていると、1人涙を落していた犬子が、2人の気配に気がついた。

 

「美空様……柘榴様……?」

 

「へ……?」

 

「あ……?」

 

美空が長ドスを持ち出して柘榴を刺そうとしているかのような光景であった。

 

「あの……何をしているんですか? 柘榴様が何か無礼な事をしたんですか?

 だとしたら犬子も一緒に謝りますから……」

 

「柘榴を無礼討ちにしたい訳じゃないわよ! これは……えっと、九十郎に……」

 

「九十郎に!?」

 

やべ、失言したと美空が後悔するよりも早く、犬子が地べたに膝をつき、深々と頭を下げた。

 

「ど、どうか! どうか九十郎を手打ちにするのは思いとどまってください!

 九十郎は時々酷い事を言う人ですけど、犬子は……

 犬子は九十郎に何度も助けてもらって、犬子は九十郎に何も返せてなくて……

 何より大好きだ人なんです! 心の底から好きになれる人なんです!

 だから……だから……」

 

反射的に、犬子は額を地面にこすりつけていた。

九十郎に死んでほしくない、九十郎とずっと一緒に居たい、犬子はただそれだけを思っていた。

 

その想いは美空にも通じ……通じたからこそ、美空は九十郎に対して腹が立った。

 

「全く、こんなに一途で可愛くて良い娘を想われてるのに、何が不満なんだか……」

 

「たぶんっすけど、一途で可愛くて良い娘だから苦しんでるっすよ、九十郎は。

 犬子は柘榴も溜息が出る位良い娘っすから」

 

「そ、そんな事は……」

 

「自覚して、理解しなさい。 犬子は……前田利家は良い娘で、良い女なの。

 そこを理解しない間は絶対に話が噛み合わないし、永遠に九十郎とは結ばれないわ」

 

美空は心臓が抉られるかのような思いでそう告げた。

 

美空は知っている、美空は分かっている、犬子が他人を気遣える良い娘だと、犬子が損得勘定抜きで美空の……長尾景虎の味方になりたいと思ってくれている人だと、そして心の底から九十郎を愛している事も。

 

犬子が良い娘だからこそ、九十郎が引け目を感じている……それを告げるのは、美空にとって辛い事であった。

 

「まず確認させて、貴女は九十郎と結ばれたいの?

 九十郎の妻になって、九十郎の子を産んで、九十郎の家族になりたいと願っているの?」

 

「はい! 犬子は九十郎の妻になりたいです!

 九十郎の子供を産みたいって心の底から願ってます!」

 

犬子は即答した。

見た目が多少悪かろうと、基本的に屑であっても、誰に何を言われようと……愛する九十郎に否定されようとも、自分が九十郎を愛しているという一点だけは信じて疑っていない。

 

「九十郎は貴女が良い女だから、自分とは釣り合わないって考えている。

 考えられる手段は2つね。 一つは九十郎が自信をつける事。

 自分が歴史上の偉人に釣り合いがとれる人物だと思わせる事」

 

「自信のつけ方とか聞かれても分からねーっす」

 

「奇遇ね、私も全然わからないわ。

 だから第2案、犬子か新田剣丞が自分と同じ人間だという事を分からせる事。

 自分と同じように悩んで、傷ついて、苦しんでる事を理解させる……そして……」

 

「……3つ目の案、あるんじゃないっすか?」

 

そこで、柘榴が口を挟んだ。

 

「他に手があるのなら、是非教えてちょうだい」

 

「要は九十郎が犬子を好きになれば良いっすよ」

 

「嫌っている様子はまるで無いわよ。

 むしろ……むしろあいつは、前田利家を好きだから幸せになってほしいと思ってて、

 自分では幸せには出来ないと思って、身を引こうとしているように見えたわ」

 

「そういう小難しい理屈がどうでも良くなる位、犬子にベタ惚れさせれば全て解決っす」

 

「ふむ……」

 

美空は顎に手を当て、しばし考える。

柘榴らしいノリと勢いに身を任せた暴論のように聞こえる。

小難しい理屈がどうでも良くなる位に惚れさせる方法なんて、言うのは簡単だが実行するのは困難極まりない。

 

だが……

 

「犬子、貴女が越後から離れ、九十郎から離れ、尾張に行くと言うのなら止めないわ。

 だけどもし、越後に残り、九十郎の傍から離れたくないと言うのなら、

 私は全力で貴女を支える、支えて助けたいと思っている。

 貴女の主君の主君として、越後の国主として、そして何より貴女の友として」

 

「と、友……?」

 

「互いが互いを支えたい、助けたいと思っているのなら、それは友と呼ぶべきじゃない?

 貴女が私をどう思っているのかは知らないけれど、

 私は貴女を支えたい、助けたい、そして幸せになって欲しいと思っているのよ」

 

その言葉を聞いて、犬子は涙を抑えられなかった。

美空と初めて会った日に、犬子は確かに美空を支えたい、助けたいと思った。

久遠を支えたいという気持ちがあるのは確かな事実であったが、美空を支えたい、助けたいといつ気持ちを抱いた事も、また確かな事実であった。

 

「美空様……柘榴様……」

 

「様なんてつけなくても良いわ、友達でしょう」

 

「同じ男性に惚れた仲間っすよ、犬子と柘榴は」

 

美空と柘榴もまた、目頭が熱くなるのを抑えられなかった。

この娘は幸せになるべきだ、幸せにならなきゃいけない、そんな思いで胸が一杯になっていた。

 

「どうにかするわよ、柘榴」

 

「柘榴と御大将が力を合わせれば、どんな困難だって乗り越えられるっすよ」

 

「柘榴と私と犬子が……でしょう?」

 

「ああ、そうだったっすね。 犬子、一緒に九十郎と結婚するっすよ」

 

「美空……柘榴……」

 

犬子はまた、涙を零していた。

悲しいからではない、苦しいからでもない。嬉しいから涙を零していた。

 

美空が、柘榴が……越後で出会った素晴らしい仲間が、心から自分を助けたいと思っていると分かったからだ。

 

「まずは九十郎をベタ惚れさせるっす」

 

「あいつに責任を取らせましょう、こんなに良い女を惚れさせた責任を」

 

犬子が、柘榴が、そして美空が、互いに手を取り合った。

犬子が、柘榴が、そして美空が、互いに助け合おうと誓い合った。

 

乱世に……親兄弟で殺し合い、潰し合う糞みたいな時代の中で見つけた友の為に戦おう、支え合おうと誓い合ったのだ。

 

「それじゃあ一緒に考えましょうか。

 あの筋肉男にどうやって犬子の想いを伝えるかを。

 あの筋肉男にどうやって前田利家に伍する自信をつけさせるかを」

 

「犬子は良い女っすよ。

 九十郎は顔こそアレっすけど、柘榴と犬子がベタ惚れしちまう位良い男っす。

 それを九十郎にタップリ教えてやるっす」

 

美空と柘榴が犬子の手を引いて、立ち上がらせる。

犬子はもう一度立ち上がる。

絶望を振り払い、何かできる事はあるんじゃないかと考えを巡らせる。

 

「ありがとうございます、美空様、柘榴様」

 

2人には聞こえない小さな声で、犬子はそう呟いた。

 

……

 

…………

 

………………

 

「俺は……俺はどうすれば良い……教えてくれよ光璃、教えてくれよ坦庵。

 俺は……俺は……」

 

一方、九十郎は一人でウジウジと悩み続けていた。

自分で犬子を拒んでおきながら、犬子を失う怖さに怯えていた。

 

かつて光璃と坦庵と九十郎は3人で1つであった。

光璃が寂しさで泣き出せば、坦庵と九十郎が背中を押して立ち直らせた。

坦庵が不安に押し潰されれば、光璃と九十郎がバカ騒ぎを起こして立ち直らせた。

そして九十郎が迷い、悩み、立ち止まれば、光璃と坦庵が舌先三寸で馬鹿を騙し……ではなく、助言を与えて迷いを振り払わせた。

 

もしも今、光璃か坦庵のどちらかが九十郎の傍に居れば、九十郎はここまでトラウマを拗らせず、犬子や粉雪を拒絶するような事も無かっただろう。

 

しかし今、この世界に光璃も坦庵もいない。

九十郎を立ち直らせる方法を熟知する者がいない。

 

「助けてくれよ……光璃、坦庵……」

 

精神的に追い詰められた時に、どうすれば良いのかまるで分らなくなった時に、光璃も坦庵もいない……それは九十郎にとって、初めての経験であった。


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