戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第43話はR-18描写があるので犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
第43話URL『https://novel.syosetu.org/107215/14.html

第45話はR-18描写があるので犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
第45話URL『https://novel.syosetu.org/107215/15.html


犬子と柘榴と九十郎第44話『茶会と酒宴』

久十郎が夜なべして、ノコギリ、釘、トンカチでトンテンカンと作った椅子とテーブルに、越後から持って来たティーカップが並べられていた。

 

茶室の畳の上に洋風の椅子やテーブルが無造作に置かれるという光景は、中々お目に掛かれるものではないだろう。

 

「これぞウォーズ・レッグ・ブリーカー……じゃなくて、九十郎特製の紅茶でござーい」

 

そして椅子とテーブル以上に茶室に似合わないマッチョメンがドヤ顔で紅茶を淹れていた。

まだイスの偉大な種族の方が茶室の雰囲気にマッチ……しないか、流石に。

 

なお九十郎には、生徒大将軍(吉音の方)にロメロ・スペシャルをかけた前科がある。

掛けられた側がケラケラ笑いながらコブラツイストで反撃したため、大事にはならなかったが、戦国時代で同じような事をすれば即座に切り捨てられる。

 

……大江戸学園は本当に魔境である。

 

「こっちは昨日焼いたスコーンだ、紅茶と一緒に食ってくれ」

 

「ほほぅ……これは、麩を固めたような……初めて見る食べ物じゃな」

 

第13代征夷大将軍・足利義輝が興味津々といった様子で紅茶とスコーンを見つめている。

 

「紅い茶とは珍しい、烏龍茶に似た物かと思いましたが……この香りは……」

 

知恵者で知られる細川藤孝・通称幽も興味深いと息を漏らす。

 

「ははは、良い感じに発酵させられるようになるまで苦労したんだぜ」

 

「発酵? 発酵とはなんじゃ?」

 

「微生物がアルコール、有機酸、二酸化炭素などを生成する過程。

 まあつまり食い物をあえて腐らせて加工する事だな。

 酒とか納豆とか鰹節とか紅茶とか……上手く使えば色々できる」

 

「成程、やはり烏龍茶の親戚でござったが」

 

「烏龍茶は半発酵、こっちは完全発酵、

 どっちが好みかは人によるが俺のファースト幼馴染は紅茶派だった」

 

「ではまず某が毒見を……」

 

幽がティーカップの取っ手を持ち、慎重に紅茶を口に含む。

 

「紅茶は回し飲みするもんじゃねえんだけどな……」

 

「これもお役目でありますが故に」

 

「まあ、止めやしないが」

 

幽が紅茶とスコーンの香りを、舌触りを、味を、そして何より毒があるかを慎重に確かめ……

 

「毒は無いようですな」

 

そう言ってニコリと笑う。

付き合いの長い一葉には、美味かったのだな……と、分かった。

 

「では、余も頂くとするか」

 

一葉も幽が一口ずつ口をつけた紅茶とスコーンを賞味する。

 

遅効性の毒を盛られたらアウトであるが、基本堪え性の無い上に、最悪双葉が将軍をやれば良いやとか考えている一葉は、気にせず未知の味を楽しんだ。

 

「ふむ、これが遥か西方の茶の味か、悪くない。

 双葉も連れて来れば良かったのう」

 

「ははは、征夷大将軍様に気に入ってもらえて何よりだよ」

 

隣でハラハラしながら見ていた美空も、そっと胸を撫で下ろす。

ノリで将軍相手に喧嘩を売ったりしやしないか少し心配だったのだ。

 

「主、名は何と言う?」

 

「斎と……いや、ただの九十郎だ、決して屑郎ではない」

 

「屑……?」

 

「九十郎殿、今の一言は藪蛇というものでは」

 

「私と初めて会った時も似たような事を言っていたわね。

 言わなきゃ屑なんて言葉連想しなかったのに」

 

九十郎から屑郎を連想する人物なんてそうはいない。

 

「うむ、今日から汝の渾名は屑郎じゃな」

 

「ナチュラルに屑呼ばわりすんなよ糞将軍!!」

 

3人がクスクスと笑い、屑が喚き散らす。

 

「あの……公方様……」

 

そんな時、ずっと黙っていた鞠が、おずおずと口を開いた。

 

「一葉で良いぞ、ここは公的な場では無いからの」

 

「では、一葉様」

 

「今一堅苦しいな……まあ良い、どうした?」

 

「母様は、その……一葉様を……」

 

「なんじゃまたその話か、昨日ハッキリと許すと言ったばかりであろうが」

 

「あんなにアッサリ許されるなんて思っていなかったの」

 

「義元に上洛し、現将軍を排して成り代われと唆したのは……余だからな!」

 

ドヤ顔でそう言い放ち、一葉はその豊満な胸をドーンと突き出した。

あまりにもあんまりな真実を告げられ、鞠は硬直した。

 

美空は昨日、鞠と一緒に土下座をした時の事を思い出し、とんだ無駄土下座だったと愚痴りたくなった。

幽はせめて一言相談してほしかったとため息をついた。

 

九十郎は一葉にパイスリさせてえなとか無礼極まりない事を考えた。

九十郎は一葉の事を信長に幽閉されたお手紙将軍位にしか思っていないため、あんまり委縮する事は無い。

 

なお、お手紙将軍は妹の双葉の方である。

 

「おい鞠、考えようによっちゃこの将軍お前の母さんの仇なんじゃないのか」

 

「う~ん……お母さんはお母さんで、自分で上洛しようって決めたのだし、

 公方様もお母さんを殺そうとして上洛を促した訳じゃないの」

 

「ギルティ・オア・ノットギルティ?」

 

「のっとぎるてぃなの」

 

「オーケー、オーケー、お前がそう言うならそれで良しだ」

 

「の、のって? のっと? きる……?」

 

いきなり外来語を使われ、幽が意味も分からず困惑する。

なお、もし鞠がギルティと言っていたら、九十郎は一葉に斎藤キックを見舞うつもりであった。

 

この男に征夷大将軍に対する敬意は一切存在しない、なんとも恐れ多い男である。

 

「一葉様……じゃなくて、一葉ちゃん」

 

「おう、どうした?」

 

「ちゃんと言って欲しかったの」

 

「義元は寡黙であったからの、色々と抱え込む奴でもあった。

 大方、この国の未来を大きく左右させる謀に主を巻き込みたくなかったのだろうて」

 

「それでも……それでも、行ってほしかった、教えてほしかったの、お母さん……」

 

一葉が、幽が、美空が……故今川義元の人柄を知っている3人が、各々思いを馳せる。

 

「それにしても、美空といい久遠といい、中々面白い男を連れ歩いておるのじゃな」

 

「久遠?」

 

「織田三郎信長の通称よ、義元を討った奴だ。 2日前に御所に来たぞ」

 

「へぇ、何しに?」

 

「まあ、色々と荒唐無稽な夢を語っておったよ。 そして面白い男も連れておった」

 

「面白い男ねえ……」

 

「悪漢に襲われる手弱女を救うため、剣を振るえる良い男であった。

 それに端整な顔立ちであったな、思わず見とれてしまう程であった」

 

「その手弱女が公方様でなければ、良き美談になっていたのですがな」

 

「何、貴女また辻斬り斬りをしていたの?

 危ないからやめときなさいって前に言ったじゃないの」

 

「余と一緒になって辻斬り斬りや追剥ぎ剥ぎをしていた美空に言えた義理はあるまい」

 

「ほぉ、某に隠れてそのような事を?」

 

「あ、馬鹿! バラすんじゃないわよ!」

 

「長尾景虎殿、その辺の事情、後でゆぅ~っくり聞かせて頂きたいものですな」

 

幽が笑う。

口元は笑っていたが、目元は一切笑っていなかった。

 

「私は無罪よ! そこにいる将軍に唆されていただけなの」

 

「いけないなァ、将軍のことを悪く言っては」

 

ビックボディのようなマッチョがノリで美空を非難した。

さっき一葉に斎藤キックを見舞おうとした男に言える資格があるのであろうか。

 

「こ、こら! 余に全責任を押し付けようとするな!

 汝も普通に共犯であったであろうが! むしろ余よりもノリノリであったであろうが!」

 

「あら、貴女誰だったかしら?

 以前会った貧乏旗本の三女さんと似ているけど、初対面だったわよね」

 

「今更何をしらばっくれるか! 普通に正体を見抜いておったろうに!」

 

「あの日将軍と一緒に辻斬り斬りをしていたのは通りすがりの水兵服美少女戦士よ!

 私じゃないわっ!!」

 

「正体を隠す気だったのら仮面の一つでもつけてこんかっ!」

 

「その言葉そっくりそのままお返しするわ! 自称貧乏旗本の三女様!」

 

そうして、征夷大将軍と越後守護の醜い責任の押し付け合いが延々と続き……

 

「ぷ、ふふふ……」

 

鞠は思わず笑いだしてしまった。

昨日一葉の前に立った時、今日茶室の中に入った時、鞠はガチガチに緊張していた。

だが今は、肩の力が抜けていた。

まるで十年来の親友の前に立っているかのような気分だった。

 

一方、九十郎は1人、昨日ナンパ中に会った超イケメン男……新田剣丞の事を考えていた。

一葉が言う面白い男が、その新田剣丞であるとは思いもせず……いや、もしかしたら新田剣丞の事かもしれないと思いながら。

 

……

 

…………

 

………………

 

そうして、なんやかんやで和やかで賑やかな紅茶賞味会が終わり……

 

「さて、これで私達が京に来た理由の一つは達成……という事で、良いわよね鞠」

 

「うん、ちゃんと公方様にごめんささいって言えたの。 ありがとうございましたなの」

 

京の町を、鞠と美空と九十郎が歩いていた。

 

「私は役に立ったのかしらね」

 

「公方様と……ううん、一葉ちゃんと直接お話ができて良かったの」

 

「公方様をちゃんづけなんて、畏れ多いとは思わないのかしら?」

 

「全然、むしろちゃんづけで呼ばないと失礼なの。

 とっても楽しくて、とっても大きな公方様だったの」

 

「そう……まあ、私が初めて一葉に会った時も、今の貴女と似たような気分になったわ。

 なんと言うか憎めないのよね、どうしても」

 

「そんな事より、俺達はどこに向かっているんだ。

 犬子達が待ってる宿とは反対方向だよな」

 

「今から挨拶回りするの、もう少し付き合いなさい」

 

「また紅茶でも淹れるのか」

 

「そうね、必要になるかもしれないわ」

 

「何のために?」

 

そう九十郎が尋ねると、美空と鞠がちょっと悪そうな顔でふっふっふっと笑い始める。

 

「長尾が蓄えてきた金と……」

 

「今川が培ってきた人脈で……」

 

「九十郎の家柄をどうにかしましょう大作戦!」

「九十郎さんの家柄をマシにしよう大作戦なの!」

 

美空と鞠がガッシと腕を握り合う。

九十郎は若干引き気味だ。

 

「悪いわね、私って若い頃はお寺で写経ばっかりしてたから、

 その辺の機微には疎いのよ」

 

「公方様にごめんなさいした時、一緒に頭を下げてくれてありがとうなの。

 御礼しなきゃだから、気にしなくて良いの」

 

「蓋を開けてみたらとんだ無駄土下座だったけれどね……」

 

「お母さんも、一言言ってくれれば良かったの……」

 

今川義元に対する不平不満を心の中で10も20も並べ立てながら、美空と鞠は京の町を進む。

 

「早い話、以前柘榴が言っていた家柄ロンダリングか……全く、どうなる事やら……」

 

そう言いながらも、九十郎はちょっとわくわくしながら2人について行った。

前の生、光璃や担庵、輝らと一緒に悪巧みしていた時を思い出しながら……

 

……

 

…………

 

………………

 

「剣丞様は凄いんですよ~。

 頼りになりますし、気遣いもできますし、勇気があって機転も利いて……

 本当に本当に凄い人なんですよ」

 

「はいはい、ひよ子、その台詞もう10回は聞いたよ」

 

一方その頃、ぐでんぐでんに酔っぱらったひよ子が犬子に絡んでいた。

 

「しがない野武士だった私を認めてくれて~、

 墨俣に拠点を築くなんていう重要な役割をくれて~、

 しかも夢だった士官の道も開いてくれて~」

 

「はいはい、剣丞様はすごいっすね」

 

ぐだぐだに酔いどれた蜂須賀小六・通称転子が柘榴に絡んでいた。

なお、美空や貞子、沙綾との付き合いが長い柘榴にとって、酔いどれに絡まれるのはいつもの事である。

 

越後から持って来たスピリタスを飲み、普段飲んでいる酒とは比喩表現でなく桁違いの度数によって酔わされていたのだ。

 

「ひよ子、転子、あまり羽目を外し過ぎるな」

 

一方、久遠はスピリタスに口をつけていない。

刺激ばかりがきつくて味も香りも無く、久遠の好みと外れていたからだ。

 

「だって! 剣丞しゃまなんれすよぉっ!!」

 

「そぉ~れす! 剣丞様なんれすっ!!」

 

「分かった分かった、剣丞は凄いな」

 

久遠が呆れた顔でそう返す。

だが内心、久遠は喜んでいる、嬉しいと思っている。

自分が惚れた男が褒められ、認められていると考えるだけで、心が明るくなる。

全く度し難いとも思ったが……久遠は顔がにやけるのを止めるので精一杯であった。

 

「剣丞、剣丞隊の頭目として何とかせい」

 

「え、俺が?」

 

久遠は剣丞に事態の収拾を命じた。

剣丞は現在、スピリタスによって一発KOされ、部屋の隅で寝込んでいる詩乃の看護をしている。

 

「け、剣丞様の膝枕……ひ、膝枕……」

 

詩乃は顔を真っ赤にして魘されている様子だが、自身の破壊力に無自覚なイケメンが後先考えずに膝枕なんぞしているせいであって、決してスピリタスのせいではない事は明記しておこう。

 

そしてひよ子と転子がさっきから凄まじいペースで飲んでいるのも、自分も酔いつぶれたら膝枕してもらえるかも……なんて考えている事も明記しておこう。

 

「あの、ひよ子、それに転子、あんまり飲み過ぎると後が辛いからその辺で……」

 

「とにかく~、剣丞しゃまはしゅごいんですよ~、

 すごぉ~く恰好良くてぇ~、とにかくしゅごいんですよ~」

 

ひよ子は聞く耳を持たなかった。

 

「あはは、そうだね、剣丞様は格好良いね」

 

とりあえず九十郎よりは十倍……いや、比べる事すらおこがましいレベルで顔が整っている。

犬子も柘榴も九十郎が好きであったが、剣丞見た目が九十郎よりも良いという点だけは、認めざるを得なかった

 

犬子は思った。

ひよ子がこうまで褒めるのだから、きっと剣丞様という人は凄い人なのだろうと。

犬子は素直な性格なので、昔からの顔馴染みであるひよ子の言葉を素直に信じた。

 

一方、柘榴は思った。

何か嫌な予感がすると。

柘榴もまた、ひよ子や転子が嘘を言って騙そうとしているとは思っていない。

だがしかし……嫌な予感がしたのだ。

柘榴自身も理由は説明できないが、嫌な予感がしたのだ。

 

「九十郎と新田剣丞って人、会わせない方が良いかもっすね……」

 

柘榴がそう呟いた。

だがしかし、彼女の思いとは裏腹に、既に九十郎は剣丞と会っていた。

剣丞と会って……自身のトラウマ、敗北の記憶に苛まれていた。

 

「なあ、犬子……」

 

その時、ちびちびと舐めるようにスピリタスを飲んでいた久遠が、口を開く。

 

「どうしました、久遠様?」

 

「戻ってくる気は……無いか?」

 

久遠が小さな声でそう尋ねた。

 

「そう仰って頂けるのは嬉しいのですが、犬子は今、柘榴様にお仕えしてまして」

 

「それは知っておる、だが……だがそこを曲げて、頼む」

 

そう言うと久遠は、犬子に向かい深々と頭を下げた。

久遠が自分に対して頭を下げるなんて、犬子にとって初めての経験であった。

 

「久遠様……」

 

尾張に戻り、再び織田久遠信長に仕える……今まで何度も何度も考えた事だ。

できる事なら、幼い頃に一緒に野山を駆け回った人の下で戦いたい……そう考えた事は何度もあった。

 

だがしかし……

 

「ごめんなさい、犬子は柘榴様から録を受けています。

 いくら久遠様のお誘いでも……私は、恩知らずにはなれません。」

 

だがしかし、柘榴や九十郎の傍を離れるのもまた、抵抗があった。

 

「犬子~、そう言ってくれるって信じてたっすよ~」

 

感動の余り、ほろ酔いで頬を紅くしている柘榴が犬子に抱きついた。

 

「わわっ、柘榴様痛いです、それとお酒臭いですよ」

 

犬子が柘榴の腕の中でジタバタともがいていると……

 

「私がいない間に、随分派手にやってるみたいねえ」

 

「みんな、ただいまなの」

 

美空と鞠と九十郎が……九十郎の家柄をどうにかしようぜ大作戦を遂行してきた3人が戻って来た。

 

「おかえり、九十郎!」

 

犬子が飛びつくような勢いで九十郎に抱きついた。

 

「おかえりっす、九十郎、御大将、それと鞠さん。 首尾はどうだったっすか?」

 

「結婚という名の人生の墓場に放り込まれそうだよ俺は」

 

「無事家柄の格差は解消できそうよ」

 

「本当っすか!? 恩に着るっすよ御大将!」

 

「今日だけで百回は頭下げたわね、昨日は無駄土下座をする羽目になったし、

 佐渡の砂金をこれでもかってくらいバラ撒いたし」

 

「マジで感謝するっす、この恩義は槍働きで返すっすから」

 

「期待しているわよ、ウチの戦闘隊長様……それはそうと柘榴、誰なのこの連中?」

 

美空が自分の知らない連中……織田信長と愉快な仲間達に怪訝な視線を向け、尋ねる。

 

「犬子の知り合いみたいなんで、秘蔵のスピリタスで酒盛りしてたっす」

 

「すぴりたす!? まだ私も口をつけた事が無いお酒じゃないの!?

 柘榴貴女そんなの隠し持ってたの!?」

 

「消毒とか、寒さ対策とか、

 いざとなったら火炎瓶とかで色々役に立つからって持たされてたっすよ」

 

「他はともかく……火炎瓶? 何なの火炎瓶って、物騒な名前だけど」

 

「火をつけて投げると激しく燃え上がる瓶の事っす。

 スピリタスは火が着くくらい強い酒だから、火炎瓶を作れるっすよ」

 

「え、強い酒って火が着くの……?」

 

衝撃の事実に美空が1人戦慄する。

今まで美味しく呑んでいた酒が、途端に危険な代物のような気がした。

 

その時……剣丞と九十郎の目が合った。

 

「新田剣丞か……なんで俺の留守中に犬子と会ってるんだ?

 犬子を口説きにでも来たか?」

 

そう言いながら九十郎は剣丞を睨みつけた。

犬子を喪うかもしれない、犬子が自分の元から離れてしまうかもしれないという、大きな大きな不安を押し殺しながら。

 

「いや、俺はただ……」

 

「いきなり何を言ってるのさ九十郎、犬子は口説かれてなんかないし、普通に失礼だよ」

 

剣丞が何かを言うよりも早く、犬子が九十郎を諫める。

 

「口説かれてない……か……」

 

九十郎はどう見ても剣丞に惚れているっぽい豊臣秀吉と蜂須賀小六と竹中半兵衛を見る。

 

久遠が……織田信長が、かつて遠くから見た時よりも、艶やかな雰囲気になっているような気がした。

女性は恋をすれば奇麗になるという話を思い出し……なんとなく九十郎は、久遠が剣丞に恋をしているように思えた。

 

昨日会ったエーリカも……明智光秀も、剣丞を憎からず想っているような気がした。

 

「前田利家は、前田利家にふさわしい男に……って事なんだろうな、きっと……」

 

九十郎の脳裏に、絶望的な光景が浮かんでいた。

犬子と剣丞が見つめ合い、そして愛し合う光景が浮かんでいた。

 

九十郎が奥歯をぎりっと噛み締めたのを、柘榴は見逃さなかった。

 

「犬子、知り合いってどういう知り合いなの」

 

「はい、こっちで酔いつぶれてるのは、

 尾張で暮らしていた時のお隣さんだった、ひよ子です。

 名前は木下藤吉郎秀吉で、あちらは久遠様です、犬子の以前の主君です」

 

犬子が久遠の方を指し示し、久遠と美空の視線が交差する。

久遠が口を開き、自己紹介でもしようかとしたその瞬間……

 

「これはまあ、仮定の話。 たぶん絶対に無いであろうもしもの話なんだけど……」

 

美空が久遠の言葉を遮った。

そして親の仇でも見るかのような鋭い視線で久遠をキッと睨みつけ……

 

 

 

 

 

「一葉様を幽閉したり、比叡山を焼き払ったりしたら、殺すわ」

 

 

 

 

 

瞬間、場の空気が凍り付いた。

柘榴にとっては過去何度か体感した、その他の者にとっては初めて感じる、美空が……長尾景虎の本気の殺意を浴びたからだ。

 

なお、美空も九十郎も勘違いをしているが、信長に色々利用されるお手紙将軍は一葉ではなく妹の双葉の方である。

 

言葉はごく短いものであったが、その声を聴き、その目を見た誰もが思った。

美空は本気で久遠を殺そうとしているのだと。

 

「そのような蛮行をするつもりはない」

 

だがしかし、織田久遠信長とて、幼少の頃から修羅場を潜り抜けてきた英傑だ。

目の前で殺意を向けられた程度でいちいち狼狽えたりはしない。

少なくとも表面上は、震え一つせず、冷汗一つ流さずにそう返した。

 

美空が言った事、ちらりとも考えなかったと言えば嘘になる……そんな事を考えながら。

 

「へぇ~……ふぅ~ん……」

 

「何が言いたい?」

 

美空が値踏みをするかのような視線を久遠に向ける。

久遠は毅然とした態度で睨み返す。

ただし内心では『どうしてこうなった』と頭を抱えたい気分であった。

 

そこへ……

 

「オイコラ美空、何いきなり織田信長に喧嘩売ってるんだよ」

 

べこーん、と唐突に現れたマッチョな大男が美空の後頭部を思い切りドツいた。

本人的には手加減をしているらしいが、久遠や剣丞がドン引きするレベルの痛撃である。

 

「痛いじゃないの! 貴方もう少し主君の主君に敬意を払いなさい」

 

「安心しろ、上す……長尾景虎に敬意を払いながらぶっ叩いたからな」

 

「今の叩き方は敬意を持った叩き方じゃなかったわよ」

 

「心の中で合掌して一礼してからブン殴った」

 

「分かるか! そんなもん!」

 

美空がむきーっと腹を立てながらスネをけたぐるが、ガタイの良い九十郎にはまるで効いていない。

 

「悪いな信長、美空はこう言っちゃいるが、殺しにいこうぜーっ、粛清だーっ、

 とか何とか言い出したらはり倒してでも止めるから安心してくれ」

 

マッチョなブ男がそう言いながらにこやかに笑う。

この男は美空をガンマンの親戚か何かと勘違いしているのではなかろうか。

 

「むしろ推奨するね、是非ともやってくれ、将軍暗殺とか、比叡山焼き討ちとか、

 鏃にうんこ塗ったり、井戸にうんこ投げ込んだり、うんこから火薬作ったり」

 

そしてびしっとサムズアップしながらひどく物騒な事を言い出した。

この男は自分と自分の関係者が巻き込まれなければ、どれだけ凄惨な虐殺がされようと心を痛めない屑である。

 

「誰がやるかっ!!」

「やらせてたまるかっ!!」

 

久遠のツッコミと、美空のツッコミが綺麗に重なった。

その瞬間、久遠は美空が苦労人だと、美空は久遠が苦労人だと理解した。

 

「……長尾景虎、美空と呼んで頂戴」

 

「……織田三郎信長だ、親しい者は久遠と呼ぶ」

 

美空と久遠はアイコンタクトでお互い苦労しているようねと言い合った。

 

「まあ、初対面でいきなり殺すだのなんだのと言ったのは悪かったわね。

 そこは謝罪するわ」

 

「安心せい、子供の頃からやれうつけだの、やれ無能だの、

 やれ死んだ方が尾張のためだの言われ慣れておる」

 

「信じて良いの、さっき貴方が言った『誰がやるか』って言葉を」

 

「さてな、自分で考えろ」

 

「ならどうしたいの?」

 

「天下布武。 そちらはどうする気だ?」

 

「再び足利一強の時代に戻す」

 

「それでは繰り返しになるぞ」

 

「私が死んだ後の事は、私の子孫が責任を持つべきよ。

 繰り返しになるのはそっちの方じゃないの。

 織田で良いなら武田でも北条でも良いじゃない」

 

「我よりも天下の主にふさわしい者がいたのなら、潔く道を譲るさ」

 

「ふぅん……」

 

美空がもう一度、久遠の目をじっと見つめる。

正直な話、今でも久遠が比叡山を焼き討ちにするんじゃないかと疑っているが……

 

「まあ、これ以上は釘を刺しようも無いか……」

 

そう呟き、美空は久遠の傍に置いてあったスピリタスの杯を拾い上げ、一気に吞み干した。

 

その日の晩、一人厠で美空強く強く決意した。

もう二度とスピリタスの一気飲みなんてするまいと…・・・

 

……

 

…………

 

………………

 

「お姉様、紅茶のお味はいかでしたか?」

 

美空がスピリタスの一気飲みというTHE・自殺行為を慣行してした頃、征夷大将軍が妹の膝枕の上でゴロ寝をしていた。

 

満点の星空を眺め、美空から献上された茶菓子を頬張りながら、妹の体温や息遣いを感じ……妹と延々と殺し合いを続けた久遠や、姉を追放してしまった美空にとっては、発狂しかねない程に幸福そうな光景であった。

 

「中々美味であった。 それに紅茶を入れた者は中々に愉快であったよ。

 野獣のような顔立ちの大男でな、腕も指もゴツゴツと角ばっているのに、

 実に繊細な手つきで茶を立てていた」

 

そんな言葉とは裏腹に、一葉の目が険しかった、眉間に皺が寄っていた。

片や長い間奈良の興福寺一乗院に預けられ、片や征夷大将軍……行動の自由が極端に制限され、ごく最近まで面会も叶わなかった姉妹であったが、それでもなお、なんとなく双葉には、一葉の表情から、考えている事が理解できた。

 

「あまり、良い茶会にはなりませんでしたか?」

 

「いや、面白い男と出会った。

 久遠が連れてきた、新田剣丞……は、双葉も以前会っていたな。

 それと美空が連れてきた、九十郎……さっき言った、器用に紅茶を淹れる男だ」

 

「面白い方だったんですか?」

 

「ああ、見た目は少々不細工であったが、あれは一角の人物に間違いあるまい」

 

一葉の眼は節穴である。

 

「まあ、そうでしたの。 一度お会いしてみたいです」

 

会わない方が幸せである。

 

「いずれ会う機会もあるだろう。 何せ美空は、再び足利一強の時代に戻して、

 この乱世を終わらせるのだと息巻いておったからの」

 

「では、美空様がこの乱世を?」

 

「いや……美空には悪いが望み薄だ、だから余はこんなにもしかめっ面をしておるのだ」

 

「何故ですか?」

 

「義元は、全てオレがなんとかしますと胸を張って断言していたぞ。

 天下の簒奪という悪名も背負うと、

 天下の騒乱を望む輩は誰であろうと斬って捨てると断言した。

 だから将軍の地位をオレによこせと言った……

 余の目を、真っすぐに力強く見つめながらな。 まあその結果は桶狭間のアレだったが」

 

一葉が故人を思い出し、ふぅっとため息をつく。

義元になら斬られても良い……あの時、一葉は確かにそう思ったのだ。

 

だが……

 

「美空は越後の主としてはこの上ない、だが天下の主には不足だ。

 なんと言うか、抱え込み過ぎる。

 越後だけならどうにか抱えられるだろうが、それが限界であろう。

 天下を抱えれば……潰れるか、道を見失うかのどちらかであろう」

 

「なら、久遠様が語っていた、天下布武では?」

 

「久遠は……少し危ういと、我は感じた。

 死んでいった者達に手足を掴まれ引っ張られておる……

 それは妹なのか、守役の家老なのか、道山なのか、あるいは義元か……全員かも知れん。

 久遠はおそらく、殺した者を忘れられぬ性格だ。

 あれでは乱世を収める前に精神を病んでしまうだろうな、誰かが支えてやらねば……」

 

そこでふと、一葉は新田剣介の事を思い出す。

まるで絵に描いたような、まるで物語の登場人物のような好青年であった人物を、その声を聞き、その腕を掴んだ瞬間、不覚にも胸の高鳴りを抑えられなかった男を。

 

「新田剣丞が久遠を支えるのであれば、あるいは……いや……」

 

そこでもう一つ、思い出す。

久遠が天下布武とは別の方法で乱世を終わらせる方法を語った事を。

正直に言って絵空事だと笑い転げたくなるような方法であったが、新田剣丞ならば……まるで伝記の主人公のような男であった彼ならば、あるいはと思ってしまう。

 

「のう双葉」

 

「なんですか、お姉さま?」

 

「剣丞は好きか?」

 

その言葉を聞いた瞬間、双葉の顔がぽっと赤くなる。

幼い頃からずっと寺に押し込められ、男性に対する免疫が無い双葉であったが……剣丞に対する反応は、特に明瞭であった。

 

「惚れたか、剣丞に」

 

「いえ! あの! その……そ、それは……」

 

「隠すな隠すな、余には分かるぞその気持ちが。 姉妹だからな」

 

自分もまた剣丞に惹かれている、恋い焦がれて、また会いたいと、叶うならば共に生きたいと願っていると、一葉は自覚した。

 

流石は姉妹、惚れる男が似ているな……と、一葉は何故か楽しくなってきた。

 

「天下の諸侯が、皆揃って剣丞の嫁になり、家族になる。

 そして乱世を収める……そういう未来があったらどうする?」

 

「え? それは……」

 

ありえない、双葉は一瞬、そう答えようとした。

だがしかし、新田剣丞ならば……思わず見とれてしまう程に朗らかに笑うあの青年ならば、そんなありえない未来を手繰り寄せてしまうのではないかと、双葉は思った。

 

「それは……素敵ですね……」

 

「ああ、そうだな……そうなればきっと素敵で、きっと毎日が楽しいだろう」

 

一葉が双葉の膝の上で、そっと瞳を閉じた。

今はもう、眉間に皺が寄っていない。

とても安らかな笑みを浮かべ、静かに寝息を立て始めた。

 


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